私の名前は
今日、とうとう長年勤めたIT企業を退職した。理由としてはいろいろあるが、投資家である妻の勧めで高配当株をやっていたらいつのまにやら月20万以上の稼ぎになり、貯金も貯めてあることから悠々自適な生活を送れるようになったからだ。妻も投資家での才能によりもとより金の心配をしたことはなかったが、娘が独り立ちするまではと仕事を続けてきた。そんな娘も美容師として上京したため現在は妻と2人で生活している。
「ふぅ……」
ふと今まで歩いてきた道を振り返る。長年見続けてきたこの帰り道も、もう当分は見ることがないと思うと少し寂しいような気持ちになる。だがまあ、これで仕事のことを考える生活ともおさらばだ。釣りや旅行など、今までできなかったことを趣味にしようと思う。
「きゃーーーー!!」
「魔物がでたぞ!!はやく逃げろ!!」
「………!!」
妻と2人で旅行するのがいいだろうと考えていたその時近くから悲鳴が上がった。
見るとケモノ型の魔物がそこにはいた。
みんなが蜘蛛の子を散らすように逃げている。私も逃げなければとその場から離れようとしたとき中学生くらいの女の子が尻餅をついていたのが目に映った。
(これはまずい……!)
考えるより先に身体が動いていた。自分も娘がいるからなのか親としての本能なのかは分からないが少女のところまで走り、尻餅をついている少女の手を取って再び走り出す。
「こっちだ!走るぞ……!」
「は、はい………!」
恐怖で動けないでいた身体も走り出したら緊張が和らいだらしく走るスピードも上がっていった。魔物は逃げるのが遅れた私たちを当然のように追ってくる。魔物の走る速度は速くこのままでは追いつかれてしまう。
「私のことはいいから、君は先に行きなさい……!」
「で、でも……!」
「いいから!!」
タバコは避けるようにしてはいたが、やはりこの歳になると体力の低下も早いし身体も思うようには動かない。自分より早く走れるだろう少女を先に行かせて自分は角を曲がる。魔物は自分に近い獲物―――つまり私を追いかけてきている。これで少女の方は安全だろう。
だが安心している暇はない。
「はあ……はあ……!」
思うようには動かない身体に鞭を打って走る。走る。走るーーー。
私にだって家族がいる。家で私の帰りを待っている嫁がいる。ここで死んでやるわけにはいかない!
そう決意した私は走り続けたが5分ほど走ると文字通り壁に当たった。
「嘘だろ……」
行き止まりだった。
走り続けた足が限界を迎えその場にへたり込む。これ以上はもう、動けそうにない。火事場の馬鹿力でなんとかここまでは走ってこれたが一度足を止めた以上その力は続かない。それにもし走れたとしてもーーーー。
「GURUU」
魔物はそこまできていた。魔物は獲物を見て舌なめずりするように低い唸り声を上げた。
一歩。また一歩とじわじわと距離を詰めてくる。
その距離をとろうとしてへたり込んだまま後ろへと後ろへと下がるがやがて壁に当たってもうそれ以上下がれなくなった。
(誰か………!)
祈る。
こんな時だけ神頼みとは都合が良いがもう自分ではどうすることもできない。
「誰か、助けてくれーーーーー!!!」
叫ぶ。
ほんの少しだとしても自分が助かる確率を上げる。
私が出した叫び声を聞いた魔物はこれ以上待てないというかのごとく飛びかかってきた。
私はどうすることもできず、せめて痛くないようにと願いながらまぶたをぎゅっと閉じた
(ここまでか…………!!)
仕事を辞めて、これからだというのに。
第2の人生をここからはじめようと思ったのに。
それも終わったのかーーーーと思考しているとパアン!と風船がはじけ飛ぶような音が私の鼓膜を揺さぶった。
「!?」
そこにはもう魔物の姿はなかった。
魔物の姿のかわりにあったのは雪のような真っ白な格好をした少女だった。身長は145cmくらいの頭に白い薔薇のカチューシャをした少女。そう、彼女はーーーー。
「おじさん、大丈夫ですか……?」
その少女は心配そうに手を差しのばしてくれた。その手を取り、起き上がる。
「ああ。君のおかげで命が助かったよ。ありがとう」
「えへへ。私は魔法少女ですから!人を助けるのは当然のことです!」
――――――彼女は、魔法少女だった。
魔法少女は世界各地にいて、魔物の脅威から人々を守っていた。
この街にも魔法少女はいて、それが彼女だった。その姿はよくニュースやネット掲示板にも投稿されるのでたくさんの人がその存在を認知している。ネットではよく、どの魔法少女が最強だとか、どの魔法少女が最かわなのかのランキングもあるらしい(嫁曰く)。ニュースに目を通す私は当然彼女を認知していたが、こうして生で見るのは初めてだ。
「
「あ、
すると上から私を助けてくれた魔法少女とは対照的な全身黒の格好で頭には黒い薔薇のカチューシャをした魔法少女が下りてきた。まあ下りてきたというより降ってきたという感じだが。
この魔法少女を生で見るのも初だが会えたとなれば、当然言わなくてはならないことがある。
「いつも、この街を守ってくれてありがとう。君たちのおかげで私たちは安心して暮らしていけるんだ」
これだけはしっかりと伝えなければなるまい。
魔法少女がいるからこそ魔物がでるような世界でも暮らしていくことができる。私の娘よりもーーーーおそらくだがーーーー若い人に守られるというのは少し情けないと思おうが、しかたない。私には戦えるだけの力はないのだ。
「……どういたしまして」
「さっきも言ったと思いますが、魔法少女が人助けするのは当然ですから!それにみなさんの応援があるから私たちも戦えますから!」
黒の魔法少女は照れくさそうに答え、白の魔法少女は元気よく答えた。
日々の感謝を伝える機会はなかったのでここで伝えることができてよかった。
お礼を言えたことと自分が助かったことを自覚したことで胸をなで下ろす。
「あ、また魔物が出たって!」
「わかった。いくよ、
「あ、待ってよ!…おじさん、これで失礼します!」
2人は人間の身体能力を遙かに超えた跳躍力を見せてこの場から消えた。
この街の人を守る
一息ついて体力を回復させたあと再び帰路についたおじさんであった。
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「にしても、こんな日に限って魔物に襲われるとはな……」
仕事を辞めた日に人生も終わるところだった……と冗談にもならないようなことを考えながら歩を進める。
嫁には今日が最後の日だから遅れるかもしれないと言ってあるので心配はしていないだろうが一度連絡したほうがいいのか……?とスマホとにらめっこしていると自分に声が掛かった。
「おじさん!」
「……うーむ、家まで時間はそこまでかからないし……帰ってからでも……」
「おじさん!聞こえないの?」
「あ、はい。なんでしょうか?」
なにかのセールスかとも思ったが、声が若い女の子だったので顔を上げた。ここらへんは繁華街というわけじゃないし、若い女の子のキャッチはいないだろう。もしかしたら何か落としたのかもしれないし。
「あのー、私なにか、おと、し………」
「え!?おじさん私の姿が見えるの!?声も聞こえてる!?」
「……」
魔物と会ったときの衝撃よりもはるかに凄まじい衝撃が私を襲った。
そこにいたのは、人ではなかった。人でも、魔物でもない。
言葉を喋るステッキがそこにはあった。日曜の朝にやっている女の子が持っているかのような『
「……!!くぅ~~~!!ついに!!ついに私の姿が見える人がいた~~!!」
「え、えと……。あなたは………」
「私?私の名前は
仕事を辞めて、第2の人生をこれから歩もうと決意した。
そこに魔物が現れて、魔法少女に助けられて。
喋る『魔法の杖』に目を付けられて。
今日だけで起きたコトがたくさんあり頭がパンクしていまいそうだ。
だけど獅子宮芽依と明らかに人の名前を名乗った『魔法の杖』が何かを言いたげにしているしきちんと聞かなければならないな。大事な話かもしれないのだし。
そこまで考えて私は言葉を待った。
「―――――――――――――私と契約して、魔法少女になってよ!!」
そんな、どこかで聞いたことのある台詞を口にした。
え!?私(46歳男性)が魔法少女に!?
【白薔薇】
中学2年生の女の子。実家が花屋を営んでいる。
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