ランス短編・中編集   作:OTZ

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時系列はランス4~6の間です。


ランス、子どもになる

 LP3年のある朝のこと、シィルはいつも通りランスより早く起きて、朝の家事を済ませていた。

 今日は過ごしやすい気候で、シィルはいつもよりどこか上機嫌で家事をこなしていく。

 

「あっ……もうランス様、またこんなところに……」

 

 リビングの片付けをしている最中、またランスは床に雑誌を撒き散らしていた。片付けようと思って、見開いてあるページが目に入る。広告のページだった。

 いくつか赤い丸がついており、エログッズやおもちゃ、コスプレ衣装、催淫剤や精力剤などに目星をつけている。

 

「うう……。こんなの恥ずかしすぎます……」

 

 シィルは赤面になりながら、本を閉じ、ソファ前の机に戻した。羞恥にまみれながら再度掃除を再開し、一段落したところで良い時間になった為、朝食の準備を軽く済ませた後、ランスを起こそうとノックしに部屋の前に向かった。

 すると、それより少し早く部屋のドアが開いた。

 

「おはようございます。ランス様。今日は早く……」

「え……。お姉ちゃん……誰?」

「へ……?」

 

 シィルは部屋からおそるおそる出てきた一人の少年に面食らった。

 着ていた寝間着はブカブカになっており、足や手が全く出ていない。シィルにとっては全く見覚えのない顔と姿であったが、数十秒ほど観察して意を決して尋ねてみる。

 

「もしかして……。ランス……様?」

 

 姿形は小さくなっても、面影や髪の色、瞳の色などは変わりない。数年の付き合いで、信じがたいことではあってもシィルには一種の確信があった。

 

「えっ。なんで俺の名前、知ってるの?」

 

 その答えにシィルは驚愕する他なかった。どういう訳だかわからないが、ランスが少年の頃に戻ってしまったのだ。

 

「一体どうしてこんなことに……」

「お姉ちゃんさ」

 

 シィルの懸念をよそに。シィルの服をジロジロと見始める。今着ているのは腕や足が露出しているローブで、元のランスの趣味であった。

 

「なんでそんなかっこしてるの? 風邪ひかない?」

「えっ……!? い、今なんて……」

「だから、そんな服だと身体冷やすんじゃないかなって」

 

 少年になっているとはいえ、絶対にランスが言いそうにない言葉にシィルはさらに衝撃を受けた。

 

「えっ……。う、うん。そう……ね」

 

 シィルは未だ飲み込めないような表情をしながら、ランスが時折話していた少年時代のことを思い出す。本人曰くだが、街のガキ大将的な立ち位置で、人懐っこい性格で人々をひれふさせた……は当人の誇張にしても、慕われていたようである。

 

「あ、あの……、今、おいくつですか?」

 

 シィルは恐る恐るランスに尋ねる。

 

「俺? この前誕生日迎えたから……11だよ」

 

 その頃ならばたしかまだ、ランスによれば性に目覚めていなかったはずだとシィルは確信した。

 

「俺からも聞いていい?」

「は、はい。なんでしょうか?」

 

 シィルはいつもの癖でややかしこまった風に答える。

 

「俺、なんでこんなとこにいるんだ? 村長の爺のところで寝てたはずなんだけど」

「わ、わかりません……。私もどうしてそんなお姿なのか……」

「姿? 俺はいつもとかわらな……。あっ! なんだこのぶかぶかな服! 誰がきせやがったんだ!!」

 

 ランスは明らかにサイズのあわない自らの服を見て、一人憤慨していた。

 

「さては細目のヤローの仕業だな。最近大人しくなったとおもったらこんな真似しやがって。今度あったらギタギタの簀巻きにしてやる」

「あはは……」

 

 シィルはそんな様子を見て、ランスの言っていた事はあながち嘘でもないことを理解する。

 

「とにかく、こんな服じゃ動きづらいったらない。着替えてくる」

 

 そういってランスはとりあえず元いた自分の部屋に戻ろうとした。が、長すぎる裾に足を取られて転倒する。

 

「いってー!」

「だ、大丈夫ですか!? ランス様。すりむいたりとか……」

 

 シィルは即座に駆け寄ってランスの様子を確かめる。触れてみるとますますその肩や背中の小ささ、今のランスとは大きく違う華奢な体つきなどで、彼が幼少に戻ったことを実感した。

 

「だ、大丈夫だこの程度。どーってことねぇ」

「立てますか? もしどこか打っていたりしたら大変ですし……」

 

 シィルはランスの打ったであろう箇所をみながら気にかけた声をあげる。

 

「どーってことねえって言ってんだろ。それになんだそんなどれーみたいな口の利き方……」

 

 シィルはその言葉にハッと気付いた。今の彼は自分を買う遥か前の彼であると。

 

「えっと……その……」

「お前、俺のなんなんだよ」

 

 ランスは強い視線を向けながらも、どこか困惑の色を混ぜていた。

 

「う。ううん……」

 

 まさかこの少年に正直に貴方の奴隷と言っても理解を拒むだろうし、そもそもそんなことを子どもを前にして口には出せない。暫く思考した後、彼女は答えを出した。

 

「わ……。私はシィル・プライン。あなたの……、ランス君の助手……です」

「助手ぅ……? どういうこった。お姉ちゃんは俺より年上だろ? なんで大人が子どもの助手やってんだよ」

 

 ランスのそのツッコミにシィルはまた返答に窮する。どうしたものか頭をこねくり回していると、背後から別の声がした。

 

「何言ってるのシィルちゃん。その子はあなたの遠い親戚の子でしょ」

「えっ。かなみさん!?」

 

 突然のかなみの登場に、シィルはまたに困惑の度合いを深める。即座にかなみはシィルをランスから少し距離を置いて、耳打ちをする。

 

「か、かなみさんどうしてこちら……あ。もしかしてリア様の」

「うんまあ……そういうこと。だから、状況は見ていたわ。見かねて降りてきたけど、まさかランスがあんなになるなんてね……」

 

 かなみはふと後ろを振り返って小さくなったランスを見る。

 

「そうでしたか……。でも遠い親戚の子って」

「奴隷とか、助手とか。そんなことあの子にいっても信じてもらえないわよ。それよりもあなたがランスよりも上の立場であることを示して、コントロールさせたほうがいいわ」

 

 かなみはややたどたどしさがありながらも、基本的には冷静な口調でシィルに言う。

 

「えーっ! でもそんなの難しいですよぅ……。かわい、小さくなったとはいっても、ランス様は、ランス様ですよ」

 

 一瞬言い淀んだシィルのその言葉に、かなみは共感しそうになりがらも。さらに続ける。

 

「分かるけど、それでもそう振る舞ったほうがいいわよ……。もし本当のこと言って自分が上だと知ったらあの子なにしでかすかわからないわよ?」 

「ううん……確かに。エッチなことはしなくても。すごくやんちゃなところは変わっていませんしね……」

 

 シィルはこれまでの行動を見てそう判断している。

 

「それに、見た限りでは外見だけじゃなくて、記憶とかもその頃に戻っているから、上手くやれる可能性はあると思うわ。ランスはランスでも。子どもなんだし……」

 

 そういうわけで二人はランスに向き直る。だが、ランスは既にいなくなっていた。

 

「あれ? どこいったんだろ……」

「服を探していましたし、お部屋だと思います」

 

――

 

 部屋に入ると、シィルの予測通り、ランスは自身の部屋で自分に合うサイズの服を探していた。

 

「むっかー! どれもこれも大人向けのサイズじゃんか! どうなってんだこの家は!!」

 

 ランスは服に八つ当たりしながら、癇癪を起こして当たり散らしている。

 

「あーあ早速こんなに散らかして……」

 

 小さくなっても変わらない無鉄砲な行動に、かなみは頭を抱えていた。

 

「ランスさ……、ランス君。落ち着いて……ね?」

 

 シィルは覚悟を固めて、かなみの言う通りの役割を演じようと、声をかけた。

 

「あ? なんだシィル。助手の癖に俺に口答えすんのか?」

 

 都合の悪い部分は聞いてないのか、ランスは尊大な口調でシィルに返した。

 

「子どもになっても、ああいうとこは大人の頃とかわんないわね……」

 

 ため息をつきながら、かなみはフォローに入る。

 

「はいはい。助手ごっこはもう終わりなの、散らかしたの片付けなさい」

 

 かなみも同じような役割を演ずるべく、仕方のない甥でも見るかのような視線で言った。

 

「なんだよおめーもさっきからえらそう……に」

 

 ランスはかなみの装束をはじめてじっと見つめている。

 

「な、何よ。なんかおかしい?」

「か、かっこいい……。昨日レイエスから借りた雑誌で見たぞそれ、忍者の服だろ!?」

「えっ!?」

 

 これまた普段のランスならば絶対に言わなそうな言葉に、かなみは嬉しさと同時に困惑してしまう。

 

「そ、そーよ。JAPANのくのいちの装束よ。私はこれでも本物の忍者なんだから」

 

 かなみは胸を張って答える。本当は下忍レベルなので一人前とは言い切れないが、敢えてそこは隠す。

 

「すっげー! ねえねえ、手裏剣とか、クナイとかもってるんだろ? 見して見して」

 

 ランスはかなみのすぐ近くにまで走り寄って、ぐいぐいと迫る。

 

「だ、ダメよ。子どものおもちゃじゃないんだからね」

 

 かなみは慌ててしまってある腰の得物入れに手をやる。

 

「は? いいだろ別に。ケチケチすんな……。お、そこに隠してんだな?」

 

 ランスはそこに目を光らせた。

 

「だからダメだってば!」

 

 かなみはしつこいランスを払いのけるため、ペシッと思わずランスの頬を叩いてしまう。そのあまりにも軽い感触に、かなみ自身驚いた。

 

「な、何をされているんですかかなみさん! 相手は子どもなんですよ!」

 

 シィルはその行動をとったかなみを見て思わず声を上げてしまった。ランスはわざとらしく泣き声をあげてシィルに抱きついた。

 

「うわーーん。シィルお姉ちゃああん。変な女にはたかれたー」

「よしよし……。もう怖くありませんからねー」

 

 シィルは叩かれた頬を優しく擦りながら、ランスをあやす。

 

「うっ……。なにこのあからさまな……」

 

 やはりランスはランスだと。かなみは自覚せざるを得なかった。

 

――

 

 あれからとりあえず服は後で近所の人から貸してもらうということで落ち着き、ランスには下着の上にバスタオルをとりあえず被せる形で当座をしのぐことにした。

 おなかがすいたというので、朝食を作り、少し落ち着いたところで状況を整理する。

 

「ふう……ごめんシィルちゃん。私の分まで作ってもらっちゃって」

「いいんですよ。かなみさんの方こそ、リア様にはやくこの事お伝えしたいでしょうに……」

 

 かなみとシィルはランスと相対するように座り、また小声で会話していた。ランスの方はむしゃむしゃと大きな口を開けて、朝食を夢中で食べている。

 

「急にランスが子どもになったとだけ教えたんじゃ、リア様は保護のためとかなんとかいって、リーザス軍総出でこの家を包囲しかねないわ。もっと情報をつかんどかないとね」

 

 かなみはウィンナーを口に運びながら説明した。

 

「そうですね……リア様なら確かに。でも、本当にどうしましょうか。ランス様は見た所本当に子どもに戻ったみたいで、他に手がかりもありませんし……」

「何か思い当たるところとかないの?」

 

 かなみはちゃつみのダシがきいたスープに口をつけながら尋ねる。

 

「いいえ……。昨日もランス様はいつもどおりでしたし、特に変わったことは」

「そうよね……。知らない間に魔人か魔女に変な魔法でも吹き込まれたのかしら?」

「そんな。でも確かに……」

 

 シィルが深刻な方向に考えていると、一つのことを思い出した。

 

「あっ、そういえば朝片付けていた雑誌のチェックに、薬があったような……」

「もしかしたらそれかもしれないわね。ゴミ箱とかチェックして空き容器がないか調べ」

「おかわり!」

 

 そんな話に割って入るかのようにランスは茶碗をシィルに差し出した。

 

「ぽんぽん……、てんこ盛りに」

 

 茶碗を受け取ったシィルはジャーからご飯を追加でよそった。更におかずもあいているようなので、フライパンから追加でそれもよそった。

 

「ありがとう、シィルお姉ちゃん。すっごくうめーよこれ」

 

 そう言いながらランスは更にはぐはぐとおかわりのご飯にありつく。

 シィルはその言葉を聞いてジーンと涙を溜めてしまう。

 

「シィルちゃん、なにもそこまで感動しなくても……」

「だって、だってランス様がこんなに私の料理褒めてくれるなんて……嬉しくって」

「ああ……。全く、普段もこれだけ素直なら、どれだけいいことか……」

 

 かなみはシィルに同情しつつ、どこか微笑ましげに食べ進めるランスを見ていた。

 

「そういえば、あの……、あてなちゃんだっけ? 見ないけどどうしてるの?」

「昨日、ランス様が怒って、フロストバインさんのとこへ治してもらってこいって、放りだしちゃったんです」

 

 シィルは思い出しながら言う。

 

「そんなまた……何をやらかしたのよ」

「ランス様の貝コレクションに何を思ったかいたずら書きをして、本気で怒らせてしまったみたいで」

「ああ……なるほど」

 

 かなみは腑に落ちた表情で朝食を食べ進める。貝集めはランスの数少ない趣味であり、非常に大事にしているものである。

 

――

 

 シィルはあれから片付けを行い、ランスの着替えを貰いに近所の家へ向かっていった。家にはかなみとランスだけが残される。食べて瞼が重くなったのか、ほどなく眠りについてしまう。とりあえずリビングのソファで寝かせている。

 

「かわいい寝顔……。ほんと、同じランスなのかしら……」

 

 かなみは口をあけてスースーと寝息を立てているランスを見ながら、純粋に感想を言った。

 

「さて……、これがシィルちゃんのいってた雑誌かな」

 

 テーブルの端に白い布にかぶせて、寄せられている成人向けの雑誌が、何冊か積み上げられている。かなみは羞恥にかられながらもそれを手に取り、パラパラと確認する。

 

「わっ……なにこれ……すっごい……。じゃなくて、広告、広告……」

 

 かなみは広告が載せられているであろう箇所に視線を集中する。そして、一つの丸がつけられている広告に目が止まった。

 

「『これであなたも24時間夜でも戦える! 男の増強剤! お試し価格でどうぞ』……。もしかしてこれかしら? そういうのあんまり頼らなさそうなイメージだけど」

 

 かなみはさらに縦線がひいてある箇所に注目する。女性を思いのままにできるだの、アノ子もイチコロだの無責任な語句が並び立てられていた。

 

「ああ……そういうことね」

 

 かなみは納得して雑誌を閉じ、もとの場所に戻して布を被せ直した。

 

「あとは本当に使ったかどうか調べなきゃだけど……、シィルちゃんもいないのに勝手にそういうことするのもな」

 

 かなみが考えあぐねていると、呼び鈴が鳴った。

 

「わっ!?」

 

 唐突なその音に、かなみは素っ頓狂な声をあげる。シィルが帰って来るにはまだ早いはず。こんな時に一体誰がと思いながら、かなみは背後に気をかけつつ、ドアへ向かう。

 スコープを覗くと、そこには見覚えのある作業着を着た人物が立っていた。マリア・カスタード。リーザス陥落やイラーピュでの事件で何度か共に行動した発明家で、ランスとは自らと同じく因縁を持つ女性である。

 

「おかしいな……いないのかしら?」

 

 かなみの躊躇をよそに、マリアは独り言を呟く。

 全く知らない人物でもないし、ドアを開けるかと、かなみは鍵を解除して、ドアを開いた。

 

「あっ……やっと出た。ってあれ? ランスでも、シィルちゃんでもない」

 

 マリアは記憶から薄れているのか、思い出すのに時間がかかっている。

 

「ど、どうも。見当かなみです。お久しぶりです。マリアさん……」

 

 かなみはすこしぎこちなさそうにマリアに声をかける。

 

「あっ……あー! かなみさんか! こちらこそどうも……。って、どうしてランスの家に?」

「あのその……。リア様の命で時折ランスを見張るよう言われてて、それでなりゆきで……」

 

 かなみの説明にマリアは「ああ」と納得した表情を浮かべる。

 

「そ、そうでしたか……。ヒララ鉱石の調達のついでに、近くまで来たから様子見にきたんだけど、ふたりとも居ない感じ?」

「シィルちゃんは今出かけてて、ランスは今昼寝中」

「そっか……。ま、様子観に来ただけだし、また出直します。これ、もしよかったら三人で」

 

 マリアは一つの紙袋をかなみに手渡す。紙袋には、洋菓子店と思しき店名が書かれていた。

 

「どうもありがとうございます」

 

 かなみは袋を受け取る。

 

「そこのお店、結構おいしいの。カスタムにまで口コミで広まってるくらいで、私もショートケーキ食べたんだけど、スポンジがすっごく上品な味で」

「へぇー……。いいなあ。私も食べたいけどなかなか暇がなくて」

 

 かなみは普通の女の子らしい話を聞き、すこし羨ましく思いながら言う。

 

「あ、もしよかったらこれから一緒に行きません? もうすぐ新しいのが焼き上がるって聞いたからまた食べに。一人よりも二人で食べたほうがおいしいよ」

「え。でも、ランスが……」

「大丈夫大丈夫。ランスならきっと何があっても自分でなんとかするだろうし!」

 

 マリアの誘いに心が揺れ始めたところ、背後から声がした。

 

「うーんうるさいなあ。だれ?」

「ひゃ!?」

 

 かなみはこれ以上ないほど身体を跳ねさせる。

 

「あ、ランス……? でもそれにしては声が高いような……」

 

 マリアが考えていると、すぐ目の前にまでランスがやってきていた。

 

「あら……。どこの子かしら?」

「えっとその……。シィルちゃんの遠い親戚で、今預かってるところなの」

 

 かなみはなんとか取り繕いながらマリアに説明する。

 

「へー! シィルちゃんとこの子なんだ」

「何いってんだ。俺はラ」

 

 かなみは慌ててランスの口を塞いだ。

 

「いいから言う通りにしなさい。さもないとまた痛い目にあわすわよ」

 

 かなみは小声で囁いたが、ランスは振りほどいて、急いでマリアの背後に回った。

 

「うわーん! お姉ちゃんがまたいじめるー!!」

 

 ランスはマリアのズボンの裾をつかんでまたわざとらしく泣き叫んだ。

 

「こっ……この! いい加減にしなさい! 子どもだからってそうやって泣きつけば済むと思って!!」

「か、かなみさん落ち着いて! ボクも……ね? 落ち着いて私に話してごらん?」

 

 マリアはランスの視線にまで腰をかがめ、頭を撫でながらなだめる。

 

「ぐっす……お、お姉ちゃんが、俺はランスなのに、……シィルお姉ちゃんの親戚の子ってことにしろって……」

「そう……そんなことを……え!?」

 

 マリアは聞き流そうとしたが、「俺はランスなのに」という単語を反芻して目を丸くする。かなみは万事休すといった顔で、虚空にむけて笑った。

 

――

 

 とりあえずマリアを家にあげ、かなみは事情を説明した。ランスはソファに座り、ケーキを食べながらとりあえず大人しくさせている。先程の騒動が嘘のように落ち着いている。

 

「……。とても信じられないけど、つまりランスが急に子どもになったてことだよね。どういう原理なのかしら? 魔法にしても、科学にしてもそんなのまずある話とは思えないし……」

「原因は多分この薬だと思うんだけど、まだランスが飲んだっていう証拠がなくて」

 

 かなみは雑誌を取り出して、例の薬の広告を見せる。ランス自身がつけたと思われる赤い丸がその証拠だった。

 

「あー……。確かにランスなら買ってそう。でもこれ、いわゆる増強剤でしょう? なんで幼児化なんて」

「分からないけど、副作用か何かだと思う。この薬を飲んだことさえはっきりすれば、後は効き目が切れるまで待てば良いことだと思うんだけど」

「そうね……でも」

 

 マリアは少年と化したランスを見る。無邪気に頬張っており、口の端にはクリームなどがついている。

 

「マリアおねーちゃん! 美味しいケーキありがとう!」

 

 気付いたランスがマリアに声をかけた。マリアは一気に顔を赤くして小さく答える。

 

「う……うん。どう、いたしまして」

 

 その言葉を聞いて、ランスは再びケーキに視線を戻した。

 普段では絶対に聞けそうもないランスの言葉に、マリアの心臓は早鐘を打っていた。

 

「信じられないわよね……ほんとに」

 

 マリアの気持ちを察するかのように、かなみは声をかける。

 

「う、うん……。子供の頃のランスってあんなに素直なんだね……。正直、キュンってきちゃう……」

「確かシィルちゃんの前だと11歳って言ってたのよね……それがたった10年足らずでああなっちゃうわけかあ」

 

 かなみは時の無常さに思わずため息をついた。ひとしきりケーキを食べたランスが、ふと対面に張ってあるカレンダーを見る。

 

「あれ……? ねえ、かなみおねーちゃん」

「何よ」

「あのLP……ってなに? 俺、GIならわかるんだけど」

 

 かなみとマリアは目を見開かせる。LPとはリトルプリンセスの略。すなわち年号を指す言葉で、ランスのその年齢ではまだその前のGIという魔王ガイのいた時代であった。

 

「え、ええと……」

「そっか……。10年前じゃ確かに年号も違うわよね……」

 

 マリアは一人納得していた。

 

「もしかして……違うの? 今俺がいるのって」

 

 ランスは二人の反応から直感的にそう導いた。

 

「そう……。そうよ。今はLP3年。今ランスが覚えている時代より、9年後の世界なのよ」

 

 隠してもいずれバレてしまうだろうと、かなみは真実を告白した。

 

「きゅ、9年!? 俺その間なにしてたの!?」

 

 ランスは立ち上がって信じられないとでも言うような、叫び声をあげた。

 

「な。なにって。ねぇ」

「……」

 

 かなみとマリアは視線を合わせる。まさかこの少年に、この9年の間にやってきた、やるであろうことを話すのはあまりにも重すぎると思ったのである。

 

「なあ。答えろよ! 黙ってないで」

「うーん……」

 

 かなみは話すべきかどうか悩んでいたところ。背後より一人の声がした。

 

「お楽しみにしませんか?」

「えっ……?」

 

 声をかけた、シィルの方向にランスは視線を合わせた。ランスの着替えが入った紙袋を持っている。

 

「ランス君はこれからもっと、もーっと大きくなるんです。なのに、今9年の間どうなるか知っちゃうのはもったいないと思うわよ?」

 

 シィルはにこやかにそう続けた。

 

「い、いや俺は9年の間何をしたのか気になって」

「今、ここにランス君がいるのは……一つの夢の空間なの。夢だったら、どんな不思議なことがおこってもおかしくないわよね?」

「うっ……。でっでも、夢にしては」

 

 確かにそうかもしれないと思いつつ、それでもランスは食い下がった。

 

「さ、ランス君。お着替えしましょうね。ちょっと男の子には恥ずかしいかもしれないけど」

 

 そういってシィルは明らかに女物の赤とピンクを基調とするファンシーな服を着せようとした。

 

「は!? 嫌だ、そんな服! もっとかっこいいのがいい!」

「もう……。仕方ありませんね、じゃあこっちとか……」

 

 シィルは別の服を取り出しながら、ランスに提案し続ける。

 

「ふぅ……。よかったなんとかごまかせそうで」

 

 かなみは完全に服の方に興味が行ったランスを見て、ほっと胸を撫で下ろした。

 

「やっぱシィルちゃんって……すごいなあ」

 

 あまりにもランスを知ったうえでの対応を見て取ったマリアは、シィルに半分尊敬のような眼差しを送っていた。

 

――

 

 マリアはあれから暫く改めてケーキを食べて談笑した後に別れ、昼と夜をなんとか過ごした。

 ランスはなんだかんだシィルにべったりであり、かなみは遠巻きにそれを見つつ、シィルの許可を貰って薬の残骸の捜索を行っていた。

 

「シィルちゃん、ちょっと」

 

 ランスを魔法ビジョンの子ども向け番組に集中させ、ようやく手の空いたシィルを見てかなみが話しかけた。

 

「どうされました? かなみさん」

「これ……。ランスの部屋のゴミ箱にあったんだけど」

 

 かなみが手に出したのはタブレットの包装シートの残骸であった。1シート全てが使い切られている。

 

「ああっ……。そういうことでしたか。やっぱり」

「机にあった説明書見た感じだと、夜に1日2錠ってかいてあるのよね……。オーバードーズの結果ああなったってことなのかしら……? にしてもほんといい加減なヤツ」

 

 かなみは呆れながら床を見ている。

 

「あはは……。でも原因が分かってよかったです。かなみさんもこれで安心してリア様に報告できますね」

 

 シィルは純粋な気持ちでかなみに言った。

 

「うんまあそうなんだけど……。でもやっぱり心配なのよね。今のランスって、大人の時に比べればずっと弱いし……、せめて効き目が切れて戻るまでは、なんとか守らないとリア様が納得しないわ」

「そんな。大丈夫ですよ、今のランス様はまだ大人しいですし、そこまでご迷惑をかけるわけには」

 

 シィルは慌てて手を振る。

 

「大丈夫よ。腕白でも、手を出さないだけ、私にとってはずっと気が楽だから」

 

 かなみは切実さがうかがえる声で、笑いながら言った。

 

「しかし……」

「それにシィルちゃんだって、こき使われる奴隷から、対等なお姉さんになれて、内心ちょっと嬉しいでしょ?」

「うっ……。まあ……、それは否定できないです」

 

 シィルは赤くなりながら一度首を縦に振る。

 

――

 

 夜10時、ランスの寝室でシィルは寝かしつけていた。

 ベッドの上で布団を被せ、二人一緒に入りながら、時折布団の上から手を優しく載せていた。

 

「ランス君、今日はどうだった?」

 

 シィルはにこやかにランスに尋ねた。

 

「すっげー楽しかった。あのうるせえ爺もいないし、毎日やらされるざつよーもないし……、こんだけ楽しかったの生まれて初めてかも!」

「爺って……村長さんのことかしら?」

 

 シィルは最初に言ってたことを思い出しながら尋ねる。

 

「そーなんだ。俺を学校にいかせるかわりに、毎日コキ使いやがってさ……。ま、案外脇が甘い爺さんだからちょっと俺が仕掛ければ、隙もつけるんだけどな。この前も爺さんの大事にしてた羽ペンにいたずらしたら書けなくなって面白い顔で首ひねらしてたし」

 

 ランスはニヤニヤ笑いながらいたずらを暴露した。

 

「もう、そんなことしたらダメですよ。ランス君。村長さんにも嫌われてしまいますよ」

「いーんだよあんな爺さんにいくら嫌われたって、俺は屁でもねーや。あ、でもあの姉妹に変に思われるのはちょっとな……」

 

 ランスはその二人のことを少し気にかけている。将来的に性に目覚めたランスが童貞を捧げ、タガが外れるきっかけになるその姉妹の話を、シィルは何度か聞いては居たが、彼なりに思うところがあったのかと少しだけ意外な目をする。

 

「ねぇ……シィルお姉ちゃん」

「なあに? ランス君」

 

 これまでの軽い口調から、真剣な声色に内心少し震わせながら、シィルはランスに答える。

 

「昼前の話……、俺やっぱ気になるんだ。9年も時間が経ったのが本当なら、俺はずっとその間もいたわけだし……、しらないままっていうのは気持ち悪い。夢の中だとしても、それは分かった上で、俺がなにをしたのか、知りたいんだ」

「そう……。まあ、それはそうに決まってるわよね……」

 

 シィルは小さく呟いた。

 

「教えてくれよ。俺はこの間、何を……?」

 

 シィルは暫く考え込んだ後、一つの答えにたどりつく。

 

「ランス君は……、とても広い世界に冒険に出ます。そこで多くの人達を救って、世の中の為になることをたくさんしていくんです。もちろん、いいことばかりじゃなくて、ピンチになったりとか、危ないこと、乱暴なこともしちゃうこともあるけど……、それでも、多くの人を助けたり、関わったりで多くの人が注目する、すごい人になるの」

「へぇー……そうなんだ」

 

 ランスはシィルのその話に目を輝かせている。

 

「だから、今からいっぱい食べて、遊んで……、健やかに育ってほしいの」

「うん……。あ、でも」

 

 ランスは腑に落ちないことは一旦脇に置き、納得したような表情を見せた後に尋ねる。

 

「どうしたの?」

「今の話に、お姉ちゃんのこと出てなかったけど……、何してたの?」

「ふふふ……。それは、内緒です。お楽しみですよ」

「うわ! ずっる! 教えてよ―」

 

 ランスの身体を揺らしながらのせがみにも、これだけは言うまいと、心に誓うシィルであった。

 

――

 

 翌朝。

 シィルは胸に覚えた感触と共に起きた。

 

「ふぇ? あ、あれ……」

「お、やっと起きたかシィル! この野郎、御主人様より長く寝るとはどういう了見だ!」

 

 ランスは怒りの声でありながらも、どこかスッキリした表情でシィルを見ていた。ランスはシィルの胸をもみしだいている。

 

「え、ラ、ランス君、そんなことしたら、ダメ」

「なに寝ぼけたこと言ってんだ。ランス君だぁ? 御主人様にそんな舐めた口利くとはなっとらんようだな。今日はこのまま24時間ぶっとおしであへあへにしてやるぞ!!」

 

 ランスは高らかに笑いながらシィルの身体をまさぐっている。

 

「そ、そんなぁ。壊れちゃいますよそんなことしたら」

「ふっふっふっ……。あの薬、効果絶大だな! なんか一日記憶吹っ飛んでるが、俺様は過去最高にビンビンなんだ! これをぶつけんでどうするってんだ!!」

「ひーん……」

 

 ランスはそのまま、シィルを襲い続けた。

 

「はぁ……やっぱりこうなっちゃうか」

 

 それを天井裏でみていたかなみはシィルに同情しつつ、まだ持っていた薬の説明書を読んでいる。

 

「効果は2錠で3時間……。1シート16錠のんだから24時間持続ってとこね」

 

 薬の主作用分、副作用も続くようだが、結局幼児化がそのせいなのか、オーバードーズの所産なのかは分からずじまいである。

 

「さーてと……。リア様に報告にいかなくっちゃ。ごめん、シィルちゃん!」

 

 そういってかなみは天井裏から去っていった。

 

―終―

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