海底軍艦:オルクセン連邦の崩壊 番外編   作:芝三十郎

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二次創作「オルクセン連邦の崩壊」スピンオフ。原作web版及び崩壊読了後推奨。pixivで連載したものの転載です。 紛争海域に現れた自称海賊船アンファングリア号。彼女たちは海の底を目指す。


メーヴェよ、リョースタよ

 ベレリアント戦争で戦死した白エルフの遺骨と護符の回収――それが遅々として進まなかったのには、いくつかの理由がある。

 

 まず、この問題について戦勝国オルクセンが不熱心だった。オルクセン側の戦死者は、彼らの優れた兵站組織と冷却魔術が刻印された棺桶のために、その半ば以上が戦時中に帰国を果たしていた。輸送が叶わなかった遺体も氏名と場所を記録した上で仮埋葬されていたから、戦後すぐに回収された。

 

 それに対し、敗戦側であるエルフィンド軍将兵の遺体は戦場に残置されたものが少なくなかった。それらのうち発見が容易だったものはオルクセン軍や周辺住民によって集団埋葬されたが、その多くが記録を欠いていた。

 

 それらを捜索し、あるべきところへ帰したいと白エルフたちは強く思っていたが、政治がそれを阻んだ。

 

 遺骨収集はその意義、また従事者の精神衛生のためにも、様々な段階で慰霊行事を伴う。しかし白エルフ族が慰霊を行うとなれば、そこには「教義」が関係せざるをえない。エルフたちの古くからの信仰が先鋭化した「教義」。その思想は白エルフを選ばれた種族だと考え、他種族を見下するものだ。この極端な思想が白エルフと他魔種族の対立の根本原因にして、戦争の背景でもあると、オルクセンは考えていた。

 

 そのためベレリアント半島占領軍(OKB)総司令部は、政府権力と教義の分離を強制した。戦没者慰霊行為にも厳しい制約を課した。教義大臣と教義学校の廃止。そして行政機関、学校、公共施設などによる戦没者の葬儀や追悼式への一切の援助を禁止したのだ。幸運にも回収できた遺体、護符や遺品を政府から遺族に返還する際にも「その伝達式に一般公衆が参列することは認められず…」「…特定の信仰及び思想の宣伝鼓吹とならぬよう留意」すべしと通達した。

 

 このような制約と占領軍への忖度のために、エルフィンド政府は公式な遺骨収集事業をなかなか行わなかった。ようやくそれが開始されたのは、エルフィンドがオルクセンに併合された以降のことである。ここにおいて、政府後援のもと、既存の民間諸団体が合体して「ベレリアント戦争遺骨収集事業団」が発足した。

 

 しかし、戦後の混乱と時間経過のために収集は困難を極めた。山岳部の坑道における捜索は特に難航した。そのため収集事業が「一応の終了」と言い得るまでに進捗するには、実に戦後百年以上の時間が必要だった。

 

 それでも手付かずのまま残された場所が、まだ二つある。そのうち一つが海の中である。

 

 沈没した軍艦や商船内に残された遺骨は収集しないのが国際常識だ。沈船それ自体が墓地とみなされるためである。しかし信仰上、護符の回収を必須だと考えるエルフ族は、海没遺骨と護符の収集を熱望していた。

 

 だが当時のヘルメット潜水では、よほどの浅海を除き、沈没艦船の捜索と遺骨収集は技術的に難しかった。スクーバ・ダイビング技術の発展がそれらを可能した頃には、既に戦後百五十年近くが経過。海没艦船は経年劣化により崩壊、消失した後だった。

 

 こうして捜索可能な場所をほぼ探し終え、世間の関心を失って、遺骨収取事業団は解散寸前となった。それを受け継いだのが、連邦解体時に亡命してきた黒エルフたちだ。

 

 その領袖たる元騎兵連隊長は、非常な情熱をもって事業団の継続に向けて奔走した。オルクセンが参戦していない星欧大戦の遺骨収集事業を支援してまで実績と経験を積み、あらゆる伝手を辿って寄付や補助金をかき集めた。

 

 とっくに消失したと思われていた装甲艦リョースタと砲艦メーヴェが発見されたのは、そんな時であった。事業団は事前調査のために外務省から補助金を得ようとし――エルフィンド政府の存在感を平和裏に示すという、外交上の役割を押し付けられてしまった。

 

 それでも勇躍して現地に乗り込んだ彼女達は、団長の指揮のもと、外務省の依頼を越えて活動した。海底の軍艦をめぐって対立する各共和国巡視船の間に入り、妨害し、衝突を防ごうとしたのだ。民間船一隻で多数の大型巡視船を相手取るのは無理があったが、それでも奮闘した。

 

 その努力が限界に達しようとしたとき、いかなる国の旗も掲げない一隻の船が乱入してきた。その白い船体に描かれた黒い意匠は、狼。その船は、こう名乗った。

 

――こちらは、海賊船アンファングリアだ! 本船の進路を開けよ。本船は、この戦争を終わらせに来た!

 

 あまりに無法な名乗りを聞き、遺骨収集事業団員たちは呆気にとられた。しかし、彼女らの団長は大笑いしていた。

 

「元気でやってんなぁ」

 

 全てを了解しているらしい団長に、指示を乞う視線が集中する。注目を浴びた彼女は不敵な表情で、部下の一人に鋭く尋ねた。

 

「通信参謀! あの船のアンテナ、どう見る」

 

 元連隊通信参謀である黒エルフは双眼鏡を覗き、疾走する謎の船を観察した。クルーザー型のモーターボート。それにしても速い。船上には、後付けらしい大型拡声器と、異様に多いアンテナ。直ちに報告する。

 

「ありったけの帯域の通信アンテナ。衛星回線も。全部複数チャンネルですね。あと私、いまは総務係長です」

 

「やっぱりか。はん――ふふん」

 

 団長は満足気に鼻を鳴らし、唇をゆがめた。

 

「サビてるねえ。同じ作戦を二度使うかよ。こりゃあ、助けてやらなきゃ、どうしようもないじゃねえか」

 

 やれやれ。まったく、困ったもんだ。楽しげに悪態をつくと、彼女は部下たちに指示を下した。

 

「あの船はペルセポネーに向かう。あたしらの任務は支援、まずは囮だ。首席参謀、舵は任せた。かかれ!」

 

「了解!」

 

 直ちに船は増速。モーリアの巡視船と自称海賊船の中間へ針路をとる。彼女は他の乗組員たちにも指示を出した。

 

「それでな、あの船が辿りついたら、次は――」

 

 アンファングリア号は進路を幾度も変えている。しかし、巡視船は翻弄されることなく、適切にその頭を抑えにかかる。優速で小回りの利くモーターボートを相手に、モーリア沿岸警備隊はさすがの技量を見せていた。

 

 しかし、そのさらに頭を抑えて、彼女ら遺骨収集事業団の船が割り込んだ。巡視船は盛んに警笛を鳴らすが、意に介さない。右に左に転舵して進路を妨害する。あまりの横揺れのために、船橋内のエルフたちは必死に何かにしがみ付いている。

 

 巡視船はたまりかねて減速。その隙にアンファングリア号が脇をすり抜けた。一瞬、彼女らの船ともすれ違う。団長は驚異的な平衡感覚で直立し、自称海賊船にむけて敬礼を送った。日頃の崩れた態度とは違い、お手本のように見事な敬礼だった。

 

 

 

 「連隊長!?」

 

 アンファングリア号の船橋では、舵を握る白エルフが、予期せぬ援軍の正体に驚いていた。一瞬しか見えなかったが、あの姿は元上司に違いない。それにこの状況であのような無茶をしてくれる相手は他に心当たりがない。

 

 事前の打ち合わせなし、無線も魔術通信もできない状況で、よくこちらの意図を読んでくれたものだと、彼女は感嘆した。敬礼を返せなかったのが悔やまれた。

 

 いったん巡視船を抜き去ってしまえば、速度で勝るモーターボートの有利だった。アンファングリア号は一直線に目指す調査船に向かった。海洋調査船ペルセポネーは既に停船している。ほぼ真下に沈んでいる二隻の軍艦に向けて無人水中ロボット(ROV)を投入し、そのカメラ映像を既に星欧各地に放送し始めている。

 

 彼女は速度を落とし、ペルセポネーの隣につけた。調査船は警笛を鳴らしたが、無視する。彼女は船室内に向けて叫んだ。

 

「到着! アンカーケーブルを降ろします!」

 

「了解!」

 

 船室内からの返答には、焦りの色があった。彼女はスイッチを押してアンカーを降ろしながら、また大声で尋ねた。

 

「何か問題が!?」

 

「混信だ。緊急周波数も魔術通信も使えん。放送はいいが、巡視船やフリゲートを止められないかもしれん」

 

 彼女は急ぎ思案した。最悪の場合、妨害を受けながらの作業になる。波が荒れる。放水銃を浴びるかも。それでも不可能ではない―――しかし、危険はかなり大きくなる。最悪の場合、いま船室にいる二人がともに命を失いかねない。

 

 袖で汗をぬぐいながら、彼女は船の周囲を見回した。停船したアンファングリア号に向け、複数の巡視船が追いすがってきている。モーリア船も、ドラッヘン船もだ。足を引っ張り合っていればいいものを――と思ったところで、もう一隻の存在に気づく。

 

 先ほどの援軍、遺骨収集事業団の船だ。巡視船に追いすがり、こちらに接近している。その甲板上には十人近い人影があった。そのうち一人がこちらに手を振っている。

 

 

 

 波を乗り越えて大揺れに揺れる甲板上で、収集団のエルフたちは必死に姿勢を保った。手をつなぎ、輪をつくる。そして団長の合図を待った。

 

 団長は手を振るのをやめ、波を浴びながら周囲を見回している。各国の巡視船とヘリ。そのどれもがアンファングリア号を目指しながらも、拡声器、無線機に魔術通信でお互いに警告、あるいは罵倒を送り合っている。その全てが今、射程内にある。

 

「いくぞ。せーのっ…」

 

 甲板上で手をつなぐ十人近い黒と白のエルフ。その全員が精神を集中し、心の声を合わせた。

 

<総員、傾注―――!>

 

 全力の魔術通信。混信時に勝利するのは、出力で勝る方だ。元来、魔種族中で最高の魔術適性をもつエルフ族。その術力を集中しての発信は、海域を完全に制圧した。あらゆる巡視船、ヘリ、さらには領海外で待機しているモーリアとドラッヘンの軍艦にまで届いたその通信は、こう続けた。

 

<これより重大放送が行われる! 繰り返す。総員、傾注せよ! これより重大放送が行われる!>

 

 頭を割らんばかりの音量で響いたその内容を、各船の通信員がそれぞれの船長に報告した。その結果、この海を飛び交っていた魔術通信、無線通信、拡声器、その全てが静まった。しかし船舶はまだアンファングリア号へ向かっている。

 

 

 

「彼女か。やってくれる…!」

 

 アンファングリアの船尾甲板で楽しげに声を上げた黒エルフは、装備の最終確認を終えた。全身をゴムのスーツで覆い、二本のタンクを背負っている。黒エルフは、同じ装備をまとった彼女の相棒に言った。

 

「いけるか? ミア」

 

 そう尋ねられて、彼女――エレンミア・アグラレスの喉から出た声には、抑え切れない緊張がにじんでいた。

 

「ええ。大丈夫」

 

「私が代わってもいい」

 

「ディーネは機材を。本当に大丈夫。私、前にやったことがあるから」

 

 彼女は、そう際どい冗談を飛ばした。

 

 そうなのだ。自分には経験がある。

 

 あの日。

 

 星歴八七七年、五月七日。

 

 あの日も、まずは軍報道官が魔術通信を使い、重大放送の開始を告知した。それに続いて、閣僚たちに見守られながら、自ら魔術通信を行って臣民たちに告げた。無条件降伏の受諾、あの戦争の終わりを。その声は、自身とともに敵の包囲下にあったディアネン市の全市民、全将兵に届いた。

 

 しかし、この海の底までは届いていたはずもない。

 

 だから、これは自分の仕事なのだ――そう意を決し、彼女は精神を集中。魔術通信を開始した。同時に肉声でも喋る。その声をマイクが拾い、あらゆる帯域の主要チャンネルで送信される。ディネルースが構えた大型カメラの映像がその音声と合わさり、インターネットの複数の動画サイトで生放送が始められたはずだ。

 

「この海域に所在する全船舶に告げます。こちらはアンファングリア号。私は船長のエレンミア・アグラレスです。ディネルース・アンダリエルも隣にいます。ここはキーファ岬の沖合です」

 

 そこで一呼吸を置く。この通信を聞いた全ての者たちが、二人の名前を脳内で反芻する時間を置くためだ。大勢が頭を抱えているに違いない。そう思うと、少し気持ちが軽くなった。彼女は言葉を続けた。

 

「王女、じゃありません。二人とも今日は休暇なんです。そして私は今日、旧エルフィンド王国の女王としてこの海にやってきました。

 

 私の友、ディネルースもです。今日の彼女は王女ではなく、連邦の元女王でもありません。今日だけは、旧オルクセン王国の王妃として、私とともにいます」

 

 彼女はディネルースに目配せをする。頷きが返ってきた。全ての機材は良好、そういう意味である。エレンミアは続けた。

 

「この放送は、この海域のみならず、全世界に中継されています。そのつもりで聞いてください。

 

 まず、モーリア共和国とドラッヘン共和国の公船。並びに、海底の調査やサルベージを行おうとしている民間船舶。その全てに告げます。

 

 海底に眠る砲艦メーヴェと装甲艦リョースタ。彼女たちに手を触れてはなりません。それどころか、彼女たちを巡って争う資格すら、皆さんにはないのです。

 

 あの二隻は、私達の私有財産です。

 

 旧オルクセン王国。旧エルフィンド王国。どちらも専制君主国で、その軍は君主の私有物でした。確かに旧エルフィンドは敗北し、その全戦力をベレリアント半島占領軍(OKB)に引き渡しました。しかし譲渡艦艇の名簿の中に、リョースタの名はありません。この上なく確かな方に証言をもらいましょう」

 

 エレンミアの目配せで、ディネルースは機材のスイッチを切り替え、自分のスーツに内蔵されたマイクの音を回線に載せる。

 

「私はディネルース・アンダリエル王妃(・・)だ。我がオルクセン王国は、稼働非稼働を問わず、旧エルフィンド海軍の全艦艇を接収した。ただし、そのとき海上にあったものは、だ。既に海中にあったリョースタは譲渡されていない。ゆえに、その所有権は現在もエレンミア・アグラレス女王(・・)にあるものと、私は考える」

 

 ディネルースが頷き、エレンミアが尋ねた。この放送を聴取している周囲の全艦船、及び星欧各地の聴衆に聞かせるためである。

 

「屑鉄戦隊の旗艦、あの勇敢なるメーヴェについてはどうですか? ディネルース王妃。メーヴェの所有権は現在どの共和国にあるとお考えですか?」

 

「どの共和国にもない。私はオルクセン連邦を解体したとき、連邦海軍を各共和国に分配するよう指示した。しかし、メーヴェは連邦海軍ではなく、オルクセン王国海軍の所属艦艇だ。そして王国海軍は、国王グスタフ・ファルケンハインのもの。私はその遺族として、我が牡が海中に残した遺産の所有権を主張する。

 

 重ねて、周辺に所在する全艦船に告げる。海底にある二隻の軍艦は、今もなお作戦行動中である。彼女らの航海はまだ続いている。

 

 ゆえに諸君らは、これから私たちがすることを黙って見ていろ。諸君がオルクセンの地に住まう者であれば。そして、船乗りであれば」

 

 そういい終えると、ディネルースは顔全体を覆うダイビングマスクをつけた。エレンミアが放送の後を続ける。

 

「今日は十一月三十日。キーファ岬沖海戦から二百年の節目です。共和国の別なく、私たちがやるべきことは一つ。

 

 これより、戦没者慰霊式典を開催します。主催者は私たち二人。参列者は、いまこの海にいる全ての者たちです。参列者は静粛を保ち、式典の進行を海上で見守って下さい。

 

 会場は海の底です。その模様はディネルースの持つカメラによって生放送します。モーリアテレビ局のROVがその様子を撮影、放送することは妨げません。では、これより会場に向かいます」

 

 そういうと、二人は船尾に向かった。足元は当然、潜水用の足びれを履いている。彼女たちの道しるべは、船尾から海中に没するアンカーケーブルだ。彼女らは頷きあい、背中から倒れるように海に潜った。二つの水しぶきが上がる。

 

 周囲ではあらゆる艦船が速度を緩め、あるいは停船した。それらの船内では、全ての船乗りたちが成り行きに困惑しつつ、一様に通信端末の画面を見つめていた。ディネルースが持つカメラから伸びるケーブル、そして衛星通信を介して配信される映像は、すでに海中を映している。

 

 青く透き通る海中。二人はアンカーケーブルを伝い、急速に潜降する。エレンミアの手首で、腕時計型の潜水コンピュータが水深を表示している。十メートル、二十メートル。深度がますに連れ、視界が狭まっていく。

 

 アンカーロープを伝っての潜水は、体感的には落下と大差ない。六十メートルの海底まで三分余りしかかからない速度。ゆえに、ほぼ無重力だ。

 

 視界は一面の青。だが見通しはきかない。前方を魚影の群れが横切る。聞こえる音はただ二種類だけ。自分が息を吸うときのシュー、という音と、息を吐くときのゴボゴボという泡の音。他は一切が無音。深く静かな奥底へ、彼女たちは下る。

 

 二隻が眠る海底は深度六十メートルだが、そこまで潜るのは避けたかった。その深さでは、血中の窒素濃度の高まりによって感情の制御が難しくなる。些細なことでパニックを起こし、死亡事故につながりかねない。彼女たちはこの日に備えてある程度の訓練を積んでいたが、それでも所詮は素人である。許容できるリスクではなかった。

 

 三十メートル、そして四十メートル。レクリエーション・ダイビングの限界深度を越えた。周囲は徐々に暗くなっていく。もはや頭脳を正常に保つことはできない。手足がぎこちなくなり、紐を結ぶような簡単な作業も難しい深さだ。それでも、さらなる深みへと彼女たちは進む。

 

 深度五十メートルで潜降を停止。彼女達が専門家と相談したうえで設定した、そこが許容できるリスク限界だった。これ以上に深くなると幻覚が見え始める。

 

 彼女らはライトとカメラを下に向けた。顔を見合わせ、それが窒素酔いによる幻覚でないことを確認し合う。幸いにもこの日の海の透明度は十分だった。海が、船が、そして乗員たちが招いてくれたのかもしれないと、彼女たちは思った。

 

 青暗い海中に、巨大な黒い影があった。あたりは夕暮れ時のように薄暗い。そこへ、彼女らの後を追って上から光源がゆっくりと落ちてきた。アンファングリア号から落とされた照明弾である。影が払われ、その姿があらわになる。

 

 装甲艦リョースタ。そして砲艦メーヴェ。やや傾いた船体の上部だけを砂から露出させて、二隻は彼女達を待っていた。

 

 リョースタの甲板には、砂と石がかなり残っている。短艇や水雷挺迎撃砲は見当たらない。主砲は健在だが、船体とは逆向きに土台ごと傾斜している。しかし、その砲身はなお海中を狙い、闇の中に敵影を求めるかのようだ。誰知らぬ海底で砂に埋もれて、装甲艦はその雄敵とともに、七万日以上の夜を過ごしてきた。それでも今、彼女らはその威容を保っていた。

 

 その艦影をカメラに捉えながら、ディネルースは言葉を発した。

 

「見えるか? あれは軍艦だ。軍人たちが最後まで戦った場所だ。いまは墓所でもある。しかし残念だ。いま、この海はいささか騒がしい。静かな眠りには、もはや相応しくない」

 

 ディネルースはカメラをエレンミアに向けた。エレンミアは、低下した集中力で言葉を過たぬよう、ゆっくりと喋った。

 

「私たちの私有財産をめぐって各共和国が対立を起こすのは、私たちの望むところではありません。そして今も眠る軍艦と両海軍将兵の望みでもないでしょう。

 

 そこで、私たち二名は一つの事業団を立ち上げることにしました。王女としてではありません。二人の個人として、です」

 

 ディネルースが後を受ける。一人で長く語ることは難しい。彼女らは交代に、そして諄々と語った。

 

「何度も言うが、今は休暇中なのでな。その事業団は、ディネルース・エレンミア財団というんだ」

 

「非営利団体としてエルフィンド国に申請しています。国際連盟にも非政府組織として届け出を出しました。昨日ね」

 

「本事業団は、私たちの私有財産である二隻の軍艦から、乗員たちの遺骨と遺品を回収する。金目当てのトレジャーハンターには何一つ渡さない」

 

「引き上げた遺品の保存と展示のため、博物館を建設します。場所はモーリア共和国内、オークたちが住まうキーファ自治共和国、キーファ岬です。地権者との契約はもう済んでいます」

 

「私達二人の個人財産はちょっとしたものだ。しかし、さすがにこんな大事業には足りない」

 

「そこで、この放送をお聞きの皆さんから募金を募ります。各共和国政府からの募金も歓迎します」

 

「回収した遺骨と護符は、身元が分かり次第、遺族に返還する。身元不明の場合や、引き取り手不在の場合は、博物館の合同墓地に改葬する」

 

「しかし、なお疑問に思う方もいるかもしれません。船はすなわち墓所。死者の眠りを妨げてよいものかと」

 

 カメラは再び海底の軍艦を向いた。ゆっくりと降下する何発もの照明弾がその姿を浮き上がらせている。

 

「ゆえに、私たち二人が来た。いまだ作戦行動中の彼女たちを呼ぶために。彼女らはまだ戦争の終わりを知らない」

 

 二人はゆっくりと息を吸った。呼吸音が闇に響く。今は亡き王国の君主としての声で、彼女達は告げた。

 

「私はディネルース・アンダリエル王妃だ。オルクセン国王グスタフ・ファルケンハインの名代としてやって来た。聞こえるか、屑鉄戦隊旗艦、メーヴェ!」

 

 エレンミアも言葉を発した。あの日のように。あの放送を聞けなかった者たち、その魂に向けて。

 

「私はエルフィンド女王エレンミア・アグラレス。我が命を聞け。忠良なるカランシア戦隊の旗艦、リョースタ!」

 

「屑鉄戦隊。そなたらは我が王グスタフが命ずるところにより、船団護衛の任につき、勇躍、出港した」

 

「カランシア戦隊。そなたらは我が命の趣くところにより、通商破壊の任を帯び、果敢なる襲撃行動をとった」

 

「よく進み、よく戦った。歴史は言うだろう。エルフィンドは敗れ、オルクセンは勝ったと。しかし勇者には、勝者と敗者の区別はない。ゆえにいま、そなたたちに告げる。そなたらは両艦とも、その義務を果たしたのだ、と」

 

「ゆえに我ら二人の名において、両艦の任務を、今ここに解除します。みなさんの戦争は今日で終わりです。終戦の日がやってきたのです」

 

「メーヴェよ、リョースタよ。そなたらの静かな眠りを妨げたこと、まことに遺憾に思う。しかし技術の発展は止められぬ。この聖なる墓地に静謐を保つことは、今や難しい」

 

「ですから、私たちは新たな命令を与えます。メーヴェよ、リョースタよ。両艦の全乗員に命じる。これより帰投の準備にかかれ!」

 

「了解か、メーヴェ」

 

「了解か、リョースタ」

 

 海底に沈黙が降りた。聞こえるのは、二人の繰り返す呼吸音だけ。死者は答えない。沈んだ船は応じない。しかし彼女らも、その放送を海上や地上で聞くものたちも心を澄まし、あるはずのない応答をしばしの間、待った。

 

 海中にも存在する水の流れが、二人をわずかに揺らした。エレンミアは言った。

 

「両艦ともに帰投命令を受領したものと認めます。諸君らへの迎えは、おって必ずや遣わすでしょう。帰投に備えつつ、しばし待機してください。どうか、待っていて。あと、ほんの少しだけ」

 

 ディネルースが地上に向けて告げた。

 

「この放送を聞いている各共和国政府に告げる。聞いての通りだ。今次紛争によって、彼女たちの眠りは既に妨げられた。ゆえに今後、彼女らは帰投する。この上、さらなる無礼を働く国はあるまい。私たちはそう信じている」

 

「式典は以上で終わります。参列者の皆さん。遠路のご参加とご協力に深く感謝します。海上の各船舶は、それぞれにおいて慰霊の行事を行うことを希望します。今日、この海でなすべきことは他にないのですから」

 

 そして二人はゆっくりと浮上を始めた。

 

 

 

 アンファングリア号の船尾で気をもんでいた警護隊長が、彼女の守るべき王女二人の姿を海面に認めたのは、その三十分余り後のことだ。潜るのは三分でも浮かぶのに時間がかかるのは、段階的な減圧が必要だからだ。この手順を怠ると命を失うことになる。

 

 その間、他の船舶からの干渉はなかった。海の上は静かだった。耳に聞こえたのは、波のほかは弔銃の音ばかり。目に映ったのは、それぞれの船から海に投じられる献花。メーヴェに、リョースタに、花束を。どの船も、争いのために派遣されながら、今日に備えた用意を欠かしてはいなかったのだ。国が分かれても祈りは一つだった。

 

 彼女の手を借りて甲板にあがったディネルースは、直ちにマスクを外し、そして言った。

 

「今のうちだ。逃げるぞ」

 

 彼女は面食らった。慰労の言葉なり、感動的な台詞なりを期待していたのだ。

 

「もうよろしいんですか? どの船でも献花やら何やらしているようですが」

 

 ディネルースは眉をしかめ、咎めるように言った。

 

「海賊船だと言ったろ? あれは冗談じゃないぞ。さっきの一斉放送。あれな、全部、違法電波だ。実のところ、捕まっても文句はいえんのだ」

 

 噴き出した彼女に向けて、甲板にしゃがみ込んだエレンミアがマスクを取りながら言った。表情には疲労の色が濃いが、声には張りがある。

 

「沿岸警備隊の皆さんが義理堅くって助かりました。これで逮捕されたら格好がつきません。みんなが我に返る前に、とっととズラかりましょう!」

 

 彼女は思わず額を押さえ、天を仰いだ。

 

――とっととズラかる(・・・・・・・・)、だって? この王女殿下、昔はこうじゃなかったはずだが。もう一人の王女様の影響が、最近とみに強まっているみたいだ。でも、昔より、ずっと生き生きとしている。それは間違いない。

 

 だから彼女も答えた。

 

「了解しました、殿下。それとも、もっと海賊らしいほうが?」

 

 エレンミアはニヤリとして言った。

 

「お好きな方を選びなさい。直ちに撤退します」

 

「合点です、エレンミア船長」

 

 自称海賊船は、神妙に行事を続ける船の間をすり抜け、徐々に増速して帰路についた。

 

 その頃、旧オルクセン連邦の各共和国首都では、エルフィンド国の大使たちが各国政府と接触していた。悲鳴のような詰問を笑顔でかわすと、大使たちはいくつかの提案を始めた。

 

 

 

(エピローグ「戦争の終わりを求めて」に続く)




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