色々と疲れた俺は異世界島に辿り着き、獣人ヒロインと出会う【怠けると強化!強力スキルで異世界競技チャレンジ!】   作:幸福野郎

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幕間・休息の時

 村の南にある草むら(バッタが多い)に、無職の勇士は横たわっていた。

 

「あー」

 

 気の抜けた声が青空に木霊するかのように。

 空気中に溶けていった。

 

「あーあー」

 

 クライス氏は絶賛休憩中。

 

(大会から半月)

 

 ゼニゼニタウンでの戦いの疲れを癒すため、ぼけっと空を見上げて、緩い坂道で寝転がっていた。

 鼻孔をくすぐる草の匂いに、少し癒されながら。

 

「空は青いなー。大きいな~」

 

 ストレスから解放され、何もかも脱ぎ捨てた鳥は空へと羽ばたく。

 サポートマンの尽力のおかげか、あの大会の有名税に悩まされることはなかった。

 しかし、報酬の一つであった儀式場は【ハズレ】。そのおかげで、ある仮設を立てられはしたが。そのことについて、クライスは別に大勇士を目指してないしどうでもいい。と、無関心を装っていた。

 

「本当に脱ごうかな」

 

 クライスの脳裏に変態が浮かぶ。

 なぜかそんな気分になってしまった。

 別にそんな趣味はないはずなのだが。

 

「きょろきょろ」

 

 迅速に周囲を確認。

 

「誰も見てないな……」

 

 邪悪な笑みを浮かべ、マサルは禁断へと踏み出した。

 

「ふおお」

 

 勢いよく立ち上がり、紺色のジーパンに手を掛ける。

 

(頭おかしくなったのか? 俺……)

 

 なにかが彼を突き動かし、遂に——。

 

「そんな趣味が……ドン引きでス」

 

「ほおおおっ?」

 

 いつの間にやら背後に暗殺者。いつも通りのフード姿。

 クライスのリアクションは目玉が飛び出るレベル。

 

「おまえッ」

 

「脱がないのです……?」

 

 ヒナの視線は、彼の下半身を凝視して。

 

「脱ぐかよォ。フェイントだから。ただ立ちションしようとしてただけっ」

 

「ほう。あなたは用を足す際に、あんな奇声を……」

 

「ばっちりッ」

 

 顔を赤くしながら、クライスさんは言い訳を構築。

 

「違う。これは。ちゃうんや」

 

「なにが……?」

 

「えーっとっ」

 

 しかし上手い言い訳も浮かばず、しどろもどろになってしまった。

 

「まあ……それはそうと……」

 

「勘違いしないでくれよッ。サーシャちゃんには言わないで」

 

「……サーシャ」

 

 クライスが口にした言葉に、ぴくりと反応するヒナ。

 

「サーシャ……サーシャ……!」

 

「ど、どうしたっ」

 

「あの女がそんなに……!」

 

 体をぷるぷるさせるヒナさん。

 

「許せない……!」

 

 背負った双剣に手を伸ばして、抜いた。

 

「うおおっ」

 

「ふん……ふん……ふん……!」

 

 両手で大剣を握りながら、地面に何度も突き刺すヒナ。

 

「なにやってんの?」

 

「ストレス解消……です!」

 

「そうか」

 

 繰り返し地面を掘り続ける彼女の動きを、クライスは静かに見守っていた。

 

■……■

 

「……ふう」

 

「満足?」

 

「しました……! 一応……」

 

「一応」

 

 いい汗掻いた風のヒナ。

 冷や汗中のクライス君。

 

「……クライスさんは、もふもふ好きですか……?」

 

「え? もふもふ?」

 

「ええ……」

 

「まあ、好きかなぁ」

 

「ふふ……取り消せませんよ……! 言質とりました……!!」

 

 なんのこっちゃと、クライスが訝しんでいると。

 

「お?」

 

 ヒナが来ている腰丈ほどの黒い外衣の下から、尻尾のようなものが出ている。

 

「そ、その尻尾はっ」

 

「その通り……実はわたくしも……!」

 

 それは間違いなく、もふもふしてそうな尻尾であった(灰色風)。

 柔らかそうな毛並みに、クライスは目を引き付けられる。

 

「モフモフ族か……ごくりっ」

 

「もふもふ……してみます……?」

 

「!?」

 

 彼女の提案に驚いてしまった。

 まさかそんな、そんなこと言われたら遠慮なくモフってしまうというのに。

 

「くっ、だが俺にはサーシャちゃんが」

 

「フフ……あと10秒以内に決めて……ください」

 

「うお、あ。だが、俺はッ」

 

 速攻で尻尾に飛びつくクライス。

 

「あん……! もう少し……優しくっ」

 

「もふもふもうもふもふぅ」

 

 勢いよくモフモフする彼の顔は、幸福に包まれていた。

 

「……クライスさん。わたくし……この村に住みたいと思います……!」

 

「もふぅっ」

 

「あなたが無職の勇士であることが分かった以上……いえ、それを更に確信する為……に」

 

「もっふもっふ」

 

 会話が繰り広げられているが、第三者には意味が分からない。

 

「今は野宿していますが……いつか必ず……!」

 

「もっふ?」

 

「ふふ……クライスさんは、大会のお金で……家を建てるんですよね……?」

 

「もふ」

 

●■▲

 

■……それからすこし経ち■

 

「これは」

 

「ふふ……恥ずかしい……っ」

 

「……」

 

 二人は草むらから離れ、サーシャ宅へと。

 ヒナの家に案内すると言われ、クライスは少しワクワクしていた。のだが。

 

「ダンボールハウス……か」

 

「丸二日で……完成です……。初めてでは……ないですがネ……」

 

 何故かサーシャ家の横に、小さなダンボールハウス(三角屋根)が建っていた。その部分だけ草が綺麗に刈り取られている。

 しかも、ヒナの家は割と頑丈そうな雰囲気を醸し出していた。

 何人かの村人にも手伝ってもらい、完成したと彼女は語る。

 

「……ここに住んでんの?」

 

「はい……」

 

 いつの間にかヒナがお隣さんになっている事実に、クライスは頭を悩ませた。

 しかもこんな貧相な場所に住んでいるとは、少し同情心のようなものが湧いてきてしまう。

 ……自業自得だろうとも思う。

 

■……それから数分■

 

「それで……お金を稼ぎたいんです……」

 

「はぁ」

 

「クライスさんにも手伝ってほしくて……」

 

「はぁ?」

 

 ハウス内には、ちゃぶ台や寝袋が置かれている。

 中央に置かれているちゃぶ台に胡坐座りで着き、湯呑みを片手にヒナの相談を聞く。

 彼女の方はクライスを自分の家に招けて、かなりうれしそうにそわそわしていた。

 

「なんで俺がっ」

 

「……ちゃんと報酬は山分け……ですよ……」

 

「報酬って言ってもなぁ」

 

 すでにクライスの懐は温まり過ぎていた。

 大会で得た金銀財宝などはかなりの量で、当分はグウ・タラできる。

 

(こんな楽勝で富を手に出来るなんて)

 

 己の能力に戦慄してしまうクライス。

 

(また金に困ったらファイター系の大会で稼げば良いかな……?)

 

 少なくとも戦闘面においては、彼とまともに戦えるレベルなどそうそういないだろう。

 この世界におけるトップ層にいるのは確実だ。

 

(バトル自体はいやだ・が)

 

 ファイターとしての適性があるのは、誤魔化せないことであった。

 

「……お手伝い……駄目ですか?」

 

「うっ」

 

「うるうる……でス……。悲しい……でス」

 

「ううッ」

 

 紫の瞳を潤ませて、クライスに懇願の意思を伝えるヒナ。

 

(か、かわいい……)

 

 フードから覗く彼女の顔はとても可愛らしく、男の心中を的確にかき乱すものであった。

 

(お、落ち着けマサル。これは罠だっ)

 

 深呼吸によって、乱された心を鎧で包もうとする。

 

(そんな色仕掛けに惑わされる俺じゃないぜ。ヒナさんよぉ)

 

「ああ……少し暑いです……」

 

 外衣の前を開き、豊満な胸元をクライスに見せつける。

 

「……」

 

 鎧に罅が入った。

 

「これから任務に向かうとすると……更に脱いでしまうかも……」

 

「――話を聞こうか」

 

 鎧は粉々に砕け散った。

 特別エロ男子というわけでもないが、普通に美少女は好きな健全オタク系男子である。

 そんな彼が、ヒナというすさまじい美少女の誘惑に耐えられるわけもなく、完全に女性の武器によって敗北した。

 

■それから……数分後!■

 

「【ナイト】?」

 

「ええ……」

 

 完全にくつろぎムードになったクライスは、横に寝転がってヒナの話を聞く。

 家の外でジャスミンの声が聞こえた気がしたが、気のせいかもしれないと気にも留めない。

 ヒナは無駄に騒がしいタイプでないので、静かな空間で美少女と二人きりというシチュエーションを楽しむ。

 実は陰キャ同士相性が良いのかもしれない。そんなことを彼思う。

 

「そう呼ばれる、就職者の職があるんでス……モンスター狩りを主体としたネ……」

 

「危険なモンスターを討伐ってこと」

 

「そうなります……ネ……」

 

「めんどくさい。却下」

 

「ええ……そんな……ひどい……」

 

 クライスは話に面倒くささを感じ、即座にヒナの提案を却下した。いくら美少女の頼みでも、そんなホイホイとトラブルに首をつっこむような、色ボケ野郎ではないのだと心の中で誇っている。

 さっきの色仕掛けに引っかかったことは、都合よく記憶から消えているようだ。

 無駄に格好つけている彼は、話は終わりだとばかりに家から出ていく……ことはなく、なんかグウタラし始めた。

 どうやら割とこの場所を気に入った様子。

 

「うう……そんな、今まで一緒にやってきた仲ですのに……。薄情です……とても冷たい、非人間……」

 

「元は敵」

 

「喧嘩すれば、みんな友達……昨日の敵は今日の友……ライバル味方の少年漫画的展開でス……!」

 

「ライバルっていうほど苦戦なし」

 

「……!!」

 

 あまりに淡々とした拒否に、ヒナは涙をこらえるような表情になる。そんな姿を見ても彼はスルー。勝手にライバル展開希望されても……と、冷たい対応。 

 そのまま近くにある本を拾い上げ、クライスは読書モードに突入した。

 

(ずいぶんと古臭い本……だな)

 

 表紙に掃除機のようなものを持った人物が描かれた本。何度も読んだのであろうそれは、ぼろぼろで年季を感じさせる。

 ヒナは数分間頭を抱えたあと、クライスがその本を読んでいることに気づく。

 

「おっと……その本……」

 

「?」

 

「お目が高い……! その高貴なる光を放ちし名作中の名作……! 【無職なる者・航海記】を……夢中になって読むとは……!」

 

「夢中にはなってない」

 

「照れずとも……いいのですよ……! 我が故郷のみで出版されてる……誇り高き作品……ですからネ……! フひひ……!」

 

「話聞け」

 

 なにやら気色悪い笑みを浮かべ始めたヒナ。若干クライスは引いた。

 どうやらこの本は彼女のお気に入りの様子で、面倒くさいオタクの如くそわそわ中。

 クライスの感想が気になるようだ。

 

「ど、どうでしょうか……。個人的には……ぁ、いや全人類的にはぁ……、超絶的な名作だと自負している……んでスがッ」

 

「……」

 

「なにか言ってくださいまス……か?」

 

「ふむ」

 

 クライスは一通り読み終わると、静かに本を閉じて目も閉じた。やたらとじらすように彼は黙る。

 クイズ番組の司会かよと、ヒナは内心つっこみを入れた。

 

「……なかなか、だな」

 

「な、なかなか……でス?」

 

「なかなか」

 

「……」

 

 なんとも返答に困る感想をつげられた。

 多分、途中まで感想を考えていたが、あまり良いものが思い浮かばなかったのだろう。

 なげやり気味なその答えに、ヒナはしぶい表情を見せる。

 

「ううぅ……もっとこう、オタク的な……長文感想はないん……でス……」

 

「すまん」

 

「むむぅ……。まあ……、適当に的外れな批判されるよりは……いいです……かネ……?」

 

「こわっ。なんか顔こわい」

 

 ヒナは歯ぎしりの音を響かせながら、鬼神のような気迫こもった表情をマサルに向けていた。

 なにやら彼女の地雷をスレスレで回避したようだ。

 

「すみません……わたくし、どうも……その作品のこととなると……気難しくて……!」

 

「オタクだもんな。分かる」

 

「……まあ、そうですね……フふ……。あまり趣味は合いそうに……ないですケど」

 

 オタクに分類される人種同士、なにやらシンパシーを感じている二人。やはりそれなりに気が合うのかもしれなかった。

 だがしかし、それでも齟齬が発生するかもしれないのが人間というもの。

 

「さびしいこというな。同士だろ?」

 

「どうでしょうか……。クライスさんはぁ……なんというかぁ……美少女系? ……にしか興味がなさそうな……」

 

「おいおい。見くびりだ」

 

「そうです……かァ?」

 

「俺のタイプはオールラウンダー」

 

「……!」

 

 クライスは少し誇りをもって、自身のオタクとしてのタイプを告げた。

 オールラウンダータイプのオタク。

 それは、最も困難な業を背負った生物なのかもしれない。

 

「つまり……マイナーな作品ばかり見て……メジャーなのは絶対みないぜ的な……、なんちゃってファッションオタク……ではないと?」

 

「当然」

 

「……すごい自信を感じます……どうやらハッタリでは……ないようです……!」

 

「ふっ」

 

 胸を張るクライス。

 実際に彼は、あらゆる創作物を楽しんできた武士であった。

 漫画・アニメ・ゲームなどなど……、ジャパニーズのオタク文化はマサルを沼にひきずりこんだ。

 良くも悪くもであるが。

 

「しかし……ゲーマーとしては、わたくしの方が上です……! えっへん……」

 

「まさか、ゲーム特化型ッ」

 

 ヒナは娯楽を愛する。

 それはギャンブルのみにとどまらず、テレビゲームなども対象だ。

 どや顔の彼女は、懐から横長の物体を取り出すのだった。

 

「そ、そのゲーム機は……?」

 

「今では販売されていない……超非売品……! コレクターたちの中で……とても高い価値を誇る……! 携帯ゲーム機……デス!」

 

 ドンという効果音が聞こえてきそうなほど高らかに、ゲーム機の説明を行うヒナ。

 そこでクライスは一つだけ問うた。

 

「どうやって買った、それ」

 

「え……」

 

「高い価値なんだろ、それ」

 

「……」

 

 その質問にヒナは固まる。

 顔を汗が流れ、視線は泳ぎまくっている。クライスの目から逃れようとしているのは明白。

 どう考えても彼女の地雷を踏んだ。

 

「そ、それは……その……。ゲーマーとして……どうしても欲しくて……! そんな目はやめて……!」

 

「理由は聞いていない。手段だ手段」

 

「……うぅ。ゆるしてください……。いじめるのは……やめて……」

 

「だめだ。話せ」

 

 ヒナの冷や汗は加速し、クライスはその様を冷めた目で見ている。その鋭さは尋常ではない。

 あまりの威圧感に息が乱れた彼女は、とうとう大きく息を吐いて観念した。

 

「超金利で……お金を……借りまして……。てへ……」

 

「てへじゃない」

 

「すみません……」

 

「金なくなるの自業自得、だろ」

 

「うぅう……」

 

 ヒナの金欠理由が判明し、手伝う気力はますます萎えていく。

 いくらなんでもあほ過ぎると呆れる彼だが、記憶の片隅に似たような体験がフラッシュバックしそうになった。ので、急いでそれを片隅へとシュート。

 やはり同じ人種として、散財(二次元に対して)をやっちまったことがあるのかもしれない。

 

「はー。仕方のないやつ」

 

「……」

 

「それでも勇士? 恥ずかしくないんか?」

 

「……ごめんなさい……」

 

 ここぞとばかりに自分を棚上げ批判するクライス君は、現在ヒモニートである。

 だがそんなの関係ねぇと言わんばかりの圧力で、マウントを取れるこの機会を存分に楽しむのだ。

 

「これはだめだな。手伝えないよ、残念。出直せ」

 

「ごっはぁ……! そ、そんなご無体な……!」

 

「……」

 

 頭を抱えて悩み始めるヒナを、静かに見ているクライス。

 彼女は時折、「どうにか……誘導できない……でしょうか……」とかなんとか、腹黒そうなことをつぶやいている。どうやら、まだ助力を諦めてはいないようだ。

 

「そこまで助けがほしいのか。他力本願」

 

「……だ、だって……せっかく……クライスさんとの共同作業チャンス……でもありますし……」

 

「!」

 

 クライスと共に何かをやる。それ自体にも価値を感じているのだと、彼女は寂しそうな顔で言う。

 言葉を聞いた当人は若干しぶい顔になった。

 

(誰かとなにかをやる……か。一緒に遊びたい……的な?)

 

 一瞬だけ。

 マサルの脳裏をかすめる感情があった。

 

「……」

 

「? ……クライスさん……?」

 

「よし。手伝うか」

 

「!!」

 

 なにを想ったか怠け者。

 自身の発言を撤回し、ヒナの用事を手伝うと気だるげに言った。

 それを聞いた彼女は一気に明るい表情になる。

 

「そんな……本当に……?」

 

「暇つぶしだ」

 

「……どういう風の吹き回し……かは分かりませんが……。……うれしい」

 

 頬を赤らめながら感謝するヒナと、若干気恥ずかしそうに顔をそむけるクライスの姿。

 なにやらほんのりとした雰囲気が場を包む。

 それによって、クライスはそれなりに癒されていた。

 

(なんか。いいな)

 

 彼はなんとなくで笑った。

 なんとなくでも笑えるぐらい、今の状態はリラックスしている。

 それがヒナを手伝うと決めた理由でもある。

 

(落ち着く感じだ)

 

 彼女といると気分は割とおだやかだった。

 サーシャにも通じるものがあるかもしれない、そんな雰囲気を感じている。

 それは、この村自体からも感じ――。

 

「では……心変わりしない内に……行きましょうか……ネ」

 

「いや待って」

 

「は……?」

 

「もう少し、寝させて」

 

「……」

 

 クライスは無気力な声で、外出するための準備時間がほしいと告げる。

 基本ひきこもりの人間にとって、外に出るという行為は莫大なエネルギーを消費する。

 ゆえに精神統一(だらける)時間は必要なのだ……と、言い訳じみたことを言う。

 

「はー。だるい」

 

「……はぁ」

 

 あまりに気の抜けたクライスの声に、ヒナの方も力が抜けてしまった。

 まだ時間は昼頃であり、なんだか眠気を誘うような気温ではある。

 彼女は背中から力を抜き、そのまま床の上へと寝転がった。

 

「……」

 

「……」

 

 床に寝転がる二人の、静かな呼吸音だけが部屋に響いていく。

 遠くで鳥の鳴き声が聞こえてくるような、そうでもないような。

 穏やかな昼の時間がそこにあった。

 

「……なあ」

 

「……? なんでしょうか……クライスさん……?」

 

「いや、なんでも」

 

 何かを言おうとしてクライスは止めた。

 わざわざ言うことではないと思ったからだ。

 一回深く呼吸して、彼は心中を静かに閉じた。

 

(めんどうくさいし、いう必要ないな)

 

 今はただ、だらけていたい。

 心中に芽生えた気持ちなど、わざわざ伝える必要もない。

 いつか伝える時もあるだろうか――。

 

「クライスさん……」

 

「なんだ」

 

「ふふ……呼んだだけ……でス」

 

「そうか」

 

 ヒナとクライスは、なにをするでもなく、時の流れのまま過ごす。

 そんな中で、ヒナは穏やかな笑みを浮かべた。

 その笑みの意味は、明かすことはないかもしれない。

 それでも、ただ今のこの時をゆっくりと楽しむ。

 

●■▲

 

 広い草原に出たクライス達。

 村の西にある、スローラ草原だ。

 

「で。今回の獲物は」

 

「大きな鳥……です……。」

 

 何処かから不思議な甘い香りが漂い、クライスは少し辺りを見回した。

 

「【大カモメ】——」

 

 クライスの左隣で歩くサーシャが言う。なぜかちゃっかりついてきていた。

 彼としてはとてもうれしいことではある……のかもしれない。

 

「……詳しいですネ」

 

 クライスの右隣で歩くヒナは、対抗心を込めた瞳で彼女を見遣った。

 どう考えてもライバル視している。

 二人の様子を珍しいなとクライスは傍観。めんどうなので放置だ。

 

「スローラ村でも、何回か被害がありましたから……」

 

 サーシャは爽やかなイメージの白ワンピを着て、ヒナと同様の心を纏いながら彼女を見る。

 あいかわらずかわいいぜと、クライスはのんきに考えていた。

 状況だけ見れば彼はハーレムに近い男かもしれない。

 しかし。

 

(火花が散っている気がする……)

 

 気のせいではなく、実際に散っているのだ。

 クライスに対する気持ちなら負けはしないと、二人の美少女が互いを威嚇しているよう。

 サーシャがいるのはそれが理由だ。

 

【わ、私も行きますっ】

 

■ヒナの話を聞いて、サーシャは慌ててそう言った■

 

「ま、負けませんよっ。わ、わたしのほうが上ですっ」

 

「ふふ……! なかなかの強者……と見ました……ヨ」

 

 共に無職の勇士ファン。

 同じものを愛する者同士でも、いさかいが起きてしまうこともある。

 それを悲しいなとクライス思う。

 なぜ人は仲良くできないのだろうか、と哲学的な気分でいた。

 

「……受けて立ちましょう!」

 

「あ、あわわ。すごい気迫ッ」

 

 二人は譲れない想いを懸けて、全力でクライスをサポートする。

 どちらも彼のことを大切に想いすぎていた。

 逆に、なんかクライスは蚊帳の外。

 

(俺を間に挟んで火花を散らさないでっ)

 

 少しげんなりクライス君。

 実際にハーレム展開に遭遇すると、疲れるなと思った。

 創作物としてみると良く見えても、現実としてみると微妙なのはあるあるかもしれない。

 

「では……クイズの時間です……ヨ」

 

「の、のぞむところです! ふん! ふん!」

 

「ふふ……無職の勇士さまについて……どちらの知識が上か……!」

 

「いざ勝負です! ふん!」

 

 いきなり始まる、サーシャとヒナによるクイズバトル。飛び散る火花によって、クライスは火傷しそうになったので後退した。

 二人とも本来の目的忘れてないかと彼は心配だ。

 

「第一問……今日の……勇士さまのパンツの色は……?」

 

「えっ!?」

 

「え?」

 

 第一問からとてつもなく難易度が高い。

 しかも、たとえサーシャがそれを知っていたとしても、言うことがためらわれる問題だ。

 ヒナは完全に勝ちにきていた。

 というか答え知られているの恥ずかしいと、クライスは若干思った。

 

「え、えっと、それは、ごにょごにょ……」

 

「んんん……? 声が小さくて聞こえません……ですネ」

 

「……」

 

 反則だろうそれはとツッコミを入れたくなったが、面倒なので放置するクライス。

 やたらと勝ち誇っているヒナと、顔を真っ赤にしながらモジモジしているサーシャの姿を眺め、本来の目的忘れてないかこいつらと思った。

 

「やっぱり疲れるな」

 

 外出するといつもこれだと、彼は両肩を落とす。

 やはり自分はリア充にはなれないと確信し、しかし今の事態はあんまり外出関係ないかもと思い直した。

 自分の周囲には面倒なやつが多い、その事実に気づく。

 

「それでは……第二問……!」

 

「ふん! ふん! ふん!」

 

「……」

 

 まったく進まない旅路に呆れながら、クライスは空に輝く太陽を仰いでため息を吐いた。

 今日もなんか大変そうだと思い、家で寝たいとほんのりと後悔した。

 

●■▲

 

■……草原中心域に到着する一行■

■あれからもサーシャたちの小競り合いは続き、クライスは無駄に疲労した■

 

「ここにいるのか。その大カモメってやつは」

 

「みたいです……少し待ってください……呼び出す方法を……」

 

 ごそごそと懐を探っているヒナ。その隣ではサーシャが緊張し、モンスターの影に怯えている様子だ。

 どうやら今になって怖くなってきたようで、じわりじわりと彼女は後退する。

 

(池があるな)

 

 カエルが乗った草が浮かぶ、少し濁った池。そこに視線を向けたクライスは、事前にヒナから伝えられた情報を思い出す。

 

(この池の近くで、大カモメの目撃情報が多いとか)

 

 クライスは身構えて出現の時を待つ。

 サーシャはそのかなり後ろで震えていた。いつの間にかそこまで下がっていた。少しクライスはびっくりした。

 

「……サーシャちゃん」

 

「は、はいっ。なんでげしょうかぁ?」

 

「大丈夫か? 体震えてるけど……口調も変」

 

 背後で待機するサーシャは、不審者全開で今にも倒れそうな状態だ。

 ヒナへのライバル意識から付いてきたが、どう考えても無謀な行いだった。

 あまりに弱弱しく震えているので、彼は思わず抱きしめそうになってしまう。セクハラでジャスミンに〇されると震える。

 

「大丈夫ですぅ! もうこんな感じの恐怖なんてッ。平気なサーシャ! へっちゃらサーシャ!」

 

「……」

 

「どっからでもかかってこい!って、やつですよぉっ。ふんふんふん!!」

 

■サーシャはそう言うが……■

 

(一歩ずつ後退している……!)

 

 言葉とは裏腹に、サーシャは少しずつ後ろに下がっていった。

 まるで子犬のように彼女は震えまくる。

 その足が止まることはない。

 

「はっ! 私何を!」

 

「無意識かいー」

 

 今日のクライスのツッコミはキレが良い。

 どうでもいいことではあるが。

 

「で、でも本番になったらちゃんとしますんで!! ……ううぅ……こわいよぉ……。食べられたくないよぉ。やだぁあ」

 

「はぁ……ヒナ。そろそろ……」

 

 サーシャの震えは加速度的に大きくなり、地震のようなそれにクライスの方が不安MAX。

 あまりにビビりすぎではあるが、彼女の力を考えると仕方ないことなのかもしれない。

 なにかあった時は自分が守ればいいと切り替え、前方にいるヒナの方を見遣る。

 

「【遍く世界の王たちよ】・【全てを壊す邪心よ】・【全てに感謝を】」

 

「……」

 

 土に奇妙な陣を描いて、ぶつぶつと言っているヒナの異様な姿。それを見て反応に困る。

 

(なにやってんのアレ? モンスター王でも呼び出す気なの?)

 

 疑問に思う彼の視界には、地面に映る大きな影。

 

(なんだ……)

 

■そのまま視線を上に向ける■

 

「へ?」

 

 空を見上げればあら不思議。

 禍々しい両翼を持った体長三十メートルほどの【カモメ】が、ぐんぐんと接近して、鋭い牙を光らせて、赤く獰猛な瞳を——。

 

「ラスボスかな?」

 

 どう見てもステータスがカンストしてそうな大型モンスターが、クライスの視界を埋めたのだった。

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