―カスタム チューリップ工場―
「ほう……これがチューリップの新型、D型機ですか」
女ばかりのチューリップ工房ににつかわしくない大男、コルドバが居た。彼は赤将リックと共にリーザス防衛計画の策定にあたり、新型チューリップの視察に出向いている。
普段は戦場や演習で荒々しく無骨な一面しか見せない彼だが、この時は珍しく武骨な手でチューリップに触れている。
「はい! 良質なヒララ鉱石を使った弾種の増加と、砲身の強化によって、連射に耐えうる耐久性になったのが特徴なんですよ!」
それに、頭に大きなリボンをつけた少女、マリアがいきいきと説明している。彼女のその声は工房中に響き渡っており、まるで水を得たサカナのように話す彼女は、チューリップの発明者であり、工場の最高責任者であることも忘れさせるような純真さがうかがえる。
「素材の購入や加工がまだ難しく、量産には至っていませんが、数年以内には新たなチューリップの主役になれると思います。青の軍の防衛用兵器としても使えるのではないかと」
それにマリアに次ぐ工房の管理者である香澄がそれとは対照的に、静かな口調で補足説明を加える。
「そうですなぁ。しかし、未だうちの軍には頭の硬い士官が多くて……」
コルドバは頭を掻いてそれを恥じていた。
「しかし、これはすごい兵器ですよコルドバ殿。私はカミーラダークの際、間近で見ておりましたが、正確な射撃でどんどん魔軍が薙ぎ払われていって……。今思い出しても、少し身震いするほどです」
「赤い死神がそこまでいうなら、相当なのだろうな。先のヘルマンとの戦の頃よりも大きく改良されてそうだ」
コルドバは感じ入った表情でD型機を見て、2,3度軽く砲身に触れた。その様はまるでずっと欲しかったおもちゃをようやく手に入れたかのような、童心も入り混じった充実感が垣間見えている。
「リア様に本格的に資金を出していただいたおかげで、鋼材や制御機構の整備が進み、ここまでの領域に達することができました。本当に感謝してもしたりません」
マリアは深々と二人に頭を下げた。
「総大将のバレス将軍も防衛計画としてチューリップを導入する事自体には賛成しているのだが……。しかし、如何せん、旧来の戦いにこだわる兵や貴族が多く、本格導入には時間がかかりそうで」
コルドバはそう言いながら、すまなそうにチューリップの置かれた台をながめる。
「そうですよね……。まぁしかし、チューリップ自体マンパワーやリソースの都合で何千も何万も簡単に作れるものではありませんから、仮に乗り気であっても限定的な運用にとどまってしまうとは思います」
香澄は目を伏せてそのような現実を言う。
「いいえ。香澄。まだまだ……、そう、もっと大量生産が出来るような素材なり機械ができれば」
マリアは斜め上を見て、思考を巡らせる。常に所持している小さなメモ帳に、慣れた手つきで草案となるスケッチや構想などを書き込んでいき、完全に自分の世界に入ってしまう。
「あの、マリア殿?」
リックがマリアに話しかけようとするも、視線をこちらに向けようともしなかった。
「ああ。こうなってしまうともう耳に入ってこないので、しばらく放っておきましょう」
香澄はそういって、別のチューリップシリーズの生産工場へと誘導した。
―事務所―
コルドバとリックはそれから30分ほど視察を続け、さらなる発注をリアに上奏すると約束をつけて去っていった。
その後、思わぬ来客がやってきており、工場に併設されている事務所内の応接スペースに通していた。そうはいっても工場に近くそれなりの騒音がある。
「しっかしまあでかくなったなここも。前来たときはまだ、せいぜい数十人くらいじゃなかったか?」
「うん……。まあ、ヘルマンが攻めてきたときはまだまだ立ち上げたばかりだったし」
マリアとランスはつい3年ほど前のことをそう振り返っていた。ランスとシィル、コパンドンはこれからJAPANに向かうというので、その道中でカスタムに寄り、マリアの工場を訪れていた。
「まー、世の中が荒れれば兵器がバカ売れする、っちゅーのは古今東西の法則やからね」
コパンドンはそう言いながらお茶請けのせんべいをバリバリかじっていた。マリアはコパンドンに相槌を打った後、そういえばとばかりにランスに体を向けた。
「さっきまでリーザスの人も来てたよ」
「ほう。誰だ? レイラさんとか、メナドとかか?」
ランスはにわかに身を乗り出して尋ねる。
「違うって。リックさんと……、あと確か青の軍のコルドバってすっごい大きい将軍」
「大きいってなにがだ? おっぱいか?」
ランスは更に、興味津々に尋ねる
「違うわよ。ものすごいガタイ良くて、私二人分くらいはありそうな、肩幅のすごい男の人だったの」
「ち。なんだつまらん」
ランスは一気に興味を失い、ソファの背もたれにもたれかかった。
「はわわ。凄いですねマリアさん。いつの間に、そういう人が訪ねてくるほどになるなんて」
シィルはマリアに畏敬の意味合いを込めた眼差しを送る。
「へへ。ありがと。シィルちゃん」
「ほー。わざわざリーザスから将軍が直々に二人も来たんや。すごいこっちゃね」
やはり経済に明るいだけあって、コパンドンは世事に明るく、その話題に食いついた。
「なんでも追加での受注を考えていて、特に防衛担当のコルドバさんなんかは前々から来たがっていたようですごく食いついて見てたんだ」
マリアは大国の将軍にその真価を見せることが出来てテンションが上っているのか、嬉しそうに語る。
「追加? もしかして近くにまた戦争でも起きるーいうことか?」
コパンドンは身を乗り出してマリアに更に食いつく。
「あーいや、というよりかは、あくまで防衛計画の更新でチューリップを追加で配置したいということだったから……。戦争というよりはあくまで備えを増やすっていう意味合いかな」
「なんや。そうなんか」
コパンドンはそう言って、椅子に座り直した。
「なんだお前。そんなに興味あることなのか?」
「そりゃー戦争いうたらバリ儲かるチャンスやん。ポルトガル人として見逃さない手はないやん! こういうネタは先に知って手を打つのが一番儲かるんや」
コパンドンは自信満々にそう語った。先のゼス崩壊でもいち早くそれを知って、一財産を築いただけに、その嗅覚は常に研ぎ澄まされている。
「そ、そうか……」
ランスはあくまで金に目のないコパンドンを前に、やや引き気味に言葉を返した。
「言うたやろ? いつかランスの心ごとを買うて。ウチは本気なんや」
「俺様はあくまで俺様だ。金で買えるものじゃない」
そんなランスの言葉にも主張を変えようとしないコパンドンだったが、気まずくなったのか、マリアが話を切り替える。
「そ、そういえばランスたちはJAPANにこれから行くのよね。いいなー。あそこには大陸にはないアイテムとか、素材があるって聞くから気になってるんだ」
マリアは心の底からうらやましそうな視線で、三人を見た。好奇心旺盛な彼女にとって、とりわけエキゾチックさが豊富にあるJAPANはそそられる題材である。
「JAPANには温泉もたくさんありますし、そこでのんびりしようかなとも思っているんです」
「わ~。温泉かぁ。それもいいなぁ。私も最近色々凝っちゃって……」
マリアは仰々しく肩を回す。
「なんだマリア。そんなに凝ってるなら俺様のゴッドハンドで」
ランスは下心見え見えな表情で、両手の指をいやらしく動かした。
「い、今は結構です! はぁ……でも、こう忙しいんじゃ、JAPANに行く時間もなさそうだなぁ」
「大体シィルよ。お前は俺様の本当の目的を分かっていない。俺様はあくまでJAPANの美女どもとセックスしまくり、果てには香姫というJAPANの姫の処女をいただきにいくのだ! がはははは」
ランスはそう言っていつも通りの大笑いをした。
「なんで処女ってわかんねん。案外清楚系ビッチゆーやつで、澄ました顔で裏で夜にお気に入りの小姓とかぎょうさん召し出して、しっぽりずっぽりやりまくってるかもしれへんやろ。世の中そんなうまくいかんのやで」
コパンドンは出されたお茶を飲みながら、横から突っ込んだ。
「いいや。処女だ。俺様の勘がそう告げている」
ランスは自信満々に鼻を鳴らして断言した。
「あはは……」
シィルとマリアは複雑な思いを抱えながらから笑いするのみである。
「はー。全くランスはいっつもこれやから……。マリア、そんなに忙しいん?」
ランスの言動に呆れたコパンドンは、マリアに話を振った。
「え? あ、まぁ忙しいですよ。さっきのリーザスからの発注と注文に加えて、新兵器の設計や開発とかいろいろありますから」
マリアはコーヒーを飲みながらそう答えた。
「あー、そんな他人行儀な言葉づかいええてええて、短いけどウチら一緒に戦うたメンバーやん?」
コパンドンは闊達に笑いながら、マリアに朗らかに接する。
「一緒にって、お前終盤ほとんどケガで……あいでででで。なにしやがる!!」
ランスは膝を思い切りつねられた。
「え。あぁ、まあ確かにそれもそうで……そうね。チューリップもようやく軌道に乗って、兵器としてはまだまだこれからが正念場! 遠く離れたJAPANでも関心持ってる大名がいるっていうし、やる事がたくさんあるの」
「ほーん、やっぱチューリップって売れてるんやなあ。新兵器言うてたけど、まだ他にも開発する気でおるん?」
コパンドンは商売人の目になって、マリアに深く尋ねる。
「うん! 例えば固定砲台の2号なんだけど、さっきのコルドバ将軍の要請から、要塞砲として、1号と2号の中間くらいの奴を作ってほしいっていう要望があったから、まずはそれを考えてるの。あとは、これはリックさんからの話で、前進する歩兵支援用に3号を改良した装甲支援車両を作ってほしいっていうからその設計図かいたりとか……」
マリアの構想はそれから5分ほど続き、コパンドンは適度に相槌を打ちながらそれに答えた。
ランスとシィルは完全についていけなくなったが、話に下手に入れば殺されそうな気配を感じたので、退屈になりながらもとりあえず成り行きを見守る。
「へー……。さすがは人類史上最大の発明家のマリアやねぇ。そこまで色々具体的に考えられるだけでもすごい話やでほんまに」
「へへへ。それはどうも」
マリアはすっきり話せてご満悦の様子である。
「ここまで色々あるチューリップやけど、原型ってあったりするん?」
「あるよー。私がまだ魔女だった頃に作った、初期型。部屋に飾ってあるんだ」
マリアは嬉しそうに語る。
「なんだお前、そんな昔の奴取っておいてあるのか」
ランスが横から入る。これまでランスは、とりあえず発言のタイミングをうかがっていた。
「あるんですー。あの頃は色々あったけど……。それでも私にとっては初めてまともに形になった、発明品だもん」
「へぇー。そんな貴重なものがあるんやったらお目にかかりたいもんやね」
コパンドンは求める視線をマリアに投げかける。
「うん。いいよ! 見せてあげる。私の部屋、事務所のすぐ近くにあるから、案内するわ」
「ホンマに!? 嬉しいわぁ。天才発明家の原点見れるなんてそうそうないで~」
コパンドンは半分わざとらしさすら感じる様子で、マリアを持ち上げる。内心これでウチのものにできるとガッツポーズを決めていたが、それはおくびにもださない。
「うんうんそうだな。俺様も興味があるぞ」
ランスもコパンドンに同調して、その話に乗った。
「え、ランス様さっきまであんな退屈そ……ひぃん!」
ランスはシィルに一発ゲンコツした。
「バカめ。マリアの部屋に行って弱みを握って今後のネタにするのだ。ぐひひひひ」
ランスはマリアに聞こえないような小さな声でシィルに囁いた。
「そんなぁ。マリアさんが可愛そうです」
「うるさい。余計なこと言ったら今夜アナルにぶちこむぞ」
「ひぃぃん。そ、それは勘弁してくださいぃ……」
そういうわけで四人はマリアの部屋へ向かった。
―マリアの部屋―
マリアの部屋は一般的な居室と同程度の広さで簡素なものであったが、そこらじゅうに設計図や、本などが積み重なっていたり、試作品と思われる鉄くずがあったりと持ち主の性格や素性をうかがい知るのに十分な様相であった。
「あ……。ごめんね散らかってて、少し片付けるから」
マリアはいそいそと片付けを開始する。
「あ、もしかしてこれやない?」
コパンドンは部屋に入って30秒ほどでその姿を見つけた。それは、マリアの作業机の一段奥に大きく飾られている、円筒形のバズーカであった。
「うん。それそれ。私の大事な宝物なの」
マリアは片付けを進めながら、頬を緩ませて言う。
「え? こんなボロっちかったか……? 俺様のかすかな記憶とちょっと違うぞ?」
ランスは見た率直な感想をぶつける。
「まあ数年は経過しちゃってるから……。でも、多少は錆ついてるけど、今でも撃てるわよ。時折テストしてるから」
「ほー。これかぁ……ええなぁ」
コパンドンはその飾られているチューリップを思わず手に取る。
「あ、堪忍な。マリア。勝手に触ってしもて」
「ううん。大丈夫。大丈夫。気にしないで」
コパンドンはしげしげと、チューリップ1号を眺め続けた。
「歴史を感じさせますね~。これがマリアさんの一つの原点ですか」
シィルもチューリップ1号を見ながら感想を言う。
「シィルちゃんも分かってくれるんだ」
「はい。私やランス様も、マリアさんの兵器には助けられてますから」
「へへへ。もう、照れちゃうなあ」
マリアはすっかりやに下がった表情で、シィルに返していた。
「へっ。飛び道具なんざ、俺様のランスアタックに比べれば石ころみたいなもんよ……。んーと、なになに、今年の流行ランジェリーが」
ランスは一瞬で飽きてマリアの本棚を適当にあさり、女性向けのファッション誌を手に取った。
「あ! 何見てんのよもう!」
「がはははは! なんだマリア、こんなエロ下着にチェックつけおって。そんなに俺様を喜ばせたいのか? ん?」
ランスが見開きにしたページには、透過度が高く、布地の少ない派手な下着にマリアがつけたと思しき赤いマーカーが丸くつけられていた。
「ち、ちがっ……それはちょっと気になっただけだもん! いいから返してよ~」
「やーなこった。おーこの下着も派手派手だなぁえっちだなあ、マリアは」
ランスは意気揚々と、取り返さんとするマリアから逃れつつファッション誌鑑賞に勤しんでいた。シィルもなんとか取り返そうとするも、ランスは中々隙をみせなかった。
コパンドンはその目前の騒動を尻目に、素早く旅行用に携行していたボストンバッグにチューリップ1号をしまい、ポケットに忍ばせておいたボタンを押した。
すると5,6秒後にけたたましい爆音が四人の耳をつんざいた。この瞬間、たしかにコパンドンは勝利を確信した笑みをつくる。
「な……何?」
三者三様に突然の爆発に驚いていると、香澄が青い顔して部屋にすっ飛んできた。
「た、大変です。工場の近くでぷちハニーの大爆発が発生しました! マリア先生。大至急事務室に」
「え……ええ!? もう。なんなのよ……」
それにつられるように、三人ともマリアの部屋を後にした。
「ん……。どうしたコパンドン」
一番最後に出ようとしたランスが、突如後ろを振り向いてコパンドンに話しかけた。
「あ。いや。ウチもすぐ行くで!」
「んー……? おお、そうか」
ランスは少しだけ納得してなさそうな表情をして、そのまま立ち去った。
そのとき、コパンドンはランスの不意をついた行動に、大いに玉の汗をかいていた。
ボストンバッグは2つ肩にかけていたが、チューリップ1号が入ってるほうは明らかに異形で、しかも前に出ていたからである。しかし、一見してすぐにはわからないため、ランスにも見抜けなかった。
「ほっ……」
コパンドンは胸を撫で下ろし、ランスたちとは正反対の方向に工場から出た。
そして、工場すぐ近くの森にたどりついて、ある人物を呼んだ。
「亮子はーーーん!!」
「はーい! 毎度ありがとうございますぅ。コパンドンさん」
そこに出てきたのは郵便局員の等々力亮子、もとい魔人ジークの使徒・オーロラであった。
「これ、大至急JAPANの丹波の、コパ商会の支店に届けといで! 料金なら前話した通り、これだけ払うさかい」
そういってコパンドンは小切手を亮子に渡した。金額を確認し、亮子はにっこりと。
「ありがとうございますー。それでは、迅速かつ誠実に、おとどけします、ねっ!」
そう言って、亮子は小切手を懐にしまい、チューリップ1号の入ったボストンバッグをもって、あっという間に消え去っていった。
「フフ……。1万ゴールドはちと痛いけど先行投資や。マリアには悪いねんけど、このビッグな商機、さっさと掴まなポルトガルの女の意地にかかわるんや」
コパンドンは誰も居ない森に向かって静かに、かつ不敵に笑う。彼女はその後、丹波に行き、法外な値段でチューリップを種子島に売り払うのであった。
―翌日 マリアの部屋―
マリアはあれから、火事の応対に追われ、一日部屋に帰れなかった。幸いにも死傷者や、機材の焼失はなかったものの。工場の宿舎部分が焼け、そこに居住していた工員への補償に追われることになった。ランスたち三人は昨夕までに東方へ旅立っていった。
「ふう……。あれ?」
マリアはようやく一段落ついて自室の作業机の椅子に座ったが、眼の前に見慣れたものがなくなっている事に気づく。
「嘘……。わた、私のチューリップが……ないーーー!!!」
今日もマリアは眠れない一日を過ごすのであった。
―終―