「ふんふんふーん」
シィルは織田城下のランス屋敷で、鼻歌を歌いながら洗濯物を干していた。
昨日も相変わらずランスに5,6発抱かれていたが、それでも彼女はここでの生活を楽しんでいる。
今日の尾張は快晴で、やや秋めいた風が肌を撫でるちょうどよい気候であった。その清々しさもあって彼女の家事は普段よりもはかどっている。
「おうシィル。随分とご機嫌だな」
織田城から帰ってきたランスも、また機嫌が良さそうであった。
「ランス様。お帰りなさい」
シィルは洗濯物である、自身の上衣を抱えながらランスを出迎える。
「うむ。今日ようやく志津香とマリアが来てな。これで俺様の軍もよりハイパーになったわけだがはははは」
「志津香さんとマリアさんがですか? 私も久しぶりにお会いしたかったですね……」
シィルは少しだけ残念そうな顔をする。
「大丈夫ですよ。お二人は今、兵や軍の手続きで少し時間が取られているだけで、落ち着いたら、シィルさんにもあいさつしたいとおっしゃっていました」
と、香姫がランスの背後からひょっこりと顔を出した。
「香様! すみません。すぐにお茶を」
シィルは洗濯物を持ちながら、突然の香姫の来訪にあたふたする。
「いえそんな。お構いなく。こちらが押しかけてきたんですから」
「いーや駄目だ。さっさと用意しろ」
と、ランスはニヤりと笑いながらシィルに指示した。
「ひんひん。もうすぐ終わりそうだったのに……」
「あ、あの私が残りやりましょうか?」
香は申し訳なさそうにシィルに申しでる。
「洗濯物干したことあるのか?」
「だ、大丈夫ですよ! 兄と何度か庶民生活の訓練? みたいなのでやりましたから」
香姫はやや頼りなさげに胸を叩いた。
「なんか不安だな……」
「香様にそんなことさせられません。どうかゆっくりとお待ち下さい」
シィルは洗濯カゴを軒下に置き、そのまま台所へ向かった。
「全く何年一緒に居ても、落ち着きのないヤツだ」
そう言ってランスは屋内に上がり、居間のちゃぶ台に腰をおろした。香もそれに続き、ちょこんとランスの隣に座る。
「ランスさんが無茶をさせすぎなんじゃないですか? 正直、時々かわいそうだと思います……」
「香ちゃん。何度も言うがあれは奴隷だ。それくらい酷使して当然なのだ」
ランスはさも当然なように、香姫に語りかけた。
「そうなんです……かね? 未だに私にはよくわからないです」
「そういうもんなの」
そうこう話しているうちに、シィルが茶菓子を持ってきた。
ランスと香姫の分の煎茶と、ようかんが三切れずつ小さな皿に載せられている。
「どうぞ。こんな物しかありませんけど」
「おいシィル。貴様、俺様の家にある物をこんな物とはどういうことだ」
「えっと……。JAPANではお客様にはこう言って、お茶を出す習慣があると聞きました」
と、シィルは香姫に目配せする。
「そうですよランスさん。JAPANでは敢えて自らを
「ム。そうなのか。しかしこんなものと言われた方は、あまり気分をよくしないもんじゃないのか」
ランスは素朴な感想をぶつけるが、香姫は意に介さず、串にさされたようかんを口に入れた。
「そういうものなんです。あ、このようかんおいしいです。シィルさん」
「うむ。俺様好みの甘さだ。悪くない」
「お気に召したようで、良かったです」
ようかんに舌鼓を売っている二人を横目に、シィルはそう言いながら、さりげなくやりかけていた繕い物を再開した。
「シィルさんは食べないんですか?」
シィルの分の皿がないことに、気づいた香姫が尋ねる。
「えっと……」
「こいつには水で十分。ようかんなど奴隷には贅沢だ」
そう言って、ランスは残りのようかんも平らげた。
「そんな。シィルさんがかわいそうですよ。分けてあげてください」
「えー」
「えーじゃありません。シィルさんにあげないなら私も、これ以上食べませんから」
香姫はやや怒っている視線をランスに向け、二切れ残っているようかんの皿を遠ざけた。
「わ、私。今、甘いもの食べたい気分じゃないですから」
もちろんその場限りの言い訳で、本当は自らも食べたかった。
10秒ほど気まずい雰囲気が続いたが、ランスはため息をついて
「あーわかったわかった。こういうときの香ちゃん強情だからな。箱ごともってこい」
「は、はい!」
シィルは喜び勇んで、台所に向かい、まだ切れていない長いようかんと小さなナイフ、自らの小皿をもってきた。
「そ、それじゃあ、いただきます。ランス様」
といって、ナイフに手を出そうとするが
「ストップ。ここは俺様が切ってやろう」
と、シィルよりも早く柄をつかんだ。シィルは直感して、これはわるだくみしてる顔だと気づく。
「えっ」
「ラーンス……」
ランスは頭上に大きくナイフを振りかざし
「チョーーップ!!」
と、ようかんに刃を振り下ろした。ようかんは箸で掴めるギリギリのペラペラサイズで切り分けられ、ちょうどそこで刃が止まった。
「あーん……ランス様ぁ」
「がはははは。食えるだけ香ちゃんに感謝するんだな。ほれ、味わって食え」
そう言ってランスは切り分けられたようかんを小皿に取り、シィルに突き出した。
「しくしく……いただきます」
「もう。ランスさんったら」
香は呆れた顔でランスに視線を注いだ。
「もぐもぐ……。あ、でも、おいしい」
シィルは串に刺してようかんを食べたが、それでも甘みが広がり、シィルの心を和やかにした。
「シィルさん。後で茶屋でお団子ごちそうしますから」
「ありがとうございま……えっ?」
シィルはお礼を言いかけたが、香の作った団子と解釈して思わず聞き返した。
「ああ……い、いえ、兄のです。朝は調子良くて久々に作ってくれたんです」
香は申し訳なさそうに小さく返事をした。シィルはほっと胸を撫でおろす。
「なんだ。今日は起きれるのかあいつ。でも評定にはいなかったぞ」
「お団子をつくったらやっぱり熱を出してしまって、そのまま寝込んでしまったんです」
「何してんだ……。でも、そうかそうか。じゃあ久々に食ってやるか」
ランスはなんだかんだ信長の団子は気に入っている。
「ランスさんにはあげませんよ。シィルさんに意地悪した罰です」
「がーん……」
「し、しかし信長様もやはり思わしくないみたいで、心配ですね」
シィルはランスに気を使って、話題を切り替えた。
「そうなんです。でも、薬師も安静にしてればよくなるって言ってますし。私は兄を信じます」
「けっ。当人には安静する気なぞなさそうだがな。この調子だと俺様がJAPANを統一する方が先になっちまうぞ」
ランスは軽口を叩きながら、さらにようかんを自分の分だけ切り分けて口にいれた。
「ああ。そういえば評定の後、種子島から降伏を受け入れると知らせがありました」
「そうか。うむうむ。マリアも来たし、遠距離部隊が充実するな」
ランスは更に気分を高揚させる。
「しかし、武田は強力でござるよ。鉄砲でも大砲でもこめてる間にびゅーんと来ちゃうでござる」
「なあに。それはあのロリコンと戦姫ちゃんに壁になって……あーっ! 鈴女てめーなに残りのようかんくってんだ!」
「にょほほほ」
いつのまにランスの隣に降りていた、鈴女はようかんを頬張りながら、ご満悦な顔をしていた。
「鈴女さんは相変わらずちゃっかりしてますね」
香は少しは溜飲が下がったのか、くすくすと笑いながら鈴女に話しかけた。
「ランスが隙だらけなのが悪いのでござるよ」
そう言いながら鈴女は残りのようかんを丸々食べきった。
「くそっ。後でおしおきセックスだからな! 今日は寝かさねーぞ! あへあへのうひうひにしてやる」
「望むところでござるよ。にんにん」
「うう……」
免疫のない香は縮こまってしまっていた。
「え、えっと……。ランス様、お買い物に行ってきますね。お夕飯の材料買い足さないと」
「おう。行って来い。こかとりすとぶたバンバラの肉3kgくらい用意しとけ!」
「そんなにあっても食べきれませんよぅ……」
そんなこんなで、シィルは家を後にし、買い物かごを持って外に出かけた。
―市場―
織田の城下では毎日のように市がたち、大いに賑わっていた。
特に近年は織田の勢力拡大もあって羽振りがよく、各国から商人たちがつどっている。
「よし。こんなものかしら」
シィルは夕飯の材料をあらかた買い込み、家路につこうとすると、懐かしい声がした。
「あ。シィルちゃんだ! おーい!」
マリアが大きな声で、シィルの名前をよんだ。
「やめなさいよはしたない……」
志津香が軽く小突いてマリアを制止させようとした。その間にシィルが二人の側まで駆け寄ってきた。
「でも、結構久しぶりじゃない。ねーシィルちゃん」
「はい。お二人共、おかわりないようで良かったです。ゼス以来ですね」
シィルは二人に軽く頭をさげた。
「うんうん。シィルちゃんも元気そうで良かった」
「お二人共、もう入軍の手続きは済まされたのですか?」
シィルは香から言われたことを思い出して尋ねる。
「お二人? イヤねシィルちゃんったら。なんで私まであんなバカと一緒に戦争しなきゃならないのよ」
「え?」
「あー……うん。そうなの。とりあえずは私だけってこと。チューリップがどこまでJAPANで通用するか楽しみだわ!」
マリアはいまだ見ぬ戦場に心を踊らせている。
「どっかの大名で敵方としてあいつを殺せるなら、喜んでいくんだけどね……。マリアがいるから」
「もーそんなこと言わないで。私、志津香もいればもっと心強いんだけどな」
「あははは……」
シィルは力なく笑って二人の会話を見ていた。
「それ、買い物?」
志津香がシィルに尋ねる。買い物カゴからはち切れんばかりの食材が詰められていた。
「あ、はい。お夕飯の材料です」
「こんなに……? 相変わらず、無茶をやらされてるのね」
志津香は同情の目線を向ける。
「でも。私はその……好きでやっていますから」
「偉いなあシィルちゃんは」
マリアは尊敬と、少しだけ羨望の混じった視線をシィルに投げかけた。
「カスタムの皆さんはお元気ですか?」
それを聞くと、二人は一瞬だけ表情が暗くなる。
「あぁ……うん……」
「え。えっとね。ランとミルは相変わらず元気だよ。カスタムもどうにか再建できたし」
マリアは取り繕うようにシィルに説明した。
「そ、そうですか。それは良かったです」
「でもミリがね……」
「ミリさんが?」
「亡くなったの。もう数ヶ月前のことだけどね」
マリアがやや言いにくそうに話す。
「えっ……そうだったんですか?」
「私達もびっくりしたんだけど……。ミルと冒険に行ってる最中に」
「ミルは遺影を持って歩いて、健気にふるまってるけどね」
志津香はうつむき加減にそう話した。
「それはあのなんというか……。答えにくいことを聞いてしまいました。ごめんなさい」
「いいのいいの! もう。シィルちゃんが悪いんじゃないんだから」
マリアは気持ちを切り替えて、シィルに気を遣わせないよう振る舞った。
「ミルちゃんはどうなんですか?」
「今はもうすっかり、元気に薬屋と幻獣使いとしてカスタムで元気にやってるよ」
「そうですか。ミルちゃんなら確かにその方がらしいですよね」
シィルは少しの時間だけ接したミルのことを想起しながら、そう朗らかに返した。
「ランス様には……。どう説明しましょう?」
「いいわよ。あんなバカに教えなくても。さして気にも留めてないだろうから」
「まぁランスの事だし、いずれまたカスタムに寄った時にミルが話すでしょ。シィルちゃんも、その時はあまり湿っぽい顔はしないでね」
マリアは今後のシィルの運命など露知らずに、そう助言した。
「そうですね……。そうします。あ、もうすっかりこんな時間に。それじゃあまた……」
そう言って別れのあいさつを交わし、シィルはランス屋敷の方向へ、足を進めていった。
「シィルちゃん。変わりなさそうでよかったね」
「そうね。久々に、温かい気持ちになったわ」
志津香は大きく伸びをしながら、シィルが去った方向とは反対に歩みを進めていき、マリアもそれに続いた。
「あんなバカさえ一緒じゃなきゃ。あの子はもっと良い人生を歩めるだろうに」
「そうかな? 幸せって人それぞれじゃない?」
「あー……。あんたはランスに変な幻想もってるからね」
志津香はそう軽口を叩く。
「もー。なによそれ」
「マリアがどんなにあいつを好きでも。シィルちゃんのかわりにはなれないってことよ」
「えっ……?」
マリアは得意げにそう言う志津香を見て、思わず立ち止まった。
「どしたの?」
「いや。志津香って案外、ランスのことちゃんと
「バッ……そんなわけないでしょ!!」
志津香はマリアに激昂したが、マリアは軽くいなしながら、尾張の大道を歩いていく。
―終―
ランス屋敷とは書きましたが、後半は外ですね……