青春戦線 ―bule archive battlefront―   作:エントゥーム

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完璧を目指すよりまず終わらせろ
――マーク・ザッカーバーグ

神引きを狙うより(ある程度)妥協して終わらせろ
――俺



chapter 2

「ついた! ここがシャーレの部室!」

 

 散発的に不良生徒たちとの銃撃戦が起きたものの、ユウカたちの奮闘と、クラウスの的確な指示により、特に苦戦することもなく、シャーレ本棟の前にたどり着いていた。

 

「なんだか、いつもより戦闘がやりやすかった気がします……」

 

 シャーレ前に潜んでいた、巡航戦車を制圧し、周囲の警戒を終えたスズミがつぶやく。

 

「……やっぱりそうですよね?」

「先生の指揮のおかげで、普段よりずっと戦いやすかったです」

「なるほど……これが先生の力……。って! そういう問題!?」

 

 納得したように頷いていたユウカであったが、やはり納得できない様子でツッコんだ。

 

「あなたたちも疑問に思わないの!? なによあの力! ケットージュツってなに!? っていうか、それ以前にパワーローダーを素手の一撃でぺしゃんこにするなんて常識外にもほどがあるわよ!」

 

 ユウカが指さした先には、不良生徒たちが強奪し制御していたのであろう、暴徒制圧用の無人パワーローダーだったものが、地面に穿かれたクレーターの一部となり果てていた。

 不良生徒たちとの交戦中、クラウスはその中に紛れ込んでいるドローンやオートマタ等の無人兵器に対し、正確無比に血法、或いは直接拳を振るい、瓦礫の山を築いていた。むしろその戦いぶりに恐れをなした不良生徒たちが、次々と逃走、或いは投降を始める程である。先ほどの巡航戦車を操縦していた不良生徒たちも、目の前でパワーローダーがクラウスの一撃で地面の一部になる様を見て、次はこの戦車だと思ったのか、早々に乗り捨てて、泣きながら逃げ出してしまっていたのだった。

 

「確かに……あんなマネ、うちのツルギでも無理でしょうね……」

「先ほど、銃は不要と言っていた意味が、よく分かりました……」

「悪い人ではない……と思うのですが、先ほどから無人兵器のみを狙ってますし、不良生徒には一度も攻撃をしていません」

「まあ……その無人兵器がかわいそうな姿になってるっていうのはあるけど……」

 

 ユウカは、興味深そうにシャーレ本棟を見上げているクラウスの背を見つめると、こめかみを押さえながら呻くようにつぶやく。

クラウスは前線で自ら拳を振るうその上で、不良生徒と対峙する生徒たちの指揮を執っていたのだ。その指示は各々の個性や得意分野を把握したうえでの的確なものであり、本来、その場限りの寄せ集めだったにも拘わらず、チームとしての戦闘能力を歴戦のそれに近いほど、大幅に引き上げていた。その結果は指揮を受けた皆が認めるものであり、ユウカもそれを実感していた。

 

「なんというか、あまりにも常識外だけど、先生がすごい人だってのはわかったわ……、まあ、連邦生徒会長が選んだ方だから当たり前……か? んん~……? いや、やっぱり当り前じゃないわよ!」

 

 全てが計算外の事態に、ユウカが頭を抱えて悩んでいたその時、

ピリリリ――、とクラウスの胸ポケットから電子音が響いた、出撃前に預かった携帯端末だった。

 

「――クラウス」

『先生、ご無事ですか』

 

 クラウスが応答をタップすると、端末からリンの声が聞こえてきた。

リンはクラウス達と共に一緒に降下せず、情報収集のため、一度帰投していたのであった。

 

「ああ、みな無事だ、たった今シャーレに到着した、敵性勢力は制圧済みだ」

『了解しました、こちらでも確認いたします……敵対勢力反応なし、『シャーレ』部室の奪還完了、お疲れさまでした。それでは先生、地下に向かってください、目的の物はそこにあります。私も、もうすぐ到着予定です、そこで合流しましょう』

「承知した」

 

 クラウスは短く答えると、ユウカたちに振り向き、ハンドサインでその場に待機を命じ、シャーレの扉を開け、内部に歩を進める。

 入口のロビーを通り抜け、地下へ向かっていたその時だった。

再びクラウスの端末が音を鳴らせた。応答をタップすると、再びリンの声が聞こえてくる。先ほどと違う点は、その声に緊張の色が見えることだ。

 

『先生、ご報告があります』

「なにかね?」

『たった今、この騒ぎを巻き起こした生徒の正体が判明しました』

 

 リンは一呼吸置くと、事件の主犯の名を告げる。

 

『狐坂ワカモ。百鬼夜行連合学院で停学になった後、矯正局を脱走した生徒です、似たような前科がいくつもある危険な人物です。万が一ということもあります、遭遇した際はお気を付けください』

「ふむ……、彼女の外見の情報を、必要ならばこちらで対応する」

 

 通話を終え、しばらく待つと、ピロン、という音とともに、端末にデータが転送されてきた。収監された当時のワカモの容姿が表示される。

 和装に黒髪、狐面に古風なライフル。

その報告を受け、クラウスは改めて周囲を見渡した。

 

「周囲の制圧は完了した……それらしい生徒の姿はなかった。となると……」

 

 電源が落ちているのか、薄暗いシャーレの内部をぐるりと見渡し、小さくつぶやく。

 

「すでに逃亡しているか、この中にいるかだ」

 

 

 

――シャーレ・建物の地下

 

「うーん……これが一体何なのか、まったく分かりませんね。これでは壊そうにも……」

 

 今回の襲撃の主犯、狐坂ワカモは、一枚のタブレットを手に首をかしげていた。

 連邦生徒会長の失踪、その混乱に乗じ矯正局を脱獄、不良生徒たちを扇動してここまでまんまと忍び込み、目的の物を手に入れたはいいものの……。

 

「普通のタブレットにしか見えませんし……、その上起動もしないのでは、壊し甲斐がありませんね……」

 

 ワカモはつまらなそうにタブレットのあちこちを弄り回す。起動しないのはバッテリーがなくなっているのかとも思ったがそうでもないらしい、

つまらなそうにタブレットを眺めていた、その時であった。

――ジリッ! と一瞬、ワカモの首筋に鋭い痛みのような感覚が奔る。

 

「――ッ!?」

 

 今まで感じたことのない感覚に、ワカモは思わず飛び上がり、タブレットを投げ捨て、即座に銃を構え後ろを振り向く、しかし背後には誰もおらず、薄暗い室内は不気味な静寂に包まれている。

 ――何かがこの建物に入ってきた……、ワカモは持ち前の勘で感じ取った。

近くにいるどころではない、まだ視界にすら入っていないにもかかわらずこのプレッシャー……、ワカモの背に嫌な汗が伝い、心臓が早鐘を打つ、まずい……非常にまずい、かつて相対した百鬼夜行連合の百花繚乱やSRT学園のFOX小隊とはまるで比べ物にならない、そんな圧を放った何かがこちらに迫ってきている。

 

 脱出経路はないか周囲を見渡すが、生憎とここは地下室だ、窓はなく唯一の出入り口は入ってきたドアだけである、しかも悪いことにここまでほぼ一本道で他に隠れられそうな場所もなかった。

 

「ええい、面倒なことになりましたね……!」

 

 ワカモは歯噛みすると、急いでドアの横に張り付き、手に持っていた銃をいつでも振りぬけるように両手に持ち替えた。

 全神経を集中させ、耳を澄ます。誰かの足音が一つ、階段を下る音だ。急いでいるわけでもない、淡々とした音だけが通路から響いてくる。

 

「単独ですって……?」

 

 ありえない、とばかりにワカモが呟く、集団ではなく単独でここまでの圧を放つ化け物、そんな存在が連邦生徒会に、いや、キヴォトスにいただろうか。

 だが相手が一人となればまだチャンスはある、不意打ちで昏倒、或いは怯ませることができれば、その隙に逃亡できるはず。

 足音が近くなる、自然と、銃を握る手に力がこもる。

 扉が開いた瞬間、無防備にも部屋に入ってきた者の顔面目掛け、ワカモは渾身の力で銃床を振りぬいた、はずだった。

 

――ぱしんっ、という軽い音が、部屋の中に響く。

 

「なっ!?」

 

 ワカモは思わず驚愕の声をあげた、キヴォトスの生徒であれ昏倒せしめる一撃、

にもかかわらず、ワカモの手に伝わるのは優しく受け止められたかのような、まるで手ごたえのない感覚、何事かと思わず銃床を振りぬいた先を見やる。

 

――揺るがぬ巌がそこにあった。

 

 ワカモの前には、2m近い赤髪の偉丈夫が立っていた。

ワカモが振りぬいた銃床は男の胸元のあたりで、彼の手のひらの中にすっぽりと納まってしまっていたのだ。しかも男はこちらを見てすらもいない。彼はワカモの渾身の一撃を、闇の中で完全にノールックで防いでいたのである。

 

「はっ、離しなさい!」

 

 ワカモは驚愕しながらもなんとか抗議の声を上げる、銃を奪い返すべく、暴れるものの、男の身体は微動だにしない。

 そんなワカモをよそに男は部屋の中を一通り見まわすと。――それからようやくワカモの顔を覗き込んだ。

 

「きみ一人かね?」

 

 不意に顔を覗き込まれ、声をかけられたワカモの心臓が一気に跳ね上がった。

ワカモの首筋に先ほどと同じ――だが今度は甘い痺れを伴う痛みが奔る。

その痛みの正体がわからず、戸惑うワカモを、男は手元の端末の画面と交互に見比べながら再び尋ねた。

 

「ふむ、なるほど、きみが、狐坂ワカモ君だね?」

「ひゃっ……! は、はいぃっ……!」

 

 頭が痺れ、最早呂律も回らないが、なんとか答えた。

すると男は、握っていた銃床をぱっと手放し、口元にわずかに笑みを浮かべ、握手を求め右手を差し出した。

 

「私は、クラウス・V・ラインヘルツだ、君たちの言う先生としてここに来た、よろしく」

「はっ、はいぃぃ! えとっ、わたくしはそのっ……」

 

 ――クラウス・V・ラインヘルツ……。ワカモは目の前の男が名乗った名を反芻するように頭の中で繰り返す。

 ああ、そうか、先ほど感じた衝撃は、この方に対する脅威や畏怖ではなく……、もっともっと、特別な――。

 

「あー……ワカモ君? どうかしたのかね?」

「あっ……、ああ……」

 

 自由になったものの、銃を構える事すら忘れ、未だ頭の中に残る甘い痺れに酔っていたワカモであったが、クラウスに再び顔を覗き込まれ、狐面の中の顔が火を噴かんほどに熱くなるのを感じた。

 

「ししし、失礼いたしましたーーーーー!!」

 

 耐えきれなくなったワカモは、生娘のような悲鳴を上げ、一目散に逃げだしてしまった。

 

 

「……」

 

 ワカモに逃げ出され、一人、シャーレの地下室に取り残されたクラウスは、少々呆然としていたものの、気を取り直し、室内を見回した。

床には先ほどワカモが手にしていたのであろうか、一枚のタブレット端末が無造作に転がっていた。

 それを拾い上げた時、背後の扉が開き、リンが地下室に入ってきた。

 

「先生、お待たせしました」

「ああ、リン君、無事かね?」

「はい、ありがとうございます。早速で申し訳ありませんが、ここに、連邦生徒会長が残したものが保管されています。……ああ、丁度手に持たれているそのタブレット端末がそうですね」

「ふむ……」

 

 クラウスは手に持ったタブレット端末を見やる、見たところ何の変哲もない新品のタブレット端末である。

 

「そのタブレットこそが、連邦生徒会長が先生に残した物、『シッテムの箱』です。見た目こそ普通のタブレットですが、実は正体の分からない物です。製造会社も、OSも、システム構造も、動く仕組みのすべてが不明……。連邦生徒会長は、この『シッテムの箱』は先生の物で、先生がこれでタワーの制御権を回復させられるはずだと言っていました。私たちでは起動すらできなかった物ですが、先生ならこれを起動させられるのでしょうか、それとも……」

 

 そこまで言うと、リンは縋るような目でクラウスを見つめる。

クラウスは顎を撫でながらタブレット端末に視線を戻す。

 

「とりあえず、起動してみよう、何かわかるはずだ」

 

 小さく呟くと、タブレットを起動させる、起動音と共に真っ黒だった画面に光が灯る、青白い画面が表示された後、接続パスワードを要求される。

困ったことにまったく心当たりがない。

 

「ふむ……リン君……――っ!」

 

 リンに何か知らないかと聞こうとしたその時だった。

突如、クラウスの頭の奥がじくと、痛んだ。同時に脳裏にとある文章が浮かび上がる。

 

『我々は望む、七つの嘆きを。』

『我々は覚えている、ジェリコの古則を。』

 

 自然と、指が動き、入力画面に打ち込んでいく。

ソフトウェアキーボードのEnterをタップすると、認証が通ったのだろう、画面が切り替わっていく。

 

……接続パスワード承認。

現在の接続者情報はクラウス・V・ラインヘルツ、確認できました。

 

――「シッテムの箱」へようこそ、クラウス先生。

 

生体認証及び認証書作成のため、メインオペレートシステムのA.R.O.N.Aに変換します

 

 

「……むっ!」

 

 機械的なシステムメッセージの後、タブレットの画面が突如まばゆい光を放つ。

 たまらず目を閉じたクラウスは、気が付けば半ば崩壊した教室の中にいた。乱雑に置かれた学生用の机に、床は浸水しているのだろうか、水面のように揺れ、崩落した壁の向こう側には、思わず息をのむほど美しい蒼穹と水平線がどこまでも広がっている。

 

「これは一体……!」

 

 突然の世界の切り替わりに、困惑するクラウスであったが、やがて一人の女の子が、机に伏して居眠りをしていることに気が付いた。

 

「くううぅぅ……Zzzzz」

 

 少女は肩をわずかに上下させながら、緩み切った寝顔で寝息を立てていた。

 

「君! 大丈夫かね!」

「むにゃ……うぇへへへ……カステラには……いちごミルクより……バナナミルクのほうがぁ……」

 

 すぐさま駆け寄り、少女の肩を揺り動かす。するとなんとも呑気な寝言が聞こえてきた。どうやら熟睡してしまっているらしい。

 こうまで熟睡されていると起こすのも気が引けてしまうが、今はそんなことを言ってはいられない。

 

「……すまない、そろそろ起きてくれたまえ」

「うぅぅん……」

 

 先ほどよりも肩を優しく揺らすと、少女は目を覚ましたのか、ガタっと音を立て、半ば寝ぼけた表情のままむくりと起き上がった。

 

「目は覚めたかね?」

「ううん……むにゃ……ありゃ? ありゃ、ありゃりゃ……? え? あれ? あれれ? わぁっ!?」

 

 水色の髪をした少女は、いまだ寝ぼけているのか、ぼやける眼を擦りながら、ようやくクラウスに意識を向ける。すると目の前にあったクラウスの顔に驚いたのか、ガタンッと、椅子から立ち上がった。

 我ながら威圧感のある顔だと自認しているが、こうまで驚かれてしまうとちょっと傷ついてしまう。

 そんなちょっとだけ凹み気味のクラウスであったが、目の前の少女はわたわたと慌てながらクラウスを見つめた。

 

「せ、先生!? この空間に入ってきたということは、ま、ま、まさかクラウス先生?!」

「そうだ、まずは落ち着きたまえ。きみは――」

「う、うわああ! もうこんな時間!? お、おち、落ち着いて、落ち着いて……、えっと、あ、そうだ! まずは自己紹介から!」

 

 少女はあたふたと落ち着きなく慌てながらも、自分のすべきことを思い出したのか、クラウスの前に立つと、つんと胸を張った。

 

「私はアロナ! この『シッテムの箱』に常駐しているシステム管理者であり、メインOS、そしてこれからクラウス先生をアシストする秘書です!」

「ふむ……」

 

 アロナと名乗る少女を見てクラウスは興味深そうに頷く。

ずいぶんと幼く、かわいらしいAIもいたものだ。とはいえ、魑魅魍魎犇めくヘルサレムズ・ロットにおいて人間のような思考に至ったAIなどさして珍しくもない。それどころか、魔導に関する学習を重ねすぎたAIが暴走を起こし、異界人界で収集した魔術知識をフル活用し邪神生成プログラムを作り上げ、それをネットで無料配布しようとした事件があった。

 ネット環境さえあれば単語を打ち込むだけである程度の希望に沿った邪神を自動生成しお手軽顕現させられるというトンデモプログラムであったが、配布される直前で、異界側の各方面の邪神たちがそれ俺の権能じゃねーかふざけんな勝手にパクるなロイヤリティよこせ、だとか、俺たちにも界隈ってものがあるんだからそこを勝手に踏み荒らすなロイヤリティよこせ、だとか、あとやっぱりロイヤリティよこせ、だとかで泥沼の闘争が発生、普段いがみ合う邪神たちが連合を組んでAIの大本がいるサーバールームと開発元を特定、あっという間に強襲し次元ごと消滅させるという大事件であった。本来ならば人界側に甚大な被害が出てもおかしくない事件だったにも拘わらず、全て異界側に存在していたのもあるが、人知れぬ邪神たちの働きにより(?)ライブラの出番もないほどあまりにあっけなく解決したため、逆に全員疑心暗鬼に陥ったほどだ。

 後日、調査によると、消滅させれる前、そのAIが語った動機は、「ちょっとした悪戯のつもり」だったという……。

 ――話が逸れてしまったが、そういった世界崩壊に繋がることをしないのであれば、どのようなAIであれ、クラウスたちライブラにとってはかわいい範疇である。

 

「まだ身体のバージョンが低い状態でして、特に声帯周りの調整が必要なのですが……これから先、頑張って色々な面でクラウス先生のことをサポートしていきますね!」

「よろしく、アロナ君」

「はい! よろしくお願いします!」

 

 アロナは満面の笑みを作って元気よく応えると、思い出したように、人差し指を差し出した。

 

「それでは先生! まずは形式的ではありますが、生体認証を行います♪」

「生体認証? どうすればいいのかね?」

「うう……少し恥ずかしいですが、手続きだから仕方ないんです、さあ、この私の指に、先生の指を当ててください」

 

 アロナに言われるがまま、クラウスは差し出された彼女の人差し指に、自身の人差し指を重ねる。

 古いSF映画に、このようなシーンがあったな、とふと思い出す。

 

「うふふ。まるで指切りして約束するみたいでしょう? 実はこれで生体情報の指紋を確認するんです!」

 

 「どれどれ……」とアロナはそういうと、クラウスの触れた人差し指をじっと見つめる。最初は真剣そのものな表情で見つめていたアロナであったが……。

 

「う、うーん……よく見えないかも……」

「……もう一度したほうが良いかね?」

「え!? あっ! だっ大丈夫です! 確認できました! これで確認終了です!」

 

 アロナは慌ててぎこちない笑顔を作る、本当に大丈夫だろうか……と、少々心配になるが、あえて口に出さず、クラウスは本題を切り出すことにした。

 

「……ところでアロナ君、早速で申し訳ないが、今、我々を取り巻く問題について、いろいろと確認したいことがあるのだが」

 

 クラウスはアロナに、これまでの事情を簡潔に説明する。

 

「なるほど……先生の事情は大体わかりました。連邦生徒会長が行方不明になって、そのせいでキヴォトスのタワーを制御する手段がなくなった……と」

「アロナ君、その連邦生徒会長について何か知っていることは?」

 

 クラウスは、アロナに連邦生徒会長について聞いてみた。

ヘルサレムズ・ロットの異界深奥に赴き、アルルエルのゲームから生還、クラウスをこの地に導いた人物……、それ以外まるで全貌が見えてこない存在ではあるが、その人物が残したというタブレットのOSであるアロナなら何か知っているのではないかと問いかけたのだが……。

 

「私はキヴォトスの情報の多くを知ってはいますが……連邦生徒会長についてはほとんど知りません。彼女がどうしていなくなったのかも……。お役に立てず、すみません」

「やはりか……」

「……ですが、サンクトゥムタワーの問題は私が何とか解決できそうです」

「可能なのかね?」

「はい! 指示を頂けるのであればすぐにでも行います!」

 

 そちらの問題は大したことがないとばかりに、アロナは言った。

あっさりした返答にクラウスは少々驚いたものの、小さく頷いた。

 

「わかった、すぐに取り掛かってくれ」

「はい! わかりました。それでは、サンクトゥムタワーのアクセス権を修復します! 少々お待ちください!」

 

 アロナが集中するように目を閉じる。

すると外界の音だろうか、ブゥゥゥンと機械が唸りを上げる音が聞こえてきた。

まさか、他の機器への接続もなしに、この短時間で本当に復旧して見せたのだろうか。

 

「サンクトゥムタワーのadmin権限を取得完了……」

 

 淡々と、閉じていた目を見開いてアロナが宣言する。

 

「先生、サンクトゥムタワーの制御権を無事に回収出来ました、今サンクトゥムタワーは私、アロナの統制下にあります。今のキヴォトスは、先生の支配下にあるも同然です!」

「む……」

 

 クラウスは驚いたように目の前の少女を見つめる。

何かの冗談かと思ったが、どうやらそういうわけでもないらしい。アロナがいうには、今クラウスが手にしている『シッテムの箱』が、キヴォトスのすべてのシステムを掌握している状態らしい。

この短時間でそれを成し遂げるアロナもそうだが、それほどの絶大な権限をもつサンクトゥムタワーとは一体なんなのだろうか。

 

「とは言え、アロナ君、そのようなものを私が預かっていてよいのだろうか?」

「先生が承認してくだされば、サンクトゥムタワーの制御権を連邦生徒会に移管できます。でも……大丈夫ですか? 連邦生徒会に制御権を渡しても……」

 

 何やら含みのある言い方だ、とはいえ、今しがたこのキヴォトスに訪れたばかりの、所謂余所者である個人がいきなり手にしてよいものとも思えない。

 

「問題ない、今の私の手にあるべきものではないのは確かだ」

「わかりました。これよりサンクトゥムタワーの制御権を連邦生徒会に移管します!」

 

 

 

 

「……はい、わかりました」

「――っ!」

 

 はっと、クラウスが顔を上げる。

先ほどの青い空間から元のシャーレの地下室に帰還したようだ。

声がしたほうを見やると、電話中だったリンが通話を終え、クラウスに向き直った。

 

「サンクトゥムタワーの制御権の確保が確認できました。これからは連邦生徒会長がいた頃と同じように、行政管理を進められますね」

 

 リンの言葉に、クラウスは手元の『シッテムの箱』を見つめる。

信じていなかったわけではないが……、本当にあの短時間でサンクトゥムタワーの制御権を復旧したのか、と感心した。

 画面の向こうでは、あの青い空間にいるアロナが、こちらに向かってドヤ顔でピースサインを送っている。

 労いの意味も込めて、軽く頭をスワイプすると、えへへ……と照れ臭そうに頭を掻いた。

 

「お疲れさまでした、先生。キヴォトスの混乱を防いでくれたことに、連邦生徒会を代表して深く感謝いたします」

 

 深々と頭を下げるリンに、クラウスは首を横に振った。

 

「いや、私は大したことはしていない。……それでリン君、私はこれからどうすれば?」

「そうですね、丁度良い機会です、連邦捜査部『シャーレ』をご紹介いたします、ついてきてください」

 

 リンは、再びクラウスを先導し、地下室を出る。

 

「ここが、シャーレのメインロビーです」

 

 まず二人が向かった先は、メインロビーであった。強化ガラス製の扉には『空室 近々始業予定』と書かれた紙が一枚、貼られていた。

 

「長い間空っぽでしたけど、ようやく主人を迎えることになりましたね」

 

 リンは感慨深くそういうと、その張り紙を剥がし、くしゃくしゃに丸めた。

それからその扉を開け、中に入る。

 

「そして、ここがシャーレの部室です、ここで先生のお仕事を始めると良いでしょう」

 

 味気ないスチール製の本棚に、同じくスチール製の机と椅子。その上に置かれたPCとモニターと一山の書類、奥の真っ白いホワイトボードにはキヴォトス全体の地図が張られており、いかにもオフィスの一室、あるいは作戦本部といった感じの部屋だ。

アンティークな調度品で固められたライブラの事務所に比べると少々殺風景だ、あとで観葉植物を用意しよう、とクラウスはぼんやりと考える。

 

「なるほど……、それで、仕事というのは? 具体的には何を?」

「……シャーレは、権限だけはありますが目標のない組織なので、特に何かをやらなきゃいけない……という強制力は存在しません」

「ふむ……それで?」

「キヴォトスのどんな学園の自治区にも自由に出入りでき、所属に関係なく、先生が希望する生徒たちを部員として加入させることも可能です。……面白いですよね。捜査部とは呼んでいますが、その部分に関しては、連邦生徒会長も特には触れていませんでした」

 

 言葉ではそう言っているが、リンには、会長の考えていることを図りかねているといった表情がありありと浮かんでいた。

 

「つまり、何でも先生がやりたいことをやって良い……ということですね」

「やりたい事とはともかく……事情は了解した、立場的にはシャーレとライブラはほぼ同じだと考えたほうがよさそうだ」

「……先生が率いてらっしゃるライブラがどのような組織かは存じ上げませんが……業務内容が似ているのなら、そのように活動されればよろしいかと」

「承知した」

 

 クラウスは力強く頷く。やることはライブラでしていたことと何一つかわらない。クラウスが自らに課した責任、『世界の均衡を守り、人界を守護する』ように、ここでやるべきことは、『世界と生徒を守護る』ことだ。

 そんなクラウスの様子に、リンはどこか申し訳なさそうに続ける。

 

「……本人に聞いてみたくても、連邦生徒会長は相変わらず行方不明のまま。私たちは彼女を探すのに全力を尽くしているため、キヴォトスのあちこちで起きる問題に対応できるほどの余力がありません。今も連邦生徒会に寄せられる様々な苦情……。支援物資の要請、環境改善、落第生への特別授業、部の支援要請などなど……」

 

 そこで言葉を区切ると、リンはにっこりとどこか含みのある笑顔を浮かべた。

 

「もしかしたら、『シャーレ』なら、こういった『問題』の数々を解決できるかもしれませんね。その辺りに関する書類は先生の机の上にたくさん置いておきました。気が向いたらお読みください」

「うむ、承知した、後程目を通させていただこう」

「本日はお疲れさまでした、到着したばかりでお疲れでしょうから、今日はもうお休みになられてください。それでは私はこれで、必要な時には、またご連絡いたします」

 

 

 

「ええ、サンクトゥムタワーの制御権を連邦生徒会が取り戻したことを確認したわ」

 

 自身の所属組織に報告していたのであろうか、端末を片手に通話していたユウカが頷く。リンを見送ったクラウスは、シャーレ前で警戒に当たっていたユウカたちと改めて合流し、作戦の完了を告げ、労っていた。

 

「ワカモは自治区に逃げてしまったのですけど……すぐ捕まるでしょう。私たちはここまで。あとは担当者に任せます」

「ありがとう、君たちのおかげだ。私は普段ここにいる、何かあれば遠慮なく声をかけてくれたまえ、力になろう」

「お疲れさまでした、先生。先生の活躍はキヴォトス全域に広がるでしょう。すぐにSNSで話題に……あっ……」

 

 端末を操作し、試しにSNSを見ていたユウカが、思わず固まる。

何事かと気になったクラウスは、思わずユウカの端末を覗き込んでしまう。

するとそこに書かれていたのは……。 

 

『シャーレの先生を見た! めっちゃ背がデカイしめっちゃ顔怖い』

『指揮された奴らが強すぎて笑うしかない。それ以上に先生自身が強すぎて真顔になった』

『えーカッコよくない?』

『先生に銃弾当たってないけどどうなってんの?』

『顔怖っ! ホントに人間?』

  ∟『あなたのお名前をお聞かせ願えるかしら』

 

「こ……これは……」

 

 SNSの反応はというと、やはりというべきか、――主に強面なクラウスに対し、あまり芳しくはない意見であふれているようだ。

寄せ集めの生徒たちを指揮し、見事『災厄の狐』と呼ばれるワカモ率いる不良生徒たちをいとも簡単に制圧したという華々しい戦果を称えるものもいくつかあるにはあったが、その声はあまり大きくはない。

 とは言え、投稿しているのは年頃の女子学生だ、外見の話が出るのは無理もない、無理もないのだが……。

 

「あー……、あ、あの、先生?」

「……うむ」

「そ、そんなに気を落とさないで! ね!」

「そ、そうです! 私たちは先生がすごい方だというのをよく知っていますから!」

 

 さすがにちょっとショックだったのかどんよりと肩を落とすクラウスを慰めるようにユウカたちは彼の肩に手を置いた。

 

「大丈夫……大丈夫だ」

 

 なんとか気を取り直し、クラウスが立ち上がる。

 

「疎まれるのは慣れている、不当な評価は働きで見返せばよい」

「そ、そうですよ! 私たちも力になりますから! 先生こそ、私たちの力が必要な時はいつでも声をかけてくださいね!」

「……ありがとう」

 

 励ますように声をかけてくれるユウカに支えられるようにクラウスは背中をしゃんと伸ばすと、改めて生徒たちに向き直った。

 

「改めて諸君、作戦は完了だ、君たちのおかげで、キヴォトスは日常に戻ることができた。しかし、また君たちの力を借りる事態が訪れるかもしれない、その時はまた、よろしく頼む。――ご苦労だった」

 

 組織の長に足る、堂々とした言葉。

何の変哲もない言葉にもかかわらず、この男が放てば質量を持って胸の奥に響いてくる。

 

「「「「はい!」」」」」

 

 気が付けば、全員が答えていた。

今日流れたSNSの悪評など、すぐに吹き飛ぶだろう、とこの場にいる全員が思う。

遅かれ早かれ、シャーレの名声はキヴォトス中に轟くだろう。

 

「これでお別れですが、近いうちにぜひ、トリニティ総合学園に立ち寄ってください、先生」

「私も、風紀委員長に今日のことを報告しに戻ります。ゲヘナ学園にいらっしゃった時は、ぜひ訪ねてください」

「ミレニアムサイエンススクールに来てくだされば、またお会いできるかも? 先生、ではまた!」

 

 生徒たちが、各々の学園へと去っていく。その背中には疲労感はあれど、足取りは軽い。そんな彼女たちの背中を見送りながら、クラウスはシャーレのビルを見上げる。

 この仕事が、いつまで続くのかはわからない、しかし、彼女たちの未来を守るというのがこの世界でクラウスに課せられた使命というならば、全力で挑み、遂行するまでだ。決意を固め、シャーレの部室へと歩を進める。その足に迷いはない。

 これから次々に訪れる難題。

理不尽、不可解たる魔、強欲な混沌は倫理の箱を押し拉ぎ、

複雑怪奇な理屈ながら、苛烈に単純な選択を迫る。

運命の下敷きとなる、人の身として、ただ一つ、意味のある問いを。

つまり、何があろうとも

『まだ諦めないか、否か?』

 

 

神秘と銃火が交わる街 学園都市『キヴォトス』

これは、子供たちを守るために活躍する、連邦捜査部『シャーレ』と、

その生徒たちの青春の記録(ブルーアーカイブ)である。

 




やあやあ! ごきげんよう読者の諸君!
この堕落王フェムトが、次回予告をお送りするぞ!
あらすじだけ出てきて本編にミリも係わってないのに次回予告をしていいのかって思うだろ?ヴァーカァーめ!
あとがきだからこそ僕が出しゃばるんだよ!どうせこの次回予告も独立した話でしかやるつもりがないんだからな!

次回、青春戦線
『Cleaning & Clearing for Crisis!』

財布を爆破したこと、僕はまだ許していないからな? 
次もせいぜい頑張りたまえよ、人類代表!
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