高く飛べ、雛鳥   作:Sakiru

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覚悟

 

 葛城(かつらぎ)リーリヤがプロデューサ──センパイにスカウトされてから一週間が経った。

 しかし、具体的に何かプロデュースが始まった訳ではない。

 センパイが実習に行ってしまっており、学園を留守にしている為である。

 その間、毎日夜にリーリヤはセンパイとコミュニケーションを図り信頼関係を構築していった。

 最初は異性と電話する事に対して緊張していたリーリヤだったが、清夏の助言通り、段々と慣れていった。今では、少しだけ精神的余裕を持って話す事が出来るようになっている。

 

 ──放課後。

 

 生徒達が各々の過ごし方を始めていく。

 

「リーリヤちゃん、学園の近くのケーキ屋さんで新作プリンが出たんだって! 明日もし良かったら一緒にどうよ?」

 

 リーリヤが鞄に教科書や筆記用具などを仕舞っていると、友人の藤田(ふじた)ことねが声を掛けてきた。

 

「は、はい。お供、します……!」

 

「リーリヤちゃん、固いって〜。せっかくの可愛い顔が台無しだぞ〜」

 

「す、すみまへん……」

 

 ことねが笑いながら、リーリヤの頬を揉む。

 一週間前のリーリヤだったらこの誘いは断り、自主レッスンに向かっていただろう。

 だがセンパイが出張に行く前、リーリヤにこう指示を出したのだ。

 

『俺が学園に戻ってくるまで、自主レッスンは控えて下さい。()()()()()()()()

 

『……え?』

 

 当然、リーリヤは戸惑った。それは、これまでの生活習慣を無くす行為だ。センパイがいつ帰ってくるのか不明であるのにも関わらず、その期間中、自主レッスン禁止とは……その間に、他の生徒達との実力差が益々広がってしまう。

 リーリヤは意を決してプロデューサーに意見した。同時に、何故そのような事をするのかと理由も聞いた。

 電話越しに相手は言った。

 

『それが、今の葛城さんに必要だからです』

 

 強い口調での、断言。

 

『で、でも……。そ、それならせめて頻度を減らせば……』

 

 食い下がろうとするリーリヤに、センパイは言った。

 

『言ったでしょう。今の葛城さんには、休息が必要なんです。安心して下さい、俺が学園に戻ったらプロデュースを本格的に始めます。それまでの充電期間だと思って下さい』

 

 結局、リーリヤはセンパイの言う通りにする事にした。

 センパイを信じると決めたのは、リーリヤ自身。そうだと言うのに最初から疑ってしまっては良くないだろうと判断した為である。

 最初は身体が無意識でレッスン室に向かってしまい、親友の紫雲清夏(しうんすみか)には驚愕され二日程ずっと付き添われた。放課後レッスン室に行く事が条件反射になっていた事に、当事者のリーリヤも驚いてしまった。

 しかし何とか、今ではその症状を収める事に成功している。気が緩めば自主レッスンの事を考えそうになってしまうが、それも時間の経過と共に無くなるだろう。

 

「おっしゃ! そんじゃあ、決まりぃ〜!」

 

 そこでリーリヤは、会話を聞いていた友人の月村手毬(つきむらてまり)が羨ましそうな眼差しで見てきている事に気付く。

 

「プリン……ゴクリ」

 

 生唾を呑み込む手毬に、ことねが真顔で突っ込んだ。

 

「手毬、間食はプロデューサーから暫く禁止されてるだろ。バレたら怒られるぞ」

 

「は、はぁ!? べ、別に食べたいだなんて言ってないし!? って言うか、何でことねが知ってるの!?」

 

「そりゃ、手毬のプロデューサーから見張るように言われているからだし」

 

「はぁあああああああ!? 何それ、プロデューサーは私の事を信頼してないって事!?」

 

「お前、前科が幾つあると思ってんの?」

 

 ガーン! とショックを受けている手毬に、リーリヤは恐る恐る提案した。

 

「あ、あの……わたしで良かったら、プリン、作りましょうか……?」

 

 途端、手毬の表情がぱあっと晴れる。

 

「葛城! プリン、作れるの!?」

 

「は、はい……」

 

「凄い!」

 

 子供のようにキラキラと目を輝かせ、手毬はリーリヤに顔を近付けた。

 

「本当に良いの、葛城!?」

 

「は、はい……」

 

 こくり、とリーリヤは引きながら頷くと、手毬が「やったぁー!」と喜びの声を上げる。

 普段の姿とのギャップにリーリヤが苦笑いしていると──正直な話、月村手毬の()()をリーリヤは最初別人格なのではないかと少し思っていた──今度はことねが羨ましそうに言った。

 

「あっ、ズルいぞ手毬! あたしもリーリヤちゃんの手作りプリン食べたい!」

 

 手毬が得意げに胸を張る。

 

「ふふんっ。ことねは市販の物で満足すれば良いよ。わたしは()()()()()の物を食べるから」

 

「……。……な、なに〜!? それならあたしにも考えがあるぞ手毬! 明日のお弁当、作ってやんないからな!」

 

「ごめんなさい」

 

 ことねのこうげき! こうかはばつぐんだ!

 涙目になって頭を下げる手毬を見て、リーリヤは思わず某ゲームのフレーズを思い浮かべてしまった。

 話を聞くと、時々、手毬のお弁当はことねが作っているらしい。とはいえ、ことねも善意でやっているという訳ではなく、対価としてお金を貰っているようだった。

 漫画で似たような展開に覚えがあったリーリヤが、その事を知った時興奮していたのは内緒である。

 

「あはは……ことねちゃんにもちゃんと、作ってきますから」

 

「マジ!? よっしゃ〜!」

 

「でも、お店に並んでいるような物には到底……」

 

「いやいや、謙遜しなくて良いって! 清夏から、リーリヤちゃんの手作りお菓子やデザート、めっちゃ美味いって散々自慢されてきたから、実は機会を狙ってたんだよね〜!」

 

「ことね。私に感謝すると良いよ。私のお陰で()()()()()の手作りが食べられるんだから」

 

「良くやったぞ手毬!」

 

「あの、月村さん。その『りーぴゃん』というのは……?」

 

 ほんの数秒前までは『葛城』呼びだったと言うのに、何故突然『りーぴゃん』と呼び始めたのか。

 

「せっかくスルーしてたのに……いやまあ、言われている張本人なら気になって仕方ないか……」

 

 ことねがブツブツと呟く。

『りーぴゃん』を呼びを訝しむリーリヤ(りーぴゃん)に、手毬が無邪気な笑みで言った。

 

「渾名」

 

「えっ」

 

 思わず固まる、リーリヤ。

 渾名自体はとても嬉しい。嬉しいのだが……『りーぴゃん』……。

 

「どう?」

 

「いやいやお前、えっ、マジで『りーぴゃん』が良いと思ってんの?」

 

「もちろん」

 

「ネーミングセンス……。手毬、お前冗談抜きで喋らなければ完璧だよなぁ」

 

「どういう事!?」

 

「いやだって、リーリヤちゃんの顔見てみ? あまりのショックに頭がフリーズしてっから」

 

「えっ」と、ことねに言われて手毬がリーリヤの顔色を伺う。

 

「『りーぴゃん』って渾名、ダメなの……?」

 

「あっ、いや、えっと……」

 

「リーリヤちゃん。駄目な時は駄目ってはっきり言わないと駄目だぞー」

 

 涙目の手毬にリーリヤがオロオロしていると、そんなリーリヤにことねが注意する。

 以前までの葛城リーリヤであれば、遠慮がちに、しかし確かな意志でその渾名を断っていたであろう。

 他の案を考え欲しいと、お願いしていたであろう。

 しかし、今の葛城リーリヤにそれは出来そうになかった。ただでさえ手毬には、時間を割いて貰って何度も歌唱方法を教えて貰っているのだ。そうだと言うのに、渾名としては少しダサいからと言って、それを断る事が出来るであろうか、否、出来ない。

 リーリヤはビジュアルレッスンで培ってきた技術を総動員し、にこりと笑った。

 

「月村さん……とても、嬉しいです。あの、もし良かったら、わたしも、『手毬ちゃん』って呼んで良いですか?」

 

「……ッ! もちろん良いよ、りーぴゃん! ──ほらことね、リーぴゃんは気に入ってくれたよ! ことねのセンスが古いんじゃないの?」

 

 満面の笑みの手毬はリーリヤに頷くと、ことねに勝ち誇った。

 ことねは溜息を吐くと、「はいはい、そうですね〜」と手毬の好きなようにさせるようだった。

 

「それで、りーぴゃん。プリンはいつ──」

 

 興奮した手毬がリーリヤに尋ねた、その時だった。

 クラスメイトの女子生徒が、リーリヤに声を掛けてくる。

 

「葛城さん、ごめんね。葛城さんに用があるって、男の人が廊下に居るんだけど……」

 

「……! ありがとう、ございます……!」

 

 心当たりは、一人だけ。

 リーリヤはことねと手毬に別れの挨拶を一方的にすると、手早く帰り支度を終わらせた。鞄を持ち、教室を飛び出す。

 

「男の人……? 誰それ?」

 

「そりゃ、この学園で男の人って言ったら限られてくるっしょ」

 

「えっ、それって──」

 

 友人達の会話が、リーリヤの耳に届く事はなかった。

 クラスメイトの言った通り、待ち人は廊下に居た。アイドル科のある棟に男性が来る事は珍しい。漆黒のスーツを着たその男性には、好奇の視線が寄せられていたが当事者はそれに気付いていないのか、ぼんやりと外の景色を眺めているようだった。

 

「せ、センパイ……!」

 

 リーリヤが息を切らしながら声を掛けると、その男性──センパイはゆっくりとリーリヤに顔を向けた。

 間違いなかった。

 

「お待たせしました、葛城さん。戻ってきました」

 

 あの時、講堂で自分をスカウトしてくれた相手が、目の前に居る。

 

「本当に、居る……」

 

 リーリヤの独り言を、センパイは律儀に拾うと無表情の中に苦笑いを混ぜた。

 

「居ますよ、俺は。それとも、夢か幻だと思っていたんですか?」

 

「い、いえ……ただ、不思議な感じがして……。毎日、電話でお話してきたのに……」

 

「だけど」と、リーリヤはセンパイの顔を見上げて言った。

 

「ようやく、実感出来ました。これから、宜しくお願いします」

 

「……ええ、こちらこそ。葛城さんには随分と待たせてしまった事、深く謝罪します」

 

 頭を下げる、歳上の男性。

 外野がざわつく中、リーリヤは慌てて言った。

 

「だ、だいじょうぶです。顔を、上げて下さい……!」

 

「ありがとうございます。そう言って頂けると嬉しいです」

 

 センパイはリーリヤの懇願を受け入れると、ようやく、周りの存在に気付いたようだった。

 

「葛城さん、この後用事はありますか?」

 

「い、いえ。ないです……」

 

「良かった。それなら、場所を変えましょう。ついてきて下さい」

 

 言うや否や、センパイは歩き始めた。

 置いて行かれないよう、リーリヤは慌ててその背中を追う。

 アイドル科の棟を出て、別の棟に入る。階段を上り、そのまま上階へ。

 

「ここ、初めてきました……」

 

「そうでしょうね。この棟は、『プロデューサー制度』利用者のみが使用出来ますから。()()()()()()()()

 

「それって……?」

 

 リーリヤが疑問の声を上げた、その時だった。

 前を歩いていたセンパイが、一つの教室の前で足を止めたのだ。

 

「着きました。葛城さん、これを」

 

「これは……?」

 

「この教室の合鍵です。無くさないように注意して下さい」

 

 リーリヤは受け取った銀色の鍵を、大事にキーホルダーの留め具に掛けた。

 

「センパイ、この教室は……?」

 

 リーリヤの質問に、センパイはドアを解錠しながら答える。

 

「俺達の『事務所』です」

 

 ドアが開いた事により、冷気の訪れと共に教室の全貌が明らかになる。

「わあっ」とリーリヤは感嘆の声を上げた。

 リーリヤの所属している一年一組の教室を、丁度半分に割った広さ。たった二人で使用するのには、勿体ないくらいだ。作業机(デスク)に、ホワイトボード、ノートパソコンなど──『事務所』という言葉を、リーリヤはすんなりと受け入れる事が出来た。

 

「入って良いですよ」

 

 リーリヤが感動していると、センパイがそう言った。

 しかしリーリヤは首をふるふると横に振ると、スーツの袖を握る。

 

「い、一緒に……。一緒に、入りたいです……!」

 

 ここから、プロデュースが始まる。

 それなら、最初にこの『事務所』に入るのはどちらか片方だけでは駄目だろう。

 リーリヤの想いが通じたのか、センパイはおもむろに頷いた。

 そして二人は、同時に一歩踏み出す。

 

「ここは、俺達だけの『事務所』です。好きな時に使って貰って構いません」

 

「わ、分かりました……」

 

「何か欲しい物があれば教えて下さい。通るかは分かりませんが、予算書を学園に提出します」

 

 リーリヤは頷いた。

「座って下さい」と促され、リーリヤは作業机(テーブル)を挟んでセンパイと向き合う。

 

「それでは、ミーティングを始めましょう」

 

「は、はい……! お願いします……!」

 

 センパイは頷くと、鞄から何枚か取り出した。そのうちの一枚を作業机(テーブル)の上に置き、リーリヤが見れるようにした。

 

「まず、これが現時点での葛城さんの成績です。勝手ながら、こちらで学園に掛け合い用意させて頂きました」

 

「いえ、大丈夫です。必要な事、なんですよね……?」

 

「ええ」

 

 リーリヤは目を逸らさず、成績表を凝視する。

 特別何か秀でた物がある訳ではない、普通の成績。

 

「まずは一般科目ですが、とてもよく頑張っていますね。国語総合や古文、漢文等といった日本語を取り扱う科目は平均よりもやや下ですが、これは仕方のない事だと俺は思っています」

 

「その、文法が難しくて……あと、覚える漢字も多くて……」

 

「日本語は外国人から見るととても難しいと聞いた事があります。そして実際、それは間違っていないでしょう。俺だって、完璧に使いこなせていませんから。──定期的に行われている筆記試験も、殆どの科目で平均点を取っている。これなら、赤点による補習はないと考えて良さそうですね」

 

「はい……!」

 

 赤点を取ったら、ただでさえ貴重な時間が補習によって無くなってしまう。

 それに、渡日を許してくれた故郷の家族にも顔向け出来ない。

「とはいえ」と、センパイは話を進めた。

 

「それは普通科ならの話です。葛城さんは違う。アイドル科の生徒です。当然、授業(レッスン)──実技がある」

 

「は、はい……」

 

 センパイは次の用紙を置いた。

 

「知っての通り、初星学園は『歌唱力(ボーカル)』、『踊り(ダンス)』、『美しさ(ビジュアル)』の三項目をベースにして生徒を評価しています」

 

「はい。そこから、各項目に『通常レッスン』と『スペシャルレッスン』があるんですよね……」

 

「実技の評価は、生徒が獲得してきた単位数がそのまま反映されます。一応、授業(レッスン)そのものに対する意欲や態度等も評価されますが……これはあってないようなものです。それに、この点に関しての心配は一切していません」

 

 リーリヤは手元のグラフを見た。

 自分自身にアイドルの才能が無いと思っているリーリヤであっても、得意不得意はある。

 現に、三角形のグラフは歪な物になっていた。視覚的にとても分かりやすい。

 

「葛城さんの場合は、最も得意とするのは『美しさ(ビジュアル)』のようですね。ビジュアルトレーナーからも高い評価を得ています。『踊り(ダンス)』は平均くらい。そして、最も苦手としているのが……」

 

「──『歌唱力(ボーカル)』、です……」

 

 センパイが言うよりも先に、リーリヤは己の弱点を口にした。

 

「歌が上手な友達から、時々教わってはいるんですけど、全然駄目で……。『通常レッスン』すら、クリアするのが難しくて……」

 

「とはいえ、それは決して無駄な事ではない。生徒同士で教え合う事はとても良い事です。これからも是非続けて下さい」

 

「は、はい……」

 

 力無く頷く、リーリヤ。

 そんなリーリヤに、センパイは言葉を投げ掛ける。

 

「そう悲観しなくても大丈夫です。葛城さんは未経験者。伸び代しかありません」

 

「そう、でしょうか……?」

 

「『プロデューサー制度』を用いる事で、これまでは難しかった、ボーカルトレーナーとのワンツーマンでのレッスンが可能になります。『歌唱力(ボーカル)』については、基礎から勉強し直しましょう」

 

「は、はい……ッ!」

 

「良い返事です」とセンパイは無表情で言った。

 それからリーリヤはセンパイと、現時点での葛城リーリヤという人間の分析をする。

 何が得意で、何が苦手なのか。何の技術を習得しているのか、していないのか。

 センパイの用意した資料はとても客観性に富んでおり、また、的確だった。

 それ故に、リーリヤは己の立ち位置を冷静に見詰める事が出来た。

 

「──さて、それでは今後の活動についてですが……まず先に、大きな目標を立てましょう」

 

「目標、ですか……?」

 

 首を傾げるリーリヤに、センパイは「ええ、そうです」と頷く。

 

「最終目標はトップアイドルになる事です。しかし当たり前ではありますが、いきなりトップアイドルになれる訳ではありません」

 

「それは、そうですよね……」

 

「だから、幾つか小さな目標を立てましょう。最初は小さな物から初めて、段階的に大きくしていくんです」

 

 そう言って、センパイは一つの計画書をリーリヤに提示した。

 

「まずは、先程も少し話しましたが『歌唱力(ボーカル)』の見直し。俺の読みが正しければ、『歌唱力(ボーカル)』が上達すれば『(はじめ)』の中間試験突破は確実です。そして、最終試験で一位を獲った後は課題曲『(はじめ)』で葛城リーリヤというアイドルを学園と世間に認知させます」

 

「……」

 

「その後から、授業(レッスン)は『通常レッスン』ではなく、『スペシャルレッスン』一択にします。様々な学園行事に参加し、地道に、しかし着実に力を付けていき──そして、『H.I.F』で優勝する」

 

 提示してきたプロデュースプランは、とても理にかなっていた。

 これを根幹にすれば、何れ、葛城リーリヤは最終目標を果たせるだろう。

 だが。

 

「……センパイ」

 

 リーリヤは『夜』を思わせる漆黒の瞳を見詰めながら、静かに問うた。

 

「わたしはそれで、()()、トップアイドルになれますか……? ()()、『一番星(プリマステラ)』に、なれるんでしょうか……?」

 

 センパイは即答した。

 

「在学中には、必ず。最後の『H.I.F』には間に合うでしょう」

 

 最後の『H.I.F』。それはつまり、三年目の冬。二年後という事だ。

 

「とはいえその時、俺が葛城さんのプロデューサーを継続しているのかは分かりませんが」

 

「……えっ。な、何でですかっ!?」

 

「俺は三年生ですから。葛城さんが三年生の時、留年していなければ俺は専門大学を卒業、社会人になっている筈です。在学中なら兎も角、卒業後も葛城さんをプロデュースする為には『プロデューサー制度』以上の実力が問われます」

 

「そもそも、いざプロデュースしてみて俺と葛城さんの相性が合わず契約解除している可能性もありますが」と、センパイは無表情で淡々と言った。

 リーリヤは受けたショックを強引に呑み込むと、次の質問をした。

 

「清夏ちゃんと一緒のステージに立つ事は、出来ますか?」

 

 葛城リーリヤの『夢』。

 アイドルを目指す事になった、『原点』。

 声を震わせながら尋ねたリーリヤに、センパイは淡々と続ける。

 

「紫雲さんは既に、アイドルとして軌道に乗っています。そして彼女は、『踊り(ダンス)』の天才だ。バレエを取り組んだそれはファンにとっては斬新で、魅力的でしょう。さらにただでさえ、我々と彼女の間には既に大きな差があります。ましてや彼女には、俺なんかよりも余程優秀なプロデューサーが付いている。我々の翼よりも、彼女達の翼の方が大きく、力強い」

 

「……ッ。それじゃあ──ッ!」

 

「少なくとも──在学中に並び立つのは、不可能に近いでしょう」

 

 告げられる未来。

 それは残酷な宣告だった。

 重苦しい空気が、教室に流れる。

 その中で、リーリヤは俯きそうになる顔を意志の力だけで上げて、プロデューサーに尋ねた。

 

「方法は、ありませんか……? センパイの在学中にわたしが『一番星(プリマステラ)』になって、清夏ちゃんと一緒のステージに立つ方法は……!?」

 

 そんな都合の良い方法、ある訳がない。

 センパイの漆黒の瞳に映る自分は、とても惨めであった。憐れであった。

 憧憬に手を伸ばす事の意味を知らなかった自分への罰なのだと、リーリヤは思った。

 だが、それでも。

 もしも──たった一つで良い。

 そんな方法が、あるのだとしたら。

 

「葛城リーリヤさん。やはりあなたには、才能がある」

 

 センパイが静かに笑った。

 初めて見るその微笑に、リーリヤが思わず見惚れていると。

『夜』のような彼は、断言した。

 

「一つだけ、あります」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

「ええ」

 

「それは、何ですか!?」

 

 答えは、とてもシンプルであった。

 

()()()()()()()()()()()

 

「ッ!」

 

()()()()()()()()()()()()()()()。失敗すれば俺はプロデューサー人生が、葛城さんはアイドル人生が即終了。しかしそうでもしなければ、俺達はすぐには決して追い付けない。絶対、勝てない」

 

 漆黒の瞳が、リーリヤの蒼玉(サファイア)の瞳を射抜く。

 

「葛城さん。これはそう言う類の話です。他のプロデューサーが聞けば、なんて計画性のない荒唐無稽なプロデュースだと笑うでしょう。担当アイドルを最初から死地に追いやる俺を侮蔑するでしょう」

 

「その上で、俺は言います」とセンパイは続けた。

 

「俺は、あなたが羽ばたく所を間近で見たい」

 

 リーリヤには、分からなかった。

 何故、出会って間もない自分に目の前の相手はこうも期待してくれているのか。

 何故、才能が無い自分に才能があると何度も言うのか。

 何か、隠し事があるのだろう。

 だが、しかし。

 この人は、嘘を吐いていない。それだけは、分かる。

 

「お願いします、センパイ! 覚悟はあります!」

 

 リーリヤが想いの丈を叫ぶと、センパイはおもむろに頷いた。

 計画書をぐしゃりと丸め、ゴミ箱に捨てる。そして、言った。

 

「近々、『N.I.A』が開催されます」

 

「『N.I.A』……──名前は、聞いた事があります……。初星学園だけじゃなくて、他校の生徒とも、競い合うんですよね……?」

 

「その通り。世間からの関心という意味では、『H.I.F』よりも『N.I.A』の方が下手したら高いでしょう。──俺達はこれに出場し、最終オーディションの『FINALE』で一位を獲ります。その後冬の『H.I.F』に出場し、選抜試験(セレクション)を突破し本戦出場を果たします」

 

「それって、つまり……」

 

「あなたのアイドルデビューは、定期公演『(はじめ)』ではなく、『N.I.A』です」

 

『N.I.A』──『NEXT IDOL AUDITION』。次世代のアイドルの頂点を決める祭典。

 定期公演『(はじめ)』という過程をすっ飛ばし、葛城リーリヤは無謀な挑戦に臨む。

 

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