無形の剣   作:--

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人斬り1

 

 今にも雨が降りそうな曇り空の下、ぼろきれを着た少年が歩いていた。

 

 裸足のまま、かすむ視界の中を行く当てもなく歩いていた。

 

 自分が何者であるのか記憶がないのだ。ただ、自分の名前だけは憶えていた。

 

 やがて寂れた集落にたどり着く。

 

「まあ、落ち着きなよ。あんたみたいな人は珍しくないんだ。ここは尸魂界。現世の魂が流れ着く場所さ」

 

 つまり、死後の世界である。前世の記憶を持つ者もいれば、少年のようにあまり思い出せない者もいるという。

 

 にわかに信じることはできなかった。だが記憶を失い、寄る辺のない身だ。村人の言うことを強く否定することはできなかった。

 

 雨は降り止まず日も暮れようとする頃のこと、今日はひとまずこの村で休ませてもらう他にない。

 

 幸いにも、村の老人が家に泊まっていけと言ってくれた。雨に打たれ、歩き疲れて倒れそうになっていたところだ。厚意に深く感謝した。

 

 震える体を囲炉裏の火で温める。この体は目が悪いらしく、ものも良く見えなかった。こんな有様で夜道を歩けるはずもない。気が緩んだためか、空きっ腹がくるくると鳴った。

 

 それを聞いた老人は、悪いが食べるものはここにないと断りを入れた。この世界では霊圧を使えない人間は腹も空かない。この村に住む者たちは皆、食物を必要としないらしい。もっと大きい村に行けば畑もあり、食べ物を手に入れられるだろうと言われた。

 

 なんとも珍妙な説明だったが、ともあれ宿を借りた上に飯まで要求するのは心苦しい。ぼろぼろの着物以外に金の一銭も持ち合わせていないのだ。おとなしく寝ることにした。

 

 (ふすま)にくるまり目を閉じた。夜が更けるにつれ雨脚は強くなる。空腹と緊張からか、しばらくは眠ることもできなかった。

 

 どれほど時間が経っただろうか。ようやく眠気が勝ってきたという頃、雨音の中に人の悲鳴が聞こえた気がした。耳を凝らすとかすかに聞こえる。恐ろしくなって目が覚めた。

 

 近くで寝ていた老人を起こす。異様な気配はすぐに伝わった。夜盗の襲撃かもしれないと老人は言う。家の中に隠れられる場所などない。闇に乗じて逃げるべきだ。

 

 だが、遅かった。逃げる間もなく戸が破られる。怒号かも狂笑かもわからない叫び声をあげ、何者かが押し入ってきた。老人と二人、恐怖で身がすくんで動けない。

 

 暗くて何も見えないのは敵もまた同じらしい。滅多やたらに刀を振り回している。死に物狂いで迫り来る刃を避けた。

 

 しかし、そのうちおかしなことに気づく。あまりにも敵の太刀筋は粗末なものだった。例えばそれは柳の木の下を歩くかの如く。しなだれかかる枝を手で払うように容易くいなし、“葉”をむしり取ることができた。

 

 力任せに振り回される刀を横から奪い取ることなど、そんな馬鹿なことがあるだろうか。まるで始めから少年の手中にあったかのように収まっている。

 

 もしやこれは悪い夢ではなかろうか。試しに刀を振ってみた。何の抵抗もなく盗賊の首は滑り落ちた。生暖かい血しぶきが降り掛かった。

 

「すみません」

 

 やはり夢に違いない。血と脂がこびりつき、骨で削られたなまくらの切れ味ではなかった。老人が何か叫んでいるが、少年の耳には聞こえていなかった。刀を握りしめたまま、ふらふらと家の外へと向かう。

 

「すみません」

 

 夜盗は一人ではなかった。他の家も襲われている。誰に対する謝罪の言葉か。その声は雨音にかき消されていった。また一つ、命が潰える。

 

「すみません」

 

 ようやく仲間が殺されていることに気づいたのか、盗賊の一人が少年に襲いかかった。なぜ逃げなかったのか。まさか自分以外の仲間の全てが断末魔をあげることさえ許されず、一刀のもとに斬り伏せられているとは思わなかったのだ。

 

「すみません」

 

 ざらざらの刀身が閃いた。肉を斬る感触すら残らず斬り捨てる。最後の一振りは敵の腕と胴体を横一文字に両断した。

 

 敵はいなくなった。しかし少年は立ち呆け、ひたすらに謝り続けていた。許しを請わねば罪悪感に圧し潰されそうだったのだ。

 

 寒気は止んだ。恐怖も失せた。腹も心もくちくなった。人を斬れば斬るほどに体の芯が溶けていく。どうしようもなく満たされるのだ。

 

 きっと彼はろくでもない人間に違いなかった。

 

 

 

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