青春戦線 ―bule archive battlefront―   作:エントゥーム

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カルバノグでカヤが超人超人うるさかったので超人に赴任していただきました。
書いて妄想を出力した以上、自らを追い込むために投稿します。
よろしくお願いいたします


prologue『Hello,world!』
chapter 1


我々は望む、七つの嘆きを。

我々は覚えている、ジェリコの古則を。

 

 変化は常に訪れる。

 行きつけの定食屋の味が、「なんだか最近微妙になったなぁ」となんとなく程度に変わっていることもあれば、とあるゲームで苦労の果てに手に入れたお気に入りの装備がある日突然バランス調整の名のもとに大幅に弱体化したり、逆に産廃と蔑まれていたアイテムが超絶強化されるのも、立派な変化といえよう。

 ――そしてある日、突然世界最大の都市が一夜にして崩壊、再構築され、世界が一変してしまうこともある。

 

 霧烟る街、ヘルサレムズ・ロット、3年前、ここにはニューヨークがあった。今は現世と異界が交わる地だ。

 何にせよ、その大崩落の日以来、異界と人界が交わるこのヘルサレムズ・ロットでは、神々……主に異界側の邪神と呼ばれる類の超常存在の気まぐれによって引き起こされる災厄、あるいは奇跡というものが、往々にして存在する。

 そんな一度世に放たれれば世界崩壊待ったなしの超厄ネタを瀬戸際で食い止め続ける超人秘密結社『ライブラ』という組織がある。

 彼らが世界を救ったことは一度や二度ではない。

それどころか時には一日に何回か、先週に至っては大小合わせ12回ほど世界崩壊の危機を回避している。

ひどい話ではあるが、そうでもしないと間に合わない。というより、世界でも救っておかないと明日が来ない、ここはそんな街だった。

 

 超人秘密結社『ライブラ』統括責任者、クラウス・V・ラインヘルツは、言うなればいかにもこの道理がひっくり返った崩落後の世界らしい仕方で、とある組織の長を兼任することとなってしまった。つまり、「ひょんなことから」だ。

 その日、異界の顔役とも呼べる重要人物からの召喚があったクラウスは、異界を下り、彼の棲まう支配領域へと足を踏み入れていた。

 

「やあ、壮健そうでなにより、クラウス君」

「お久しぶりです、ドン・アルルエル」

 

 クラウスは深く頭を垂れると、目の前の異界存在を見つめた。

ドン・アルルエル・エルカ・フルグルシュ、こうして彼から呼び出しがかかるということは滅多にない、むしろ人界異界含め、彼に謁見できる者はそうそういない、そんな神性存在とも並び称される彼からの呼び出しである。

 

「立ち話もなんだ、掛けたまえ」

 

 さすがに今までにないケースに少々身構えるクラウスに、アルルエルはいつもと変わらぬ態度だ。

 クラウスに椅子を勧め、彼が腰を下ろすと、ドン・アルルエルはぽつりと話し始めた。

 

「さて、君を呼び出させてもらった件だが、つい先日のことだ、私のもとに一人の少女が訪れてね、プロスフェアーで対局を行ったのだ」

 

 その言葉に、クラウスは思わず目をむいた。

 プロスフェアー、チェスをベースにした異界発祥のボードゲームである。

普段人前に姿を現さず、人界異界の住民を問わずおいそれと目通りも叶わないはずの超高次存在である彼と面会する唯一の方法、それがこの遊戯(ゲーム)であった。

 挑戦者は、彼を投了させるか、引き分け、あるいは時間いっぱいまで逃げ切ることができれば、ありとあらゆる望みを叶えることができる。クラウスも世界崩壊に繋がる厄ネタの情報を引き出すために、彼を利用したことは一度や二度ではない。その度に時間一杯まで逃げ切り、首の皮一枚で生き延びてきたのだが……。

 

「少女と……! 結果は、彼女は無事なのですか!!」

 

 大きなリターンにはそれ相応のリスクも伴うもの、敗者の末路は悲惨だ、生きたまま脳を摘出され、一生を彼と指し続けなければならない。

 どうか無事であってほしい、と心の中で祈りながら、クラウスは尋ねる。

するとドン・アルルエルは、くつくつと不気味な笑みをこぼした。

 

「ふふ……まずはその娘の心配とは、実にきみらしい。安心したまえ、彼女は無事だ、あと三分あれば詰ませることができたのだろうが……逃げ切られてしまったよ」

 

 その言葉を聞き、クラウスはほっと胸をなでおろす。少なくとも、彼に取り込まれたということはなさそうだ。

 

「それを聞いて安心しました……、しかし、その件と今回私を呼び出したのには一体何の関係が?」

「ふむ、その彼女の願いなのだが、きみを推薦しようと思ってね」

「推薦? 彼女は何を望んだのですか」

「先生としてふさわしい人物を、彼女の世界に送り込んでほしい、とのことだった」

「先生というのは? それに世界とは、外のですか?」

「いや、外と言っても、どうやら我々の観測の外のようだ、思えばその少女は興味深い存在だった、きみたちと同じ人の形をしてはいたが、頭に……そうさな、天使のようなヘイローがあった。どうやってここまで来たのかは知らないが、おそらくは人界でも異界でもない……もっと異なる次元の存在だろう」

 

 さらりと異なる別次元の話をしながら、ドン・アルルエルは本題とばかりにクラウスを指さした。

 

「というわけだ、黙ってきみをそこに送り込むこともやぶさかではなかったが、私ときみの仲だ、それはあまりに邪険に過ぎるいうもの、事前にきみに了承を取っておこうと思ってね」

「お待ちください! 私には職務があります、私がここを抜けるわけには……!」

 

 与り知らぬところでどんどん進んでいく話に、クラウスは思わず反論する。

確かに、自らの命すら賭した少女の願いとあらばこちらも応えたいのも山々だ、しかし、クラウスはライブラの長であり、精神そのものである。ただでさえ毎日のように訪れる世界崩壊の危機のおかげで多忙な日々なのに、教師の真似事など、今の彼にとてもできることではない。

 

「ああもちろん、断るのは自由だよ……特にきみの存在はライブラ……人界において不可欠とも言えるだろうからな」

「……断った場合は?」

「人選に付いては指定されていない、であれば、長老級(エルダークラス)と言わず下級の血界の眷属(ブラッドブリード)の一人でも送り込んでやれば、面白いことになるだろうな……、そうは思わんかね? クラウス君」

 

 ドン・アルルエルは、にちゃり……と口元を歪めると、自身の前にプロスフェアーの盤を召喚する、二人の目の前に、駒がずらりと並べられていった。

 

「さて、きみの願いを聞こうか」

 

 ここに至り、クラウスは目の前の老人の思惑を感じ取った。

これは人質だ、それも規模が世界そのものときた、おそらくドン・アルルエルはその少女との契約に基づき、クラウスをその世界に送り込むつもりなのであろう、しかしこの老人はクラウスの脳を欲している、そこでこの対局の場にクラウスを誘い出したのである。彼が承諾すれば契約は履行されるだけ、断れば、少女の世界が長老級の血界の眷属(エルダークラスのブラッドブリード)に蹂躙されるだろう。しかしその願いに応じクラウスがその世界に赴けば、長を突然失ったライブラは混乱を免れない上に、万一長老級の血界の眷属(エルダークラスのブラッドブリード)が現れるような事態が起きれば、恐らくは一瞬で世界の均衡は食い破られるだろう。

 そしてこれが最も最悪のケースだが、もし彼が負けてしまえば、彼女の世界も、この世界も危機的状況に陥ってしまう上に、クラウスの脳も奪われる……、どの道、目の前の老人の目的は達成されるのである。

 

 クラウスは意を決し、願いを口にする。

 

「その任務の完遂、およびこちら側への帰還まで、世界の停止を願いたい」

「99時間」

 

 ドン・アルルエルは即答した。

 

「その願いは99時間のゲームに値する。世界の停止、因果律の修正、時間の凍結……であれば、かの時の超神に渡りをつけねばならん、彼はとても気難しくてね、この私でもなかなかに骨が折れる仕事になる、そのくらいの対価はいただきたいね」

「承知した、全力で臨ませていただく」

「よろしい、では99時間、愉しませてもらえれば、きみがいない間、世界を止めることを約束しよう。では、始めようか」

 

 ごとり、と重々しい音を立て、駒が動く、

ヘルサレムズ・ロットとキヴォトス、二つの世界の命運を賭けた遊戯(ゲーム)が、静かに始まった。

 

 

 

 神秘と銃火が交わる街 学園都市『キヴォトス』

これは、子供たちを守るために活躍する、連邦捜査部『シャーレ』と、

その生徒たちの青春の記録(ブルーアーカイブ)である。

 

 

青春戦線 ―bule archive battlefront―

 

 

prologue 『Hello,world!』

 

 

 

 コツコツコツ……、と白い大理石の廊下を規則正しい音を立てながら、一人の少女が歩いている。

 足まで伸びる艶やかな長い黒髪、切れ長の瞳に理知的な眼鏡をかけた少女――七神リンは、とある客人の待つ応接室へと急ぎ足で歩いていた。

 時折手元の書類を何枚かめくり、小さくため息をつく。

 

「……連邦生徒会長は一体何を考えて……、先生として赴任される方のデータが、名前以外何一つ無いなんて……」

 

 果たして書類の意味はあるのだろうか、机の上に残されていた、赴任予定の先生の情報が記されているはずのそれは、名前の欄以外、空白のものであった。

 

「クラウス・V・ラインヘルツ……」

 

 ぽつりと、呟くように名前を読み上げる。

 わかっているのは名前だけ、写真も経歴もその他一切の情報がない、これでは会う人物が本当に本人なのかもわかったものではない、しかし事情が事情なだけに、もうそんなことは気にしていられない、やがて応接室にたどり着いたリンは、腕時計を見やる、予定ではもう到着しているはずだ。

 意を決してドアをノックする。

 

「失礼します、お待たせしま――先生!?」

 

 扉を開け、リンは小さく悲鳴を上げた、応接室の中には、赤髪の偉丈夫が床に倒れ伏していたのである。

 

「だっ……大丈夫ですか! 起きてください! しっかり!」

「うっ……ぐぅっ……」

 

 大慌てで男の元に駆け寄ると、リンは体を抱え上げ、苦し気に呻く男の顔を見やる。

 なんとも威圧的な風貌だ、口を閉じていても目立つ下顎の鋭い犬歯、その上2mにも及ぶであろう巨体に燃えるような赤い髪、まるで昔話に出てくる赤鬼だ。しかしこの場にいたということは、この男が先生で間違いないだろう。

 

「……先生、大丈夫ですか! 起きてください!」

 

 なおも男に声をかけ続ける、肉体に損傷はないようだが、尋常ではない消耗ぶりだ、銃撃戦を潜り抜けてもこうはなるまいと思えるほどだ。

 

「クラウス先生!」

 

 そのリンの呼びかけに意識を取り戻したのか、男がはっとした表情で目を覚ます。上半身を起こし、頭を小さく振りながら目頭を押さえる。

 少々驚いたものの、リンは安心したように小さく息を吐いた。

 

「ああ、よかった、目を覚まされたのですね」

...Sorry,I...(すまない……私は……)

 

 リンのその言葉に、男は少し驚いたように彼女を見つめた。

 

Japanese? who are――(日本語? 君は――)失礼……日本語で話したほうがよろしいですか?」

 

 男は、そこまで言いかけると、小さく咳払いし、リンに問いかける。

 英語から突然流暢な日本語に切り替わり、リンは少し驚いたしたものの、安心したようにほっと息をついた。

 

「すみません、日本語で会話していただけると助かります。私は話せないことはないのですが、ほかの方々はそうとも限りませんので……お心遣いありがとうございます」

 

 リンが男に手を差し伸べると、男は大丈夫と言わんばかりに、すくっと立ち上がった。

 倒れていた時も感じていたが、やはり目の前に立たれるとやはり大きい。

2mはあるであろうがっしりとした大柄な体格に、眼鏡の奥の鋭い三白眼、ともすると威圧感を与えかねない印象にもかかわらず、彼の纏う紳士的な雰囲気のおかげか、妙な安心感を覚える、不思議な男だった。

 

 リンは気を取り直すように、コホンと咳ばらいをする。

 

「初めまして、先生、私は七神リンと申します、学園都市『キヴォトス』の連邦生徒会所属の幹部です。そして貴方はおそらく、私たちがここに呼び出した先生……のようですが。一体、何があったのですか?」

「いや、ご心配をおかけしたようで申し訳ない、ミス・ナナガミ、これには少々込み入った事情がありまして……」

 

 男は困ったように頭を掻くと、話をそらすように、胸のポケットから一枚の名刺を取り出した。

 

「失礼、私こういうものです」

「ど……どうも、……クラウス・V・ラインヘルツ――」

 

 名刺と手元の名前しか書かれていない書類を見比べる。書類にある通りの名前ということは、この男こそが連邦生徒会長が呼び出した先生なのだろう。リンは少し安心したように息を吐くと、次に名前の上に記された彼の役職に目が行った。

 

「……結社『ライブラ』……統括責任者……ですか?」

「はい、私はヘルサレムズ・ロットという場所でその組織に所属しています、ライブラとはHL(ヘルサレムズ・ロット)で起こり世界に波及する可能性のある危険を水際で堰き止めることを目的とした非公式組織で――」

「わ、わかりました、それはまた後程お聞かせ願います……!」

 

 自己紹介を始めたクラウスをリンは慌てて制止した。

結構長くなりそうなうえに、意味の分からない単語まで飛び出してきた。

 そんなリンにクラウスは小さく首を傾げた。

 

「ところでミス、貴女は先ほど、私のことをを先生のようだと仰っていたようですが、それはどういう……」

「リンで結構です、それに、そんなにかしこまらないでください、貴方は先生なのですから。……推測系でお話ししたのは、私も先生がここにいらっしゃった経緯を詳しく把握していないためです」

「ふむ……、ではリン君、ドン・アルルエルという名に聞き覚えは?」

「……申し訳ありません、私はその方を存じ上げません」

 

 なるほど……と沈黙するクラウスに、リンは申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「……混乱されてますよね、わかります。こんな状況になってしまったこと、遺憾に思います。でも今はとりあえず、私についてきてください」

 

 リンはそういうと、クラウスを連れ立って応接室を後にする。

 

「どうしても、先生にやっていただかなくてはいけない事があります」

 

 その言葉に、クラウスは力強く頷く。おそらくは、これこそがこの世界でクラウスに課せられた使命なのだろう。

 

「承知している、私にできる事なら何でも協力しよう」

「ありがとうございます、これからやっていただくことは、学園都市の命運をかけた大事なこと……ということにしておきましょう」

 

 コツコツと、クラウスと長い廊下を歩きながらリンが意味深な言葉をつぶやく。

そしてエレベーターに乗り込むと、ドアが閉まり、上階へと動き出す。

ガラス張りのエレベーターからは、外がよく見える。透き通るような見事な青空が視界いっぱいに広がっていた。

 

「……美しいな」

 

 外を眺め、クラウスは思わず息をのんだ。

『極限の14日間』でもない限り、霧煙る街、HLから外へ出る事がないクラウスにとって、街を覆う霧も、空を覆う重苦しい雲もない青空を見上げることは、ずいぶんと新鮮な気分にさせた。

 

「『キヴォトス』へようこそ。先生」

「『キヴォトス』……それがこの地の名なのかね?」

「はい、キヴォトスは数千の学園が集まってできている巨大な学園都市です。これから先生が働く場所でもあります」

 

 数千という言葉を聞き、クラウスは再び外へと視界を向ける、巨大な都市群が視界いっぱいに広がる、どうやらこの都市はHLよりも遥かに広大なようだ。そこに広がる数千もの学園都市……この契約は、何をもって完了となるのかはわからないが、とにかく挑まねばならない。そうしなければ、明日は来ない。

 

「……どうやらこの一件、思った以上に大仕事になりそうだ」

 

 クラウスはそう呟くと、腕時計を見やる、時計の針は、ドン・アルルエルとの契約の履行を示すように、動きを止めていた。

 

「きっと先生がいらっしゃったところとは色々な事が違っていて、最初は慣れるのに苦労するかもしれませんが……でも先生なら、それほど心配しなくてもいいでしょう、あの連邦生徒会長が、お選びになった方ですからね」

「連邦生徒会長? それは――」

 

 クラウスが聞き返したその時であった、チン、という音とともに、目的階へ到着したエレベーターの扉が開いた、その時である。

 

「ちょっと待って! 代行! 見つけた、待ってたわよ! 連邦生徒会長を呼んできて!」

 

 深い青みがかかった髪の少女が、こちらを見やると、すぐにリンに詰め寄ってきた。

 その後に続くように、中にいた数人の――個性豊かな少女たちが同じようにこちらへ詰め寄ってきた。

 

「主席行政官。お待ちしておりました」

「連邦生徒会長に会いに来ました。風紀委員長が、今の状況について納得のいく回答を要求されています」

 

 その光景にクラウスが少々面食らっていると、詰め寄られていたリンはこともなげに小さくため息をついた。

 

「ああ……面倒な人たちに捕まってしまいましたね」

 

 小声で、それも心底面倒そうに呟くと、少々とげのある笑みを浮かべた。

 

「こんにちは、各学園からわざわざここまで訪問してくださった生徒会、風紀委員会、その他時間を持て余している皆さん。こんな暇そ……大事な方々がここを訪ねてきた理由は、よく分かっています。今、学園都市に起きている混乱の責任を問うために……でしょう?」

「そこまで分かってるなら何とかしなさいよ! 連邦生徒会なんでしょ! 数千もの学園自治区が混乱に陥ってるのよ! この前なんか、うちの学校の風力発電所がシャットダウンしたんだから!」

「連邦矯正局で停学中の生徒たちについて、一部が脱出したとの情報もありました」

「スケバンのような不良たちが、登校中のうちの生徒たちを襲う頻度も、最近急激に高くなりました。治安の維持が難しくなっています」

「戦車やヘリコプターなど、出所の分からない武器の不法流通も2000%以上増加しました。これでは正常な学園生活に支障が生じてしまいます」

「こんな状況で連邦生徒会長は何をしているの? どうして何週間も姿を見せないの? 今すぐ会わせて!」

 

 やいのやいのと並べ立てられる問題提起に、クラウスは顎に手を当て、考え込む。

 HLの混沌に比べればかわいらしいものではあるが、どうやらこのキヴォトスも中々に刺激的な場所のようだ、しかし、いくつか気になる点はある、本来こういった問題は警察機構や行政、あるいは軍隊の対応案件である。しかしこうしてリンに直談判をしに来ているということは、そういった機関は存在していないか、あるいは、生徒たちがそれを担っているのだろうか。

 クラウスがリンに詳細を訪ねようとしたとき、リンは一歩前へでて、少女たちを見回し、口を開いた。

 

「……連邦生徒会長は今、席におりません。正直に言いますと、行方不明になりました」

「……え!?」

「……!」

「やはりあの噂は……」

 

 連邦生徒会長の行方不明、その言葉に、少女たちは三者三様の反応を返した。

 行方不明になった連邦生徒会長……、恐らくはその人物こそが、ドン・アルルエルとの契約に成功し、クラウスをキヴォトスに送り込んだ張本人なのだろう。

ドン・アルルエルの元から生還を果たしたというのに、行方不明とは一体どういうことだろうか。

 色々と確認したいことはあるが、どうやら今はそれどころではなさそうだ。

 

「結論から言うと『サンクトゥムタワー』の最終管理者がいなくなったため、今の連邦生徒会は行政制御権を失った状態です。認証を迂回できる方法を探していましたが……先ほどまで、そのような方法は見つかっていませんでした」

「それでは、今は方法があるということですか、主席行政官?」

「はい。この先生こそが、フィクサーになってくれるはずです」

 

 リンはそういうと、ようやくクラウスに向き直った。少女たちの視線がクラウスに集中する。

 

「ちょ、ちょっと待って。この先生はいったいどなた? どうしてここにいるの?」

「キヴォトスではないところから来た方のようですが……先生だったのですね」

「はい。こちらのクラウス先生は、これからキヴォトスで働く方であり、連邦生徒会長が特別に指名した人物です」

 

 そんな視線を受けて、クラウスは丁寧に一礼すると、胸元から名刺を取り出し、少女たちに配り始めた。

 

「私、クラウス・V・ラインヘルツと申します、どうぞよろしく」

「あっ……これはどうもご丁寧に……」

「あ……ありがとうございます……」

「……頂戴します」

 

 見上げるほど大柄な体格に、威圧感のあるクラウスの風貌に、少々気圧されながらも、少女たちは名刺を受け取り、それに視線を落とした。

 

「こ、こんにちは、先生。私はミレニアムサイエンススクールの……い、いや挨拶なんて今はどうでもよくて……!」

「そのうるさい方は気にしなくていいです。続けますと……」

「誰がうるさいって!? わ、私は早瀬ユウカ。覚えておいてください、先生!」

「よろしく、ユウカ君」

 

 クラウスが手を差しだすと、ユウカはおずおずとそれに応え、握手を交わした。

 

「……先生は元々、連邦生徒会長が立ち上げた、ある部活の担当顧問としてこちらに来ることになりました」

 

 その様子を横目で見ながら、リンはそう言うと、手元のタブレット端末を操作し、クラウスたちに画面を向ける。

 そこには『S.C.H.A.L.E』という文字とロゴ、そしてその地点を指し示す地図が表示されていた。

 

「連邦捜査部『シャーレ』。単なる部活ではなく、一種の超法規的機関。連邦組織のため、キヴォトスに存在するすべての学園の生徒たちを、制限なく加入させることも可能で、各学園の自治区で、制約なしに戦闘活動を行うことも可能です。なぜこれだけの権限を持つ機関を、連邦生徒会長が作ったのかは分かりませんが……。シャーレの部室はここから約30㎞離れた外郭地区にあります。今はほとんど何もない建物ですが、連邦生徒会長の命令で、そこの地下に「とある物」を持ち込んでいます。先生を、そこにお連れしなければなりません」

 

 リンは耳元のインカムとタブレットを再び操作し、画面の向こうにいるであろう相手に声をかけた。

 

「モモカ。シャーレの部室に直行するヘリが必要なんだけど……」

 

 すると、タブレットからホログラムだろうか、『モモカ』と呼ばれた少女が浮かび上がった。

 

『シャーレの部室? ……ああ、外郭地区の? そこ、今大騒ぎだけど?』

「大騒ぎ……?」

『矯正局を脱出した生徒が騒ぎを起こしたの。そこは今戦場になってるよ』

「……うん?」

『連邦生徒会に恨みを抱いて、地域の不良たちを先頭に、周りを焼け野原にしてるみたいなの。ドローンとかパワーローダー、巡航戦車までどっかから手に入れてきたみたいだよ?』

 

 結構な事態に陥っているようだが、当のモモカはまるで他人事のように手に持ったポテトチップスをほおばっている。

 

『それで、どうやら連邦生徒会所有のシャーレの建物を占拠しようとしてるらしいの。まるでそこに何か大事なものがあるみたいな動きだけど?』

「……」

『まあでも、とっくにめちゃくちゃな場所なんだから、別に大した事な……あっ、お昼ごはんのデリバリー来たから、また連絡するね!』

 

 ブツッ、と一方的に通信が遮断される、見るとリンの肩は怒りだろうか、小刻みにプルプルと震えていた。

 

「大丈夫かね?」

「……だ、大丈夫です。……少々問題が発生しましたが、大したことではありません」

 

 クラウスがリンの肩に手を置いて尋ねると、リンは額に青筋を浮かべながらもにこやかな笑みを浮かべ顔を上げた。

 

「ふむ、ではリン君、今までの話を整理させてもらうと、私は今すぐにそこに向かわねばならない、その認識で相違ないかね?」

「……はい、大変申し訳ないのですが……」

「では予定通り移動手段の手配を、その他事項は道中で確認させてもらう」

 

 クラウスがそう指示を出すと、リンは小さくため息をついた。

 

「はい、早速お手数をおかけするようで申し訳ありません……、あぁ、少々お待ちいただけますか?」

 

 そう言うとリンは、さきほどからそこに立っていたユウカたちに視線を向けた。

 

「な、何よ? どうして私たちを見つめてるの?」

「ちょうどここに各学園を代表する、立派で暇そうな方々がいるので、私は心強いです」

「……えっ?」

「キヴォトスの正常化のために、暇を持て余した皆さんの力が今、切実に必要です。行きましょう」

「ちょ、ちょっと待って!? どこに行くのよ!?」

 

 クラウスを連れ立ち、ツカツカと歩を進めるリンにユウカが食い下がる。

リンはついと振り向くと、冷たく言い放った。

 

「先生に何かあっては困ります、貴方たちにもシャーレ奪還を手伝っていただきます」

 

 

 

 ――D.U.郊外上空、シャーレ部室へ向かうヘリの中。

クラウスはヘリの座席に、そのがっしりとした体格を丁寧に折りたたむように腰掛けていた。

 道中、クラウスはキヴォトスや生徒たちについて、そしてシャーレの活動内容の説明を熱心に聞いていた。

 

「はい、ですので、私たちは余程のことがない限りは、基本的に銃弾や爆発で傷ついたり、死亡したりすることはまずありません」

 

 ゲヘナ学園、風紀委員所属である、火宮チナツは、簡単にだがクラウスに対し自分たちのことを説明する。

 

「そういった事情もあり、今回のような不良生徒などによる銃撃戦は、キヴォトスではそう珍しくはありません」

「スズミさんのおっしゃる通り、最近では正義実現委員会やスズミさんの所属する自警団では手に負えないほど件数が増加しているのが現状です……」

 

 チナツの後を引き継ぐように、トリニティ総合学園、自警団所属である守月スズミと、同じくトリニティの正義実現委員会所属の羽川ハスミは困ったようにつぶやいた。

 

「なるほど……君たちのこと、大体の事情は把握させてもらった、……どうやらここもずいぶん剣呑な場所のようだ」

 

 どうやらこのキヴォトスという学園都市は、美しい見た目に反し、なかなかに治安が悪いようだ、しかしこれでもまだ混沌の極みたるHLと比べてしまえば大人しい部類である。感覚がHLに寄ってしまっているクラウスではあったが、年端もいかない少女たちが日常的に銃を手にしているという点においては、このキヴォトスの常識とは言え、少々苦い顔をした。

 とはいえ、HLのようにそれが生き抜くのに必要なものであるとするのであれば、咎めることは筋違いだ。

 

「先生、間もなく目的地です」

 

 ヘリの操縦を行っていた行政官が、目的地への到着を告げる、窓から外を見ると、整然と並んだ高層ビルに挟まれる形で流れる大型の幹線道路が見えた。

 

「あの通りの突き当りに見えるビルがシャーレ本棟です、これ以上接近した場合、撃墜の恐れがありますので、これより少し離れたところに降下します、陸路で向かってください」

「了解した、あとは私に預けたまえ」

「先生」

 

 クラウスが短く答えると、隣の座席に座っていたリンが、ポーチから何かを取り出した。

 

「こちらをどうぞ、護身用です」

 

 ずしりと感じる重量感、差し出されたそれは、ヘルサレムズ・ロットではもはや見ることもなくなった、魔術儀礼も異界技術も施されていない手のひらに収まるほどのサイズの、ごくごく普通のハンドガンであった。

 しかしクラウスは、小さく首を振った。

 

「いや、結構、気持ちだけ受け取らせていただこう」

「しかし万一のこともあります、せめて身を守る手段は――」

「いかなる理由があろうとも、私は君たちに銃を向けることなどできない」

 

 静かに、だが、きっぱりとクラウスは言い切った。

有無を言わせぬ、決して揺るがぬ決意が込められた不動の声、その様子に、リンを始め、その場にいた全員が思わず押し黙ってしまった。

なぜだろうか、この男の言葉は、ずしりと重い。

 

「それに、安心したまえ」

 

 クラウスは胸板をとん、と叩くと、自信満々に言った。

 

「私は鍛えている」

 

 

――D.U.外郭地区・シャーレの部室付近

 

 ヒュウウウウ、という気の抜けた風切り音に続いて、ドォオオオオン! と爆風が巻き起こる。

 

「な、なに、これ!?」

 

 迫撃砲の着弾によって巻き上げられた土煙をもろに浴びたユウカは、悲鳴交じりの抗議の声を上げる。

 同時に、タタタタタッ! と銃声が巻き起こり、硝煙が舞い上がった。

 少し離れた場所でヘリを降ろされ、陸路でシャーレの部室に向かっていた一行を待っていたのは、もはや戦場とも呼べる惨状であった。

あちこちに銃器を積んだドローンが飛び交い、ヘルメットを被った少女や、昔映像作品で見かけた、いわゆるスケバンと呼ばれる格好をした少女たちが、銃器をもって大暴れをしていた。

 

「どうして私たちが不良たちと戦わなきゃいけないの!」

「サンクトゥムタワーの制御権を取り戻すためには、あの部室の奪還が必要ですから……」

「それは聞いたけど……! 私これでも、うちの学校では生徒会に所属してて、それなりの扱いなんだけど! なんで私が――きゃあっ!?」

 

 ユウカがぶちぶちと不満を垂れながら、応戦すべく銃のセーフティを外した、その時である。

 突如横に立っていたクラウスがユウカの身体を抱え上げ、覆いかぶさった。

瞬間、パパパパパッ! と銃声が鳴り響き、放たれた銃弾がユウカとクラウスがいる場所に降り注いだ。

 

「な、なにしてるんですか! 先生!!」

「せっ……先生! 大丈夫ですか!」

「大変! チナツさん! すぐに先生の手当てを!」

 

 先ほど、キヴォトスの生徒たちは銃弾程度では命に支障はないと説明があったのにもかかわらず、このクラウスと名乗る先生は、なんの逡巡もなくユウカを銃弾から身を挺して庇ったのである。

 キヴォトスの外から来たクラウスにとって、たった1発の銃弾でさえ致命傷になりうる。そう認識している彼女たちは、顔を青くしてクラウスのもとに駆け寄る。

 銃弾によって巻き上げられた土煙が晴れる。そこには血を流し倒れ伏すクラウスの姿が――なかった。

 その代わりに彼女たちの目に飛び込んできたのは、大人一人分の大きさほどの、血のように紅い十字架であった。

 

「えっ……なんですか……これ」

「……十字架?」

 

 突如目の前に現れた十字架に面食らっていると、ばしゃり、と音を立てて十字架が液体となって形を失い、崩れ落ちる、同時にその十字架に防がれていたのであろう銃弾があたりにチャリチャリと軽い音を立てながら転がった。

 

「無事かね? ユウカ君」

 

 その後ろから現れたクラウスは、何事もなかったかのように、腕の中のユウカに尋ねた。

 

「えっ……? あっ……はい……、って、あれ? えっ……!? な、なんですか今の!? 先生、体は大丈夫なんですか!?」

「撃たれてはいない。心配は無用だ」

「だって今明らかに撃たれて! っていうか今の十字架はなんですか!?」

 

 半ばパニックに陥りながら縋りつくユウカに、クラウスは安心したように頷くと、ユウカを地面に降ろし、ギロリと銃弾が向かってきた方向をにらみつけた。

 視線の先には、数人の不良生徒と、彼女たちが制御下に置く大量のドローンとオートマタが、こちらに銃口を向け、向かってきていた。

 クラウスは服に付いた埃を払いながら立ち上がると、眼鏡を外し、胸のポケットにしまい込んだ。

 

「さて、先ほどの話によると、君たちの力を借りられるということだが……仔細ないかね?」

「え……? あ……は……はい……」

 

 この男の行動に理解が追い付いていないのか、辛うじてハスミが気の抜けたような返事を返す。

 

「承知した、早速で申し訳ないが、力を貸してくれたまえ、君たちには不良生徒たちの制圧を頼みたい」

「気になることはありますけれど……まずは当初の目的を達成することからですね。了解しました、あとは私たちにお任せください」

 

 静かな、だが落ち着き払った声でクラウスが指示を出す。

その声に、幾分か冷静さを取り戻したのか、スズミが前に出て頷いた。

不思議なことだが、この男の声を聴くだけで、なぜか信じてみよう、命を預けようという気持ちになってくる。この男の言葉は、すべて『本気』なのだと信じられる何かがあった。

 

「では、私が血路を開く、無人兵器の相手は私がしよう。必要ならば追って指示を出す、ついてきたまえ」

 

 それゆえに、クラウスのその言葉に、その場にいた全員が唖然とした、眼前には不良生徒たちに制御を奪われたドローンやオートマタが大挙して押し寄せてきている。

 それを見てなお、この男は、ドローンたちを相手取ると言ったのだ。

 

「え? な、何を言って……先生も戦うんですか!?」

「無論だ、君たちだけを銃火に晒すわけにはいかない」

「待って待って待って! さっきの変な十字架が使えるんだったとしても! 先生は銃弾一つで命に係わるんですよ!?」

「大丈夫だ、私は鍛えている」

「ああもう! またそれ! まるで話が通じない……!」

 

 あまりにめちゃくちゃな論法に頭を掻きむしるユウカに背を向けながら、クラウスは悠然とドローンとオートマタの群れに向け、悠然と歩を進め始める。

 それに気が付いた不良生徒たちが、怪訝な目でこちらへ歩を進めてくる男を睨め付けた。

 

「あぁん? なんだアイツ?」

「丸腰でこっちに歩いてきて……イカレてんのか?」

「へっ、ちょっと撃ってビビらせてやろうぜ!」

 

 不良生徒たちは口々に笑いあいながら、ドローンに命じ、男に対し、威嚇射撃を開始させた、――その時だった。

 

 クラウスの袖口から、手のひらに収まるサイズの金属が飛び出した。

十字架を象ったナックルガードだ。彼はそれを手にして指に力を籠める。

その特異なる獲物の、鋭いエッジが皮膚を食い破る。

拳の隙間から、血がしたたり落ちる、その液滴がナックルガードの十字架に流れ込み、紅き光を放つ。

 己の血を凶器とし、魔界と対峙する術とする。鬼をも喰らう、"牙狩り"たちの血法の一。

 

「ブレングリード流血闘術 推して参る」

 

 地の底から響くような声が、静かに、だがはっきりと周囲に響いた。

クラウスが動いた。目にもとまらぬ速さで左腕を振るい、拳が奔る。ナックルガードが強く輝き、前方に無数の十字架が形成された。

 

ブレングリード流血闘術

 

02式

 

散弾式連突シュロートンフィッシャー

 

 拳とともに打ち出された、無数の血の十字架がドローンたちに襲い掛かる。

一機につききっかり一つ、十字架はドローンとオートマタのみを正確に打ち抜き、目の前を覆いつくさんばかりだったドローンたちの群れは、薙ぎ払うように全て破壊され、軒並みその機能を停止させていた。

 

「はぁ!?」

「い、今、な、なにが……」

「そんな……あんなにいたドローンたちが、一瞬で……」

「夢でも……見ているのでしょうか……」

 

 たった今、目の前で吹き荒れた圧倒的な破壊の暴風を前に、ユウカたちは呆然と立ち尽くす。

 それは、ドローンを制御するために、近くにいた不良生徒たちも同様だった。

皆、目の前で起きたことが受け止めきれず、恐慌状態に陥り、蜘蛛の子を散らすように逃走を始めていた。

 

「このまま制圧しつつシャーレ本棟まで前進する、君たちは不良生徒たちの排除、制圧を頼む。指揮は任せたまえ」

 

 一方、当のクラウスはというと、唖然とするユウカたちを差し置いて、どんどん前に進んでいく。

 

「……えっ? あっ! ちょ、ちょっと待ってください! 先生! 勝手に先に進まないで!」

「急いで追いましょう! このままだと不良生徒たちが危ないです!」

 

 あっけにとられていたユウカたちであったが、何とか気を取り直し、急いでクラウスを追いかけた。

 

「もう! 連邦生徒会長は一体どこからあの先生を連れてきたのよ!?」

 




駆け足気味になってしまったかもしれない
なるべく早く投稿したいです
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