ーゼス首都ー
「お見合い……ですか?」
「そうですぞ。良い歳だし、そろそろ考えてもよいのではないかと思いましての」
ある日の休憩時間、ウルザは同じ四天王であるチョチョマンと雑談をしていた。すると、ふとそんな話が出てきたのである。
「そういう話は、もう既にお断り申し上げているのですが……」
ウルザは眉根を寄せ、やや困惑気味の表情を見せる。ゼスを再建するという彼女の至上命題の中で、結婚の選択肢など眼中にはなかった。
「君の気持ちは十分によく分かっておるのだがの。だがこれは儂の恩人からのたっての頼みで断れなんだ」
「お気持ちはありがたいんですけどね」
ウルザは気まずそうな顔を浮かべた。
「どういう人なのかしら。チョチョマンさん、釣書はあるの?」
同席していた同じ四天王、千鶴子が話に乗る。
「ありますぞ」
そう言ってチョチョマンはどこからか釣書を持ち出し、千鶴子にうやうやしく渡す。
「へー……。第1上級学校卒業、今はラグナロックアーク高裁の法官かあ。33歳と割と若いのに結構なキャリアじゃない」
「よくありませんよ。私は警察を取り仕切る立場で、その方は裁判官、癒着の元です」
ウルザは明瞭な声色で、そうピシャリと断ずる。それもそうかと千鶴子は横に釣り書きを置いた。
「そう言うと思って、もう一人用意しておりますぞ」
「用意の良いことで……」
「今度は青年起業家、へぇ、うちとも取引のある大きいところじゃない。顔も悪くないし」
千鶴子は釣り書きを見ながら、少しだけ羨まし気な眼でウルザを見ている。
「ですから、そういうところと結んでは立場上まずいですって」
「そうとも言えませぬぞ。財界との結びつきを強くすれば、それだけ産業の育成や、諸々の経済政策がやりやすうなります。度が過ぎればウルザ殿のおっしゃるように癒着ともなりますが、そこは匙加減次第ですな」
「そうかもしれませんが」とウルザは緑茶を静かに口につけた。彼女の脳裏には常にかつてのゼスの腐敗があり、それを再燃させるのではないかという恐れがある。
「にしても凄いわねえ。ウルザは。優良物件ばっかりじゃない」
「それはもう。ウルザ殿は頭脳明晰の上、人品卑しからず。その上、このとおり器量も大変よろしいですからな。儂のところには毎日のようにわんさと釣書が来ておりますぞ。ホッホ」
チョチョマンは口ひげを震わせながら軽く笑った。
「なるほど、千鶴子様はケバい上に、ぺったんこだからそういう話があまり……ガフッ」
いつの間に同席していたアニスが軽口を叩くと、千鶴子の拳が飛んできた。
「あんたは余計なこと言わなくていいの!」
「全く、困ったものですね……」
アニスと千鶴子のやりとりを横目に、ウルザはため息をつき、立ち上がって窓辺に向かった。
眼下にはラグナロックアークの風景が広がり、太陽が煌々と街を照らしている。ふと、対向にある建物の屋上に目をやると、パラソルの下で、女性と談笑している男の姿が目に入る。
「あら、あの人」
「ホッホ。目に入りましたかな。あの方が、二人目の釣書にあった、ルジェーロ・ポフルス氏。良い男ぶりでございましょう?」
「わざわざこの為に、仕組まれたのですか……」
ウルザは少しだけ呆れた顔になって、チョチョマンに呟く。しかし、その名前を聞いてウルザには確信が芽生えた。
「ふぅ……。分かりました。チョチョマン様の顔もあるでしょうし、ここは立てて差し上げます」
その言葉を受けて、チョチョマンを除き、その場に居た全員が目を丸くした。
「え……それってつまり、受けるってこと?」
「あーあ。千鶴子様、先を越されちゃいそう……もっと行き遅れに」
「だからあんたは黙ってなさいって! いいから、道草してないでさっき言った物買ってきなさい!」
そう言うと、アニスは「ひぇぇ」と叫びながら、対向の壁をぶち抜いて買い物へ向かった。
「全く相変わらず……。ウルザ、本当にいいの?」
「あまり邪険にするのも、よくありませんからね」
「そうじゃなくて、あなたの気持ちよ」
千鶴子は心配そうな表情を浮かべて、声をかける。
「まだ、その方とお話をすると、決めただけですから」
ウルザは緑茶を飲み干し、自身の職場である治安総局へ向かっていった。
―数日後 アイスフレーム 孤児院―
「な……。なんだと!? それは本当なのか。キムチさん」
アイスフレームにたまたま遊びにきていたランスは、その噂を聞いて大いに困惑した表情を見せる。
「うん。正装を取りに来たウルザが、ポロッとそんなこと口にしてね……。あたしも驚いちゃった」
「ウルザちゃんめ……。俺様に黙ってそんなことを。あれは俺の女だ、他の奴になんざ許さん」
ランスの目は怒りに燃えていた。
「ランス様。ウルザさんにだって色々お考えがあるんでしょうから」
「うるさい。断じて俺は認めんぞ」
シィルの言葉を、ランスは怒声で遮った。
「んで、キムチさん。その見合いはいつ、どこでやるってんだ?」
「教えないわよ。ぶち壊しに行く気でしょ」
「当たり前だ! ウルザちゃんが他の野郎に取られるのを、黙って見てるバカがどこにいる」
ランスは思い切り机を叩きながら、声色を強める。
「あーあ。せっかくのお茶がこぼれちまっただす。もったいないだ」
居合わせたロッキーが床にこぼれた茶を雑巾で拭いていた。
「フン。まあいい、キムチさんが教えてくれなくても、他に手はあるしな」
と、天井を見上げながら言う。
「はぁ……。全く、別にウルザがその人と、どうこうなると決まったわけじゃないでしょ?」
キムチは呆れた視線をランスに投げかける。
「うるさい。俺の女にツバつけようとする野郎は皆敵だ」
ランスはあくまでも強硬な姿勢を崩そうとはしなかった。
「オラ、ウルザ様のことはそこまで知らないけども、あん人に今結婚する気があるとは思えないだす。きっとなにか他に考えが」
「あ? なんだそりゃ」
「そ、それは分からないだすけど。ぎゃっ!」
ランスの拳がロッキーの脳天に下る。
「いい加減な事を言うんじゃない。億が一、ウルザちゃんにその気があったら責任とれるのか貴様」
「だったらそれはそれでいいじゃない。ランス君、もしかして自信がないの?」
キムチがにこやかに笑いながら、ランスに言う。
「俺様以上の男がいるはずもないが、ウルザちゃんはロクに男を知らないからな。騙されることがあるかもしれない。だから、救いにいかねばならんのだ」
ランスは改めて机を叩き、確固たる意思を伝えた。
キムチはその表情から、最初から言うのではなかったと少し後悔をする。
―ゼス首都 治安総局 執務室―
「駄目です。長官、色々手は尽くしましたが、直接関与したとするには……」
ウルザ直属の捜査官であるソルトアンは深々と頭を下げた。
「そうですか……。やはり、私が行くしかなさそうね」
ソルトアンから出された資料を読み終え、ウルザは腹を決める。
「し、しかしそれはあまりにも……。この程度の男なら、私が」
「彼は私に興味を持っています。私にしかできない事なんですよ」
「だからって。長官に何かあれば」
ソルトアンは強い声色で、ウルザを止めようとしたが、それを上回る視線でそれを制する。
「ソルトアンさんや……、他の捜査官たちが、積み上げた証拠を無駄にしないために、長たる私が為すべきことを為すのです。四天王も、長官もそのための
ウルザのそれ以上に力強い言葉に、ソルトアンはそれ以上言葉を返すのはやめた。
―数日後 高級レストラン―
見合いの当日。ウルザはレストランに居た。ゼスでも屈指の格式や料金を誇る高級料理店で、多くの要人や資産家、富裕層が好んで使う店であり、ルジェーロはここを指定した。
「本日はお忙しい中、お集まりいただきありがとうございます。今回はプラナアイス家と、ポフルス家とのお見合いということで、仲人を務めさせていただきます、チョチョマン・パブリと申しますじゃ」
チョチョマンの自己紹介から見合いがはじまり、両者の紹介や、家族との他愛もない談笑を過ごし、やがて、ウルザとルジェーロに席が切り離され、他の人々は別の個室席へ移った。ルジェーロ側は父母が居たが、ウルザは親類縁者をとうに亡くしている為、彼女の知己はチョチョマンのみである。
「やれやれ、ようやくサシで話せますね。ウルザさん」
見合い相手のルジェーロは、にこやかな笑顔を浮かべてウルザに話しかけた。二人が直接話し合うのはこれが初めてのことである。
彼は釣書や遠目で見た通り、目鼻立ちの整った美男であり、華奢な方だが、しっかりと肉付きのある男であった。愛想も非常に良く、ゼスでも有数の資産家なだけあって気品も良識もしっかり兼ね備えた
「ええ。そうですわね。ポフルスさん」
ウルザもにこやかに答えを返して、注文した紅茶を飲んだ。酒を勧められては居たが、万一のことを考え、敢えて断っている。
「しかしまあ、驚きましたよ。貴女もそういう格好をなさるんですね。魔法ビジョンや報道で見る限りではもっと活動的な服をしていらっしゃるので」
「一応、公人ですから。場に合わせた服は持っているんです。しかしまあ慣れない服ですから、正直窮屈ではありますね……」
ウルザは今日、白いドレスを身にまとっていた。アイスフレームに居た頃、母から大きくなったときのためにと買ってくれたものだったが、母に見せることはかなわず、形見としてしまいつづけていた。
その姿は普段とは対照的に、極めて優雅であり、白を基調とし、柔らかな光沢を放つシルクで織り上げられている。肩から袖にかけてのラインが彼女の凛とした姿をより際立たせていた。靴はハイヒールを穿いており、時折床を叩く音を立てている。
「でも、よくお似合いですよ。まるで純白で無垢な大輪の花のようだ。ますます気に入りましたよ」
「ありがとうございます」
ウルザはいかにも社交辞令な言葉を返して、ルジェーロの服や顔をそれとなく観察し、話題のとっかかりを探した。
「その翡翠のカフス、よく似合っておいでですね」
ウルザはスーツの下のYシャツから覗かせるカフスボタンを見て、そう言った。
「あ、ああ。これですか? ハハハ。お恥ずかしい。今日の為にと新調して用意したのですが」
ルジェーロは肘を曲げ、ウルザにそのカフスを見せた。翡翠自体もだが、周りの意匠や装飾も丁寧に凝らされており、それ自体が大変高価なものであることを物語っている。
「まあ。新調なさったのですか? 確かその色の翡翠は限られた鉱山でしか手に入らないと聞きましたが……」
ウルザは捜査報告書の字句を思い出しながら、うかがうように尋ねた。
「ええ。まあ、最近そこの鉱山の採掘で契約が取れましてね。せっかくだからと作らせたんですよ」
ルジェーロはディナーの肉料理を食べながら、軽く口にした。
―少し離れたテーブル―
「んぐんぐ旨い、旨いなこれは」
きちっとしたスーツを着て、リーマン風に変装したランスはガツガツと、夕食を食べていた。
「ランス様ぁ、もっと落ち着いて食べた方が」
シィルは横から口を挟むが、ランスはちっとも意に介そうしなかった。
「全く……。急にデートっていうから何かと思えば、こういうことだったのね」
ゼス王女であり、四天王のマジックは呆れた声を出しながら、ランスを見ている。
天井裏でいつもどおり警護していたかなみに、ウルザの見合いの詳細を探らせ、情報をつかんだランスは、当然ぶち壊す為にレストランの客を装って機会をうかがっていた。
「ふー。しょうがねーだろ。七面倒くさい決まりで、俺様は入れなかったんだ。そこでゼス王女たるマジックを使って入ろうっていう俺様の天才的な計画に協力させてやったんだから、感謝してほしいくらいだな、がははは」
食べ終えたランスは、そう言ってマジックの肩をパンパンと叩く。このレストランにはドレスコードとその他暗黙の決まりが設定されており、ランスでは入れなかった。無理に入ろうとしたが、警備のウォールたちに阻まれ、ならばと、マジックの身分を使ったのである。
ちなみにここの代金だけでなく、ここに見合うだけのスーツ一式もマジックの負担である。
「はぁ。この為に私のお小遣い8割くらいパーだわ。どうしてくれんのよ。他に買いたい物いっぱいあったのに」
このフルコースだけで1万ゴールドがかかり、3人分とあっては如何に王女の財布であってもそれなりに辛いものがあった。
「王族なんだからケチケチすんな。リアなら絶対文句言わんぞ」
「あ、あっちは女王で、私は王女なの! 使えるお金は無限じゃないんだからねっ」
「そんな言い訳しているようじゃ、いつまで経っても、大きくなれんぞ、こことかな」
ランスは下卑た顔を浮かべながら右手を伸ばし、マジックの胸をむんずと掴んだ。
「ちょ。やめなさいって」
「んーそれなりにはあるが……、やっぱりウルザちゃんよりは、気持ち小さいな」
ランスは胸をもみながら、そんな感想を漏らした。
「ひ、人が気にしてることを。いっ……、いいからやめなさいって!」
「がはは。まあいい、俺様が今にウルザちゃんよりは大きくしてや」
そう言いかけたところで、別の声が耳に入った。
「ったく……。人がお腹空かせながら、必死に偵察してるってのに」
「おおかなみか。どうだ、調子は」
かなみもこのレストランのウェイトレスに変装して、時折ウルザの様子を気づかれないように見に行っている。ランスは一旦マジックの胸揉みをやめ、かなみに向き直る。
「今のところは、特におかしなところはないわね。和やかに会話してるみたい」
「おかしいではないか! 俺以外とそんな親しげに会話するなど……ますます許せん」
「はぁ……。言っとくけど、相手は結構な資産家で、イケメンで……、気遣いもできる人なのよ? 本来ならば、ランスよりもそっちを選ぶでしょうね」
かなみは呆れた表情をしながら、ランスにそう諭した。
「なんだとかなみ。貴様、まさかその男に」
「バカ言わないでよ。で、会話の内容も少し聞いたんだけど……、多分あれ、ウルザさんはその気ないわよ」
「そうなのか?」
ランスは怪訝な様子で尋ねる。
「うん。相手本人の人柄とかよりも……、仕事の内容とか、事業とかそういう事聞いてるみたいで」
「もしかして、何かを探ってらっしゃるのでしょうか?」
シィルはかなみに視線を投げかける。
「あり得るわね。最近、治安当局が慌ただしく、動いてるっていうし」
マジックも料理に手を付けながら、それに同調した。
「ふん。どういう事情があろうが、知ったことか。ウルザちゃんを、やらせはせんぞ」
ランスは腕を組み、ウルザのいる個室席に目を向けながら、座った眼で強く睨んだ。
「はぁ……。動くにしても、もう少し様子は見てね。私も探ってくるから」
かなみはそう言って、偵察に戻っていく。
――
「そこまで手広くやられているだなんて……、凄いですね。少しポフルスさんを見くびっていたようです」
ウルザは本当に感心したかのような表情で、ルジェーロを見た。彼の事業はゼス全域に及び、それは治安当局が関知していたよりも大規模なものであり、ウルザは認識を新たにする。
「いやいや。この国はまだまだ先の時代の残滓が数多くあり、やるべきことは多く残っています。そのためには金も、力も、何もかも足りません。国家を管理する貴女と、ゼスを復興し、そして更に良き方向に導ければ。と思っております」
ルジェーロは赤ワインの入ったグラスをウルザに向けた後、そのまま口につけた。
「そうですね……。それが出来るのならば、私としてもこれ以上のことはありません。しかし、そのために、あなたに尋ねたいことがあります」
「何でしょうか」
「最初に仰せになっていた鉱山の採掘権……。あなたは正当な取引によるもの。と仰せになっていましたが、地方官に金品を贈って、相場よりも遥かに安価に取得した、という噂を耳にしました」
ウルザは捜査報告書の内容を想起しながら、ルジェーロの追及を開始した。
「誤解があるようですね。確かに、ロイナス長官とはお話をしましたが、あくまで付き合いの延長線上で、一度食事会を催しただけです。ましてや賄賂など……思いもよらぬこと」
「更に、過去数年間にわたって、国庫より3000万ゴールド規模の資金が不正に動かされた形跡があり、辿ってみればあなたの他の事業への原資に回されているという……噂も耳にしました」
ウルザはルジェーロの返答を食うように重ねて追及する。断定的になるのを避けるため、付け加えるように噂と言った。
「そのような事、私に言われても困りますよ」
しかし、ルジェーロの声には微かに焦りの機微が混じりはじめていた。彼女はその動揺で確信を強め、それでもそれを表に出さないよう穏やかな笑顔を張り付かせたまま、追及を続ける。
「そうでしょうね。あくまでも噂ですから、私もそれだけでどうこうしようとは思いません。しかし、単なる噂でない証があると言ったら、どうされますか?」
「どういうことでしょう?」
「治安総局で私の部下が調べてくれました。確かに直接の関与と断定するには根拠が弱いです。しかし、ただの噂以上の信憑性はあると、私は考えているのです」
ウルザは少しずつ笑みを消し、捜査官の顔つきとして、ルジェーロに言葉をぶつける。
「し、しかし。結局のところ、私があなたのいう行為をした証拠は、ないのでしょう?」
ルジェーロは一瞬ではあるが、ここで初めて言葉をどもらせる。動揺がかなりの程度まで進んだ証であると見たウルザは、一度息をつき、
「ええ。そうですね」
と、少し穏やかな声で返す。
「そうでしょう? さあ。こんなくだらない話はこれまでにして、今度王立の博物館にでも」
「魅力的なお誘いですが、その前に、この件をすっきりさせて欲しいのです」
ウルザは紅茶を一口飲んで、少しだけ平静さを取り戻したルジェ―ロの目を見据える。
「やめましょうよ。今のあなたにこれ以上私を追及する権限はないでしょう?」
ウルザは黙ってその言葉を聞き、次を促した。
「この前の演説でもおっしゃってましたよね。国民の権利と尊厳を守る、新たなる警察を作ると。凛々しいお声で」
ウルザは内心、彼のその言葉に強い欺瞞を覚え、テーブルの下で拳を作ったが、表情には出さず、先ほどと同じく柔和な声色で口を開いた。
「そうですね。警察長官の私としてならば、仰せのとおりです。ですが、私は今日、見合いのお相手としてこちらに参りました。これから関係を深めていくならば、身辺はきれいであってほしいと私は願っています」
ルジェ―ロは腕を組み、ウルザにじっと視線を返す。
「ポフルスさん。潔白を証明してください。資金の流れならば、当該年度の帳簿や、取引の記録とあなたの会社が持っている在庫や実物財産、会合した店の記録や実際の話などとの照合をすればはっきりしますから」
ルジェーロはウルザから声は優しくも、強い追及の視線を投げかけられ、黙してしまった。
「どうされたのですか」
しばらくの間の後、ウルザが尋ねる。すると、「くっくっく」と低い笑い声をあげる。
「それほど、愉快な話ではないと思いますが」
「いや。いやいや……。なるほど。ゼスの新しい四天王、それもレジスタンス出身の女だというからどんなものかと思えば」
ルジェーロはにわかに立ち上がり、ウルザに相対する。もはや、好青年の実業家という顔は剥がれている。
「ちょっと良い顔で誘えば、ころりとこちらになびくとおもった、こちらの判断が甘かったようですね」
ルジェーロは人差し指をつきつけ、魔力を集中させる。ウルザはあらかじめ隠し持っていた短刀の感触を確認しながら、表情を変えずに尋ねる。
「貴方……、やっぱりそういうことだったのですね」
「そう。そうだ。全てそちらのお調べの通りですよ。ですが、そうだったからといって私は易易とは捕まりませんよ。まだ、途中なんだ。こんなところで終わるわけにはっ――」
ルジェーロは炎の矢の呪文を唱え、ウルザにぶつけようとしたが、一瞬早く、ウルザが関節技を極め、腕をひねり上げる。ルジェーロは「ぐっ」とうめき声を上げ、詠唱を断念する。
「こんな至近距離で魔法を撃とうとするだなんて、貴方の判断こそ、軽率ですね。ゼスの警察を舐めないでください」
「確かに、大きく見誤っていたようだ。ですが、その格好が命取りですね」
そういうと、ルジェーロは、素早く足をウルザの穿くハイヒールに狙いを定め、思い切り横蹴りをする。ウルザは倒れはしなかったものの、体勢を崩し、技を外してしまう。
「くっ……」
「これでも一応、カミーラダークのときには、魔物兵相手に立ち回ってたんでね」
続いて、自由になったルジェーロはカバンから10個ほどのぷちハニーを取り出した。
「二度目は同じ手は食いませんよ。大人しく私の人質になってもらいましょうか。従わなければ、あなたのせいで、この特注時限ぷちハニー爆弾で、楽しくお食事を楽しんでいる何百人ものゼス国民が死ぬことになる」
「民衆を人質に取るなんて……。あなた、それでもゼスの復興を願う企業家ですか!」
ウルザは声を張り上げ、その怒りを、ルジェーロにぶつけた。
「とっくに見抜いておいででしょう? そんなもの、金と権力をむしり取る為の方便でしかないと」
そうしていると、個室の向こうから大きな騒ぎが起き、バーン! という音と共に、個室の扉が乱暴に開かれる。
「ウルザちゃん! 俺様は結婚なんぞ認めないぞ!!」
「ラ……、ランスさん? どうして」
あまりにも唐突なランスの登場に、ウルザは普段の冷静さを忘れ、目を白黒させた。ランスの背後からはシィルやかなみの慌てる声が聞こえる。
「な、なんだ貴様は! 入ってくるんじゃない!」
ルジェーロはランスに大声で威圧するも、ランスは全く意に介さずに詰め寄る。
「てめぇがその野郎か! お前みたいなのに、ウルザちゃんを渡してたまるか!」
ランスは有無を言わさず、タックルをしかけ、ルジェーロは転倒した。すると、衝撃により隣の椅子からカバンから資料が吐き出される。ウルザはすぐに拾い上げ、読んだ瞬間にこれも証拠になると確信した。
同時に、ランスが居なければ爆弾の爆発を抑えられなかったかもしれないと思うが、すぐにその思考を振り払い、計画は自分一人で十分だったと自分に言い聞かせるものの、心のどこかでランスの無鉄砲さがいつまでも、響いていた。
「ぐっ……この、好きにはさせ」
ランスはそのまま、ルジェーロの上に乗り、懐に入れていた合口を取り出す。
「死ね!!」
「待って、待ってください! ランスさん!」
殺気を感じ取ったウルザは黙読をやめ、胸に刃を突き立てようとするランスを声を上げて制止する。
「な、なんだウルザちゃん。まさかこの男に」
ランスは少しだけ動揺したが、ウルザは首を横に振った。
「違います! その男は治安局が長く追っていた犯罪者なんです。私刑ではなく、法によって裁かなければなりません」
「な、何を言ってるんだ! 証拠も何もない、でたらめをいってるに」
見苦しい言い訳を遮り、ウルザはスッと、カバンから小型のラレラレ石を取り出す。
「先程までの会話は、全てこれに記録させて頂きました。この自白と、今拾った資料で、証拠には十分です。あなたをとりあえずは、贈賄と、不正競争防止法違反、私への攻撃と抵抗による、公務執行妨害の容疑で拘束させてもらいます」
「くっ……。くそっ」
ルジェーロは目を逸らし、全てを観念した。
「なんだ。そんなクズ野郎ならとっとと殺した方が、世の中の為だろ?」
「いけません。新たなるゼスは公正な法と秩序によって形作られなければなりません。お願いします、ランスさん」
ウルザはつとめて冷静にランスを諭した。その声は切実な思いが込められており、ランスの殺意を萎えさせる。
「ちっ……。わーったよ。そこまで言うなら、勘弁してやる」
そう言って、ランスは刀を鞘におさめ、ルジェーロから離れる。しかし、ウルザに二度と手出しできないよう距離を保ち続けたので、もはや彼の末路は定まったも同じだった。
―出入り口―
その後、あらかじめ指示していた通り、治安局員がルジェーロの身柄を確保しに店を包囲していた。
「長官。ご無事で何よりです」
ソルトアンが、冷静な表情で、ウルザを出迎えた。
「手間はかかりましたが、どうにかなりました。後は、あなた達の仕事です」
ウルザはルジェーロをソルトアンたちに引き渡す。彼は完全に覇気を失い、項垂れていた。
レストランの客席からはざわめきが止まらず、プチハニーをはじめとする騒ぎの残骸が残る中、ウルザはケリがついたとばかりに、静かに息をつく。
「確かに……。こんな危ないこと、もう二度としないでくださいね。ヒヤヒヤするんですから」
「ふふ。あなた達がもっと業務を励んでいただければ、せずにすみますよ」
ウルザは微笑んで、ソルトアンの言葉をいなした。彼女は何も言い返せず、うつむいた。
「ですけど、あなたたちの捜査がなければ、こうも追い詰められませんでした。今後もどうか、私の力になってください」
ウルザはソルトアンたちを激励する。そして、そのまま局員たちは去っていった。彼女の胸にはゼスの腐敗を一つ除けた安堵感と、市民を巻き込む大惨事になったかもしれなかった緊張がないまぜになっている。そんな中、見送っていると、ウルザの背中が指でつつかれ、彼女は振り返る。
「ほんっとーにすまんかった!! まさか、まさかあんな男が、見合い相手になるとは思いもよりませぬで」
チョチョマンは傍目からみて気の毒になるほど、ウルザに頭を下げ続けた。
「良いのですよチョチョマン様。おかげで、ゼスの汚辱が一つ、掃除されたのですから」
「いや、でも、それで君の身を危険に晒してしまったわけだし……」
「国民や文官にかわって危険を請け負うのが、私の仕事ですから、どうかお気になさらないで……」
チョチョマンをそれから数分ほどなだめた後、彼も家路につく。
その後、ランスたちが店より出てきた。
「ウルザさん……無事でよかったです」
「シィルさんも、迷惑をかけてしまいましたね」
「いえいえそんな」
シィルが手を振って否定していると、ランスが割って入る。
「全く、これじゃなんで俺様があんなかたっ苦しい格好してたかわからんな……。はーやれやれ」
道すがらウルザより事情を説明されたランスは、いつもどおりの冒険服と鎧姿に戻っていた。
「フフフ……。ですけど、案外ランスさんのスーツ姿も、お似合いでしたよ?」
「うん……。認めたくないけど、案外サマになるのよね」
ウルザの言葉に、一緒に出てきていたマジックも同調する。
「グフフ、そうかそうか。さすが俺様、どんな格好でも似合うんだなー。がははは」
「でもランス様、スーツ姿だと動きにくいって……あいたっ」
シィルはランスから軽く頭を叩かれた。
「余計なことを言うな! だけどウルザちゃんも……」
ランスは改めてまじまじと、普段はまず着ないであろうドレス姿をじろじろと見る。他の面々も同性でありながら少しだけ恍惚としていた。
「うむ。良い、良いぞ。車椅子に座っていたときの格好も良かったが、これはこれでものすごく気品があって、すっごいエロいぞ」
「こ、これは母の形見ですから……。おかしなことをしたら、許しませんよ?」
ウルザは少しだけ頬を紅く染めて、そう返した。
「いいや。する、今すぐする。丁度すぐそこにホテルもあるし、そこでおっぱじめるぞ」
ランスは困惑する他の一同を他所に、すぐにウルザの手を掴み、ホテルへと向かおうとする。
「あっ……。もう、仕方のない人ですね」
ウルザは振り払っていつもの通り、ゲンコツでも食そうかとも思ったが、それは思いとどまる。
「おっ、珍しい、抵抗しないのか」
ウルザは小さく照れ隠しの笑みを浮かべ。
「今日はランスさんに色々助けて頂きましたし……」
「あっ、まさか今回の見合いで俺様の方が素晴らしい男だと、再確認したか?」
「フフフ……。まあ、今日はそういうことに、してあげましょうか」
がははは。と、また笑い声をあげ、ホテルに向かうランスを眺めながら、ウルザはどこか安心感を覚えていた。ゼスを再建するという多くの人々から彼女に託され、また彼女が為そうとしている使命と重圧の中で、彼がいるのも悪くはない――。そんな思いが彼女を揺さぶっていた。
夜光に映える白いドレスの歩みは、軽やかであった。
―終―