The ghost mask   作:らっど

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違うんです。失踪してた訳じゃなくて、狩猟解禁と引っ越しの準備で忙しかったんです!
時系列は3話と4話の間を意識しています。
次回からはちゃんと本編に戻ります。


幕間
月夜


深夜。誰もが寝静まった頃。

冷たいコンクリートの中で囁く様な、つんめく様な音を聴いて私は眼を覚ます。

正直、狭い部屋の中で寝るのは得意じゃない。私たち4人がタコ詰めになって寝ている事にも原因が有るのだけれど、どうにも私は狭い場所に本能的に恐怖心を抱いてしまう。

 

「すまない...ソープ。......俺は、オレはお前を...」

 

──まただ。

 

音の発生源は、隣で眠るサイモンだ。

 

細目でゆっくりと目線を向け、注意深く観察する。

浅い呼吸。息を吸うタイミングで胸辺りに構えている銃が揺れ動く。額には汗をかいている。ただ、起きている様子は見えない。多分寝言を言っているのだろう。

 

いつもそうだ。眠っている時、彼は毎日の様にこうやって何かを呟いている。

小さな声だからはっきりとは聞き取れないけれど、理解出来る限りでは何かを懺悔する様な事を呟いているらしい。

 

 

浅い眠りをしていたせいだろう。眠気が覚めてしまった。夜風にでも当たりに行こう。

そう思いながら背を起こす。

 

パキパキと身体から音が鳴る。

サイモンが編んでくれた簡易ベッドを使っているとは言え、コンクリートの感覚を直に感じるのはいつまで経っても慣れない。

暑い日に冷たい床に寝そべるのは嫌いじゃないんだけどね。

 

 

立ち上がって屋上への階段へと歩を進めようとして、ついサイモンの目の前で止まってしまう。

抑えようのない好奇心に駆られ、少しの恥ずかしさと罪悪感を覚えながらその寝顔を覗き込む。

 

 

閉じられた瞳。薄く張り付いた唇。シミひとつ無い肌。男だというのに私よりも艶やかさを帯びた黒髪。

眉間には皺が寄っているが、其れを加味してもいわゆる美形と言って良いだろう。

 

「…なんだ、結構良い顔してるじゃん」

 

実の所、私はサイモンのことが苦手だった。悪いヤツじゃ無いってのはわざわざサオリ姉さんが連れてきた時点で分かっている。

 

ただ、どうしてもあの瞳を、濁り切って光を映すことのない青い瞳を見ていると、何かを見透かされてしまう様な、深い底なし沼にハマってしまう様な感覚がして好きになれなかった。

 

「こうしてみれば普通の男の子なんだけどね」

 

だからこうやって瞳を閉じている様を見ると、年相応の幼い姿そのものなのだと安心できる様な気がした。

 

 

どうして、サイモンがあんな眼をしているのは分からない。

もしかしたら生まれつきのものなのかも知れない。...それはないか。

 

きっと、さっきの寝言に関連しているんだろうという事は理解出来る。

けど、直接聞こうとは思わない。

人には他者に知られたくない秘密があって、きっとサイモンにとっての秘密はソレだ。

 

わざわざそんな秘密を暴こうとはとても出来ない。

 

恥ずかしさすら忘れ呆然と寝顔を眺めていると、窓枠から照らす月光に照らされ、サイモンの目元から一雫の光が流れ出す。

 

「......涙?」

 

何気なく目元へ手を伸ばしてその涙を拭ってやろうとして、ハッとする。

慌てて誰かが見ているのでは無いかと周囲を見渡す。─良かった。誰も起きて居ないらしい。ほっと息を吐く。

きっと今の私は真っ赤な顔をしているのだろう。頬の熱さからもその実感を覚える。

 

「何やってるんだろ、私...」

 

自分でも分からない。

ただ寝ているだけの彼の寝顔を覗き込み、涙を拭ってやろうとして、顔を赤くしている。

まるで、恋でもしているみたいじゃないか。

 

「……バカみたい」

 

そう呟いて、私は静かに立ち上がる。

余計なことを考える前に、早く夜風に当たって頭を冷やさないと。

 

 

逃げる様にして屋上へと続く階段を登って行く。ゆっくりとドアノブを回せば、錆びたドアが軋みを上げながら開き、冷たい空気が頬を撫でた。

 

夜の闇は静かで、月だけが廃墟の街を淡く照らしている。

 

屋上の縁へと歩み寄り、手すりに寄りかかる。

見慣れた景色だと言うのに、どこか寂しくて、どこか幻想的な雰囲気を感じさせる落ち着く風景だった。

 

「……サイモン」

 

ぽつりと名前を口に出してみる。

 

彼が何を抱えているのか、私は知らない。でも、彼の瞳を見れば、分かる気がする。

 

──誰かを失った目だ。

 

何かを探しているのに、それがもうどこにもないと知っている。

だから、あの目は、どこにも焦点を合わせられない。

 

「ソープ、か……」

 

寝言に出たその名前が、また頭をよぎる。

彼にとって、どれほど大切な存在だったのだろうか。

 

「……少しくらい、楽に眠れる夜があればいいのにね」

 

誰に向けたわけでもない言葉を吐き出し、夜風に溶かす。

 

 

そのまましばらく夜を眺めていたが、ふと背後に気配を感じた。

 

「……夜更かしか?ミサキ」

 

子供らしい高音の中に、何処か落ち着いた雰囲気を感じさせる声色が響く。

振り返ると、扉の向こうにサイモンが立っていた。涙の跡は見えない。

 

「起こしちゃった?」

 

「気にするな。俺も眠りは浅い方でな、ドアが開く音で起きただけだ」

 

「...そう。良かった」

 

「良かった?」

 

「何でも」

 

どうやら私の痴態までは見られて居なかったらしい。

いつの間にか隣へやって来て居たサイモンと一緒に景色を眺める。

 

「...良い景色だね」

 

「......そうだな」

 

訪れる静寂。

 

「......」

 

 

─────間が持たない。

 

 

「ねえサイモン」

 

「何だ?」

 

数分間続いた沈黙に耐え切れず言葉を切り出し、屋上のフェンスから地面を覗き込む。

月明かりに照らされている街並みの陰で、底は見えない。真っ暗だ。

 

「此処から飛び降りれば、どうなるのかな」

 

「......どう、だろうな。きっと死ぬんじゃないか?」

 

そう言いながらサイモンもまた地面を覗き込む。

 

「...死にたいのか?」

 

「...どうなんだろう、分からない」

 

再びの沈黙。数瞬の末、サイモンは下を覗いたまま口を開いた。

 

「...自殺するのは辞めておけ。少なくともお前の死を哀しむ奴がいる限りはな」

 

「それは、どうして?」

 

私の問いかけに、サイモンは一瞬だけ沈黙する。

夜風が彼の黒髪を揺らし、青白い月の光が横顔を照らす。

 

「お前の死を哀しむ奴がいると言う事は、助けてくれる奴が居ると言う事だからだ。それに、──取り残される側の苦痛は、永遠に残るモノだ」

 

静かで、だけどどこか苦しげな声だった。

 

 

思わず彼の横顔を見つめる。

けれど、サイモンは視線を合わせようとはしなかった。

代わりに差し出されたのは、拙い木彫りの小さなクマのぬいぐるみ。

 

「─なに、これ」

 

「サオリからだ。ナイフの扱い方を教えてくれって頼まれた時は何事かと思ったがな、まさかお前の為だったとは。以前廃墟を探索した時にぬいぐるみを見てたらしいが、わざわざサオリはそんなお前の為に作ってやったらしい」

 

「そ、それは」

 

「無論サオリには自分が作ったとは言うなって言われたがな。──お前はアイツに、大切にされてる。だから、アイツを悲しませる様な事をしないでやれ」

 

差し出された木彫りのクマをじっと見つめる。

小さな手のひらにすっぽり収まるほどのサイズで、どこか不格好な造形をしている。

けれど、それが妙に温かく感じられて、心の奥がじんわりと熱くなった。

 

「……サオリ姉さん、こんなの作れるんだ」

 

ぽつりと呟くと、サイモンはふっと微かに笑った。

──彼が笑うところを、初めて見た気がする。

 

「不器用なりに頑張ってたぞ。お前が見てない間に、何度も何度も削ってな」

 

「……そんなに?」

 

「見てるこっちが呆れるくらいにはな」

 

サイモンはフェンスに寄りかかったまま、遠くを見つめる。

その横顔は、さっきよりもほんの少し穏やかに見えた。

 

「きっとヒヨリもそうだ。なんたってお前らは“家族”だからな」

 

「…じゃあさ、サイモンはどうなの。私のこと、大切?──ソープより」

 

恥ずかしさと自らを家族をへ入れることのなかった反感から意趣返しのつもりでそうつぶやく。

それに呼応する様に、サイモンは明らかに調子を崩した様子で私を睨みつける。

 

「──その言葉を、どこで聞いた」

 

 

「寝言だよ。あんたが言ってた寝言。元はといえば私が起きちゃった理由はあんたのせいなんだから」

 

「寝言?俺が?」

 

「そうだよ。すまないってね」

 

サイモンは、目を見開いたまましばらく黙り込んでいた。

まるで、何かを考えているような、あるいは言葉を探しているような、そんな沈黙だった。

 

夜風が吹き抜け、彼の黒髪を揺らす。月明かりの下で、その青い瞳がわずかに揺らいでいるのが見えた。

 

「……そうか。俺は、そんなことを言っていたのか」

 

自嘲気味に呟いたその声は、どこか遠くに向けたような響きを持っていた。

 

「……ソープって、誰なの?」

 

聞いてはいけないと分かっていた。

けれど、どうしても聞かずにはいられなかった。

 

サイモンはゆっくりと目を閉じ、深く息を吐いた。

 

「…詳しくは、言えない。ただ、俺にとって大切だった者の名だ」

 

「だった?」

 

「あぁ、今はもう居ない。こいつも、ソイツから受け継いだ物だ」

 

そういって、サイモンはホルスターに収められた銃を撫でる。

それはまるで、失くしてしまった何かを想起する様に。

 

 

「大切かって聞いたよな、ミサキ」

 

「え、うっうん」

 

「空を見てみろ。お前には、何が見える?」

 

そう言われて、サイモンに釣られる様に空へと目を向ける。

 

なんてことはないいつも通りの空だ。月はたたずむようにして光を発し、星はきらめいている。

 

「綺麗な、夜空かな」

 

「そうか。──俺には、灰色の空が見えるよ」

 

「……灰色の空?」

 

思わず聞き返す。

 

夜空は確かに青く澄んでいて、月も星も輝いている。なのに、サイモンの目には灰色に見えるというのは一体どういうことなのだろう。

 

 

サイモンはしばらく何も言わず、ただ夜空を見上げていた。まるで、その先に何かを探すように。

 

「──昔、俺は空を見るのが好きだったんだ」

 

ぽつりと、サイモンが呟いた。

 

「画面越しじゃ無い。昼間は青く澄んでいて、夜は星が瞬いていた。空を見ていると、何もかもがちっぽけに思えて、嫌なこともどうでもよくなる。……少なくとも、そう思えていたんだ」

 

「……じゃあ、どうして?」

 

「ある日、俺の世界から”色”が消えた」

 

「……」

 

「何かを失うっていうのは、そういうことだ。気づいた時にはもう遅い。何もかもが手のひらから零れ落ちていく。それまで見えていたはずの色は、ただの幻だったって思い知らされる。気づけば、空すらも灰色にしか見えなくなっていた。…オレはただ、共に居てくれれば…それだけで良かったのにな」

 

静かな声だった。だけど、その言葉の奥には深い痛みが滲んでいるのが分かった。

 

「見送る側ってのは想像以上に苦しいもんだ。俺は守りたいと思ったモノを、大切なものを何度も見送って来た。夢も希望も、願うことすら億劫になった」

 

「……でも、それでも、生きてるんだね」

 

思わず口をついた言葉に、サイモンは一瞬だけ動きを止めた。

 

彼の瞳が静かに私を映し出す。まるで、それが意外だったかのように。

 

「……あぁ、そうだな」

 

呟くように、彼はそう答えた。

 

「俺は、生きている」

 

その言葉には、諦念とも受け取れる静けさがあった。けれど、どこか微かに、それでも確かに、何かを抱えているようにも感じられた。

 

「……ねぇ、サイモン」

 

「なんだ?」

 

私は手の中にある木彫りのクマを見つめた。ぎこちないけれど、どこか温かい、不器用な愛情の形。

 

「どうして、生きようと思ったの?」

 

問いかけると、サイモンはゆっくりと目を閉じた。そして、しばらくの間、何も言わなかった。

 

ただ、冷たい夜風が二人の間を吹き抜ける。

 

「……分からない」

 

しばらくして、彼はそう言った。

 

「俺は、ただ……誓いを果たしたいだけなのかもしれない。かつて誰かが、死に際に残した遺言をな」

 

「俺はお前たちの事を大切に思ってるさ。少なくとも、お前の自殺を止めるくらいにはな」

 

ミサキはサイモンの言葉に驚いた。

彼が「大切に思っている」と口にすること自体、あまりにも意外だったからだ。

 

「……少なくとも、か」

思わず苦笑してしまう。

 

「それでも、サイモンがそう言ってくれるなら、私は少し嬉しいかも」

 

そう言いながら、彼の横顔をじっと見つめた。

彼は月明かりに照らされながら、何かを噛み締めるようにして目を伏せた。

 

「……俺は、失うことに慣れちまった」

 

「……」

 

「だから、自分が誰かを大切に思っていると認めるのが怖いんだ。俺が大切に思った奴は、みんな──いなくなった」

 

その言葉に、ミサキは胸が痛くなる。

 

「……それでも、今こうして私と話してるじゃん」

 

「そうだな」

 

サイモンは静かに微笑んだ。けれど、その笑みはどこか寂しげだった。

その横顔に、ミサキは手の中の木彫りのクマをぎゅっと握りしめる。

 

「じゃあさ……私はサイモンにとって“いなくなる存在”なの?」

 

 

問いかけると、彼は少しだけ目を見開いた。

 

「……そんなことは、ない」

 

「なら、さ……約束して。私は居なくならない。だからサイモンも信じて、私たちを。私たちは“家族”なんだから」

 

「充分信じてるさ」

 

「嘘だね。信じてるならそんなに虚しそうな顔にはならないでしょ」

 

サイモンの瞳が僅かに揺れる。

 

「……俺は、怖いんだ。お前たちを信じようと思えば思うほど、失う時が恐ろしくなる。だから──」

 

「バカみたい」

 

ため息が漏れだす。こういうところは本当に子供みたいなんだから。

 

「最初から諦めてたら何も始まらない、そうでしょ」

 

「……」

 

サイモンは何も言わず、ただじっと私を見つめていた。

彼の青い瞳が月の光を受け、揺らいでいるのが分かる。

 

「……もしまた、誰かを失ったらどうすればいい?」

 

低く、囁くような声だった。

 

「その時は、その時に考える」

 

私はそう答えた。

 

「未来のことなんて分からないし、怖がってたら何もできない。だったら、今あるものを大事にした方がいいじゃん」

 

サイモンは少しだけ目を細めた。

 

「お前は、強いな」

 

「強くなんてないよ。ただ、私はあんたの言う“家族”を信じたいだけ」

 

私がそう言うと、彼は小さく息を吐き、ふっと目を伏せた。

 

「……そうか」

 

それだけ呟いて、夜空を見上げる。

その表情は、さっきよりもほんの少しだけ、穏やかに見えた。

 

「降参だ。わかったよミサキ、信じる。信じてみるさ、少しはな」

 

「本当?」

 

「本当だよ」

 

言葉に偽りは見えない。

 

「じゃあ、約束…だね」

 

「…あぁ。約束だ」

 

言葉だけの約束。決して縛り付けるものは無い。

それでも、この約束は私たちを強く結び付けるだろう。

 

廃墟の間を駆け抜ける風が私たちを包み込む。

肌寒い。火照りは治ったみたいだ。

 

「戻ろっか、二人の元に。“兄さん”」

 

「─あぁ、そうだな」

 

 

そうして私はドアノブを回した────

 

 

 

 

 

 

 

 

───Vanitas vanitatum et omnia vanitas───

 

 

 

──ねぇ、兄さん。いつの日か、言ってたよね。灰色の空が見えるって。私も、ソレが見える気がするよ。

 

 

 

 

 

 




私たちだけの秘密だね系激重彼女すこすこのすこ。
尚、約束は果たせない模様。

追記;章の位置の入れ替えをしたいんですが何故か出来ません。
誰か知識のある方お教え下さるとありがたいです!
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