ランス短編・中編集   作:OTZ

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クリアC 人類滅亡(中)

―サウス リーザス軍本営―

 

「第二防衛線が突破され、敵が城門に取り付き始めました!」

 

 リーザス白の軍の甲冑を着た兵は、悲痛さのまじった声でそう報告した。

 

「ふう……そろそろ限界。かな」

 

 報告を聞いた司令官であり、白軍の将エクスはそういうと深く椅子に座り直した。

 しばしおとがいに手を当て、数瞬だけ考えた後、

 

「ご苦労だが、チルディ副将とメナド副将を至急前線より呼び出してくれるかい?」

 

 と、伝令に追加の指示を出した。伝令はそれに応じてすぐに本営を去っていった。

 

「実行に移すのですか。エクス将軍」

「ええ。最早猶予はありませんから」

 

 キンケードの言葉を、エクスはさも当然といった風に返した。

 

「人類軍から未だに援軍が来ないのを見るに、もはやCITYまでの道も危ういと考えられます。無駄に兵を殺すだけでは」

「斥候の報告では包囲自体が不完全で、最初から強襲前提の布陣。相応の兵をつければ十分脱出の好機はありますよ」

 

 エクスは戦況図を見ながらそう述べた。

 

「相応の兵とは如何ほどですかな?」

「概算で3500名ほど」

「なんと……。それではほとんどこの都市は維持できないではないか」

 

 キンケードは信じられないとでもいった顔で言う。3500とはこの都市の守備兵の半分以上を占めている。

 

「最初からこの都市を長く守れるとは考えていません。リーザス城が落ちた時点で最早いつまで死を先延ばしにできるかの戦いなんです。キンケード将軍」

 

 エクスの眼は据わっており、すべての覚悟を決めているかのような面構えである。

 キンケードはしばらく黙した後、つぶやく。

 

「最早、命すら我々のものでないか」

 

 キンケードは深くため息をつく。既に理解はしていたが、やはり受け入れるのは辛いようなそんな顔である。

 そうしていると、兵の声が響いた。

 

「チルディ、メナド両副将。到着しました!」

 

 エクスは無言の仕草で通すように勧めた。

 やがてエクスのいる机の前に2人が現れ、リーザス式の敬礼を行い、名乗りを上げた。

 

「もう我々には形式的な身分しかない。そんな堅苦しい礼をこなさなくてもいいんだよ」

 

 エクスは緊張を和らげさせる為、相好を崩して言う。既に王宮は陥落し、リーザスという国自体が死を迎えたも同然であった。

 

「し、しかし。エクス将軍は将軍ではないですか」

 

 メナドは生真面目な性分からか、そう返した。

 

「まあ。無理にとは言わないけどもね……。さて、君たちに来てもらったのは、前に話した通りここから兵と、うし車に積んだ物資と共に、CITYに向けて脱出してほしいからだ」

「しかし、見た限り敵は四方を囲んでおりますわよ? 本当にできまして?」

 

 チルディは不安げな表情をのぞかせながら言う。

 

「ぱっと見ればね。だが、この戦況図と、先ほど偵察した限りでは、南西の方向に緩みがある。無傷というわけには行かないだろうが、十分に突破するだけの隙はある」

 

 エクスは2人に戦況図と、自身の書き込みを加える。

 

「エクス将軍ならば確かにできると思いますけど……、僕たちにできるかどうか」

「大丈夫。君たちはレイラ将軍とリック将軍が後を託すに足ると見た逸材だ。出来ると思うからこそ、任せるんだよ」

 

 2人はその名前を聞くと一瞬だけ表情を曇らせた。既にどちらもこの世の人でないからである。しかし、すぐに気を取り戻し、先ほどよりは強い意志を持った顔となった。

 

「エクス将軍の白軍に加え、我々青の軍からも兵を出し、そちらの兵と、黒軍や魔法軍とを合わせて3500人ほどでやってもらう」

 

 キンケードは内心まだ複雑なものがある声色で二人に話した。

 

「えっ。しかしそれでは……」

 

 チルディはその規模では最早この都市は幾許も持たないことを、ただちに理解した。

 

「僕らはこの戦争に負けた敗軍の将として、責任を取らなければならない。だが君たちまでそれに付き合わせる必要は、ない」

「そんな。僕よりもエクス将軍や、キンケード副……、将軍のほうがきっと後の役に」

 

 メナドはエクスの机を手のひらで叩きながら、キンケードとエクスをそれぞれ強い眼差しで見た。

 

「僕らが行くより、2人が行ったほうがきっとランス総統も喜ぶだろう?」

「それは確かに……そうですわね」

 

 付き合いの深いチルディは深くうなずく。

 

「だろう? それに、これ以上若い命が無駄に散らされるのを、見たくはない」

 

 エクスは問答を打ち切り、作戦の細かい指示を与え、2人を前線に戻した。もはや会うことはないだろうと、エクスもキンケードも直感した。

 

「全く、こんなことになるなら、将軍など拝命するんでなかったわ……。俺は、矢面に立つのが嫌なのに」

 

 2人がいなくなった後、キンケードは思わず本音を吐露した。

 

「しかし、あなたは全て計算した上で、コルドバの後を継いだのでしょう?」

 

 エクスとキンケードは短い間、同じ軍で仕事したことがあるため、その気質をよく心得ている。

 

「ふっ……。最後の最後で算術が狂ったわ」

 

 キンケードは自嘲気味にそう言う。

 

「さてと……。もうやる事もありませんし、チェスでもしましょうか」

 

 エクスは机の上にあるチェスボードを眼前に持って来ながらそう言う。出すべき指示はすべて出し終え、エクスにはわずかな有閑の時間が残された。

 

「あなたに勝てたことは、一度もありませんが」

「それでも、指したい気分なのです。もう、生きてやれることもないでしょうから」

 

 エクスは慣れた手つきでチェス盤に駒を並べていく。

 

「おい、コーヒーを持ってこい」

 

 キンケードは控えていた兵士にそう命じ、椅子をエクスと相対するように置き、座り込んで自陣側の駒を配置し始めた。

 

ーケイブリスの城ー

 

 ケイブリスは有頂天であった。

 四大国と自由都市が全て陥落し、残すところはCITYのみとなったのである。

 

「よぉぉくやったなぁ! ヨシフ! お前のおかげでうるせぇ蝿は残り一匹になったわ」

「はっ! お褒めにあずかり、恐悦至極」

 

 魔物大将軍のヨシフはそう言って深々と頭を下げた。サウスは陥落し、エクスとキンケードはじわしわと嬲り殺される公開処刑にされた。リーザスは最早、地図上から永遠に消え去ることになる。

 

「して、残る人類軍の都市、CITYはいかが致しましょう? あのカオスマスターと日光を持つものがいる限り、戦は終わったとは言えませんが」

 

 魔物大元帥のストロガノフはケイブリスに視線を向けながら言う。

 

「焦ることはない。じわじわじわじわと苦しめてやれ」

「ひと思いにはなさらないのですか? いかに大軍とはいえ、所詮は10万程度。我々が総力をかけて畳めば3日と掛からず済みます」

「分かってねぇなぁ。ひと思いに潰してもあいつらは、準備が足りなかっただの、時間がなかっただの言い訳してまた俺たちに歯向かってくる。だから、時をかけ、圧力をかけつつ、へびさんのしめつけのようにいやらしく攻め上げ、自分が如何にクソゴミでクズな存在なのを分からせる。そうでなきゃ、意味がねェ。一兆分の一……いや、一垓分の一でも二度と歯向かわないようしねぇとな」

 

 ケイブリスは愉快そうに自らの戦略を話す。さながら幼児が虫をいたぶり殺すのを自慢しているような姿かたちであった。

 

「なるほど。そういうことでしたら……」

「ただ攻めるだけじゃねェ。これは祭りだ。俺様はウルトラスペシャルに優しいからやつらにも慰みになる催しも用意してやらねばなァ」

 

 ケイブリスは、眼前にいる捕らえた獲物たちを見ながら、残忍に嘲り笑う。

 

「そうして弱りきったところに俺様直々に攻め込んで、カオスマスターも、日光を持つ人間も華麗に討ち取るっつー寸法よ」

「そういうことならば、そのように」

 

 ストロガノフはヨシフに目配せして、すぐに旅立たせた。

 

ーCITY 酒場ー

 

「いつまで続くんだこの戦いは!」

 

 一人の戦士がテーブルを叩いた。

 

「そうだ、そうだ。俺たちを死にに行かせるばかりじゃねえか」

 

 もう一人の兵士がそれに同調して酒をかっくらった。

 

 死守計画に向けての布告が出された日、将兵たちの不満は積もりに積もっていた。倹約のため全ての物資を配給制とし、戦争の役に立たない重度の傷病人の城内からの立ち退きが命じられたのである。

 ランスは当初、市内からの完全放逐を命じていたが、軍令を出す参謀においては流石に反発を嫌気してあくまで一番守りが厳重な地区からの放逐を命じるに軽減された。しかし、それでも多くの住民が引っ越しを余儀なくされるので反発はあった。

 

「うちの父ちゃん母ちゃんも引っ越させなきゃなんないし……。全く参るよ」

「お前のとこもかあ。うちもガキを三人引っ越させなきゃならん。ひどい話だ」

 

 将兵にはこんな愚痴が口々にあがっていた。

 

「はいはいはい。そんなしょげた顔しないで、これ、あちらのお客さんからのおごり、じゃんじゃん飲んで食べてって!」

 

 店主のアタゴはそう言いながら山盛りの肉や揚げ物などがつまれたオードブルや、酒を大量に振る舞う。

 兵士たちは大いに活気づき、もりもりとそれにありつく。

 

「悪いわね。気を遣って貰っちゃって」

「いえ。どうせ使う当てのないお金ですから……」

 

 そう言いながら、少女はゴールドを差し出した。やや重めの袋に入っており、800ゴールドは入っていそうである。

 

「まあ、こんなに。法王様って儲かるのね……」

 

 アタゴは眼の前にいる人物が法王であることを知っており、もう何度か会話しているのですっかり砕けた口調で接している。

 

「いえ。カイズの本部からちょっといただいてきただけですから」

「いただいてきたって……。カイズってとっくに魔軍に占拠されたんじゃ」

「ですから、地下の金庫から少し、いただいてきました」

「ああ……」

 

 クルックーの足元にあるどっさり詰まっていそうな袋見たアタゴは、それ以上クルックーに尋ねるのをやめた。

 

「さて、私はそろそろいきます。あとはそのお金で、できるだけふるまってあげてください」

 

 そう行ってクルックーは酒場を去っていった。彼女は時たま街に出て民情を視察しているが、ここ最近の士気低下や不穏さはよく理解している。

 

―ランス城 ランスの部屋―

 

「ランス」

 

 クルックーはそのままランス城に上がり、ランスのもとへ向かった。

 ランスはリセットとオセロをしている。

 

「おお。クルックーか。ちょっと待ってろ、これのケリがついてから……あっ」

 

 リセットは白を置き、ランスの黒い石をほぼ全てひっくり返した。

 

「やったー! 私のかちー!」

「あー!! ちくしょー! リセット、お前ズルしてないだろうな!」

 

 ランスは大人気なく、リセットを怒鳴り散らす。

 

「もー。そんなことしてないよ。おとーさんこそ本気でやってる?」

「むかー! もう一戦、もう一戦だ!」

「いいけど、ほら、クルックーさんが」

 

 リセットは少しだけ申し訳なさそうに、クルックーの方に手を差し出す。

 

「ちっ……。なんだ。クルックー」

「街に出てきましたが、あまり良くない兆候が見られます。不満が溜まっているようです」

「あぁ? ウルザちゃんやクリームちゃんがいうから、特別な慈悲で少し和らげてやったっていうのに……」

 

 ランスは怒りをもった目でクルックーを見る。

 

「戦争というものは兵士だけが戦うものではありません。ランスもヘルマンで、そのことは十分わかっていると思いますが」

「だからって、役立たずどもを街においてたらそれこそ戦えなくなるだろ?」

「考え方次第ですよ。兵士の武具を作ったり、食糧を料理したり、壊れたものを直すのも、戦争の大事な役目です。CITYには民間人もたくさん避難していますが、それぞれの能力にあった仕事で」

「あーわかったわかった。考えてみる」

 

 クルックーの説教を長く聞きたくないのか、ランスは強制的に打ち切った。

 

「ランス。この街がもはや最後の人類の拠点というのを、忘れないでください」

 

 クルックーはやや強めの声色で言った後、この場を辞した。

 

「ちっ。分かりきったことを……」

「おとーさんのためを思っていってるんだよ」

 

 リセットはそう言いながら、オセロのボードを片付けた。

 

「おい、どこいくんだ」

「私も、できる限りのことを、しようとおもって」

 

 リセットは自らの弓を拾い上げた。修練に行くのだろう。

 

「お前までそんなことせんでいい。まだ子どもだろが」

 

 ランスはリセットを止めるが、

 

「おとーさんの子だもん。他の人よりも私もがんばらなきゃ」

 

 とにっこり笑いながら言う。

 

「はー……。分かった分かった。俺もついていく」

「おとーさん、弓つかえるの?」

 

 リセットは少しだけ期待を持った眼で、ランスを見た。

 

「使うか。監視だ監視」

 

 そう言って二人は城内の弓道場へと向かっていった。

 

―参謀本部―

 

 布告から3日。参謀本部は相変わらず慌ただしかった。

 CITYの周囲の防衛線構築はなんとか進んではいるものの、例の強制移住でトラブルが相次いでいた。また、配給制に伴う物資統制も難渋を極め、市内の不穏はいや増すばかりであった。

 

「……」

 

 アールコートはリーザス城陥落を聞いてからというもの、時々意識が上の空になることが多くなっていた。

 

「アールコートさん!」

 

 クリームが声をかけると、アールコートはすぐに正気を取り戻す。

 

「は、はい! すみません……。えっと、2-4区の普請にかかる、割当人員の話でしたよね?」

「違います。その話は終わって、今は今後一週間の物資計画についてですよ。医療器具が民需部門と軍需部門で取り合いになってて、その調整の話です」

 

 クリームはできるだけ優しい口調で、アールコートに訂正を行った。

 

「すみません……。本当に」

 

 アールコートは申し訳無さそうに何度も、二人に頭を下げる。

 

「アールコートさん。ご友人が心配なのは分かります。ですが、私たちの仕事も、多数の大切な人の人命がかかっています。気にするなとはいいませんが、もう少し意識して取り組んでくださいね」

 

 ウルザも同じくやんわりとした声色で、アールコートに注意を促した。アールコートの心配事は友人のチルディの安否で、既に早うまの報告でこちらにエクスが派遣した、メナドとチルディを将とする残留軍がCITYに来るという報告は受けている。

 

「こちらからも北側に向けて偵察を出しましょうか。なにか手がかりがつかめるかもしれませんし」

 

 クリームが提案する。

 

「そ、そんな。貴重な兵力を……」

「合流部隊には兵に加え、物資があるとの事です。所在を知っておいて私たちに損はありませんよ」

 

 ウルザもそれに同調して、偵察を北側に出すことに決定し、部隊に命じた。その直後、急報が入る。

 

「斥候より報告! 北東部より魔軍と思われる一団がこちらに向けて進軍中! 詳しい規模は分かりませんが、10万はこえるものと思われます」

「同じく! リーザス方面より同軍団が進軍中。規模も同上」

 

 このような中、遂にCITYへ魔軍の影が現れた。

 

「あう……。まだ、防衛線は半分もできてませんのに……」

 

 アールコートはその知らせに動揺を隠せなかった。

 

「敵は待ってはくれませんから。3日も待ってくれただけ、よしとしましょう」

 

 ウルザはそう言いながら、CITYの戦況図に2つ兵棋を配置した。

 

「この時点で敵は20万……。更に増えるでしょうし、かなり厳しいですね」

 

 クリームはため息をつきながら言う。

 

「不利な戦いなのは、分かりきっていたことです。余力のあるうちに、できる限りの備えを進めましょう」

 

 ウルザはボウガンを持ち、身支度を整える。

 

「私は前線を見てきます。防衛線の構築状況と、敵影をみておきたいですから」

「分かりました。こちらはこちらで物資計画の作成を進めておきます」

 

 クリームが答えたのを聞いた後、ウルザは参謀本部から立ち去った。

 

―廊下―

 

 廊下に出てしばらくすると、ランスに出くわした。

 

「よう。ウルザちゃん」

「ランス総統。こんにちは」

 

 ウルザは和やかにランスへ礼をした。

 

「司令部から出るなんて珍しいな。どこにいくんだ?」

「魔軍が姿を現したとの報に接したので、それを拝みにいこうかと」

「な……。そうか。遂にか」

 

 ランスは少しだけ、ウルザから視線をそらした。

 

「どうかされましたか」

「いよいよかと、思ってな」

 

 ランスとウルザは共に表情を暗くする。

 しばし間をおいて、ウルザが尋ねる。

 

「一緒に見に行かれますか?」

「いや……」

 

 とランスは断ろうとしたが、顎に手をあてて考えた後

 

「行こう行こう。ウルザちゃんとデートだ。がはは」

 

 と、おどけて見せた。

 

「もう……。遊びにいくわけじゃないんですから」

 

 いつも通りのランスに少しだけ表情を緩ませながら、ウルザはランスと共に城外へ向かった。

 

―CITY 物見櫓―

 

 第三防衛線の東側に建てられた高い櫓。ウルザとランスはそこを訪れていた。

 ウルザとランスの登場を見ると、兵士たちはすぐさま拝跪して、それを迎える。よく訓練された証である。

 

「ちょっとその双眼鏡、貸していただけるかしら」

「はっ。どうぞ」

 

 兵士は進んで双眼鏡をウルザに渡した。

 敵がいると報告を受けた方角に視線を合わせ、確認する。

 

「あれね……」

 

 ウルザの双眼鏡の先には、小さくはあったが確かに魔軍の群れが視認された。ゆっくりと、しかし確実に人類の息の根を止めようとしている軍が迫っている。

 

「よく見えるか、ウルザちゃん」

「ええ。はっきりと。総統もご覧になられますか」

 

 ウルザはランスに手渡そうと、双眼鏡を右手に持った。

 ランスは無言で受け取り、同じく覗き込んだ。

 

「おーおー。いるわいるわ」

 

 ランスはさも愉快そうに魔軍の行軍をスコープ越しに見る。

 

「敵はどのくらい前に?」

「30分ほど前です。諸事確認の上、報告致しました」

「30分前に来ていてあの大きさ……。敵は本当にゆっくりと来ているってことね」

 

 ウルザは正確に敵との距離を割り出し、そう判断した。

 

「一気に攻めかかることはないってことか?」

「恐らくは。最後の拠点ですし、補給を絶ってじわじわ締め上げる……そういう線もありえます」

「陰険な奴らだ全く」

 

 そう言うとランスは双眼鏡を下ろした。

 

「総統。この際だから申し上げます」

「なんだ」

「我々はこれから何ヶ月も、何年でも持久戦をとらなければなりません。そして、ここにいる人々はもう後がない状況です。安易に見捨てるような真似は、厳に謹んでいただけないでしょうか」

 

 ウルザは声色こそ穏やかなものの、これまでにないほど厳しい目つきで、ランスに具申する。

 

「もしかして、あの命令のことを言ってるのか」

「そうです。総統も覚えておいででしょう。今から三年前にゼスで戦った日々のことを。私たちが成し遂げた事を、総統は無にしかねないことをやろうとなさったのです」

「ウルザちゃん。その時も言ったが、犠牲をゼロにして勝利を勝ち取るなんざ、都合がいい話だぞ。その時だっていったい何人死んだか忘れたわけじゃないだろうが」

 

 ランスは声色を強めて言った。ウルザは怯まずに返す。

 

「もう既にこの戦争では何千万人という人が犠牲になっています。これ以上更に犠牲を重ねてどうするというのですか。今は人類同士で争っている場合ではないのですよ」

 

 ランスはウルザの言葉を受けると、もう一度空の彼方にいる敵軍を見据える。

 そうしてようやく口を開いた。

 

「クルックーにも言われたしな……。わかった。布告は撤回しないが、一人でも多くの奴にこの戦争に協力させろ。戦闘に直接でなくても、どんなことでもいい。なんでもやれることがあるなら、そいつとその家族についてはこれまで通りの扱いとする――。こんなんで良いか?」

 

 それを聞いたウルザは顔を少し晴れやかにして、

 

「ありがとうございます。総統ならば分かっていただけると思いましたよ」

 

 と深々と頭を下げて礼を述べた。

 

「そのかわり……」

 

 ランスは下卑た表情を浮かべて、ウルザの尻に手を近づけるが、即座にゲンコツをくらった。

 

「いって。クソ、なんだよ。言う事きいてやったんだから」

 

 ウルザは一つため息をついた後、

 

「もし……もし、敵軍を退けられたら、その時は考えないでもないです」

「最後の戦いなんじゃないのか」

「一時的にでも……ですよ。それくらいは、譲歩してあげます」

 

 そう言うと、ウルザは少しだけ顔を紅潮させた。

 

「ほう……? 言ったな。よーし、どんなプレイするか考えておくか、がはははは」

 

 ランスはそんな事を言いながら、高笑いをして櫓から去っていった。

 

「ふう……。さて、私は防衛線の視察に行きます。長居してすみませんでした。引き続き、よく警戒に務めてくださいね」

 

 双眼鏡を兵士に返しながら、ウルザは兵に穏やかに声をかけ、激励した。

 

「は、はい! 引き続き勤めてまいります」

「? それでは」

 

 兵の声がややうわずっているのを、ウルザは少しだけ気にはなったものの、そのまま櫓を降りていく。

 

―夜 CITY 防衛線入口付近―

 

「おい! あそこになんか見えるぞ」

 

 兵の一人が闇の向こう側に見えるたいまつをみかけてそう言った。

 

「魔軍やもしれん。みな作業を止めろ! 配置につけ!」

 

 JAPANの甲冑を着た侍がそう呼びかけ、従前のとおり兵士が配置についた。すると、大きな旗が掲げられ、照明に照らすとリーザスの紋章が見えた。

 

「我々はリーザス軍、サウスより合流に参りましたわ! 通されよ!!」

 

 張りのある女武将の声が陣内に響き渡る。そうしていると、一人の少女が防衛線から出て、その少女の元へ駆け寄った。

 

「チルディさん! 生きて……生きておられたのですね! 本当に、良かったです……」

 

 アールコートは思わず涙を流しながら、友人の生存を心から喜んでいた。感涙のあまり、チルディの胸に顔を埋めてしまう。金の鎧は土や草などで汚れ、すっかりその輝きは失ってしまっていた。

 他の将兵も同様で、どの兵の表情からも疲労困憊が見て取れる。本来一日とかからないサウスとCITYの往来を三倍以上もかけてきただけに、行軍の過酷さを否が応にも物語っていた。

 

「アールコートさん……。いやですわね、そんなにお泣きになって、人類軍の参謀でございましょう?」

 

 そう言いながらチルディはアールコートの背中に手をやり、よしよしと背中を擦っている。

 

「それでも……私……嬉しくて、嬉しくって……」

「この私がそう簡単に、死ぬものですか。さあ、これで分かりましたでしょう? お通しなさい」

 

 チルディは眼の前にいる兵に向け、城門を開けるよう促し、兵たちは一も二もなく門を開けた。

 

「すごい覇気……。あの若さで副隊長になるだけのことはあるなぁ」

 

 と、脇で見ていたメナドは大いに関心していた。

 

―ランス城 6階 ランスの部屋―

 

「リーザス親衛隊、副隊長。チルディ・シャープ。ただいま到着しました」

「同じく赤の軍副将、メナド・シセイ。これに同じ」

 

 チルディとメナドはランスに謁見すると同時に拝跪し、名乗りをあげた。

 

「うむうむ。ご苦労。ちょうど人手が足りなかった所だからな。そうだな、アールコートちゃん」

「はい。お二人が連れてきてくれた……、2500名ほどの兵と、10トンに及ぶ軍需・民需の資材、食糧などは……、今後の作戦計画において大きな助けになります」

 

 アールコートは満足そうな表情で言う。実際の所兵員数を考えれば限定的な支援ではあったが、補給がほぼ途絶えてしまった今では、天の助けに等しかった。当初の兵は3500名ほどであったが、1000名ほどの戦死者で済んだのは両将の指揮あってこそ。

 

「しかしお前ら随分とまあ、汚れた格好だな……」

 

 ランスは率直な感想を述べる。

 

「し、仕方ないんだよランス。エクス将軍の指示した道がずっと山間だったから……」

「それに、山狩りにあって何度か戦闘もありましたし。この程度の損害で済んだのは本当奇跡的ですわ。まあしかし、街道沿いに行ってたら全滅してたでしょうけど」

 

 チルディはやれやれといった様子で話す。

 

「そうか。まあ本当に、よく頑張ってくれた。お礼に俺様の愛をくれてやろう。来い!」

 

 そう行ってランスはずかずかと二人に詰め寄る。

 

「あ、ちょ……来るなりいきなりですの!? そういうつもりでは」

「そ、そうだよランス。せ、せめてシャワーくらい」

「がはははは。なあにたまには土くさいなかのセックスも、乙なものなのだー」

 

 ランスはそのまま二人を担ぎ上げて、自らの寝室へ向かった。

 

「あう……おじさま」

 

 アールコートは少しだけ羨ましげに、ランスの背中を見ていたが自らの職務を思い出して参謀本部へと戻っていった。

 

 こうして、全ての人類軍が揃い、最後の戦いがはじまろうとしていた。

 

―つづく―




予想以上にながくなってしまったので三本立てに
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