ーアイスフレーム 入口付近ー
ランスがまだアイスフレームのグリーン隊でレジスタンスをしていた頃。
裏で出した指示に基づき、ゼスの悪徳で知られていた豪商たちの住処を襲い、大量の軍資金と、食料を手に入れ、悠々と本拠地へ帰ってきた。
「がははは! 全く、口ほどにもない仕事だったな!」
ランスは奪ってきた大量のゴールドや略奪品を背に高笑いしていた。
「でもランス様……、いくらなんでもお子さんまで殺してしまうのは」
シィルは苦い顔をしながらランスに苦言を呈する。押し入ってる最中、ランスは剣を取って歯向かってきた豪商の子息を一人斬り殺している。
「ふん。無駄な抵抗をするから悪いんだ」
ランスは全く悪びれずにそう言う。
「で、でも」
「まあ……。シィルさん、もう済んだことですしそのくらいにしておきましょう」
随行していたカオルが、シィルの肩を叩きながら制す。その表情はやや暗く、シィルと思いは同じであることが伺われた。
「皆さん、無事に帰られたのですね。良かったです」
話していると、ダニエルに車椅子を押されながら、ウルザが出迎える。
「おう、ウルザちゃん。珍しいな、ここまで来るなんて」
ランスは陽気に手を挙げながらウルザに接し、そのまま彼女の胸を触ろうとする。
しかし、背後にいるダニエルの鋭い眼光と、力強い手の振り払いが、それを妨害した。
「いって。なんだよ、軽いジャブではないか」
「フン。……、今日は加減が良かったからな、ウルザも数日ぶりに外が見たいと言っておったし」
ダニエルはランスに鼻を鳴らしながら、軽く説明した。
「それよりも見てくれ、この大量の戦利品! あの欲深デブ、相当ため込んでたぞ」
「まぁ……。これは凄いですね。これだけあれば、数カ月は運営できそうです」
ランスが自慢げに見せた成果物は、荷車やうし車が何台も並び、自慢するに足る莫大な量であった。略奪には普段否定的なウルザもそれを見て、しばらく気を取られていた。
「普段、お前がやらかしてることへの償いやら差し引いたらこれでもトントンか、足が出るくらいだ」
「なんだとこのジジイ! たたっ斬ってやろうか!」
ランスは剣を抜こうとしたが、シィルやカオルに押し止められた。
「まあ良い。ご苦労だった。金や軍需品は金庫に入れ、食料や日用品は間に合っておるから、三分の二は孤児院へ回せ。キムチが最近物が足りんと零してたからな」
「なんでお前に指図されなければならんのだ。しかも三分の二? 贔屓のしすぎじゃねえのか」
ランスはダニエルを睨みつける。
「私もダニエルの案で良いと思います。最近孤児も増えましたし、物資も多いに越したことはないでしょうから」
「いくらウルザちゃんの頼みでもなあ……。それはちょっと」
「いいから、やれ。ついでに孤児院への配送もやっておけ。他の隊は今出払ってるからお前たちしかおらん」
そう言ってダニエルは車椅子を回して、さっさと帰ってしまった。
「あっ……。あの野郎。言うだけ言って帰りやがった」
「とりあえず、言う通りにしましょうか。隊長、いきますよ」
カオルが先導して倉庫の方向に向かおうとしたが、ランスは仏頂面である、
「いーやーだ! 俺様は寝る! お前らがやっておけ。行くぞシィル」
「えっ……でもその」
「いいから来い」
しかしシィルはためらうばかりで動こうとしなかった。
「その……。シィルさんは私達を手伝いたいのではないでしょうか?」
カオルはシィルの表情からそう読み取っている。
「あ? ふざけるな。俺の奴隷にそんな自由あるわけねえだろ」
「いいじゃないか。隊長、誰かさんと違ってシィルさんは整理や片付け、書き物とかせっせとやってくれるから、色々事が運びやすいし……」
同じく随行していたプリマが言う。
「うん……シィルちゃん居てくれた方が、かろも嬉しい」
カロリアもそれに同意した。
「なんなんだお前ら」
「というわけで、シィルさんをしばしお借りしてもよろしいでしょうか? 隊長」
カオルは笑みを浮かべながらも、それにはどことなく圧があった。
「ちっ。……。もういい、好きにしろ」
そう言ってランスは地を鳴らし、大股で歩きながらその場を去る。
「皆さん、ありがとうございます。私どうしても今日は手伝いたくて……」
シィルは頭を下げながら、隊員たちに謝意を述べた。そこにはどこか贖罪めいたものがある。
「いいんですよ。シィルさんも一緒に居てくださったほうが、実際に早く仕事が終わりますし」
カオルは微笑みながら言う。シィルはこれまでにも何度かアイスフレームでの雑事を手伝っており、信頼を勝ち取っていた。
「その分、モロミちゃんたちも楽できるしねー☆」
「私も寝れるし……。ぐぅ……」
メガデスとセスナもこれに同調した。
「少しは手伝えよお前ら……」
というわけで、グリーン隊の面々はダニエルやウルザから命じられた通り、戦利品の分配を行い始めた。
―孤児院―
「このハニー3体を2つ分合わせることで、3×2で6体となります。これを3つ合わさると3×3で9体となり、このような計算を1×1から9×9まで合わせたのを、九九といい、みんなには今日からこれを覚えてもらいます」
ひと仕事終えたカオルは、黒板にハニーの絵を描きながら、子どもたちに算学を教えていた。
「シィルせんせー、この問題が分からないんだけど、どうすればいい?」
子どもの一人が、シィルにカオル手製のドリルの問題を見せた。理科の問題で、太陽の基本的な性質を聞く内容であった。
「これは、そうね、よく晴れた日に外にでたらジェンくんはどうなる?」
「ポカポカするー」
「そうね。じゃあ、紙をその晴れた日に置いておいたら?」
ジェンは少し考えて、解答にたどりつく。
「あっ……、つまり、その光を一つにあつめたら」
「ふふ。そういうこと。よくできましたね」
シィルは頬を緩ませて、ジェンを褒め、ジェンはニコニコと笑みを浮かべる。
孤児院ではこのように子どもごとに学習の進度がバラバラであり、その子のレベルに合わせて教育を行っていた。そのような中、主に担当しているカオルの手伝いという形でシィルは孤児院の勉強も教えている。
「せんせー。太陽ってどれくらい熱いの?」
「そうねぇ……。ぶくぶくとふきあがった、お鍋よりはもーっと熱いかな」
シィルはジェンにそれからもしばらく課題に付き合っている。
一時間ほど経過して、孤児院の責任者であるキムチが様子を見に来た。
「シィルさんまで悪いわね。こんなことまで手伝わせちゃって」
「とんでもないです。私、子ども好きですから」
キムチのねぎらいに、シィルはにこやかに笑って答える。
「お陰で、滞りがちだった勉強の進み具合が大分良くなったわ。もっと来てくれるといいのだけど」
「私も出来ればそうしたいのですが、ランス様の事もありますし」
「そうよねぇ……。まぁ。出来ればでいいから、これから時間があれば様子見にきてくれると、嬉しいな」
キムチは和やかな声色でいった後、子どもたちの方へ体を向ける。
「よーし。みんな、今日は天気もいいし、外で遊ぼう! ただし、ケガをしたり、あまり遠くにいかないよーに!」
キムチの言葉を聞くと、子どもたちは一斉に外の庭へ溢れ出した。
―庭―
「わー。シィルさんじょうずー」
「へへ。花冠づくり、昔はよくやってたから」
少し離れた庭で、カーマはじめ、数人の女児と共にシィルはあやとりをしたり、花を摘んだりして時をすごしていた。
「ねね、アルフラの分もつくったげて」
少しだけ羨ましそうな目をしているアルフラに気づいたカーマが、シィルにそうねだった。
「いいわよ。それじゃあまた探しに……」
そうしていると、シィルたちから少し離れたところに、突如として何かが投げ込まれた。
投げ込まれると、白や黄色ばかりだった花畑に、赤が混じりだし、その地点をやがて染めていく。
「なんだろう? あれ……」
音に気づき、カーマがその方向に興味を示した。
「ちょっと待ってね。お姉ちゃんが先に見るから……」
シィルは子どもたちを背にして、慎重にその何かに近づく。
しかし、近づくその数瞬だけでその染みは水に墨を落としたかのようにじわじわと広がっていき、シィルの顔を曇らせていった。
やがてその正体のすぐ側にたつと、それは8,9歳くらいの男児であることを認識した。そして、顔を見るとシィルの顔は一気に青ざめる。
「ジェ……ジェン……君」
彼の瞳からは生気が失われ、右肩から左脇腹にかけて大きく袈裟懸けにその生命を奪った切り傷が認められた。今なお、とめどなく溢れ出る血と鮮烈な鉄の錆びたような匂いは、その事態がさほど遠い時に起こったわけではないことを悟らせる。
ついさっき、シィルに褒められて明るい笑顔をした少年は、もはや笑うことはない。シィルはあまりのことに立ち尽くす他なかった。
様子が気になってこっそりと距離をあけてついてきた少女たちも、その異変に気づき、カーマが大きく絹を裂くような悲鳴をあげる。
ジェンの他にも何体か同じような死体が投げ込まれており、すぐ側で孤児院の幼児を狙った大量殺人が起きたことをいやが上にもシィルは自覚せざるを得なかった。
「シ、シィルさん! 危ない! 下がって!」
泣き腫らしていたカーマが、シィルに迫る脅威を視認し、勇気を出して声をあげた。シィルがそれに反射的に応えると、すぐ側で、太陽の光に照らされた得物が振りかざされ、シィルの生命を奪うべく一閃を描こうとしていた。
シィルはすぐさまその場から数歩下がり、襲撃者と距離を取る。
「チッ。避けやがったか」
襲撃者は得物であるロングソードを払いながら、憎々しげに唾を吐いた。払うと共に、血が花畑に飛び散り、ジェンら少年たちの命を奪った証を残酷に見せつけている。
「炎の矢!」
二の太刀でシィルに再度切りつけようとする所作を見せると、シィルは考えるまもなく、魔力を集中させて一本の燃え盛る矢を襲撃者にぶつけた。油断していたのか、彼は火傷を負い、しばらくその場にうずくまっていた。
「カーマちゃん! みんなを連れて逃げて!」
「わ、分かった。でも、シィルさんは……」
カーマは少しだけ悩んだような仕草を見せた後、手で年少の子どもたちを取り集めながら、シィルに気遣う。
「後から、すぐに行くから、とにかくカーマちゃんは孤児院の方へむかって!」
普段はまず見せることにないシィルの切迫した表情と声を聞き、カーマは素早く判断して、孤児院へできる限り早く走り出した。
「ちっ、なんだよなんだよ。アイスフレームってのは、魔法が使えない連中の集まりじゃあなかったのか?」
「魔法使いもいるんじゃ、結局一級どもの飼い犬じゃねえかよ」
そう口々に好き勝手なことを言いながら、ぞろぞろと十数人、彼の仲間と思われる暴漢たちが森より姿を現した。
シィルは自らの不利を自覚しつつも、ここで逃げる訳には行かないと手を前にかざし、より高度な魔法の詠唱を開始した。
「ちっ……、このアマ、舐めた真似しやがって!
「てめえらが跡継ぎの坊っちゃんを殺したんだ! 子どもには、子どもで償ってもらうぜ!」
口々にでた暴言と共に、さっきとは別の暴漢がシィルに今度は長柄の戦斧を横に薙ごうとしていた。
「業火炎破!」
その名の通り、燃え盛る焔の波が暴漢ら数人に向かい、シィルを殺そうとした凶漢含め、一気に焼き払った。
花畑はその分燃えてしまうが、それでも事態が事態なだけに仕方がないとシィルは覚悟を固めた。
「な、なんなんだこいつ」
「ビ、ビビってんじゃねえ! やらねえと金にありつけねえんだぞ!」
予想外というべきシィルの反撃に盗賊たちは恐怖を覚え始めていた。
業火炎破はそれなりに気力を消費する中級魔法であり、一回唱えただけでシィルはかなり消耗してしまっていた。疲労と冷や汗をひしひしと感じながら、それでも時間を稼がなければと、シィルは続いて魔法を詠唱しはじめる。
だが、その間にシィルに向かって矢が5,6本飛んできた。多くの矢は頬を掠ったり、全く見当外れの場所に刺さったりしたが、一本だけ、シィルの肩に突き刺さってしまう。
「いっ……!」
突然覚えた右肩の痛みに、シィルは詠唱を中断し、その場に膝をついてしまった。
形勢が逆転し、暴漢たちは歓声をあげてシィルのもとへ殺到しはじめる。
「なんだこの嬢ちゃん、よくみたら結構な上玉じゃねえか」
やがて暴漢の一人がシィルのすぐ側に立ち、下卑た笑顔を浮かべながらそう放言する。
「ひっひっひっ。坊っちゃんに差し上げたらさぞかし大層なご褒美もらえるぜ」
また別の男が、シィルに欲望の眼差しを向け、ケタケタと笑った。他の男たちも、シィルの容貌を見ると一様に同じような反応を見せる。
「さてと、坊っちゃんに差し上げる前に、味見をしとかないとな」
眼前にいる男がカチャカチャと、自身のベルトの留め具を外そうとかかった。シィルはなんとか魔法を唱えようとしたが、疼く痛みが一向にそれを許してはくれなかった。
やがてベルトが外れ、男はパンツごとズボンを下ろし、醜悪なそれをシィルに見せつける。
「うわくっせー! お前何日風呂に入ってね―んだよ!」
ゲラゲラ笑いながら、暴漢の一人が言葉を浴びせた。
「うっせーな。仕留めたのは俺の矢なんだからな。第一号は俺だ」
そういって男は一歩前に出て、それをシィルに近づけた。
「しゃぶれ」
「い……嫌、嫌です」
シィルは静かに拒絶の意思を表す。何度もランスとの行為で見慣れてはいたが、この男のそれからは嫌悪感しか覚えない。むせかえるような匂いと、不衛生を形で表したような凶漢の容姿は、それを更に増幅させる。
男は意に介そうとはしなかった。
「うるせぇ! しゃぶれつったらしゃぶるんだよ、一級市民様がよぉ!」
男はシィルの頭を掴み、無理矢理行為を強要せんとする。
「白色破壊光線!!」
しかし、次の瞬間、事態を打開する白い光の束が一気に暴漢たちを薙ぎ払う。
「うわっ! なんだなんだ」
「は、白色破壊光線って言ったよな……? まさか、ゼス軍が来たとかじゃ」
「そ……、そんなわけねえだろ! どこの世界にレジスタンスに手を貸す軍隊が」
業火炎破を大幅に上回る上級魔法を見せつけられ、暴漢たちは先程よりもさらに恐慌に陥った。
「御生憎様。世の中には、あの技を個人で使える人もいるんでしてよっ!」
「へ?」
救援にかけつけたカオルが、振り向いた男を皮切りに、次々と暴漢たちを投げ飛ばす。おそれをなして暴漢たちは逃げ出し、迫っていた危機から、シィルはなんとか救われた。
「シィルさん! 大事ありませんか!」
カオルはすぐさまシィルに声をかけた。
「は、はい……大丈夫です」
突き刺さった矢を見せまいと傷口を隠したが、矢をカオルは認識した。
「これは酷いお怪我を……。待ってくださいね。すぐに処置致しますから」
「すみません……。ヒーリング出来たら良かったんですけど、気力がもたなくて……」
戦闘は普段ランスに頼っているため、元より回復魔法寄りのシィルにとっては慣れない、自身にとっては上位の攻撃魔法を使ったことに加え、傷の痛みが彼女の気力を大きく損耗させていた。
カオルは後ろを振り向いた、なるほど、暴漢たちが居たと思しき花畑は焼き尽くされ、未だ炎がくすぶっている。
「状況と、魔力の痕跡を見るに……、もしや業火炎破ですか?」
カオルは薬籠から消毒の塗り薬を持ち出しながら尋ねる。
「は、はい。そうです」
「まぁ……。それはそれは」
カオルはすこし意外に思ったのか、感心したかのような声をあげる。
「お、おかしいですか?」
「いえ。シィルさんはもっと大人しめの魔法を使うイメージがありましたもので」
カオルは小刀で矢の軸を折り、止血のために袖の端をそのまま裂いた。
「あ、そんな……いいですよ。私の為にそんな」
高価そうな着物に見えていたからか、シィルはカオルを気遣う。
「いいのですよ。シィルさんのお体には代えられません……それに」
「それに?」
「シィルさんをこんな状態で帰したら、隊長に怒られてしまいますから」
カオルは冗談交じりに、少しだけ頬を緩ませて言う。
こう話していると、別の声が二人の耳に入った。
「ふーん……。シィルちゃんって結構やるのね。あの魔法、まだ使えるんだ」
白色破壊光線を撃った主、魔想志津香が焼け野原になった花畑を見ながら言った。
「ほら、志津香さんもそう仰っているではないですか。まだって事は前から使えていたんですか?」
「ああうん。この前ランスが自慢げにイラーピュが落ちたときの話をしていたでしょう? その時にちらっと」
ランスは時折これまでの自身の活躍を誇張気味に自慢している。そのため、話自体はカオルも聞き覚えがあった。カオルはほうほうと納得しながら、矢を慎重に抜き止血作業を進めた。
「ちょっと恥ずかしいです……。それに使えたって言っても、一回使っただけでこの有り様ですから」
「撃てるだけでも結構すごいのよ? せいぜい攻撃魔法使えても◯◯の矢とかの初歩しか使えない人がごろごろいるんだし、ましてやシィルちゃんは回復魔法も使えるんだから」
志津香はお世辞抜きで真面目にシィルを持ち上げている。回復(神)魔法と、攻撃魔法はどちらかしか使えない人間が多数派で、シィルのような両刀遣いは本当に限られた数しかこの世界には存在していなかった。
「そうですよ。ですからもっと自信をもってください、ねっ!」
そう言いながらカオルは、布で傷口を縛り、当面の応急処置を終わらせた。
「わぁ……、こんなに早く。手際が良いんですね」
「プリマさんのお手伝いで、よくやっていますから。さて、立てますか? 孤児院の方でもう少しちゃんと処置しないと」
「あ、はい」
と、シィルは立ち上がろうとしたが、気力の消耗と痛みにより、少しふらついてしまった。
「おつらそうですね……。私の肩、使ってくださいまし」
「いえ、大丈夫ですから。一人で歩けますし」
そう言いながらも、やはり傷口からのジクジクした痛みは容易に消えそうにはない。結局、シィルはカオルの肩を借りながら、ゆっくりと孤児院へ向かった。
「そういえば、志津香さんはどうしてこちらに?」
シィルが志津香に尋ねる。少し考える仕草を見せ、彼女は答える。
「マリアといっしょに森で散歩してたら、怪しい連中が孤児院の方向へ向かうのを見てね。気づかれないように行ったんだけど、少し間に合わなくて。ごめん」
「いえいえそんな! 助けていただいただけで、本当に感謝の気持ちでいっぱいです」
シィルはちょっと大げさに志津香に謝意を示した。あと一歩遅れていれば暴漢に襲われていた為、少しだけ声に迫真さがある。
「白色破壊光線なんて、そうそう一人で撃てるものではありませんからね……。それだけにうまく虚を突けました。私からも感謝申し上げます」
「よして。ただ夢中で撃っただけなんだから」
志津香は少しだけ照れながら、つばの広い帽子を目深に被る。シィルと違い、志津香はあれほどの魔法を撃っても少しも疲れた様子を見せず、シィルは内心で憧れを抱いている。
「でも、やっぱり凄いですよ。私なんて少し練度の高い魔法を撃ってこれなのに、志津香さんは全くそんな様子なくて」
「まだまだよ。やろうと思えばあの連中一掃できたのに、集中が足りなくて何人も逃しちゃったもの」
志津香は本気で悔いているようである。あれだけの魔法が使えても、志津香は妥協する様子を見せようとはしない。そんな志津香にシィルはますます魔法使いとして彼女は格上であることを自覚させられる。
「シィルちゃん! 大丈夫だった?」
マリアがチューリップを抱えながら、シィルの下へ駆け寄った。硝煙の匂いがほのかに漂い、彼女も暴漢退治に、援護射撃をしていたようである。
「この傷見てよ。大丈夫だと思う?」
志津香がシィルの肩に視線を向ける。
「わぁ。すごい辛そう……。ごめん、ごめんね。私達が向かうの遅かったばかりに……」
マリアは肩口のシィルの傷を見て、何度も頭を下げた。
「いいんですよ。たまたま森でお散歩していたのでは、どうしても遅くなっちゃいますし」
「え? 私達は、ランスに言われて手伝いに行ってたんだけど……」
志津香ははぁとため息をついて、内心マリアを呪う。
「そ、そうなんですか?」
「そうよ。さっきランスに出くわして今回の仕事やらなかった分、お前らも手伝えって押し付けられて……、全く勝手なんだから」
志津香は観念したとばかりに、真相を吐露した。
「え、でも志津香さんさっきは森でお散歩って」
「まあ……。お気持ちはなんとなくお察ししますよ。志津香さん」
カオルはそう言って志津香をかばう。結果的にとはいえ、ランスのなんの気ない言葉で事態が好転した事実を志津香は認めたくなかったのである。
「ごめん。シィルちゃん。嘘ついて……」
志津香は素直にシィルへ頭を下げた。
「そんな。頭を上げてください、志津香さん。貴女のおかげで、私はこうして戻ってこれたんですから」
そうしていると、孤児院の入口にたどりつき、キムチやカーマたちが出迎える。
「シィルさん! まあそんな怪我をして……、今ダニエル呼んできたから、すぐに本格的な処置をするわ」
キムチの心からの言葉に、シィルはお礼の言葉を返す。
「シィルお姉ちゃん……。何も出来なくて、ごめんなさい」
「いいのよカーマちゃん。よくみんなを無事に、逃がしてくれたわね。それだけでも十分偉いわよ」
シィルは無事な方の手で、カーマの頭をぽんぽんと撫でる。キムチも同じようにカーマへ言葉をかけた。
「それで、状況はどうなのですか?」
カオルがキムチの目を見据えながら言う。
「ええ。もう暴漢たちはマリアさんの砲撃と、あたしのフライパンで何度か叩いて追い返して、なんとか孤児院自体は無傷で済んだわ……。でも、ジェンたち数人が、その……」
キムチがその先の言葉を濁した。森へ遊びに出ていた数人の男児が凶刃にかかってしまったのである。
「だから遠くに行っちゃだめだって、いったのにね……」
キムチは悲しげな目で、やや下を見つめていた。そもそも、富豪の家から略奪した翌日に外で遊ばせること自体、報復を考えない軽率な判断だったかもしれないと、彼女は自身を責めている。
「キムチさんは悪くありませんわ。悪いのは、卑劣にも逆恨みで児童に手をかけた暴漢たちです」
カオルは強い眼で、キムチを見て言う。どんな事情があれ、いたいけな子どもたちを殺すことなど、許されることではない。
やがて医務も務めているダニエルが到着し、シィルは本格的な処置を受け、しばらく安静にしていた。
―翌日 アイスフレーム 集会所―
「めんどくせぇなぁ。またあいつらのとこ行かなきゃ駄目なのかよ」
ランスは例の富豪のところへ殲滅作戦を仕掛けるという話に対し、否定的な声をあげた。
「何を言っている! 元はといえば、お前が子どもを殺し、要らぬ恨みを買ったのが原因だろう。自分のケツは自分で拭け」
ダニエルは、威嚇を含んだ強い眼でランスを見た。捕えた暴漢の一人から、前日の報復はやはり子どもを殺された富豪の指示によるもので、主要メンバーの一人を人質に取り、なんらかの交渉を持つことを主目的にしたものであることが明らかになったのである。
「そうですよランスさん。私は、できる限り人を傷つけずに任務を遂行するように、指示を出したと思うんですが」
ウルザも少し非難を含んだ声色でランスに言った。
「ふざけるなよ。あそこで俺が斬らなきゃ、俺が殺されてたかもしれねーんだぞ」
「他の隊員からの報告によれば、相手は12,3歳の子どもだったそうじゃないか。まさかその程度の相手にそうまでしなきゃならんほど遅れをとったのか?」
「ぐっ……。ふ、不意を突かれたんだ! いくら俺様でも後ろに眼はねぇからな!」
まさか屋敷内の女を襲っていた背後から刺されようとしたとは、言い出せる雰囲気ではなかった。
「ふぅ……。どういう状況だったかは今更言っても意味がない。こうして事件が起こった以上、二度と同じことが起きないよう、奴らを探り、できる限り痛めつける必要があるのだ」
「しかしなぁ……。女っ気も、金目もなさそうなところに行くのもやる気が起きんわ」
ランスはあくまでも否定的な姿勢を崩さない。
「そういえば、なんですけど……、かなみさんやアベルトの偵察を聞いて思ったのですが、彼らがいるところの付近は確か、古代種の住処だったと、文献で読んだことがあります」
ウルザは唐突に、話の焦点を少しずらした。
「それがなんだって言うんだ」
「ランスさん、前に貝を集めるのが趣味だっておっしゃってましたよね? もしかすればそこにも珍しい貝があるかもしれませんよ」
「ほう……」
それを聞いて、ランスはもう一度しばらく思考を巡らせる。
「それ、絶対だな? 俺様のウルトラスペシャルな貝コレクションに並べて引けを取らないものがあるって言えるんだろうな」
「えっ……それは」
ウルザはまだ彼のコレクションを見ていないため、さすがにそこまでは自信が持てなかった。しかし、ウルザは受けさせる為だと割り切って、
「あると……、思いますよ」
と、自信なさげに答える。
「ほー……。そうかそうか。まあウルザちゃんが言うんだったら信じてやるか。わかった、やってやる。そのついでにな」
ランスは下卑た笑いを浮かべながらようやく任務を承知した。なかったらないでお仕置きでまだやったことないプレイをウルザにしてやろうと内心で算段をつけている。
ランスは高笑いしながら、集会所から去っていった。
「全く。あの男にも困ったもんだ……。しかしウルザよ、よく知っていたな。ランスにそんな奇特な趣味があるなど、知らなかったぞ」
ダニエルは意外だったのか、なんの気なしにそう言う。
「え、ええ……。まあ、前にポロッと話してくれたから」
まさか誰にも内緒でランスが寝床にしのんできて、襲われている
―終―