色々と疲れた俺は異世界島に辿り着き、獣人ヒロインと出会う【怠けると強化!強力スキルで異世界競技チャレンジ!】   作:幸福野郎

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灼熱回廊:戦斧の誓い

「……」

 

 森から抜けて、彼女は一人疾走していた。

 その足が向かうのは、儀式場の核となる部分。

 誰にも気取られないように、慎重に、己の任務を達成しようとする。

 所有するスキルは、こういう時にこそ真価を発揮した。

 

(なんとか……脱出……ですが……)

 

 駆け抜ける疾風の勇士・ヒナ。

 それだけで、敵の守護者たちを突破できるかは、かなりの博打であった。

 いや、ほぼ100パーセント無理かもしれない。

 残っている敵たちは敵方の戦力の半分以上、ヒナの手に負える相手ではない。

 それでも、わずかな勝機に懸けて少女は行く。

 

(わたくしの価値を……示す……!!)

 

 どうにもならないような敵でも立ち向かえるのは、彼女の心に深い愛が在るためだ。

 無職の勇士・自身にとってのヒーローの役に立つ為、そうすることが彼女のすべてであるため、不思議な湖の上を走っていた。

 故郷にいた時から抱いていた想いを形とするのは、涎が出る程の幸福であるのだ。

 

(成功したら……頭なでてもらって……抱き締めてもらって……ッ。フふ……ッ。勇士さま……ッッ!!)

 

■至福の未来に緩む頬■

■その動きがさらに加速した■

■彼女は彼女らしく・チームの役に立つために■

 

●■▲

 

「ぐおおォッ!!」

 

 火炎の嵐の中を突っ切るジンは、スキルを発動し続けて、己の肉体を削りながら宿敵へと接近する。

 装備した鎧は徐々にその形を失っていき、壊れるのは時間の問題と言える。

 つまりは敗北の時が迫っているということ。

 鎧の加護が消えた途端に、ジンの肉体は魔導の余波だけで燃え尽きて、息絶えてしまうだろう。

 なので、一刻も早くロビーの下へと行かなければならないが、現実はそう簡単に行かない。

 

(この……!! 相変わらずの怪物っぷりだなッ!!)

 

 一歩進んでは一歩下がる。次々に来る炎の弾丸に、押し戻されないでいることすら難しい。

 必死の想いで超えた困難の壁が、再び目の前に現れる。

 この不条理を前にして、ジンの心は折れそうになった。

 これでは敵の姿を見ることすらできずに、削り切られて敗北する。

 

「くそオォッ!!」

 

 勇士スキルを最大限に発揮して、ぎりぎりの綱渡りを、死力を尽くして行う。

 そうだ死力を尽くしてもこの程度。

 過去に戦った時と、似たような展開になってしまっている。

 差は開くのみで・最強の壁をはるかに高く実感する。

 

【あはは、今日は惜しかったね。ジン】

 

【よくいうぜッ】

 

【言うさ】

 

■脳裏にちらつく影が、折れそうな心を強くする■

 

(お前はいつもいつも、ふざけたことを……ッ!!)

 

 容赦なく迫る炎を見て、ジンは闘志を漲らせて、その足を強く踏み出すのだ。

 熱の領域はこの瞬間にも温度を増して、踏み入る者を焼き尽くそうと勢いを増しているが、そんなものに今さら怯みはしない。

 ここで全てを使い切るつもりでなくて、どうするというのだ。

 

「オオぁァ!!」

 

 咆哮と共に斧を振る。

 炎の銃弾を切り払う。

 

(届かない!! じゃない!!)

 

 腕が軋み、斧はひび割れていく。

 それでも振るう手の勢いは止まらず、不退転の決意は揺るがない。

 心に刻んだ誓いを頼りに、決死行を切り開いていく。

 

(届かせるんだッ!!)

 

■浮かぶ顔は、四人の大切な家族たち■

 

(ガトー、ミーナ、ジョルジュ、レイ)

 

■両親を失ったジンにとって、大切な肉親たちだ■

 

(あいつらと約束したッ!! 最強の勇士になるとッ!!)

 

 かつての誓いはジンの心に焼き付いている。

 腐って、約束から目を逸らし、逃げていた時期もあったが。

 こうして再起し、戦いの場へと戻ってきた。

 またあの頂に挑戦する為に。

 

「……!!」

 

 一歩下がれば、二歩進めば良い。

 後退しても、それ以上に前進すれば良し。

 抱いた信念を確かな原動力に、炎の嵐を切り裂き、彼はまだ健在だ。

 

(息が苦しい――腕が重い――肉体が破裂しそうだ)

 

 ダメージは着実に積み重なり、鎧の機能は半ば停止していた。

 あと一分もしない内に彼は燃え尽き、無念の敗北を迎えることだろう。

 ならばそれを覆すために。

 

「グ、オォッ!!」

 

 もっと速く鋭く、強烈強靭に斧を振るう。

 勝利の道を強く信じ、くじけぬように力を振り絞る。

 

(友にも誓ったんだ……!!)

 

 騎士としての誓いを捧げた、あの日のことも思い出す。

 自身のなけなしの覚悟を振り絞って、身に余る誓いを立てた。

 クライスを勝利に導くと誓ったのだ。

 彼の、あの時の顔を覚えている。しっかりと。

 

(せめてあいつだけでも、この手で仕留める!!)

 

 地面を踏む足に力が宿る。

 一歩の気迫が上昇し、削られる肉体を引き摺るように駆動させ、勢いを失いつつあった斬撃が、さらに鋭く振るわれる。

 ジンの動力は様々な誓い。

 彼は約束を守ることに固執している。

 

(あと少し、そこから先にッ)

 

 奮起しては折れそうになって、また奮起しては挫けそうになる。

 それを何十・何百と繰り返しては走った。

 あと少し進めば:さらに少し頑張れる。

 彼の芯にある確実な信念が、精神を増大させ、肉体の限界を超えていく。

 ああそうだ失意の底にはあった。

 しかし、それはもう過去の話。

 

(連撃発動――発動、発動、発動)

 

 勇士スキルはまだ発動されたままだが、当然ノーリスクではなかった。

 発動を持続している間に掛かる肉体負荷によって、自滅していてもおかしくはない。

 鎧の加護も消えかけ、肉体も数秒後に破裂し、消滅するだろう。

 

「ゴ、オァっ」

 

 既に何をやってるかも曖昧になるほどに、追い詰められている。流れる汗が、即座に蒸発していく。

 そしてついに限界は来た。

 

■砕ける鎧■

■跡形もなく散っていく、炎耐性■

 

「オァァアッ!!」

 

「……ッ!! なんて気迫ッ」

 

■熱波によって、消滅すれすれの肉体を■

■気力によって保たせているのか、それとも?■

■その光景に、ロビーは目を見開いた■

 

「ロビンッッ!!」

 

■そして振るわれる強力な一撃■

■裂かれた炎の先に■

 

「待っていたよジン」

 

 ついに辿り着いた強敵の目前。

 距離は5mほど離れている。

 ロビーは嬉しそうな顔でジンと相対し、銃のような形にした右手を向ける。

 手を中心に炎の弓矢が形成され、新たな灼熱の弾丸が放たれようとしていた。

 それを撃たれる前に――。

 

(アイテムスキル、【痛恨の一撃】)

 

■発動したアイテムスキル■

 

(体も魔導具もなにもかも、これ以上は保たないッ)

 

■効果は、己の体力を攻撃力に変換するというもの■

 

(せっかく詰めた距離、も、すぐに離されるッ)

 

 ジンはこの瞬間しかないと思い。

 既に壊れかけているスマッシュアックスを振り上げ、最大の一撃を放つ構え。

 

「う、オオッ!!」

 

 勇士スキル、痛恨の一撃は。

 残りの体力が少なければ少ないほど、その効果は倍増し、敵を破砕する。

 しかし少ない体力を削れば、当然訪れる結末があった。

 

(だめだ、消えるッ)

 

 肉体が持つわけもなく、放った後にジンは消滅するだろう。

 これ以上は戦えない。

 ならば・必ず・この一撃で。

 

(倒すッ!! そしてッ)

 

■そして■

■過る過去■

 

【ジンはやっぱりすごいよなぁ】

 

【はぁ?】

 

 いつだったか、己を期待に満ちた目で見ていたロビー。

 いつもいつも自分のことを過大評価している節があり、少しジンはむずかゆい。

 だが同時に嬉しくもあった。

 

【ジンは、必ず最強の勇士になるんだよね?】

 

【……ああ。そうだ】

 

【なら約束だ】

 

 そしてある日。

 ジンは新たな誓いを立てた。

 

【必ず……最強の座に立って、ボクの挑戦を受けてくれ。最高の舞台で決着を着けよう】

 

■現在の敵に対しての誓い■

■順番は前後してしまったが■

 

(約束守るぜ!! ロビー!!)

 

 家族に敵に味方に。

 立てた誓いは、いまだジンの心で燃え盛っている。

 たとえ灰になろうとも、それは消えないだろう。

 

「ウ、オぁアああッッ!!」

 

 咆哮と共に。

 かつての誓いを果たすための刃が、強靭な信念を乗せて放たれた。

 

■燃え盛る炎の中■

■一つの決着■

 

●■▲

 

「……」

 

 結果は当たり前のもので。

 番狂わせは起きなかった。

 勝者は敗者を複雑な顔で見ていた。

 

「ジン……」

 

 敗者は地に伏せて、頭が砕け散った斧の柄を握りしめている。

 もう既に体は動かずに、これから消滅するのを待つのみ。

 完全に肉体は死んでいた。

 

「ちく、しょう……」

 

 ジンのつぶやいた言葉は、誰にも届かず消える。

 

「よう」

 

 いや、聞こえていた。

 いつの間にかジンのそばに立っている、クライスの耳に届く。

 どうやら、限定魔導の効果が切れたようだ。

 いつもの無気力顔で彼はいた。

 

「クラ……イス。すまん……」

 

「……」

 

「まるで……駄目だったッ。死力を出しても……この様だッ」

 

 嗚咽をもらしながらジンは言う。

 今この瞬間も立ち上がろうとしているが、何も出来ない現実に嘆く。

 結局、努力をしても変わらなかった現実に打ちひしがれる。

 

「もっと早く……ッ。もっと……!!」

 

 もっと早く努力をしていれば。

 腐らずに頑張っていれば。

 結果は変わらないかもしれないが、今ほどみじめにはならず、自分自身にもっと胸を張れていた筈だと思う。

 誓った想いが心を責める。

 悔しさは尽きず、だからこそ無念で。

 

「こんなにも……どうしようもない……ッ」

 

 無念で救いのない現実の中、ジンは消滅した。

 

 

 

「いいや」

 

 消滅した肉体の後に残るのはない。壊れ果てた戦斧の勇士の斧や、焼け焦げた黄金の鎧の欠片も消失した。

 友の無念を聞いていたクライスは、その言葉に対して否と告げた。

 

「立ち向かっただろ、お前は」

 

 そうだジンは立ち向かったのだと、彼は言う。

 ロビーに勝つために準備をして、努力をして、必死になっていた日々を知っている。本当にひたすらに頑張っていた。

 一度は目を背けた、どうしようもない現実に、勇気を持って立ち向かったのだ。

 ならば、それが駄目だなんて言えるわけがない。

 

(俺は無理だった)

 

 かつての自分を思い返す。

 マサルだった時に、彼は理不尽でどうしようもない現実の前に、心折れて逃げた。

 そうした果てにこの世界に辿り着いたわけだが、だからといってあの現実に立ち向かえるようになったわけじゃない。

 心は折れたまま・気力は萎えている。

 

(それが)

 

 だからこそ、立ち向かうことがどれだけ苦しいことかを知っている。

 その辛さを、苦難を、苦難の道を。

 よく理解しているからこそ、決して駄目だなんて否定することは、出来るわけもない。

 させてたまるものか。

 

【無駄ってことはないな——】

 

■だれかの言葉が反響する■

■それは、そうなのかもしれない■

 

「けど、悔しいよな」

 

■無意識の内に出たつぶやき■

 

(……)

 

■消えた彼の想いを受け取って■

■クライスは■

 

「――ゲスゲス、そっちも終わったでゲスか」

 

「!」

 

「クリス」

 

 クライスとロビーの間に割り込むように、木々の中からクリスが歩いてきた。

 その体にはかすり傷の跡が複数見られるが、特に大きなダメージはないようだ。

 彼は、余裕のある顔でクライスの正面へと立つ。

 

「ゲスゲス、ロビーさん。サポート頼みますよ。こいつはオレが仕留めるゲス!」

 

「お前が……?」

 

 クリスの発言にロビーは訝しむが、なにもおかしなことはなかった。

 ようするに彼は手柄が欲しいのだ。

 クライスほどの強者を仕留めれば、守護評価(守護者としての評価)にも繋がる。

 後ろのロビーが頼もしく、彼はかなり強気だった。

 

「もう一人と戦っていたようだけれど、彼女は?」

 

「ゲスゲス! ジャスミンちゃんなら……!」

 

■クリスがぱちんと指鳴らす■

 

「あそこですやすや寝ているでゲスよ。こっちの雑魚勇士も無駄死にしたようだし、なによりゲスゲスゲス!」

 

■森の木々より高く伸びていく、無数の蔓■

 

「……ッ」

 

 無数の蔓に磔にされているのは、気絶した様子のジャスミン。

 スーツは所々が破れ、肢体にも傷が複数ある。

 手・腰・足に絡みついた蔓ががっちりと彼女を捕え、完全に行動を封じていた。

 

(なんとか数人がかりで、捕らえることには成功したゲス。結局ゴールされてしまった、がッ)

 

■ジャスミンは捕縛されたが、ゴールには成功した■

■そんな彼女にとどめを刺さないのは、クリスのプライドゆえか■

 

「……」

 

 クライスは味方の姿を見て、硬直時間が発生する。

 数秒の隙、試合においては致命的。

 

(隙あり――!!)

 

 仕掛けるクリス。

 槍の他に用意していた魔導具を発生させ、さらに魔導操作による植物をクライスに向けた。

 さきほどの戦闘で見た力を考慮に入れて、必殺の先手必勝をお見舞いする。

 

「――ごぶッ!?」

 

 はずだったのだが。

 先手は取れなかった。

 

(ばかな、速すぎッ)

 

 いつの間にか、顔を掴まれているクリス。

 先手を取ったはずが、後から動いた敵にそれを奪われていた。あまりに異常な速度。

 めきめきという音が鳴っていき、顔の圧力が強まっていく。

 掴む手には、確かな怒りがこもっていた。

 

「笑うなよ」

 

 轟音が鳴り、クリスの肉体が吹っ飛んだ。

 

「ぼぶぅッ!??」

 

 珍妙な声と共に、木の群れを破壊しながら、森の向こうへと消えたクリス。

 攻撃の余波で、木々をなぎ倒すほどの超絶威力。

 しかし魔導を使ったわけでもなく、ただ拳を放っただけだ。

 

(【来年から本気出す】――100%解放)

 

■そう■

■異世界に来てから初めての【全力】で■

 

「……!!」

 

 一瞬でクリスを片付けたクライスに、ロビーは顔を驚きで染めた。

 強いことは分かっていたが、まさかこれほどに驚異的な力とはと。

 眼前に立つ強敵は間違いなく、己に敗北を突きつけられる存在。

 

「……何者だい? お前」

 

 大した戦績も残していない、無名の侵攻者。

 その認識を完璧に覆す光景。

 

■クライスの口からは、黄金:銀色が混じっている電光のようなものが発生し■

■足元からも、同様の現象が発生していた■

 

「さあな」

 

■言葉にそっけなく答え■

■クライスは全力を維持したまま、突撃した■

 

「ぐ――ッ!?」

 

 ロビーが吹っ飛ぶ。

 クリスとは違い、防御は間に合ったが、その勢いを全て軽減するのは不可能。

 超高速の弾丸となった彼もまた、木々を壊しながらその向こうへと消えた。

 

「……まいった」

 

 今の一発でロビーの力が分かったクライスは、苦い顔をしている。

 全力で放った攻撃に対応された事実は、これからの困難を示していた。

 それはともかくとして。

 

「……」

 

 絶賛気絶中のジャスミンの下へと跳ぶ。

 彼女を捕える蔓の鎖を引き千切り、迅速に救助を行い、地面に下ろした。

 木を背にして座らせたが、ジャスミンの意識は戻らない。

 それなりに太い樹木に寄り掛かる体は力なく、戦闘行動は不可能に思えた。

 この場で起こっていた集団同士の戦闘行動も、彼女がゴールしたことで収束の兆しをみせている。

 

「次のゴール地点へ向かうぞ!!」

 

「急げ!! 敵の増援に囲まれる前に!!」

 

■味方陣営の第一戦は、一応成功■

■その大きな要因は、ジャスミンという怪物の存在だろう■

 

「……」

 

 ならば自分が戦うしかないかと、クライスはちっぽけな覚悟を決めた。

 本当は頑張って戦うなど吐き気がするし、今すぐにでも家に帰って寝たいのだが……。

 

【ちく、しょう……】

 

■そう、あの言葉を聞いてしまったら■

 

「行くか」

 

■ジャスミンを巻き込まないために、ロビーの下へと走る■

■珍しくやる気のある走り方だ■

■敵に準備する暇は与えない■

 

「……来たね。ジンの友人の……クライス」

 

 倒れた木々が周囲に広がる光景の中、ロビーは自分の方へと向かってくる影を見た。

 地面を吹き飛ばしながら疾走するクライスは、まるで小型の嵐か何かのようだ。

 その速力は、ロビーから見ても異常な域にあるものだった。

 

(最強の盾でもあれほどのスピードは……【あの人】ぐらいかな。同等なのは)

 

 久しく見なかった強敵の出現に、ロビーはその緊張感を高めていく。

 接敵までは一瞬で。

 ならばさあと、右手の銃口を向かってくる嵐へと向けた。

 

(確実に焼き尽くそう。無名の怪物)

 

「!!」

 

 クライスの背後から迫りくる、灼熱の弾丸。

 異常な量のそれはあっという間に彼を飲み込み、大地を炎上で染め上げていく。

 熱気がその場を支配して・酸素を勢いよく奪っていった。倒れた木々は燃え尽き、灰になっていく。

 

「不意打ちは成功……」

 

■完全な背後からの奇襲■

■ロビーは、クライスから見事に隠れていた■

■彼の持つスキル、隠者の歩み・超■

■気配遮断の極みである■

 

「さて、相手はどう来るかな?」

 

 これでクライスを倒した?

 まさかまさか、そんなわけはないだろう。

 そんな希望的観測を行うほどに能天気なわけではないロビーは、敵の一手に注目していた。

 まだ相手が使ったのは肉体的な力のみで、魔導具を使ったりはしていない。

 ならば何かある筈だ。

 

「――そこか。こそこそ野郎」

 

 やはりというべきか、クライスは炎の海から生還を果たした。

 その両手に持っているのは赤い槍。

 ではなく掃除機。

 

「?」

 

 クライスが持っている掃除機に、一瞬だけ気を逸らす。

 装備型の魔導具なのだろうが、それにしたって珍しい武器だ。

 そもそも、武器として使う掃除機魔導具は存在しない筈。

 

「ますます意味が分からないなっ。ははっ!」

 

 苦笑いを浮かべるが、どんな見た目でも脅威には違いないと判断し、慎重に立ち回る。

 今まで積んできた経験は、クライスという怪物相手にも機能する。

 具体的には攻撃の設置を行った。

 

「なに?」

 

 ぶおんと、空気を裂く大きな音が鳴る。

 炎が飛んでくる方向に向けて、クライスが掃除機を振り抜いたのだ。

 しかし手応えはなく、それどころかまた背後から炎が飛んできた。

 まるで、瞬間移動を行ったかのような現象。

 

■幻影のような、掴めない攻撃■

■これこそが彼の異名の由来だ■

 

(位置を掴めないようにするための戦法、設置型の射撃攻撃さ)

 

 卓越したロビンの炎魔導操作技術は、空中に留まって、時間差で敵に飛来する炎の魔弾を可能にした。

 これによって、攻撃の際に位置を知られる心配はなく、敵を一方的に蹂躙することが出来る。

 彼にとっての必勝戦法であり、最強の盾が行うとえげつない効果を生む。

 なんせ位置を掴んだところで、彼は普通に強いのだ。ようやく勝負のステージに立ったかと思ったら、さらにまた壁がある理不尽な展開。

 

「……」

 

■無職の勇士は、見えない敵に翻弄される■

 

「加勢するぞ! クライス!!」

 

「うおお!」

 

「幻影のごとき戦士! 相手にとって不足なし!」

 

■その様子を見ていた三人の味方が、武器を構えて加勢に来た■

 

「そう来ると思っていたよ! ちゃんと見てた!」

 

■それを予測したように、灼熱の矢が彼らを襲う■

 

「うわああッ!?」

 

「ぼ、防御をッ」

 

■なすすべなく、倒されていく増援■

■その様子を、クライスは見ていた■

 

「……」

 

 増援の最後の一人が貫かれ、消滅していく。

 結局、ロビーの位置を掴むことはできなかった。

 また戦況は振り出しに戻り、幻影のような射手は正攻法では戦わず、クライスをじわじわと削っていく。

 

「く……」

 

 熱波がクライスの体力を奪う。

 ロビーの隠密射撃戦法に隙はなく、さすがの彼も苦戦の色は隠せない。

 異常なほどの連射力に、灼熱の全てを込めたような灰塵の炎。

 同じ炎使いのミリアムと比べて、彼女の攻撃がぬるく思えるほどの苛烈さだ。単純に破壊力が強いとは違う・あらゆる要素が加わった脅威性。

 

「……これが最強」

 

 この世界の、頂点に位置するであろう敵の力。

 初めて味わうそれにクライスは歯噛みし、うんざりせざるを得ない。

 やはり、易々と勝てるほど甘くはないということだ。

 

(めんどうだけど準備しておいて、正解だった。めんどうじゃない準備を)

 

 だからこそクライスは怠けていた。

 己のスキルの持続時間を伸ばすために、ちゃんとダラダラしていた。

 それに加えて、ある試行錯誤を行っていたのだ。めんどうだったけどちょっと頑張った。

 

(本気ゲージの上昇率)

 

 スキルを使う際に必要になる、怠けることで溜まっていくゲージ。

 溜まる速度に違いがあることが分かったクライスは、なぜそうなるのかを研究した。

 どうやら、怠け方によって差異は発生するようだ。

 

(ただ寝転がるのか、お菓子を食べながら寝転がるのか)

 

 様々な怠け方を研究し、より多くの本気ゲージを手に入れるため、彼は怠け続けた。

 いや、当然なまけたいのは本心だが。

 とにかく、彼なりに頑張って怠けていたのだ。

 

(まだ余裕はある、な)

 

 本気ゲージの残量を確認し、これからの戦い方を模索する。

 ここでロビーを倒したとしても、そこで力尽きたら意味もなし。

 まだ敵はいるのだ。

 例え全力でロビーを倒すのが可能だとしても、続かなければそこで敗北。

 この試合に勝利することは出来ない。

 

「……」

 

 ふとクライスが不思議に思ったのは、自分が最強の盾たちに勝ちたいと思っているからだろう。

 そこまでクライスという個人は、勝利に執着するような人物だったか?

 元々の動機は、ゼロに対する敵意からであるが……。

 

(あいつら、勝ちたそうだったよな)

 

 修業を頑張っていた仲間たち。

 あたりまえに努力したのだから、あたりまえに勝ちたいだろう。

 たとえ本当に生死のかかった勝負でないとしても、勝利に対する熱意は近くでよく見ていた。

 本当に・ああ本当に——。

 

(影響されたかな)

 

 頭を掻きながら、まいったなとクライスは笑う。

 もし自身が持つ力を全て構わず解放した場合、その記録は守護の会に回収されるのだろう。

 そうなったらどうなる?

 自身の正体がバレるか?

 色々な、不都合が発生するかもしれない。

 もしかしたら自身の平穏が崩れるかもと、過る不安。

 

(……どうする)

 

 確実な平穏と勝利。

 二つを天秤にかけて、頭を悩ませ、苦悩の中で答えを出そうとする。

 考える余裕もあまりないが。

 

「……っ」

 

■炎の雨がさらに勢いを増す■

■敵は、勝負を決める気のようだ■

■思考している時間もない■

 

「――」

 

 クライスの動きが変わった。

 彼の中で、方針が決定したのだろう。

 視界を染める灼熱の中で、無音の暗殺者を仕留めるべく、動き出した。

 

(何をする気かな?)

 

 灼熱の中に消えたクライスの動向を警戒しながら、ロビーは死角に回り込む。

 まさかこのまま倒せるはずもないが、己の気配遮断を見破るのは不可能。

 何も出来なければロビーの勝ち。

 ということになるのだが、彼のスキルにも弱点はあった。

 

(持続時間が決まっているんだよね。残念ながら)

 

 ある一定時間が経過するとスキルは解除されて、ロビーの姿は認識できるようになる。

 その瞬間を狙われると、クライスの能力値次第では敗色の可能性は十分あった。

 だが、たとえ敗北しても、クライスに与えるダメージも多くなるだろう。

 

(ある程度削れば、残りの三人で確実に倒せる!)

 

 試合として見るならば、それでもはや勝負は決まっているようなものだった。

 クライスがいくら強くても、数の利は覆せない。

 元々の総合力に、差があり過ぎるのだ。

 これはチーム戦であり、一人の最強だけで勝てるわけではない。

 

(せめてボクだけでも倒すかい? クライス! さあさあ! どう来る!)

 

 再び、地面に刻まれた灼熱の中に消える、無職の勇士の姿。

 炎の中にたたずむクライスを見るように、彼は目を凝らした。

 敵の手の内は未だに分からない。

 せめて、この攻防の中で少しでも観察しなければと思う。守りの大剣にとって、やはり最も危険視すべきなのは彼だった。

 

(……?)

 

■炎が揺れたと思った時■

 

「3、2、1」

 

■ロビーの鼻先で、轟音がさく裂した■

 

「なっ……!?」

 

■音の正体は、彼が隠れている樹木の破砕音■

■クライスの突撃によるものだ■

 

(的確に、潜んでいた場所をッ!?)

 

 ロビーの攻撃には、ある欠点があった。

 それは、彼の使っているスキルが、灼熱の魔導を使う際に解除されるというものだ。

 

■気配遮断系の対処法について、ヒナに相談していた■

 

【発する音や……着ている服すら認識できなくなります……ですが……】

【たとえば、何かにぶつかった場合……その際の違和感までは、消せなかったり……】

【攻撃する時に、気配が……はっきりしたり……しまス……わネ】

 

【あー、お前と戦った時みたいにか】

 

【はイ……! あの時のお姿……、とても……かっこよく……撃ち込まれた弾丸は……刺激的で……はぁ……ハぁ……!】

 

【興奮するな。こわい】

 

■ヒナの変態っぷりはともかく、彼にしては珍しく真面目に話聞いた■

 

(攻撃見えるのなら・隠れる、はず)

 

 灼熱の魔導を使用する時に、ロビーは確実にクライスの視界に入らないよう、注意して立ち回っていた。

 しかし、超速のクライス相手では、それもなかなか難しいことではあった。

 確実に視界に入らないようにするには、遮蔽物に隠れるのは定石だろう。

 

(後は、数とタイミング)

 

 遮蔽物の数・周囲の木はほとんど倒れ、候補は絞れる。あえてクライスは、自身の動きを調整して潜伏場所の可能性に偏りが発生するようにした。

 攻撃のタイミング・あまりに統制されたかく乱攻撃、だからこそその中にも一定の法則性が発生し、サーシャの協力と仲間たちの犠牲もあって、だいたいのテンポは掴むことが出来た。

 ならば後は——。

 

「ビンゴ」

 

■クライスの読みが当たり■

■防御の暇なく、ロビーは攻撃を受ける■

 

「しまった……!!」

 

 こういった潜伏スキルを持つ者の弱点・能力値の減退、そこから派生する接近戦の不得手。

 焦りを顔に浮かべたロビーは、クライスの接近に身構える。

 こうなっては接近戦は免れないと覚悟を決め、能力値の怪物に立ち向かう。

 クライスの持った掃除機による、打撃を警戒した彼は。

 

「返すぜ」

 

■掃除機から発射される、激しい炎に飲まれる■

 

「ぐ、おアッ!?」

 

 全てを灰塵に帰すかのような炎は、まちがいなく彼自身の炎魔導だった。

 しかもその威力はロビーの一発よりも強く、重々しく凄まじい灼熱となって。所有者自身の体を蝕んでいく。

 

(魔導は操作さえすれば、発動した自身を傷つけることはない……なら、一度回収した場合は?)

 

 クライスの魔導具により、強力な炎を目隠しに利用して、気付かれないように少しずつ炎を回収。

 束ねて一発の強力な弾丸としたそれを、至近距離で放出し、強烈なカウンター攻撃とする。

 それは確かにロビーを燃やし、致命的な一撃と化していた。

 

「ならッ」

 

■ロビーの手が光を放ち■

■彼の持つ、最強の魔導具が出現した■

 

(ボクの魔導具、相棒とも言える【盾】)

 

 現れたのは大きな円形の盾。緑色で中央部に赤い宝石が飾ってある。

 それはクライスから受けた攻撃を、確実にシャットダウンし、ロビーの消滅を防いでいた。

 恐るべき防御能力を誇るそれは、徐々に炎を跳ね返し、クライスにぶつけるだろう。

 

「……ッ!?」

 

 そうなるはずだったが結果は違った。なにかが砕ける音と共に、崩壊は来る。

 盾に入った亀裂がどんどんと広がっていく。

 反射の効果はだんだんと衰え、熱気が再びロビーを焦がしていった。

 

「ボクの盾が……! そうかッ!!」

 

 彼の持つ最強の盾が壊れた理由。

 そうだ、クライスとの戦闘前に既に強力な一撃を防いでいたのだ。その影響で盾は壊れ始める。

 友との約束を果たすために死力を尽くした、戦斧の勇士。

 彼が最後に放った一撃が、この結果を引き起こした。

 

「はは、やっぱり……」

 

■ロビーは、猛炎に飲まれる刹那■

 

【本気でやってる?】

 

■いつかの決闘の際■

■思わず言ってしまい、後悔している一言を思い出した■

■そう言いたくなってしまったのは、戦斧の勇士である彼のことを——■

 

「ジンはすごいや」

 

 どこか嬉しそうな笑いを浮かべて、最強の守護者は自身の炎に焼き尽くされた――。

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