「…死ね」
「…な!」
目の前にいたはずの少女が、消えた!
いや、微かに存在を感じる!
「くっ!」
咄嗟にボクシングの構えをとる。
ジュートが鍛え、体に染み込ませたその動き。
側面から首元を襲うナイフを手の甲で弾く!
「…無様…やっぱオマエはジュート君じゃない。ジュート君ならそもそも私を見失ったりしない」
「………」
体にボクシングの動きは染み付いている。
だが、体に染み付いていたとしても自由自在に使えるかと言われれば話は少し異なる。
トガヒミコの言う通り、ジュートの様に身につけた力と技を本来のレベルで使いこなすには修練が必要になるだろう。
トガヒミコは弾かれたナイフを一瞥する。
そこには、多少の血がついていた。
「…いらない。オマエの血なんていらない…!!」
そう言うと、こちらにナイフを投げつけてくる!
「うおっ!」
個性 重力拳
ジュートの個性を思わず発動させる。
周囲の重力を吸収し、打撃力に変換出来るガントレットのようなそれ。
それを使い、飛んできたナイフを弾く!
「…!いない!何処に行った!」
ナイフに意識を集中した一瞬の隙に、またトガヒミコが目の前から消えていた。
微かに気配は感じるが…
このままは不味い!
背後から、気配を微かに感じた!
「…オマエが…ジュート君の個性を使うな!」
「ちぃぃっ!!」
振り向くとすでにナイフをこちらに突き出すトガヒミコがいた!
慌てて体を反転させるも、背中に激痛が!
「ぐ…」
慌てて避けたつもりだが、背中をナイフで切り裂かれていた。
激痛と、背中を血が流れている感触。
背筋を震えさせるその感触と恐怖。
恐怖の主は、また
「オマエの血がついたナイフなんかいらない!いらない!」
またこちらにナイフを投げてくる。
さっきと全く同じ展開。
…さっきは運良く躱せたが、またさっきの攻撃を受けると不味い!背中ならともかく首など急所を斬られたら激痛どころの騒ぎじゃなくなる!!
だから、ナイフに意識を向けない!!
飛んでくるナイフ!
「……」
「…な!」
飛んできたナイフが、軽く前に構えたガントレットを避け、肩口に刺さるのを感じる。
激痛が走るが、その痛みに意識を向ける一瞬すら惜しい。
その一瞬でまたトガヒミコが前方から消えてしまうかもしれない。
だから、ナイフへ対処する事を諦め、トガヒミコへ意識の全てを集中させていた。
彼女は、動きを止めていた。
新しいナイフを構えながら、こちらに注意を向けてじっと見ていた。
「「…………」」
そうして、しばらく時間が流れる…
遠く、パトカーの音が聞こえてくる。
街中での凶行だ。
通りかかった誰かが通報してくれたのだろう。
「………」
トガヒミコは一度こちらをギロっと睨み…
「今日は、帰ります」
そう言うと、背を向けて駆け出した。
「…何とか…なったのか…」
緊急が解ける。
「イテテテ…」
背中と肩の傷がどんどん痛みを増しているようだった。
駆けつけた警察には、まず病院への連絡を頼むことになりそうだった。
「あの子がトガヒミコ…」
弟の、ジュートの最後の願い。
彼女を助けてやって欲しいと。
「今のままだと、力不足か…」
気配を消し、目の前から消える技術。
ジュートであれば対応出来ていたであろうそれが、俺には出来なかった。
「弟の願いだ。叶えてやらないといけないもんな」
俺は、弟の願いを叶えると強く決意した。