「──ニャアン!」
シュウジに便乗して「こちら側」に舞い戻ってから、先ずすべきこと──それはニャアンのケアに他ならない。
時間は無いが、これは最優先事項だ。
アマテはいつでも前を向ける鋼のようなメンタルをしている一方、ニャアンは繊細さと強靭さを兼ね備えた合金のような性格だ。
キシリアの策謀に嵌められたとは言え、優しいあの子はきっとすごく気に病んでいるだろう。
「……ミ、ミカボシ」
「よう、さっき振り」
通信から聞こえる声音は案の定不安と怯えが入り混じっている。
まあ、それはそうだ。
宇宙世紀はクローンだの死者の霊魂だのと色々自由だが、自分の手で殺した死人が生き返って話しかけてくるとか流石に正気の沙汰とは思えない。
跡形もなく消し飛んだ筈の人間がモビルスーツに乗ってひょっこり出てきたら驚きもするし、どんな恨み言を言われるのかと怯えもするだろう。
だが、俺はニャアンに恨みなどは抱いていない。
「気にするなよ……って言っても無理だと思うけど」
「そ、そんな……私、納得できない」
「戦場に生きるってのはこういうことだ。殺してきたんだから、殺されもするさ」
敢えてあっけらかんと、事も無げに言い放つ。
どうせすぐに消える身なのだから、彼女の重荷になるつもりなどない。
ミカボシ・ツヅラの人生はもう終わっている。
他ならぬニャアンが終わらせた。
だが、それを無闇矢鱈に引き摺る必要は無い。
無論、人を殺すことの罪と愚かしさを知って欲しいとは思うが、俺で学んでくれたならそれで十分だ。
その上で、強いて何か言うなら────
「忘れるなよ、その感覚」
「……」
「この後も色々あるだろうが、人を殺す感覚に慣れて、何でもないって思うようになったら俺たちみたいな戦争に取り憑かれた大人の仲間入りだ」
「それは、ダメなことなの……?」
「ダメかは分からないけど、
宇宙世紀は地獄だ。
たとえジオンが一年戦争に勝利したとしても、そう遠くない内にまた子供が戦わなければならない戦場はやってくるだろう。
その時に、ニャアンが心を停めて戦うようになって欲しくはない。
子供は子供らしく悩んで成長するのが仕事なのだから。
「……分かった」
そんな想いが通じたのか、通信機の向こうで涙を拭う気配がする。
それだけで、十分だ。
俺は救いを齎すようなニュータイプではないが、誰かの教訓になることくらいは出来るらしい。
ならば────
「ニャアン、君にはやるべきことが
「うん……!」
「此処は俺に任せろ。アマテは守り抜いてみせるさ」
「ありがとう────じゃあ、また!」
「ああ……またな」
決して果たされない再会の約束を刻んで、ジフレドがイオ・マグヌッソの中枢から離脱する。
これで後顧の憂いは一つ絶てた。
ニャアンは不器用だが賢くて、大胆だ。
ただ流されるばかりではなく、乗るべき流れを見極められる目の良さもある──無様に泥の中でもがくことしかできなかった俺と違って、きっと上手くやれるだろう。
問題は、こっちだ。
「ミカボシ……!」
「待たせたな、アマテ」
ジークアクスの隣に、並び立つ。
ジークアクスに、赤いガンダムに、元祖ガンダムという顔触れの中にギャンが一機というのは些か見劣りするが、足りない分は気迫と知識で補うしかないだろう。
何より、アマテの前だ──思っていたより力強い成長を遂げたあの子の足を引っ張るつもりはない。
と、通信から震える声が届く。
「今度は、最後まで味方なんだよね」
「ああ」
「敵になったりしない?」
「当たり前だ」
「一緒にララァを守ってくれる?」
「やろう。今日は俺とお前がMAVだ」
「うん……うんっ!」
戦場ではしゃぐな、と返して──ふと、気付く。
そうか、アマテと一緒に戦うのは初めてか。
GQuuuuuuXの物語が始まって以来、同じ空間にいたことこそあれど何故かアマテと共闘したことは一度もなかった。
乗っているのがニャアンだったり、軍警から逃げるだけだったり。
何ならシイコさんと一緒になって敵対までしたのだからアマテが疑うのも自然な話だし、初めて組むアマテとのMAVにそこはかとない高揚感を覚えもする。
役不足と言えば否定は出来ないが、宇宙世紀トップクラスの闘いにも限界まで喰らい付いてみせよう。
「シュウジをぶん殴って目ぇ覚まさせてやる、だろ?」
「わ、好戦的。男の人って皆こうなの?」
「アマテほど喧嘩っ早くはないよ」
「言うじゃん」
それで、どうしよう──ジークアクスのツインアイが案じるようにこちらを見る。
成る程、確かに状況は面倒だ。
ララァを守ろうとする者、世界のためにララァを殺そうとする者、ララァのためにララァを殺そうとする者が睨み合い、虎視眈々と隙を窺っている。
それでこのまま乱戦へ縺れ込んだら、どうなるか分かったものではないだろう──だが、俺たちとて無策でこの場に現れた訳ではないのだ。
例えどんな相手であろうと、付け入る隙は必ずある。
「シュウジ・イトウ」
「シャア・アズナブル」
指し示すは二人の名。
そう、打開すべき問題は三つ巴の現状そのもの。
面と向かって話すならまだしも、横入りがあっては纏まるものも纏まらない──ひょっとしたら、本来の宇宙世紀みたいに「奴との戯言はよせ」とか言って割り込まれた挙句誰かが死んだらするかもしれない。
そんな結末は御免だ。
今そこに未来があるのに、アマテの旅をこんな所で終わらせるなんてこの世界の誰が認めても俺が認めない。
ならば、解決策は見えている。
「チームポメラニアンズは」
「お前たちにクランバトルを申し込む」
そう、敵を減らせばいいのだ。
「えぇ!?」
「何……!?」
「……」
素直に驚くアマテとシャア、そして黙するシュウジ。
反応は予想通りだ。
実際、自分でも呆れるほどこの混沌とした戦場に賭け事であるクランバトルはそぐわない。
しかし、だ。
「ええい、戯れ言に付き合っていられるか──」
「おっと、それでいいのかなシャア・アズナブル」
「……!」
赤いガンダムが一瞬飛び出そうとして、その場にたたらを踏む。
決してニュータイプの理屈を超えた洞察が彼を踏み留まらせた訳ではない。
これはもっと単純で、分かりやすい話──白いガンダムが、バズーカの銃口をシャアに向けていた。
「
そう、二人の目的は同じに見えて大きく異なる。
ララァを殺すという共通点こそあるものの、そこには
シャアは自分一人で全てを為そうとしているが故に。
シュウジは自分が直接手にかけることがリセットのトリガーとなっているが故に。
二人は潜在的な敵同士だ。
もし隙を見てララァへ攻撃しようとしたら、たちまち俺たちも含めた三人から袋叩きにされてしまう。
流石のシュウジやシャアでも、3対1を切り抜けてシャロンの薔薇に辿り着くのは難しいだろう──ビットやファンネルでも持ってきているなら話は別だが、生憎赤いガンダムのそれは残弾ゼロだ。
「考えたな……!」
「考えるとも」
低く唸るシャアに、此方も低い声音で返す。
赤い彗星を相手取るならこうでもしなきゃあしらわれるだけだ。
或いは、アムロ・レイが相手なら尋常な勝負にも付き合ってくれるのだろうが、俺にそこまで求められても困る。
あくまで俺はなり損ない。
出来るのは大人の理屈で無理矢理にでもクランバトルの席につかせることだけ──後はもう出たとこ勝負だ。
「シュウジも、これでいいだろ?」
「……」
相変わらず黙したままだが、白いガンダムはバズーカの銃口を下げ赤いガンダムの隣に移動した。
これでいい──シャアもシュウジも戦争をやっている気なのだろうが、生憎こっちはそんなのに付き合うつもりなど毛頭ない。
そうとも、戦争の道理でアムロ・レイに相当する人間と迷いが無い赤い彗星に勝てる訳がないのだ。
こうも意気揚々と現れておきながら情け無い話だが、残念ながらこれは絶対普遍の事実だろう。
極まったニュータイプであるこの二人に勝てるなどと思い上がるつもりもない──本気でやり合いたいなら、どうにかしてアムロかシロッコかハマーンでも連れてくる方が余程現実的だ。
真っ当にやったところで勝ち目などある訳がない。
だが、私的な闘争──つまり、喧嘩・クランバトルならそもそも勝ちの定義が違う。
「シャアは俺がどうにかする。やれるな、アマテ」
この場合に於ける勝利とは、二人に──否、ララァも含めたこの世界そのものに人の心の光を見せること。
この世界を続けたいと思わせることだ。
つまり、物理的な戦闘そのものより言葉での戦いが主体となる。
それは、俺の役目ではない。
世界を革新するなんて大それた偉業は、人の総意と言う曖昧なモノに呼び寄せられただけの、器でもない人間のキャパシティを遥かに超えている。
そこまで思い上がるつもりもない。
可能性に満ち溢れたこの若いニュータイプなら、少なくともイオ・マグヌッソに集った全ての人間には未来の可能性を見せ付けてやれる筈。
本来の宇宙世紀とはかけ離れているからこそ辿り着いた、新しい人の革新は今GQuuuuuuXに乗り込んだ魂に宿っているのだ。
故に、賭けた。
俺は分が悪い賭けの中で最も見込みのある可能性に、この宇宙の先行きをベットした。
だから賭けが成立するまで。
その程度の時間は、俺が稼ぐ。
俺のようなニュータイプのなりそこないが本物のシャア・アズナブルに勝てる確率など、限りなくゼロに近いが。
そもそも戦いらしい戦いになるかも分からないが、何としても止めてみせる──その為に、俺は戻ってきた。
「任せて。シュウジは私が止める」
それが実るか、無に帰すかは──これから、決まる。
神の手ではなく、俺たちが決める。
「行くぞ……!」
「うん────!」
ブザーは無いし、審判もいない。
これ以上にないほど私的で、しかしそれ故に人の行く末を決めるに相応しい闘争が今、始まる。
「キシリア様」
パープルウィドウのブリッジに手を置いたニャアンは、意識して感情を抑えながらそこに座する人物へ呼び掛けた。
「……ニャアンか」
「はい。この後は、どうするんですか」
「先ずは、この宙域を離脱する」
ア・バオア・クーからは国家親衛隊の艦隊が発進したとの報告があった──そう語るキシリアの声には、幾分か疲労が見られた。
如何に鉄のような女であっても、流石にこれほど混沌とした状況に放り込まれれば疲れもするだろう。
グロムリンの襲来、イオ・マグヌッソの起動と停止、そして「向こう側」からやって来たシュウジとミカボシ。
ニャアンだって、まるで理解が追い付いていない──怒濤の勢いで発生する超常現象は、少女のキャパシティをあっという間に超えていった。
何か妙な夢でも見せられている、と言われた方がまだ納得できるくらいだ。
──でも
今やるべきこと。
それだけは、見えている。
「突撃機動軍もこちらに向かってきている。イオ・マグヌッソとニュータイプ部隊を失うのは痛手だが、私がグラナダに戻れば建て直しは可能だ」
「……その、後は?」
「ギレン兄は死んだ。例え相手が巨人でも、頭を喪えばただの死体に過ぎん」
「……そうですか」
残党を潰す際には、またお前に出てもらうことになる──そうスピーカー越しに語る声音を、ニャアンはどこか冷たい気持ちで聞いていた。
──この人は、まだ戦うつもりなんだ
キシリアは、ニュータイプの世を創ると言った。
ニャアンはそれに賛同した。
もし本当にニュータイプが生きやすい世の中になったら、それはきっととても善いことだからだ。
闇バイトをしなくて良いし、大学にも行けるし、広くて綺麗な家に住むのだって夢じゃない。
漠然とした現実に息苦しそうなマチュは思い切り自分の夢を追いかけられるし、ミカボシも呪いのように纏わり付くあのコートを脱げる。
何処かへ行ってしまったシュウジとも、今度こそずっと一緒にいられる。
それ以上に望むことなんて他にあるだろうか?
少なくともニャアンには思い浮かばない。
──でも、違う
この人の、キシリアの言う「ニュータイプの世」とは、ニュータイプが支配する世界のこと。
持つ人が持たない人を虐げて、搾取して、導く──そう言う世界を目指して、キシリアは戦っている。
それは、もしかしたら正しいのかもしれない。
視野が狭くて子供なニャアンと違って、今も権力のイニシアティブを握ることに執心するこの女はもっと大きなものを見据えているのかもしれない。
──でも、イヤだ
もしキシリアの言うような世界になったとしたら、持たない人を抑圧するのはマチュで、ミカボシで、シュウジだ。
自分の大切な人たちが、偶々その能力を持っていたというだけで、他者を痛めつけなければならないようになる。
それは、イヤだ。
想像するだけで、喉が締め上げられるような苦しさが込み上げてくる。
そして、何より────
『ニュータイプは誰かを支配する力じゃない!』
『誰かと繋がるための力なんだ!』
キシリアと対峙したマチュの叫びが胸を打つ。
『沢山悩んで、沢山足掻け』
『大人になるのはそれからでいい』
静かに諭すミカボシの声が体に染み込む。
「……分かってる」
呟いて、ブリッジを正面から覗き込む。
そこに映る女は、酷く小さなものに見えた。
キシリア・ザビ。
自分にGfreDを与えた人。
争いの中でしか生きられない人。
色んなことが出来る力があったのに、それを他人と分かり合うのではなく拒絶するために使った人。
上手く言葉にはならないが、少なからずニャアンはこの人物に何か共感するものがあった。
あったから、こんなことになった。
故にニャアンは、目を逸らさない。
「ニャアン!?貴様、何を────」
そして。
突き出したGfreDの拳が、ブリッジを抉って。
「これは……」
グロムリンとの戦いで、最早真っ直ぐ飛ぶのがやっとなエグザベを振り切るのは容易い。
そうしてキシリアの暗殺と言う本懐を遂げるべく
「貴方は、一体……」
ジークアクスと同型のMSなら、当然その所属はキシリア派となる筈──しかし何故かそれが自分に先んじてキシリアを抹殺すると言う事態を前に、ブラウ・ブロは有線端末をただくねらせるしかなかった。
敵か、味方か。
戦うべきか、戦わないべきか。
百戦錬磨のニュータイプであるシャリアさえ、この瞬間はどちらが正しいか判別出来なかったのだ。
「……私、が」
「私が、キシリア様を殺しました」
だが──コックピットを開けて出てきた人影が両手を上げて降伏を示した途端、シャリアから戦意は消え失せた。
操縦桿を握ろうと言う気さえたちまちの内に萎んでいって、ゆっくりと溜め息を吐くしか出来なかった。
深い哀しみが見える。
強い後悔が見える。
それをまだ若い子供に背負わせてしまったことへの自責が、シャリアに重くのしかかる。
「成る程……辛いことをさせてしまいましたね」
「いいんです。これが私の、責任ですから」
シャリアの慰めを、少女は突っぱねた。
ヘルメット越しで表情は見えず、MSの胸に立つその姿はあまりにもちっぽけで、誰がどう見ても強がっているのは明らかだ。
シャリアがそんな欺瞞を見破っていることも、ニュータイプの直感で明らかに伝わっていた。
それでも、少女は内に抱える哀しみや後悔を表に出さず、ただ一人の人間として、シャリアの前に立っている。
──今この瞬間、間違いなく少女は戦士だった
◯ミカボシ・ツヅラ
世界の行く末を決める戦いをクランバトルと言う形に落とし込むニュータイプのなり損ない。
結果として自分がシャアの相手をする羽目になるけどまあそれはそれ。
サーベル一本の赤ガン相手ならギリギリ何とか勝負になるかもしれない。
◯アマテ・ユズリハ
最初で最後のミカボシとの共闘にテンションUPして超一撃状態。
本作では真っ向からキシリアを喝破したため、そもそも銃撃されそうになるシーン自体が発生しなかった。
◯ニャアン
哀(しみを背負った)戦士。
ニュータイプを争いに向かわせ、戦争を引き起こす者へ引導を渡して自らの責任を果たす。
もし、万が一キシリアが戦いを収める方に動いたのであれば従っていたが、それももう叶わない。