どうするGQuuuuuuX   作:イナバの書き置き

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ジェットストリームアタック/だから俺は…

 あまりにもおぞましすぎる真実だった。

 

「これだから、宇宙世紀は……!」

 

 ドゥーが察知した、ニュータイプを妨害するための兵器だと思っていた不協和音の正体は──滅茶苦茶に繋ぎ合わされたニュータイプたちの悲痛な叫び声。

 しかも恐らく「彼ら」は人の頭脳を摘出したのではなく、最初からモビルアーマーに搭載することだけを目的に頭脳と神経系だけを培養したもの。

 頭部のみとは言え人のカタチを留めていたレヴァン・フウ僧正のクローンよりも更に残酷な、人を人とも思わない悪魔の所業。

 道理で意思を読み取れない筈だ──人間的な要素の一切合切を奪われ、文字通りの意味でのバイオコンピューターとして利用されているのだから、「彼ら」は俺たちが理解出来るカタチで思考を出力することが出来ないのだろう。

 想像を絶するレベルでグロテスクな国家親衛隊の、ギレン・ザビの行いに俺は思わず吐き気を催さざるを得なかった。

 だが──嘔吐などしている場合ではない。

 

「クソ……っ」

 

 先にも述べたように、「彼ら」はモビルアーマーを制御するためのパーツとして組み込まれている。

 それ故に、「彼ら」の叫びとグロムリンⅡの行動は必ずしも一致する訳ではない。

 寧ろ、自身の肉体とも呼べる装甲を大きく傷つけられたことで「彼ら」は強い恐怖を感じ──結果として、撒き散らされる対空砲火は完全に無差別なものと化していた。

 直接攻撃した俺たちやエグザベ少尉のみならず、仮にも味方である筈の国家親衛隊にまでその銃口を向け、無数の爆発をイオ・マグヌッソの周囲に咲かせる姿は狂乱としか表現しようがない。

 

「ミカボシ!」

「分かってる!」

 

 激震の中で叫ぶドゥーに怒鳴り返しながら、対空砲火のクロスファイアから後退する。

 かなり重大な損傷を与えた筈だった。

 現に双胴の片側は半分以上装甲を引き裂かれ、内部構造にまで損害が及んでいるのが一目で見て取れる──にも関わらず、グロムリンⅡの挙動に損傷の影響は殆ど感じられない。

 そればかりか、側舷に埋め込まれていたグロムリンポッドを分離させ──驚異のモビルアーマーは、三機にその姿を増やしている。

 追い詰める立場から一転、俺たちは双胴艦と棘が生えた鮃のような不気味な軍団に追い立てられる、哀れな獲物に成り下がってしまっていたのだ。

 

(──クソ、やっぱり薮蛇だったか!?)

 

 四方八方から降り注ぐビームの雨を避けながら、思わず心の中で毒づいてしまう。

 実際、薮蛇どころの話ではない──キシリアに嵌められたとは言え、彼らに与してしまったばかりにK/NT-Xはエグザベ少尉共々グロムリンⅡを押し返す最前線に立たされてしまっている。

 早々にニュータイプ部隊や艦隊が壊滅してしまったせいで、たかが民間のモビルスーツ一機が要塞防衛の主力を担う羽目になってしまったのだ。

 これを薮蛇と言わずに何と言うのだろうか。

 もしサンフラワーの護衛に徹していれば、このような死地に身を置くことも無かっただろうに。

 しかし、だ。

 

「知ったんだから、仕方無いだろうが……!」

 

 声に出して、無理矢理鬱憤を振り払う。

 そう、知ってしまった以上仕方無いのだ。

 これは敵対しているからとか、退けなければ命が危ういからとか、そういう話ではない。

 人として最低限の、本来備わっているべき倫理とか道徳とかの話だ。

 俺はグロムリンⅡという鋼鉄の身体に押し込められた五人の魂を苦痛から解き放つ──要するに、介錯してやる必要がある。

 これ以上、宇宙世紀に巣食う悪意の被害者に人を殺させてはならないのだ。

 

 或いは、それ以上に────

 

(怒ってるのか、俺が?そんな余裕も無い癖に!)

 

 マチュのような身内でもない、それどころか今まさに此方を殺そうとしている相手が受けた仕打ち。

 その残酷さにどうやら、俺はとてつもなく怒っているらしい。

 しかも、そんな自分に驚いてもいる。

 自分のような中途半端な人間に、よもやそこまで感情を爆発させる気概が残っているなんて思いもしなかった。

 常に「流れ」を気にしてうじうじと悩み続け、端から見ても分かるほど辛気臭い顔ばかりしていた、俺が。

 しかし、もうそんな感傷はどうでもいい。

 何としても、グロムリンⅡは此処で墜とす。

 先にも述べたように、彼らをこれ以上人殺しの道具に貶めてはならない──例え「そうあれ」として造られたとしても、NTの本質とはそうではない筈なのだ。

 

「悪い、ドゥー……こうなったら、最期まで付き合って貰うしかなさそうだ」

「気にしないで。ミカボシならそう言うと思ってたよ……それに、ギガンティックアームを動かしながら戦うのは一人じゃ出来ないでしょ?」

「やっぱり全部お見通しか……」

 

 当たり前だよね、と後席で笑うドゥーに俺は溜め息を吐く。

 せめてドゥーだけでも、と思ったがもう既に手遅れだった──今脱出させても即座に蜂の巣にされるだけだし、まず当人にその気がまるでない。

 マチュやニャアン然り、こうなった時の若者は梃子でも動かないのだ。

 思えば、一から十まで彼女たちの行動力には圧倒されるばかりで──そしてそれ故に、俺のような意気地無しも闘志を奮い起たせることが出来る。

 

「やるしかないのか……!」

 

 今一度、グロムリンⅡを正面から捉える。

 かの異形たちは、相変わらず周囲に存在する何もかもを破壊し続けている。

 宇宙世紀にあるまじき照射ビーム(ゲロビ)で艦隊を次々に引き裂いていく様は、SFというよりも最早怪獣映画でも見ているようだ。

 これから、俺たちはその怪獣に挑む。

 武装の殆どを使い果たし、ランスとランチャーシールドしか残っていない状態で────

 

『──掴まれ、少尉!』

「────ッ!」

 

 咄嗟の反応だった。

 エグザベ少尉の声が聞こえたその刹那、マニュピレーターを広げ狙い澄ましたかのように飛び込んできたアームに掴まり──次の瞬間、一秒前までK/NT-Xがあった空間はヴァリアブルランチャーの掃射によって焼き払われていた。

 

「危なっ……」

 

 アームに掴まって離脱していなければ間違いなく直撃していたであろう極太の光線に、思わず冷や汗が流れる。

 それにしても、このアームの主は何者か。

 モビルスーツにあるまじき形状の……如何にも伸縮しそうなカタチをしている。

 そんな疑問のまま、視線を上げて────

 

『間一髪でしたね』

「ひぃっ……」

 

 十字を円筒で挟み込んだかのような、あまりにも独特過ぎるシルエット。

 そしてどこまでも落ち着いた声音に思わず喉が締まり、情けない悲鳴を漏らしてしまう。

 

「えっと、シャリア・ブル、中佐……で、間違いない、でしょうか」

『ええ、ミカボシ元少尉。マチュ君からあなたの話はよく聞いています。それに……成る程、サイコガンダムのパイロットまで』

 

 目の前のグロムリンⅡに負けず劣らずおっかない、ジオンのニュータイプ──「GQuuuuuuX」のキーパーソンであるシャリア・ブルが操るキケロガに、俺は掴まっていたのだ。

 しかもマチュから大体のことは聞き出したのか、此方の名前まで把握されてしまっている。

 

(──終わりだ)

 

 完璧に終わった。

 最期まで戦うとか何とか一丁前に言っておいてアレだが、最早自分の力ではどうしようもないほどに「終わって」いる──だって、普通始末するだろう俺みたいな怪しいヤツ。

 エグザベ少尉は人が良いから上手い具合に共闘に持ち込めたが、このキシリア派でもないのにギャンを動かしている怪しげな輩(しかもフラナガン機関出身)を彼が見逃す筈がない。

 況して、K/NT-Xにはドゥーが同乗している──彼ほど選れたニュータイプなら、サイコガンダムのパイロットの気配は感じ取っているだろう。

 要するに、始末しない理由がない。

 前門のグロムリン、後門のキケロガと言った絶望の挟み撃ちに、背後のドゥーも身体を強張らせる気配があった。

 が────

 

『話は後にしましょう』

「えっと、あれ……いいんですか?」

 

 何だかよく分からないが……トントン拍子でこちらに都合のように話が動いていく。

 確かに映画で見た範疇では彼の思惑を計り知ることは叶わなかったが、いきなり味方に付いてくれるような──そんな話があるものなのか。

 あるとして、それをあっさり信じて良いものなのか。

 

『ええ。一人のニュータイプとして、あなたたちが生きていたことは素直に喜ばしいことです。ですから────』

 

 挟み込む形で迫る光条を、キケロガは見事なまでのバレルロールで躱していく。

 機体を掠めないギリギリを見極めた、超絶技巧──にも関わらず、彼の声音に乱れは微塵も感じられない。

 どこまでも平坦で、熱を隠した喋り方。

 腹に一物を抱えているのはすぐに分かった。

 しかし、語る言葉は意外なほどすんなりと心に届く。

 隠し事をしているのは俺も彼も同じと言うことか。

 

『今は互いの目的の為に、力を合わせましょう』

「成る程……」

『しかし、現状は逃げに徹するしかありません。何か、考えはありますか?』

 

 もし、本当にそうなら。

 非常に現金な話だが、今この瞬間だけ俺たちを見逃してくれるのなら、この戦況を纏めて引っくり返すのは決して不可能ではない。

 寧ろ赤い彗星と並ぶジオンきってのニュータイプが助力してくれると言うのなら、勝ち目など幾らでも作り出せる筈。

 

 そう、あるのだ。

 

 火力がある。

 キケロガのメガ粒子砲なら十分にグロムリンの装甲も貫徹出来る。

 

 機動力もある。

 白いギャンを操るエグザベ少尉の技能は一級品だ。

 

 耐久力もある。

 刀折れ矢尽きた様相のキネティクス。

 だが、堅牢な機体にはまだ幾らか余裕がある。

 

 

「中佐、エグザベ少尉、ドゥー────」

 

 

 そして、三機。

 

 

「……ジェットストリームアタックを仕掛けるぞ」

 

 

 

 MAV戦が浸透したこの世界で、機動兵器が三機。

 宇宙世紀で三機揃った。

 それならば、やることは決まっている。

 

 

 

▼▲▼▲▼

 

 

 

 それは恐慌していた。

 何故なら、自分の肉体(グロムリンⅡ)に傷を付けたモビルスーツが、未だに生きているからだ。

 あらゆる面で優越している筈なのに倒せない。

 対空火器も、グロムリンポッドも、通用しない。

 通用している筈なのに──何故か堕ちない。

 インプットされた「敵を倒せ」という命令と、自己の消失を回避しようとする本能のみによって動くそれにとって、己を脅かすのみならず側舷を大きく破壊したK/NT-Xは、最早悪魔に等しい存在だった。

 

 

『──行くぞ!』

 

 

 そして、今──ヤツ(ギャン)が来る。

 対空砲火で描くフラッシュバックの輝きを潜り抜けて、今一度ギャンが迫り来る。

 

『────!』

 

 もしそれに喉があれば、きっと身も世もない悲鳴を上げていただろう。

 何せドムだろうがゲルググだろうが一瞬で解体する弾幕の雨霰を受けてなお墜ちず、体に傷まで付けた──それこそゾンビのようなMSが、また己を殺そうとしているのだ。

 なまじ兵器として造り出された分、精神的な成熟など全くしていないそれにとって、「ギャンが近付いてくる」こと自体が最早悪夢に等しかった。

 

 だが、同時に決着が近いことをそれは悟った。

 

 真っ直ぐ。

 真っ直ぐだ。

 ビームを回避する一瞬を除いて、K/NT-Xは愚直なほど一直線に──最短のコースでそれへ迫っている。

 軌道を予測するのは容易い。

 そう、ヤツ(馬鹿)は正面から来る。

 真正面から、最も対空砲火が厚い部分を潜り抜けて──側舷ではなく中央部を破壊しようという魂胆は、火を見るよりも明らかだった。

 ならば、その通りにしてやれば良い。

 二機のグロムリンポッドと対空砲火で動きを止めて、大口径メガ粒子砲で塵も残らないほどに消してしまえば良いのだ。

 

『───』

 

 斯くして、グロムリンⅡはその場で動きを止め──大口径メガ粒子砲のチャージに入る。

 周囲を巡遊させていたポッドを呼び戻して正面に置き、万全の態勢で悪魔を迎え撃つ準備を整えようとしていた。

 全く以て、正しい判断だった。

 兵器として、グロムリンとして、それはインプットされた通りの選択をしたのだ。

 

 

 ──だが、それが致命的なミスとなる

 

 

『……そう来ると思った、よ』

 

 

 それの、存在しない背筋を凍らせる少女(ドゥー)の囁き。

 同時に、K/NT-Xが()()()()飛び掛かった。

 それ本体など気にも止めず、進路に立ち塞がるグロムリンポッドへ手にしたランス、そしてギガンティックアームごと高速の体当たりを敢行する。

 

 そう、初めから狙いはポッドだった。

 

 それが自分を過剰に警戒していると知っているが故の、単純明快な囮作戦。

 少し考えれば分かる話ではあるが、兵器としての機能しかインプットされていないそれには、戦場全体を俯瞰する指揮官の視点が足りていない。

 加えて、ミノフスキー粒子による撹乱と極度の恐慌状態が合わされば、機械とNT能力を組み合わせた探知技術も宝の持ち腐れ。

 正常であれば見抜けた筈の策に、それはまんまと引っ掛かってしまったのだ。

 

 けれども、それにはまだ余裕があった。

 

 寧ろ、K/NT-Xがそこで……それの前で止まってくれるなら有り難い。

 動きが止まったまさにこの瞬間を、もう一機のグロムリンポッドで叩けば良いだけなのだから。

 今度こそ終わりだ、とそれは歓喜の思念を発し────

 

『後は任せてくれ、少尉!』

『行きますよ……!』

 

 その背後から遅れて現れた白いギャンとキケロガのシルエットに、今度こそ絶句した。

 

 ──死ぬ

 

 それはそう直感した。

 それに繋げられた数多の機器はまだアラートを発するだけだったが、それは逃れられぬ死に直面していた。

 

『────!!』

 

 形振りなど、最初から構っていないが──もう何も取り繕う暇もない。

 それは残されたグロムリンポッドの拡散ビーム砲を、狙いもつけずに滅茶苦茶に発射した。

 何でもいいから、何か当たれ。

 こっちに来るな、とあらん限りの思念で叫びながら。

 

『──うおおおッ!!』

 

 しかし、そんなそれの願いを嘲笑うように、ビームの雨霰を掻い潜った白いギャンがポッドに深々とビームサーベルを突き立てる。

 そのままこれ以上の抵抗は許さないとばかりにポッドの胴を切り裂き──グロムリンⅡを丸裸にする。

 

 そして、最後に来るもの。

 

 シャリア・ブルが駆るMAキケロガと相対する羽目になったそれは、いっそ哀れですらあった。

 

『……』

 

 壁のようなプレッシャーを前にして、それは人の言葉で形容し難いほど怯え狂ったが、シャリア・ブルはただ黙するだけ。

 白いギャンの片腕を破壊し、K/NT-Xから武装という武装を剥ぎ取った本体の対空砲火は、しかし全長32メートルもあるキケロガを掠めることすら叶わなかった。

 まるで()()()()()()()()()()()()MAらしからぬ小回りの利く挙動でビームの雨をすり抜け──機体が()()

 

『──墜ちなさい、人の造り出した怪物』

 

 ヒトデのような奇怪な形状から瞬く間に人形へ変形を遂げたキケロガ。

 その四肢の先端から放たれたメガ粒子の光条が、グロムリンに満遍なく突き刺さる。

 右舷ブロックが、左舷ブロックが、推進器が、それの肉体を構成するあらゆる部分が引き裂かれ、燃え盛る鉄の塊へと変わっていく。

 

『──……』

 

 それでも、それは足掻いた。

 戦うことだけが、それに許されたことだから。

 そうあれと造られ、それ以外の何も知らないから。

 漸くチャージ完了した大口径メガ粒子の射線が、最後の足掻きとばかりにイオ・マグヌッソを捉えた。

 

 だが。

 

 

『もういい』

 

 

 K/NT-Xが、それの正面に立ち塞がる。

 その腕にランスは無く、ギガンティックアームも基部から破損してしまっていて──盾すらもう残されていない。

 ほぼ全ての武装を使い果たしたK/NT-Xは、もうそれの障害とは呼べなかった。

 しかし──菫色のMSは、全身から異音を響かせながらゆっくりと右腕を前に突き出す。

 

 バシュッ、とやや気の抜ける音。

 

 腕部のカバーが排除されると共にその弾頭を見せたのは、小型のグレネードランチャーだった。

 MAが相手では牽制にもならない、玩具のようなギミックで姿を見せた武器。

 

 けれど、それも青年も知っている。

 

 例えこれほど頼りない武器でも、臨界状態にある大口径メガ粒子砲の発射口に直撃すればそれにとって破滅的な状況を引き起こすことを。

 そしてこれを確実に命中させるには、それの正面に立ち──爆発に巻き込まれる至近距離で発射しなければならないことを。

 

 

『────』

『────』

 

 

 故に、それとK/NT-Xは一瞬意思を通わせた。

 それは己を徹底的に害しているのに、不可思議な温かさを持つ二人への疑念を込めて。

 K/NT-Xは人の悪意に振り回され、満足に生まれ、生きることすら許されない命への哀悼を込めて。

 

 そして、次の瞬間────

 

 

 

『────もう、終わりだ』

 

 

 

 グレネードの直撃で砲口から膨れ上がった爆発の光が、それの思念を焼き付くした。

 

 

 

▲▼▲▼▲

 

 

 

「生きてる」

 

 緊張のあまりカラッカラになった喉を更に痛めながら、俺は呟いた。

 本当に一か八かなんてレベルの話ではなかった。

 K/NT-Xとギャンを囮に使って、本命のキケロガを通す──思考を読み取るニュータイプの能力なんて殆ど関係無い、相手が精神的に未成熟であることに全てを賭けた、分が悪すぎる博打。

 ジェットストリームアタックなどと宣ってみたものの、実際は特攻紛いの行為に他ならない。

 こんな馬鹿げた戦術に付き合ってくれた中佐とエグザベ少尉には、後で土下座でもしておくべきだろう。

 

「生きてるだけだよ、これだと」

 

 脱力した俺とは反対に、ドゥーは計器のチェックに余念がなかった。

 K/NT-Xの状況は……まあ、控え目に評価して大破と言ったところか。

 四肢も頭部も全てもげ、残された数少ないアポジモーターで何とかその場に留まっている様は、MSというより旧世紀の人工衛星に見えなくもない。

 不幸中の幸いは、機体の正面から大口径メガ粒子砲の爆発を受け止めたお陰でバックパックは殆ど無傷で済んだことくらいだろう。

 大雑把に進む程度なら何とかなるので、誰かが迎えに来てくれるまで漂流しっぱなしになるのはギリギリ避けられそうだった。

 

 これでも一応、耐えられる確信はあったのだ。

 

 ツキモリの徹底的な改修によって、前身のクリーガーの時点で機体は並々ならぬ領域へ到達している。

 部分的ながらルナ・チタニウム合金を使用し、モジュール化が為された装甲はバズーカ弾頭ですら一発は確実に防ぎきる。

 流石にビームを相手では貫通は免れないが、耐弾、耐爆という観点でK/NT-Xの右に出るMSはUC0085に恐らく存在しないだろう。

 そこを強く信頼していたから、俺たちは無事生還を果たしたという訳だ。

 とは言え、である。

 

「センサーは?」

「殆ど死んでる」

「そっか……中佐と少尉は上手く離脱したかな」

「した、と思う。何となく……二人を感じるよ」

 

 ドゥーがそう言うのなら、そうなのだろうが。

 サブカメラは半ば機能が停止し、周囲は粉塵とデブリでほぼ濁った白一色。

 何かにぶつかるだけで御陀仏が確定している状況で、下手に動くのはあまり得策ではない。

 一先ずは、腰を落ち着けるしかなく──背後のドゥーへ視線を向ければ、彼女は汗の滲む顔に薄い微笑を浮かべた。

 

「……中々やるでしょ、僕も」

「本当に助かったよ。ドゥーがいなかったら早々にやられてた」

「ふふ、ミカボシは僕がいないとダメだからね……って、うわ。髪型が崩れるから撫でるのは止めてよ」

 

 あまり調子に乗るなよこのちんちくりんが、と憎まれ口を叩きながら少女の白い髪をわしわしと撫でてやる。

 本当に、よくやってくれた。

 ドゥー無しでは、グロムリンを倒すことなど到底不可能だっただろう。

 俺一人でも、彼女一人でもなく、二人だから掴み取れた勝利──キシリアを利することになったのは癪だが、それもこの場を切り抜けられた喜びには勝るまい。

 そう、張り詰めた緊張を息に混ぜて吐き出して。

 

「……?」

 

 ぽつり、と濁った白に赤が咲く。

 一瞬、機体から漏れだした燃料がモニターに映ったのかと思ったが──そうではない。

 目に見える()()()()()()()色付いている。

 それを、その現象を俺は知っている。

 

「────ッ!」

 

 慌てて座席に戻り、スロットルを全開にしたが──既に遅かった。

 バックパックが火を灯した時には周囲の空間全てが極彩色の光を放ち、人の理解を超えたエネルギーを凝縮させ始めていた。

 

 ──ゼクノヴァ

 

 ミノフスキー粒子の相反転が引き起こす消失現象。

 それが、この空間を中心として発生しているのだ。

 しかも、これまでのものとは比にならない。

 ソロモンの軌道を逸らした時よりも、シュウジが消え失せた時よりも遥かに大規模な──宙域一体を根刮ぎ消滅させるような、前代未聞の異常が発生していた。

 

 ──だが、こんなことが自然に起こるか?

 

 確かにドゥー、エグザベ少尉、シャリア・ブル……それにグロムリンと、優れたニュータイプの資質を持つ者が一挙に集った場ではある。

 だが、ゼクノヴァとはこのタイミングで──戦いが一段落したタイミングで狙い澄ましたように発生するものなのか?

 まるで、誰かが意図的に引き起こしたような────

 

 

「ああ、クソ……」

 

 

 分かった。

 全てが分かった、キシリア・ザビめ。

 極彩色の光の嵐、その向こう側に見える異形の影。

 開きかけの花のような、奇怪極まる施設がこれを引き起こしている。

 地球環境の再生など所詮はおためごかし。

 疑っていた通り、イオ・マグヌッソとは人為的にゼクノヴァを発生させる戦略兵器──それでもって、俺たちをグロムリンごと抹殺しようという魂胆と見た。

 

「────ッ」

 

 だとしたら、俺はとんでもないことに手を貸してしまったことになる。

 それに、少尉と中佐はこれを知っていたのか?

 少なくとも、二人はキシリア派に属していた筈だが──俺たちは嵌められたのか。

 いや、それはどうでもいい。

 

「ぅ、うぁ……っ!」

「ドゥー、しっかりしろ!ドゥー!」

 

 背後のドゥーが危ない。

 シュウジの時の小規模なゼクノヴァでさえ、彼女を錯乱させるほど強い影響を与えたのだ。

 ニュータイプ的感度が高く、かつグロムリンとの戦闘で疲弊しきった彼女がこんな規模のゼクノヴァに直面したら、どれほどのダメージを受けるのか全く想像出来ない。

 

 それに──そもそも、逃れられるか。

 

 視界一面は既に目が痛くなるほどの極彩色で、右も左も分かったものではなかった。

 計器の上では直進していることになるが、そもそも本当に真っ直ぐ進めているのかさえ判然としない。

 そして、このままでは死ぬ。

 綺麗さっぱり、初めから存在しなかったかのように消えてしまう。

 

 俺は、いい。

 

 いや、良くはないのだが──戦いに身を投じた人間として、死ぬこと自体は了解している。

 これまでがたまたま運が良かっただけで、どの戦闘でも死ぬ可能性はあったと知っているし、それを受け入れてもいる。

 あっけなく撃ち落とされる可能性は常に付き纏っていたし、それを理解して地獄に足を踏み入れたのは他でもない俺自身だ。

 

 それを知っていて──スイッチに手をかける。

 

 だが、翻ってドゥーはどうか。

 彼女は、強化人間として人生を歪められた子供だ。

 当人の意思でMSに乗ったように見えるし、実際そうではあるのだが、そこには俺も含めて大人の卑劣な思惑が多分に絡んでいる。

 世界の広さも、真っ当な娯楽も知らないまま、キラキラだけが楽しいことだと教え込まれて、いいように使われる。

 それなのに、此処で終わっていい道理など存在しない。

 

 スイッチのカバーを外す。

 

 重石が、邪魔なのだ。

 ドゥーが今一度羽ばたくために、幾千万もの人々が住まうコロニーで戦うことの愚かしさと人を殺した罪を知るために、腐れ切った大人のしがらみなど纏めて取り払わねばならない。

 そして、今最も邪魔な重石とは何か。

 理解していない、訳がない。

 

「ドゥー」

「ミカ、ボシ?」

 

 だから。

 だから、俺は────

 

 

「達者でな」

 

 

 脱出スイッチのボタンを思い切り押し込む。

 

「待っ────」

 

 訣別は、一瞬だった。

 こちらに手を伸ばしたドゥーごと後部座席が引き込まれ──余計なパーツとギャンそのものをパージしたバックパックが、スラスターを猛然と噴射しながら飛び去っていく。

 元々、一人用の脱出艇だ。

 どっちみち最初から俺は脱出出来ないし、使うタイミングが少し遅れただけでこれも当初の予定とは何ら変わりない。

 航路もオートで設定してあるから、例えドゥーが何をしようとサンフラワーを目指してくれる筈。

 これでもまだゼクノヴァから逃れられるかは五分五分だが、ギャンと言うお荷物を吊り下げたままよりはずっとマシだろう。

 

「……はぁ」

 

 ヘルメットを脱いで、深く息を吐く。

 これで死は確定した訳だが、思ったより気分は落ち着いていた。

 てっきりもっと取り乱すと思っていたのだが、どうやら自分はかなり肝が据わっている方らしい。

 それでも、自分が消失する瞬間はやはり怖い。

 

「これくらいは、な」

 

 もう誰に格好付ける必要もないのだから、と背もたれに身体を預ける。

 目を閉じてもゼクノヴァの煌めきはしつこいくらいに瞼を焼くけれど、これで死ぬ光景を見ずに済む。

 後は──後は、そう。

 来るその瞬間まで、何を考えるか。

 しかしいざ「考えよう」と意気込むと何も思い浮かばないもので。

 今しがた閉じようと決めた筈の瞼を、敢えなく持ち上げてしまい。

 

 見えた。

 

 極彩色の嵐の中を進む少女の姿。

 刻の濁流を掻き分け、一心不乱に歩き続けるアマテが見える。

 避けられない死を前にして漸くニュータイプの素養が花開いたか、或いは宙域を満たすミノフスキー粒子が一時的に感覚を増幅したのかは分からないが──このゼクノヴァとは異なる、彼女だけが放つ命の輝きがハッキリと見て取れる。

 そして、俺ですらこれが見れたのだから──他の優れたニュータイプがアマテを感じられない筈がない。

 

 

「──ああ」

 

 

 極彩色に全てを呑み込まれる中で、俺は呟く。

 ならば、しかと見届けろ。

 ニュータイプもオールドタイプも。

 人間を名乗る生物なら目を見開き、この軌跡から一瞬たりとも意識を逸らしてはならない。

 

 

 

 

「────アマテが、往くぞ」

 

 

 

 世界すら変える真っ赤な命が、不条理を撃つ。

 その瞬間を。

 

 

 

▼▲▼▲▼

 

 

 

「はぁっ、はっ、はっ……」

 

 何もかもが、気持ち悪かった。

 全身は鉛のように重く、喉はべったりと貼り付いて呼吸が儘ならない。

 まるで全力疾走した直後の辛さを何倍にも増幅したかのような粘度の高い疲弊が、GfreDに乗るニャアンの肉体へのしかかっていた。

 だが──それを気に留めていられない。

 

「わた、私……一体、なに、を……」

 

 覚束無い舌を動かして、起きた出来事を思い起こす。

 グロムリンの迎撃から離れたニャアンは、キシリアの命に従いイオ・マグヌッソを起動した。

 無論、それが何たるかは知っている。

 あれは、人為的にゼクノヴァを発生させる装置──シュウジが消えたあの現象を起こす装置だ。

 それが兵器に転用されたものである、とも。

 

 しかし、それを起動することに躊躇いはない。

 

 シュウジは消滅したのではなく何処かに転移したのだ、とニャアンは推測する。

 しかし、この広大な宇宙から人間一人を探し出すのはただ事ではない。

 ニャアンの細い人脈と切羽詰まった経済事情を考えれば、不可能と言い換えてもいい。

 だから、こちらに引き寄せる。

 出向くのではなく、向こうをこちら側に呼び寄せる──そう言う意図を以て、ニャアンはキシリアに従っていた。

 

 それに、ミカボシが危ない。

 

 どう考えても二機のギャンだけではグロムリンを倒すには力が足りていない。

 その点、イオ・マグヌッソは打ってつけだった。

 シュウジを呼び寄せながら、仲間に迫る危機を退けるまさに一石二鳥の好機だった。

 何より、キシリアは事前に警告すると言ったのだ。

 ゼクノヴァに巻き込まれないよう、迎撃に当たっているMSには予め退避勧告をすると──確かに、そう言った。

 ニャアンは、その言葉を信じた。

 だから、ミカボシは無事な筈なのに。

 

 

「私、何を……()()()()()()()()()?」

 

 

 間違いなく、誰かが巻き込まれた。

 そしてそれが自分の知る人物であるという予感が、薄らと四肢を這い登ってくる。

 それ故に、ニャアンはシャロンの薔薇に取り付けられたイオ・マグヌッソの起動装置と接合を解除し、訳も分からぬまま悪寒に震えているのだ。

 取り返しのつかないことをしてしまった、そんな絶望に駆られながら。

 だが、ニャアンの絶望はそれだけでは終わらない。

 

「──っ、誰!?」

 

 GfreDの機器が警報を鳴らす。

 誰かが自分に近付いている。

 その距離と方向を確かめたニャアンは、咄嗟に伏せていた顔を上げ──絶句した。

 

 

 

「GQuuuuuuX……」

 

 

 この数ヶ月で、他のどんなモビルスーツよく見た……しかし、知らないシルエット。

 全身の至る所にエネルギーのリングを発生させたGQuuuuuuXが、イオ・マグヌッソの中心に降下しようとしていた。




◯ミカボシ・ツヅラ
ゼクノヴァに呑まれ死亡。享年20歳。
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