―オールドゼス 司令部―
開戦から5日。ゼスは壊滅的な状況にあった。
カミーラとメディウサという、ゼスにとっては災厄の象徴というべき魔人の指揮のもと、最初の一日目で圧倒的な物量でマジノラインは粉砕。二日目にはアレックス率いる光軍が殲滅され、彼は惨殺。三日目には首都のラグナロックアークまで魔軍の手に落ちた。四日目には琥珀の城まで南部が掌握され、極めて危機的な状況にある。
ゼス首脳部は命辛がら、オールドゼスへ司令部を移し、抵抗の継続を試みている。
「くっ……。どれもこれも見渡す限り悲報だらけね……」
四天王の山田千鶴子は、コンソールに映し出される絶望的な戦況にそう漏らすしかなかった。
何よりもこれまでの歴史上、魔軍の激しい侵攻に耐えてきたマジノラインが、魔軍の脅迫を含んだ買収によって、高官の内通により機能を半減され、そしてそのまま破壊されたのが彼女にとって最大の誤算であった。
防衛計画の主軸であったマジノラインのあまりにもあっけない陥落は軍を潰走させ、結果侵攻開始から100時間も経たぬうちに国土の6割強が魔軍の支配下に入った。
「千鶴子様。炎軍、ここに到着しました」
光軍が壊滅した以上、残る抵抗の主軸は他の三軍に任せる他なかった。しかし、朝に入った知らせで魔軍はゼス中部にまで浸透。南部中央部に広がる平原で雷軍や氷軍と大規模な会戦となったが、なんとか崩壊を防いでいる程度で極めて劣勢であるという事が明らかになっていた。
「サイアス将軍。よくぞ間に合ってくださいました。感謝します」
「リーザスがこの隙に攻めかかるとも思いましたが、あちらも相当慌ただしいようで、初日にコルドバ将軍から相互不可侵の申し出があったことが、何よりの助け」
「向こうもヘルマンとの戦争や防衛強化に忙しいでしょうからね。色々な噂を聞く人物ですが、こういうときは賢明な判断をしていただけたようで、助かりました」
千鶴子は本当に心の底から、まだ会ったことのないリーザス王に感謝を捧げた。既に王女マジックの名前で答礼を出している。
「しかしそれにしてもガンジー様は、まだお見えに?」
「っ……。未だ」
ガンジーはこの事態となっても未だ姿を見せなかった。元々放浪を続けている人物ではあったが、さすがにこんな時くらいは、帰ってきてほしいと千鶴子は願わずには居られなかった。
「あのバカ親父。なにしてんのよ全く」
首都陥落から逃げ延びていたマジックはそう毒づいた。
「リーザスや自由都市にいるとは報告に入っているから、よもや御身になにかあるとは思えないけど……」
しかしそれでも、最悪の可能性が頭に出てはひっこめていた。
―ピンポンパンポーン
そうしていると、突如として魔法テレビに画面が映しだされた。ここにいる人間のみならず、ゼス国民全員にとっての悪夢の時間が始まった。
「はーいゼスの諸君、こんにちわー」
「ひぐっ、ぐっ、あう……」
映し出された映像は、メディウサに嬲られ続ける、いつものとおり、凄惨で、残虐なものであった。
しかし、ここにいる面々にとっては衝撃的な人物が今日は嬲られている。嬲られているのはゼス四天王の一人、パパイア・サーバー。首都陥落以来行方不明になっている。千鶴子の親友である。
「ふっ……。魔人っていっても、こんな程度なのかしらっ――。大したこと、ないじゃない!」
「パパイア……嘘でしょ?」
千鶴子はあまりにも変わり果てた、メディウサにされるがままの彼女を見て、立ち尽くすほかなかった。
サイアスなど他の面々も、彼女と同じように呆然としている。
画面の向こうのパパイアは毅然としていたが、既に腹部がへびの触手により尋常でない形に膨れ上がっており、腕や太腿、脛に膝などあちこちに切り傷や擦過傷などが多く出来ていた。
「あらあ。随分強情はってくれるじゃない。ゾクゾクしちゃうわ」
「お嬢様。ご機嫌なようで何よりです」
使徒のアレフガルドは下に滴り落ちている血や体液を、せっせと掃除しながら、にこにこと答えた。
「やっぱりゼスの四天王ともなると嬲りがいがあるわ~。あそこをこぅんなふうにしたり、肝臓や膵臓をいじくられようと、これだけ気丈に振る舞えるんだもの。フフフフ」
メディウサはパパイアの豊かな双丘を服の上から痛いほど揉みしだきながら、そう残虐にせせら笑う。
その後も、30分にわたってパパイアの凄惨な有り様が放映された。次の子は金髪の短いツインテールをした、一見儚げで気丈そうな子と指名して放送が終わった。
「絶対に……絶対に許さないわ。あの魔人」
放送を見終わった千鶴子は、泣き腫らした眼を拭い、そう決意する。居合わせた面々も口に出さねど、同じような心境である。
「私も同じだ。千鶴子」
「えっ―――?」
そう言って千鶴子が振り返った先には、何よりも待ち焦がれていた人物が立っていた。
「ガ、ガンジー様!」
「ガンジー王! 生きておられたのですか」
千鶴子が近くに駆け寄り、サイアスはその場で拝礼する。
「うむ。少々戻るのに手間取ってな。ここまで遅れてしまったのだ」
ガンジーはそう言って頭を下げながら、陳謝した。
「では、ガンジー様。どうか策を……」
「千鶴子。私はもう王ではない」
「―――は?」
千鶴子はガンジーから告げられたその言葉を、正面から受け止められずにいた。
「ど、どういうことですかガンジー王」
「リーザスに降ったのだ。私の名でな」
「そ……そんな」
「何勝手なことしてんのよクソ親父!!」
マジックは気色ばんでガンジーに食って掛かった。当然である。勝手な決断で国が一つ消滅してしまったのだから。
「リーザス王は英雄の気質を備えた立派なお方だ。もはやこの方に縋る以外、我々人類が生き延びる術はない」
ガンジーは全く動じずに、千鶴子やマジックたちに語って聞かせた。
自分がふとしたことからリーザスで武将として仕えていたこと、わずか数ヶ月ではあったが彼の指揮や人品、振る舞いをみるうちに惚れ込んでいき、彼こそが古来より伝わる英雄に相違ないと確信たということ。
そして魔軍の襲来と、人類側の相次ぐ敗北を見て、ここはもう軍門に降るほかないと決意したと結んだ。
「し、しかし私達になんの相談もなく、そんなことを」
「そうよ! 大体、国がなくなったらこれから先の戦いだって」
二人の言葉を、従者のカオルが遮った。
「ご心配なく。ガンジー様はただ降ったわけではありません。きちんと後の事も、考えてくださっています」
そう言ってカオルは、二人の人物を招き入れた。
「上杉謙信と申します。JAPAN軍の総大将として、まかりこしました」
「真田透琳もここに。参謀として陣の端にお加えいただきたい」
謙信と真田の両名が本部に入り、マジックと千鶴子に拝礼する。
「聞いたことがある。確か上杉謙信は軍神として。真田透琳はJAPANに名だたる軍師として、大きく名を馳せているとか……」
サイアスはそう二人に告げた。
「今はリーザス城に駐屯している軍がとりあえず来ただけだが、数日のうちに本国から大軍がやってくる。今やもう人類一丸となって、事にあたる他ないのだ」
「うう……」
マジックは現実を認識し、席に復する他なかった。
千鶴子もようやく頭を切り替え、冷静に口を開く。
「分かりました。急な事ではありますが、やむを得ません」
「そうか。お前ならわかってくれると思っていたぞ千鶴子」
「反対するであろう高官たちは、既に北方のナガールモールへ逃亡し、昨日陥落したとの知らせがありました。もうほとんど残っていないでしょう。政治上は大きな問題は起きないと思います」
「そうか……。それは不幸中の幸いであった」
ガンジーもそれが少し気がかりであったのか、安心した表情を見せた。
「が、しかしそれでも国民としてはゼスが消えたとあっては、重大な混乱を招きます。名目上はあくまで援軍として来たということに周知はしておきます」
「分かった。そのくらいならばランス王も認めてくれるであろう。大局は理解しておられる」
ガンジーは深くうなずいて千鶴子の提案を認めた。
「よし、では軍神さん。あちらで細かい戦術について話し合いましょう。今は一分でも惜しい」
「承知した。魔法にはあまり慣れていないが……、宜しく頼む」
サイアスも状況を受け入れ、謙信を外に連れ出し、彼女もそれに従った。
「では。私はそちらに加わりましょう。情報を見せていただけますかな?」
「はい。まず、軍の現況ですが……」
千鶴子はコンソールを開いて、透琳に情報を共有しはじめた。
JAPANとゼス共同による魔軍への反攻がはじまろうとしている。
―アークグラード 臨時宮廷―
開戦から6日目。ヘルマンも状況は最悪であった。
ケッセルリンクやパイアール、レッドアイなどの指揮で、第2軍のアリストレスが守る番裏の砦は一日目に全て陥落し、彼は戦死。ブラックナイトの誇り高きヘルマン騎士たちは次々とパイアールの繰り出すPG、PHシリーズに撃破されていき、2軍・3軍・5軍は数日もしないうちに殲滅。ラング・バウは3日目に陥落した。
もはやまともな戦力は1軍と4軍しか残っておらず、この日までにヘルマン西部と中部がほぼ制圧され、戦場の主軸は東部へ移ろうとしていた。
また、魔軍の侵攻の及ばない東部では折からの圧政の不満に耐えかねた民衆による暴動が相次いで発生しており、情勢不安が続いている。
「……」
皇帝のシーラは命からがらラング・バウから脱出し、1軍の本拠地であるアークグラードを臨時の宮廷として仮住まいとした。宰相であったステッセルは既に殺害され、ラング・バウで頭がサッカーボールの道具にされているという報告が入っている。評議委員も既に大半が命を落とした。
今はアークグラードの本営において皇帝臨席のもと、今後の会議が行われていた。
「全く、日を追うごとに状況が悪くなるのう」
第1軍将軍のレリューコフは伝令からのローゼスグラード陥落の知らせを聞き、嘆息しながらそう言わざるを得なかった。もはや本営のアークグラードすら危うくなったのである。
「敗残兵をまとめあげて、新たにポーンで組織はしておりますが……。兵の動揺や指揮系統の混乱がおさまらず、どれだけ持つかわかりません」
1軍副将のカールは悲痛な面持ちでそう述べた。
「もはやパットン殿下が率いる手勢を招き入れる他、手はないかと思われます」
元4軍副将であり、1軍のもう一人の副将となったクリームが、冷静にそう述べた。パットン率いるヘルマンの反乱軍は侵攻二日目に一瞬の隙をついてラボリを占拠していたが、魔軍と交戦中であった。南に居るカラーからの援護もあるものの、カラー自体も攻撃を受けているのに加え、今や完全に包囲されており孤立無援の状態である。
将軍のネロは既に軍再編の一環で将軍の座を失い、4軍自体が1軍に取り込まれている。
「陛下。それで御異存はありませんか?」
レリューコフは上座にいるシーラに尋ねる。
「ありません。パットン兄様が合流してくれるならば、私も心強いですから」
「では、すぐに闇烏を使い、返礼の使者を出しましょう。しかし、それだけではやはり状況に大きな変化が出るとは……」
カールはクリームを一瞥する。
「やはり、リーザスとの和議も、考えねばなりませんね……」
東からはリーザスも攻勢を強めていた。西に軍の一部を回した影響で遂に昨日になってリック率いる赤軍とバレス率いる黒軍がヘルマン国内になだれ込み、その日のうちにログAが占拠された。毛利や北条を主軸とするJAPANの軍や自由都市の連合軍も加わっており、如何にレリューコフの采配といえど、数的不利は覆し難かった。
「しかし、こちらから申し出るのは体面が」
「構いません。今は、ヘルマンを立て直すのが先決です」
シーラは口を挟んだ。ステッセルの桎梏から脱し、シーラは一皮むけたように、国事に際して発言をするようになった。
「陛下……。よくご決意なされました」
レリューコフはそう言うと、椅子から降りて、シーラに拝跪した、
その日のうちに使者がログAに発ち、バレスを経由してランスのもとへ降伏の使者が到着する。
―リーザス城―
侵攻開始から10日目。何度かやり取りがなされて降伏文書が調印されようとしていた。この時点でアークグラードは包囲され始めており、シベリアやポーン、スードリ13が陥落している。最早、一日も早い和睦がヘルマンにとって急務であった。
「ランス王。これが講和条約の全文です。読み上げます」
マリスはランスに対し、講和条約の内容を読み聞かせた。
パラオ山脈におけるヘルマン側要塞の破却、ログA・ログBなどリーザス側への前線都市の割譲などヘルマンにとっては国辱に等しいものであった。
「うむ。よかろう。俺様も魔軍どもを成敗しなきゃならんからな」
ヘルマン側の正使であるクリームを前にして、ランスは尊大にそう振る舞う。
「んで、あの調べは終わったんだろーな?」
ランスは二回目の交渉の場において、虜囚解放の前提になる調査、特にボルゴZ監獄における名簿作成を命じていた。
「はっ。これでございます」
クリームは作成した名簿をマリスに手渡し、マリスはボルゴZの分だけをランスに渡した。
ランスは受け取ると乱雑に封を破り、名前を探した。しかし、その中にシィルの名前はない。
「おい。これで全員か」
「間違いありません。私直々に調査しましたから」
クリームは冷静にそう告げたが、ランスの表情は和らがない。
マリスはランスの表情から察し、クリームに伝える。
「ランス王はその……。シィル・プラインさんの消息をお尋ねになっております」
「それでしたら既に特別に調査は済ましてありまして……、残念ながら既に亡くなったとのこと」
「な……なん……だと」
ランスはその言葉を聞いて、視界が一気に真っ黒になるような感覚を覚えた。
「どうやら、今次の侵攻に連動して発生した暴動で、ボルゴZが襲われた際に……その、暴徒によって凌辱された上、惨殺されたとのことです」
「くっ……。あの、バカ奴隷め……。なんで、なんで俺様がいくまでに」
ランスは拳を握って、自身の心中に湧き上がる悲しみをじっと堪えた。
「ダーリン……」
今まで口を閉ざしていたリアが、ランスに心配そうに声をかける。
「それでランス王、和睦の件ですが」
「やめた」
「はい?」
クリームはランスから告げられた言葉に当惑する。
「気が変わった。ヘルマンの連中は俺が皆殺しにする。そう伝えておけ」
そう冷たく言い放ってランスは玉座から立ち、謁見の間から去った。
「そ、そんな。ランス王! ランス王!!」
クリームは必死にランスに追いすがろうとするが、親衛隊の兵士によって阻まれた。
――
侵攻から15日後。和睦不成立を知ったヘルマンはもはや覚悟を固め、徹底抗戦の構えを見せた。
捨て鉢になってかかってきたヘルマン軍を前に、リーザス側の死者は積み重なり、当初の優勢が膠着状態に引き戻された。
そして、14日目にアークグラードが遂に陥落し、ヘルマンは滅亡。いよいよ直接リーザスと魔軍が接することになった。
バレスの判断によりリーザス軍はログA・ログB以外の占領地を放棄し、防衛線の構築を開始。近くに攻めかかってくるであろう魔軍に備えた。
そして15日目の今日になって、リーザス軍と魔軍が交戦を開始。人類にとって事実上最後となる戦いが幕を明けた。
―ランスの寝室―
「ちっ……イライラする」
シィルの死を知って以来、ランスは荒れに荒れ果てた。ハーレムを呼び出して寝ている時以外ほとんどセックスしまくっていたが、一向に晴れることはない。今日はリアをはじめマリアや志津香、かなみや、メルフェイス、謙信など多くの女性を抱いていた。
「ランス王」
「なんだマリス。呼んでないぞ。それとも混じりたいのか?」
「いいえ。その、一つ王にお伝えしたいことがありまして」
マリスはつとめて冷静にランスに進言を続ける。
「なんだ」
ランスは不機嫌そうに返した。
「女性をハーレムに呼ばれるのは構いません……。ただし、今前線にでている将校クラスを呼び出すのは控えていただけませんか。前線に影響が出ております」
ランスが手当たり次第に女士官を呼びまくる影響で、指揮系統に支障をきたし、せっかく安定していたゼスの前線が崩れはじめていた。
「うるさい。俺に意見するのか。マリス」
「王。今はどういう状況か……」
「うるさい!! 黙らないと前戯なしでそのまま犯すぞ」
聞き入れる様子のないランスを見て、マリスは今日のところは引き下がった。
マリスが部屋から出ていくと、入れ替わるようにサテラが入ってきた。
「ランス……」
「今度はお前か。何の用だ」
ランスは苛立った声色のまま、サテラに尋ねる。
「ここじゃちょっと……。サテラの部屋に来てくれないか?」
サテラは周りに居る脱力状態の女性を一瞥し、そう言った。
「分かった」
ランスは服を着直し、廊下に出た。
―廊下―
王の居室からサテラの部屋までの間にも、多くの将兵が行き交っていた。何度かランスに報告しようとしていた兵もいたが、ランスは一喝して追い返した。
まだリーザス国内に戦火は及んでないとは言え、人類圏の約半分が魔軍の手に落ち、このままではジリ貧であることは明白であった。
「戦況は……やっぱり良くないようだな」
サテラはふとそう言った。
「うるさい。お前の知ったことではないだろう」
「……」
サテラは黙したまま、自らの部屋に向かっていく。
―サテラの部屋―
部屋に着くと、サテラはランスに近づく。もう少しで体がふれあいそうなところまできたところで、口を開いた。
「ランス。ケイブリスに……勝ちたいか?」
「は? なんだ唐突に」
「答えて」
サテラはランスを見上げる。その眼は潤んでいた。
「当たり前だろ。俺様に歯向かうものは神でも許さん」
そう言うと、サテラは安堵したかのような表情を見せ、続ける。
「一つだけ方法がある。―――ランス、お前が魔王になることだ」
―終―