秋も深まった頃。
リズナやウルザと共にJAPANへ援軍にやってきていたマジックは織田城の私室で繕い物をしていた。
「いつっ……」
あまり慣れない事だからか、指に何度か針を突き刺してしまうなど、なかなか思うようには進まない。
刺した指を舐めていると、障子を叩く音がした。温和な、ゆっくりとした調子の声である。
「マジック様、よろしいですか?」
「あっ……あー、リズナさんね。いいわよ」
マジックは肝心な部分にだけ重しを乗せるなどカモフラージュをして、リズナを中に入れた。
「私に何か用事があるみたいですが……」
リズナはしっくりこないような顔をしながら、マジックに尋ねた。
「最近、エンジェルカッターを部隊戦術に入れてるみたいね。どう? 調子は」
マジックはもともと雷撃系の魔法使いではあるが、戦術に幅を持たせるために敢えて違う系統の魔法を使うリズナに、その所感を尋ねていた。
「よく分からないですけど……、皆さん結構消耗が激しいみたいです。その分魔物さんたちにはよく効くので使わないわけにもいかないのですが……」
リズナはおっとりとした口調で返す。
「分からないってそんな適当な……。もっとこうないのかしら? エネルギーの供給具合とか、どういう状況で使ったかとか」
マジックは呆れながらも、優しい声色でリズナに尋ねた。
「すみません、ゼスよりついてきてくださった部隊長さんにお任せしてしまってるので、私には詳しいところは」
「あーそうなの……。まあ確かにあなたは……、まあいいわ。結構部隊に負担かかるのは分かったから」
そう言ってマジックは再度繕い物を再開した。詳しい運用はあとで彼女の副官に聞こうと考える。
「それ、何をされているのですか?」
一度マジックに頭を下げた後、その手元にリズナは視線を移した。
「マフラー。ほら、最近寒くなってきたでしょ? 風邪ひかないようにと思って、……、自分用にね」
マジックは咄嗟に嘘を付く。
「なるほどー……。確かに寒くなってきましたものねぇ……。上着や下着とかもそろそろ冬物に替えないとですし」
「……。そうね」
マジックは下着というワードに反応してチラッとリズナの豊満な胸に注目する。少しだけ羨望の感情が生まれながらも、とにかく自分の手元に集中した。
リズナは彼女の指に絆創膏がいくつかあるのに気付いたが、敢えて触れないでおく。
「マジック様もお体を大切にしてくださいね。大事なお体なのですから、それでは私はこれで……」
そう言ってリズナは静かに去っていく。
「ふう……。なんとかごまかせたわね」
立ち去ってしばらくして、マジックはため息をついて安堵した。これが今、西国で魔軍との決着に向けて出陣しているランスに向けてのものであることを、知られたくはなかった。
一方的とはいえ、妻になると決めているのだから、贈り物の一つや二つしても全くおかしくはないのだが、それでも気恥ずかしかった。
そんな風に思っていると、今度は別の声がマジックの耳に入る。
「マジック様。宜しいでしょうか」
先ほどとは違う、凛とした、引き締まった声。彼女相手ではこれではごまかせないだろうと、慌てて片付ける。
「……いいわよ」
マジックは机を引っ張り出して上級学校用のテキストを開き、彼女を迎えた。
「宿題ですか?」
出迎えた人物。同じゼス四天王のウルザ・プラナアイスは用件を置いて、そう言って彼女の机を覗き込んだ。
「ええ。白色破壊光線についてのより高度なエネルギー生成に関するレポートよ。その基礎資料集めであー忙しくって……」
マジックはわざと彼女が疎いであろう方向の話をして、その場を取り繕うとする。ウルザに基本隙はないものの、魔法に関しては特別な才能がない。その計算の上での話だった。
「……。そうですか」
ウルザは机に積まれてる紙を一瞥した後、そう言って脇に抱えていた報告書を取り出した。
「チョチョマン様、千鶴子様からの報告によればここ一ヶ月ゼス国内に変わったことはないそうです。チョチョマン様肝煎りの義務教育改革も順調なようですし」
「そう……。それはよかったわ。私がいなくてもちゃんと国が回ってるじゃない」
マジックは己がここにいるのを正当化するかのように言う。一度彼女からはゼス王女であり、四天王として軽々にここに来ることを咎められている。
ウルザは少しため息をつき、間を開けて答える。
「国家祭礼や儀礼のとき、貴女がいないおかげでお二人がどれだけ困り果てているか、御存知ですか?」
「うっ……。で、でもいいじゃないの、財政難でそういうの削ろうっていう話になってたし」
「全部削ろうなんて極端な話にはなっていません」
ウルザは努めて冷静にマジックに指摘した。
「そ、それよりもウルザ。あんたランスと一緒に出陣してたんじゃないの? なんでここまで帰ってきてるのよ。魔軍が滅びたなんてきいてないけど?」
マジックは唐突かつ強引に話題に切り替える。
ウルザは意図に気づきつつも、とりあえずはそれに返す。
「戦況が安定してきたので、一旦尾張に帰って計画を整理し直そうという話になったんです。アフリカに入ってからは敵の抵抗も一層激しくなってますからね」
「そ、そうなの……。で、あの」
マジックはもじもじとしながら意を決して尋ねる。
「それでランスは。どうしてるの……?」
「ランスさんはいつもの通り、乱取りした後に帰ってきますから、私とは別行動です。ただ、そう遠くないうちには帰られると思いますよ」
「乱取り……ああ、略奪ね。全く相変わらずなんだから……」
マジックは全く変わってないランスの性向に呆れつつも、
「でも、良かった……無事で」
と少し顔をほころばせた。
「それでマジック様。本当は何をされておいでだったのですか」
ウルザは意表を突くようにマジックに尋ねる。
「え!? み、見てわからないの。レポートの作成……」
「白色破壊光線とのことでしたけど、この組成式と反応をちらっとみた限りではファイヤーレーザーですよね? それが少し気にかかりまして」
ウルザはレポートの一部分を指し示して指摘した。
「くっ……なんで知ってるのよ……」
流石に急場で用意したものだったため、内容の精査までは行っていなかった。
「犯罪にも魔法は使われますから」
ウルザはマジックの目を見据えて、冷静かつ的確に応答する。
「はぁ……分かったわよ。縫い物よ。縫い物してたの」
そう言ってマジックは観念し、脇から編みかけのマフラーを取り出した。
「マフラーですか? 確かにここ最近は冷え込む日も多いですけど」
ウルザは少し意外そうにマジックに答える。
「何よ。もしかして変とか思ってたり」
「いえいえ……。また無茶を言って危険な戦場に同行しようとか、物騒な計画立ててないか心配してたのですが……。そうですか」
ウルザは安堵したかのような笑みを浮かべて、マジックに接した。
「自分用にと作ってたんだけど……。慣れないものだから手が傷だらけになっちゃって」
「マフラーくらい別にご用意しますよ?」
ウルザは純粋な気持ちで提案する。
「いや。そうじゃなくて……その……」
「もしかして、贈り物ですか?」
ウルザはマジックの明らかに動揺した挙動からそう判断した。
「う……うん」
「ふう……。全く、そのくらいのことでしたら、すぐに教えてくだされば良いものを」
ウルザは仕方のない人とばかりに笑みを浮かべる。
「だっ、だって……」
「ふふ……。しかし、随分と、その……、独特なマフラーですね」
ウルザは言葉を選びながら、パッと見た印象でそう語る。編み目が雑だったり、ほつれがあったりでとても上等な代物とはいえなかった。
「こ、これは練習だから。まだ本格的に要るようになるまでは時間あるでしょ?」
「ランスさんは短気ですし、あまりそんな悠長なことも」
ウルザは現実的な懸念を表明する。
「だ、誰がランスに贈るって」
マジックは図星を突かれて反射的に反応する。
「他にいらっしゃるのですか? お父君とか……」
「親父はマフラーなんかなくても、自分自身が暖房みたいなもんじゃない。暑苦しいし」
マジックは軽口を叩き、半分吹っ切れて縫い物を再開した。
「またそんなことを……」
そんな会話をしていると、また別の声がする。今度はあどけなさがある可愛らしい声であった。
「マジック様。一緒にお茶をしたいのですが、宜しいですか?」
「えっ……。あっ香様!? ちょ、ちょっと待っててくださ」
片付けようとしたマジックを、ウルザが止める。
「な、何よウルザ」
「別にいいのではないですか? 香姫様に見られて恥ずかしいことでもないでしょうし」
「ねえ……。あんたまさか楽しんでない?」
マジックが疑惑の目線を向ける。
「ふふ……さあ。どうでしょうね」
ウルザはどうとでも取れる答えをマジックに返す。表情からは特に読み取れない。
「マジック様?」
「っ……。はーい。どうぞー」
マジックは繕い物をしたまま、待たせるわけにもいかないかと香姫を中に入れる。
「ウルザさんも、こんにちわ」
ウルザの姿に気付いた香姫は軽く頭を下げる。
「これは香姫様。お久しぶりです」
香姫は二人のいる所にまで歩き、お茶菓子を載せたお盆を置いて、ちょこんと座った。
「西国の方はどうですか? 攻略に時間がかかっていると聞きましたが……」
「あの地はもはや魔軍の最後の拠点となる地域ですし、死に物狂いで抵抗していますが、きっと押し切れると思います」
香姫の問にウルザは自信を持って返答する。一時は畿内にまで攻め入ろうとしていた魔軍はランスたちの攻勢により勢いを大きく落とし、戦域を大きく後退させていた。
「そうですか……。どうか皆さん無理をせずにと、ウルザさんの方からも将兵にお伝え下さい」
ウルザは黙ってそれにうなずく。
「香様も前線にでておられるんでしたよね……」
マジックが心配そうな声をあげて尋ねる。
「最近は魔軍も遠くなりましたし、出ていませんけど、それでも天満橋の決戦となる時には……」
香姫は覚悟をうかがわせる表情をマジックに見せる。これは兄・信長を乗っ取った魔人ザビエルに対する戦いである。そのため、彼女はそのあたりをしっかりわきまえていた。
「私もできる限りのことはお手伝いします。ですからどうか遠慮せずに」
マジックは続けて香姫の覚悟に応えるように、助力を申し出た。
「ありがとうございます。その時は頼りにさせていただきます……。さて、堅い話はここまでに、どうぞ、お饅頭とようかんですけど……」
そう言って香姫は盆の上の茶菓子を二人に勧める。
「ふう……。落ち着くわ。心にしみいるようで……」
マジックはようかんと、一緒にあった煎茶を飲んで、一息つく。
「ふふ。気に入ってもらえたようで。よかったです」
そういうと香姫は、マジックの膝にある繕い物に目をかけた。
「それは……、何を作られているんですか?」
「えっ……。ああ、マフラーです」
そう言ってマジックはマフラーを香姫に見せる。
「寒くなるからご自分用に作っていると……、仰せになってましたよね」
ようかんを一切れ食べたウルザは、マジックを気遣ってか、あえてその言い訳を通す。
「う、うん。そうなの。ゼスと違って、JAPANは結構寒くなるって聞くから……」
「なるほど……。しかし、マフラー、あいや、襟巻きくらいならば、別にこちらで見繕いますよ? マジック様は援軍であると共に国賓なのですし、それくらいはさせてください」
香姫は純粋な気持ちからそう提案する。
「いいんです。敢えて自分の手で作りたいですから……」
そういってマジックは繕いを再開する。
「そうですか……」
そう言って香姫はもぐもぐと饅頭を口にしながら、しばらくマジックの縫い物を観察する。手際はたどたどしく、手探りでやっているのがあからさまであった。
ウルザはお茶を飲みながらそれを軽く見守っている。
「あの……。お節介になるかもしれないですけど、宜しいですか?」
唐突な香姫の申し出に、マジックは少し肩を震わせた。
「な、なんでしょう?」
「そこの縫い目は、こうなさったほうがよろしいですよ」
そう言って香姫は、自分の手を動かしながら、編み棒の動かし方を指南する。
「こ、こうかしら」
マジックは香姫の動きに合わせ、見様見真似で、ぎこちなく編み棒を進ませる。
「ちょっと違いますね、そこまで力強くやると、縫い目が硬くなってしまいますし……」
香姫はやんわりと指摘し、マジックの手元を覗き込む。
「あ、……じゃあこう」
指摘された箇所を意識し、マジックは糸を引く力を弱め、針を進める。
「そうそう、そういう感じです。ふんわり、優しく……、にゃんにゃんでも愛でるかのように……」
香姫はにこりとうなずき、柔らかな声で励ます。こうして、編み物指南がはじまった。
それを一部始終みていたウルザは、『これではどっちが年上か……』と、思ったが指摘しないでおき、お茶を一気に飲み干した。
それから暫く指導を続け、20センチくらい進んだところで香姫はふうと息をつく。
「すごい……」
香姫が指導した部分はこれまでとは異なり、しっかりと編み上がっている。
「その調子で続ければ、きっと素敵なマフラーが出来上がりますよ!」
「ね、ねえ香様。どうしてそんなに、上手なの?」
マジックは恐る恐る尋ねる。
「えっと……、兄の足袋とか、着物の破れた所とか直してたら、勝手に手が覚えてました。それでは、私はそろそろ」
そう言って香姫はお盆を下げて、マジックの部屋を後にしていった。
「そっか……兄貴か……」
マジックは少し寂しそうな視線を投げかけた。
「ふう……」
帰るタイミングを失っていたウルザはすっくと立ち上がった。
「な、何よ? なにか言いたいことでも」
「いいえ。何も」
本当はいくらでも言いたいことがあったが、彼女のプライドを傷つけるだけだと考え、ウルザはすっと胸にしまいこんだ。
「マフラー作りもいいですが……、あまり入れ込みすぎないでくださいね」
ウルザは諦めと、仕方のなさがあるような感情をこめて言い、自分も部屋を後にする。
「くっ……何よ」
そう言って一人残されたマジックは、半分意地になってマフラーを編み続けた。
――
やがてランスが帰ってきたと聞き、マジックは彼が通りかかるであろうところで待ち伏せを行った。
「……お帰り」
ランスを見つけると、マジックはすっと彼の前に出た。
「おうマジック。元気してたか」
「うん……。まあ」
彼女はもじもじとしながら、ランスの言葉に答える。
「ね。ちょっと、目をつぶっててくれない?」
「あ? なんだ突然」
「いいから!」
そう言ってマジックはランスのまぶたに手をやり物理的に、ランスの目を閉じさせる。勢いに呑まれたからか、ランスは特に返さず動静を見守った。
マジックは震える手と感情を抑えて、出来上がったマフラーをそっと首にかける。
「いいわよ……開けて」
マジックはかけた後、暫く間を空け、覚悟が決まったように言った。
「ん……。なんだこれは」
ランスは自分の首にかけられたマフラーを見て、やや驚いたような視線を投げかける。
「マ、マフラーよ。知らないの?」
「……、君が編んだのか」
ランスが平静な声色で尋ねる。
「そ……、そうよ。これから寒くなるし、風邪ひいたらいけないと思って……その」
「ふーん」
ランスはマフラーの端を手にやり、質感を確かめている。
「へったくそだな」
「うっ……」
ランスの率直な感想に、マジックはまずうなだれる。香姫から指南をもらったとはいえ、やはり時間は足りていなかった。
「だが。まあいい。マジックにしては気が利いてら。気が向いたら使ってやる」
そう言ってランスはマフラーを首から外し、手に持った。
「えっ、そんなすぐに……」
「正直戦場には邪魔なんだよなーそれ。シィルが昔編んだが、妙に蒸れるし……」
ランスは本音のようにそう吐き捨て、スタスタと廊下を歩いていった。
「ちょ……! 今なんていったの!? ふざけないでよ!! 一生懸命作ったのにー! もー!!」
マジックは激怒してその後を追っていく。
「だから入れ込みすぎるなって……申し上げたのに……」
曲がり角で聞いていたウルザはやれやれと言った風に肩を落とし、フォローをしに二人のもとへ向かった。
―終―