ゼスでの任務を終え、しばらく経った後。
―リーザス城 国王執務室―
かなみは通常の任務に戻り、天井裏でリアの護衛を行っていた。
目立たないところにある小さな穴から静かに耳をそばだて、天井裏や執務室内にリアに危害を加えるものが出ないか神経を尖らせている。
「リア様。これが本日あがってきた報告書です」
朝9時、マリスは朝食を済ませたリアに三十枚ほどの報告書を渡す。
「ありがとうマリス」
そう言ってリアは報告書を受け取り、読み始める。常人より速く、小難しい用語や複雑な図説などが挿入されているそれを、リアは事も無げに片付けていった。
「この、パラパラ砦の予算は何?」
リアは不審げな眼をして、マリスに尋ねる。通年の予算よりも多く想定が計上されているのだ。
「はい。青の軍の主計科から上がってきたのですが、この前リア様がゼス国境まで兵を進めた際に、戦闘は起きなかったもののやはり老朽化が進んでいたせいでその諸々で破損してる箇所が多かったのだそうです」
「ふーん……」
リアは唇を尖らせて、ペンをその上に置きながらしばし考えた。
「それにしてもこの予算は少しオーバーね。あとでコルドバを呼んでくれないかしら」
「将軍は今パラオ山脈で演習を行っております。かわりにキンケード副将が城に詰めてますが」
「そう。じゃあそっちでいいわ」
そう言ってリアはマリスに淹れられた紅茶を一口、口につけた。
そして、更に報告書に眼を落として、読み進めていく。量は残り半分になっていた。
「あぁ。そういえばもうすぐ建国祭の時期ね……」
リアはそれについてふれられた文章を見てふと口に出した。
建国から486年目を迎えたリーザス王国において、毎年その弥栄を願う国民と国家にとって重要な式典であった。
「今年はゼス王国から使節を送りたいと申し入れが来ております。いかがいたしましょう?」
「ゼスから? リアの知ってる限りでは、そんなことなかったはずだけど」
ゼスとリーザスには古くから因縁があるため、この年に至るまで使節を送ってくることなどなかった。事実上の敵国であるヘルマンも同上である。
「なんでも、カミーラダークを追い払うのに力を貸していただいたお礼も兼ねて、共に祝いたいとか」
「そう……。マリスはどう思うの?」
「僭越ながら、受けても良いとは思います。ヘルマンもまたいつ動き出すかも分かりませんし、ゼスと更に誼を結んで損はないかと」
マリスは時折こうして下問に対して端的に意見を述べる。リアは常にそれを参考にして決定を下している。
「でも、ただハイそうですかと二つ返事するのもねー。あのデコちゃん生意気だし」
「でしたら、敢えて放置してギリギリまで焦らすというのは」
「そうね。ちなみに使節は誰を送る予定と?」
「はい。ウルザ・プラナアイス氏と、チョチョマン・パブリ氏の2名を……」
マリスが上げたその名前をリアは10秒ほど脳内で反芻させた。
「ああ……。一人は式典の時にあいさつされたわね。もう一人は?」
「プラナアイス氏と同じく、四天王です。経済と総務全般を担っていると
「ふーん。王族一人もよこさないなんて、ますます生意気ね」
リアはいたずらっぽく笑みを作った。
「プラナアイス氏も治安と軍事を担っている方です。使節にかこつけて探りを入れてくることは考えられます」
「ま、あの事件で国内が滅茶苦茶のゼスで、リーザスに何か仕掛けるとも思わないけど……」
リアはもう一口、紅茶で喉を潤した。
「少しは国のメンツというものを教えてあげようかしら。マリス、その話はできるだけ引き延ばして、あの生意気王女を引きずり出したらOKの返事出しといて」
「承知いたしました」
マリスの返事を聞くと、報告書の続きを読み始めた。
「……」
マリスは時折かなみがいる方向に目をやる。存在の確認と、任務を行えているかの監視、管理を兼ねている。
かなみは昨日は深夜まで自己鍛錬をしていたのに加え、難しい話が続いてやや船を漕ぎ始めていた。
「ひっ……」
マリスの鋭い視線に気づいて、かなみはやや恐ろしげに視線を送り返す。
眠くなっていたのを見抜かれているのか、やや怒りの色を帯びた視線が帰ってきた。
(ときどき、眼が3つあるんじゃないかと思うのよね……)
かなみはそんなことを思いながら気合を入れなおし、警護任務を継続した。
「うんまあ……。あとは良いわね」
そう言って、リアは報告書をマリスに返した。
「決裁書は?」
「はい。本日はこれだけです」
報告書を小脇に抱え、マリスは次に3枚ほどリアの前に提出した。
「サウスの橋の修繕予算と、爵位上奏と、死刑執行命令書ね……」
修繕予算はあらかじめ詰めていたとおりだったので、すぐに玉璽とサインを記した。
「これは、農務大臣のところだったわね」
「はい。ニノミヤ氏は農民の子に過ぎませんでしたが、リーザスの農法を改革し、伸び悩んでいた北東部農村の収量を倍にしました。しかも、従来の栽培魔法を改善して種子の発芽を促すというのですから私も最初聞いたときは驚きました」
「そうね。確かにこれは爵位を与えるに値するわ。胃袋をまず満たさないことには国は成り立たないもの」
そう言って、これにも同じように玉璽とサインを記す。
「次はこれね……」
リアは表情を変えずに死刑執行命令書を見る。見るだにおぞましい罪状と犯行の概略が書かれている。
「30人の女の子を拉致して、強姦、その上そのうち14人を殺害……。すごいわね」
さしものリアもやや引いている。自分がかつて成したことはとりあえず脇に置く。
「彼はマウネスや、ノースなどの街で手当たり次第に婦女子を拉致し、自らのコレクションとして自身の邸宅に置いていたそうです。下級とは言え、なまじ貴族だったのに加えヘルマンが攻めてきたときも犯行を重ねた為、逮捕が遅れ、執行命令書もここまで遅れたのだそうです」
「地位を使った卑劣な犯罪ね。同じ女の子好きでもダーリンとは太陽とイカマンほどの差があるわ」
(そうかしら……。まあでもあいつは確かに、女の子は殺さないわね……)
そんな天井裏での思惑も知らぬ顔で、そう言ってリアは冷めきった眼で玉璽を押し、サインを著す。リーザスの国法では死刑執行と生死に関わる拷問はすべてリアの決裁を通さねばならず、リアのおかげで冤罪が見抜かれたり、罪一等を減じられることもあった。
「ふう。疲れた。マリス〜お菓子ちょうだい」
これまでの冷徹で女王然とした声色から、一転して甘えた声になった。この声はマリスとかなみ、そしてランスなどわずかの人間しか知らないものである。
「お疲れ様ですリア様。菓子ならばここに」
そう言って、マリスは決裁書と引き換えに、ペロペロキャンディを一つ渡した。
リアは嬉しそうに包を上けて、飴を舐め始めた。一国の王女から一人の女の子へとこうも早く変貌する。自分で開けないのは包を開ける瞬間を楽しみたいため。
そんな様子をかなみは毎日天井裏から観ていた。
「リア様。あと三十分程でブラン家と、ギャンバン伯爵が謁見に参られます」
「はいはい。分かってるわ」
リアはキャンディを舐めながら適当にそう答えた。
こうして、リーザス城の午前中は過ぎていく。
―リーザス城 中庭―
親友のメナドが副将となってからも、かなみは相変わらず昼食を共にしていた。
「メナド、おいしそうねそれ」
「へへ。これ? やっときれいに巻けたんだ」
メナドは箸で掴みながら、アスパラのベーコン巻きを見せつけた。
「これあげるから、一個ちょーだいね」
そう言ってかなみは昆布巻きを一つメナドの側に渡した。メナドは交換に応じて、一巻きをかなみは受け取った。
「偉いなぁメナドは。仕事が忙しくてもちゃんとお弁当作れて」
「ここしばらくは赤の軍は暇だからね。ここ一月は定時であがれてるんだ」
「そっか。リア様も当面はそんな気なさそうだし」
そう言いながらかなみは水筒のお茶を少し飲んだ。
「かなみちゃんは忙しいの?」
「まーね……。ゼスから帰っても酷使されまくりよ」
「そうなんだ。でもそれだけリア様が頼りにしてるってことでしょ? 凄いよかなみちゃんは」
メナドは少しだけ尊敬の眼差しでかなみを見る。
「そうなのかしらね……。まあ、悪い気はしないけど」
「ボクももう少しリック将軍から頼りにしてほしいし」
「何かあるの?」
あまり聞かない話なので、かなみは少しだけ前のめりになって聞く。
「最近、レイラ将軍と話すのをよく見かけるんだけど、聞いてもあまり内容話してくれないんだ」
「あー……そうなんだ」
かなみはマリスとリックの微妙な間柄を知ってしまっている為、曖昧にしか返せなかった。
「プライベートなことだからって笑って受け流してるんだけど、ちょっと気になって」
「メナドに気を使ってるだけじゃないの? 異性なわけだし」
「うーん……。まあそれもそっか」
メナドは得心して、もぐもぐと自身の弁当を食べ進めた。気にしてるといっても、さほどのことではないらしい。
「!? 誰っ!」
かなみはにわかに殺気を感じて弁当箱を片付け、ベンチの後ろにいる気配に対して、首切り刀を構える。メナドは当惑した顔でかなみをみた。
「かなみさん。私です私」
聞き覚えのある声で、かなみは警戒を解いた。同僚であり、リーザスの諜報機関の一人であった。
「ああ。貴女でしたか。全く、食事中に気配殺して現れないでよ……」
「申し訳ありません。火急な要件なもので」
「何かあったんですか」
かなみは彼女を責めることを止め、リア直属の忍者として身構えた。リーザスでは何人かかなみ以外にもスパイを持っており、各国からの情報を収集する任務を担っている。
本来謁見が許されない身分である為、かなみがリーザスに居る場合は女王直属である関係でかなみに伝達(居ない場合はマリスへ)している。上下関係はなく、あくまで対等である。
「Rを追っていたのですが、JAPANの織田家に入った事は聞き及んでますよね」
「ええ」
「しばらくは連絡が取れていたのですが、ここ数日急に途絶えてしまって……。かなみさんもご存知であろう伊賀を通じて情報を取ろうとしたところ……」
JAPAN出身のかなみにとっては懐かしい地名であった。そして、彼女はそこで口ごもってしまう。
「どうしたんです?」
「どうやらRの近くに凄腕の忍者がついたようで、ことごとく倒されるか、行方をくらませてしまっています」
「な……何よ……それ」
多くてもかなみとは一週間に一度程度しか合わないため、あまり関わりはないもののいずれもかなみよりは使える腕の持ち主である。それが易易と倒される事は信じられなかった。
「わかりました。リア様に早急にこの事は伝え、今後の対応を仰ぎます」
その言葉を聞くと同時に、風のように気配を消していった。
かなみはメナドに謝った後、昼食を切り上げてリアへ報告に向かう。
―リーザス城内―
「そう……。ダーリンの近くにそんな人が」
かなみの報告を聞いたリアは、少しだけ眉を動かしてそれに応じた。
「いかが致しますか。リア様」
リアは暫し考えた後、結論を出す。
「ダーリンの事は知りたいけど……。貴重な草のものをこれ以上減らすのも美味しくはないわね」
そう言って、リアは紅茶を口につける。
「いいわ。そういう事ならJAPANには暫く内偵を送らない」
「宜しいのですか?」
「ダーリンは今JAPANの大名みたいなものなんでしょ? それに加えてそんな人がついてるなら安心だもの」
リアは満足げにそう答えた。
「しかし何者なのでしょうかその忍者というのは」
マリスもにわかには信じられない様子で呟いた。
「まあ。かなみよりはずーーっと使えるのは間違いないわね」
リアはそうかなみに軽口を叩く。
「なっ……うう……」
全く反論が出来ないため、かなみは唇を噛んだ。
かなみ自身もかなり不思議に思っており、まさかそれが未来の自分に大きな影響を与える人物に成るとは知りもしなかった。
「ダーリンの事だし、必要ならリアの力も頼ることもあるでしょ。その時にまた偵察を再開すればいいことよ」
「流石はリア様。賢明にございます」
「その時、一番目の援軍はかなみにいってもらおうかしらね」
と、リアは妖しい笑みを浮かべてかなみを見る。
「また私が行くんですか!? さすがにもう勘弁してぇ……」
かなみは普段の敬語を忘れ、半泣きになってそれが現実にならないことを祈った。しかし、近いうちに、それが現実になってしまうことを彼女は思い知らさせることになるのであった。
―終―