高く飛べ、雛鳥   作:Sakiru

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一歩

 

「えっ!? リーリヤ、プロデューサーが出来たの!?」

 

 初星学園学園寮、その一室で紫雲清夏(しうんすみか)は驚愕の声を上げた。

 

「す、清夏ちゃん……! 声、大きいよ!」

 

「ご、ごめん……。驚いちゃって、つい」

 

 清夏は慌てて謝った。

 紫雲清夏は初星学園アイドル科に通っている生徒である。入学当初はレッスンにあまり意欲を出していなかったが、プロデューサーにスカウトされた事で態度を改善。夏の『H.I.F』では選抜試験(セレクション)を突破し、本戦出場を果たし頭角を現した。

 そんな清夏は北海道出身であり、学生寮を住居としている。そして、ルームメイト兼親友が居る。

 その名は、葛城(かつらぎ)リーリヤ。

 清夏が誘い、アイドルになる為スウェーデンから渡日してきた可愛らしい女の子だ。

 

「清夏ちゃん。これ、コーンポタージュ。飲んで?」

 

「あ、ありがとうリーリヤ……」

 

 あたたかいコーンポタージュを一口飲み、清夏はようやく冷静さを取り戻した。

 

 ──ようやく相談があるって言ってくれたと思ったら、予想の斜め上の展開なんですケド……。

 

 最近、リーリヤの様子が異常だった事に清夏は当然気付いていた。

 何かに取り()かれたように夜遅くまで自主レッスンを行っていた。レッスン室が使えない日は、公園を利用して行っていた。

 鬼気迫る勢いでレッスンを取り組むリーリヤの姿に、清夏は少し恐怖した。

 だがそれ以上に、恐怖よりも心配が勝った。

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 それ故に友人の藤田(ふじた)ことねや花海咲季(はなみさき)月村手毬(つきむらてまり)などに事情を話し、諌めようとした。最近、リーリヤが三人と交流を持つようになったのを清夏は知っていた為である。

 だがそれは失敗に終わってしまった。

 清夏やことね、他の生徒達と比べ、リーリヤは劣等感を抱いていたのである。

 そうでなければ、あのような言葉は出てこないだろう。

 リーリヤは元々、内気な性格の持ち主であった。その性格に加えて、中々芽が出ない事に対する焦りや苛立ちが募りに募り、あのような状態になってしまったのだ。

 

 そして、今日。

 

 帰宅したリーリヤはさらに様子が変だった。ぼーっと虚空を見詰め、戻ってきたと思ったら顔を赤くしブンブンと首を横に振る。手作りの料理も、砂糖と塩を間違えたり、醤油とポン酢を間違えたりしてしまったりという、普段のリーリヤからは考えられないミスの連続であった。

 上記のような奇行を何度も繰り返していたのである。

 清夏の記憶違いでなければ、今日は『(はじめ)』の中間試験があった筈だ。

 一回目の落選以降、清夏は気を遣い、試験結果の話題を自分からは振らないようにしていた。それ故にいつも、リーリヤが報告してくるのが流れとなっていた──付け加えると、最近はお通夜のような重たい空気が常に流れていた──。

 親友は、純粋無垢だ。ここまで透明なまま育ってきた少女は今どき少ないだろう。それは両親の育て方や過ごしてきた環境、何よりも、運が良かったのだと考えられる。

 そんな親友が初めてみせる奇行の数々。

 これは流石にマズいと判断し、清夏は声を掛けた。リーリヤが返答するのに、丸々一分の時間を要した。しかし待った甲斐あり、リーリヤは申し訳なさそうにしながら、相談事があると打ち明けてくれたのである。

 そして、その相談事と言うのが──。

 

「そっかぁ。リーリヤに、プロデューサーかぁ〜」

 

 リーリヤ曰く、中間試験を突破出来ず独りで落ち込んでいた所をプロデューサー科の生徒から声を掛けられ、そのままスカウトされたとの事。

 

「やっぱり、わたしにプロデューサーが付くのは変、だよね……」

 

「ああ、いや! そうじゃなくてね、リーリヤ!?」

 

 清夏の言葉を悪く捉えたのか、リーリヤが俯いてしまう。

 清夏は慌てて否定し顔を上げさせると、改めて、リーリヤと向かい合った。

 親友の贔屓目抜きに、目の前の少女は可愛らしい。やや青みがかった銀髪に、蒼玉(サファイア)を連想させる美しい瞳。

 アイドルとして十分に通用する、美少女だ。

 そんなリーリヤを、プロデューサーがスカウトしたという。

 何も可笑しな話ではない。

 ないのだが……──。

 

「えーっと、ごめんね、リーリヤ。あたしも突然の事で気が動転しちゃって」

 

「ううん、それは大丈夫……。ただやっばり、そうだよね……」

 

「そうだよねって……一体、何が?」

 

 聞き返す清夏に、リーリヤは自虐的な笑みを浮かべた。

 

「清夏ちゃんの反応を見て思ったんだ。わたしにプロデューサーなんて……」

 

「ストップ。そうやってすぐにネガティブにならない! 悪い癖になっちゃってるから!」

 

 最近のリーリヤは、自分を卑下する傾向にあった。

 どこまでも、葛城リーリヤという人間は内罰的なのだ。決して周りには八つ当たりせず、その激情を胸の内に留める。そして、それに真正面から向き合うのだ。

 行き過ぎたそれはやがて猛毒となり、リーリヤの精神を蝕んでいってしまう。

 清夏は、それを心配していた。

 

「それでリーリヤ! そのプロデューサー、どんな人だったの!? あたし、気になるなぁ〜!」

 

 強引に話題転換を(はか)り、清夏はリーリヤに尋ねる。

 リーリヤは戸惑いながらも、こう言った。

 

「どんな人……何だか、『夜』みたいな人だと思った、かな」

 

「『夜』?」

 

「うん、静かな『夜』。雰囲気が、そんな気がして……」

 

 それはまた随分と詩的な表現だと、清夏は思った。

 

「ふぅーん……それじゃあ、そのプロデューサーとこれから本当にやっていくんだ」

 

 清夏がそう確認を取ると、ここ最近のリーリヤにしては珍しく、力強く頷いた。

 

「うん。()()()()が言ってくれたんだ」

 

「何て言ってくれたの?」

 

「それは、内緒。でも……わたしは、センパイを信じてみたい」

 

 蒼玉(サファイア)の瞳が、一瞬、小さく輝いたのを清夏は確かに認めた。

 そして、紫雲清夏は確信する。

 葛城リーリヤの心はまだ、折れていないのだという事を。

 

「ねねっ。そのプロデューサーの名刺とかないの?」

 

「あっ、うん。貰ったよ」

 

 言いながら、リーリヤが名刺を取り出す。

「ありがと」と清夏はそれを受け取ると、顔写真入りの名刺を見る。

 そして思わず、感想を呟いた。

 

「すっごい、無表情なんですケド……」

 

 リーリヤをこれを見て『夜』と表現したのだろうか。清夏から言わせれば、これは『無』だ。

 顔は、まあ、どんなに盛っても中の上と言った所だろう。背丈は分からないが。

 少なくとも、自分のプロデューサーとは似ても似つかない。

 

「リーリヤ、こういうのがタイプなんだ?」

 

「ち、違うよ!? そういうのじゃ……!?」

 

 清夏が揶揄(からか)うと、リーリヤは顔を真っ赤にして否定した。

 そんな親友を尻目に、清夏は無遠慮に名刺を確認していく。

 

「へぇー、三年生なんだ。歳の差いくつだろ?」

 

「す、清夏ちゃん!」

 

「写真撮られる事に慣れていないんだろな〜。そんな映り方をしてるよ」

 

 それから清夏は、一頻りリーリヤを揶揄った。

 久し振りに親友と楽しく談笑出来た事に、清夏は喜びを感じていた。

 それはリーリヤも同様のようで、微笑を浮かべている。

 

 ──まあ、実際、リーリヤのプロデューサーになるって言うなら、落ち着いた歳上の方が適任かも……。

 

 そんな事を、清夏は思った。

 この親友は一見すると気弱だが、その実、頑固な所がある。こうと決めたら、良くも悪くも一直線なのだ。

 そうなったリーリヤを、このプロデューサーはとめられるだろうか。

 

「早速明日から、この人のプロデュース受けるの?」

 

 清夏がそう尋ねると、リーリヤは「えっと、それが……」と言葉を濁らせた。

 

「暫く研修みたいで、学園に居ないみたい……」

 

「えっ」

 

「三年生だから、学園から課題が沢山出てるみたいで……どうしても行かないといけないって……」

 

「あ〜、そっかぁ。それは仕方ないね」

 

 プロデューサー科は、専門大学だ。

 四年で卒業する為には講義をしっかりと受けて定期試験を突破し、一定数以上の単位を獲得する必要がある。

 自分のプロデューサーは三年生ではないが、目の前のリーリヤのように、自分達もやがてそうなるのだろう。

 しかし、なんて幸先が悪いのだろうか。

 アイドルとそのプロデューサーの間に信頼関係がなければ、満足なプロデュースは到底出来やしない。

 自分達がそうだったように、まずはコミュニケーションを図り相互理解を深める必要がある。

 それを、リーリヤとそのプロデューサーは出来ない。

 

「あっ、でもね。毎日夜に電話をしようって、言ってくれたんだ……」

 

「そうなんだ。良かったじゃん!」

 

 それならひとまずは安心だろう。少なくとも、すれ違いは起きなさそうだ。

 しかし、清夏が安堵の息を吐き出しかけた所で、リーリヤが深刻な顔で言う。

 

「清夏ちゃん、どうしよう……」

 

「どうしよう、って何が?」

 

「わたし、男の人と電話した事、ない……!」

 

 紫雲清夏は思った。

 

 ──あたしの親友、分かってはいたけど色々と心配なんですけど! 

 

 まさかこれが本当の相談事なんじゃないかと訝しみつつ、清夏は真摯に向き合った。

 

「お父さんと話すようにしてみれば?」

 

「むっ、無理だよ……。相手はセンパイだし、まだセンパイの事よく分からないし……」

 

「まあ、それもそっか」

 

 これからアイドルとして本格的に活動を始めていくのなら、男性と話す機会はそれこそ幾らでもある。

 殆どのアイドルは、女性のファンよりも男性のファンの方が多い。

 そして清夏の見立てでは、目の前の親友はその典型になるだろう。

 

「清夏ちゃんは、清夏ちゃんのプロデューサーさんと最初どんな風に関わっていったの……?」

 

「あたし? あたしは普通に、話していったけど……」

 

「『清夏さん』って、呼ばれてるよね。それって、もしかして──」

 

「ああ、あたしから頼んだんだよね。『紫雲さん』って呼ばれるの、他人行儀な感じがしてなんか嫌でさ。せっかくなら、名前で呼ばれたくない?」

 

 リーリヤはショックを受けたようだった。

 しかし我を取り戻すと、恐る恐るといったように清夏へ尋ねる。

 

「じゃ、じゃあ、『Pっち』って呼んでいるのも?」

 

「……? あたしからに決まってるじゃん? リーリヤも、Pっちの事は知ってるでしょ? あの堅物なPっちが、自分から愛称で呼んで欲しい、だなんて言い出すと思う?」

 

「やっぱり清夏ちゃんは凄いや……」

 

 表情に影が射す、リーリヤ。

 何が切掛(トリガー)となってそうなったのか清夏は心底分からず、「リーリヤ!?」と仰天してしまう。

 リーリヤが戻ってくるのに、丸々二分要した。

 

「呼び方なんて人それぞれで良いんだよ、リーリヤ」

 

「そう、なのかな……?」

 

「モチ! っていうかそもそも、ずっと前から気になっていたけど、プロデューサーの事『センパイ』って呼んでるじゃん」

 

 清夏からしたら、それが気になって仕方がなかった。

『プロデューサー』ではなく、『センパイ』。

 何故リーリヤはそのように呼んでいるのだろうか。もしかして、そのプロデューサーの趣味なのだろうか。もしそうなのだとしたらドン引きなのだが。

 清夏の質問に、リーリヤはきょとんとした顔で首を傾げる。

 

「……? 学園に通う歳上の人を『センパイ』と呼ぶんだよね?」

 

 違うの? と、リーリヤが疑問の声を出した。

 清夏は慎重に言葉を選びながら答える。

 

「いや、合っているよ? 合ってはいるんだけど……ちなみにリーリヤ、それ、どこで知ったの?」

 

「うんっ日本の事を知ろうと思って観たアニメで知ったんだとても面白くて清夏ちゃんにも今度観て欲しいな具体的には主人公の女の子が部活の上級生の男の子と恋愛をしていく作品なんだけどね登場人物達の心情描写も映像として分かりやすいよう工夫されていて──」

 

「す、ストップ! 分かった、分かったから!」

 

 早口で一息に語り出すリーリヤを、清夏は慌てて制止した。

 ハッと、リーリヤを我を取り戻すと恥ずかしそうに「ご、ごめんね」と小声で謝った。

 気にしなくて良いとリーリヤをフォローしながら、清夏は思う。

 

 ──リーリヤ、アニメオタクだからなぁ……。もうちょっとオープンにすれば、同じ趣味の友達も出来ると思うんだけどなぁ……。

 

 葛城リーリヤはアニメオタクであった。クローゼットの中にはリーリヤの宝物が沢山眠っており、勉強机には世間で流行っている大人気アニメキャラクターのフィギュアが飾られている。

 だが、リーリヤはそれをあまり表には出していない。

 元々の性格に加えて、オタクである事を知られるのに抵抗があるようなのだ。

 ギャルの清夏は付き合いで触れる事はあるが、リーリヤのようなガチさはない。

 アニメだから低俗、世間の一部が持っているそんな偏見を清夏は一切持っていないし、実際素晴らしいとも思っているが、それはそれとして、純粋なリーリヤはアニメの影響を受けやすい為困ってもいた。

 

「リーリヤのプロデューサー、『センパイ』だなんて呼ばれて驚いていたんじゃない?」

 

「……? ううん、特には何も言われなかったけど……」

 

 色々と思う所はあったが、清夏はこの件に関して考えるのをやめた。

 大きく脱線してしまった話を、清夏は戻す。

 

「それで、男の人との電話の取り方、だっけ?」

 

「う、うん……!」

 

「ごめん、分かんないや」

 

 ガーン! と、リーリヤは誰の目から見てもわかる程ショックを受けたようだった。

 きっと、藁にも縋る思いのだったのだろう。

 清夏とて力になれず申し訳ないとは思っているのだが……。

 

「やっぱり、徐々に慣れていくしかないと思うよ」

 

「うぅ……そう、だよね……」

 

 弱々しく頷く、リーリヤ。

 そして、もう少し話を聞こうかと、清夏が思った時だった。

 突然、軽快なメロディが部屋に流れ始めた。携帯の着信音だ。

 

「リーリヤのじゃない?」

 

「う、うん……。誰だろう……?」

 

 リーリヤの交友関係はお世辞にも広いとは言えず、電話を掛けてくる相手は限られている。

 

「家族じゃない? 向こう、今多分昼でしょ?」

 

 日本とスウェーデンの時差は八時間だ。

 

「でも、この前電話で話したばかりだよ……?」

 

「いやいや、異国の地に行っている娘を心配しない親なんていないって!」

 

 リーリヤの両親は娘の事を大切に想っている。何回か会っている清夏は、それを知っている。

 清夏に促され、リーリヤが勉強机に向かう。そして、携帯を手に取ると、「あっ」と声を上げた。

 

「やっぱり、家族?」

 

 清夏が尋ねると、リーリヤは首を横に振った。

 

「う、ううん……。センパイから」

 

「へぇー! 早速今日からやるんだ!」

 

 清夏は感心した。

 正直、センパイなるプロデューサーの事を清夏は訝しんでいたのだが、心配は杞憂に終わるかもしれない。

 

「ど、どうしよう清夏ちゃん……!」

 

「いや、早く出てあげなよ。センパイ、不安になっちゃうから」

 

 清夏に正論を突き付けられ、リーリヤが言葉に詰まった。

 

「そ、そうだよね……。うん。葛城リーリヤ、行きます!」

 

 どこかで聞いた事がある台詞をリーリヤは言って、一度深呼吸をするとベランダに向かった。

 

「行ってら〜」

 

 ヒラヒラと手を振ってリーリヤを見送った後、清夏は自身も携帯を操作する。そして自分のプロデューサーに連絡を取ると、リーリヤの事をメールで簡単に報告した。

 既読はすぐに着いた。そこから三往復くらいメッセージのやり取りをし、就寝の挨拶をする。

 

「そろそろ寝るかぁ〜」

 

 時刻は、夜の二十二時を過ぎようとしていた。夜更かしによる睡眠不足は美容の天敵だ。

 とはいえ、明日は完全休養日。冬の『H.I.F』への選抜試験がじきに始まる為、今、学園のアイドル科の生徒達は心身の調子を整えている。

 

 ──ミーティングで『N.I.A』がどうとかってPっちは言ってたけど……まあ、あたしには関係ないか。

 

『N.I.A』の事は頭の中に情報を入れている。

『N.I.A』──『NEXT IDOL AUDITION』。次世代のアイドル、その頂点を決める大会。複数のアイドル養成校が出資してこの大会は不定期的に開催され、最終オーディション『FINALE』で一位──つまり、優勝を果たしたアイドルには大きな特設会場でライブを行う権利が与えられる。

 芽が出ていないアイドル達の日の目を浴びる絶好の機会。

 だが清夏は、『N.I.A』に出場する予定はない。

 まだ告知されていないが、噂では、今回の『N.I.A』は『H.I.F』の前に行われるそうなのだ。

『N.I.A』か、『H.I.F』か。初星学園の生徒なら、『H.I.F』を選び『一番星(プリマステラ)』を獲りにいくだろう。

『N.I.A』が夏に開催されていたら清夏も出場していただろうが、現在の紫雲清夏が出場した場合、メリットよりもデメリットの方が多いのだ。

 どちらもこなすなど、実質、不可能に近い。

 それはスケジュール的にもそうだし、体力的にもそうだ。

 そして、怪我のリスクがある事を清夏のプロデューサーは決して認めないだろう。それは、清夏も同様だ。せっかく手に入れた翼を、再び失う訳にはいかない。

 

 ──ことねっち達にもこの前聞いたけど、もし噂通りに『N.I.A』が開催したとしても、皆あたしと同じように『H.I.F』を優先するつもりだって言ってたし……有力なアイドル達は出ないつもりみたい。

 

 そうなると、初星学園は劣勢となるかもしれない。

 複数のアイドル養成校が出資するとあって、『N.I.A』は団体戦という印象が持たれている。

 

 ──リーリヤが出れば、ワンチャン良い線いくかも……? 

 

 そう考え、清夏は首を横に振った。

 今のリーリヤに必要なのは、まず土台を作る事だ。せっかくプロデューサーが付くのだし、普通のプロデューサーならそのように舵を取るだろう。

 そう考えた、その時だった。

 

「す、清夏ちゃん!」

 

 リーリヤがベランダから戻ってきた。

 どうやら余程慌てているようで、頭上にはクエスチョンマークが幾つも浮かんでいる。

 

「どったの、リーリヤ。センパイとは電話終わった?」

 

「電話はまだ続いているんだけど……その、センパイが、清夏ちゃんと話したいって」

 

「……え?」

 

 清夏は思わず間の抜けた声を出してしまった。

 しかし、それも無理はないだろう。

 一体どんな経緯があれば、そのような話になるのだろうか。

 

「センパイがあたしに何の用なの?」

 

「それが、聞いても教えてくれなくて……ただ、大事な話をするとは言っているんだけど……」

 

 警戒を隠さない清夏に、リーリヤも何と言ったら良いのか困惑しているようだった。

 

 ──……まっ、何かあったらPっちに相談すればいっか。

 

 清夏とて、リーリヤのプロデューサーには興味がある。

 否、正直に言うのなら──親友には悪いが、清夏は疑っているのだ。

 だって、そうだろう。

 今日リーリヤに起こった出来事は、あまりにもリーリヤに都合の良い展開ではないだろうか。

 傷心中の少女に、甘い言葉を囁いて最終的には騙す。そんな悲劇など、この世界には幾らでもある。

 そこまではいかずとも、清夏はリーリヤのプロデューサーに名乗り出た人間を胡散臭く思っていた。

 これは、またとない機会だと清夏は結論付ける。

 電話越しとはいえ、ある程度の人柄は知れるだろう。本当に親友のプロデューサーが務まるのか見定めるのだ。

 

「分かった。あたしは大丈夫だから、リーリヤ、携帯貸してくれる?」

 

「う、うん……」

 

 リーリヤから携帯を受け取り、清夏はマイクミュートを解除した。

 

「もしもし──」

 

「紫雲清夏さん、ですね」

 

 男性特有の低い声音。

 なるほど、と清夏はその声質を聞いて腑に落ちた。

 リーリヤが『夜』のようだと表現したのも分かる。

 

「あ〜……確かにあたしが紫雲清夏だけど。あたしに何の用?」

 

 歳上の初対面の人間に対して、清夏は敢えて敬語を使わなかった。

 あくまでも対等な立場であろうとする、子供の強がりであった。

 電話越しの相手は、タメ口を使われた事に対して特に言及しなかった。動揺する気配すら微塵も感じられない。

 清夏の内心など知らないように、相手は話を続ける。

 

「いえ、用という程のものではありません。紫雲さんは葛城さんの親友だと伺っていましたから、丁度良い機会ですので、ご挨拶をしたいと思いまして。突然の事、申し訳なく思っています」

 

「へぇー……あたし達の関係、知っているんだ?」

 

「スカウトしようと思っていたアイドルについて事前に調べておくのは当然の事です」

 

「ふぅーん。リーリヤから話は聞いたけど、ほんとに、前々からスカウトしようと思っていたんだ?」

 

「ええ」

 

 それなら何故もっと早くスカウトしなかったのか、もしそうしていたらリーリヤがあんなに追い込まれる事はなかったかもしれないのに──出かかったそんな言葉を、清夏は呑み込んだ。

 

「清夏ちゃん……?」

 

 一瞬漏れた怒気を感じ取ったのだろう。リーリヤが心配そうに清夏を見詰める。

 清夏はリーリヤに笑みを送ってから、相手に言った。

 

「リーリヤの事、宜しくね」

 

「宜しくされたいとは思っていますが、まだ宜しくされる訳にはいきません」

 

「は?」

 

 普通そこは肯定する流れだろう。

 素の声を清夏が出していると、相手は清夏を放置して話を進めた。

 

「先程は挨拶と申しましたが、実は、大事な話があります」

 

「……なに?」

 

「葛城さんから話は聞いているかもしれませんが、俺は暫く学園に居ません」

 

「あ〜、出張だっけ? いつ帰ってくるの? リーリヤも心配するから、ちゃんと伝えておきなよ?」

 

「未定です」

 

「は?」

 

 二度目の、素の声を出す清夏に、相手はこんな爆弾を落とした。

 

「なるべく早く帰ってくるつもりではいますが、いつになるのか……」

 

「ちょっ、ちょっと待ってよ!? 出張って、どこに行くの!?」

 

「葛城さんには秘密にして下さい。それが約束出来るなら、教えます──いえ、ここまで言えば、聡い紫雲さんは答えに辿り着いているでしょう」

 

 甚だ面白くはないが。

 相手の言う通りだった。

 

「ねえ、ちょっと待って。え、本気(ガチ)?」

 

「清夏ちゃん……?」とリーリヤが清夏の様子の変化を見て、不安そうに名前を呼んだ。

 

「ごめん、リーリヤ。ちょっとあたし、この人と話してくるね」

 

「う、うん……」

 

 リーリヤの視線を受けながら、清夏はベランダに出た。会話が聞こえないよう、窓もしっかりと閉めておく。

 

「それで、本気(ガチ)なの?」

 

「俺は至って真面目ですが」

 

「直接話したのは今日なんだよね?」

 

「ええ、そうですね」

 

「わざわざそんな事する?」

 

「そんな事、ではありません。葛城さんの覚悟を考えれば、これでも足りないくらいです。俺は葛城さんに言いました。俺を信じて欲しい、と。それならまずは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 類は友を呼ぶ。

 そんな言葉を、清夏は思い浮かべた。

 葛城リーリヤは、中々に肝が据わっている人間である。そんな彼女をプロデュースしようという人間が、ただの人間である筈がなかったのだ。

 

「戻ってきてからプロデュースを本格的に始めるつもりですが、紫雲さんに一つお願いがあります」

 

「う、うん……」

 

「俺が不在の間、葛城さんに自主レッスンをしないよう言い聞かせて欲しいんです。紫雲さんと電話する前に葛城さんには言いましたが、彼女の性格を考えれば、無意識で行ってしまう可能性があります」

 

「わ、分かった……。そうする」

 

「それは良かった。ご迷惑をお掛けしますが、宜しくお願いします」

 

 それから清夏は、リーリヤのセンパイと幾つか話をした。

 電話を切る前、思わず、清夏は尋ねる。

 

「ねえ、あたしからも一つ聞いて良い?」

 

「紫雲さんには無理なお願いをしましたからね。俺に答えられる事なら、何なりと」

 

「どうして、今日だったの?」

 

 その質問に、センパイはこう答えた。

 

「紫雲さん。あなたのプロデューサーはとても優秀な人だ。素直にそう思います」

 

「……え?」

 

 戸惑いの声を上げる清夏に、センパイは続ける。

 

「学園が設けている『プロデューサー制度』。これを利用する為には優秀な成績を収める必要があります」

 

「それは知ってるけど……」

 

「今年のアイドル科の一年生は、将来がとても楽しみなアイドルばかりです。もしかしたら、冬の『H.I.F』は一年生が一番星(プリマステラ)になるかもしれない。言わば、黄金世代です」

 

「…………そう、かもね」

 

「ですがそれは、今年のプロデューサー科の生徒も同じ事が言えるんです。今のこの時点で、一人や二人ではなく複数人の一年生の生徒が『プロデューサー制度』を利用出来るているのは、はっきり言って異常です」

 

 清夏は息を呑んだ。

 何故その考えに思い至らなかったのか。

 

「『プロデューサー制度』の最終的な合格可否を決めるのは、学園長です。それはつまり、『プロデューサー制度』とは()()十王邦夫(じゅうおうくにお)に一定以上の力量があると認められる必要があるんです」

 

 初星学園学園長、十王邦夫は一代でアイドルプロダクションを築き上げた豪傑である。

 センパイは苦笑いと共に言った。

 

「プロデューサー科の生徒全員が、『プロデューサー制度』を利用出来る訳ではありません。かくいう俺も、三年目にしてようやく試験に受かりました」

 

「……そっか。ありがとう。質問に答えてくれて」

 

「いえ。それよりも、葛城さんをお願いします」と言い残し、センパイは電話を切った。

 清夏はベランダから室内に戻ると、緊張した面持ちで待っていたリーリヤに声を掛ける。

 

「お待たせ」

 

「ううん、それは大丈夫だけど……清夏ちゃん、センパイと何を話してたの?」

 

 当然の疑問だ。

 その疑問に、清夏は悩んだ末にこう答える。

 

「うぅーん。まあ、簡単に言うと……『葛城さんを俺に下さい』的な? うん、そんな話をした」

 

「え、えぇっ!?」

 

 驚愕の声を上げる、リーリヤ。

 顔を真っ赤にした親友が一体どういう事かと詰め寄ってくるのを受け流しながら、清夏は思う。

 この雛鳥が飛び立つ瞬間は思ったよりも早く来そうである、と。

 

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