青春戦線 ―bule archive battlefront―   作:エントゥーム

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単発ガチャ縛りとは、せ、先生ッ!なんたる無茶を!


シャーレ部員募集中!
Cleaning & Clearing for Crisis!


「おはようございます、先生!」

「おはよう、アロナ君」

 

 今日も業務を始めるべく机に付いたクラウスに、シッテムの箱の中のアロナが元気よく声をかけた。

 クラウスがキヴォトスに先生として赴任し、数日後……。シャーレに関する噂は徐々にだが広まりつつあり、小さな依頼が舞い込むようになっていた。

 内容としてはご近所トラブルの解決だとか、近隣清掃だとか、小さなものではあるが、何事にも嫌な顔一つせず全力で取り組むクラウスの評判は、日々上向きになりつつあった。とはいえ、いまだメインであろう生徒関係からの依頼は舞い込んできていないのだが……。

 

「そういえば先生、部員の募集は行わなくていいんですか?」

「募集?」

 

 そんな折、ふとアロナが、思い出したようにクラウスに提案をする。

 

「はい! 先日説明にあった通り、シャーレは所属に関係なく、先生が希望する生徒たちを部員として加入させることが可能です! それに、部員として活動してもらうことで、他の生徒たち、ひいては各学園へのアピールにもなると思います!」

「ふむ……」

 

 クラウスは顎を撫でながら考える、確かにアロナの提案にも一理ある、まだこのキヴォトスに来たばかりで日も浅く、土地勘があるとも言えない、その点生徒がいてくれれば、心強いことこの上ない、となれば募集を行ってみるのも一つの手だ。……とはいえ、貴重な学生の時間、青春を割いてまでシャーレの活動に手を貸してくれる奇特な人物がいるかは、疑問の残るところではあるが……。

 

「では、一度募集を行ってみるとしよう、できるかね?」

「はい! ではまず、一人募集してみましょう! 各学園に公募を出しますね」

 

 アロナはそう言うと、画面の中でいそいそと青い封筒を取り出し、中に書類を入れ、かわいらしいクジラのシールを封蝋の代わりに張り付け、教室の隅にある箱の中に投函した。

 

「完了です! どんな方から応募が来るのか、楽しみですね」

「ありがとう、では、早速今日の――む」

 

 クラウスが業務に取り掛かろうとしたその時であった、端末が、ピロン、と音を立てる。モモトークの着信音だ。

 誰からだろうと端末を確認すると、先日、シャーレ奪還作戦に参加してくれた早瀬ユウカからだった。

 

 

『こんにちは、先生。ユウカです』

 

『私のこと、覚えてますか?』

 

 

『無論だ、ユウカ君』

 

 

『よかった、覚えていただいて幸いです』

 

『先生のご連絡先をもらっておいて正解でした』

 

『それで、要件なのですが、リン行政官より、先日のシャーレ奪還作戦時ので消費した弾丸の経費を一度シャーレに送るように指示がありまして』

 

 

 

『作戦上生じた経費だ、こちらで承ろう』

 

 

『ありがとうございます、では、今度シャーレに伺う時に持っていきますね』

 

 

 クラウスは少し考えると、端末を操作し、返信を打ち込む。

 

 

『いや、もしよければだが、私がミレニアムに伺おう、君たちの学び舎を直接見てみたい』

 

 

『そうですか? でしたら、是非いらしてください、ご案内しますよ!』

 

 

『ありがとう、早速で申し訳ないが、これから向かっても?』

 

 

『大丈夫ですよ! では、到着しましたら連絡してくださいね』

 

 

 モモトークを終えると、クラウスは端末をポケットにしまい、シッテムの箱を手に立ち上がる。

 

「お出かけですか? 先生」

「ミレニアムに向かう、案内を頼めるかね?」

「はい! お任せください!」

 

 元気よく答えるアロナに、クラウスはわずかに笑みを浮かべると、シャーレの部室を後にした。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 

 ミレニアムサイエンススクールは、水と共生する最先端科学技術を誇る学園だ。

そのキャンパスはきっちりと区画整理されており、整然と高層タワーが立ち並ぶ。

その屋上には太陽光発電パネルが設置され、街中には警官重視の水路が張り巡らされている。

 そして、学園の外周を沿うように運航しているモノレールの中に、クラウスはいた。

 

「~♪ ~♪」

 

 普段滅多に乗ることがない、モノレールに浮かれていたクラウスは、ざわざわとする周囲の生徒たちの目も気にせず、先頭車両の窓に張り付いて、景観を楽しんでいた。

 

「先生、先生! 次の駅がミレニアムタワーの最寄り駅ですよ!」

「むっ、そうか……」

 

 アロナに降りるようにせかされ、クラウスは少し名残惜しそうにモノレールを下車する。

 駅のプラットホームに降りたクラウスは、端末を取り出し、ユウカに連絡を入れてみた。三度コール音が鳴り――

 

「――はい、ユウカです」

「ユウカ君、クラウスだ、今――」

「ただいま電話に出る事ができません、ご用件の際は、ピーという発信音の後に――」

「ふむ……」

 

 通話先の相手はユウカかと思っていたら、ただの録音された留守番音声だった。

連絡がきた当日に押し掛けたのだし、彼女に急用が入ってしまったとしても無理はない、用が終われば掛けなおしてくれるだろう。

 それまではもう少しこの学園を見て回ろうか――、とクラウスが歩き出した、その時。

 

「あっ、あれって……」

「もしかして、あの格好って『メイド部』の……?」

 

 ざわざわとする周囲の生徒たち。

クラウスはその声に釣られて視線を送る。

その視線の先、車道を挟んだ反対側に、その女子生徒はいた。

 純白と黒のメイド服、頭にはカチューシャ。胸元は大きく開け放たれており、たわわに実った果実のような白いふくらみを半分近く見せている。その上にはちょこんと青いリボンが彩るように乗っかっていた。

 髪は長く、なんと足元近くまで伸びている。足には純白のストッキング。露出度は高いものの、熱がこもっているらしい。その女子生徒は「あつーい」と服の中にこもった熱を追い出すように、パタパタとメイド服の胸元やストッキングを引っ張って仰いでいた。

 

 ――変わった格好の生徒もいるものだ。とクラウスはなんとなくその生徒を見つめる。ラインヘルツ家ではまず見かけない着崩したメイド姿だ、キャスリーンに見つかれば小言では済まないだろうな、とそんなことを考えながら、彼女から視線を外そうとした、その時。

 先ほどまで、その女子生徒は緊張感のない表情で立っていた。

だというのに、第六感で何かに気が付いたかのように、彼女はぐるんと顔をこちらに動かし。車道を挟んで三百メートルは離れているのに、クラウスと一瞬で目を合わせ。にんまりと笑みを浮かべる。

 彼女はにこやかに笑ったまま、口を動かす。

 

み つ け た

い ま か ら い く ね

 

 ――瞬間、彼女が跳躍した。

車道を行きかう車両を飛び越え、一瞬でクラウスとの距離を詰める。

そして彼の目の前までぎゅんっと近づき、急停止すると、満面の笑みを浮かべた。

 

「こんにちは! おじさんは誰!?」

「おじ……」

 

 確かに彼女たちより一回りは年上だがいきなりのおじさん呼びに少々言葉を失うクラウスだったが、目の前の少女はまるで好奇心旺盛な大型犬のように彼の顔を覗き込んでくる。

 

「わぁっ! 背が大きいね~! 牙もすごーい!」

「ああ、すまない、私は――」

 

 少々彼女のテンションに押され気味になっていたクラウスだったが、

ようやく気を取り直して名乗ろうとしたその時。

 

「おい、アスナ! 勝手に先に行くなって言っただろうが、ったく」

 

 背後から別な人物の声が聞こえてきた。

 

「悪いなオッサン、実はさっきから、学園内に不審な人物がうろついているって噂になっていてな、それで探してたんだが……」

 

 カツカツ、と足音が聞こえてくる。

 

「それってあんたのこと……だよな?」

 

 その声に、クラウスが後ろを振り返る、するとそこに立っていたのは――。

 

「……ああん? なんだよ、その目は」

 

 そこにいたのは、ヤンキーのような恰好をした、小さな女の子だった。

 

「……」

 

 クラウスはそばにいるメイド女子と、目の前の女の子を交互に見比べる。

しかしというべきか、やっぱりそこにいたのは、龍の刺繍入りのスカジャンを羽織った、メイド服姿のちんちくりんなヤンキー女子だった。

 

「あー……すまない、少々驚いてしまっていて……」

「どういう意味だコラ」

「君のような小さな子までミレニアムの生徒とは……なるほど、懐が深いのだな」

「あぁ!? ぶっ殺されてぇのかてめえ!」

 

 ヤンキー少女の剣幕は凄まじいものだった。

アスナと呼ばれたメイド女子がヤンキー少女を抑え込むように羽交い絞めにする。

 だが、ヤンキー少女は彼女を引きずりつつ、怒りの表情でクラウスに迫ってくる。

 

「落ち着いてリーダー!」

「あぁ!? 落ち着けるワケがねえだろ! あいつ、よりにもよってあたしを子供扱いしやがって――」

「リーダーが小さいのは事実でしょ!」

「よーしわかった、まずはお前からだ」

 

 ヤンキー少女がアスナに標的を変えるが、アスナは意にも介していないようだった。

 笑いながら、ひょいひょいと軽く躱していく。

 ヤンキー少女の攻撃は常人の目には止まらないほど高速だが、アスナの運動神経や体術のほうが上回っていた。じゃれあっているようにみえるが、なるほど、互いに繰り出す技は一流のそれだ。

 

「くそっ、おい、アスナてめぇ! 逃げてんじゃねぇ!」

「あはは! リーダーが怒ってる! でも意外とリーダーの攻撃って避けれるね!」

「は? 避けれる? 言ってくれんじゃねえか」

 

 ヤンキー少女は攻防を繰り広げながら、にんまりと嗤う。

 

「そう言われたら、仕方ねえ……、()()()()()()

 

 次の瞬間、いくつものことがほとんど同時に起こった。

バンッという音を置き去りにして、ヤンキー少女が文字通り消え……。

いつの間にかアスナを庇う様にヤンキー少女との間に割り込んだクラウスが、片手でその攻撃を受け止め。

――ピシッ!と、攻撃を受け止めたクラウスの足元を起点として、床に亀裂が走った。

 

「……へぇ」

「君、それはやりすぎだ」

 

 攻撃を片手で受け止めたクラウスが、ヤンキー少女に向け首を横に振りながら咎めるように言う。

 

「わぁっ! すごーい! 全然見えなかった!」

「はぁ、まったく、助けてもらってその反応はないと思いますよ、アスナ先輩」

 

 無邪気に手を叩くアスナに、新たに現れたメイドがため息交じりに呟く。

柔和な笑みを浮かべる、正統派のメイドだった。

黒縁のメガネ、純白のエプロンをかけ、スカートは足元まで緩やかなウェーブを描きながら伸びている。

 

「ネル先輩も、またそうやって壊すと、ユウカからこっ酷く怒られますよ」

「はっ、知ったことか。これは必要経費だ。さて……」

 

 ぎろっと、ネル先輩と呼ばれたヤンキー少女は、凄絶な笑みを浮かべて、クラウスに振り向いた。

 

「やるじゃねえかオッサン、まさか片手で止められるとは思わなかったぜ。今のに免じて、さっきのは許してやるぜ」

 

 クラウスは服に付いた埃を払い、今ので乱れた襟元を正しながら、ネルに向き直った。

 

「……すまない、申し遅れたが、私はシャーレのクラウス・V・ラインヘルツだ。君たちの言う先生として赴任した。誤解を生んでしまい申し訳ないが、断じて不審者ではない、どうかご容赦いただけないだろうか?」

「あー、知ってるぜ、あんたがあのウワサのクラウス先生だろ?」

 

 頭を下げるクラウスにネルはあっけらかんと答えた。

 

「本来なら不審者なんて警備ドローンに任せて、あたしらは出張らないんだけどな。ウワサの先生とやらがどんなもんか見てみたくなってな、ちょっと監視させてもらってたってワケだ」

「では、先ほどからあのビルの屋上からこちらを監視している狙撃手(スナイパー)も君たちの仲間かね?」

 

 クラウスが横目で600mほど先のビルを見やる。

 

――コイツ、カリンに気が付いてやがったか……、とネルは内心舌を巻いた。横にいたメガネのメイドに目配せをする。 

メガネのメイドは小さく頷くと、耳に付けた小型の通信機で、狙撃手に連絡を取った。

 

「カリン、狙撃は中止、こちらに合流してください」

「了解、あとごめんアカネ。……あの人、何度気配を消して狙撃ポイントを変えても、こっちに視線を向けてきた、多分最初からバレてたと思う……」

 

 報告を受けたアカネと呼ばれたメガネのメイドは、少し驚いたようにクラウスを見つめる。するとそれを聞いていたネルは大声で笑い始めた。

 

「すっげえなアンタ! なんでわかったんだ? ハハッ! マジで気に入ったよ!」

「それはなによりだ、では、もう行ってもいいかね?」

「まあ待てよ、オッサン、もうちょっと付き合えって」

 

 立ち去ろうとするクラウスに、ひとしきり笑っていたネルであったが、ずいと一歩前に出る。

 

「あの会計から聞いたぜ、パワーローダーを素手でオシャカにしたそうじゃねえか」

「……」

「その報告がマジなのか、どうしても確かめたくなってな」

 

 ネルはそういうと、クラウスから視線を外し、自らの手のひらを見つめた。

 

「……ハッ、おい見ろよ、震えてやがるぜ」

「えー? そうかなあ? 全然そんな風にみえないけど?」

「バーカ、ちげえよ」

 

 アスナがクラウスを覗き込むようにして見やるが、ネルは首を振った。

 

()()()()()()()()()()

 

 ぎゅっと、握りこぶしを作り、ネルは再びクラウスを睨みつけた。

 

「わかるぜオッサン……、あんた、マジで強いだろ」

「……」

「実は、あんたを前にしてから、ずっと震えが止まらねえんだ、なんだよこりゃ、これが武者震いってやつか?」

 

 言葉とは裏腹に、ネルは再び凄絶な笑みをつくる。

 

「こんなゴージャスな獣は初めてだ、あたしの牙がどこまで届くのか、腕試しがしてえ。だからよ、ちょーっとあたしと遊んでくれねえか?」

「いや、私は……」

「申し訳ありません、先生」

 

 首を横に振ろうとするクラウスに、アカネがペコリと頭を下げる。

 

「リーダーは言い出すともう聞かないんです、どうか少しだけでもいいのでネル先輩の相手をしていただけますでしょうか」

 

 まるで子供に手を焼く母親のような表情でアカネがクラウスに告げた。

 

「しかし、生徒である以前に、君のような小さい子と戦うなど――」

 

 クラウスがアカネからネルに視線を戻した、その時だった。

バンッ! という音と共に石床が割れ、ネルの姿が視界から消える。

瞬間、クラウスは左腕をかざし、かっとんできたネルの蹴りを受け止めた。

凄まじい衝撃が、周囲に伝播する。ネルのその小さい体のどこにそんな力があるのか、クラウスは感心したように首を傾げた。

 

「二度目だぜ……! あたしのことを小さいって言いやがったな?」

「……すまない、以後気を付けよう」

 

 額に青筋を浮かべながら、もう一度蹴りを打ち込み、ネルが距離を取る。

 

「さぁ! 精々あたしを楽しませてくれよな! オッサン!」

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「はい、これで今日の会議は終了です」

「お疲れ様でした」

 

 セミナーの会議を終え、ユウカはん~~と一つ伸びをすると、書類を取りまとめ、ミーティングルームを後にする。

そう言えば、会議中に端末が震えていたような……、と思い出し、ポケットから取り出し、確認をする。

 

「あっ……、先生からだわ、きっともう到着されていたのね」

 

 果たして、端末にはクラウスからの着信が一件入っていた。

待たせてしまっているかな? と思い、すぐに掛けなおす。

 すると数コール後に、クラウスが応答した。

 

「――クラウスだ」

「あっ先生! ごめんなさい! 急にセミナーの会議が入ってしまって! もう到着されていたんですか?」

「いや、急に押し掛けたのは私だ、気にしないでくれたまえ。それよりユウカくん、すまないが、実は今少々難儀している」

 

 ユウカがすぐに電話に出られなかったことを詫びるとクラウスは急に困ったように声を絞った。

 

「あー、もしかして、迷っちゃいました? ミレニアムは広いですから――って、んん……?」

 

 最初は道に迷ったのかと思っていたユウカだったが……、なにやら電話口の向こう側から、なにやら爆発音や、破裂音、果ては怒号までが聞こえてくる。

 

「なーんか爆発音とか聞こえるんですけど……えぇっ? 何の音ですか!?」

「うむ……実は、先ほどからメイドの格好をした子に襲い掛かられ――」

「ふっざけんな!! 電話するくらい余裕だってのか!! ナメやがって!!」

 

 電話口からかすかに聞こえてきた聞き覚えのある怒号に、ユウカの顔がサッと青くなった。

 

「その声……! ネル先輩!? えっ? なんで!?」

「なぜかわからないが、どうやら彼女の怒りを買ってしまったようだ……、申し訳ないが、どうにかこの場をとりなしてもらいたいのだが……」

「わ、わかりました! 先生! 今そちらへ向かいます! とりあえずそのスマホをすぐにスピーカーにしてください!」

 

 クラウスがスピーカーモードに切り替えたのか、周囲の爆発音がより大きく聞こえてくる、ネルが暴れているということは、今、周囲の被害が尋常じゃないことになっているはずだ、――いや、今はそれよりも。

 

「ちょっとネル先輩! 何してるんですか! その人はシャーレの――」

「うるっせえッ! ここまでコケにされて引き下がれるか! ぜってえぶっ飛ばしてやる!」

 

 端末からユウカの声が聞こえてきたにも拘わらず、ネルはまるで聞く耳を持たない様子だ、どうやら本気で頭に血が上ってしまっているらしい。

周囲の爆発音や、何かが割れる音、もろもろ含めての破壊音がより大きくなる。

 クラウスがネル相手とは言え、生徒に手を上げることはないとは思うが、早く止めに入らなければ、ミレニアムの一角丸ごと廃墟になってしまうかもしれない。

 

「ああっ、もう! 先生! すぐにそちらに向かいますから! それと絶対に、ぜーーーっつたいに血法は使わないでくださいね!」

 

 ユウカの悲鳴交じりの絶叫のあと、通話がぶつりと切れた。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 くそっ!

 くそっくそっくそっ!!

なんだ、なんなんだこのオッサン!

 

 端末を取り出し通話をし始めたクラウスに、ネルはギリと歯噛みした。

 銃を使ってはいないとはいえ、先ほどからネルの攻撃は全て左腕一本でいなされてしまっていた。

 スピード、パワー、角度、タイミング、何をどう変えても、完璧に対応されてしまう。

 それだけではない、ネルはクラウスの足元に視線を送る。

 

「さっきから一歩も動いてねえ……マジでバケモンかよ……」

 

 クラウスの足元には、先ほど、アスナを庇い、ネルの攻撃を受け止めた時に生じたヒビがある、それはすなわち、彼は一歩も動いていないということであった。

あまつさえ、かかってきた電話に応対し、こちらに視線を向けずに全ての攻撃を捌き切られたのだ。

 こと接近戦、肉弾戦においてキヴォトス最強であると自負するネルであったが、こうまで簡単にあしらわれると、さすがに自信を喪失しそうになる。

 そんな中、通話を終えたクラウスは激しさを増すネルの攻撃を全て片手でいなしながら、端末をポケットにしまう。

 その余裕たっぷりな様子もそうだが、何よりネルを一番苛立たせていたのは……。

 

「おい……、なんでさっきから全然攻撃してきやがらねぇんだ?」

 

 一度距離を取り、牙を剝きながらなんとか息を整える。

クラウスはネルに対し、全て左腕一本で攻撃をいなし、受け流し続けるだけで一度も反撃を行っていなかった。

 もはや肩で息を始めているネルに対し、クラウスは息を乱すどころか、汗一つかいていない。

 

「当然だ、私は先生としてここにいる、ならば君も大切な生徒の一人に他ならない」

「はぁ?」

「無意味な体罰は信頼を損なうだけだ」

「あぁ? ふざけんな!!」

 

 ネルが怒りのあまり、文字通りの地団太を踏むように、敷石の床を踏みつける。

――ドゴッッ!! と、ネルの足元を起点として、床が大きく陥没した。

 

「戦いですらねえってか! あたしをナメるのもいい加減にしろよ!!」

 

 ネルは、自分自身でも驚くほど怒り狂っていることに気が付いた。

――つぅっ……、と、ネルの頬に涙が一筋流れ落ちる。

なぜかはわからない、だがこの男に、戦いであることを否定されたことが悔しくてたまらなかった。だが何より――、この男の足元にも及ばず、最強だと驕っていた自分自身に、猛烈に腹が立った。

 

「あ! リーダーが泣いちゃった!」

 

 そばで見ていたアスナの声に、クラウスは少々驚いたように目を見開いた。

まさか泣かれるとは思っていなかったためか、あたふたと戸惑い始める。

 

「無意味だぁッ!? あたしとは戦う価値もないっていうのか! 戦いだと思っていたのはあたしだけだったっていうのかよ!」

 

 そんなクラウスに、ネルが吼える、それは、その場にいる全員……付き合いが一番長いはずのアスナでさえ押し黙ってしまうほどの気迫であった。

 その気迫に、思うところがあったのか、クラウスは、かけていた眼鏡を外し、胸のポケットに入れた。

 

「ネル君――と言ったね、これまでの非礼、深く詫びさせていただきたい」

 

 ぞくり、と、ネルの背筋に冷たいものが伝う。纏う空気が変わったのを、ネルは肌身で感じた。

 

「知らずのうちに、私はきみを侮ってしまっていたようだ」

 

 クラウスが、右手に黒いグローブを嵌め、構えを取った。

 

「……ならばお相手しよう――戦士よ」

 

 腰を落とし、前方に突き出された左腕に、顔の横に構えられた右腕……。

瞬間、怒りで塗りつぶされていたはずのネルの理性が突如として警告を放つ。

 

 ――隙がねえ。

 

 さっきも散々にあしらわれ続けていたが、それでも攻撃を行う余裕があった。

だが今は――、打ち込むどころの話ではない、接近することすら本能が拒む、恐ろしいまでの闘気に全身の骨が軋むような感覚すら覚える。

 

「はっ……、ははっ……ははははっ!」

 

 気が付けば、ネルは笑っていた。

我ながら気が触れてしまったとも思ったが、頭の中は非常に澄み切っていた。

体中に力があふれる、こんな感覚は初めてだった。

 

「思った通りだ……やっぱ最高だよあんた……!」

 

 ネルは再び凄絶な笑みを浮かべる。ホルスターから二対のサブマシンガンを引き抜き、クラウスに向け構えた。

 

「悪いなオッサン、コイツを使わせてもらうぜ、いいよな?」

「えっ!? ネル先輩! 先生に銃は……!」

「うるせえ!」

 

 生徒相手ならともかく、ヘイローを持たない生身の人間を相手に、銃を使うのはさすがにまずいと思ったのか、アカネが声を上げるが、ネルはすぐに怒鳴りつけた。

 

「こんなつええヤツにやっと認めてもらえたんだ! ならあたしの持てるモン全部叩き込んで挑まねえと失礼だろうがッ!」

 

 それに、思う通りなら、恐らくこの男にこんなものは通用しない、せいぜい牽制になってくれれば御の字というものだろう。

 

「こんなすげえヤツに挑めるなんて……一生に一度あるかないかだ……頼むよ……あたしに戦わせてくれ……」

「かまわない、全力できたまえ」

「おうよ! 命張ったタイマンだ! 死んでも恨みっこなしだぜ! オッサン!」

 

 そう言うや、ネルがツインマシンガンを構え、引き金を引く。

ドガガガガガッ!! という音と共に、二つの銃口から大量の銃弾が吐き出される。

 

「ブレングリード流血闘術 117式」

 

 クラウスは右腕のグローブを強く握りしめ、地面に拳を打ち込む。

 クラウスに銃弾が殺到しようとしたその瞬間、髑髏の意匠が浮き出た深紅の十字架が銃弾の前に立ちはだかるように顕現した。

 それはその男の精神、負って立つ信念そのもの、人界の守護者たる、決して揺るがぬ不壊の楯。

 

ブレングリード流血闘術

 

117式

 

絶対不破血十字盾(クロイツシルトウンツェアブレヒリヒ)

 

「ハッ! すげえな! そいつが報告にあったケッポーってやつか!」

 

 放った銃弾が全て十字盾に弾かれるのを見て、ネルが喜色満面で叫ぶ。

 

「そうこなくっちゃな! ぶっ壊せるか確かめてやる!」

 

 ネルはなおも銃弾をばら撒きながら、音を置き去るかのように走り出す。

クラウスが繰り出した十字盾に突撃し、渾身の蹴りを放つ。

 

「なっ――!?」

 

 ネルの脚に伝わる、異質な感覚、硬いとか重いとかではない、これは破壊不可能だと、本能で理解する。

 

「ははっ……マジかよ……!」

 

 破壊はできずとも蹴り飛ばせるかとも思ったが、もはやそういう次元のものではない。現時点で対処は不可能と考えを即座に切り替え、ネルは次の作戦に出る。

 

「じゃあ……こういうのはどうだよ!」

 

 ネルはビルの窓枠に足をかけて跳びながら――、いや、ほとんど壁を垂直に駆け上がりながら、騒ぎを聞きつけ上空を取り囲むように飛んでいた警備ドローンをつかむと、空中で身をひねり、遠心力を利用しつつ、クラウスに次々と投げつける。

 クラウスの上空から、大量のドローンとネルから放たれた銃弾が雨となって降り注ぐ。

 銃弾と、大量のドローンの落下という単純な重量の暴力がクラウスに襲い掛かる。

 だがクラウスは、飛んでくる銃弾に対しては小型の血の十字盾を展開し相殺、降り注ぐドローンに対しては、右拳を振るい、ネルの目にも捉えられぬほどの速さで迎撃してゆく。

 

 その恐るべき正確さと拳の威力に内心舌を巻きながら、ネルは冷静に動きを観察する。

 防御一徹の左に、最短最速で打ち抜く右……、最早素手の人間の戦い方ではない、まるで槍と楯で武装した重装歩兵だ。

 だが不思議と、彼の手の内はそれで全て見えた気がした、あのケッポーとやらが未知数ではあるが、接近戦における彼の手札は非常にシンプルなのではないかと、ネルは気が付いた……が。

 

「イカれてんな……! ほんとに人間かよ……!」

 

 半ば賞賛交じりの皮肉が思わず口をついて出る。

手の内はすべて見えている、だが、それを突き崩せる気がしない、どう飛び込んでも迎撃される未来しか見えないのだ。

 しかし、だからこそ――。

 

「正面から! かっ喰らいたくなるってもんだ!」

 

 ネルが上空にサブマシンガンを掃射すると、残りのドローンが撃墜され、またもクラウスに向け墜落、殺到してくる。

 再びクラウスが迎撃を始めたのを見て、ネルは自身の横を飛んでいたドローンをクラウスに向け、思いっきり蹴り飛ばした。

 彼女の馬鹿力で蹴り飛ばされたドローンは、重量もさることながら、恐ろしい速度をもってクラウスに迫る。

 だが、それすらもクラウスは、まるで羽虫を払うかのように左腕で払いのけた、その瞬間――。

 

「――むっ」

 

 いつの間にか、クラウスの左腕に鎖が巻き付いていた。

何事かと、その先に視線を送る、はたしてその鎖は、ネルのサブマシンガンを繋いでいた鎖であった。

 左腕をからめとり、ネルが思いっきり鎖を引っ張る。しかし、ネルの膂力をもってしても、クラウスは揺るがない。

 

「んなこたぁ織り込み済みだ!」

 

 鎖の先、クラウスの腕に引っ張られる形で、ネルが肉薄する。

防御の左は封じた、空いた(ラグ)は一瞬、だが十分だ。

 

「貰ったぜ! だん――」

 

 クラウスの側頭部に向け、足を振りぬいた、その瞬間。

 

美甘ネルの意識は。

 

そこで途切れた。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「……」

 

 頭上のヘイローが消え、地面に倒れ伏したネルの首筋に指を当て、脈があることを確認したクラウスは、ほっとしたように息をつくと、彼女の身体を抱え上げ、少々苦い面持ちで立ち上がる。

 それから、彼女の仲間たちである、メイドに声をかけようとしたその時。

 

「先生! ネル先輩!」

「ユウカ君」

 

 その声に、クラウスが振り返る、声の主は果たして、ユウカであった。

 

「先生! だいじょう――って、な、なによこれ!」

 

 ようやく駆け付けたユウカは周囲を見回して思わず言葉を失う。

道路はいたるところで陥没し、周囲にはドローンの残骸が山と積みあがっている。

建物の壁にはいくつもの弾痕が穿かれ、おまけに、血法を使ったのか、巨大な血の十字架が一つ、どんと屹立していた。

 いったいこれだけでどれほどの被害総額になるのだろうか……、ユウカはくらっと血の気が引くのを感じた。

 

「せ、せ・ん・せ・い~~~! なにがあったのかしっかりと報告してもらいますからね!」

「すまない……、とりあえず彼女を保健室に連れていきたいのだが……」

 

 クラウスの腕の中で気を失っているネルを見て、ユウカは目を丸くした。

 

「それにっ、えっ!? ネル先輩!? 大丈夫なんですか?」

「気絶しているだけだ、やむを得なかったとはいえ、申し訳ない……」

「今回はリーダーの自業自得です、先生、部を代表して謝罪いたします」

 

 心底申し訳ないといった感じで、小さく背中を丸めるクラウスに、そばで聞いていたアカネがぺこりと頭を下げた。

 

「でもビックリしたねー! まさかリーダーが負けちゃうなんて!」

「うん、手も足も出てなかった」

 

 いつの間にか合流していたのだろう、同じくメイドの格好をした褐色の少女が頷いた。

 

 「もう、そんなこと言ってる場合? またあなたたちのリーダーのせいでこんなに被害が出てるんですけど!? ……とりあえず、保健室に行きましょう、報告はそこで聞きますから。C&Cも全員ついてくるように!」

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「――はっ!!」

 

 ベッドの上、美甘ネルは意識を取り戻し、跳ねるように飛び起きる。

 

「あ、リーダーが起きた」

 

 ベッド脇の椅子に座り、雑誌を読んでいた褐色肌のメイドの少女――カリンが、ネルの顔を覗き込む。

 

「カリンッ! あいつは!? 勝負は――あ……」

「落ち着いて、リーダー、もう終わったよ」

 

 鼻を突く消毒液のにおいに、保健室のベッド、そこに寝かされているということは……。

 

「負けたのか、あたしは……」

 

 ネルは俯いて力なく呟く、ぎゅっ、とシーツを握った手に力をこめ――

 

「だあーーーーっ! もう! 完敗だ! クソったれ!」

 

 ネルは大声で叫ぶと、バターンとベッドに大の字に倒れこんだ。

 

「もう、ネル先輩? さっきまで気を失ってたくせに、ちょっとは静かにできないんですか?」

「――あぁ? セミナーの会計がなんでここにいるんだよ?」

 

 ヌッと、ベッドを囲む吊りカーテンを捲り、セミナーの会計……ユウカが姿を現す。

 

「この騒動の事情聴取よ、みんなにはもう聞いたわ」

「そうかよ」

 

 そっけなく返すネルにユウカは大きくため息をついた。

 

「もう、何てことしてくれたんですか? せっかく先生にミレニアムを案内しようとしていたのに、いきなりケンカを売るなんて……」

「はいはい、悪かったよ」

「それに、先生に銃を撃つなんて何を考えてるんですか! もし当たったら先生にとっては命に係わることになるんですよ!?」

「あぁ!? 銃弾(あんなの)が通じるわけねえだろ! 報告寄越したお前が一番知ってんだろ!」

 

 「たしかに……」と、ネルのその反論に、ユウカは思わず呟く、が、すぐに首を横に振った。

 

「って、そういう問題じゃなくて……! はぁ……もういいです……、それで、どうでした? 先生と戦ってみて」

「ああ? ……見ての通りだ、完敗だ。ありゃC&C全員でかかっても結果は同じだ」

 

 ネルはむくりと起き上がると、ベッドの上に胡坐をかく。

 

「それに、あんなこと言っておいて、最後まであたしを気遣って手加減してやがった、あれでまるで全力じゃねえってんだからムカつくぜ……」

「その割には、あまり悔しがってないみたいですね」

「へっ、こうまでボコボコにされるとかえって気分がいいや」

 

 それに――、と、ネルは呟く。

 

「あんなつええヤツがいるってわかったんだ、だったらあたしはもっと強くなんなきゃな」

「そうですか……」

 

 ユウカは呆れたように呟くと、胸ポケットから何やら一枚の紙きれを取り出し、ネルに差し出した。

 

「あん? なんだよこれ」

「先生から、ネル先輩が起きたらこれを渡すようにって。治療費と修繕費はシャーレに請求してくれって言われたの。それと、挑むならいつでも受けて立つ、だそうよ」

 

 その言葉を聞いて、ネルはがばっと、その紙きれをユウカの手から奪いとる。

それは一枚の名刺であった。そこにはクラウスの名前と、シャーレの住所と連絡先が記載されていた。

 

「おい、……そういえば、シャーレは部員を募集しているって言ってたよな」

「ええ、午前中に公募が出てたわね」

 

 ネルは少し考えていたようだが、ややあって、がばと顔を上げた。

 

「決めた。あたしが行ってやるよ」

 

 突然の申し出に、ユウカは「えっ?」 と驚いたような表情になった。

 

「今んとこ空きがあるんだろ? だったらあたしが行くって言ってんだ」

「そんなこと言っても……C&Cの活動はどうするんですか」

「ンなもん、アスナがいるし、どうとでもなんだろ、リオにはあたしから言っとく。それに、別に抜けるってワケじゃねえ、どうしようもなくなったらあたしを呼べばいい」

 

 ネルは、ぱしんっ、と拳を手のひらに打ち付けると、凄絶な笑みを浮かべた。

 

「負けっぱなしは性に合わねえ、シャーレにいりゃいつでも挑めるだろ! 見てろよ……! いつか、ぜってえぶっとばしてやる!」

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

「おはようございます、先生!」

「おはよう、アロナ君」

 

 今日も業務を始めるべくシャーレの部室に入ったクラウスに、机の上、アロナが元気よく声をかけた。

 

「ところでアロナ君、部員募集の件だが……なにか進展はあるかね?」

「あっ、そうですね! そろそろ確認してみましょう!」

 

 アロナはそう言うと、机の中を覗き込み、中をごそごそとあさり始める。

 

「来てるかな~……ん? んん? あれれ……」

 

 アロナが困った表情でこちらに振り向き、首を横に振った。

 

「残念ですが、来ていないようですね……」

「ふむ……まあ仕方がない、しばらくは私一人でどうにかするしかあるまい」

「だ、大丈夫です先生! 募集してまだ一日ですから! また明日見てみましょう!」

 

 クラウスにアロナが励ましの言葉をかけた、その時だった。

 クラウスの端末が着信を告げる、それを手に取り、通話をタップする。

 

「――クラウス」

「先生! ユウカです! 今どこですか?」

「ユウカ君? 私なら今シャーレにいるが……どうかしたのかね?」

「あのっ、すいません、私は止めたんですがどうしても止まらなくて! そっちに飛び出して行ってしまったんです! まだそちらに来ていませんか!?」

 

 電話の相手は、ユウカだった。

何やら緊迫した様子に、クラウスは何かあったのかと尋ねるも、慌てているのかどうにも要領が得ない。とりあえず落ち着かせようとクラウスが口を開こうとしたその時だった。

 

「うん? あれれ?」

 

 シッテムの箱の中のアロナが、何かに気が付いたのか、再び机の中を覗き込み、中に手を入れる。

「あっ!」っと、アロナが、机の中から、桃色の封筒を一枚取り出した。

 

「先生! 一件応募がありましたよ! やりましたね! さあ、この封筒に承認のサインを!」

 

 その報告は喜ばしいところだが、今はユウカから話を聞かなくてはならない。

画面の中のアロナの掲げる封筒に、クラウスは指でサインを入れる、これで承認が完了したらしい。

いそいそと封筒を開けるアロナを横目に、クラウスは、電話口のユウカに声をかける。

 

「落ち着き給え、ユウカ君、こちらには今誰も来ていない。一体だれがこちらへ向かっているというのかね?」

 

「すいません先生! いまそちらに向かっているのは!」

「先生! シャーレの部員となる生徒さんの名前は!」

 

「「美甘ネルです!」」

 

「オラァ!! 覚悟しろやぁ!! 旦那ァ!!!!!」

 

 ガシャァンッ! という音と共に、部室のガラス扉が蹴破られ、一つの影が中に飛び込んでくる。

 その影は素早い動きでクラウスに躍りかかると――。

 

「ぷっ、げっ、ごっ、がっ……!」

 

 目にもとまらぬクラウスの反撃を受け、シャーレの冷たい床に倒れ伏した。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「あーくそっ、ダメだったか……」

 

 意識を取り戻し、応接用のソファに胡坐をかく形で座っていたネルが、悔しそうに呟く。

 

「紅茶でいいかね? ネル君」

「おっ、サンキュー、貰っとくぜ」

 

 ネルはニヤっと笑うと、ティーカップを受け取り、口をつける。

「……美味いなこれ」と、呟きながら、ネルはクラウスに視線をもどした。

 

「つーわけでだ、今日から世話になるぜ」

 

 あっけらかんと言うネルに、クラウスは小さく首をかしげる。

 

「それはかまわないが……君はよかったのかね? 他の部活もしていると思うが……」

「ああ? そんなもん別に旦那が気にすることじゃねえよ、別に抜けるわけじゃねえし、ヤバかったらあたしを呼ぶだろ」

 

 それに、とネルが付け加える。

 

「あたしをこんなにしたんだ、責任は取ってもらうぜ、()()?」

 

 ニヤリと口の端を上げてネルが笑みを作る。

クラウスは、フッと笑い、ネルに右手を差し出す。

 

「ああ、歓迎しよう、美甘ネル君。君のような有望な若者が加わってくれるのはとても心強い」

「おう!」

 

 ネルがクラウスの手を取り、力強く握手を交わす。

とはいえ――、と、クラウスはネルに破壊されたガラス扉に視線を送る。

 

「扉の修理代は請求させていただくが」

「うっ……! そこは大目に見てくれよ!」

 

 がくっ、とネルが肩を落とす、着任初日にミレニアムに請求書が飛んでくるとなると、あの会計が怒り狂うのが目に見えてしまう。

 

ネルはこほん、と気を取り直すように咳払いすると、ニカっと歯を見せて笑った。

 

「んじゃ、改めて」

 

「ミレニアムサイエンススクール、C&C所属、美甘ネルだ、これからよろしくな! 旦那!」

 

 

 

 

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