Fate/Queen Curses 作:宝石翁先生
キンコーンカンコーン。
授業の終わりを知らせる鐘の音が、黄昏時の校舎に怪しく鳴り響く。部活に入っていない生徒たちは既に下校し、未だ学校にいるのは部活生ばかり。教室はどこもがらんとしている。
外とは異なり、内は奇妙な静かさが漂う。
「めん…さい…」
だからこそ、小さくとも、人の声はとても目立った。
「なんだろ?」
たまたま居合わせた、忘れ物を学校に取りにきた生徒はその声が何故か気になった。それは、その声がとても悲しそうだったから気になったのか、本人にも理解できない。
しかし、事実としてその生徒は声が気になった。タタタッ、と小走りになり歩みを早める。
そして件の声の正体は、教室の端でうずくまった黒髪の男子生徒だった。
「ごめんなさい。ごめんなさい」
「えーと、君大丈夫? ここ一年の教室だから、一年生だよね? どうしたの?」
イジメか? 声をかけた生徒は真っ先にそれを疑った。
しかし、イジメというには腑に落ちない。周辺に人がいなかったことは分かっている。イジメをする人というのは、いじめている対象の反応を見て愉しむ者だ、と声をかけた生徒は経験で知っていた。
違和感。これはイジメなのか?
「なんかあったの? もしかして、具合悪いの?」
「ごめんなさい。ごめんなさい」
「…なんなんだよ、もう」
話しかけても意味のある返事が返ってこない。声をかけた生徒は苛立ち、そして少しだけ怖かった。人生で初めて狂気、というものを見たからだ。
キィ‥‥。
「な、なんだ!?」
バッと、転びそうになりながら反射的に振り返る。
音の正体は、掃除用具を入れたロッカーが少しだけ開いた時に出るものだった。それに、声をかけた生徒は安堵の息を漏らす。
ピチャ、ピチャ。
雨がちに落ちるような音が、どこからか鳴っている。声をかけた生徒は気づいた。それが、ロッカーから溢れた“赤い水滴”であることに。
「は、は…?」
「ごめんなさい。ごめんなさい」
声をかけた生徒の身体は、吸い込まれるようにロッカーへと近づいていく。何故、ロッカーに近づいたのか。それは声をかけた生徒自身も分からない。何故か、と問われれば無意識、あるいは直感と明確に曖昧な表現で答えるだろう。
ロッカーを開ける。
「……ヒッ」
声が出ない。喉奥から引き攣ったような音が出るのみだった。
その“モノ”を見て、声をかけた生徒は本物の恐怖を知った。
「ごめんなさい…ごめんなさい…!」
それは、まるでいっぱいになったゴミ箱に力を加えて小さく圧縮して無理やり詰め込まれたゴミのように、不細工に、醜悪に、ロッカーにあった。
詰め込まれたゴミの正体は、
「は、林田…?」
人間である。
2002年1月20日 18時21分
冬木市〇〇町 ▼◼️高等学校より、男子生徒3名の遺体が掃除用具を入れるロッカーより発見された。調査の結果、そこに魔術の残骸は無かったため、魔術師による仕業ではないと判断。
よって、この件に対する報告は以上である。
報告者 言峰綺礼
◆
「目覚めの気分はどうかね? 少年」
意識が覚醒する。
瞼を開くと、そこには見覚えのない、漆黒のカソックを品よくきた長身の男がいた。
「え、あの…?」
「混乱するのも無理はない。しかし、君は自らが犯した過ちを知る義務がある。説明は必要かな?」
長身の男が慈愛のこもったような目で笑いかける。
瞬間、少年の脳裏に溢れ出す『存在する記憶』。同じクラスの生徒に自分が何をしたのか。
ーー吐き気がする。
肉を潰す音、骨が折れる音、折れた骨が肉に突き刺さる音、悲鳴、怒号、畏怖、恐怖……。全て、この頭は記憶してしまっている。
「うぷっ」
「…どうやらその必要はなさそうだ。今にも吐き出しそうなその顔を見れば、罪を覚え、そして懺悔していることくらい分かる」
「…あなたは、誰なんですか?」
「これは失礼、自己紹介がまだだったな」
カソックの男は、舞台役者のように演技がかって見えるほど美しく一礼し、顔をあげた。その顔には、やはり先ほどと全く同じ慈愛の笑み。
「この教会の神父、言峰綺礼という。今回は、迷える子羊の導となるべく、君をここへ招いた次第だ」
カソックの男ーー言峰綺礼は、少年へ顔を近づける。
「答えたまえ。君はーー乙骨憂太はなぜ、あのような惨い事をしたのか?」
「僕の名前…」
「当然知っているとも。それよりゆっくり、言葉を選んで答えたまえ。私とて本意ではないが、返答次第では君を殺さねばならない」
「や、やめて下さい!」
言峰綺礼の言葉に、少年は酷く狼狽し恐れた。その様は見ていてとても滑稽なほどで、言峰綺礼は安心させるようにさらに笑顔を浮かべた。
少年が狼狽している理由が、己が殺すと言ったせいだと認識したからだ。殺されたくないから狼狽しているのだと、言峰綺礼は誤認した。
少年が恐れているのは、自身の死なんかではない。死んでどうにかなるのであれば、既に自殺している。
「僕に敵意を向けないでください! 嫌味や暴言を吐かないでください!!」
ズズズゥ。
少年の背後、何もない影から闇が湧き出す。それは最初真っ黒であったのに、だんだんと白く色付いた。やがて輪郭もハッキリとし、最初は小柄な人間のようだったものが、2本の手を持ち足を持たない、宙に浮く巨大な化け物へと姿を変えた。
とんでもないプレッシャーが言峰綺礼を襲う。
「なんと…! これほど強力な使い魔は、見たことがないな…!」
「憂ぅ太ぁをぉぉ」
「やめてッ! やめて里香ちゃん!!」
少年が恐れていたのは、
「いじめるなぁぁああああああ!!!」
呪いの女王、『折本里香』の顕現であった。
これは、乙骨憂太が折本里香の呪いを解くための『聖杯戦争』である。