―午前9時 リーザス城 謁見の間―
「青の軍の増強ね……。時局を考えればまずい話でもないとは思うけど」
リアは朝早く具申にきた、コルドバとバレスを前に凛とした声で話す。
「先のヘルマンとの戦による損失は、ようやく補うことが出来ました。しかし、魔人領での戦の趨勢を漏れ聞いた所、ケイブリス派が優勢であり、いつゼスのような事が我が国に降りかかるか」
コルドバはそう、増強の趣旨を説明した。
「でも、リーザスは魔人領からは離れているじゃない。ヘルマンとゼスが当面の盾になるでしょう?」
リアは和やかな相好をしながら、冷静な声色で返す。
「コルドバの申し上げた、ゼスにおける魔軍の侵攻ですが、わずかな時で首都を飲み込み、アダムの砦にまで攻め寄せております。ランス殿の活躍により、事なきを得はしましたが、一つ間違えればリーザスまで魔の手を伸ばしていた可能性は否定できませぬぞ」
バレスはコルドバの意見をそう言って、補足を加えた。
「平気よ、もしそうなったらダーリンが守ってくれるんだから」
リアは戯れる様子でもなく、さもそれが当然であるかのように言った。もし危機に陥ってもランスは必ず助けてくれると一分の揺るぎもなく、確信している。
「ランス殿は確かに英雄の気質を持つ素晴らしい御仁。されど、ランス殿は一人しかおりませぬ。手足となる我々が、十分な力も持たねば、力と物量で押す魔軍には抗しきれませぬぞ」
「我々青軍はその盾となる力です。上申した数を揃えていただければ、魔軍をリア様のもとには一切近づかせません」
コルドバは立ち上がり、自らの胸を叩きながら力強く上奏した。その音は王宮中に重く響き渡る。
「あいも変わらず、暑苦しいわね……。分かったわ。予算や徴兵計画の兼ね合いもあるから、すぐに裁可は出さないけど、数日中にマリスに対案を書かせるから、それと相談してちょうだい」
リアは隣に侍しているマリスに目をやり、アイコンタクトを取る。マリスは黙してそれに返礼した。
「はっ。ありがたきお言葉。お礼にハーモニカでも」
コルドバはハーモニカを懐から出したが、リアはコルドバの言葉も聞ききらないうちに、王座から去っていった。
「リア様はこれより、LP7年度に向けての税制委員会に臨席されますので、それはまたの機会に」
マリスはそうコルドバに告げて、自らも去っていった。
「そんな……新しいレパートリーが増えたのに」
コルドバはそれなりに、ショックを受けた顔をした。
「お主は一度吹き出したら止まらんからの……。まあ、他日を期すのじゃな」
バレスはコルドバの肩をポンポンと叩いて、そう励ました。
―リーザス城 廊下―
「助かりましたぞバレス将軍。あなたの口添えがなければこうも話は進みませんでした」
謁見の間から出て城外に出る道すがら、コルドバはバレスに礼を言った。
「なに。青軍の普段の働きがあればこそ。儂は何もしておらんよ」
バレスはそう言いながら、口髭をさわった。少しは嬉しそうである。
「お父様! ここにいたんですか」
スーが急ぎ足でバレスのもとにやってきた。
「騒々しい。どうしたのじゃ」
「今日は黒軍の定期演習の日ですよ。忘れていたんですか!」
「確かに今日はそうだが、まだ儂の出る幕ではなかったはずだがの」
バレスは口ひげを撫でながら記憶をたどる。普段演習をするときは、バレスは終盤以外は別の用事で出かけている事が多かった。
「今回は将軍直々に本格的なヘルマン侵攻想定の演習をするから、最初から居るって、ご自分で張り切ってましたよね」
スーは呆れたような顔をして言った。バレスは忘れていたとばかりに、目を開かせ、スーに2,3度小さく頭を下げる。
「そうじゃったそうじゃった。すまぬの。今は皆どうしておる。ずっと儂をまっておるのか」
バレスは演習場に向けて歩き出しながら、スーに尋ねた。
「いえ。エバンズ副将と、アールコート中隊長が上手く取り仕切って、作戦中盤の段階まで進んでいます……。もう、彼女はまだ士官学校出たばかりなんですよ。舵取られてどうするんですか」
アールコートはリーザス士官学校を出て黒軍に配属されてから、まだ一年も経過してなかったが既に頭角を現しており、バレスの肝煎りで中隊長にまで出世を遂げている。
「ホッホッホッ。流石はアールコートよ。儂が居らぬでもきちんとすべきことを心得ておるわ」
「ほう、噂の天才少女ですかな? まだ新米士官だというのに演習の指揮まで行うとは、なかなか」
コルドバも話に入ってきた。アールコートの噂は既にリーザス軍の中ではつとに知られている。
「まだ肝のすわりきっておらぬところもあるが、あれは100年に一度の逸材よ。将来が楽しみじゃわい」
「アールコートさんの話をすると、いっつもこれなんですよ。古参の将校さんたちが不憫です」
スーは困った顔をして、コルドバに愚痴を漏らした。しかし、コルドバは大きな肩を揺らして快活に笑う。
「がっはっはっ。良い話ではないですか。バレス殿の次を担う総大将候補が出てきたと考えれば、俺としても嬉しい限りですよ」
「コルドバ将軍まで……はぁ」
スーは小さくため息をつく。
「スーよ。そんな顔をするな。お前さんもゆくゆくは、参謀として儂の支えとなるじゃろう」
「別にアールコートさんに妬いてるわけじゃないんですが……。もう、早く行きますよ。いくら天才といっても、新米にいつまでも任せてたら、総大将として示しがつきません! では、コルドバ将軍、いつかまた」
そう言って、コルドバに目礼した後、スーはバレスの手を強く引く。
「こらこら。少しは年寄りをいたわらぬか」
「これでも十分いたわってるつもりです」
そんなやり取りをしながら二人は演習場に消えていった。コルドバはそんな二人を微笑ましく見送っていく。
「俺も早く、子どもでもつくるか……」
そんなことを呟きながら、コルドバも青の軍の本営へ向かっていった。
―午後3時 リーザス城郊外 演習場―
予定通りの演習を終え、バレスは各隊長級を集めてその総括を行っていた。今回の演習はヘルマン戦を想定して、用意した山道を登り、事前に用意した旗をどれだけ持って帰れるかを競うものであった。それだけでなく、一つ一つの旗を取るまでの過程を記録し、指揮能力も試験している。
「ベルロットの隊はそこそこの旗を取ってはおるが、統制が甘いのう。途中行方が把握できてない兵が何人もおるのは命取りになるぞ。今後はもっと、探索に気を遣うべきだの」
「し、しかし、これほどの兵を把握するのはやはり至難の業ですよ……。将軍のようにはなかなか」
黒の軍大隊長のベルロットはそう弱音を吐く。
「そこを統制してこその大隊長じゃ。旗を取るだけの力はあるのだから、今後はそこを補うようにせねばの。同エリアでの探索の成績はリーゲル中隊長が一番良かったから、そこから教わるのがよいじゃろう」
「は……ハハッ!」
このように、一人ひとり小隊長に至るまで丁寧に講評を下していく。そして、いよいよアールコートの番となった。
「どきどき……」
アールコートは当然一番成績が良かったものの、生来の彼女の性格からか、やはり緊張のしっぱなしである。
バレスは淡々と活動記録を読み終え、ゆっくりと口を開く。
「らしくないの、アールコートよ」
まず第一声がそれであった。他の隊長たちも一様に驚いている。
「さ、左様でしょうか? いつもの通り、アールコートは旗の数も、統制も文句のつけようもないと思いますが」
横に控えていた、黒の軍副将のドッヂ・エバンズが横から口を挟んだ。
「活動記録のこの部分じゃ。D地点において、旗を見つけたものの、対象地まで危険が多かったので敢えて見逃した……とある」
アールコートはそれを聞くと、ビクッと肩を震わせた。
「だが、報告地点とそこの至近に置かれた旗はそう無理のある地形も、標高差もない。しかし敢えて見逃した……普段のアールコートならあり得ん取りこぼしじゃ」
「えっ……。その、その地点についた時点で私も部下もそれなりに疲労していて……それで」
「手柄を譲ったのだろう?」
アールコートはたどたどしく理由を説明したが、バレスが核心を突く発言をした。アールコートは顔を伏せる。
「近似の時点でレフィンの隊がアールコートの取れるはずじゃった旗を取っておる。大方、取ろうとしているのを見かけて、そのまま通り過ぎた……。そんなところかの」
「うう……」
アールコートはうつむいたままである。その反応が、バレスの言ったことが正解であることをそのまま示していた。
「アールコート。先達や上官に気を遣っておるのは分かる。だが、そのためにみすみす目的を見過ごし、ましてや真意を隠した報告をするなど、黒軍の幕僚候補としては褒められたことではないの」
バレスは静かに、諭して聞かせるような声色でアールコートに説く。
「よく言うわよ。さっきまであんなに褒めちぎってたくせに……」
小隊長に紛れていたスーは腕を組みながら、小さくそう呟いた。ちなみにスーは今回は運営側であり、演習の対象とはなっていない。
「も、申し訳ございませんでした! バレス将軍」
アールコートは観念してバレスに頭を下げた。
「お主には力量もある分、妬みも買いやすい。だが、だからといって演習の時にそうして力を加減するのは、将として、してはならぬこと。以後はその緩みが兵を殺すことを肝に銘じ、励むように」
そう言って、バレスはアールコートの講評をしめくくり、別の隊長の講評へ移った。
―午後4時 リーザス城下 黒軍本営 休憩室―
演習を終え、黒の軍の将兵たちは各々の職務へ戻っていった。
アールコートは黒軍の休憩室で買った緑茶を飲みながら、一息ついていたが、やはりバレスから言われたことが頭から離れず、その表情は晴れなかった。
「やっぱり、ここに居たか……」
アールコートが気にかかっていたスーは、そのまま休憩室に入った。
「隣、いいですか?」
「ふぇ? あ、はい、どうぞどうぞ」
スーはアールコートの隣に席を取った。
「アールコート中隊長。おとうさ……、将軍のおっしゃることなど、そこまで気にしなくてもいいのですよ。強くなってほしいと思って、優秀な貴女には特別渋めに評価してるだけなんですから」
「そ、それだけなのでしょうか……?」
「それだけとは?」
「やはり、私のような、机上だけで、実戦では役に立たなそうな士官は要らないと、暗に思ってらっしゃるのでは……?」
アールコートは相当に思い詰めているのか、目に涙を浮かべていた。
「それ、他の将校の前でいわないでくださいね。貴女がいうと嫌味にしか聞こえませんから……」
スーは少し肩をすぼめ、心配の意も込めてそう言い含める。
その後、しばらくスーはアールコートを励ましていた。
―午後8時 バレス邸宅―
家に帰って夕食を済ませると、バレスは大体縁側で、趣味の将棋を指している。
一人で詰将棋している事も多いが、ここ1年はようやく将棋を一通り覚えたスーと指していることもある。最初は相手の持ち駒を使える駒持ちに加えて、バレスが十枚落ちのハンデを背負っても全く歯が立たなかった。
しかし、最近一ヶ月は駒持ちを無くし、飛車角落ちでも3割程度勝てるようになってきたので、思い切り背伸びして駒落ち無しの平手で挑んでいる。
「っと、これでどうでしょう」
「ほう! ここで角を覗かせてきおったか……腕をあげたのう」
スーはそう言われると、少しだけ嬉しそうな顔になり、頬を掻いた。
「もう何年やらされてると、思って……あ!」
しかし哀れ、その角の利きは、即座にバレスの持ち駒であった桂馬に防がれてしまった。
「ホッホッ。脇が甘いのうスー」
「うう……。オトナゲ、ナイ……」
自信を砕かれたスーは片言になり、ややいじけた表情をする。
「やはりまだまだ儂に、平手で挑むには早かったかの」
「い、いえ。まだ手が、手があるはず……」
スーはそれでも諦めず、盤面をじっと見据えて思考をめぐらせた。
「父上、またスーとやっておられるのですか」
そうしていると、たまたま泊まりにきていたバレスの娘であり、スーの義姉にあたるハウレーンが、間に入ってきた。
「そうじゃ。生意気にも平手で挑んできおってのう。こうして揉んでやってるところよ」
バレスは機嫌良さそうに口ひげを撫でながら言う。
「全く、将棋となると本当に容赦なくなるんだから……」
呆れながらハウレーンは盤面を眺めた。
「スー」
ハウレーンはスーに目配せをして、暗示する。
すると、上手く察したのか、スーは銀将を打ち込んで、逆にバレスの玉将に王手をかけた。
「むっ……。ハウレーン、やりおったな」
バレスは少し恨めしげな目を、ハウレーンに向ける。
「ふっ……美しき姉妹の、共同作業といってくださいな」
そう涼やかな顔で言い、ハウレーンはその場を去り、自室へ戻っていった。
「さすがはハウレーン姉様。このような手があったとは」
スーは満足げに微笑んだ。
バレスはその後形勢を立て直し、勝利へもっていく。
「参りました」
あれから15手程度後に、王将を詰まされ、スーは素直にバレスに頭を下げた。
「うむ。だが、本当によく腕をあげたぞ。スーよ。このままだとそうじゃな……」
バレスは暫しおとがいに手を当てて考える。
「儂が死ぬまでには、香落ちくらいでも勝ててるようになっておるかのぅ」
「もー……。絶対、絶対にいつかは平手で打ち負かしますから!」
スーはキッと強い目でバレスを見据え、リベンジを誓った。
「ホッホッホッ。さて、もう夜も遅いし、そろそろ寝る準備でもするかの」
こうして、リーザス軍総大将の夜は更けていくのであった。
―終―