無形の剣   作:--

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死の王1

 

 朝凪に静まり霞も漂う早朝のこと、訪重郎の姿は五番隊舎の中庭にあった。木々の剪定や庭の整備に興じている。雑用の一つであるが、彼にとってはそれもまた楽しみだ。

 

 土いじりなどが性分にあっているらしく、どこか土地を用意して小さな菜園でも作りたいと思っていたがさすがに時間がない。隊長としての仕事も忙しくなり、ようやく張り合いが出てきた頃だった。

 

 

 

 決闘騒ぎから数日が経ち、ほとぼりも冷めた。訪重郎は最善の結果を残せたか否か自分では判断出来なかったが、少なくとも以前より良い方向に進んだのではないかと思えた。

 

 五番隊の風紀にも影響はあった。今では隊士たちと気軽に挨拶を交わすくらいの関係には落ち着いている。もともと訪重郎を敵視していた者は一部の席官のみであり、五番隊の全員が藍染を狂信していたわけではない。

 

 卍解を披露した雛森の強さに驚かされた隊士たちだったが、それだけの力を尽くしてなお逃げ切って見せた訪重郎の実力にも気づく機会となった。雛森を直接傷つけることなく、力で上から押さえつけるわけでもない訪重郎の方針に好感を持つ者もいた。

 

 今回の一件に関して雛森を始めとした関係者一同に厳しい処分が下されるものと思われた。そもそも造反の意思など芽生えぬように普段から徹底的に締め付けていればこんな騒ぎは起きていない。軍としての体裁を保つ上で当然の話だ。

  

 しかし、訪重郎が自分に逆らった者たちに処分を下すことはなかった。全ては隊を取り仕切ることの出来ない己の未熟さが原因だと感じていた。仲間を咎める理由はない。

 

 他の隊長からしてみれば甘すぎる采配と言えるだろう。現に苦言を呈されることもあったが、訪重郎はどれだけ身内から馬鹿にされようとこれまでやり方を変えることはなかった。

 

 藍染が死んでから数か月。たったそれだけの時間で分かり合えるほど心は容易くできていない。一からの関係を積み重ねるどころか、訪重郎は嫌われた状態から始めなければならなかった。受け入れられないのが当然だろう。

 

 訪重郎を良く思っていない席官たちは大人しくなった。流石に懲りたのか目に見える形で無礼な態度を取ることは無くなった。だが、内心では彼のことをまだ認めてはいない。

 

 それでいい。簡単に慣れ親しむ方が不自然だろう。後は時間をかけて付き合っていくしかない。強引に上下関係を叩き込むのも一つの道だろうが、そうではない答えもあるかもしれない。訪重郎はこれまで通りの接し方を貫くことにした。

 

 切り落とした庭木の葉を片付けていると、誰かが近づいてくる。もっともそれが誰であるか、足音と気配から目を向けずとも察せられた。

 

「お早うございます、十間坂隊長」

 

「お早うございます、雛森殿」

 

 雛森は縁側から降りて膝をつき、挨拶する。そこまで堅く振舞うことはないといつも言っているのだが、雛森は聞き入れなかった。決闘以来、彼女はこの調子である。

 

 心を開いてくれているとは言い難く、まだ業務に関すること以外の話はできずにいるが、口をきいてもらえなかった以前と比べれば遥かに良い。五番隊の隊長としての仕事もわからないところは教えてもらえるようになった。

 

「伝令があります。臨時の隊首会が開かれるようです。おそらく虚圏遠征に関することかと」

 

「わかりました。準備します」

 

「……差し出がましいことかと思いますが、その……」

 

「わかっていますよ。某から話を通してみましょう」

 

「ありがとうございます」

 

 隊首会の議題が虚圏への遠征ということであれば誰がその任務に就くかという話になるはずだ。訪重郎は当初、意見もなく上から決定に従うつもりだった。

 

 しかし、そこで雛森から進言があった。どうやら彼女はこの任務への参加を希望しているようだ。理由は判然としないが、珍しいことだ。

 

 副隊長の立場からその希望を申し立てるのは難儀するだろう。訪重郎は雛森のためにまず自分が志願して、雛森を追従させる形で任務に同行させようと考えていた。

 

 この程度のことは何の苦でもない。ようやく頼ってもらえるようになった気がして嬉しいくらいだ。実際に思惑通り事が運ぶ確証はないのだが、やれるだけのことはやってみようと考えていた。

 

 だが、その心配は杞憂だった。臨時隊首会にて遠征隊の人選が発表される。

 

 五番隊より十間坂訪重郎。

 六番隊より朽木白哉。

 十一番隊より更木剣八。

 十二番隊より涅マユリ。

 および同隊副隊長四名が選出された。

 

 まず遠征隊の指揮官として命令を忠実に遂行できる白哉が選ばれ、純粋な戦闘要員として更木、救護支援の訪重郎、情報収集などを担当するマユリがそれに続く。

 

 瀞霊廷の守護も疎かにはできないため選ばれた隊長は四名のみだ。少ないようにも思えるが、欠員が生じている隊長格の中からこれだけの戦力を投じる意味は重い。藍染一味が生きているならばまだしも、現状を踏まえればこれで十分と判断されたようだ。

 

 また、戦力としては十分であっても個々の連携とそれを円滑にサポートする要員として各副隊長も同行することになった。雛森桃、阿散井恋次、草鹿やちる、涅ネムの四名である。特に雛森と恋次に関しては卍解の習得が確認されており、戦力としても大いに期待されていた。

 

「では、皆さん。いってらっしゃい」

 

 浦原喜助が完成させた門を通り、遠征隊は黒腔(ガルガンタ)へと足を踏み入れた。死神がよく通行する断界とは異なり、障害物は一切ない。足場すらないので霊子を使って自分で道を作らなければならない。

 

 隊長格の霊圧を持つ死神たちにとってはさほど困るようなことでもなかった。未知の領域ゆえ警戒は続けつつも、敵との遭遇は虚圏に到着してからになるものと思われた。それまでしばらく走らなければならない。

 

 各自、自由にしていた。マユリはネムに指示して計器を取り出し、黒腔の情報を集めている。その他様々な機材を持ち込んでいるためか大荷物のネムは顔色一つ変えず従っている。

 

 思想を危険視されているマユリではあるが、広大な虚圏の中から崩玉を探し出さなくてはならない任務の性質上、技術者の存在は不可欠だった。

 

 更木は先行したくて仕方ない様子だったが、いつもの調子で突き進んで迷子にでもなれば洒落にならないので自制していた。その様子を見て恋次はひとまず安心する。この面子で団体行動ができるのかと気をもんでいたのだ。

 

 一応は朽木白哉が遠征隊の指揮官となっているのだが、それがどこまで機能するかという疑問はあった。この隊長たちがまともに協調できるのか不安しかない。そのためか調整役として副隊長が付き添えられていた。

 

 このうち、実質的に仲介する能力を持つ者は恋次と雛森だけと言えた。難題である。それだけ隊長格に対する信頼が置かれているということだろうと思うことした。恋次は今後の予定を話し合うべく雛森の方へと目を向ける。

 

「……」

 

 しかし、彼女もそれほど余裕はなさそうだった。気負い過ぎていると一目でわかる。仕事に鍛錬にと休む間もないほど自分を追い込んでいると恋次は話に聞いていた。

 

「大丈夫か?」

 

「うん? 私は平気だよ」

 

 そう言って無理に笑う。どう見ても平気ではなさそうだ。雛森とは同期でよく知った間柄であるだけに、恋次は見ていられなかった。どんな思いで雛森は鍛練を重ね、卍解を習得するまでに至ったのだろうか。恋次はとやかく口を出すことができずにいた。

 

 彼もまた、ルキアを助けるために無茶をしてきたからだ。結果的にルキアは救われた。しかし、雛森の場合はそうではない。彼女の思い人は亡くなった。

 

「虚圏に行くなんでこれまでにないくらい重要な任務だから、しっかりしなくちゃって思ってただけ」

 

 もし、ルキアが藍染に殺されていたなら恋次はどうなっていただろうか。今こうして平静としていられただろうか。それを思えば簡単に雛森の気持ちを否定することはできなかった。

 

「いやぁ、参加できて良かったですね雛森殿。この任務のことを随分、気にかけていたようでしたから」

 

 訪重郎が横から話しかけてきた。雛森の表情が硬くなる。訪重郎の言動は善意かどうかもわからない。恋次にとってはつかみどころのない人物だった。付き合いが短いからという理由もあるが、謎が多い。

 

 訪重郎は竹籠を背負っていた。部下である雛森にも持たせないとは、よほど大事な荷物なのか。

 

「ああ、これはお弁当ですよ」

 

 全員分の弁当を持参していた。戦地補給用の丸薬はあるが、握り飯程度でも弁当があった方が意気高揚になるだろうと早起きして手ずから作ってきたのだ。

 

「わーい、お弁当ー!」

 

「後で皆さんで食べましょう」

 

 更木の肩の上でやちるが喜んでいる。まるで遠足だ。そこで恋次は気づく。訪重郎の姿のどこを探しても刀がらしきもの見当たらない。

 

「あの、十間坂隊長。斬魄刀は……?」

 

「え? ああ……ああ! 忘れてきてしまいました」

 

「何やってんスか!?」

 

 馬鹿なのか。弁当などより遥かに大事なものだろう。元四番隊として回道に専念するというのであればまだ刀を使わない理由もわかるが、五番隊の隊長としてそれでいいのか。これでは何のために来たのかわからない。

 

「いいの、恋次君。隊長はいつでも自分の刀を呼び出せるから」

 

「呼び出せる?」

 

 訪重郎の斬魄刀『松正』の能力は、どこからでも好きな時に刀を呼び寄せられること。雛森はそう聞いていた。

 

 厳密に言えば“最も使いやすい形として手元に収まる”という能力だが、説明がしにくかったので訪重郎は省いた。刀の形は始解する前とほぼ変わらないし、始解によって霊圧が上昇すると言った効果もない。目に見えてわかりやすい変化が呼び寄せるという点だけだった。

 

 それを聞いた恋次は肩透かしを食らったような気分になる。隊長になるほどの死神がどんな能力を秘めた斬魄刀を持つのか気にならなかったわけではない。それがただ呼び出せるだけとは。

 

 便利ではあるが、実際の戦闘でどこまで役に立つかすぐに思いつかない。とはいえ、斬魄刀の能力だけが戦闘を左右する要素というわけではない。決闘の際に見せた瞬歩の技もある。他に秀でた才覚があるのだろうと考えていた。

 

「そいつの剣が、ただ見た目だけのなまくらなら、藍染は殺せていなかったはずだぜ」

 

 恋次の考えを読んだかのように更木が口を挟んだ。

 

「某の剣は見た目だけですよ」

 

 剣は剣だ。それ以外の何者でもない。訪重郎が自身の剣に求めているのは、ただ“形”を成しているいるということだけ。

 

「どうだかな。すぐにわかるさ」

 

 更木は噛みしめるように笑った。雛森はその会話を黙して聞いていた。

 

 

 * * *

 

 

 破面(アランカル)とは、ただの虚から一線を画した存在である。藍染は崩玉を研究する過程で死神と虚の境界を取り除き、二つの力を併せ持つ存在の一例として多くの破面を生み出した。

 

 その実験に携わっていた市丸ギンは包み隠さず口外した。だが、それを聞き取る側が正確に脅威を計り知ることができたかと言えば、そうではなかった。

 

 双極の丘で行われた藍染との決戦では、多数の強力な破面が投入された。『十刃(エスパーダ)』と呼ばれる精鋭部隊である。

 

 ドルドーニ・アレッサンドロ・デル・ソカッチオ。

 チルッチ・サンダーウィッチ。

 ガンテンバイン・モスケーダ。

 

 いずれも並みの死神では対処不可能な強さを有していた。彼らは決死の覚悟で隊長たちとの戦闘に臨んだ。全て討伐されたが、その強さがなければ隊長格の足止めさえ叶わなかっただろう。

 

 捨て駒にされるには贅沢な戦力だと思えたが、藍染にとっては取るに足らないものだった。なぜなら彼らは既に『十刃』から排斥された『十刃落ち(プリバロンエスパーダ)』。あの場で東仙は切り札を使うまでもないと判断し、二軍を投じていた。

 

 真の十刃は別にいる。何年も前からこの計画は進行していた。崩玉の力は藍染にとって完全とは言い難かったが、それでも時間をかけて成功させていた。大虚(メノスグランデ)の中でも絶対的な力を持つ『最上級大虚(ヴァストローデ)』の破面化を。

 

 なぜ藍染はこれを指して『十刃』と名付けたのか。それは十体いれば尸魂界を攻め落とせると目算したからだ。市丸ギンはこの事実を瀞霊廷の捜査当局に伝えているが、なにせ前例のないことゆえにその情報の精度を判断できていなかった。

 

 仮に市丸の言葉が真実だったとしても、結局は藍染一人の力でねじ伏せられる程度の集団である。さほどの脅威ではないと思われた。

 

 その藍染がどれだけの力を持っていたのか、肝心なところがわかっていない。その強さがどれだけ隔絶したものか不明なまま、あまりにも簡単に倒されてしまった。だからこそ見誤ったまま判断は下された。

 

 

 

「ご機嫌麗しゅう、大帝閣下」

 

 元『第8十刃(オクターバ)』ザエルアポロ・グランツは慇懃に礼を執る。その相手は髑髏で飾られた玉座にいた。

 

「我が王宮をいつまでこのような姿のままにしておく気だ。さっさと片付けろ」

 

 元『第2十刃(セグンダ)』バラガン・ルイゼンバーンが吐き捨てるように叱責する。彼の『虚夜城(ラスノーチェス)』は藍染の手によって石の巨城に作り替えられた。それがようやく戻ってきたかと思えば、今度はザエルアポロの実験に巻き込まれ、変わり果てた姿となっていた。

 

 城の至るところに血の気のない肉の塊が転がり、木の根のように張り巡らされている。肉には大小様々な眼球が見開き、うごめいていた。除去してもすぐに再生する。

 

 “老い”の力で抑え込んでいなければ城内が肉で埋め尽くされているだろう。だが、バラガンにとっても必要なものであるだけに、完全に朽ち滅ぼすわけにはいかなかった。

 

「申し訳ありません。崩玉の制御に手こずっておりまして。プラントが完成するまでお待ちください」

 

 謝罪の言葉を口にしているが、ザエルアポロに謝る気がないことは明らかだった。一応はバラガンの下についているが、忠誠心などまるでないことは見え透いている。

 

 藍染の死によってかつての十刃は解体された。もともと藍染の支配によって組織の態をなしていたに過ぎなかった彼らは一つ所に集まる理由を失った。

 

 最初は藍染の死など信じられるものではなかった。だが、彼が何よりも大切にしていた崩玉の封印が解かれたとなれば、認めざるを得ない。藍染は倒されたのだと。

 

 護廷十三隊はそれだけの力を持っている。バラガンは備えなければならないと考えた。藍染のもとで味わった屈辱を忘れてはいない。二度と同じ轍を踏むわけにはいかない。

 

 今こそ虚圏を平定する時だ。バラガンは全ての虚の王として君臨し、憎き死神どもに立ち向かうことを決めた。だが、その思想に賛同する者は彼の元々の配下だけだった。

 

 元『第1十刃(プリメーラ)』コヨーテ・スタークは、単純に興味をなくして城を去った。

 

 元『第3十刃(トレス)』ティア・ハリベルは、バラガンの目的はともかく手段に異を唱えて離反した。

 

 元『第4十刃(クアトロ)』ウルキオラ・シファーと元『第5十刃(クイント)』ノイトラ・ジルガは城に残っているが、バラガンの下にはついていない。その強さを見込み、食客として置いている。

 

 元『第6十刃(セスタ)』グリムジョー・ジャガージャックは旅に出た。誰よりも強者との闘いを望んだ彼だったが、藍染との出会いによって考えが変わった。我武者羅に立ち向かうだけでは越えられない壁もある。もう一度、己の強さを見つめ直し、牙を研ぐことにした。

 

 そして、残りの十刃はザエルアポロの実験のために謀殺され、材料とされた。その成れの果てが虚夜城を覆い尽くす肉の塊である。

 

 かつての仲間をこのような姿にしたことに罪悪感はなかった。全ては大義のため。死神を滅ぼす戦力を集めるために必要なことだった。バラガンの治世の礎となれたことは永久の誉れである。彼はそう確信している。

 

「今はまだわからずとも、いずれは誰もが儂の正しさに気づくことじゃろう。事が起きた後で手を尽くしたところで遅すぎるのだと」

 

 バラガンは為すすべもなく藍染に敗れた日のことを思い出す。あの時、どうすれば自分の敗北を予想できただろう。自らが信じて疑いもしなかった世界が壊れる瞬間など、あっけなく訪れるものなのだ。

 

 

 

 

 

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