ランス短編・中編集   作:OTZ

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人類圏のGI1015年についてかいてみました


GI1015

「いやー。ランスさん。今回は助かりましたよ、これ、お礼の報酬です」

「フン。たったこれっぽっちか。もっとよこさんか」

 

 クエストを終え、報酬を差し出されたランスは、依頼主にロングソードを差し向ける。

 

「ひ、ひぃぃぃ!!」

 

 依頼主はそれを見ると、青ざめた顔になり、脱兎の勢いでキースギルドから出ていった。

 

「おい。あんま無茶するなランス! どーもすみませんでした」

 

 ギルドマスターのキースが声をかけた頃には、もはや依頼主は影を残してもいなかった。

 

「止めるなこのアブラハゲが!」

「ふう……。最近随分がんばるじゃねえか。なにか欲しいもんでもあんのか?」

 

 キースは依頼主がおいて行った報酬のゴールドがつまった袋を、ランスに投げ渡しながら、やれやれといった口調でランスに話しかける。

 ランスはこの前奴隷商人を護衛している時にみかけた、とびきり上等な女奴隷を買うために、いつになくクエストに精をだしていた。

 

「テメーにはカンケーねーだろ。で、次は?」

 

 袋を乱雑に受取って、ランスは相変わらずの無愛想な顔で所持している袋に放り込んだ。

 

「ふう……。あー確か、レッドの街近くでアカメやクロメの大群が暴れているって話だったな。相当困ってるようだ」

 

 キースはため息をつき、思い出したかのように自身の机から依頼票を取り出し、読み上げた。

 

「で、いくらだ?」

「2000ゴールドからだ」

「ちっ……。もっとないのか。10万ゴールドとか」

「そんな仕事あったら俺がやってるっての」

 

 キースは空いてる方の手で、耳の穴を小指でほじくりながら、口元を歪める。

 

「けっ」

 

 ランスは黙って依頼票をひったくるように奪い取り、憤然とギルドから出ていった。

 あの女奴隷を買うため、ランスはとりあえずレッドの街を目指して北へ向かう。

 

――

 

「あれはまたボイコットですか」

「ええ、申し訳ございません。私の至らぬばかりに……」

 

 ヘルマン帝国首都、ラング・バウ。

 宮殿の奥の院に座していた皇太后のパメラは呆れつつも、どこか妖しげな笑みとも、ただ頬が緩んだだけともとれる表情をみせた。

 第一皇子にあたるパットンはステッセルたちシーラ派の謀略により、自暴自棄となって稽古事や祭礼をすっぽかすことが日常茶飯事となっていた。

 困り顔の家庭教師にうわべだけのねぎらいの言葉を出して下がらせると、入れ替わるようにステッセルが部屋に入ってくる。

 

「パメラ様。ご機嫌麗しゅう。シーラ殿下の養育は順調ですか」

 

 侍女たちがいる手前か、ステッセルは改まった口調で尋ねる。

 

「ええ。特に声楽についてはこの前陛下よりお褒めの言葉があったわ」

「そうですか。末頼もしいですね。さすがは正当たるパメラ様のお血筋です」

「……ええ」

 

 伏し目がちに出された紅茶を飲みながら、パメラは静かに答える。ステッセルのその言葉に、自分ではなく、シーラにより送られてるようなわずかな何かを感じた為であった。

 

「ステッセル。今日は」

「2時間後に評議会の予定が入ってます」

「そう」

 

 静かに紅茶のカップをコースターに置き、パメラは侍女に目配せをする。二人にしろという合図であり、紅茶のカップをワゴンに乗せて出ていった。

 

「ええ。では……」

 

 ステッセルは静かに手を取り、パメラと供に静かに寝室へ向かっていった。

 

――

 

 

「また今日もサボりか? 皇子殿下」

「やってられるかあんな七面倒くさいもん。あんな死にそうなジジイに何百年も前の話されても、瞼が重くなるだけだわ」

 

 ラング・バウ郊外のある酒場。アルコールやむさ苦しい男たちの喧騒や匂いが漂う中でパットンは数名の取り巻きと一緒に身分を隠して遊び歩いていた。

 

「まーたそれやってんのか。どうせならあのテーブルでルーレットやらねえ? あっちのほうがツキいいみたいだぜ」

 

 パットンの親友であり悪友である、ヒューバートが肩を叩きながら囁く。これでもヘルマン軍の中隊長である。

 

「いーや。まだだ。次さえ通れば……」

 

 バットンがやっているのはいわゆるブラック・ジャックで、今彼の手元には合わせて16。ディーラー側は9のカードだけ示していた。パットンはヒットを選択し、山札から引こうとしている。

 

「危ないんじゃねえの? 降りたほうがいいって」

 

 ヒューバートは忠告するも、パットンは構わずにそそくさとカードを引く。

 

「げっ」

 

 哀れ、パットンが引いたのは6。自爆であった。図柄として描かれているレッドハニーたちも嘲笑ってるかのようである。

 

「はーい。残念でした」

 

 ディーラーは薄ら笑みを浮かべながら、容赦なくパットンの前に積み上げられてたチップを没収した。

 

「うまくねえなぁ。おいヒュー! 持ち合わせがねえんだちょっと貸せ! 倍にして返してやるから」

「わりぃな。俺も給料日前でピンチなんだわ」

「おいおい、三軍将軍のボンボンが冗談言うなよ」

「……お前にだけは言われたくないな」

 

 パットンの軽口にヒューバートは面倒くさそうに頭を掻いてみせる。

 

「だいたいなぁ。こんな吹き溜まりでやられてるバクチなんかまともにやられてるわけねーだろ。突っ込むだけ損だ。やめとけって」

「そんな事言わずによぉ。な? ほんの5000ゴールドでいいから」

 

 パットンはあくまでヒューバートに拝み倒している。

 

「……。ほんといいカモだな」

 

 捨てられたわんわんのような顔をしているのと対照的に、思わぬ上客が来てご満悦なディーラーに、ヒューバートはふうと息をつく。

 どうしたものか、彼が顎に手を当てていると、奥の方から一人の大男が出てきた。

 

「お客さん。今のは聞き捨てなりゃせんね。うちの賭場でサマがあると?」

「あ?」

 

 ヒューバートとパットンが見上げると、そこには平均的なヘルマン人と比べても巨躯に類されそうな、身体そのものが壁と言えそうな恰幅をしていた。

 

「うちは明朗会計で名が通ってんですよ。そういうからには何か証があるんでしょうね兵隊さん?」

 

 声色はあくまで慇懃だが、並のものなら凍りつかせるだけの迫力があった。

 

「俺はあくまで一般論として言っただけだ。勝手に妄想たくましくすんなよ」

「いやね。こっちとしても商売なもんで、そんな言いがかりをつけられちゃ困るんですよ。証が出せねぇってなら、今ここで謝ってもらわないと」

 

 男はこれ見よがしに指を鳴らしながらヒューバートにゆっくりと近づく。

 

「……。ほう。軍と知ってその様か。いー度胸じゃないか」

 

 ヒューバートは腰に差しているヘルマンソードの柄に手をかける。

 

「お、おい。さすがによしといたほうが……」

 

 事態の深刻さを悟ったパットンが止めにかかったが、ヒューバートはあくまで引こうとしない。

 

「喧嘩を売ってきたのは向こうだ。俺には役目がある」

「どうやら。謝罪はないようですね。それではとっととお引き取り願いましょうか」

 

 男がヒューバートに掴みかかろうとすると、それを避け、ヒューバートは相手のみぞおちに鋭く一発蹴り込んだ。

 

「行くぞ」

 

 すかさずヒューバートはパットンの後ろ襟を掴み、相手が怯んだ隙をついて酒場を後にしようとする。

 

「は!? いやまってくれ。せめて突っ込んだ分は……!」

「往生際が悪い……。諦めろ」

 

 なんとか出入り口付近まで来たが、メンツをつぶされた用心棒たちが走って追いかけてきた。

 

「こらぁ! 待ちやがれ!!」

「ちっ。ゴロツキどもが。走るぞ皇子!」

「いや。走れってそんな……」

 

 行き遅れた取り巻きたちが殴られてる間に、ヒューバートはパットンを掴んだまま、酒場を蹴り破り、逃走をはかるのであった。

 

ーー

 

「はぁー。あのバカ、また面倒事起こして……」

 

 その日の夜更け、三軍の本営でヒューバートから今日のパットンについて聞かされたハンティは、あきれた表情で返した。

 当のパットンはすでに眠りこけている。

 

「ガッハッハ。良いではないか。酒場で民情の視察をするのも、世嗣の領分よ」

 

 ヒューバートの父にして、三軍の将、トーマは豪放に笑って流した。

 

「面倒事を起こしたのはどちらかといえば俺の方だ。あんまりな言いがかりだったからカチンときちまってな」

「そもそもパットンがあんなところ行かなきゃ済んだ話でしょうが……。せっかくもらえた休暇だってのに悪いことしたねヒュー」

 

 ハンティはヒューバートにすまなそうに声をかけた。ヒューバートは普段魔物領との境にある番裏の砦を守備する二軍に勤務しており、年季休暇で首都に帰ってきていた。

 

「いや。ここ一月くらいは砦も比較的落ち着いててな。デスクワークばっかだったからいい肩慣らしになったぜ」

 

 ヒューバートはわざとらしく肩を回しながら事もなげに返す。

 

「あぁそう。ま、そーゆーとこは親譲りだもんね」

 

 にししとハンティは笑いながら、ヒューバートの肩を2,3度叩いた。

 

「……。もう少ししおらしくしたほうがよかったなこれ」

 

 そんなことをいいながら、風にあたってくるといって、ヒューバートは席を外していった。 

 

「全く、少しは辺境で鍛えられたかと思いきや、あの程度で不貞腐れるようでは、まだまだ修行が足りぬな」

 

 ウォッカを苦々しそうに口をつけながら、トーマは呟いた。

 

「ああは言ってるけど、正直心配でもあるのよね……」

「……、壁の西側か」

「うん。ここ数日少し様子見に行ってたんだけど、モンスターたちがてんでばらばらに壁を超えようとしているんだよね。まるで、何かあったかみたいに」

「そうか」

 

 トーマはハンティの目をじっと見据える。

 

「千年の魔王期間がすぎて今年で15年。噂では継承者を求めて、ほうぼうさがしてるらしいけど、もしかしたら宛てが見つかったのかもしれない」

「つまり……、薄皮で保たれていた平穏が破られるやもしれぬということか、魔物と、人類の」

「必ずとはいえないけど、継承された魔王によっては、覚悟はしたほうがいいね」

 

 ハンティは少しだけ顔を曇らせる。3000年以上の時を生きてきた彼女にとっては、心中は極めて複雑であった。

 

「ヘルマンの土を踏みにじるものは、何であっても許さぬ。しかし、魔人どもがもし出張るとなれば、打ち負かすことはできぬ……。あの無謀な侵攻の痛手もあるしの」

「そうね……。無敵結界を破れる剣と刀……、あれらを操る人間がないと勝負にもならないけど、ここ数百年は所在すらとんと聞かないし、困った物ね」

 

 ハンティはふと本営の窓から見える夜空に目を向ける。

 

「でもなんとか……、手遅れになる前にしないとね」

 

 その目は静かながらも、決意に満ちていた。

 

――

 

 リーザス城。

 この日のリーザス城ではパラパラ砦の戦勝記念式典が行われ、国中が祝賀ムードに満ちていた。ヘルマン主導でゼスと共謀でリーザス国境のパラパラ砦にまで敵軍が攻めてきたものの、見事に追い払ったのである。

 

「リック・アディスン。雲霞の如き敵をわずか1人で受け止め、国土を蹂躙せんとしたヘルマン一個軍を追い払った功、誠に大なり。よって勲功第一と認め、王陛下より勲等と、3万ゴールドを下賜するものなり」

「ハハッ!」

 

 侍臣の読み上げたその言葉に、リックは玉座を前に跪いた。

 

「うむ、ラッコよ、よくやった、我が愛娘より授かると良い」

 

 国王ゴールデン・ウェンズディング・マーク2伯爵は、いかにも時代がかった風な声色で告げた。

 玉座のすぐ前の席に控えていたリアはそれに応じると、ゆっくりと立ち上がり、父から勲等の証となる褒賞を受け取る。

 そして、静かで、優雅な所作で跪いているリックの前に歩み出る。

 

「リック・アディスン。父王陛下に代わって、この私が授与します。謹んで受け取りなさい」

 

 よく通った、凛々しい声が宮殿中に響き渡った。リックはいよいよかしこまり、身を更に縮めんとする。

 リアはゆっくりと、兜を被ったままのリックの首へ褒賞を掛ける。

 

「身に余る誉れ。これ以後も、王陛下及び、リア王女に身命を賭して、お仕えいたします」

「これからも、精一杯、リーザスのために励んでね。リック」

 

 最後に少しだけ態度を崩し、リアはリックに言葉を掛ける。リックは突っ伏したまましばらく動かない。

 

「うん? どうしたラッコよ。まさかリアより離れたくないのか? やらんぞ」

「嫌だもうパパったら。リックは感動のあまり、わなないているだけですわ」

 

 王の何気ないからかいとリアの言葉に、宮廷では少しだけ笑い声が響いた。

 

「い、いえ。ご無礼いたしました。それでは」

 

 そう言ってリックはようやく立ち上がり、所定の位置へ戻っていった。

 その様子をリアの後ろで控えている王女付き筆頭侍女のマリスは微動だにせず、様子をうかがっていた。

 こうして式典は滞りなく進んでいき、お開きとなった。

 

――

 

 リーザス城・王女私室。

 式典を終えたリアはやれやれとばかりに奥の椅子に座った。

 

「ふう……。あー疲れたー」

 

 座るとすぐに足を投げ出し、思い切り伸びをする。解放された瞬間である。

 

「お疲れ様でしたリア様。足をお揉みしますね」

 

 マリスはそそくさとリアの投げ出された素足に行き、ツボを押し始めた。

 

「あーそこそこ……。全く参っちゃうわ。こうも式典続きだと」

 

 リアはここ二週間ほど、多忙であった。公務が立て続けにあり、廷臣や貴族への根回しなどで常に気を張っていなければならなかった。

 

「お察しいたします。しかし、もはや父王陛下はお加減が悪く、リア様に気張っていただかなければ……」

「わかってるの。わかってるけど……、まさかリックの名前まで間違えるなんてねー。国を守ってくれた将軍なのに」

 

 さすがのリアも、驚きが隠せなかったようだ。

 

「リック殿は将軍に着任してより日も浅く、王陛下もつい失念してしまっていたのでしょう」

「そうかもしれないけど……。で、マリス。貴女からみてなにか思うところあったかしら他に」

 

 リアは少しだけ声を低め、顔に影をさしながら尋ねる。マリスは間を置かずに答える。

 

「僭越ながら、ヴェルマー侯爵がいささか気になりました。リア様がまるで女王然として振る舞っているのが、興に沿わないような……」

「ヴェルマー……。ああ、確かノースあたりの大地主だったわね。パパとはうまくやれてたみたいだけど」

 

 リアは少し表情を歪ませ、メイドから差し出された紅茶に口をつけながら言う。

 

「シェルダン伯爵や、ギャンバン伯爵からは、それをいいことに貢納すべき物品を不当に領得しているのではないかとの告発がありました。徴税局に問い合わせた所、不審な点もいくつか……」

「ふーん……。これはちょっと手入れが必要かもね。かなみ!」

 

 リアの下命に、天井裏で警護していたかなみが静かに降り立った。

 

「はっ」

「話は聞いてたわね? ひとっ走りいって帳簿取ってきてちょうだい」

 

 まるで子どもにお遣いでも頼むような軽い調子でリアはかなみに言う。

 

「は……。しかし、ヴェルマー様の城は守りが厳重で」

「誰がノースまで行けって言ったの? まだ城下にいるだろうから、そのうちになんとかなさい。どうせ、そっちには肝心な”モノ”は残してないもの」

「……。承知致しました」

 

 どちらにせよ困難な任務には違いないが、かなみに否の選択肢はなかった。立ち去ろうとした時、リアは一つのことを思い出してかなみの背中を呼び止める。

 

「そうだ……。前にマリスが言ってた子、ヒカリと言ったかしらね。どう?」

 

 リアは口元を歪めて尋ねる。

 

「……リア様のお気に召す女の子ではあると思います。その、機も十分にあるかと」

 

 かなみは暫し間をおいて答える。

 

「そう。じゃあ、さっきの仕事が終わってからでいいから……」

 

 その先は言うまいとかなみに促す。そして、今度こそ消えていった。

 

「フフ……。楽しみね。マリス」

「ええ」

 

 マリスも少しだけ頬の緩みを増しながら、足のツボを押し続ける。

 

――

 

 ゼス王国南部、マーク。

 今日、裁判所においてはある大量殺人犯への判決が下ろうとしていた。

 死者92名、負傷者を含めれば200名に迫ろうかというマーク市民の心胆を寒からしめた、センセーショナルな事件の判決に世間は耳目を集めていた。

 訴追した治安当局法官の判事は当然のように判決に聞き入り、一方の被告側には彼一人が数人の治安局員によってとりおさえられるのみだった。

 

「――以上の事情を鑑み、被告の情状をみても酌量に値すべき情況は認められず、マーク市民への不安、ひいては王国全体のあるべき身分秩序を危殆に瀕させた事は万死に値し、能う限りの罰を以て臨み、正義を恢復させなければならない。主文 被告を」

 

 1000を数えようかという傍聴人を前に朗々と一方的に判決を読み上げようとする、一級市民の大法官。じっと鋭い眼光で、法官たちを睨めつける浅黒い顔をした被告に決定的な刑罰が下ろうとしたその時、爆発音が響いた。

 法廷内では白煙が充満し、「横暴を許すな!」「専制打倒!」を合言葉に次々と黒いマントと帽子を被った集団が治安局員をなぎ倒して侵入する。

 

「なーにがあるべき秩序だ! 笑わせるなド腐れ判事がよぉ! お前らの語る法にそんなものあるわきゃねえ!」

 

 先頭に立った筋骨隆々の壮年の男は、巨大な錨を縦横無尽かつ正確に振り回し、阻止しようとする治安局員をなぎ倒していった。彼はフット。テロ組織ペンタゴン幹部の一人であった。

 

「やっぱり来やがったなこのテロリストども! 今日という今日は根絶やしにしてくれ。グハッ」

「おっと。あんまりあっさりくたばるなよ、ゴミにいってもしょうがないけど」

 

 フットに背後から警棒で襲いかかろうとした治安局員に、手製の即効毒薬を注入したのはロドネー。彼も幹部であった。

 

「おう。すまねえなロドネー。背後がお留守だったわ」

「……フン」

 

 フットに一瞥だけくれて、ロドネーは法官たちがいるほうへ向かっていった。

 

「対象は確保できたわ、フット。早々に引き上げましょう」

「おー。いつもながら仕事が早いな。ウルザ。感心するぜ」

 

 凛とした声で話しかけてきたウルザに、フットは愉快そうに笑みを浮かべる。

 ウルザ・プラナアイス。兄ビルフェルムと共にペンタゴン8騎士という幹部の一角をしめていた。

 

「……。あの確保で司法への抵抗は十分よ。これ以上余計な犠牲を増やすべきでは」

 

 フットの世辞を受け流し、ウルザはうつむき加減にいう。

 

「まだだ。あの威張り腐った法官どもへの復讐が済んでねえ。提督はそこまでやれってお達しだったはずだぜ?」

「そ、そうだけど、でも……」

「そこまでやらねえとなんねえんだ。ウルザ。分からないわけじゃないが、ここは従ってもらうぜ」

 

 ウルザの肩を2,3度優しく叩き、フットはのそのそと前へ進んでいった。

 

「ふう……」

 

 ウルザは一度深呼吸し、手に持っていたボウガンを握り直してゆっくりと進み始めた。

 

――

 

 ペンタゴン本部。裁判所襲撃から引き上げ、一定の成功をおさめたことで祝宴が開かれていた。

 

「悪逆非道なる司法を騙った魔窟より、善良なる市民を救済した我々の正義は、今まさに天が知る明白なものとなった! ゼスの夜明けは近い! 諸君らにもより一層の奮励努力を期待する!!」

 

 いつも通りのネルソンの檄に、ペンタゴンの隊員たちは大いに湧き上がり、万雷の拍手が鳴り響いた。

 そんな熱狂をやや冷めた目で見る一団がいた。

 

「やれやれ、ネルソンはすっかり上機嫌だね」

 

 供された酒を手に持ちながら、ウルザの兄・ビルフェルムは苦笑いをしている。

 

「ええ。本当に」

 

 ビルフェルムの横に座りながら、静かにウルザは言う。

 

「……」

「何か言いたいことでもあるの? ダニエル」

 

 腕を組みながらじっと獅子吼の如く煽り立てる、壇上の人物を、彼もまた冷めた目でみていた。

 

「……。言わなくとも、察しはつくだろう」

 

 そう言って、ダニエルはコーヒーを一口口につけた。

 

「ハハ……。やっぱり、思うところは一緒か」

 

 ビルフェルムは頷きながら、酒をあおった。

 

「前々からそのきらいはあったとはいえ……、今回の作戦はあまりにも危険すぎるわ。あと1時間も居座っていれば、私たちは軍に潰されていたもの」

「そうしないために、ウルザやダニエルが懸命に前線を張ってくれたじゃないか。ジョーもいつも通り奮戦してたしね」

 

 ジョーとは同じ幹部のキングジョージを指し、訥弁だがペンタゴン内では並ぶもののいない豪傑であった。

 

「それはあくまで結果論に過ぎないわ。それに、今回の作戦自体、如何に二級市民とはいえ、大量殺人犯を解放するだなんて……、私達はあくまで虐げられ、差別された人たちの為に」

「ウルザ! 貴様、提督に逆らうのか!!」

 

 鋭い声でウルザの話に横槍が入った。ウルザが視線を上げると、そこには水色と青で構成される幹部服を着た女性がいた。

 

「エリザベス……。ごめんなさい。気を悪くさせるつもりは」

 

 ウルザは立ち上がって即座に頭を下げたが、彼女は引こうとしなかった。

 

「提督はこの腐りきった貴族や魔法使いどもを一掃し、ゼスを正そうとしているのだ! 八騎士という身でありながら、それに異を唱えるなど、どういうことかわかっているのか!」

 

 エリザベスは剣のような鋭さをもった確固たる声色で、ウルザを攻撃する。

 

「でも……。それでも、もっと違うやり方があると思うの。破壊と弾劾だけでは、何も生まれないわ。それに、いくら腐敗した司法とはいえ、あの……、救った人が何人も殺めたことはマークの人たちも」

「腐った司法と警察によって捕らえられた人間に、罪などあるはずはない! でっちあげられた罪状が大きければ大きいほど、我々は強く輝くのよ!」

「くっ……」

 

 話が通じない。ここは黙って引き下がろうか悩んでいた所に、ネルソンが割って入った。

 

「やめよ。仲間割れをしている場合ではないだろう」

 

 間に入ったネルソンは両手を広げて、制止を促す。

 

「提督! しかし」

「ウルザの言うことにも理がないわけではない。我々の行く末を思っての忠告だ。重く受け止めよう」

「ネルソン……」

 

 ウルザは少しだけ安堵した表情に成るが、それは一瞬だった。

 

「だが、ウルザよ。最早時は待ってはくれぬのだ。魔法使いどもの専横で日一日と人々の心は摩耗していく。悠長にしていれば、我々が呼びかけても立ち上がる気力すら失せてしまうだろう」

「それは、分かるの。分かるけど、だからこそ」

 

 反論は許さぬとばかりに、矢継ぎ早にネルソンは続ける。

 

「我々の正義に共鳴する人間も、最早二級市民だけではない。まだゼスに残る心ある貴族の中にも広まりつつある」

「えっ……?」

 

 それはウルザにはまだ耳に入ってない情報であった。ビルフェルムに視線を投げると、少し逡巡して頷いた。

 

「ガンジー王は放浪王と渾名されるほど政務に無頓着で、一部貴族からも評判が悪い、そこから我々に心を寄せる貴族たちもいるということだ」

「そう……。そうなの」

 

 ウルザはおとがいに手をあてながら、慎重にネルソンの言葉を咀嚼した。

 

「あともう少しのところまで来ているのだよ。我々の理想の結実まで、それまでの臥薪嘗胆の日々を耐え、その日がくるまで我々は声を枯らして大衆に訴えねばならぬのだ!」

 

 そういってネルソンはウルザから会場内の面々に声をかけ、士気を煽った。またも熱狂に包まれる。エリザベスもウルザへの敵意はどこへやら、ネルソンに秋波を送り続けた。

 やがてネルソンとエリザベスはウルザたちのもとを離れ、別のテーブルで団員たちと話し込みにいく。

 

「ふう。やっぱすごいなあの人は。伊達にリーダーやってないよ」

 

 ビルフェルムは乾いた笑いを浮かべながら、テーブルに出されているへんでろぱに口をつける。

 

「兄さん……。さっきネルソンの言ってたこと」

「ん……。ああ、ほんとだよ。父上たちが話してたのを聞いただけだし、そんなに確証ある話でもないっぽかったから、ウルザにはまだ伝えないでいたんだけど。な、ダニエル?」

 

 ビルフェルムはメガネを掛け直しながら、すまなそうな声色でウルザに返す。

 

「どさくさに紛れて、人になすりつけようとするな」

 

 ダニエルはふうとため息をつきながら、テーブルのクッキーに手を出した。

 

「いや、いいの。別に責めているわけじゃないから……」

 

 ウルザは少しだけ慌てたように、兄に言葉を返す。

 

「ガンジー王をよく思わない勢力がいるのは確かだ。だが、それが必ずしも、ペンタゴンに……、我々に利するかというのは、考えなければならぬところだろう」

 

 ダニエルはクッキーを一口かじって、そうしめくくった。わずかに強い語気は、どこかネルソンへの非難も含んでいるかのようだった。

 

「私達は本当に、このままでいいのでしょうか」

 

 ウルザは静かにようやく出されている紅茶に口をつける。それはすっかり熱を失い、冷めてしまっていた。

 

――

 

 自由都市。ある奴隷市。

 魔王が交代したことで年号がかわり、LP、リトルプリンセスになったことが告げられたアコンカの花がさいてからしばらく経った頃。

 

「おい、例の奴隷はまだ残っているか。シィルって名前の」

 

 ランスはようやく金を貯めて、伝聞を頼りにシィル・プラインという奴隷が売られている場所にたどりついた。

 

「おっ。来たか兄ちゃん。まだ残ってやすぜ」

 

 奴隷商人のラセイは、手を揉みながら、そそくさとランスを奴隷置き場へ案内した。

 

 

 シィルは相変わらず、人形のようにそこに座していた。

 

「いやー。何分値が高すぎるもんでね。誰にも手がだせないっちゅうのに団長が意地でもさげないもんだから」

「いくらだ」

「へ。えーっと、しめて1万6000ゴールドに」

 

 ラセイは恭しく手を差し出す。

 

「は? 前は確か1万ゴールドだったろ」

「ええ、ですがこんだけ長く売れ残っちまうと食費やら税金やらで」

 

 ラセイはそれらしい言い訳を並べ立てるが、ランスは憤然と返す。

 

「バカかてめー。いくらなんだってたかが数カ月おいといたくらいでそんな上がるわきゃねーだろ!」

「そういわれましても……、ここ最近はとみに物入りで」

「15000だ。それ以上は譲れねえ」

 

 ランスは一方的にゴールドの詰まった袋を放り投げる。

 

「そ、そんな殺生な。せめてここは15500……」

「うるさい。この俺がたった1000割り引いただけで勘弁してやるんだから、感謝でむせび泣け」

 

 ランスは一方的に言い放ち、奴隷、シィル・プラインの手を引っ張る。

 

「えっ!?」

 

 シィルは突然の動きに思わず声を上げてしまった。

 一方のラセイはランスの有無を言わさぬ動作で、すぐに追いつくことができなかった。結局彼は面倒を避けて15000Gで手を打ち、ランスを追いかけて諸々の手続きを済ませた。

 そして、契約が交わされてから1時間も経たぬうちに、ランスはシィルの処女を奪う。

 

――それが乱世の英雄の始まりの日であった。

 

―終―

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