時系列は「オルクセン連邦の崩壊」 第五話 「事後行動」の途上――
〇X時プラス二九時間と十二分――オルクセン連邦議会 議長室
ディスプレイが暗転する。また一つの会議通話を終えた女王は、大きく息を吐いて背もたれに身体を預けた。
見計らったように近寄ってきたのは、白エルフの中隊長である。決起からの二夜の間に、彼女は女王の秘書室長のような立場に収まっている。第一連隊長の推薦だけあって、確かに切れ者だった。中隊長は右手にもったノートをみながら、女王に話しかける。
「お疲れ様でした、陛下」
「会議中に何か変化は?」
「ビューロー閣下とグレーベン閣下からご報告がありました。問題ありません。連盟も機構も、介入の準備を中止しました」
「連邦軍と国家憲兵の統制は?」
「そちらはアイナリンド少将が――陛下、問題があれば必ずご報告します。しばらくお休みになってください」
「具体的には?」
「次の予定は十八分後。ロヴァルナ連邦大統領との会議通話です」
女王はもう一度ため息をついた。一つの国家の店じまいをしようというのだから無理もないが、途方もなく多忙な二日目の夜だった。
目をこすりながら、女王は言った。
「それならゆっくり休めるな。エイリッシュ・アードリックを持ってきてくれ。ダブルだ。いや、瓶ごとくれ」
「熱いコーヒーならご用意してあります」
「なら、それでもいい」
「直ちにお持ちします」
中隊長は兵営でそうするように回れ右をすると、別室に取って返した。すぐにコーヒーをもって戻ってくる。何もかも手際のよい彼女だった。さすがに将来を嘱望されているだけのことはあると、女王は霧のかかりつつある頭で思った。
「どうぞ」
机に置かれたカップに手をつける。一礼して下がろうとした中隊長を、女王は呼び止めた。
「待て。目覚ましが必要だ。付き合え」
「かしこまりました」
そう言って隣室に消えたかと思うと、彼女は湯気のたったもう一杯のカップを手にしてすぐに戻ってきた。女王は思わずニヤリとした。
「一杯入れるも二杯入れるも同じですから。失礼いたします」
そう言うと、中隊長は立ったままカップに口をつけた。眠気覚ましが必要なのは彼女も同じらしい。女王は自分もそうしながら尋ねた。
「正直なところ、君はどう思っている? 共和国、自治共和国、自治区。うまくいくと思うか?」
「私がごときが申し上げるのは、まことに僭越な――」
「あと十四分だ」
「現状よりは落ち着くと思います。しかし、先々には面倒が起こるのでは」
「そうだろうな」
当面はどこも新しい体制づくりに大忙しだから、かえって問題は見過ごされるだろう。しかし事態が落ち着いて時間が経ち、各統治単位での規制や考え方の齟齬が顕在化してくれば、統一を放棄した代償がまわってくるに違いない。女王は首肯した。
「いずれ、小さな揉め事が数限りなく起こるだろう。効率的な統一国家を放棄して、不効率を選ぶというのはそういうことだ。武力は用いないと信じたいが、紛争と呼ぶべきものすら、いつかは起こるかもしれない」
「そのときには?」
女王はふっと息をついた。
「将来を心配できるようになっただけ、マシだ。今日にも内戦が起こるかと案じていたんだから。そうだな、いつか将来のことは――」
彼女は窓の外を見た。長い夜が間もなく明けようとしている。
「その時、その場で考える他はないのさ」
そして、X時から十二年と九ヶ月後。
モーリア共和国の領海。沿岸から十海里ほどの海で、それは起こった。
世にいう、キーファ岬沖紛争である。
(次話「キーファ岬沖紛争」に続く)
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