高く飛べ、雛鳥   作:Sakiru

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敗北宣言

 

『NEXT IDOL AUDITION』──『N.I.A』の幕が上がる。参加者達が各々活動を始めていく中、参加者の一人である葛城リーリヤもまた、優勝目指して動き始めていた。

 

 ──初星学園、レッスン室。

 

 そこに、リーリヤは居た。リーリヤ以外、生徒は誰も居ない。

 

「それじゃあ、葛城さん。まずは現在のあなたの状態を把握したいので、『(はじめ)』を歌って貰えますか?」

 

「は、はい……!」

 

「ダンスやポージングは大丈夫ですからね」

 

「分かりました!」

 

 ボーカルトレーナーからの指示を受け、リーリヤは真剣な面持ちで頷いた。

 

 ──すごい……。『プロデューサー制度』を使うだけで、トレーナーと一対一(ワンツーマン)での授業(レッスン)を受けられるなんて……! 

 

 初星学園が設けている『プロデューサー制度』。これには幾つか()()がある。

 そのうちの一つとして、『各分野の専門職(プロフェッショナル)からの授業(レッスン)を優先的に受講出来る』という物がある。

 本来であればそれは非常に難しい。理由はとてもシンプルであり、トレーナー達が非常に多忙である為だ。

 通常レッスンだけで技術などを身に付ける事が出来るのは、限られた才有る生徒たちのみ。

 その為、リーリヤのように才能が無い生徒は中途半端なままレッスンを終えてしまう事が多い。それを自主レッスンや生徒同士で教え合う事で埋めるが、それも完全に出来る訳ではない。

 とはいえ、救済措置は一応ある。一対一(ワンツーマン)での指導が定期的に行われるのだ。しかし学園掲示板に掲載されたら応募者が殺到し、瞬く間に枠が埋まってしまう。事実、リーリヤは一度も受けた事がなかった。

 だが、『プロデューサー制度』。()()()()()()()()()()()()()()()()()()アイドル候補生は、違う。

 先に述べた通りの『各分野の専門職(プロフェッショナル)からの授業(レッスン)を優先的に受講出来る』や、奨学金制度など、その他にも様々な特権が与えられるのだ。

 とはいえ、これには無論制約がある。

 学園の定める期間中に一定以上の成績を残さなければ『プロデューサー制度』は解除されてしまうのだ。

 

 ──頑張らないと……! 

 

 リーリヤはちらりと、レッスン室の一角を見た。そこには自身のプロデューサーであるセンパイが立っていた。今後の活動に使うという事で、その前にはカメラ用三脚が置かれており、カメラのレンズがリーリヤに向けられている。

 

「流しますね」

 

 ボーカルトレーナーがCDプレーヤーの開始ボタンを押した。

 イントロは聞き慣れ、ようやく歌い慣れてきた初星学園独自の課題曲、『(はじめ)』。

 音の出だしに合わせ、リーリヤは息を吸う。

 

「────」

 

 それからリーリヤは今出せる全力で『(はじめ)』を歌った。

 ただただ一生懸命に、息を吸い、声を出し、音を奏でた。

 五分十八秒後。

 歌い終えたリーリヤは、おずおずとボーカルトレーナーを見た。

 

「どう、でしょうか……?」

 

 不安に駆られるリーリヤを安心付けるように、ボーカルトレーナーが笑顔で言う。

 

「とっても良かったわ。未経験とは思えないわね」

 

「そう、でしょうか……?」

 

「ええ、本当よ。この半年間、葛城さんが真面目に頑張ってきたのがよく分かる歌声だったわ」

 

 褒めてくれるボーカルトレーナーだったが、リーリヤは自信が持てなかった。

 寧ろ、不安だった。

 手放しの称賛ではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「うぅーん、なるほど……。何となく、分かりました」

 

 俯くリーリヤを見て、ボーカルトレーナーが意味深にそう呟いた。センパイに声を掛ける。

 

「プロデューサー。録画は終わっていますね。あなたもこちらに来て下さい」

 

「分かりました」

 

 カメラを操作したセンパイが、リーリヤの傍に来る。

 ボーカルトレーナーは二人を椅子に座らせると、おもむろに評価を告げた。

 

「先程の言葉に嘘偽りはありません。今年の未経験の子達──つまり、外部から進学されている子達の中では、葛城さんの実力は上から数えた方が早いでしょう。流石に経験者──内部進学の子達には及びませんけどね」

 

「でも、わたし……中間試験すら合格出来なくて……」

 

「ああ……定期公演『(はじめ)』の事ですね。確かに葛城さんはまだ合格した事がありませんが……その理由はとてもシンプルです」

 

「えっ」と思わずリーリヤはまじまじとボーカルトレーナーを見てしまった。

 ボーカルトレーナーは優しい笑みを浮かべており、リーリヤの不安を拭い去ろうとしているようであった。

 

「プロデューサー。あなたの口から教えて上げて下さい。あなたも、わたしと同じ結論を出していますね」

 

「分かりました。──葛城さん」

 

「は、はいっ……!」

 

 背筋を伸ばし、リーリヤはセンパイの言葉を待った。

 そして、センパイはおもむろにその言葉を口にする。

 

「端的に言いましょう。あなたが、定期公演『(はじめ)』を突破出来ない理由。それは──あなたの歌声に自信が宿っていないからです。もっと端的に言うなら、あなたは、本来の実力を出せていません」

 

「えっ……?」

 

 困惑するリーリヤに、センパイは表情を変えずに頷いた。

 

「ええ、そうです。先程の録画を一緒に観ましょうか」

 

 言われるがままに、リーリヤはセンパイと動画を観た。

 そこには、目を逸らしたくなる程情けない姿を晒している自分が居た。

 唖然とするリーリヤに、センパイが淡々と言う。

 

「観ての通り、最初はしっかりと歌えています。しかし曲が進むと共に葛城さんの声は震え、小さくなり、単純に聞こえづらくなっている。それでも尚『歌おう』っていうあなたの意思が、今にも崩壊しそうな歌を、歌としてかろうじて成り立たせている」

 

 ボーカルトレーナーもそこに加わった。

 

「仮に、出だしが百点満点とするとしますね。葛城さんの場合はそこから段々と減点して行って──最終的には、六十点になっているんです」

 

「……ッ!」

 

「この六十点からさらに、試験官や観客達が居る前での緊張によって、あなたの点数は下がっているんです」

 

 絶句するリーリヤに、ボーカルトレーナーは告げた。

 

「葛城リーリヤさん。それがあなたの、アイドルとしての最大にして致命的な『弱点』です」

 

 リーリヤは反論出来なかった。

 反論、出来る筈もなかった。

 今言われた事は、全て事実なのだから。

 センパイやボーカルトレーナーに言われるまでもない事だ。

 

「『(はじめ)』の中間試験に於いても、それが如実に出ている。最後の方は、得点( スコア)を全く出せていない」

 

 葛城リーリヤは自分に自信がない。

 臆病な葛城リーリヤは何をするにしても二の足を踏んでしまい、決断するのがいつも遅い。

 

「とはいえ、これを克服するのは並大抵な事ではありません。生来の性格に加えて、この半年間の焦りや不安といった様々な感情が邪魔をしている。あなたの輝きを鈍くしてしまっています」

 

「プロデューサー。何もそこまで言わなくても……」

 

 形の良い眉を顰めたボーカルトレーナーが、センパイに苦言を呈する。

 しかしセンパイは、前言撤回しなかった。漆黒の瞳が、リーリヤを見下ろす。

 

「いえ、ボーカルトレーナー。我々には時間がありませんから。『弱点』は早々に自覚して貰う必要があります」

 

「『N.I.A』の事ですね。確かに今の葛城さんでは優勝は難しいですが、葛城さんはまだ一年生。何もそんなに急ぐ必要は──」

 

「違うんです、トレーナーさん。これは、わたしの我儘なんです」

 

 ボーカルトレーナーの言葉を遮り、リーリヤは己の意志を口にした。

 センパイの言う通りだった。

 葛城リーリヤには時間が無い。この『N.I.A』で結果を出さなければ、憧憬には追い付かない。

 

「わたしは大丈夫、です。ありがとうございます」

 

 自分を庇ってくれたボーカルトレーナーに頭を下げる。その上で、リーリヤは尋ねた。

 

「教えて下さい。どうすれば、わたしの『弱点』は無くなりますか?」

 

 リーリヤの瞳と、ボーカルトレーナーの瞳が交錯した。

 暫くして、折れたのはボーカルトレーナーだった。珍しく溜息を吐いた彼女は、次には真剣な表情を浮かべる。

 

「あなた達が何をそんなに生き急いでいるのかは分かりませんが……私は専門職(プロ)としての務めを果たしましょう」

 

「この方法はあまり推奨したくありませんが」と前置きした上で、ボーカルトレーナーは説明を始めた。

 

「葛城さんの『弱点』を無くす一番の方法は、究極的には自分に自信を持つ事です。これ以外の方法はありません」

 

「そう、ですよね……」

 

「とはいえ、すぐに解決出来るような問題でもありません。自信とはゆっくりと長い年月で磨き上げるもので、一朝一夕で身に付くようなものではないからです」

 

「……はい」

 

「その上で、葛城さんがやるべき事。付け焼き刃でも良いから、『弱点』を無くすのではなく隠す方法。歌唱力(ボーカル)に限定するのなら──葛城さん、沢山歌って下さい」

 

「……沢山、歌う……?」

 

 疑問の声を上げるリーリヤに、専門職(ボーカルトレーナー)は説明した。

 

「手段は何でも構いません。兎に角、人前で、大きな声で、歌を歌うんです」

 

「……わたしが、人前で……? 大きな声で? 歌を?」

 

「そうです。下手でも構いません。ただ、歌う事だけに専念して下さい。『質』よりも『量』を優先すべきですね」

 

 その場面を想像し、リーリヤはお腹が痛くなった。

 友人の月村手毬なら、美しい歌声を辺りに響かせるだろう。『囲み』なんかも出来るかもしれない。

 だが葛城リーリヤが行ったら、どうなるか。想像するまでもない。血の気が引くリーリヤに、センパイが尋ねてくる。

 

「やめますか?」

 

 出来そうですか? ではなく、『やめますか?』という言葉。

 その言葉を聞いた瞬間、リーリヤは即座に首を横に振った。

 

「……いいえ。やめません」

 

「怖くはないですか?」

 

「とても、怖いです。だけど。でも……! それがわたしには必要なんですよね?」

 

「ええ。こうでもしなければ、紫雲(しうん)さんには到底追い付けません」

 

 親友の名前を出されたら、葛城リーリヤに後退の二文字はない。

 

「わたし、やります。わたしを信じてくれるセンパイを信じるって、言いましたから」

 

「分かりました。準備は俺の方で進めておきます」

 

「お願いします!」

 

 頭を下げる、リーリヤ。

 アイドルとそのプロデューサーの会話を見守っていたボーカルトレーナーが、「それで?」と疑問を口にした。

 

「楽曲は何にしますか?」

 

「楽曲……?」

 

「そうです。もし葛城さんが『N.I.A』で優勝した際には、特設ステージで優勝ライブを行う権利が与えられます。その時に使う楽曲です」

 

 リーリヤは困った。

 考えるべき事が次から次にやってきて、頭がパンクしそうになる。

 

「……その。センパイは、何か考えていますか?」

 

「『(はじめ)』が妥当でしょうね」

 

 初星学園の課題曲『(はじめ)』。

 それなら、リーリヤも歌い慣れている。

 

「一番インパクトになるのは『持ち歌』でしょうが、葛城さんにそれはまだない。それなら、入学から今に至るまで練習し続けている『(はじめ)』が堅実的でしょう」

 

 ボーカルトレーナーも、センパイに同意を示した。

 

「葛城さんは、どう思いますか?」

 

「……。……わたしも、『(はじめ)』が良いと思います」

 

 リーリヤが少し間を置いてから頷くと、センパイは相槌を打ちながらこう言った。

 

「それなら、『(はじめ)』はあくまでも第一候補という形にしましょうか」

 

「……センパイ?」

 

「『(はじめ)』を練習しながら、じっくりと考えていきましょう」

 

「……ッ、はいッ!」

 

 内心を見透かされ、リーリヤは驚愕した後に頷いた。

 何もリーリヤは、『(はじめ)』に否定的な訳ではない。

 今の葛城リーリヤに最も馴染んでいるのは、『(はじめ)』である事に間違いない。このまま本腰を入れて練習を重ねれば、高い完成度で披露する事が出来るだろう。

 だがそれと同時に、リーリヤはこうも考えていた。

 もっと、別の何かがあるのではないか。

 それを、センパイは事も無げに言い当てたのだ。

 自己主張の出来ないリーリヤにとってそれは救いだった。

 

「さて、当面のプロデュース方針について話しましょう。『N.I.A』開催中、オーディションが複数回開かれます。基本的には誰でも参加出来ますが、中には、条件を課されている物もあります」

 

「『一定数以上のファン投票数』が最たる例ですね」とセンパイは注釈すると、続けて言った。

 

「一週間後、『N.I.A』で最初のオーディションが開かれます」

 

「最初のオーディション、ですか……?」

 

 ドクン、とリーリヤの心臓が鼓動した。

 

「ええ。このオーディションを以て、『N.I.A』は開幕します。そして、俺たちはこれに参加します」

 

「ッ!」

 

 目を見開く、リーリヤ。

 ボーカルトレーナーがセンパイに尋ねた。

 

「開幕オーディションに参加するのは避けて通れないでしょう。しかし、このオーディションには『N.I.A』出場者全員が集まります。どのような作戦を練るのですか?」

 

 ボーカルトレーナーからの質問に、センパイは答える。

 

「数あるオーディション。注目を浴びるのは、最初と最後です。そしてオーディションの結果は審査員が出しますが、その過程を見るのは一般人です」

 

「一般人……」

 

「『N.I.A』の観戦方法は二つ。直接オーディション会場に来るか、あるいは、ネット中継で観戦するか。インターネットが普及しているこの時代、会場よりもネット視聴者の方が多いというのはザラにあります」

 

 そこまで言われ、リーリヤは腑に落ちた。

 

「『N.I.A』というコンテンツ、最初から最後まで全てを追うのは余程の暇人か、熱心なアイドルファンでなければ不可能に近いです。それ故に一番動線が着くのは、最初か、最後。しかし、最後じゃ意味がありません」

 

「少しでも多くの人にわたしの顔と名前を知って貰う……。そういう事でしょうか」

 

「その通りです。よく分かりましたね、葛城さん」

 

「えへ、えへへ……」

 

 少しだけ、リーリヤは照れた。

 大袈裟な物言いではなく、センパイから日常会話の中で褒められたのはこれが初めてだ。

 

「そして、この一番最初のオーディションは『FINALE』に最も近い緊張感の雰囲気となるでしょう。それを体験し、『弱点』を刺激します」

 

「ちょっと待って下さい。プロデューサー、それはつまり、開幕オーディションは捨てるという事でしょうか?」

 

 制止したボーカルトレーナーからの質問に、センパイは「そうですね」と淡々とした口調で頷いた。

 リーリヤも少なからず動揺する中、センパイは衝撃的な事を言う。

 

「寧ろ、最下位を取っても良いとすら思っています。()()()()()()()()()()

 

「自分の担当アイドルに向ける言葉ではありませんよ、プロデューサー」

 

 声音を低くしたボーカルトレーナーが、センパイに忠告する。

 しかし、センパイは前言撤回しなかった。

 

「今の葛城リーリヤは、路傍(ろぼう)の石でしかない。宙にすら至ってないのだから、そうなるのは必然でしょう。ボーカルトレーナー、貴女は先程言っていた筈です。『手段は何でも構いません』と」

 

「それは、『弱点』解消に向けた取り組みの事であって──」

 

「ええ、そうです。俺は、『弱点』について話しています」

 

 言葉を被せたセンパイは、ボーカルトレーナーから視線を切るとリーリヤに言った。

 

「葛城さん。俺からの指示を伝えます」

 

「は、はいっ」

 

「音程もパフォーマンスも気にせず、歌を大きな声で歌って下さい。そして、負けてきて下さい」

 

 視界の隅で、ボーカルトレーナーがその美貌を歪める。

 

「──」

 

 リーリヤは、センパイの『夜』の瞳を見上げた。

 一度、深呼吸する。

 正直、ショックを受けなかったと言えば嘘となる。

 友人達についているプロデューサーは、友人達がアイドルとして輝くようにプロデュースしていると聞いている。

 だが、目の前の自分のプロデューサーはそれとは真逆の事を言っている。

 ましてや、負ける事にコンプレックスを抱いている自分にだ。

 

「聞かせて欲しい、です」

 

「何なりと」

 

「それが、必要な事なんですよね?」

 

「ええ」

 

 センパイは頷くと、言った。

 

「優勝するには、一度、地に落ちなければなりません。徹底的に、無惨に、いっそ絶望的に」

 

 リーリヤはその場面を想像した。

 もし本当に最下位になったら、自分はどうなるのだろうか。

 今度こそ、泣いてしまうかもしれない。

 周りの目が気になって、それが被害妄想になって、苦痛を味わうかもしれない。

 

「それでも──わたしは羽ばたけるでしょうか」

 

「約束します。あなたは、雛鳥。(そら)の飛び方をほんの少しだけ知っている。それを教えてくれる親が居ない中、一人で模索してきた。それなら、もう一度飛べる筈だ」

 

 リーリヤの蒼玉(サファイア)の瞳と、センパイの漆黒の瞳が交錯する。

 

「分かりました。わたし、負けてきます」

 

 絶望ではなく、希望を持つ。

 葛城リーリヤは、その選択を取る。

 

 

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