舞台は当然戦国ランスです
―朝倉城―
LP5年正月。朝倉城では新年の祝宴をむかえていた。
「父上。あけましておめでとうございます」
嫡男の朝倉一郎がうやうやしく義景を前にして頭を垂れた。
「うむ。一郎。健勝なようで何よりだ。去年はよくぞ浅井との交渉をまとめてくれた。ようやくこのテキサスの統合も盤石になる」
「いえ。父上のご人徳があればこそです」
一郎はそういって、父からの盃を受け取る。鋭い目つきながらも、父譲りの温和な気性も織り交ぜたその風貌は後継者としての気質を如実にあらわしていた。
「しかし、最初聞いたときはできるものかと正直思っていましたが、たった10年ほどで血を流さずにテキサス一国……。いやはやおそれ入りました、父上」
少し柔和で、人当たりの良さが取り柄の次男、次郎が屠蘇に口をつけながら言った。
「もう百年以上、この国では戦が続き、皆本心ではもう戦に飽いている。だからこそ相手の欲するものや、何故戦をするのかを見極め、話し合ってそこを取り除く事の意味が出てくる。私はお前たちのおかげでそれをうまくやれているだけの事だよ」
当主・朝倉義景はその如何にもな謀略家風の相貌を崩し、にこやかに笑いながら眼の前にいる一族に語りかけた。
「皆様。菓子を用意致しました。どうぞ召し上がってくださいね」
そうしていると、襖が開き、義景の娘であり、北陸一の美姫と謳われる雪姫が現れた。毎年、元日のたびに栗金団や、伊達巻などを作っては振る舞っている。
「おお。雪! 待ち焦がれていたぞ」
「うんうん。やっぱり新年はこいつを食べなくっちゃな。迎えた気がしないよ」
兄弟たちは次々と大皿に盛られた手製の菓子にありつく。
「んー! うめー。やっぱ雪ねーちゃんの作ったきんとん最高だわ。ほっぺたがおちそうだ」
雪からみて弟にあたる九郎がそう賛美の声をあげた。
「ふふふ。たくさんあるから、喉を詰まらせないでね」
「ほっほっほっ。今年も大好評だな、雪。どれ、今年はお前も一杯やらんか」
義景は鉄瓶を手ずから持ちながら、自らの盃を勧めた。
「ありがとうございます父上。ではお言葉に甘えて……」
そう言って雪は一口だけ上品に義景の屠蘇を受ける。
「ふう……。やはり強いですねぇ、お屠蘇っていうのも」
雪は一杯口にしただけで気持ち顔が紅潮している。その仕草には色気があり、情を煽るものであった。
「雪、お前見ない間に随分と艶っぽい仕草するようになったなあ。こりゃ早いとこ婿でもみつけんとな」
二郎が別の清酒を飲みながら軽口を叩いた。
「そうだな……。年の頃を考えればそろそろ。如何でしょうか父上」
「言われんでもとっくにいくつか申し入れは来てる。だが、すべて断っている」
義景は一郎からの提案をすげなく断った。
「何故です? 姉上や、篠などはすでに出したでしょう?」
「うむ……。だが、雪にはJAPAN一の嫁として嫁いでほしい故な」
そう言って義景は少しだけ苦い表情で雪の作った金団を口にした。義景の思いに反して、それはとても甘い。
「もう。一郎兄上も、二郎兄上もまだ気が早うございますよ! 私はまだまだ学ばなければならないことがたくさんあるのですから」
雪は和やかに笑いながら、兄のからかいに応じる。
「全く父上ときたら、雪のことになるとこうも甘い……」
一郎は仕方のない父だと言わんばかりの苦い顔を浮かべて、酒をあおった。
「まあしかし、これだけの美姫に育ったのです。惜しむ父上の気持ちもわかりますよ」
三男の三郎が冷静な口調で話に入る。
「そうだなあ。よく父上からこれほどの……。よほど畑がよかったのかな?」
「二郎! 口を慎め。何を言ってるかわかっているのか」
二郎の軽口に一郎が厳しい声色で牽制する。雪の母は義景の妾腹、側室の一人から生まれでた為、とかくこの話には敏感であった。
「いや良い。確かに、節は実によい
義景は少しだけ寂しげな顔をして屠蘇を口につける。雪の母・節は二年前、流行り病により命を落としている。雪もつられるように顔を伏せた。
「そ、そういえば、近頃はアフリカも島津に平定されて、天満橋から大陸よりJAPANに来る人も多くなったと聞き及びます」
場に漂う微妙な空気を察してか、三郎が話題を切り替えた。
「三郎兄上のおっしゃる通りですね。城に出入りする行商からも時折そのようなお話が。旅に来られる方も多くいるそうですね」
雪は気持ちを切り替えて、三郎の話に乗る。
「そういやなんかやたらスケベな奴がいるとか耳にしたぞ。なんつったっけな……。まあいいや、とにかく各地の美女という美女を手当たり次第に襲ったり、好き放題やってるらしいんだ」
二郎は半ば警告の意味を含めて兄弟たちと父に伝える。「まあ」と雪は少しだけ真剣な眼差しを以てそれに応えた。
「大陸からの異人による狼藉は珍しい話じゃないが……。ここまで伝わってくるとなるといささか尋常じゃないな。念の為、国境の関所の人別改を厳しくしたほうが良いやもしれませんな、父上」
一郎も二郎の意図を察してか、今度は叱らずに父に言上した。
「ふむ……。元気なのは良いが、領民は宝だ。何かあっては一大事。三郎、仔細を調べて当面の間、異人に関する監視や取締りを厳重にし、特に狼藉を働く者には厳しく処すよう触れを出せ」
「はっ」と三郎は短く答える。テキサスの西の出入り口を守る砦は彼が守っている。
「雪、外に出るときは必ず武者を何人かつけよ。念の為だ」
「は……はい。分かりました」
冷静に指示を出しながらも、義景の身中はやはり身を固めさせるべきか、関を固めてどこまで効果があるかなど様々な思考が脳内を走り、穏やかではなかった。
元服を迎えない子どもたちがはしゃいで新年を祝う中、義景や上の兄妹たちは一抹の不安を抱える新年となった。
――
数ヶ月が経過し、雪も溶けて春となった。
義景はこの時、厄介な領内の問題を抱えている。テキサス国内の南側のある村において菜種油の利権争いが発生し、収穫する農民と、彼らの土地の所有権を持つ地主との間で小作料納入を巡って訴訟沙汰となっていたのである。
直接治めていた代官は両者一歩もひかない姿勢に匙を投げ、当地の領主であった旧浅井家家臣の磯野も手に余る問題とこれを義景に処理を委ねた。菜種油はテキサスにとり、生命線の一つであるため、ここは当主の解決すべき問題と判断されたのである。
―朝倉城 書院―
「これはまた厄介な問題を持ち込んでくれたな……」
訴状を見た義景はふうと肩を落とした。
「磯野殿によればこれは浅井殿の領内における積年の課題だったようで、現状になって我々に裁断を委ねたいとのことでございました」
訴状を持ち込んだ一郎が簡潔に報告する。
「できれば浅井殿におさめて欲しかったのだが……。やむを得まい。それで、今日双方が登城しているようだが、一郎、収められそうか?」
「正直なところ、かなり厳しいと言わざるを得ませんな。地主側は苛斂誅求を極めた取り立てを行っているようですが、法の範囲を超えた収奪は行っておりません。一方で農民側も既に一部の若衆が地主に危害を加えたりしたようで、のっぴきならない事態となっており、逃散をも辞さない構えです」
一郎は眉間に皺を寄せて、厳しい表情で言う。
「それは参ったのう。逃散などされては油を取るものがいなくなる。民の灯が遠のいてしまう。ようやくこの統合が緒に就いたというのに、そんなことが起これば話し合いによる統一など夢のまた夢ぞ」
義景も同じく厳しい顔をして、一郎の顔を見た。そのような深刻な状況の中、襖が開き、雪が中に入ってきた。
「父上、兄上、お茶をお持ちいたしました」
「おお、雪。すまないな……」
一郎が応えて、雪はそのまま二人の前に煎茶を差し出した。
「随分と難しい顔をなさっていますが、もしや浅井殿のご領内のことで?」
「そうだが……。なんだ雪、知っているのか」
一郎が意外そうな表情を浮かべる。
「はい。侍女たちが噂しているのを聞いてしまいまして……。連合に伴う移行の面倒事を押し付けられていると」
雪は目を伏せて、懸念をうかがわせる表情で父と兄の顔を見る。
「雪。滅多なことを言うものではない。浅井殿は我らの志に同心して加わっていただけたのだ。こちらに委ねるということは信頼の証、押し付けるなどとんでもない事だ」
義景は少しだけ厳しめの視線を雪に送る。義景も内心では侍女たちの言うことにも理はあるとは思っていたが、それでも浅井の当主であった浅井長政の人格を信用していた。
「申し訳ありません。差し出がましいことを……」
雪は正座をしたまま、三つ指をついて父に頭を下げた。
「しかし父上、どう致しましょうか。こうも睨み合っていては埒があきませぬぞ」
一郎は茶を一口、口につけてあいも変わらずの表情で父に言った。
「それほど難しい事なのですか……?」
「雪、お前には関わりのないことだ。下がっていなさい」
面倒事に関わらせたくない兄としての思いからか、一郎は雪に険しい声色で言う。
「まあ良い一郎。雪もいずれは名のある者の妻になるやもしれん。識見を伺うのも悪くはないだろう。のう」
義景は雪に視線を向ける。一郎はまた甘やかし癖がはじまったかとばかりに呆れた表情をしたが、特に言葉を返さず動静を見守る。義景は簡単に今までの経緯を説明し、雪に意見を求める。
「まるで九郎や十郎たち……子ども同士の喧嘩みたいですね」
聞き終わった雪の第一声はこれで、くすりと少し笑ってみせた。
「雪。そんな簡単な話じゃないんだぞこれは」
「ええ兄上……。しかし、根本は同じように思います。結局のところ、お互いに譲れないものがあっての争い事です」
その言葉を聞いて義景は「ほう」と少し自らの顎を撫でている。
「なるほど、確かに子ども同士の諍いとは、そのような物や場所の取り合いより生ずるところがある」
「はい。この間も、私の作った桜餅をめぐってくんずほつれつの取り合いをしていました」
雪は微笑みながら思い出している。これを聞いて義景は一つの気づきを得て一郎に尋ねる。
「一郎。双方は結局のところ何を求めているのだ」
「はっ。先程立ち会った奉行より聞いた所によれば、農民側は小作料の減免と貯まった借財の返済猶予。地主側は小作料やその他借財の即時の支払い・償還と、傷つけられた身内の償いとして、相応の償金と行ったものの処罰を要求しております」
義景はそれを聞いて思考を深める。金銭に加えて、暴力行為への処罰。一筋縄ではいかないことを悟った。
「やはり地主としては、処罰の方が思いは上か?」
「いえ。危害を加えられたとはいっても、巡察した者の調べでは軽い怪我だったようで、それもあってか、金銭の支払いを強く要求しているそうです。私も先程遠目より相論の場を伺いましたが、地主側はあくまでその権利の正当な行使に比重をかけて要求しているように見受けられます」
一郎は眉をしかめ、冷静な声色で状況を報告する。
「そうか……そうか」
義景は数十秒ほど間をおいて考えをまとめ、結論を出す。
「ならば話は早い。一郎、借財については我らが肩代わりしよう」
「はっ……? いえ、しかしそれでは他の領民たちへの示しがつきませぬが」
一郎は当惑した表情で答える。
「良いことではないですか兄上。当家が窮状を救えるならば、領民たちは父上に敬服致しますよ」
雪はにこやかに笑いながら兄に言う。
「政はそのように単純なものではないんだ雪。窮状に喘ぐ民は彼らだけではない。なのに、この領民だけ我らが救っては、他のものがどうするか、考えてみよ」
「ならば皆私達が救えば良いことです。それで一度揉め事が収まるならば……」
「甘い。そうすれば誰も真面目に作物を作らなくなる。いざとなれば我々が助け舟を出すとなれば、誰があくせく生業に精を出すのだ」
雪が更に反論を重ねようとしたところで、義景が間に入った。
「一郎の言うことはもっともだ。だが、事は既に逃散するか否かまで切迫している。助けるに足る理由はあると思うが?」
「そのような前例をつくれば。農民たちはみなそれを盾にして我らの金蔵を食い尽くしますぞ」
「まあ聞け。良いか一郎、『君は舟、臣は水』という言葉がある。これと同じことが民と我らのことにも言えるのではないか?」
義景は一郎に諭すかのような声色で、しかし意思を持った強い視線で尋ねる。
「つまり、民の扱いを間違えれば、我らが覆される。と?」
「左様。今は浅井殿という盟友を得たが、未だ民心は掴みきれておらん。ここで我らが苛烈ないしいい加減な姿勢を見せれば、領国の先行きは暗くなる」
「しかし……」
一郎の微細な言い淀みを見た義景は更に続ける。
「一郎。我らなど隣国の上杉や、武田、最近とみに勢いを盛り返している織田などに比べれば一艘の小舟に過ぎん。民と諍いを起こせば、いつこのような巨大な船に襲われるかわかったものではない。だからこそここで足を固めねばならぬのだ」
「それは百も承知しております。私は民への威厳も肝要であるという話を」
「目先の威の為に、為すべき事を怠れば真の威厳など得られん。それに、此度のは施しではない。あくまで民への貸しだ。これで双方一旦鉾を収めさせ、返済をする間に我らは真の解決に向けてなにをすべきかを探っていく。収量を上げるべきか、そもそもの環境に因子があるか……その為の時もこれによって稼げる。貸付はあくまでその足がかりよ」
義景はようやく茶を口につけながら長広舌を締めくくった。一郎は腑に落ちたかのような表情をして、義景の前に威儀を正して控える。
「承知致しました。今なお詮議は続いているので、この件を奉行と民たちに伝えて参ります」
そう言うと、一郎は立ち上がって、書院を後にした。
「ふう……。やれやれ、一郎は聡いが、いささか硬うてかなわぬわい」
義景は深くため息をついて、一郎が去っていった方向を見ている。内心ではだが、だからこそ後継たる器があるとも確信していた。
「ふふ。しかし、そこが兄上の良いところですよ」
「そうだの……。雪、今回は助かった。お前の言葉がなければまだ難しい顔をするしかなかった」
義景は雪に労いをの言葉をかけながら、茶を飲み干す。
「あら、そうでしたの? 私などの言葉が役に立ったならばありがたい限りですが」
そう言って雪は2人分の湯呑みを盆に戻し、立ち上がった。
「うむ、感謝しているよ……。さて、次は怪我した件の償いを考えてやらねばの」
義景は文机に向き直って、さらさらと書状をしたためはじめる。雪はそのような父の背中を少し眺めた後、書院を後にする。
――
「はてさて……困ったものだ」
「ようやく菜種油が片付いたと思ったら、今度はこれですか」
菜種油の一件については借財をすべて払い、かわりに農民たちについては無利子で10年賦で支払うという形で落ち着く。暴行事件についても実行犯を鞭打ち50回程度で済ませ、相応の償金を支払った。
そして義景はじめ子どもたちや家臣の協力もあって菜種油の収量増産に目処がつき、種まきを行ったという翌日、かねてより懐柔を行おうとしていた織田より雪姫をよこせという書状がおくりつけられた。
「あのスケベヤローがまさか織田の影番になるとはなあ。思いもよらなかったわ」
二郎は唇をかみながら、自らの迂闊さを呪った。
「しかしよこせだの、雪ちゃんは俺様のものだの……。噂通り下劣極まりない人物ですね」
三郎は冷静な声色ながらも、内心怒りに打ち震えているような厳しい眼光を走らせている。
「して、父上。どうなさるのですか」
一族を代表するかのように、一郎が義景に裁断を求めた。
「決まっている。雪をこのような異人に渡すわけにはいかん。戦は好かないが……、断固として戦う」
義景は手紙を二枚に破り捨て、そのまま油の灯火へ放り込んだ。
「ようし。じゃあ早速、俺は城に戻って兵を都合つけてくらぁ。雪を救うためなら万の兵だって」
「や、やめてください!!」
二郎が立ち上がって、自らの領地に帰ろうとすると、突如謁見の間が開かれる。雪の顔は青白かった。
兄弟たちの当惑を他所に、父のもとへ雪は歩み出る。
「雪……。聞いておったのか」
「城内では既に噂になっています。父上、私のために戦をするなどおやめください。民は宝であると常々仰せになっているではありませんか」
雪は切実な表情で義景に訴える。
「だがなぁ雪。やっこさんはお前の体目当てなの隠しもせずに挑発してきたんだぜ?」
「わ、わかっています。先日使者が突き返された折もそのような事と聞きましたし……」
二郎の言葉に、雪は少しだけ顔に朱を指して返答した。義景は従前より織田の勢力拡大に従って、なんとか懐柔しようと金品や、彼の嗜好にあわせて希望した女性を向かわせるなどの施策を行っている。
「雪、これは戦いなんだ。あんな卑劣な輩にはいそうですかって渡したら、仮に生きながらえても、浅井朝倉の評判は地に落ちる。これは雪を守るためだけの戦いじゃないんだよ」
三郎は冷静に、しかしどこか熱をもった様子で雪に理を説く。
「私は施餓鬼や、民情視察で時折領内にも出向いております故、分かります。民は父上を深く慕っております。外はどうであれ、私が異人に身を捧げようと、民はきっとそのお気持ちを理解してくれるに違いありません」
雪は三郎の言葉を間接的に否定し、義景をキッとした力強い視線で見据える。それに義景は少しだけ心が揺れるが、すぐに首を横に振って答える。
「その気持ちは嬉しいが、雪。それはならぬのだ。お前をそのような所にやっては、節に申し訳が立たん。ここで折れては、何にもならんのだ」
義景はあくまで強気に織田との対決姿勢を崩さなかった。母親を出されては仕方がないとばかりに雪はそれ以降押し黙り、兄弟たちはそれぞれ自身の城へ戻って戦支度を進める。
自分以外誰もいなくなったのを見計らって、義景は持っていた数珠を一度鳴らした。気配を感じ取ると義景は数枚の書状を忍びに渡す。
「これを、書いてある大名の当主に、抜かりなく」
こうして、織田と浅井朝倉は交戦状態に入る。
――
織田は浅井朝倉に宣戦布告した時点で畿内まで全て手中におさめており、東海道も制圧していた。そのため国力差は明らかで強い抵抗にも関わらず、テキサスはジリジリと織田に蚕食されていく。
義景は降伏を決断し、わずかな供を連れて織田城へ赴き、交渉へ臨んだ。今の前線にある砦が落とされれば、次はもう朝倉城という重大な局面である。
「よくぞおいでくださいましたな。朝倉殿」
「いえ……3G殿も、おかわりがないようで」
まず出迎えたのは織田の家老・3Gであった。義景は家督を継いだばかりの頃、織田家がかつてJAPANの多くを占領していた先代信長の時代に何度か顔を合わせている。
「朝倉殿はすっかりと、国主として風格がつかれましたな。領国での評判は聞いておりますぞ」
3Gは心からの言葉で義景を評していた。
「私など何もしておりません。民がついてきてくれただけのこと」
義景は謙遜するが、本心でもあった。自分の力だけでなく、民あってこそというのをよく心得ている。
「素晴らしいのう」
3Gの右の顔が義景に感嘆したような顔で言う。
「ほんにのう……。あやつにも朝倉殿の1000分の1でも良いから、その気質を見習ってほしいですわい」
真ん中の顔が深く、かつ切実な声でため息をつく。相当気苦労が多いようである。
「やはり難しい御仁ですか。織田の異人……ランスというのは」
「いやいやもう口にするのも憚れるような……。おっといけませぬな。そろそろ本題に入りましょう」
3Gは滝のように湧き出そうな愚痴を喉に押し込めるかのように、本題を切り出す。
「分かりました。では、協定以後の国境についてまずは」
それからしばらく、降伏にあたっての条件交渉が進められ、話はすんなりと進んでいく。
「と……、互いの捕虜につきましてはこのように交換したく思います」
「分かり申した。国主代行となった姫様にも伺いますが、おそらく異論は出ないでしょう。いやあさすがは朝倉殿、話がすんなり進み、嬉しい限りじゃ」
「こちらこそ。敗軍の将には過ぎたる寛大な処置。嬉しゅう侍ります」
領土は本領安堵、貢納や関税についても降伏にしては恵まれた条件で妥結された。義景の交渉術もあったが、そもそも織田はテキサスの領土自体にはさほど関心が払われていないというのが大きかった。
「そして……、雪の件ですが」
義景にとってはそれが最大の懸案事項であった。3Gが返答に悩んでいると。横からズカズカと野卑な音がした。
「おう。ジジイ、こいつが敗軍の将か」
その異人の男は、蔑みを全く隠さずに、義景を一瞥する。名乗らなかったが、彼がランスであることは自ずと義景は理解し、これは話は難航しそうだと予感した。
「うむ。浅井朝倉家当主・朝倉義景殿じゃ」
「フン……。手こずらせやがって。んで、話はどうなった?」
ランスは3Gに少し苛立ってるかのような声色で尋ねる。
「降伏の諸条件なら今まとまっ」
「違ーーーう!! そんなことはどうでもいい! 雪姫だ、雪姫はどうすんだって聞いてんだ」
ランスは畳を地ならしして3Gを怒鳴り散らす。
「ランス殿……とおっしゃいましたな。この通り、私は貴方様、織田家に降伏致します。しかし、雪については身の安全を保障していただきたい」
義景は全く物怖じせず、
「あ? ふざけるな。俺様はなんて貴様に手紙に書いた? ボケて忘れたのか?」
「忘れもしませぬ。しかし、これだけは譲れません」
「ほう……。俺様を眼の前にそんな口を叩くとは、良い度胸だな」
ランスは魔剣カオスを抜き、義景の眼前に切っ先をつきつける。義景の表情はそれでも揺らがなかった。
「この皺首一つで収まるのならば、好きにすれば宜しかろう」
「馬鹿め。誰がそんな勿体ないことするか。敵の大将がここまで来たんだ。そのまま捕えて、人質として揺さぶるまでだ」
ランスは残忍に笑いながら告げた。
「こりゃ! やめぬか! せっかく交渉がまとまったというのにぶち壊す気か!」
3Gが怒ってランスを止めようとするも、彼は全く意に介さない。
「俺様は雪姫が欲しいつったんだ。それができねーなら交渉がまとまったなんて言わねえんだよ」
「ふう……。やむを得ませぬな。こちらも犬死にするわけにはいかないものでね」
義景は覚悟を固め、自身の数珠に法力を集中させる。しかし、その時伝令の急報が入った。
「い、一大事にございます! 上杉が……、上杉軍が当主の謙信直々にテキサスの我が砦を急襲したとの報にございます」
「なっ……なんだと!?」
ランスはその知らせに目を白黒にした。
―テキサス 前線―
「かかれーっ! 敵は浮足だっているぞ! 武士隊は私に続いてどんどん切り崩せっ!!」
武士隊を率いる上杉勝子の指示の下、織田軍は上杉軍の急襲に大いに狼狽した。
その少し後方で、当主と、直江愛は話あっていた。
「本当に良かったのですか。織田は強大です。なにも私達から宣戦しなくとも……」
軍師、直江愛は懸念を表明する。
「良いのだ。このような朝倉殿の思いのこもった手紙を見てしまっては、動かなければ義の道に反する」
謙信は朝倉義景の綴った、織田の非道や、娘への思いなどが克明に表されている手紙を握りしめている。
「朝倉殿の事は聞き及んでおります。しかし、これも策略の一部かもしれないのですよ? 私達を釣り出して、織田に寝返られでもしたら……」
「その時はその時……。何よりもあの書状の言葉に嘘はないと、私は思う」
謙信は純真な目でそう言い切った。
「はあ……。もう全く、情に弱いんだから……」
愛は諦観の漂う表情で、その裏で、撤退に向けての策を練り始めていた。
「よし、敵は崩れた! 毘沙門天の加護ぞある! 私に続けーっ!!」
謙信は剣を抜き、多くの旗本兵を連れて敵陣へ切り込んでいった。
――
「くそっ……。なんだってこんなときに」
ランスは地団駄を踏んでいる。ようやく手に入れられそうな物を、溢れ落としてしまったのである。
「上杉謙信殿は義に篤き武将。劣勢の我らを見て、駆けつけたのでしょう」
義景は落ち着き払った表情で、ランスに言った。
「参りましたのう。如何に我らが数に勝るとはいえ、相手は軍神ですぞ。一気に前線を押し戻されるやも……」
3Gは困り果てた顔をした。
「ランス殿。最早状況は変わりました。私の話を聞いていただけますかな」
ランスは聞こうとはしなかったが、特に返さずに当たり散らしている。3Gは聞く姿勢になっていた。とにかく関心を移そうと、義景は間を置かずに言葉を紡ぐ。
「上杉家は我らが隣国であり、それなりに情報を掴んでおります。例えば彼の国は女性上位の社会であり、武士団もほとんど女性がしめております」
「……それで?」
ランスはようやく気をおさめ、義景に背を向けたまま続きをうながした。
「ご存知でしょうが、当主の上杉謙信殿も女性。それも類稀なる美少女というべき容姿端麗な姿をしていると聞き及びます。もし、降伏を受け入れていただけるならば、我らのつかんでいた情報に加え、これからも収集した成果を共有致しましょう」
「ほう……。だが、相手はちょっとばかし強いというではないか。軍神なんだろう?」
ランスはあくまで自尊心を失わない程度に尋ねる。
「先ほど女性上位と言いましたが、当然これは男性からの不満も鬱積しております。噂ではありますが謙信殿の叔父である県政という御仁は虎視眈々と当主の座を狙っているとかいないとか」
「な、なんですと……。それは初耳ですぞ朝倉殿!」
上杉家内部の情報はそれなりに統制されており、近いとはいえない距離にある織田家が伺い知れるような事ではなかった。
「ほう……」
「いかがですかな? 雪は渡せませぬが……、当家として出来うる限りの”協力”は惜しみませぬぞ」
ランスはしばらく考えていた。雪姫はどうせ手に入れるにしても、上杉謙信とその麾下にいる美少女たちが手に入るならば……と完全にそちらに思考が切り替わる。
「よし……いいだろう。そういう事ならば受け入れてやる」
こうして、浅井朝倉は織田の軍門に下り、雪姫の身の安全は確保される。国は失えど、義景にとっては満足のいく結果であった。
――
夜。更に細かい条件を話し合い、とにかく一族や家臣一同が納得できそうなところまで落ち着いた頃には日はすっかり暮れてしまっていた。今晩はとりあえず客間に泊まることになり、義景は一人、織田城の中庭で月を眺めている。
そのような中、香姫と3Gが通りがかり、形式通りのあいさつと雑談をかわしていた。
「せっかくこちらまでおいで頂いたというのに、席を外してしまっていたご無礼、申し訳ありませんでした」
香姫は深々と頭を下げる。この日は民からの陳情を聞く領内視察が長引いたため、交渉の席に大きく遅れていた。
「いえ。良いのです。こちらこそ敗軍の将だというのにあれほど寛大な仕置……。感謝してもしたりませぬ」
「この戦自体、もともとはあの男のわがままで始まったようなもの。我らとしては朝倉殿とは共存共栄でいきたいと思うておりましたのじゃ」
3Gはランスへの憎々しげな態度を含みながら言う。
「そうなんです。朝倉さんからは内政や交渉術などで学びたいことが色々ありましたし……」
香姫は大先輩でも見るような、半ば畏敬のような眼差しで義景を見ていた。
「交渉……。ですか。しかし此度は上杉殿に、大変不義理なことをしてしまった……。自ら助けを乞うておきながら、あのような」
義景はそれを大いに悔いていた。他の大名にも書状は送っていたものの、明確に応えてくれたのは上杉家だけだったため尚更である。
「国を……ましてや愛娘を守るためとあらば、やむを得ますまい。いずれ、この城において償える機会はやってきましょうぞ」
3Gはランスに色々思うところがありながらも、その機会は必ずやってくるとどこかで信じていた。義景は相槌を打った後、言葉を続ける。
「それにしても……。中々お困りのようですな、あの異人には」
「ええ。まあ……。信長様にも時折手を焼くこともありましたが、あの異人はその比ではありませんわい」
「で、でもですね。時折優しいことも……あるんです。決してそれだけの人では」
香姫はたどたどしい口調でランスをフォローする。
「そうですな。ただ粗暴なだけでは、ここまで版図は広げられないでしょう。あの激しさと共に、別の……、人を率いるだけの器はあると見受けられました」
短い対話であったが、義景はランスをそう分析していた。
「そうなんです。一見無茶苦茶なんですが、いざと言う時なぜかそれが上手く転んでしまう……、そういう不思議で、でもとても心強いところもある人なんです。ランス兄様は」
香姫は理解してもらえたとばかりに、ぱっと明るい顔で義景に対する。
「しかしまあ……。少々好色が過ぎるところは直したほうが良いやもしれませぬがな」
「それはもう無理じゃろう……。あの男の情欲は常軌を逸しまくっておるので……」
3Gは最早諦めきった視線を義景に投げかけた。
「ハハ……。まあ、好色な部分は、私とて偉そうに言えるところではありませぬが」
3Gは義景が子沢山であることを思い出したが、敢えて口に出すのは止める。
「おっ、なんだ、香ちゃん連れ回してジジイ二人の会話に混ぜてんのか? かわいそうな事すんじゃねえよ」
そうやって話していると、噂の当人が登場し、茶々を入れる。
「ち、違いますよ。今、朝倉さんと……」
香姫はそう言って慌ててランスのところへ駆け寄っていく。
「……。まあ、あのような男ですが、今後ともどうか宜しくお願い致しますぞ、朝倉殿」
3Gは義景に軽く頭を下げた。
「願わくば、この判断が、吉であることを祈るばかりです」
義景は力なく笑いながら、切にそう願った。
翌日、テキサスに義景は帰還し、織田麾下の一大名として再出発する。
―終―