──アマテが、離れない
どういう訳か、暇さえあれば鳥の雛みたいに俺の回りをずっとうろちょろしている。
クラバの連勝は順調に重ねているが、それはそれとして何だってこっちに来るのか。
流石に学校を抜け出したり、
そんな風にここ数日通い詰められるものだから、彼女は社員の連中からすっかり通い妻か何かだと思われていて──これが中々堪えた。
元々男所帯で色恋沙汰に飢えていたのか、ここぞとばかりに根暗野郎を弄り倒そうとしているのか、何度誤解を解こうとしても全く耳を貸しやしない。
そればかりか、よく分からない理由で付き纏われているだけの俺をロリコン扱いしてきやがるのだ。
──いや、確かにアマテは可愛いけれども
もう三年の付き合いだから殆ど姪みたいなものだし、何ならタマキさんの次くらいには彼女の可愛らしさを理解していると言う自負はある。
特にあの、一見飄々としているようで実はとても好奇心旺盛なのが良い──誰が相手でも物怖じせず周囲を巻き込んでいく太陽のような気質を前にして、惹きこまれない人間などこの世に存在するのだろうか。
日常への退屈で燻っている時ですら常に物事の中心にある、彼女のような人間を指して主人公と言うのだろう──いや、正にGQuuuuuuXの「主人公」なのだが。
あの小柄に秘められた驚異的なバイタリティに、メンタルギリギリな俺は幾度も救われてきた。
──だがそれはそれとして、俺はロリコンではない
確かにちっこくて溌剌としたアマテは可愛いな、と思うけど。
一個人として、明らかに度を越した肩入れをしている自覚はあるけれど。
それでも、断じて、彼女に恋愛感情を抱いてはいないのだ。
向けている好意はあくまで親戚の子供とかそういう類に抱くものであって、「そういうの」ではない、決して。
大体、彼女にはシュウジという立派なボーイフレンド(予定)がいるのだ──と言っても、同僚たちは「でもミカボシさんがあんなに喋るの初めて見ました」と全く意に介さないし。
アマテはアマテで「誤解を生むから止めてくれ」と頼んでも完全にスルーを決め込んでいるし。
映画と三年の触れ合いでこうと決め込んだアマテが梃子でも動かせないのは理解していたが、流石にここまで強情だとは想像もしていなかった。
──と言うか何なのだ、「今のミカボシは変」って。
よっぽど心配って。
俺は変じゃない、多分。
いや、確かにフラナガン機関及び突撃機動軍出身のニュータイプのなりそこないは十分変な出自ではあるのだが、特段精神に異常をきたす系の強化手術を受けた覚えはない。
それにメンタルがガタガタなのも自覚はしているが、良くも悪くも映画の範囲を抜けたことで「流れ」に気を配り過ぎることもなくなり、回復基調にあると自分では考えているのだが。
もしや張り詰めていたものが急に抜け落ちたせいで腑抜けになったと思われているのだろうか。
それとも、俺が軍警と事を起こすなんて想像もしていなくて──自分のことを棚に上げて、身の危険を心配してくれているのだろうか。
なら、その心配はありがたく受け取っておこう。
ニュータイプの勘は何か理屈を超えたものがあるし、アマテが変と言うのなら実際どこかおかしい可能性だってある──特にここから先の「流れ」は全く分からないので、注意するに越した事はないだろう。
まあ、思い返してみればアマテがジークアクスに乗る「流れ」を止めるか止めないかで悩んでいたのがこれまでだ。
上手く隠し通していたつもりだが、本物のニュータイプである彼女には欺瞞が通じなかった可能性も十分考えられる……と言うより、十中八九そうだろう。
神妙な顔をして黙っているのは得意な方だと思うけれど、口を開けばボロが出るし、動けば想定の真逆に突き進む性分な自覚はある。
その迂闊の化身みたいなヤツが3年もニュータイプと触れ合っていれば、色々と見抜かれていても当然と言う訳だ。
そこで、これまでどちらかと言えば「止める」に傾いていた俺が、突然「マチュ」として戦うアマテを受け入れたなら──何かがおかしいと訝しむのも致し方無し、と言ったところか。
「……で」
──と言う話を、俺はニャアンにしていた。
「何でその話を私にするの……?」
眉を潜める彼女の疑問は、尤もだ。
だが、それもこれも運命の巡り合わせ。
と言うのも、宇宙港は息が詰まるので昼休憩は外に出てシュウジのグラフィティでも見ながら食べようと思ったのだが──ハンバーガーの宅配サービスを頼んだら、例にもよってニャアンが現れたのだ。
山分けしたクラバの賞金があっても派手に散財しないのが「らしい」と言うか、闇バイトだけでなく表のバイトも律儀にこなしているのが「らしい」と言うか──何はともあれ、二度も偶然が重なれば必然というもの。
折角だからと彼女を誘って、橋の下のグラフィティを眺めながら昼食を摂ることにしたのだ。
「どう言ったものかな……」
それにしても、だ。
生憎シュウジの美的センスや、未だ直接この目で見た訳でもないキラキラに対する理解は深くないが、彼の描くグラフィティには感じ入るものがある。
ハイテクと機械に満ち溢れたこのサイド6で、旧世紀の名残とも言える手描きのストリートアートを見れるのは、この身体に取り憑く前の自分を思い起こせて中々気分が良い。
加えて、ハンバーガーのジャンクな食べ心地も不安定気味な精神を多少落ち着けてくれる。
添加物たっぷりの食事は多すぎれば不健康だが、適度に摂取すれば緊張を解きほぐす心の薬になるのだ。
その上、酒に頼るよりずっと安上がりで中毒性もなく──だからこそ、素面で真面目な話を出来ると言うものだ。
「この前、シュウジにインストーラー前貸ししたろ」
「えっ……うん」
「まあ、あの押しに負けるようならこの後も二人と絡むことになると思う」
「それは……そんなこと……」
ニャアンは何か言いたげにぐっと俯くが、こればっかりは此方に確信がある。
流されやすいと言うか、不器用なのに勝ちに乗るのは上手いと言うか……すぐ離れれば良いものを、こうして自分の話に付き合ってくれたりもする。
そんな人間が、アマテが持つ太陽のような気質を前にして早々逃げ切れるものではないだろう。
況して、この世界には物語の「流れ」と言うものがある──自分の知っている範囲こそ抜けたものの、それは未だ健在に違いない。
という訳で、彼女が何をどう言おうとこれから先もアマテやシュウジと絡み続ける羽目になるのはほぼ確定していると言っても過言ではないだろう。
「だからニャアンには、二人の重石になってくれる事を期待してる」
「お、重石……?」
「放っておくとどっか飛んでっちゃいそうだろ、アイツら。そういう時、ニャアンの慎重さはきっと役に立つ」
そう、ニュータイプの末路とは得てして
虹の彼方へ消えたアムロ・レイ然り、精神を崩壊させたカミーユ・ビダン然り、木星へと旅立ったジュドー・アーシタ然り──その良し悪しは別として元いた場所に「戻ってくる」ことは非常に少ない。
それは彼らにとっての帰る場所が失われたからかもしれないが──アマテには、まだある。
このイズマコロニーの、主に公務員が入居するマンションでタマキさんが彼女の帰りを待っている。
忙しくて常に見ていられる訳ではないけれど、思春期で無軌道な娘を愛する母親が待っているのだ。
だから、アマテは
たとえ彼女がどのような途を辿ろうと、その先にどんな結末が待っていようと、必ず無事に家に戻してみせる。
その為なら、やれることは何だってやるつもりだ。
「要はマチュが危なっかしいから見てて欲しいってこと。俺の手持ちじゃそんなに出せないけど、バイト代だってちゃんと払うよ」
「随分、買い被ってるんですね。私一人で止められるなんて……」
「これでも人を見る目はあるんだ。適切な評価だと思うよ」
ただ──一人でやれることには限度がある。
アマテが学校にいるのを良いことにこうしてニャアンと話をしているように、俺がアマテを四六時中見ていることは不可能なのだ。
だから、ニャアンにはアマテと仲良くなってもらう。
もし俺がいなくなっても、飛んで行ってしまわないように──無事に家に帰れるように。
そんなことを考えていると、ペットボトルを呷ったニャアンがぽつりと呟く。
「……分かりました。でも、お金はいいです」
「そりゃありがとう……でも、なんで」
「お金を貰って友達になるって……それは、変だと思うから」
成る程、それはそうだ。
ニャアンの言っていることは頗る正しい。
というか、「金払うから仲良くしてやってくれ」なんてほざく方が相当人を低く見ているだろう。
どうやらここ五年寡黙キャラを作ってアマテ以外との交流を避け、暇さえあればギャン弄りに没頭していた俺は、人と人との付き合い方すら忘れてしまっていたらしい。
つくづくやること為すこと裏目に出るというか、余計なお世話ばかりするというか……これでは、一向にキラキラなるものに出会えないのも当然だろう。
などと、深い溜め息を吐いていると────
「寧ろ、マチュよりあなたの方が心配だけど……」
不意に放たれたニャアンの言葉に、思わず心臓が跳ねた。
落ち着こうとハンバーガーを齧ろうとして、空の手元を見てもう何分も前に食べきったことをやっと思い出す。
──心配
ほんの数日前に、アマテに言われたばかりだ。
最近のミカボシは変で、心配だと。
それほどなのか。
そこまで付き合いが深い訳でもなければ、ニュータイプでもないニャアンにそう言われてしまうほど、今の俺は異常なのか。
「そんなに、か?」
「うん……」
問えば、ニャアンはぎこちなく──確かに、頷いた。
しかし、だとしたら何故。
俺の何処がおかしい、何がおかしい。
それに自分自身が気付けていないと言うのは、きっと考えているよりもずっと良くない状況だ。
少しでも早く是正しなければ、精神か、肉体か──或いは「流れ」に深刻な影響を及ぼしかねない。
「なあ────」
手っ取り早く確認するなら、今まさにそれを気付かせてくれたニャアンに訊くに限る。
故に俺はカラカラになった喉を何とか震わせ、上手く動かなくなった舌を必死に手繰ろうとして──ポケットの中の仕事用端末が、騒々しい着信音を鳴らす。
「ぁ、えっと……」
「……ごめん。こっちから色々訊いといてなんだけど、後でもいい?」
「う、うん。それはまあ……昼食奢ってくれたし……」
ニャアンに断りを入れて、橋の下から少し離れる。
波の音以外物静かな橋の下とは違って、外は交通量が多く騒音も激しい。
人の目の前で仕事の話をするのはあまり良くないが、あのまま動かなかった方が良かったかもしれない──などと思いつつも、歩き出してしまったものは仕方無く。
「はい、もしもし。親父さん?」
『ミカボシ。次のクラバ、相方が決まったぞ』
燦々と人工の陽光が降り注ぐ遊歩道の隅で、俺は端末を耳に当て────
『──連邦の魔女が、お前を御指名だ』
見えない「流れ」が壊れていく様を、はっきりと感じ取った。
ただでさえ監査局員として多忙極まる母タマキ・ユズリハが、ソドンの「駐留」によって数日に一度しか帰宅しなくなったのは、マチュによって非常に都合が良かった。
何せ小うるさい事を言われないし、クラバのせいでズレる帰宅時間を誤魔化す必要もない。
十七歳のアマテ・ユズリハはそろそろ真面目に進路希望を考えなければいけない時期にある訳だが、クランバトルのルーキーマチュは今の彼女にとってより重要なのだ。
そして何より──だらしない格好でリビングに置かれた55インチの薄型テレビを見ていたとしても、咎められることがない。
「……」
端末をもっと早く修理に出していれば、態々テレビに繋ぐ必要はなかったのだ。
だが、突然転がり込んだ大金を軽率に動かすのは流石のマチュと言えど憚られたし──シュウジやニャアン、カネバン有限公司と言った面々と繋がる切欠がこの罅の入ったスマートフォンなのだから、不便ではあるがまだ修理しようという気分にはならなかった。
それに、何より──クラバの映像を見返すには、スマホの小さな液晶画面はあまり適していない。
「……」
ただし、テレビに映し出されているのは自分たち──チームポメラニアンズの戦闘ではなかった。
無論、興味の湧いた物事にはとことん出来るマチュは、ナブに頼んでジークアクスの戦闘映像を送ってもらっているし、もっとシュウジと自由に動けるようになりたい一心で素人なりにMAV戦術の勉強もしている。
しかし、マチュが今知りたいのは己の戦い方ではないのだ。
「……」
それは、あまりにも一方的で圧倒的な蹂躙劇だった。
画面端から灰色の影がチラリと映り込んだかと思えば、火花が走って中央のザクが跳ね飛ばされる。
まるで嵐に巻き上げられた木の葉のように回転する中で全身のスラスターを吹かし、やっと姿勢制御を取り戻したかと思えばまた「何か」の攻撃を受けて宙に突き飛ばされる。
ただひたすら、それが繰り返されるだけ。
武器を、腕を、足を、推進器を──モビルスーツをモビルスーツ足らしめる部分を悉く破壊し、本当に最低限の身動きしか取れないように嬲り殺しにしてから、ようやくそれはカメラに全身が映り込む。
ザクとはまるで違う、異形のモビルスーツ。
十字のレールに沿ってモノアイを瞬かせ、大型の槍でザクの首級を突き壊す、厳つい騎士のような出で立ちの「それ」──ミカボシは、ギャンと言っていた。
(……怖い)
マチュは、ただの記録映像に恐れを抱いていた。
初めてジークアクスに乗り込んだ時も、成り行きでクラバに参加することになった時も明確には感じなかった、本物の恐怖をだ。
何故なら──これは、たった一度の偶然ではない。
二十回以上に及ぶクラバの記録の、殆ど全てに於いてギャンは同じような戦い方で相手を打ちのめしているのだ。
時には敗北することもあるが、そう言ったケースの殆どはマチュでも分かるほど見るからにクラバに適していない武器を携えている場合で、大半の試合でギャンは圧倒的な蹂躙者として振舞っていた。
軍警の攻勢が生易しく思えるほど苛烈で、作業的で、かつMAV戦術というものを全く無視した戦法だった。
「これが、本当にミカボシなの……?」
マチュの目には、俄には信じ難い映像だった。
だって──だって、ミカボシはとてもそんなやり方をするような人間には見えない。
確かに雰囲気からしてもう暗くて、物言いはぶっきらぼうで、何か昏いものを抱えているけれど──彼には、静かな優しさがあった。
マチュの夢を子供の戯れ言と一蹴せず、正面から受け止めて活力を与えてくれる人の良さがあった。
それがこんな、淡々と作業のようにモビルスーツを壊していく人間にはどうしてもマチュには思えないのだ。
けれど────
(ミカボシの何を知ってるんだろう……)
そう、果たして何を知っているというのか。
付き合い自体は三年と長く、単なる隣家と言うには深い交流もある。
けれど、ジャンク屋の護衛として掃海に赴くミカボシが帰ってくるのは二週間に一回程度で──実際にマチュと会話をした時間は、彼が引っ越してきてからに比べればかなり短い。
加えて、今から思えば彼がする宇宙の話は意図的に「醜い部分」──戦争や、宇宙海賊との戦いに関する話題を削り取っているように感じられた。
それに、彼自身の生い立ちも。
──だから、彼が狂った理由も分からない
ただし、兆候は明白だった。
流石に人前では見えないように襟を折って隠したりしているものの、ジークアクスに乗ったあの日以来マチュが目にするミカボシはずっとあのコートを羽織り続けている。
決定的に、何かが変わってしまったのだ。
そしてそれをアンキーに相談したところ、返ってきたのは非常に簡潔な答えだった。
『まだ戦場にいるんだね、アイツは』
『しかも自覚が無いのが
曰く、心的外傷後ストレス障害──PTSDの一種ではないか、とアンキーは言う。
戦争が終わって五年が過ぎても海賊狩りやクランバトルで頻繁に命の危機に接する彼にとって、戦場は未だ「そこ」にあり──普段は鳴りを潜めているその症状が、コロニー内での戦闘というショックによって引き出されたのだ。
その上、当人はその自覚がない。
押し込み過ぎたスイッチが戻らないように、日常にまで彼の「戦場」は浸食しているのではないか──そのような推測をアンキーはマチュに語った。
それが正しいのか判断する術はマチュにはない。
宇宙の広さに対して、マチュが知っていることはあまりにも少ない──知っている気になっていただけで、アマテ・ユズリハは自分と宇宙を繋ぐ窓の青年についてあまりにも無知だったのだ。
「もっと、知らないと……」
だが、まだ遅くない。
諦めるには、まだ早い。
知らないのなら、知れば良いだけなのだから──例えそれがどれだけ残酷で、醜いものであっても。
それが自分が壊した人間に対する、責任の取り方なのだから。
「ミカボシに、届かせないと……!」
夜更かしに備えて皿に盛り付けたチョコ菓子は、もうすっかり忘れ去られていた。
◯ミカボシ・ツヅラ
無意識に常在戦場してることに気付かない系ニュータイプのなりそこない。
GQuuuuuuX開始に伴って
クラバに関連する話題の際は当人に対しても「マチュ」呼びだが、特に関係無い時は「アマテ」呼びと無意識に使い分けている。
ちなみにクラバの際四肢を破壊してから決着を付けるのは「クラバだから流石にランス突撃でコックピットごと潰す必殺戦法を使う訳にもいかんし、取り敢えず抵抗されないようにしてからトドメさそ…」という当人なりの考えだったりするが、クラバ視聴者には相手が苦しむ様を楽しむサディストだと思われている
◯アマテ・ユズリハ(マチュ)
隣家の根暗で優しいお兄さんが実は残虐ファイトスタイルだったことに衝撃を受ける。
しかも自分のせいでトラウマスイッチ入ったんじゃ…と思っているので、元に戻すため兎に角ミカボシの情報を収集中。
本来より少しだけ活発気質は控えめ。
◯ニャアン
会話するとミカボシのメンタルが回復する。
◯「魔女」
類は友を呼ぶ状態。
◯ギャン・クリーガー
クラバ参戦当初は殆ど素のギャンだった。
尚、主な敗因は
・ニードルミサイルにマシンガンが当たって誘爆
・ギャンキャノンのような明らかにクラバ向きでない装備で参加
・当初有利に進めるもビームベイオネットのリーチを誤り頭部を破壊出来ず、もたついている内に反撃を受け敗北
等々