シャニPはキヴォトスで先生になる 作:Optimum Pride
夢を見た。
夢の中、俺はボロボロの電車の中に乗っていた。
そして、向こう側の座席には、長髪をしている知らない少女がいた。
喋っていた。
「私のミスでした」
少女の身は血跡塗れになっていて、どう考えても普通の状況ではない。
そして俺がいくら喋ろうとしても、叫ぼうとしても、口が開かない。
もちろん身動きもできない。
そんな痛々しい彼女を目に、俺はなにもできなかった。
「きっと私の話は忘れてしまうにでしょうが、それでも構いません」
少女はただただ喋っている。だが不思議なことに言葉の一つ一つはちゃんと聞こえるのに、言っていることはぼやーとした感じで、頭に入って来ない。
そして俺が気付いたのは、少女の容貌。
綺麗な声に劣らず、少女は整った容貌をしている。空色の髪、透き通るような目、長身になる一歩手前のスタイル。
間違いない、彼女もまた、ダイヤの原石だ。
それが分かった途端、体が熱くなった。
どう考えてもおかしな状況なのに、他にもっとやるべきことがあるのに、頭の中に一つの思いしかなかった。
「……それを意味する心構えも」
「あの……」
「えっ」
気付けば口が開いた、どうなに頑張っても動けなかったのに。
少女もこの事態を予想していないようで、驚く顔をした。
だけどそれはもうどうでもいい、大事なのは、
「君、アイドルになってみる気はない?」
俺は、少女をスカウトしようとした。
俺もおかしいと思っている、だけどそうせざるおえなかった。
この少女ならきっと、人々を魅了できる、笑顔にしてくれる。
プロデューサーとしての直感がそう叫んでいる。
俺のスカウトを聞いて、一瞬きょとんとしていたが、少女は笑顔になった。
「ふふっ」
そして、視界が白くなり始める。
「待っ……!」
心のどこかで確信した、このままだとおそらく二度と少女に会えない。
だから必死に叫んだ。
だけど少女は遠さかって行くばかり。
最後、真っ白な空間の中、声が聞こえた。
「ありがとう、先生」
ー--------------
夢を見た気がした。
内容は覚えていないけど、たぶん悲しい夢だったと思う。
俺は仮眠していたのだろう、体が軽い、これなら仕事が続けられそうだ。
目を開くと、人の姿が目に映った。
朦朧とした視界の中に捉えたのは、見覚えのある髪型。
そして、俺はその知っている少女の名前を呼ぶ。
「冬優子……?」
「え?」
帰ってくるのは、印象とは全く違う声。
少女はまた困惑しているらしい。
「誰のことですか?」
「あっ」
目を擦って、少女の姿をもう一度見る。
彼女は黒髪ではなく、染めたかのような青髪をしていた。
「私を、誰かと勘違いしてませんか?」
すると、少女は不機嫌そうな顔で俺を睨む。
人に知らない誰かと勘違いされたら、そりゃ怒るよな。
「すまん、寝ぼけて昔の知り合いと勘違いしちゃった」
「次やったら本気で怒りますからね!」
「ははっ、もうしないよ、ユウカ」
少女の名は早瀬ユウカ、ミレニアムハイスクールセミナーの会計。「鬼の算術使い」というあだ名を持っているが、実はとても優しい子である。
「なんでユウカがここに……?」
「なんでもなにも、自分の状況が分かっていないのですか?」
「状況?」
俺は今横になっていて、視界の前にはユウカの顔があって。
後頭部は柔らかいけど、枕じゃないものがあって。
……。
これって……。
「すまん⁉︎ 今すぐ退くから⁉︎」
「うわっ⁉︎」
俺は慌てて体を起こした。
どうやら俺はユウカに膝枕されているらしい。
「嫌だったよね、足痺れてない?」
「びっくりした……! 別に嫌じゃありません、むしろ……」
「むしろ?」
「な、なんでもありません! それより!」
ユウカは顔真っ赤になりながら言い出した。
「覚えていないのですか! 貴方はさっきまで地面に倒れていましたよ!」
「あっ、そうだった」
「『そうだった』じゃない‼︎ あれはどう見ても失神していましたよね⁉︎」
「ははっ、大袈裟だな、疲れすぎて寝込んだだけだよ」
本物の失神はこんなもんじゃないからな。それにはつきさんもよく地面で寝ていたし。
でもユウカは納得できていないみたいで、頭を抱えている。
「もうどこからツッコめばいいのよ……!」
「でも悪いことをしたな、膝枕までさせちゃって」
「いえ、私は得をしたか……ごほん! ちなみに」
「うん?」
「最後ちゃんと寝たのはいつですか?」
寝た? 今みたいなのはたぶんカウントしないし、そうすると……
「三日、いや四日前かな?」
「貴方は今すぐ休憩しなさい!」
「えー?」
これくらいのことはプロデューサー時代からよくあることだし、直ぐ復帰できるけど。
「なんでそんな驚く顔をするんですか⁉︎ 四日前ですよ四日前⁉︎ セミナーでもここまで過酷なスケジュールしてませんよ!」
「ほら、別に全く寝てない訳ではないからさ。程よく仮眠を取ってたんだ」
「ちなみにどれくらい?」
「一日、30分?」
「分かりました、今から貴方を拘束しますね」
「ええー⁉︎」
堪忍袋の緒でも切れたかのように、ユウカは必死な様子で俺の肩を掴んだ。
「貴方はどう思っているかは知らないが、私は焦ってましたよ! 昨日送ったモモトークが返事どころか既読もつかないの! 心配になってシャーレに来たら誰かさんが死人のように倒れていて!」
「……」
「分かりますか私の気持ち!」
「すまん、心配させてしまって」
「じゃあ二度としないと誓えますか?」
「……」
「分かりました貴方を拘束しセミナーの元で管理します」
「……もうしない」
「凄く考えたわね」
ユウカの気持ちを全く考えていなかった、これは完全に俺のせいだ。
知り合いが倒れた姿、どんな理由があっても納得できる光景ではない。そして俺はそれをユウカに見せてしまった。
それによく考えてみれば、プロデューサー時代は社長とはつきさんのサポートがいるけど、今回は殆ど俺一人しかいない。仕事の手加減を完全に間違えていた。
「……失格だな、俺は」
「そうですね、当番制度があるのに全く生徒に頼らない、一人で仕事を抱え込んで」
一応このシャーレには生徒を事務の手伝いをさせる当番制度があるのだけど、俺は生徒の青春を邪魔しないために全く行使していなかった。
俺からすればアイドルを事務仕事させるのと同じだからな。
だけどこうなった以上、かっこつけてる場合じゃない。
「本当にすみません……。今度からは生徒に頼るよ」
「その通りですよ。生徒を思う気持ちは嬉しいですが、生徒たちも同じく貴方を大事に思っていることを自覚してください。先生」
「うん、ありがとう、ユウカは優しいな」
「そ、そうですか?」
「君がいないと俺は本当にダメダメな先生だな」
「ま、まぁ? そうかもしれないけど、今の先生も十分素敵ですよ?」
「ははっ、世辞でも嬉しいよ」
遅くなったけど自己紹介する。俺はこのキヴォトスという世界? で先生を務めている。
先生はキヴォトスにある様々な学校をサポートする役目で、学園都市と呼ばれるだけあって学校の数も多く、色々と大変だ。
元々は283プロというアイドル事務所でプロデューサーをやっていたが、ある日気付けば俺はこのキヴォトスにいて、しかも先生に任命された。
知らない世界で意味が分からない責務を任され、普通なら戸惑うが、不思議なことに心が納得していた。
まるで最初からここに来ることを予想していたかのように。
とは言え元の世界に全く未練がない訳ではない、むしろ今でも必死に戻る手掛かりを探している。
残念なことにそれが全く見つからず、一応「外の世界」という物がキヴォトス内では認識されているが、そこに辿り着ける方法が全く分からない。
だから今は先生としての責任を果たしている。
そして今目の前にいる少女、ユウカは着任当初からずっと俺を助けてくれた大事な生徒だ。
「とは言え休むって、俺は今から何をすべきか……」
「えっ? どういうことですか」
「文字通り、やりたいことがないんだ」
「先生、ご趣味は……?」
「んんん……。 生徒のお手伝い?」
そう言った瞬間、ユウカは明らかに不機嫌になる。
「言っときますが、今から学校や部活のお手伝いをするのはダメですからね」
「そうだよね……」
これには困った。一応もう一つ趣味があるけどね。
「アイドルのプロデュース」、これを言い出したら絶対怒られるだろうな。
こうなると……。 んんん……。
「俺って、趣味が、ない?」
「自分に驚いてどうするんですか⁉︎」
ユウカにもびっくりされた。自分も俺ってどんだけアイドルに人生を捧げたんだよって言いたくなる。
「男の子って、もっとこう、あるんじゃないですか⁉︎ ゲームとか、プラモデルとか⁉︎ ありますよね⁉︎」
「嗜む程度なら……」
甜花や果穂やゲーム部の情熱には全く及ばないけど。
「そういえばずっと言いたがったのだけど、なんですがこの領収書は⁉︎」
そう言いながら、ユウカは俺のデスクから領収書を取り出した。
「どうかしたか? 俺なりに整頓したと思うのだけど」
「整頓に関しては全く問題ありませんけど、だけどなんですかその内容⁉︎」
「えっ」
「四日前はコービーとコンビニ弁当二食、三日前はコービーとエナジードリンク、二日前はおにぎり、昨日は何もない、なんですかこれは⁉︎」
「す、すまん」
「なにを謝っているんですか?」
「毎日弁当を買うべきだった」
「そうだけどそうじゃない! 3食関連な物しか買ってないってどういうことですか⁉︎」
「えっそれ以外になにを?」
「沢山ありますよ! スナックとかコスメとか生活用品とか! おもちゃでもいいから! うちのコユキなんて定期的にソシャゲに課金していますよ!」
「は、ははっ、そうなんだ」
「先生が重症すぎるわ!」
そう言いながら、ユウカは俺が起きてから何回したのかが覚えてないである姿勢で頭を抱えた。
「先生って、生き甲斐とかないのですか?」
「ははっ、痛いところに突っ込むな」
あのユウカからこれほど直球な言葉が来るとは、心が痛い。
「ちなみに、ユウカはなにが好き?」
「ミレニアムのみんなのこと?」
「……ユウカも俺を言う筋合いがないじゃないか」
「ち、違います! 私には一応算数という趣味が! 暇な時は研究していました!」
「いつも思うんだけどユウカって凄いな」
「まぁ、これでもセミナーの会計ですし?」
俺より十歳近く年下なのに、俺とは比べ物にならないほどしっかりしている。本当にユウカの前では頭が上がらない。
「でもユウカなら分かるだろ、ユウカがミレニアムを大事に思っているように、俺も生徒のみんなを支えるのが好きなんだ、だからそこはなんとか……」
「だけどそれはオーバーワークの言い訳にはなりません」
「手厳しいな」
「当たり前です、先生の体調管理は大事ですから」
「ははっ、なんというか、ユウカってお母さんみたいだな」
「はぁ⁉︎ いいいいいいきなりなにを⁉︎」
そう言うと、ユウカの顔がまた真っ赤になる。
「だってユウカはミレニアムのみんなを見守っていたじゃないか、しかも今も俺が無茶していないか見守っていて、お母さんみたいで素敵だと思うよ」
「え……」
さっきまで俺を見つめていたユウカはなぜか視線を逸らした。
「先生さぁ、よくそんなセリフを簡単に言えますね」
「どうして? 素直な感想だけど」
「そうだけど……」
「ユウカは素敵で優しい女の子であること俺は知ってるから」
「も、もおおお! そもそも私はまだそんな歳じゃありません!」
「あっ」
そう言われて、自分の言葉を思い返してみた。
俺って、めちゃくちゃやばいこと言ってない?
「そ、そうだよな。すまん、キモいことを言って……」
「はぁ……。 大丈夫、先生をよく知っていますから、変な意図の言葉じゃないことくらい分かります」
「恥ずかしい限りです」
「……お母さんになったら……先生と……できないじゃない……」
すると、ユウカはなにか呟くように聞こえた。
「今なに言ったか?」
「なんでもありません!」
「悩みならいつでも相談に乗るぞ」
「違いますって……! 本当に先生、頭に生徒のことしかないのですか」
「俺がここの先生だからな。生徒のことを考えるのは当たり前」
正直、ここに来た当初は先生の責務というものがよく分からなかった。
だけど、生徒の頼みを受けて、彼女たちと交流していく中、ある感情が芽生えた。
この銃火器が自由に使える都市には、彼女らを狙う陰謀の数々や、子供が背負うべきではない責任が生徒たちを囲んでいる。
そして偶然なのか、運命なのか、俺はここにやって来た。
だから俺にできるなら、彼女たちを守りたい。
生徒たちは幸せになるべきだ。
彼女たちを邪魔する困難を全て排除したい。
俺は、そのために先生の仕事をしている。
「……だけどなにもかも抱え込んだら、いつか押し潰されますよ」
「ユウカの言う通りだな」
「だからちゃんと自分なりの趣味を見つけてください、私も手伝いますから」
「ユウカがいれば百人力だな」
「ま、まだそんなこと言って……! 先生ったら本当に」
「ははっ……」
思い返してみれば283プロにいる頃からずっと似たようなことを言われて来たな、俺も大人としてまだまだってことなのかもしれない。
ユウカがここまで言うのなら、お言葉に甘えて少し我儘を言っても構わないよな?
「ユウカ、頼みたいことがあるんだ」
「な、なによいきなり」
「ダメかな?」
「先生の頼みならなんなりと……!」
「正直、キヴォトスに来てからずっと物足りないなかったんだよ」
「えっ⁉︎」
俺がそう言うと、ユウカは明らかに動揺する素振りを見せた。
変なことを言ってないのになんでだろ?
「ユウカ」
「は、はい!」
「一回だけでいいから!」
「ちょ、ちょっと待って!」
「えっ」
そう言って、ユウカは深呼吸を振り返し始める。
そんなに緊張しなくてもいいんだけど?
「心の準備ができました」
「じゃ、じゃあ言うぞ」
「はい!」
「俺を……」
「……」
「俺のこと、プロデューサーって呼んでくれないか?」
先生であることが嫌いじゃないけど、やはりプロデューサーの方がしっくり来ると言うか。
とは言え生徒にこんな変な要求をする訳がないし。
だからチャンスはユウカにやりたいことを探せと言われた今しかない!
「はぁ?」
するとユウカの口から信じられないことを聞いたかのような声が漏れた。
「やはりダメかな?」
「い、いえ。だけどなんでプロデューサー?」
「外の世界に居た頃はアイドルのプロデューサーをやってたから、当時の気分に戻りたくって」
「さりげなくとんでもない事実を暴露したんですけど……」
「お願い、できるかな?」
「分かりました、一回だけですよ」
「うん!」
「期待した私って本当にバカ……。行きますよ、プロデューサーさん、これでいいですか?」
「ありがとうございました!」
それを聞いただけで全身からエネルギーが湧いて来た気がした。ありがとうユウカ!
「これなら24時間戦えるぞ!」
「はぁ? 今なにか言いました?」
「ごめんただの冗談です」
「ふふっ、先生は本当に変人ですね」
「ははっ、そこは否定できないな」
よしっ、ユウカと楽しく話せたな。
その後、俺はユウカと雑談しながら一日を過ごしたのであった。