コモリ・ハーコート少尉は緊張していた。
何故なら──上官たるシャリア・ブル中佐が資料を読み込んでいたからだ。
「ふむ……」
余程の機密でなければ端末からの閲覧で済ませられるこの時代では珍しい、ページを一枚一枚捲る紙擦れの音がソドンのブリッジに響く。
一見すると、何てことはない──アナログ嗜好な上官が、お決まりの定位置でただ雑多な資料を読み込んでいるだけの姿。
当人が渋めの美形なのもあって、写真を取ればさぞかし良い絵になるだろうと思わせる立ち姿だ。
だが────
(今度は何を言い出すんだろう……)
これが凶事の予兆であるとコモリは知っている。
程々にフランクで、しかし寡黙なシャリア・ブルが一度自ら指示を出したり行動を起こせば、途端に洒落にならない騒動を引き起こすと彼女は身を以て学んでいるのだ。
現に、今もコモリは騒動の最中だ。
公国軍に使用を禁じられているオメガサイコミュを載せたGQuuuuuuXは何処の誰とも知れぬ民間人に持ち逃げされ、彼の命令で出撃したパイロットのエグザベ少尉も軍警に拘束。
挙げ句の果てにソドンはイズマコロニーの内部に突入して先の見えない「駐留」と来れば、彼の一挙手一投足に敏感になるのも仕方のない話だった。
(あの資料、私が用意したのじゃないし……)
それはそれとして、コモリとしては中佐の読んでいる資料が気になって仕方がないのもまた事実。
何せ、コモリは新任ではあるが情報士官──敵や目標の情報を集め、上官に判断材料を提供するのが役目である。
しかし、今彼が読んでいる紙束にコモリは一切関与しておらず、何を知って何を判断しようとしているのか見当もつかない。
自分程度では到底及ばない、「ジオンの英雄」シャリア・ブル独自のネットワークで集められたであろう資料の数々に、ほんの少しプライドが傷付き──それ以上に、迂闊にも彼女は興味津々だった。
「コモリ少尉、少しいいですか?」
「はい……?」
「これを見て欲しいのですが」
と、資料から顔を上げた中佐がコモリを呼ぶ。
はて、何か自分に用などあっただろうか。
戦々恐々、興味津々が半分ずつ入れ混じった心中を隠して彼が渡した資料に目を通して──少し、がっかりした。
「これは……YMS-15?確か、一年戦争終盤の主力機コンペでYMS-14共々簡易ガンダムに敗れたモビルスーツですよね。試作機が一機だけ生産されていたと思いますけど」
「やはり、そうですか」
「えっと、それが何か?」
UC0085年現在、YMS-15に「見るべきもの」と呼べる部分は殆どない。
白兵戦特化仕様にしろ、流体パルスアクセラレーターにしろ、簡易型ガンダムの配備が進んだ今となっては傍流の設計思想・技術。
民間に払い下げられたと言う経緯を見ても、ジオンとしてはもう用無しの──ザクと同じように、別にどうなってもいいMSと言える。
今ソドンが追いかけているMS──搭乗者不明な赤いガンダムとの接点も、直接的なものは皆無。
何か自分では想像も付かないような情報を見ていたのではないかと思っていたコモリが「何故今更そんな古いMSを?」と疑問を抱くのも当然の話だった。
だが、そんなことは予想済みとばかりにシャリア・ブルは次の資料も促してくる。
「これは?」
「昨日の戦闘が記録されたものです。SNS、監視カメラ、軍警のログから気がかりなものを集めてきました」
「ああ、私たちとはまた別で軍警と騒ぎを起こしたって言う……」
成る程、と頷き頁を捲るれば、そこには確かに様々な角度、距離から撮られたであろう戦闘の情景を捉えた写真が幾つも印刷されていた。
しかし、そこに写っているMSは──ガンダムともGQuuuuuuXとも異なる、また別のシルエットをしているように見える。
一見すると連邦系の角ばった印象が想起されるが、キャノンらしくない独特のシルエットからして恐らくジオン系のMSだろう。
だが、如何せん素人が撮ったせいかブレやぼやけが激しく、スモークに見え隠れするのは手や足と言った末端の部位ばかり。
軍警のザクと事を構えている様子は分かるが、これだけでMSの種類を特定するのはコモリには難しかった……のだが。
話の流れからして、中佐はこれがそのYMS-15だと言いたいようだった。
「確かに手足の形状は似ているようにも見えますけど……これだけだと、そう言い切るのは難しいような……」
「かもしれません。ただ……ギャンが払い下げられたのはここ、イズマコロニーに籍を置く企業だったと記憶しています。以後の動向は把握していませんが、スクラップにせず利用していてもおかしくはありません」
「流石に、深読みし過ぎじゃないですか?大体、そうだったとして軍警と敵対したら会社の立場が悪くなるだけなんじゃ……」
そう、中佐の言ってることが全て正しかったとして、ギャンを保有する企業がイズマコロニーの中で問題を起こして得られるものは何もない。
寧ろコロニーを取り仕切る行政と確執を起こせば、様々な手段で圧力をかけられ経営に致命的なダメージが入るのは間違いないだろう。
それこそ、軍警に対する義憤でもない限り何の意味もないようにコモリには思えるが──更に突拍子のない発言が飛び出してくる。
「出現時刻は、オメガサイコミュが起動する直前……GQuuuuuuXに乗り込んだと言う子供を守るか、支援しているようには見えませんか?」
「まさか!どうしてそう思うんですか?」
「勘です」
勘って、とコモリは唖然とする。
それこそ、本当に有り得ない話だ。
ガンダム諸共コロニー内に縺れ込んだGQuuuuuuXが奪われたこと自体が偶然としか思えないのに、それをどこぞの企業が読み切って支援していたなんて──ないない、絶対にない。
幾らシャリア・ブル中佐が指揮官としては尊敬出来る人柄で、本当にニュータイプとか言う超能力者みたいな胡散臭い存在だったとしても、それはない。
流石にちょっと妄想が過ぎるんじゃないか、とこれまでの無茶苦茶への諫言の意味も込めてコモリは口を開こうとしたが──それを読んだかのように、ポンと肩を叩かれる。
「何にせよ、今の我々には追わなければならない相手が三機……いや、三人いると言うことです。しかし、私は入国手続きとエグザベ君を引き取りに行かねばなりません。そこで、私が戻ってくるまでコモリ少尉にはこのMSの調査をお願いしたい。出来ますか?」
「いや、それは……出来ますけどぉ……」
「それは良かった。期待していますね」
あれよあれよと言う間に、話が勝手に進んでいく。
そう言う男なのだ、シャリア・ブルは。
一年戦争の空気が染みついたままなのか、何時もここではない何処かを見据えていて、周囲へ気配りはしつつも見えたものがあれば一直線に其処へ向かって進んでいく。
物腰こそ穏やかだが、横紙破り、規律無視も平気な顔をしてお構いなし──最終的に良い結果で終わるからいいものの、振り回される方は堪ったものではない。
だが、こうしてソドンに乗っている以上それから逃れる術はない。
何せこの艦とそこに集められたクルーは、彼が文字通りの意味で「自由に」動かせるよう手を回した結果なのだから。
「では、行ってきます」
そうして、資料の束を渡すと中佐はブリッジから出ていってしまう。
後に残されたのは、呆然とした表情のコモリと、同情しつつも巻き込まれまいと沈黙を守っていたクルーたちの生温かい視線だけ。
「め……滅茶苦茶ですよ、こんなの……」
幸い、深い溜め息と共に上官への文句を吐いたコモリを咎めようとする者は一人もいなかった。
「流石はジオンの最新型だな……俺が知ってるのとは全然違う」
「確かに昨日のザクは動かし辛かったけど……そんなに違うものなの?」
「ああ、一年戦争の時から何もかもずっと洗練されてる……そりゃあパイロットが素人でも軍警のザク程度蹴散らせる訳だ」
「あーっ!素人って言った!」
「素人は素人だろ、昨日までプチモビすら触ったことがない奴が生意気言うな…にしても、なるほどなぁ」
GQuuuuuuXのコクピットにマチュと二人で寿司詰めになってやいのやいのと軽口を飛ばしつつも、コンソールを弄っていた俺は思わず感嘆した。
やはり、ジオンの最新鋭機にして主人公機なだけあってか、既存のMSとはモノが違う──全天周囲モニターも、操作系統も、例えオメガサイコミュが起動せずともこの時代最高峰であることは間違いない。
現にエグザベ少尉はサイコミュ無しの状態でシュウジの操るガンダムに食い下がり、コロニー内と言う環境を利用してビットを破壊する所まで持ち込んでいる訳で。
正直に言って、羨ましい。
武装以外は元が優秀なMSとは言え、一年戦争時のギャンを原型を留めなくなるまで改造して追い付こうとしている此方とは大違いだ。
特にこの、スマート化された全天周囲モニター──技術自体はツィマッドにもあるが、あれは無駄は多いわ嵩張ってMSに搭載出来ないわで導入する目処なんて一向に立っていないのだ。
だから、先っちょだけ……本当にちょっとだけで良いから解体して、ギャンが時代遅れになる前にその素晴らしい技術の結晶をウチに分けて欲しい、なんて「僕」に「俺」が憑依する前のオタクの血が疼き始めてしまう。
──まあ、実はそこまで悲観していないが
何せ宇宙世紀における「近代化改修」は、それを施すだけで何世代前ものMSに現行機と渡り合えるだけの力を与える、素晴らしい五文字なのだから。
ふざけているように聞こえるかもしれないが、決して冗談で言っているのではない。
実際、リゲルグはパイロットがイリア・パゾムだったとは言えガンダムチームに拮抗する活躍を見せ、アージェント・キール仕様のジムやザクに至ってはあのジェガンやギラ・ドーガに匹敵する性能を得ているのだ。
そしてゲルググ、ジム、ザクがそれを為せてギャンが為せぬと言う道理はない。
俺たちはやがて完成形に思えるギャン・クリーガーをも乗り越え、リゲルグならぬリギャンという新たな境地に到達するだろう──と言う訳だ。
「本当はMAV戦の基本を叩き込みたかったんだがな。もう時間がないから、ぶっつけ本番でやってもらうことになるけど……昨日みたいに動かせるか?」
「出来る、と思う。動かし方もいきなり色々流れ込んできて『分からないけど分かった』って感じだったけど、何か考えた通りに動くみたいだから」
「ならいい、最新鋭MSのお手軽さに感謝だな」
最新鋭MSのお手軽さは、勿論嘘。
オメガサイコミュなる得体の知れないシステムの恩恵なのは知っているが、「ただの元ジオン軍人」がその辺りの事情に詳しい筈がないので、適当なことを言って誤魔化すしかない。
しかし、そうやって言えないことを誤魔化すたび心の中に鈍い痛みが少しずつ積み重なっていく。
ただでさえ嘘に塗れた人生で、この上マチュまで騙すのか、と良心が咎めているのだろう。
しかし、それを打ち明けることは出来ない。
シュウジには「心を開くべきだ」と言われたけれど、連邦が勝った場合の宇宙世紀や、マチュが此処に至るまでの流れを予め知っていた、なんて言っても正気を疑われるだけなのは目に見えているのだから。
何にせよ、今の自分に出来るのはマチュがクランバトルに勝てるよう祈るくらいなもので──そのマチュを見ていると、ふと思うことがある。
「……なに?」
「いや……ノーマルスーツ、似合ってるなって」
「な、なん……っ!?セクハラ!?」
「人聞きの悪いこと言わんでくれ……昨日もロリコン扱いされたんだぞ」
ババッ、と己の身体を抱いて軽蔑の目線を向けるマチュに、溜息を吐く。
まあ、突撃機動軍のコートを羽織った人相の悪い男がマチュのようないいとこのお嬢様と行動を共にしているというだけで通報モノなのは間違いないが──スーツを着たマチュは映画同様バッチリだ。
何か不穏なものを感じさせるあの社長の根回しなのか、それとも本当に偶然なのかは知らないが、赤と白を基調とした色合いは彼女の髪色とマッチしてよく映える。
よく面倒を見てきた姪みたいなもの、と言う贔屓目を抜いても、最初からマチュが着るために用意されたんじゃないかと思うほどによく似合っているのだ。
だから、正直に言うと……セクハラ的な意味合いは抜きにして、見れて良かったと思う。
それに、だ。
「まあ、ジオンのエースは皆自分専用のノーマルスーツを持ってるもんだ。だから、これでマチュもクラバのエース間違いなしだな」
「何それ、励ましてるつもり?」
「そうだよ、上手い言葉が思いつかなくて悪かったな」
「……ううん、ありがとう」
そう言って、マチュは俯く。
「正直、ちょっと怖いかも。昨日は無我夢中で……シュウジがいたからどうにかなったけど、今日も同じとは限らないし。命が懸かってるって言われても、まだそんなに実感ないし」
それは、そうだ。
いくらマチュが血気盛んで、GQuuuuuuXという強大な力を手にしたとしても、怖いものは怖い。
今まで穏やかな生活をしていたところからいきなり命の奪い合いすらある場所に飛び込んで、怖くない筈がない。
映画ではクランバトルの最中にそれを自覚したようだが、此方ではミカボシ・ツヅラという付き添いがいたことでより早く気付いてしまったようだった。
そして、彼女を導くシュウジは今はいない。
彼女自身がやると決めたことに、今更逃げて良いと無責任なことを言う訳にもいかない。
──戦えるか?
いや、戦えるだろう。
マチュは──アマテ・ユズリハはそういう少女だ。
未知の世界に臆せず飛び込み、強い意志で以て自分の道を切り拓く。
最初に逃げの一手を打ち、状況に振り回されてばかりの俺とは違う。
で、あるならば。
一人の人間として好意を抱き、尊敬に値する彼女に何か励ましの言葉を贈るなら。
「大丈夫、お前なら出来るさ」
コクピットから一歩離れて、両足を揃え。
フラナガン機関にいた頃の「僕」や憑依する前の「俺」は一回だってちゃんとやったことのない、それでも刷り込みの一環として染みついた敬礼の姿勢を取って。
「──やってみせろよ、マチュ」
一人のMSパイロットとして、彼女の未来に期待するだけだろう。
「やってみせろよ、かあ」
エアロックにGQuuuuuuXを進ませながら、アマテ・ユズリハはぼそりと呟いた。
やると言い出したのは自分とは言え、随分と好き勝手言ってくれるものだ。
だが、MS操縦もクランバトルも素人の自分に掛けるにしたってもうちょっといい言葉があるでしょ、とぼやきつつも口が緩むのが抑えられない。
「やってみせろよ、かあ……」
声にして噛み締めれば噛み締めるほど、胸の中に暖かいものが溢れてくる。
三年前から、ずっとそうだ──何時だってミカボシはマチュを応援してくれる。
いつか地球の海を見てみたい、と言う子供っぽい夢も、宇宙の自由への憧れも、MSに乗ってクランバトルに挑む選択も。
マチュと宇宙を繋ぐ窓はずっとそこにあって、外の景色を否定も肯定もせずにいてくれる。
彼が依って立つ大地だからこそ、マチュは心置きなく重力から解き放たれた未知の世界に飛び込めるのだ。
とは言え、だ。
「帰ったら、お礼言っとかないと」
サポートに徹し続けているが、彼曰く「姪みたいなもの」がUC0085にもなって命を落としかねない場所にやって来てしまったのが不安なのだろう。
内心複雑な気持ちなんだろうな、と言うのはすぐに分かった。
何せミカボシは考えていることが顔に出やすい。
当人はポーカーフェイスを気取っているが、此方が心配で仕方がないのは無理して作った軽い態度ややけに口数が多いことからして一目瞭然だ。
でも、それでもミカボシはマチュの選択を尊重してくれた。
マチュなら出来る、と言ってくれた。
──それなら、その信頼に応えたい
コロニーと宇宙を隔てる分厚い鉄扉は、もう目の前に迫っている。
これが開いたら、昨日同様マチュは広い宇宙に放り出されることになる。
けれど、もう怖くはなかった。
シュウジが進むべき道を教えてくれて、ミカボシの言葉が冷気から守ってくれる。
「やってみせるよ、ミカボシ」
全く以て、負ける気がしない。
二人の支えを得たアマテ・ユズリハは、何時になく絶好調だった。
◯ミカボシ・ツヅラ
苦悩の中で溺れる系Fighter。
事が映画通りに進みだしたのでマチュをサポートする方向に動いているが、それはそれとしてやっぱり危ないことはしないで欲しくて周囲に見抜かれるレベルで饒舌になったり妙な軽口を叩いたりする精神異常者。
ギャンに対してはポンコツだのトンチキMSだの言いたい放題言っているものの、何だかんだ五年の付き合いなのでかなり深い愛着があり、UC0093くらいまでは余程の事がない限りギャン一本で行くつもりでいる。
なお、マチュには些細な嘘を吐くだけで心が傷むレベルで入れ込んでいて、もし本当にダメそうなら今からでも逃がして代わりに自分がクラバに出るくらいの心積もりでいた。
◯アマテ・ユズリハ
ミカボシに対して恋愛感情とかは特にないがかなり大きな信頼を置いている。
映画だと戦闘中に覚えた恐怖と言うか「何やってるんだろう」を出撃前に解消したので最初から調子が良い、かもしれない。
◯コモリ・ハーコート
ただでさえソドン突入とかエグザベ少尉逮捕とかで大変な状況なのに何か知らんMSの情報収集までさせられる可哀想な人。
情報士官なのは今作の独自設定であり、具体的な所が分かったら修正するつもりです。
◯シャリア・ブル
あらゆる意味でミカボシの天敵。
彼との直接エンカウントはミカボシにとって考えてること大体の破綻を意味する…が、向こうはもうミカボシをロックオンしている。
なんて事だ、もう助からないゾ。