少しだけ視点の変更を行いました。
基本は一人称のままなので特には気にならないと思いますが、気に入って頂けたら幸いです。
血が滴る。
縛られた青あざだらけの腕の拘束を解く術はなく、力無く正座をする様な態勢が崩れる事は無い。
眼前に突きつけられる、サオリのアサルトライフル。
縋る様に俺を見つめるサオリに、投げかけてやれる言葉は存在しない。
───あぁ、そうだったな。
俺は、殺す事しか知らなかった。──殺す事しか出来なかった。それだけが、俺の存在価値だったから。
消えるべき存在。俺は、殺すと決めたはずのあの女を、ベアトリーチェを殺せなかった。
人を殺す姿を、お前には見せたくは無かったから。──違う。
人を殺す姿を、お前には見られたく無かったから。
笑わせる、殺す事しか知らない奴が愚かにも生きる術などと御高説するとは。
──愚かだったのは、俺の方か。
一つだけ、伝えてやれる言葉があるのだとすれば、それは─
「...──生きろ、サオリ」
始まりは突然のことだった。
その日、俺たちは室内戦に備えたタクティカルシューティングの訓練に励んでいた。
「ハンドガンの撃ち方には大まかに二種類ある。それがウィーバースタンスとアイソセレススタンスだ」
サイモンはそう言うと、半身を引き、銃を持つ右腕を伸ばし、左手でそれを支える姿勢を取った。
「これがウィーバースタンスだ。利点は身体全体を使って反動を吸収できることと、被弾面積が小さくなることにある」
「ふむふむ……」
サオリが興味深そうに頷く。しかし、それを見ていたミサキがふと疑問を口にした。
「けど、それって足が……」
サイモンは小さく笑いながら頷く。
「鋭いな、ミサキ。当然デメリットもある。半身を引くことで正面以外の目標に照準を向けづらくなる。それに、重心が偏っているせいでバランスを崩しやすい」
「た、倒れちゃうってことですか?」
ヒヨリが少し驚いたように問いかけると、サイモンは軽く肩をすくめた。
「その可能性もある。その辺りは慣れ次第だがな」
そう言いながらサイモンは姿勢を変え、今度は両足を肩幅に開いて仁王立ちになり、両腕を真正面に向けて銃をがっしりと掴む様に構えた。
「これがアイソセレススタンスだ。メリットは習得が容易で、ボディアーマーでしっかりと被弾を受け止められることだ。基本の撃ち方としてはこっちでいいだろう。ただし、機動力が求められる状況や閉所戦では、ウィーバースタンスと使い分ける必要がある」
キヴォトスの生徒たちは人間離れした身体能力を持っている。彼女らなら、銃の反動程度は力任せに抑え込めるだろう。そう考えれば、こうしたスタンスを習得する意味は薄いのかもしれない。しかし、正しい構えを身につけておくに越したことはない。精神的な状態が射撃精度に影響を与える以上、戦闘時の過度な緊張下では適切なフォームが重要になる。
何より、理想的なのはサイドアームを使わざるを得ない状況に陥らないこと何だが。なにせ、この三人の中でまともなライフルを持っているのは一人だけ。残る二人は対物ライフルとスティンガーミサイルを抱えている。そんなものを狭い室内で振り回されては、味方に被害が出かねない。
そんなことを考えていると、サオリがアイソセレススタンスの姿勢を取りながら、じっとサイモンを見つめていた。
「……どうした、サオリ」
「あ、いや……サイモンがいつもしてる銃の構え、アイソセレススタンスに似てる気がして」
そう言うと、彼女は肘をわずかに曲げるような姿勢を取る。
サイモンは小さく息を吐いた。彼女たちの観察眼にはいつも驚かされる。
「俺が使っているのはモディファイド・アイソセレススタンスと言ってな。アイソセレスの改良版といったところだな」
そう言いながら、サイモンはサオリの背後に回り、背中を軽く押して前傾姿勢を取らせる。
「こう、体を少し前傾させて……膝にも力を入れろ」
「ちょ、わ、分かったから触るな!」
慌てて声を上げるサオリ。しかし、サイモンには何が問題なのか分からない。ただ姿勢を修正しただけなのに、なぜそんな反応をするのか。
「兄さん……それはないよ」
ミサキが呆れたように言う。
「女の子の純情を弄ぶなんて、さ、最低です!」
ヒヨリまでジト目で見てくる。
「……なんでさ」
本当に、女というのは分からない。今のだってただ身体に触れた程度だろうに。
コレが所謂セクハラという奴なのか?そう言った事情と掛け離れた世界で生きて来た為に理解が浅いのが仇だな。
サイモンは困惑しながら距離を取り、両手を上げて降参のポーズを取った。
「悪かったな。俺はそういうことには敏感じゃなくてな……まあ、それはさておき、まずはアイソセレススタンスを身につけろ。モディファイド・アイソセレスも、基本の型ができていなければ意味がない」
「そ、そうか……そうだよな?」
サオリは少し頬を赤く染めながら頷いた。それを見たミサキはさらに呆れたようにため息をつく。
「モディファイドなんちゃらってのがあるなら、他のもあるってこと?」
「ん? ああ、あるぞ。例えば、特に閉所戦に適したC.A.R.システムや、セミ・ウィーバースタンスなんてのもあるが──」
サイモンは淡々と説明を続けながら、ふと彼女たちの顔を見た。戦闘技術についての話になると、彼女たちは真剣に聞いてくる。それが微笑ましくもあり、同時に妙な感覚を覚える。
彼女たちの戦い方は、今のところまだ未熟だ。だが、こうして知識を吸収し、経験を積んでいけば、いずれ彼女たちも立派な戦士になるだろう。
──そうなったとき、果たして自分はどう思うのだろうか。
脳裏に浮かんだその考えを振り払い、サイモンは言葉は綴る。
「─とにかくだ、今は反射でアイソセレスを構えられる様になるまで静態からの構えまでの繰り返し運動1000回といこう。
「えぇー!?。本当にそんな事するんですかぁ...?」
「当然だ。強くなる為にもまず下地が…──何だアレは?」
これから起こる地獄に絶望感で打ちひしがれるヒヨリを横目に、廃墟の窓枠から見えた外の景色に言葉を詰まらせる。
「...軍事パレードの類か?」
アリウス自治区のメイン通りと言って良い箇所に、大きな人だかりが出来ている。ただ、決して活気が有るとは言えない。極めて不自然な状況と言えるだろう。
銃を持った子供たちの陣形を観るに、何らかの護送をしているのか。
念の為訓練を中断し、建物の陰からそのパレードらしきものを注視する。
「さ、サオリ姉さん...」
「しーっ!静かに、もっと頭を下げて」
「は、はいぃ...…ところで、あの中央にいるのは誰ですか?す、すごくきれいな服を......き、着てるけど……」
ヒヨリの指差すその方向へ視線を向ける。
…あながち、護送という表現は間違っていないらしい。
このスラム街には似合わぬレース編みの純白の法衣を纏い、水色、もしくは空色とでも言うであろう髪をショートボブに纏めた少女が先導に従う様に歩を進めている。能面の様な表情からは感情を読み取ることが出来ない。
「私もよく知らない……えらい人なんじゃないかな」
そりゃそうだ。
「お姫様なんだって。高貴な血を引いているとかなんとか」
「お、お姫様!?お姫様なんですか?よ、世の中にはお姫様もいるんですね。私たちの様な底辺と違って...」
「そうは思えないがね、アレは。姫なんてのは大抵政略結婚の道具の様なものに過ぎん」
「で、でも、餓えたりもしないだろうし......怪我もしないだろうし、道端で、寝るなんてこともしないんですよね?」
「それは…そうだろうが」
「あんなにきれいで、幸せそうな人も居るんですね…何だか感動です。うわぁぁぁん!」
「うぉッ!?急に抱き付くな!」
いきなり泣き出し始めたヒヨリをあやしながらその姫とやらに視線を向ける。
──あの瞳の何処が幸せそうに見えるのか。
光の灯っていない赤い瞳を見て、そう思ってしまう。
アレは全てを諦めた者にしか出来ない目だ。何度も見てきた、そして何度も俺が作り出して来た目だ。
つい昔を思い出す。
「殺してやるッ。父さんを、母さんを殺したお前をッッ!」
いつだったろうか。俺を濁った眼で、ただ純粋な殺意のこもった眼で睨め付ける少年と邂逅したのは。
141、其れは最強の称号。だが俺たちは兵士であって英雄では無い。
必要とあらば1を切り捨てて100を救わなければならない。
故に、必然的に無辜の存在に被害が及ぶ事がある。
テロリストの拠点襲撃任務の際、一つの家族が居た。一人は麻薬売買に加担していた男、そしてその男の妻と幼い子供。男は家族を良く愛していたと聞く。だが其れが情状酌量になる訳ではない。テロリストに加担している以上抹殺対象の一人とならざるを得なかった。そして残った家族は犯罪に加担していないとして保護対象に入る手筈だった。
ただ、手違いが発生した。
男の妻はあろうことか夫の死体から拾った銃の銃口を此方へを向けたのだ。
無理も無い話だ。自らを愛していた男が目の前で生き絶え、すぐ側には子供も居た。本能で子を守らんとする意識が働いたのだろう。だからと言って俺たちが無抵抗で銃弾を受けてやる訳には行かない。抵抗は即ち敵対行為に他ならない。俺は男の妻の脳天を撃ち抜いたのだ、ソレを見つめる子供の目の前で。
今思えば、俺はその少年にかつての自身を重ねていたのだろう。
サイモン・ライリーという男がかつて全てを、光を失ったその日の様に。
俺の両親と違い、少年の両親は殺されるだけの理由を持っていた。だが、子供にとってはそんなことなど判らない。
有るのは、ただ愛する者を亡くしたという事実だけ。
号哭し、嗚咽を漏らしながら母親が落とした銃を手にしようとする腕を押さえつけ、姿勢を少年に合わせる。
「やめろ。このまま銃を持てば、お前が辿るのは母親と同じ末路だ。…銃を持てば、命のやり取りをするクズどもに仲間入りをする事になる。俺と同類にはなりたく無いだろ」
少年は銃へ伸ばしていた腕を力無く緩め、ただ項垂れる。
「…それで良い。子供が銃なんて持つべきじゃ無い。殺し合いなんて、大人に任せておけばいいのさ」
本当に、嫌になる。かつて辿った道を、誰かに歩ませる事になるなんて。
少年は、憎んでいるのだろう。俺を。それ以上に家族を守れなかった自分自身を。
このまま行けば少年はきっと絶望の果てに息絶える事になる。
だというのなら
「もしも…もしもお前が大人になって、全てを知って尚も俺を恨み続けると謂うのなら──いつかきっと、俺を殺しに来い」
約束は、守ってやれなかったな。
「うわぁぁぁん!」
耳に響くヒヨリの泣き声に意識が現実に引き戻される。
一度泣き止んだ筈だが、ミサキに非常な現実を諭されまた泣き出してしまった様だ。
「兄さんもそう思うでしょ?」
「...悪い、よく聞いて無かった。もう一度言ってくれるか」
「だから、あのお姫様は私たちと同じかそれ以上に酷い境遇の人質の様なモノってこと」
人質、人質か。
「俺は、そうだな。アレは人質というよりも生贄の様だと思ったよ」
まるで巡礼の如く、厳かに、かつて救世主が全ての咎を背負いゴルゴダの丘を登って行った様に、悲劇を思わせる様な行進はそう思わせるには十分だった。
「言えてるね、それ。...生贄、か」
心が荒んでいくのを感じる。どれだけ世界が違えど、人間は変わらない。生憎、俺は政治家では無い以上政治的な駆け引きには知識が浅いが、人一倍悪意という感情に触れて来たからこそ判ってしまう。コレはクソみたいな政治屋風情が好みそうな景色だ。
胸糞悪い。嫌なもんを見ちまったな、少しだけ同情してしまう。まあだからと言って助けてやるつもりは無いが。
結局のところ、あのお姫様とてただの他人に過ぎない。俺は勧善懲悪の主人公様の如く助けたい奴は誰でも救う様な輩では無い。
誰かが笑っている時、誰かが不幸を味わう。平和を祈る歌を唄ったとて、その瞬間にも誰かが死んでいく。それが現実だ。
何もかもを救う事は出来ないのだから。
「…戻るぞ、訓練が待ってる」
未だに抱きついたままのヒヨリをコアラの様に抱っこして来た道を戻ろうとする。
そこで、サイモンはサオリが一向に立ち尽くしたまま黙り込んでいる姿を見る。
先程からサオリはお姫様とやらを見にしたっきり、喋ろうとする気配を出さない。
「…サオリ、行くぞ」
「サオリ姉さん?」
呼びかけを受け、ようやくサオリはこちらへと振り返る。
その顔付きは引き締まっており、紫色の瞳は何かを決心した様な雰囲気を感じさせた。
「サイモン、頼みがある」
嫌な予感がする。
「……何だ」
つい溜め息が漏れてしまう。この状態で頼み事、面倒事の気しかしない。それでも、その先を聞いてみたいと思うのは、何故だろうか。
数瞬の間サオリは眼を瞑り、そして見開くと喉を鳴らしながら口を開く。
「──あの姫を、一緒に助けて欲しい」
終わりの汽笛は、ここに産声を上げた。
丁度5000文字を目処に書けて良かった!
この文章を書いている途中に、愛用しているイヤホンが召されました。哀しいッピ。
ASMRを聴くつもりが、いつの間にかゲームと音楽にしか使わなくなった悲しい存在。
心機一転と行きたい所ですが、痛い出費は避けられないかぁ。
それは其れとして、彼が再びスカルマスクを被る日までがまだまだ長いのが不安ですね()
まぁブルーアーカイブ本編開始時には見慣れたゴーストになっている筈なので、気長にお待ち頂けると幸いです(暗黒微笑