海底軍艦:オルクセン連邦の崩壊 番外編   作:芝三十郎

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「オルクセン連邦の崩壊」スピンオフ。原作web版及び崩壊読了後を推奨。pixiv連載からの転載です。 キーファ岬沖。べレリアン戦争の古戦場であるその海に、旧連邦の公船が集結し、衝突しようとしていた。


キーファ岬沖紛争

 キーファ岬沖――そこは海の聖地である。二百年前のベレリアント戦争において最大の海戦が行われた古戦場なのだ。特に当時最強の軍艦と見なされていた一等装甲艦リョースタと、それに果敢にも食らいついた屑鉄戦隊の砲艦三隻の激戦は、いまや歴史というより伝説の色彩を帯びている。

 

 オルクセン王国海軍、後にオルクセン連邦海軍の軍艦がその海上を通過する時、乗員は必ず黙祷をささげた。キーファ岬沖海戦が始まった十一月三十日には、毎年必ず海上式典が行われ、献花がなされてきた。

 

 この慣習はオルクセン連邦の崩壊後にも変わらなかった。連邦海軍は海に面する後継共和国に分割されたが、各国海軍は慰霊の習慣を当然に引き継いだ。海に面さないために海軍をもたない後継共和国も、年一回の式典には政府と軍のしかるべき立場の者を送り、艦艇のいずれかに同乗させた。国が分かれても、祈りは引き継がれたのだ。

 

 キーファ岬沖の海底には、オルクセン海軍鉄屑戦隊の旗艦メーヴェと、エルフィンド海軍カランシア戦隊の旗艦リョースタが今も静かに眠っているのだから。沈んだ軍艦は、乗員の聖なる墓標。その静謐を誰も乱してはならない―――はずであった。

 

 しかし今日、伝説の海戦から二百年の記念日にあたる星歴千七十六年の十一月三十日。平和と鎮魂の場たるべき、その海の波は高く、そして荒れていた。

 

 数多くの白や灰色の艦船がそこに集結している。灰色の船は遠巻きに。様々な国旗を掲げた白い船は近接して、舷舷相摩する衝突の時を待ち望むかのようである。

 

 そのうちの一隻。特に小ぶりな船の舳先にあって、彼女は褐色の頬にはねた海水をぬぐった。舳先に踏み出した左足に片肘を乗せ、周囲を油断なく見回している。南の海に一隻の船が見えた。だんだんと大きさを増す、その船型の異様さに、彼女は気付いた。

 

「来やがった。“ペルセポネー”だ」

 

 二つの船体を横につなぎ合わせた奇妙な双胴船型は、見まがいようもない。もとはモーリア共和国海軍所属の海洋調査艦。いまは民間船である。

 

「団長! 東からもです。新たな民間船、一隻。ドラッヘンの国旗が見えます」

 

 船の左舷甲板で双眼鏡を覗いている部下が、彼女に報告した。

 

「はん。役者が増えたか。面白くなってきやがった」

 

 団長、と呼ばれた女は鼻をならして応じた。彼女らが乗る船は舳先から艦尾まで凡そ二十メートルほど。

 

 周囲を囲むように遊弋する三隻の白い船舶は、その二倍から三倍もの全長がある。山を穿つツルハシの旗を掲げている。それらモーリアの巡視船が一斉に動きはじめた。東、新たに出現したドラッヘンの民間船へ舳先を向ける。

 

 左舷の部下が再び報告する。

 

「東に新たな船影、二隻。あれは――」

 

 途中で息を呑む。しかし、すぐ報告を続けたところは、さすがに元兵士だった。

 

「ドラッヘンの巡視船です! 民間船の前に出てきました。進路を開くつもりです」

 

「はん、忙しいこった」

 

 彼女は即断し、魔術通信で指示を飛ばした。船内の部下は全員が黒か白のエルフ族だから、全員が聞き取れる。

 

「東が優先だ。モーリア巡視船の頭を抑えろ。前進!」

 

「了解!」

 

 応答したのは、船橋で操船を担当している首席参謀――ではない、いまや会計係長である。

 

 船は直ちに東へ向けて動きだした。水しぶきを浴びながら、彼女はつぶやきを漏らした。魔術通信ではない。部下には聞こえない、独り言である。

 

「勘弁してくれ、まったく。領海外にフリゲートまで待機させやがって」

 

 海上に爆音が響き、その独り言を掻き消した。巡視船の大型拡声器から発せられた低地オルク語である。

 

<こちらはモーリア共和国沿岸警備隊だ。前方のドラッヘン船舶に告ぐ。貴船は我々の設定した航行禁止海域に侵入しようとしている。直ちに変針せよ>

 

 それに応じるように、東側からも同じ言語が響いた。こちらも大型拡声器を使っている。

 

<こちらはドラッヘン共和国沿岸警備隊である。前方のモーリア共和国公船に告げる。その船舶は、ファルマリア港へむけ航行中の我が国の民間船だ。貴船の行動は針路妨害に他ならない。危険行為を直ちに中止せよ>

 

 西側も負けてはいない。

 

<ドラッヘン共和国沿岸警備隊に告げる。ここはモーリア共和国の領海である。貴船こそ変針せよ。しからざれば、実力による行動規制を行う>

 

 さらに距離を詰める両国巡視船たち、その間を割って、彼女の船が滑り込んだ。舳先の彼女は、腰の無線機をとる。チャンネルを変え、船橋上に突貫工事で据え付けた大型拡声器につなぐ。

 

「あー、あー」

 

 機材の調子は良好。ハウリングもない。彼女の瞳が戦士のそれに戻る。海上のすべての船を叱り飛ばすように告げた。

 

「東から接近中のドラッヘンの民間船、ならびに両国巡視船に告げる。貴船らは、今日が何の日だか承知しているか。死者の眠りを妨げることは許さない。直ちに停船せよ。繰り返す。直ちに停戦せよ。こちらは、ベレリアント戦争遺骨収集事業団だ!」

 

 力強く言い放ちながら、しかし、内心で思う。

 

(畜生め。なんてことだ。あたしゃ、海軍じゃねえぞ。というか、もう軍人でもねえのに。ふざけやがって。一体全体、どうしてこうなったんだ?)

 

 世にいうキーファ岬沖紛争はこうして始まった。

 

 

 

 

 紛争の発端は、国家ではなく、メディア間の競争であった。

 

 この海でかつて行われた屑鉄戦隊とリョースタの死闘。それは一つの文学的ジャンルを成してきた。その嚆矢は、ベレリアント戦争の終結直後に出版された小説「装甲艦リョースタを撃沈せよ」である。その後、映画やテレビで何度も映像化がなされた。今星紀に入って秋津島の大衆文化が星欧に流入すると、軍艦を擬人化した物語やゲームの題材ともなった。最近では、まだ歴史の授業を受けていない初等学校の児童でも、なぜかリョースタの主砲の口径と門数のことは知っている、という有様である。

 

 となれば、戦後二百年を前にして、あらゆるメディア産業がキーファ岬沖海戦に題材を求めたのは当然の選択だった。旧オルクセン連邦領のあらゆる共和国で映画、テレビ、インターネット映像配信企業が次々に巨費を投じ、映画や連続ドラマの制作開始を発表した。

 

 有名小説を忠実に映像化した(という触れ込みの)映画「装甲艦リョースタの最後」の製作発表が先陣を切ると、「グスタフ大王とキーファ沖大海戦」、「海の上の雲」、「牡たちの屑鉄戦隊」等々が続いた。「新・宇宙砲艦メーヴェ」なる変わり種もあった。それら映画の公開を待たず、テレビやインターネットの番組は再現VTRを駆使したドキュメンタリーや教養番組を次々に製作した。旧オルクセン連邦各国は海軍ブームに沸いた。

 

 しかし、誰もがこの大波に乗れたわけではない。モーリア共和国の大手テレビ局は、原作たるべき小説の映像化権獲得に失敗。ドワーフたちは失意の底にあった。

 

 そのプロデューサーは窮余の策として新趣向の特別番組を企画した。海底に没したメーヴェとリョースタの捜索ドキュメンタリーである。

 

 海事の素人である彼は、沈没船の遺物回収を専門にしているという自称・水中考古学者に相談をもちかけた。回収した遺物の一部を売却し、その収益で沈没船や回収物を保護しているという、自ら稼ぐ新しいタイプの学者を称するオークだった。

 

 助言を求められた学者は、実現の見込みは低い、と断じた。戦没艦の捜索は、第二次星欧大戦の終結後、スクーバ・ダイビングの発展とともに盛んになった。キーファ岬沖海戦があったとされる海はとうの昔に探索されたが、何も見つからなかったのだ。海戦があったのは二百年近く前だから、船体はとうに朽ちて消失したのだろう、と考えられていた。

 

 しかし、プロデューサーは諦めなかった。大作ドラマが途中で制作中止となった分、予算は豊かだったし、彼に退路はなかった。彼は、オルクセン連邦解体の余波を受けて民間に払い下げられていた元海軍の調査船「ペルセポネー」をチャーター。そこに最新の海洋調査ロボットを積み込むと、アドバイザーの学者、番組制作クルーとともに自ら船に乗り込んで調査を開始した。

 

 そして、彼は小さな謎に気付いた。調査船のおまけのようにして民間海洋調査会社に再就職していた元水兵の乗組員が、あたかも常識を語るように、こう教えたのだ。

 

「キーファ岬沖はね、ちょっと珍しいことがあるんですよ。水温が妙に低いところがありましてね。そこだけ塩分濃度が変わってるんです。だから音の伝わりが――おっと、今回は関係ない話ですな、これは」

 

 元水兵の関心は海底地形よりも海中音波にあった。だから彼も、彼が属した海軍も、疑問に思ったことはなかった。その辺りだけ海水温が妙に低い、その理由については。

 

 しかし、ど素人であるプロデューサーの観点は違った。彼の関心は、何の役に立つやらさっぱり分からない海中音波の異常伝搬ではなく、海底の異常にこそあったからだ。彼は調査船をその海域、装甲艦リョースタが沈没したとされる場所から僅かに西にずれた場所へ向かわせて、海底の調査を開始した。

 

 まず投入されたのは最新の航行型自律水中ロボット(AUV)である。元来は海底に敷設された石油パイプラインの点検作業のために開発されたものだ。そのサイドスキャンソナーで探索した結果、水温が低い海底には微妙な盛り上がりがあった。

 

 そこへ投入されたのが、遠隔操縦無人水中ロボット(ROV)だ。こちらは限られた狭いエリアを映像で観測するのに向いている。水深約六十メートルの海底に到達したROVは、砂で濁った海中映像を送ってきた。視程は五メートルもない。映像だけでは危険な作業だったが、あらかじめAUVのソナーで入手していた海底の三次元地図が視界の悪さを補った。海洋調査船自体のマルチビームソナーも補助的に活用している。

 

 遠隔ロボットは小山のような隆起へ接近して、停止。すると、そのロボットの動きが起こした波によって砂泥の一部が拭われた。

 

 海水の濁りが収まると、そこには大砲があった。

 

 調査船内で画面を凝視していた何人かの元水兵が声をあげた。戦史を趣味としていた幾人かにとって、その正体は一目瞭然だった。

 

 前装式三〇五ミリ砲。一等装甲艦リョースタの主砲であった。

 

 素人の直感で巨大なビギナーズ・ラックを掘り当てたプロデューサーは狂喜し、砂泥の除去を指示した。操作員は、ROVの推進用スラスターを使って水流を起こし、砂を少しずつ吹き飛ばしていった。バッテリーが怪しくなると予備機と交代させる。小さなスクリューで膨大な砂を除去する、地道な作業だった。歴史的発見を目にして高揚していた乗組員たちは、交代しつつ間断なく作業を続けた。

 

 丸一日以上をかけて行われた作業は、驚くべき成果につながった。全長九十メートルにわたるリョースタの船体は、ほぼ全部が残存していたのだ。消失していたのはマストだけだった。海底の砂泥と傾斜が着底の衝撃を受け止めたのだろう、という推理を水中考古学者が披露した。海底の傾斜を滑って現位置まで移動。停止後に全体が砂で覆われたために、腐食が遅らされたのだろう、とも。

 

 衝角攻撃によって艦尾付近に空いているはずの破孔を確認するべくROVを移動させたところで、彼らはまた別のものを見つけた。

 

 砂泥の隆起がもう一つあった。さらに半日をかけて砂を払ってみると、誰もが期待したとおり、姿を現したのは砲艦メーヴェだった。調査船内で熱狂が渦を巻いた。

 

 メーヴェの損傷はリョースタよりも激しかった。マストはやはり存在しなかった。艦橋は半壊し、その上に載っていたはずの艦橋見張り台もいずこかへ脱落している。艦橋に空いた大きな破孔から、ROVのカメラで艦内を覗くことができた。

 

 その結果、海水温を奇妙に低下させている犯人が発見された。船内で扉が開いたまま倒れていた、冷却刻印魔術付きの食料保管庫である。刻印魔術はその想定動作期間をとうに過ぎていたが、未だに働いていた。局所的な冷却によって生じた緩やかな水の流れが、両艦がすっぽりと砂で覆われる結果に一役かったのではないか、とも想像された。

 

 プロデューサーは自分の幸運と実力を確信した。割増の報酬と引き換えの箝口令を乗員に敷くと、全ての海中映像を持ち帰って大急ぎで編集。ナレーションを乗せ、緊急ドキュメンタリーとして放送した。放送を急いだのは、情報漏洩や後追いを防ぐためである。映像の確認はその分、甘くなったが、反響は絶大だった。

 

「軍艦の全貌が姿を現した、感動の瞬間――」

 

「船内のクルーたちは黙とうを捧げた――」

 

「今もキーファ沖では二隻の軍艦が眠り続けているのだ――」

 

 番組は記録的な視聴者数をたたき出した。視聴者は正真正銘の歴史的発見に驚き、画面に張り付いた。しかし、世間の反応が番組に好意的だったのは、放送当日だけであった。

 

 世間の反応を変化させたのは、視聴者の一人がSNS上に投稿した切り抜き映像である。メーヴェ船内の食料保管庫が映し出されたシーン、その映像の一隅を拡大したものだ。その船室の隅。床に積もった砂泥の中から、白い何かが突き出ていた。視聴者のうち、医師免許をもつと称する者がコメントをつけた。

 

「オークの大腿骨に違いない」と。

 

 世論は二分された。歴史的発見を称賛する声と、テレビクルーたちを墓荒らしだと非難する声。双方の論者たちがお互いを罵り合うようになると、リョースタとメーヴェは大衆の関心をほとんど独占した。

 

 今や十名あまりとなった屑鉄戦隊の生存者たちは、メーヴェへの接近禁止を強く要求した。メーヴェの乗組員で唯一の生存者であるオスカー・ヴェーヌス元提督は会見を開き、戦友の遺骨が世間の好奇の目にさらされることには耐えられない、と訴えた。生存者全員がそれに賛同した。

 

 しかし、屑鉄戦隊の遺族会の意見は一枚岩ではなかった。遺族の中で船乗りではない者の中には、軍艦を墓標だとする船乗りの考えに納得できない者が少なくなかったからだ。彼らは遺骨をそのまま海底で眠らせるのではなく、可能な限りの回収を希望していた。

 

 旧連邦全土に広がる話題を引き起こしたモーリアのテレビ局は、番組の第二弾を企画した。ただし、次回番組では船内への進入は行わない、と発表した。また、その調査は海戦から二百周年の記念日に、慰霊行事を伴う中継番組として行われる、とも。

 

 プロデューサーがドラッヘン共和国を訪れてヴェーヌス元提督と誠実に対話し、その様子が特別番組として放送されると、戦隊生存者と遺族会の反発はずいぶんと和らいだ。この特別番組も大変多くの視聴を得たので、番組制作側は大いに気をよくした。

 

 しかしその翌日、誰にとっても意外なことが起こった。匿名のトレジャーハンターが、リョースタ艦内から回収したと称する白銀樹の護符をインターネット上で競売にかけたのだ。ハンターの正体は全くの謎であった。

 

 確かなのは、その護符が本物らしいということだ。証拠はその色である。普通の護符は木の色、年を経ると渋い琥珀色になるのが常だ。しかし、リョースタからの回収品といわれるその護符は真っ白であった。白い幹をもつ白銀樹は、ただ一本しかない。現存する最古の白銀樹、通称『白の木』である。神話に登場する白エルフたちを生んだというその老樹は、この千年ほど、ほとんど子を成していない。

 

 しかしエルフィンドの戦史研究者が調査したところ、『白の木』から生まれた世にも稀な白エルフが一人、リョースタに乗艦していたと判明した。戦隊司令ミリエル・カランシア少将その人である。その遺品である護符が競売に懸けられている。

 

 エルフ族にとっては歴史と信仰への侮辱であり、許せることではなかった。エルフの宗教によれば、護符は遺体の埋葬時に回収し、生まれ故郷の白銀樹の元に還すべきものである。さもなければ、その死者は二度とこの世に生まれ変われないとされているからだ。

 

 この事件を知るや否や、旧連邦領全土で白と黒のエルフ族が一斉に立ち上がった。彼女たちはカランシア少将の護符の回収、リョースタへの立入禁止、そして乗組員の遺骨及び護符の回収を強硬に要求した。

 

 ここにおいて、誰も気づいていなかった問題が浮上した。政府による慰霊、沈没艦の警備、あるいは遺骨と護符の回収―――心情的には多くの者が賛同するそれらの活動。しかし、それらを行う責任と権利を持つのは、いったいどの(・・)共和国政府なのか? ようやく誰もが気付いた。

 

 オルクセン連邦の崩壊は、連邦成立以前に失われた沈没艦の所有権を曖昧にしていたのだ。

 

 こうして世論は再び沸騰し、政府間の議論がそれに拍車をかけた。そのすべての熱量がその日、その海に集中した。

 

 

 

 

「繰り返す! こちらはベレリアント戦争遺骨収集事業団だ。死者の眠りを妨げることは許さない。ドラッヘンのサルベージ船に告げる。調査を中止して変針せよ――うおわぁ!」

 

 呼びかけを継続していた黒エルフの団長は、握った無線機を取り落としかけた。ドラッヘンの巡視船、その主武装が彼女の船を向いたのだ。

 

「伏せろっ!」

 

 甲板で彼女は叫び、率先して伏せた。部下たちが直ちに指示に従う。

 

 かの船は容赦しない。主砲発射。甲板に伏せた彼女たちの上を通過し、小さな船橋を直撃。

 

 彼女らの頭上に猛烈な水が降り続いた。なお、発射は続き、甲板上は土砂降りのようになった。目を開けることもできない。巡視船の放水銃である。

 

 彼女は魔術通信で船内の部下に命じた。

 

「退避! 旋回してドラッヘン船の側面に出ろ」

 

 船橋内の部下から魔術通信で「了解」と返信がある。船はただちに増速し、放水から逃れた。

 

 何とか一息をついた彼女の耳を拡声器の大音量が襲った。

 

<こちらはモーリア共和国沿岸警備隊である。変針なきを認め、実力による規制を開始する>

 

 ツルハシの国旗を掲げたモーリア巡視船が放水銃を発射。狙いはドラッヘンのサルベージ船である。

 

<我が国の船舶への侵害は認められない。船舶には旗国の主権が及ぶ。これより所用の行動をとる>

 

 言い捨てるように告げたのはドラッヘン巡視船だ。モーリア巡視船に向けて放水。モーリア側も放水銃の狙いを変えて応射する。すれ違いつつ撃ち交わす水流が空中で交錯し、あたりは霧雨に包まれたようになった。

 

「あんの、馬鹿野郎どもが」

 

 濡れた髪を絞りながら、団長は悪態をついた。放水合戦で収まっている間は、まだいい。しかし、お互いの視界を遮る放水を繰り返すには、両船の距離が近すぎる。

 

 彼女は無線機の設定を変更し、万国共通の国際緊急周波数で叫んだ。

 

「モーリアとドラッヘンの巡視船! 近すぎる。衝突するぞ。もっと距離をとるんだ!」

 

 しかし両公船は応じない。それどころか、双方とも緊急周波数の存在を思い出したらしく、それで言い合いを始めた。

 

<ドラッヘン巡視船! 危険行為を止めよ。放水を止め、我が国の領海から離脱せよ>

 

 そう告げたのはモーリア共和国の側である。モーリアは、旧メルトメア州を母体として独立し、ドワーフ領の歴史的名称に改名した国だ。モーリア政府は、疑いなく、この海の主権を所有している。例えば魚や貝、海底に石油や希土類が埋まっていればそれらの所有権も有する。しかし――海底に沈んでいる軍艦はどうか? 

 

 モーリア政府はリョースタとメーヴェの所有権を主張したものの、実際には艦艇自体にはあまり関心がなかった。そのために両沈没艦の保全や警備に不熱心だった。彼らが力を注いだのは、自国のテレビ局の活動がドラッヘンによって妨害され、領域主権が脅かされることへの対処だった。

 

 実のところ、ドワーフたちが考えていたのは、全く別の懸念であった。これをきっかけに海洋権益を曖昧にしては、いつか海底の熱水鉱床やメタンハイドレートの採掘で利益が出せるようになった時に他共和国、特にドラッヘンが食指を動かすのではないかと、先回りに恐れていたのだ。

 

<モーリア巡視船! 危険行為はそちらだ。こちらには民間船がいることを忘れるな>

 

 言い返した巡視船、それを有するドラッヘン共和国は、屑鉄戦隊の母港であったドラッヘクノッヘン港を領有している。この国は、その精神的な起源をフンザ同盟の自由市に求め、商船隊と海軍を誇りとする海洋国家である。

 

 その誇りと海軍力のために、ドラッヘンの主張はこの紛争の当事者の中で最も強硬だった。まず彼らは「沈没艦は聖なる墓所である。いかなる者もこれに手を触れてはならないし、テレビ番組で物語として消費するなどもっての他である」――と、道理のありそうな主張をした。問題はその続きだ。

 

「それにも関わらずモーリア政府は沈没艦を保全する意志がない。ゆえに、ドラッヘンの民間企業が有するサルベージ船を派遣し、沈没艦メーヴェの引き揚げを行う」

 

「モーリアはその費用を負担し、所用の便宜を図れ。なお、ドラッヘン沿岸警備隊をもって、サルベージ船を警護する」――と、彼らは高らかに宣言した。国内に住まう多くの船乗りたちの憤懣が、この海洋国家の中において国際法規を沈黙させていた。

 

 こうして急激に対立を深めた両国、その全長五十メートル以上の巡視船同士が、馬を駆る騎士のように掛違い、放水銃を撃ちあい、また取って返す。周囲の波は果てしなく荒れた。その間も拡声器と無線機での言い合いがずっと続き、混信している。

 

 巡視船の半分ほどの全長しかない遺骨収集事業団の船は揺れに揺れている。どう割り込むか――と思案する彼女の上空から、吹きおろす風が襲った。甲板上で直立することさえ難しい。彼女は頭を抑えられるようにしゃがんだ。頭上から風とともに降ってきたのは、魔術通信である。

 

<こちらはオルクセン共和国、国境警備隊である。モーリア、ドラッヘン両国の巡視船に告げる。貴船らの行動は旧オルクセン連邦領海における平和を乱し、無用の混乱を生み出している――>

 

 オルクセン共和国は、沈没艦艇が注目を集めて早々に、メーヴェの所有権を主張した。その声明がでた直後は、誰もが「そりゃ、そうだ」と思った。しかしすぐ、その主張に何の根拠もないことが分かった。

 

 オルクセン共和国は旧オルクセン連邦の後継国家、その一つに過ぎない。唯一とも筆頭とも主張できない。旧王国、旧連邦と同じ首都を持ち、同じ国号を継いでいるからといって、何らの特権も持ってはいないのである。それなのになぜ、彼らが屑鉄戦隊の所有権を主張できるのか? 旧ヴィルトシュヴァイン州とほぼ同じ国境をもつオルクセン共和国は内陸国であり、海軍はおろか港すら持たないというのに?

 

 周辺国からの疑念の目が強まるにつれて、オルクセン共和国の政府報道官は次第に論点をすり替えていった。

 

 曰く「旧オルクセン連邦の後継国家同士で紛争が起こるのは遺憾なことである」

 

「後継国家中で最大の国土と国力をもつ我が国は、そのような無益な紛争を調停する道義的責務がある」――と。

 

 主張の前半部には多くの旧連邦市民が同意したが、後半部に熱狂したのは当のオルクセン共和国市民たちだけであった。要するに彼らは沈没艦艇の所有権ではなく、後継共和国間において国号と国力に相応しい地位を欲しているのだった。

 

「どやかましいわ!」

 

 船上の黒エルフは両耳を抑えたが、無益なことだった。耳を塞いでも魔術通信の音は収まらない。彼女は怒り心頭に達し、同じく魔術通信で言い返そうとした。

 

「こちらはベレリアント戦争遺骨収集じ――」

 

 しかし、失敗した。魔術通信が混信した場合、出力が大きい方が勝つ。一対一であれば、黒エルフである彼女はヘリの通信士――恐らくはコボルト――に、出力で勝利できたであろう。だが、ドラッヘンとモーリアの巡視船も同時に魔術通信を発したため、無線同様の大混信がおきた。旧オルクセン連邦領の船舶はどれも、無線故障時の代替手段として、未だにコボルト又はエルフの魔術通信士を乗船させているのだ。

 

 頭の中に響く意味不明な大音量に、彼女は苦悶した。彼女の船に乗っている十人あまりの黒白のエルフたちも同様である。今頃、ヘリの上や各巡視船の艦橋でも、術力を持つ者は同じように苦しんでいるであろう。

 

「ち、畜生め…。ええい、やってられっか! 何が平和的にだ」

 

 魔術通信も封じられたため、頭の痛みに耐えながら船橋内に入り、肉声で指示をとばす。

 

「武器だ、武器をよこせっ」

 

「あるわけないでしょう! 海軍じゃないんですよ」

 

 苦し気な表情で応じたのは、舵を握っている会計係長である。団長にとっては、自身と同時に退役して遺骨収集事業団に入った、長年の部下である。しかし彼女は昔から、部下に容赦がない。

 

「消火器があるだろ! 擲弾の代わりにする」

 

「やめてください! 非武装っていう依頼じゃないですか」

 

 彼女達の依頼元はエルフィンド国外務省であった。

 

 エルフィンド国の国民は過半が白エルフ、残りのほとんどは黒エルフで、他種族は少ない。護符の売却に激怒したエルフたちは政府を強硬に突き上げた。我らも巡視船を、いや軍艦も出せ。同胞の尊厳を守れ、と。

 

 しかしエルフィンド政府は、この紛争の当事国の中で最も消極的だった。旧連邦中における彼女らの立場には非常に難しいところがあるからだ。現エルフィンド国は、旧オルクセン王国の仇敵だった旧エルフィンド王国の後継国家だと見なされている(法的には異なる)。そのうえ、国家元首として旧エルフィンド女王と旧連邦女王を戴いている。他の後継共和国から猜疑と反感を買いやすい立場なのだ。

 

 そこでエルフィンド政府は民間船だけを派遣して、自国の立場を平和的に表明することにした。白羽の矢がたったのが、非政府・非営利の団体であるベレリアント戦争遺骨収集事業団である。

 

 かの戦争から二百年近くが経った現在、この事業団にはあまり寄付が集まらず、外務省の補助金に依存している。しかし、解散寸前だった事業団を引き継いだ現団長、元連邦軍の騎兵連隊長には、まだ果たすべき使命が残されていた。ゆえに、次年度の補助金を人質にとられて、彼女に拒否する道はなかった。

 

 この元連隊長は謹厳実直、礼儀正しく温厚な軍人として有名であったから、外務省は安心して彼女に全てを委ねた。必ずや事を荒立てず、エルフ族の主張と平和主義を明らかにして、穏便に退いてくれるだろう――そう期待した。

 

 しかし彼女は、外務省の役人たちが噂で知っている現役将校時代の演技を脱ぎ捨てて久しかった。

 

「やられっぱなしでたまるか! じゃあ接舷戦闘だ。そのために大勢、連れてきたんだからな。殴りこんでやる」

 

「無茶いわないでくださいっ」

 

「尻を蹴っ飛ばしてやんだよ。輪乗りして後ろにつけろ」

 

「もう騎兵じゃないんですよ!」

 

「あたしはあたしだ。腐っても変わらねぇよ」

 

 乱暴なばかりに見えて、彼女はこの依頼に別の任務を見出していた。紛争のエスカレートの阻止。旧連邦内における平和の維持である。

 

「衝突事故でも起こってみろ。救助名目で軍艦も出せちまうぞ。そうなりゃ、本当に戦争じゃねえか。だから、できることやんだよ。後ろに回り込め!」

 

「り、了解!」

 

 彼女の船はいったん離脱し、ドラッヘンの巡視船の後ろを取るべく旋回を開始。その時、船橋内でテレビをモニターしていた団員が大声で報告した。

 

「連た、いや、団長!」

 

「何だ!?」

 

「中継が始まりました。ペルセポネーです!」

 

 船橋のほぼ全員がその方向を見た。両艦の沈没地点。双胴船体をもつモーリアの調査船、この紛争の発端を作り出した船がそこに到着していた。既にアンカーロープを海に下ろした停船状態。船尾から遠隔水中ロボット(ROV)がまさに降下しようとしている。

 

「ちいっ。手が足りねえ。あっちは後回しだ」

 

「そんな! 連中、またリョースタを弄りまわしかねませんよ。同胞の遺骨と護符を!」

 

 乗組員たちの憤りの目が彼女に集中する。しかし、彼女は毅然として言った。

 

「連中にゃ、死んだ後であたしが謝っとくさ。いいか、間違えるな。大事なのは今だ。そして未来だ。死んだ連中だって、その方が喜ぶに決まってるんだ」

 

 その言葉で団員たちを沈黙させると、彼女は船橋から四方を見回した。各船の位置関係を再確認している。何とか状況を変化させる手はないか。ここが戦場なら、決定的な時、決定的な位置に突撃すれば、寡兵でも状況を動かせる。

 

 今は、ここを戦場にしないために。何かできることはないか――その答えを探す彼女の目に、新たな船影が映った。その方位は北である。首に下げた双眼鏡をとり、それを遠望する。

 

 一隻。船橋をもつ、クルーザー型のモーターボートだ。高速でこちらに向かってくる。異常なことに、旗がない。公船ではありえない。その船体は白。白地に―――

 

 彼女は双眼鏡を下ろし、部下たちに叫んだ。

 

「先の命令は中止! 距離をとって待機だ。新たな命令に備える」

 

 舵をとっている部下が反問する。

 

「命令!? なんです、それ。何が起こるっていうんです」

 

「あたしは知らん、分からん。しかし、とにかく決定的な何かだ。それは間違いない」

 

 団長は水に濡れた髪をかき上げ、愉快気な笑みをみせた。北方から急迫する船を顎で示す。

 

「見ろ。ありゃあ、旅団長だ」

 

 

 

 

 白波を切り裂いて、その船は疾駆している。紛争海域、そのただ中にむけて。白い船体に描かれた黒い意匠は、吠えかかる狼だ。

 

 その船橋内で、三人の乗組員たちが声を交わしていた。魔術通信は混信で使えないため、肉声に頼っている。

 

 舵をとっている白エルフが前を向いたまま言った。

 

「勘弁して下さいよ! なんだって、こんなところに突っ込まないといけないんです。ただのモーターボートで!」

 

 船橋後部から船内に降りようとしている黒エルフが、振りむいて答えた。

 

「政府公船で来たら国際問題だろうが」

 

 既に階段を下る途中だったもう一人の小柄な白エルフも、頭だけ出して言った。

 

「それに個人的なバカンスですからね。私達は休暇中なんです」

 

 黒エルフも後を続ける。

 

「ほらみろ。お前が付いてくるのがおかしいのだ」

 

 操船中の若い白エルフは、前方に見える多数の船の位置と速度を必死に計算しながら、背後の理不尽な上司たちに叫んだ。

 

「ほっとくわけ、いかないでしょうが!」

 

 黒エルフは笑みを見せ、彼女の若き部下の背中に言った。

 

「なら、付き合え。敵中を突破し、目標地点まで前進せよ。宣言を忘れるな。指示の通りにな」

 

「おふざけが過ぎます! ええい、もう。私は知りませんよ。とにかく、突っ込みます!」

 

「任せる」

 

 上司二人は船内に降りた。舵を握る彼女はさらに増速し、針路を読まれないように旋回を織り交ぜながら、目標地点へと船を近づける。

 

 緊急周波数と魔術通信から騒音が響いた。混信のために、何も聞き取れない。

 

 次に聞こえたのは拡声器の音声だ。一隻の巡視船がこちらに針路を向けている。

 

<こちらはモーリア共和国巡視船フンディン。接近中の船舶、貴船の所属と目的を申告せよ!>

 

 彼女は唇を歪め、出航前に後付けした拡声装置のスイッチを入れた。マイクに向けて告げる。

 

「我、海賊」

 

 言ってから、自嘲する。現代の国際法において海賊は知的生物共通の敵であり、国際犯罪者だ。いかなる国の主権にも守られず、逆にあらゆる国から取り締まりを受ける。

 

 だから本物の海賊でも、自らそう名乗る馬鹿はいない。彼女の名乗りを聞いた巡視船たちは、絶句して呆れているに違いない。

 

 しかし、そう思うと、何やら楽しくなってきた。

 

――ええい、私もあの人の悪影響を、ずいぶんと受けつつあるぞ。しかし、命令は既に下った。下されてしまった。ならば、やってやるさ。走り出したら、断然、突撃あるのみだ。

 

 だから彼女は続けた。

 

「こちらは、海賊船アンファングリアだ! 本船の進路を開けよ。本船は、この戦争を終わらせに来た!」

 

 

 

 

(次話「メーヴェよ、リョースタよ」に続く)

 




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