ランス短編・中編集   作:OTZ

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時系列は5D~6の間くらいです


シィル、風邪をひく

―アイス ランス自宅―

 

「ふっ……嫌だなあ奥さん。ちょっとお茶するだけじゃないか……」

 

 ある朝。ランスはそんな寝言をベッドの上でぶつぶつ言っている。

 そうしていると、もぞもぞと彼の下半身で、うごめくものがあった。

 

「んっ……な……なんだ」

「あ、ご主人様~。おはようございますれす」

 

 違和感に気づき、ランスが目を覚ますと、ペットのあてな2号がランスのハイパー兵棋を取り出そうとしていた。

 

「……。なにしてやがる」

「ご主人様のがつらそうにしていたから、すっきりさせてあげようと思ったんれす」

 

 あてなは発情しきった顔でランスを見つめていたが、ランスは覚めきった目である。

 

「離れんかコラ」

「嫌れす」

「えーい。今、俺様はお前とする気分じゃねえんだ! いいから離れんか」

 

 ランスは不機嫌たっぷりにあてなを蹴飛ばした。

 

「ぴえーーーん。ご主人様いじわるれす……」

「誰のせいだ。というか、シィルはどうしたんだシィルは。飯の匂いもせんし」

「シィルちゃんなら、ずっとソファで寝てるれす。役立たずれす」

「なんだと」

 

 ランスは半分寝ていた脳を覚醒させ、居間へ向かった。

 

―居間―

 

「あ……。ランスさま。おはようございまゲホッ……おはようございます」

 

 シィルはよろよろと掃除しようとしていたが、ホウキを握る力が入らず、へなへなと座り込んでしまった。声もかすれて鼻声になっており、明らかに彼女は風邪を引いていた。

 

「起きているではないか」

「ち……。さ、さっきまで寝ていたれす」

「本当か? シィル」

 

 ランスはシィルを睨む。

 

「あ……は、はい。ちょ、ちょっと調子が良くないですけど、今から朝ご飯つくりま……あっ」

 

 シィルは台所に向かおうとしたが、滑って転んでしまった。

 

「何してんだ鈍臭い奴だな。さっさと起きんか」

「す、すみませんランス様……ゲホッゴホッ」

 

 シィルの体は悪寒で震えており、見るからに辛そうであるが、シィルは気丈に振る舞おうとしている。

 またふらふらと立ち上がり、台所に向かおうとしているが、その足取りは重い。

 

「キリキリ歩かんか!」

「はぁ……、はぁ……。すみません、どうしても辛くて……」

「ね? ね? シィルちゃんはこの通り、奴隷のくせにろくに働けそうにないれす。だから、今日はあてなと……」

「黙らんか。ペットの分際でご主人様に物を言うな!」

 

 ランスはあてなに拳骨をくだした。

 

「酷いれす酷いれす。ペット虐待れす。人権団体に訴えるれす」

「お前は人じゃないだろが」

 

 あてなの戯言を適当にいなしつつ、シィルのつらそうな様子をランスはしばらく観ていた。

 が、遂に痺れを切らした。

 

「あーーーもう。何してんだこのバカは……」

 

 みかねたランスは、頭を掻いて、シィルをお姫様抱っこの要領で抱き上げた。

 

「げほっ……。どうされたのですか。ランスさ」

「あてな。その机どかせ」

「は、はいれす」

 

 ソファの前にあるテーブルを、あてなはそそくさと動かした。

 

「布団」

「へ?」

「いいから布団しけって言ってんだ!!」

「どこにあるかわかんないれす」

 

 あてなはうつけた顔でランスを見上げた。本当に知らなそうである。

 

「は? 自分の家にあるものくらいわからんのか」

「あてなはきちょー品管理担当れすから、そうでないものはしらないれす」

「むがー! ふざけるな! 俺様の家にあるものくらい全部把握するくらいゆーづーきかせられんのか!」

 

 ランスは大声であてなを怒鳴り散らしたが、あてなは胸を張る。

 

「あてなは高性能だから、余計なことは覚えないようにできてるんれす。えっへんえっへん」

「はぁ……。わかった。じゃあさがしてこ」

「げほっ……。あ、あてなちゃん。お布団だったら、けほっ。ランス様のお部屋の、ごほっ、クローゼットに入ってるから、そこから、出してくれる?」

 

 シィルは辛そうな声であてなに弱々しくお願いした。

 

「分かってんだったらさっさと言わんか!」

「ひんひん……すみません……ごほっ」

「なんかシィルちゃん生意気れす。もっとちゃんとお願いしてくれないといやいやなのれす」

「お前もさっさと持ってこんか!」

 

 そういうわけで、どうにかあいた場所に布団を敷き、シィルを無事に寝かせた。

 

「全く。ご主人様にこんな手かけさせやがって。ふざけた奴隷だぜ全く」

 

 ランスはシィルの頭の側に立って、嫌味を言った。

 

「すみませんすみません……。げほっ」

「むぅ……しかし」

 

 ランスは病に苦しむシィルを見る。白い肌には汗が浮かび、肌は紅潮し、胸のあたりも呼吸で大きく起伏を繰り返している。

 

「ぐふふふ……。しかし、いかん、いかんぞ。シィルよ。奴隷ならば体調管理くらいできなければダメではないか」

 

 ランスは口元をいやらしく歪ませながら言う。

 

「へ? ……ごほごほっ」

「またこのようなことがあってはいかん。スーパードクターたる俺様が、じきじきに診察してやろうではないか」

「え? そんな。大丈夫ですよランス様。ごほっ。ただの風邪ですから。ちゃんと寝ていれば」

「えーいうるさい。そんなのお前にわかるものか。お前は黙って、俺様のセッ、じゃなかった診察をうければいいのだ」

 

 そう言ってランスは掛け布団に手をかけ、2発発散した。

 

「ひんひん……。酷いですランス様。げほっごほっごほごほっ」

「うーん……。なんか余計にひど……。いやいや、体の奥深いところに、俺様のハイパーなスペルマをくれてやったんだ、きっと治るはずだ。がはははは」

 

 すっきりしたランスはそう言って高笑いをした。

 

「ぐすん。ご主人様仲間外れなんてひどいれす……」

「悔しければ、お前も風邪をひけばよいのだ」

「そんなぁ……」

 

 あてなはがっかりと肩を落とした。

 

「ふー。しかし体を動かしたはいいが、腹がいい加減減ったな。そういえば朝飯もまだだった。シィルはさすがに役に立たなそうだし」

 

 時計は既に正午を回ろうとしており、昼の時間帯である。

 

「あてなが作るれす」

「ふざけるな。俺様を病院送りにするつもりか」

「えー……。じゃあどうするんれすか」

「ふっふっふっ」

 

 そういってランスは、立てかけてあった物干し竿を使って、天井を思い切りついた。

 

「わっ」

 

 その声は限りなく小さかったが、ランスは聞き逃さなかった。

 

「おーい。居るのはわかってんだぞ。出てこいかなみ」

 

 しばらく時間が経過して、かなみが天井裏より降りてきた。

 

「うう……。バレてないと思ったのに」

 

 かなみは悔しそうな顔をランスに向けた。

 

「がははは。俺様をごまかそうなど100年早いわ。なんだ。またあのリアのバカが差し向けたのか?」

「そうよ。定期的に様子見に行けって……。最悪」

 

 かなみは深くため息をつく。

 

「こそこそ監視されるのは気に食わんが……。こういう時は好都合だ。話は聞いていたな?」

「う、うん」

 

 かなみは小さくうなずく。

 

「そういうことだから、今よりかなみを臨時奴隷に任命する。とりあえず飯作れ」

「は、はぁぁぁぁぁ!? なんで私がそんなことしなきゃ」

「ほー。言う事きかんのか。リアにちくっちゃおっかなー」

 

 ランスはあさっての方向にむいて口笛を吹いた。

 

「わ、私の任務は監視と警護であって、そんなことまで」

「そんな言い訳、あいつに通じると思ってるのか? まあ。あることないこと言いふらすけどな」

「うっ……。この卑怯者」

 

 かなみは蔑んだ目線をランスに送る。

 

「ラ、ランス様。かなみさんが、ごほっ。かわいそうです。けほっ。ご。ご飯でしたら私が、げほっ作りますから」

「うるさい。お前は黙ってろ」

 

 シィルは無理に上体を起こし、立ち上がろうとするが、ランスの視線で止めさせられた。

 

「シィルちゃん……」

「おいかなみ。お前はあの姿見てなんとも思わんのか。薄情なやつだなー。ま、血も涙もないリアの部下だからしょうがねーか」

 

 ランスはニヤニヤ笑いながらかなみを言葉責めにした。

 

「もー……。わかった。わかったわよ。料理でもなんでもするから」

 

 かなみは観念した顔になって、肩を落とした。

 

「ふん。最初からそう俺様の言うことに従ってればよいのだ。30分以内に作れ。細かいことはシィルにきいてこい」

「はいはい……」

「やい新入り、ご主人様の口に合わなかったらただじゃおかないからな」

 

 あてなはそうかなみをいびった。

 

「うう。なんで私がこんな目に……」

 

 かなみはとぼとぼとシィルのところへ向かい、頭の側で腰を下ろした。

 

「かなみさん……。すみませんごほっ。私がこんな体なばっかりに」

「ううん……いいの。シィルちゃんは悪くないんだから。あんなコキつかわれたらそら体も壊すわよね」

 

 かなみはシィルに同情の目線を向ける。

 

「いいんです。けほっ……私はランス様の、助手ですから」

 

 シィルは小さい声で言う。

 

「ほら、もう少し布団被せないと、こじらせちゃうよ」

 

 かなみはそう言って、シィルの首まで布団を引き上げる。

 

「ありがとうございます……」

「それで、なんだけど、玉子ってある?」

 

 かなみはおそるおそる尋ねる。

 

「あ、はい。昨日安売りしてたので2パックくらいごほっ。冷蔵庫に入っていますけど」

「ほっ……」

 

 かなみは胸をなでおろす。

 

「かなみさん?」

「ううん。それがあるなら大丈夫。お台所、借りるわね」

 

 そう言ってかなみは立ち上がり、台所に向かおうとした。

 

「あ、かなみさん!」

「何?」

「えっとその……。玉子はできるだけ消費期限の早い方から、つかってくださいね。ごほっ」

 

 シィルはやや恥ずかしそうに言う。今月もギリギリな家計なだけに節約志向である。

 

「あ……うん。わかった」

 

―午後1時―

 

「はい。できたわよ」

 

 かなみは不機嫌そうに、ランスに食事を出した。厚焼き玉子に作り置きのサラダ、味噌汁、ごはんであった。

 

「おせーぞ。30分で作れっていっただろ!」

 

 エロ本をソファで読んでいたランスは、ズカズカとダイニングテーブルへ向かった。

 

「しょうがないでしょ。ご飯炊いてなかったんだから……」

「たく……。だいたいなんだこの食事。品数少なすぎだろ」

 

 ランスは卓上の料理を見て早速文句をつけた。

 

「だ……だって、これくらいしか冷蔵庫に」

「嘘こけ。昨日シィルが買い出しに行ってたから、それなりにあるはずだぞ」

「うっ……」

 

 まさか出来合いを除いたら厚焼き玉子くらいしか、自信を持って作れないとは言い出せないかなみであった。

 

「ちっ。まあいい。食ってやる」

 

 そう言ってランスは味噌汁から手をつけ、食べ進めていった。

 かなみは持参していた兵糧丸を口にしながら、反応を注意深く見守る。

 

「ね。ねぇ」

「んー?」

「その、美味しい?」

 

 ランスはサラダを口にした後言う。

 

「旨いもなにも。半分以上シィルの作り置きだろが」

「うっ……。でも、でも厚焼き玉子だけは私が……」

 

 そう言われて、ランスは無言で厚焼き玉子を切り分け、口に入れた。

 

「ん……おー……」

 

 ランスはもぐもぐと咀嚼し、飲み込んだ。

 

「ど……どう?」

「うんまあ……悪くはないな」

 

 ランスは素直に褒めようとせず、そのまま二口目にかかった。

 

「な、なによそれ。うまいかまずいかはっきり」

「うるさい」

 

 そう言って、ランスはお茶を飲んでかきこんでいく。

 

―午後3時―

 

 ランスは昼食を食べ終えると、色々とかなみに家事を命じて、外に出ていった。

 あてなの妨害やいたずらに手を焼きながらなんとかこなし、シィルの看病を行っている。

 

「シィルちゃん。おかゆできたけど……食べれる?」

「げほっ……。あ、はい。なんとか食べれると思います」

 

 シィルは上体をおこし、小さい土鍋に入ったおかゆを受け取る。

 

「ごめん。本当ならまっさきに作るべきだったんだけど……」

「仕方ないですよ。げほっ……。ランス様の言われた事のほうが先ですから」

 

 そういってシィルはふーふーと息をかけながら、おかゆを口にした。おかゆには玉子と梅干しも入っている。

 

「ど、どう?」

「ふぅ……。おいしいです。良い感じに味もついていますし」

 

 シィルはにっこりとかなみに微笑んだ。かなみはほんの少しだけ救われたような心地になる。

 

「よ、良かった……」

 

 かなみは深く息をついた。

 

「もぐもぐ……。もしかして、ランス様が。けほっ、お昼に言われたこと、気にしているんですか?」

「え、いや……別にそういうんじゃ」

 

 シィルはゆっくりと2,3口更に食べた後、続ける。

 

「ランス様……。素直なお方じゃないですから。げほっ。まず美味しいなんていわないんです」

「えっ」

「でも……けほっ。悪くないとか、そういう事いった後に、全部食べている場合は……げほっ。おいしいと思ってくれてる証なんです……よ」

「あ……そういえば」

 

 なんだかんだ完食していた上に、おかわりにもう1回作らされた事までかなみは思い出した。

 

「はぁ……。全く、もっとちゃんと、そういう事口にすればいいのに」

「あはは……」

 

 シィルはさらに食べ進めて、8割型食べ終わっていた。

 

「おかわり、いる?」

「いえいえ。けほっ。大丈夫ですよ。これだけ食べれば、十分ですから。げほっ」

「そう。咳すごいけど、他になにかある? 頭が痛いとか、関節が痛いとか」

 

 かなみは心配そうに尋ねる。

 

「今のところそういうのはないですから……げほっ。ただの風邪ですよ」

「なら良かった。他なにか、欲しいものとかある? 風邪薬とか」

「一応常備薬はありますけど……。でもいいです。あれはランス様のためのものですからごほっ」

 

 シィルはそう言って薬を断った。

 

「そんな。そういう事言ってる場合じゃ」

「風邪は栄養をつけて、寝て治すのが一番良いんですよ? げほっ。免疫もありますし」

「そ、それはそうかもしれないけど」

 

 かなみは戸惑いの視線を投げかける。やはり苦しんでいるだけに放ってはおけないようだ。

 

「かなみさんがこうして看病してくださってるだけで、私には十分です」

「シィルちゃん……」

 

 なんでこんないい子が。そう思わずにはやはりいられないかなみである。

 そうしているうちに、シィルはおかゆをきれいに食べきり、お盆と土鍋をかなみに渡した。

 

「ごちそうさまでした。おいしかったです」

「あ……うん」

 

 かなみは盆を受け取り、ゆっくりと立ち上がる。それと同時に、玄関のドアが乱暴に開けられる。

 

「帰ったぞー! 出迎えをせんかかなみ!」

「はぁ……。シィルちゃん。出来るだけ早く治してね。私だって一応、他にも仕事あるんだから」

 

 玄関先から聞こえる声にうんざりした顔をしながら、かなみは下げられた食器を台所に持っていこうとした。

 

「はい。がんばります」

 

 シィルは申し訳なさげに目を伏せた。

 その後も夕食を作らされたり、他にも色々家事や、しまいにはセックスまでさせられ、かなみは事実上一日奴隷としてこきつかわれた。

 

―午後9時30分―

 

「ふぅ……。全く、ランスのお守りも疲れるわ。シィルちゃんよく毎日耐えられるわね」

 

 かなみはシィルの氷枕を取り替えながら言う。

 

「まぁ……もう4年以上はやりましたから。げほっ」

「慣れたってこと? それはまたなんというか……」

 

 そのさきの言葉を、かなみは敢えて口には出さなかった。

 

「それに。辛いことばかりじゃないですから。ごほっ。ランス様って時折、優しかったり、その、かわいい一面とかもみせてくれたりするんですよ」

「へー……。そうなんだ」

 

 かなみは半分共感できるようなそうでないような、そんな表情を見せた。

 そうしていると、風呂からあがったランスがすぐ側にまでやってくる。

 

「ふぅ。いい湯だったぞかなみ。お前も入ってこいよ」

「ランスが寝たらね」

 

 どうせ覗くなり襲うのは目に見えているので、先に釘を刺す。ついでに夕食後に4回抱かれていた。

 

「で、どうなんだシィルは」

「んー……」

 

 かなみはシィルの額に手をやる。

 

「そうね……。少しは熱も引いたみたい。咳もさっきよりは少なくなったし」

「そうか」

 

 そう言ってランスはどっかりとソファに座り込んだ。

 

「もしかして……心配してるの?」

 

 かなみはなんとなく尋ねてみる。

 

「バカ言うな。何日も倒れられたら、誰が俺様のハイパー兵器をおさめるのだ」

 

 ランスはまたエロ本を読みながら、適当に答える。

 

「ああ……」

 

 かなみは聞くだけ無駄だったと、いわんばかりの表情をする。

 シィルはそのさまを少しだけ微笑ましく眺めていた。

 

「え。シィルちゃん……もしかして、そういうこと?」

「そういうことです……げほっ」

 

 かなみはシィルの言う事の意を得られず、ランスのことを、気づかれないようにそれとなく観察していると、本をよみつつ、一瞬ではあるがシィルの様子を時折見ていた。

 

「あぁ……」

 

 かなみはなんとなく、シィルの言っていたことを理解した。

 

「なんだ、奴隷二人でひそひそと」

 

 ランスは二人を見咎めて尋ねる。

 

「いえいえ。別に」

 

 二人はほぼ同時に答えた。

 

「仲いいなお前ら……」

 

 ランスはそう言って、エロ本に視線を戻す。

 こうして夜は更けていく。

 

―翌日 朝7時―

 

 かなみは一日の仕事を終え、そのままシィルの隣にあるソファで寝ていた。

 やがて、良い匂いがかなみの鼻腔をつき、目をさます。

 

「ん……」

「おはようございますかなみさん! 昨日は本当にありがとうございました」

 

 シィルはすっかり元気を取り戻し、満面の笑みでかなみを迎える。かなみの側にはシィルの淹れたコーヒーが置かれていた。

 

「あ……ああ。シィルちゃん。治ったんだ。よかったぁ……本当に!」

 

 かなみは目に涙を溜め、心の底からシィルの快癒を喜び、感情のあまり、シィルの太腿あたりに抱きつく。

 

「あ……もう。かなみさんってば」

「ご、ごめん。急にこんなことして」

 

 困惑したシィルの声を聞いて、すぐに元の位置に戻った。

 

「眠気覚ましにコーヒーを淹れてみました。お口にあえばいいんですけど」

「あ、ありがと」

 

 かなみはゆっくりとコーヒーに口をつける。作った人間の人格を表すような、優しい味であった。

 

「おいしい……」

「それは良かったです」

 

 シィルはコーヒーポットを持ちながら感想に応えた。

 

「あの、これ少ないですけどお礼のつもりです。任務の合間にでも召し上がってください」

 

 シィルはかなみに、数日分はありそうな手作りの菓子を渡した。

 

「あ、ありがと。でも、いいわよ。ランスはともかく、シィルちゃんの看病は半分くらい善意みたいな……」

「ふふ。でしたら、もう半分のお礼ということで……どうでしょう?」

 

 シィルの言葉に、かなみは言い返す気になれず。

 

「うん……。ありがと」

 

 と、包みを頑丈な竹で出来た入れ物に入れ、懐にしまった。

 

「さ、ランス様が起きないうちに」

「そうね……。リア様からはあくまで定期的に行けって話だし。それじゃ。さようなら、シィルちゃん」

 

 そう言って、かなみは煙のようにランスの家から去っていった。

 

「あ……。やっぱり忍者ってすごい……」

 

 シィルは思わず、そう感想をもらした。

 かなみが去って静かになると、ランスの部屋から唸り声が聞こえ、シィルはいそいそとランスの部屋に向かった。

 

―ランスの部屋―

 

「う~。くそっ。げほっ。このバカ奴隷が! なにご主人様に風邪うつしてんだ!!」

 

 ランスは高熱にうなされながらも、シィルへの罵声は衰えなかった。

 

「うう……ごめんなさい」

「昨日、あてなを差し置いて、新入りやシィルちゃんにえっちなことをした罰に違いないれす」

 

 布団に潜り込んでいたあてなはそう断言した。

 

「う。うるさい! げほっげほっぶぇっくし!!」

「あーランス様。お鼻が……、はいちーんってやってくださいちーんって」

 

 シィルは急いでランスの鼻にティッシュをあてる。

 こうしてまた、ランスの一日がまたはじまるのであった。

 

―終―

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