色々と疲れた俺は異世界島に辿り着き、獣人ヒロインと出会う【怠けると強化!強力スキルで異世界競技チャレンジ!】 作:幸福野郎
「……」
■夜■
■クライスはソファーに座って、テレビを見ていた■
■ただし、放送されているものではない■
「そこに映っているのが——トライフォ。乱れの一角だ」
「……」
「すごい速力だろう。僕もこれほどのは見たことがない、まさしく最速の敵・儀攻戦において、最強の敵だ」
「ああ」
クライスの背後に立つのはソルジャーの第二位・ゼノ。最高戦力の一角。
乱れの対応の疲れからか、彼の顔は苦い感情が薄く刻まれていた。
こうして、クライスをソルジャー支部の応接室に呼んだのは彼、新たな脅威に対する強力な兵として期待しているのだ。
「この戦士相手では誰も追いつけないかもしれない。……どうだい?」
「……」
■クライスの両目が、トライフォの動きを追いかける■
■フィールドを駆ける美しき戦士は、その速度を遺憾なく発揮していた■
■全身スーツ越しでも、美しい両足の肉体美から発揮される力はよく分かる■
「これを見る限りは・俺より速いかも」
■クライスはそう結論付けた■
■だが、ゼノは素直にその評価を受け取らない。彼の性格上、俺より速いかもは格下ではあるが近い実力者にも言うだろう■
■ならばやはり、実際に戦ってみないと分からない。と■
「……まあ、この映像に映っているのがMAXとは限らないしな。これ以上とは想像したくないが」
「まったくだ」
「ハーディンの死体……と思われるものが発見され、こちら側としては希望が見えてきているが、まだ予断を許さない状況というわけだ」
「……捕まった奴隷たちは?」
「全員救出したさ。【速い亀】の協力もあって、迅速に済んだよ」
「?」
ハーディンは死亡し、乱れ側の戦力は大幅に削れたと言える。
しかし彼以上の脅威は健在。
クライスが儀攻戦で猛威を振るったのは、ゴールにさえ到達すれば勝てるという競技内容であるからだ。
敵側がその猛威を発揮しているとなると、少なくとも儀攻戦ルールで勝つのは無理かもしれない。
そうなると、なおさらクライスの助力は必要になってくるのだが。
「力を貸してくれるかな。僕としては是非になのだが」
「白々しいな。貸すしかないだろう」
■クライスの見ている映像に映り込む、少女の姿■
「ヒナ」
彼にとって大切な平穏がそこにあった。
トライフォに付き添うようにして歩く影は間違いなく彼女で、一瞬だけカメラへと視線を向けた。
まるで、最愛の勇士に見られていると確信しているかのように・怪しく美しく笑うヒナ。
■クライスの脳内で響く乱れ■
「……ぐッ」
■世界が揺らぐような感覚を覚え、彼は視界を一旦閉ざした■
「クライス君……大丈夫ではないな」
「……」
「すまないが本当に君の力が欲しい。島中の乱れに対応し切れていないのが現状だ」
「……分かっている」
「とはいえ、試合に向けたトレーニング時間もあるしな……と思っていたが」
「ちょうどいい。乱れとの試合のトレーニングになる。めんどうくさいけど」
顔を両手で押さえて表情は見えないが、クライスの声は確かに震えていてか細い。
まさかヒナが敵側にいるなどと、酷い悪夢にもほどがある。
しかも、乱れとして覚醒した可能性が高いという事実。
これから自身がどうすべきか、慎重に動く必要性があるのかもしれない。
「ゼノさん」
「ああ、こっちも言いたいことは分かっている」
■クライスはある決心をした■
●■▲
「ははッ、どいつもこいつも歯ごたえがないな」
「本当ー! この程度でわたしたちを止められないよねー」
■荒野のような魔導場内■
■マリオ&リーチェは、式の柱の前で敵対者を排除していた■
■夜空に浮かぶ月が、選手たちの姿を照らしていた■
「どうしたどうしタ? オレたちを突破できる選手はいないのカ?」
彼ら二人の眼前には、ボロボロのソルジャーたちが倒れ伏す。
誰一人として、突破寸前にすら到達出来ずに、射撃と重撃の織り成す攻撃乱舞の前に散っていった。
つまらない顔をしながら斧を振るう近距離・中距離戦闘タイプのマリオは、一時間の戦闘による疲れをまるで見せずにいた。
圧倒的なスタミナは元選手としての特徴か。
「オレの斧は短気でなァ、そんなんじゃあっという間に蹂躙されるゾ?」
「あははは。されちゃうぞ~」
マリオだけならまだ希望もあったが、リーチェの遠中距離射撃も加われば、まるで隙のない二段構えとなる。
彼の振るう斧だけに集中していれば銃撃を食らい、銃撃に手間取っていれば斧を受けるという難関。
長年一緒に戦ってきたコンビのように、二人の息はベストマッチしていた。
「くそッ、手慣れていやがる。前衛と後衛の役割が統制されているな」
「あの斧を担いだ方が特に厄介だ。動きが淀みなく・無駄もないッ」
■対するソルジャーたちは■完全に牽制されていた■
「かかってこねェのかよ。腰抜け共が」
■つまらなそうな顔はマリオのもの■
■構えた得物に迷いはなく、豪快に敵を待ち受ける■
「マリオ……!」
「元守護者が……恥を知れよッ」
「そりゃあお前等の方だろウ。これだけの数がいて、オレたち二人を突破できんか」
ゴール周囲のソルジャーの数は、現在30余名。
対するマリオ&リーチェに数の差では勝っている。
しかし、混迷の太陽二人の戦力は島のトップクラス×2。
並の就職者では勝利することは叶わない。
「【不足】だナ? 未来はどうなるかナ」
「……!!」
「オマエたちは少し焦り過ぎた。恐怖ゆえにナ」
ソルジャー達に挑発とも思える言葉を投げるマリオ。
既に時間はそれなりに経過しており、乱れ側の勝利は揺るぎないもののように思えた。
ここから式の柱を解放して終点を制覇するには、戦力が圧倒的に足りない。
試合の結果は見えている。そうマリオは結論を下す。
「もう何もないようだナ。ならば一気に殲滅スル。あァッ、もっとなにか策があるのなら、早くしてくれヨ? こっちも暇じゃないんデな」
■マリオの持つ斧が唸りを上げて——■
「!!」
■それをかき消すように、爆音が炸裂した■
「わあああ!?」
「……ッ!!」
式の柱を守護していたマリオたちを怯ませる、完全奇襲爆裂攻撃を防ぐすべなし。
見覚えのある現象にソルジャーたちは困惑したが、その場に響いた勢いのある大声が彼らを統制した。
「怯むな! 敵は僕が引き付ける、一気に式の柱を解放するんだ!」
彼等の上に存在するソルジャー最高戦力の一角。
爆裂魔導の使い手であるソルジャーの第二位が、強力な乱れたちを相手に立ち回る。
強烈な求心力を持った指導者の登場に戦士達は湧き立ち、一気に式の柱へと向かっていく。
今回の試合は、彼がエースの一角として参戦していた。
「野郎……! これが噂の理不尽魔導かッ。はは!! やってくれる!!」
「わわわ、どうしようマリオ君! 意味分からない魔導きたよ!」
「ハーディンを負かしたチームのメンバーだ! 気合い入れろヨ!!」
ゼノの爆裂魔導はマリオたちでも対処が難しく、混乱が起きるのは避けられず、ソルジャーたちはその機会を逃さない。数の利を活かした多方向進行によって式の柱に接近する。
マリオは接近してくる敵を打ち砕こうと、強大な力を秘めた斧を勢いよく振りかぶった。
「ごぉ!?」
攻撃の瞬間を狙ったかのような爆撃によって、マリオは怯み、敵の侵攻を止めることが出来ない。
リーチェは混乱しながらも、マリオの代わりに敵を排除しようと動いた。
「そうはさせんよ。二人共一ターン休みだ」
「きゃっ!?」
■銃を持ったリーチェの腕を、蹴りで逸らすゼノ■
■彼女の弾丸は明後日の方向へと飛ぶ■
「むむー!! ジャマしないでよー!!」
「それはこちらの台詞。さっさとそこから退いて、塵となってくれ」
ゼノは、マリオとリーチェ二人を相手に立ち向かう。
完全にイレギュラーな援軍を前に翻弄される乱れは、敵の侵攻を止める事が出来ない。
咆哮するソルジャーたちは、式の柱へと死力を尽くして到達するべく動く。
ゼノは現在の得点差を考え、少し急いでいる様子だ。
「はハ! そんなに焦るなヨ! じっくり楽しもうぜ!!」
「チィッ!」
立て直しが早いマリオの攻撃により、ゼノの侵攻も止まってしまう。
さすがの彼も、リーチェとマリオコンビ相手ではたやすくはいかないようだ。とはいえ、ある程度拮抗しているのが、既に異常なレベルなのだが。
「ははハ!! いいねェッ! なかなかだァ!!」
■笑いを上げるマリオは、その動きを洗練させていく■
■試合は、得点的に乱れ側有利のまま……終わりへと加速する■
●■▲
「……ッ!!」
■斧と剣がぶつかり合う音が、その古ぼけた・血なまぐさい広間に響いた■
■舞い散る血の量は、その戦いが長引けば長引くほど増えていく■
「……くそッ。このままではッ!」
■焦る戦士の目前に立つのは、おどろおどろしい影のような人型■
■それが右手に持つするどい剣が、血を流す戦士の頭上へと振り下ろされる■
(これは――死、の)
明確な悪寒が、戦士――ジンの脳裏でうごめいた。
自身の頭蓋骨が粉砕され、顔の原型を失い、脳梁が切断され、脳髄がギャグみたいに飛び散っていくイメージ。
もう復活はできない。
死を止めるシステムはなく、そのままあらゆる可能性をロストする悪寒。
「う、あァ!!」
必死の形相で迫りくる死を弾く。
攻撃を防いだことで腕はしびれ、骨にしみるような痛みと疲労が蓄積され、彼はさらなる悪寒に包まれる。
ここまできて、かなりのダメージを負った。鎧に刻まれた傷は多い。
骨は何ヵ所かヒビが入っているように痛むし、頬もえぐられて血に染まっている。もう、打ちつけられなかった部分はないというほどに打撃を浴び、アザがそこら中に広がっている。
「はぁ……はァ……ッ!!」
動揺と恐怖感で乱れる息も、ここまでの疲労が色濃く表れている。
どれだけ走ってきたかも分からないような、全力疾走の連続・逃走の連鎖。
この魔導場内では、あらゆる苦痛や疲労が【異世界】基準になっているために、重々しく響くようだ。
肺の痛みが、感じたことのないような旋律を奏でている。
「う、おッ」
再度くる剣攻撃を紙一重でかわす。
バランスを崩しそうになる足を、なんとか保たせながらの回避行動。
何度目かも分からない死線を越え、即座に体勢を立て直す。思考している時間すらなく、ほぼ反射で動いているようなものだった。
「くそ……ッ。出口はッ」
■魔導場に入る前、ビーフに言われた言葉を思い出す■
【この地を踏破する――ただそれだけでいい。それだけが困難なトレーニングだ】
■その言葉の意味を、今になってさらに強く実感する■
■この場所は、踏破しようとした者たちを飲み込み、数多の夢と絶望を内包した異質世界だということを■
■あまりにも先が――■
「うおッア!!」
渾身の力を込めて、勢いよく斧を振り抜くジン。
狙いは影のような敵の胴体。
がら空きのそこへ、心中の様々な負の感情を切り払うような勢いで、強力な斬撃を放った。
「ぐッ!?」
渾身の攻撃は、紙一重で敵の剣に防がれる結果に終わる。影剣士の反応速度は速く、ジンの攻撃速度では到底間に合わないレベルの防御力だ。
防がれた衝撃によって彼は後退し、頬を流れる汗は嫌な冷たさを伝えてくるよう。
このままでは、死の未来しか見えない窮地。
「……ッ」
心臓が痛くなるような危機感の中、ふたたび迫ってくるは死の刃。
どくんどくんと、現実的に襲いかかってくる永遠のゲームオーバーへの恐怖を刻む心臓。
全身の毛が空気に触れて弾けるような・細胞の一つ一つが膨張と収縮を繰り返すような、死線のプレッシャーが全身を走り抜けた。
「――――」
■そして・斬撃音が響いた■