色々と疲れた俺は異世界島に辿り着き、獣人ヒロインと出会う【怠けると強化!強力スキルで異世界競技チャレンジ!】 作:幸福野郎
「この島は……ある力で守られているんだよ。【浄化結界】という結界でな」
■その結界は島を覆っていて■
■乱れを島に入れない役割を持つ■
「乱れとは、世界を侵食する毒のようなもの。もしくはその性質を宿した存在のこと」
「悪辣王や、謎のモンスターみたいな?」
「その通り。つまり本来は、それらの存在が島に入って来るなどないはずなのだが……」
漆黒のナイトが語る、乱れという存在。
クライスも心当たりはあるために、納得は早く、その脅威も良く分かる。つまり自分はその毒に精神を壊されかけたということなのだろうと、今までの現象を理解した。
「おそらくの推測になるが……結界をすり抜けられる特殊なスキルや魔導……を使用して、入ってきたのだろう」
「……」
「さらに厄介なのは、乱れの気配すら消えることだ」
「!」
精神を蝕む乱れの気配。
強力であるが故に察知することは難しくなく、近くにいれば間違いなく乱れの存在に気づけることだろう。
さらには、乱れの反応を感知できる魔導具も存在するという漆黒のナイトの言葉もあった。
しかし、それらの察知をすべて誤魔化せる手段を、悪辣王の勢力は持っているという推測が正しければ、対抗する難易度が上がるのは間違いないだろう。
「つまり、もう既に」
「ああ、奴らは島にいる。潜り込んでいる可能性は極めて高いと……今回の件ではっきりした」
「……」
「だから、悪辣王だけでも島外に弾き出す必要があった。その結果が今回だ」
悪辣王は死んだのではなく、島の外に弾き飛ばされただけだとナイトは言った。
儀式場の機能の一つである【安寧の灯】によって。
「飛ばしても、また戻ってくるよな?」
「戻ってこれないような仕込みは済ませている。儀式場のアップデートを行うことで」
「儀式場の……」
「最近、大きな地響きが起きた日があっただろう」
ナイトに言われて思い出す、クライスの記憶。
そうだ、みんなの修業中にそんなことがあった。
サーシャと共に散歩をしていた際に、とても大きな地響きが起きた時が確かに。
つまりは、あれが儀式場の強化を行った反動というわけだ。
「あれによって儀式場の【安寧の灯】・【浄化結界】の強化型。この二つが使用可になった」
「……結界も儀式場の力」
「そうだ。この島は儀式場に守られているのさ」
強化された儀式場の結界。
それによって、気配を消した悪辣王ですら入ってこれないようになり、少なくとも最大の脅威に邪魔をされずに他の敵に対処できる。
「という推測か。強化した結界でもだめかも」
「事前に試しようがなかったからな。気配を消された状態の敵を捕縛できれば良かったが」
「……」
「……とにかく、中心人物のいない今がチャンスと考え、一気に奴らを撃破するというわけだ」
悪辣王という乱れの化身。魔導具による察知によって、本物かどうかを判断できるほど、彼の持つ乱れはケタ違いである。
加えて戦闘能力も厄介極まるとなれば、とにかくあの男を排除する流れで漆黒のナイト達は動いた。
作戦は上手くいき、これからの行動も重要となる。
「潜んだ乱れの排除」
「難しいかもしれないが、やるしかない。まったく手掛かりがないわけではないしな」
「なに?」
「奴の……きちんとした統率の下、動いているわけではないという発言。……本当かもしれないな」
●■▲
「クライス様、お話は終わりましたか」
「……ああ」
【本当に助かった! 少年たちがいなければ、奴を飛ばすことも出来なかっただろうッ。感謝する! ありがとう! ……そしてすまない! 本来なら、少年たちを守る立場だというのにッ。不甲斐ないッ】
守りの大剣の南にある町【リラックシティ】。
そこにある平均的な値段の宿屋の一室で、クライスはサーシャ達と合流した。
近くにはマルチネス達が待機していて、護衛を行ってくれているようだ。試合に出場した選手たちの安全確認も済んでいる。
それだけで、クライス達の感じる安堵はまるで違う。
【悪辣王が少年たちを狙ったのが気にかかる。……マルチネスを護衛に付けよう】
(勘弁してくれ……なんで悪辣王に狙われる)
元々、スローラ村を守る態勢はそれなりにあったが、これからは更にそれを強化する必要性があるかもしれない。
悪辣王の仲間たちも同様の行動を取るとは限らないが、その可能性があるだけでもクライスはウンザリしてしまう。
せっかくの平穏が崩れていく感覚。
ああ・まったく、ちくしょうがッ。
(くそッ)
ベッドで寝ているジャスミンを見遣ると、頭痛がさらに増してくる彼。
彼女が発した絶叫が頭の中に残って、延々と鳴り響いて、精神的に追い詰められてしまう。
結局、大切な友人を守ることが出来なかった。
許せない乱れに対しての、怒りが湧いて止まらない。
(どうすれば良い……ッ)
このまま島の特殊部隊とやらに任せて、クライスはいつも通りの日常を送っていれば良いと言うのか。
それはそれで不安が募るし、対応として完全に納得できるものではなく、彼の気持ちが晴れることはないだろう。
あの悪辣王の脅威を直に見てしまった以上、見て見ぬふりをするにも限度があった。
怠惰の想いに反する・強い動機。
【もし少年が良ければ……我々に力を貸してくれないか?】
■ナイトが最後に告げた特殊部隊の名は【安寧の太陽】■
■ソルジャーに分類される、悪辣王の一派から島を守護する者たち■
「……」
【本来は、ちゃんとした素性調査が行われてから勧誘するんだが……。少年はどうにも足取りが不確かだな】
(だろうな、異世界転移してきたんだから)
【しかし人手が少しでも欲しいのは事実。……待っているぞクライス】
(……軽く言ってくれるッ)
■悪辣王たちと対峙するということは■
■また、あの乱れの中で戦うということだ■
■莫大な能力値を持っていても防げない、数の差すら覆しかねない呪い■
(背筋が凍る。恐ろしい)
思い出しても寒気しかしない、乱れによって浸食された世界。
あれは何とも言い難い、想像を絶する極寒の海を何も着ずに泳ぐかのような、身を凍らせて気力を奪う絶望の檻。
気が狂わなかったのが奇跡といえるそれに、あと何度立ち向かえと言うのか?
分からないことが恐怖だ。
下手をすると100回以上かもしれない。
いや千回?
それとも・それとも。
「ごッ……!!」
吐きそうになった口を右手で押さえる。
目の前が真っ暗になり、血が凍るような気色悪さ、世界が変質したかのような気分になってしまう。
自身の立っている場所が不安定で仕方ない。
今にも、奈落の底に落ちていきそうな不安感に襲われる。
(ぎしぎし・と)
■乱れの音が聞こえる■
■元の世界で、嫌というほど聞こえてきた音だ■
■鳴り響く不協和音が、脳を狭めていくよう■
(頭が割れる……ッ)
激しい頭痛。
散り散りになる思考。
体のバランスが崩れて、クライスは倒れそうになってしまう。
「クライス様ッ」
■倒れかけた体を支えてくれたのは、サーシャの優しい温もり■
「……」
「大丈夫ですかっ。お気を確かに」
「……悪い。少し」
■感じる体温が、凍えた彼の体を癒していく■
■彼女の声を聞くと、やはり安心する■
■ああ・本当に■
「……サーシャ」
それはこれ以上ない救いにもなり、同時に縛る鎖のようなものでもある。
なぜなら彼女を大切に想うほどに、守りたいと強く思ってしまうから。
クライスは立ち向かわなくてはいけなくなる。
苦痛の海を、踏破しなくてはいけなくなってしまう。
「……」
「クライス様?」
「……」
「きゃ!?」
クライスは、サーシャを思い切り抱き締めた。
ほぼ無意識で反射的にそうしたため、彼も自分が何をしているか分かっていない。未だに頭を苦悶で埋めているのだから。
それに対して困惑しながらも、サーシャは少し顔を赤くして言う。
クライスの苦悩を受け止めようとするように、その安穏とした声を響かせた。
「……わ、私はここにいます。だから、安心してくださいっ」
■まるで変わらない、穏和なサーシャの抱擁■
「……なさけない、な」
「情けなくなんかないです、そんな風に言う必要ないんです、辛くて苦しくてどうしようもない時……だれかに助けてもらうのが、人と人のつながり……なんですからっ。……きっとその温かさは、しっかり休んだあとの力になってくれますよ」
■どこまでも・彼女の優しい声色は変わらない■
■その温かさにすがるように、クライスは決心を固めていく■
(俺は――)
乱れの中で戦うのは絶対に嫌だ。
だが、知らんぷりをしていても脅威は消えてくれない。
平穏を壊そうとするモノに対して、クライスは相反する感情を強めていった。
果たして、乱れが平穏にまで害を及ぼそうとしたら、無職の勇士はどのように動くのか?
彼自身にもそれは分からない。
「……まさか、こんなことになるとはな」
■敗北した試合の光景すら■
■今は懐かしくて、憧憬を抱く■
「はぁ」
■重々しいため息が出る■
■それと重なるように、どこか遠くで鐘の音が聞こえた気がした■