無形の剣   作:--

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人斬り4

 

「花太郎、あれは誰だ? 兄様に一太刀入れるなんて信じられん」

 

「僕と同じ四番隊の仲間のはずなんです……」

 

「四番隊にそれほど腕の立つ者がいるという話は聞いたことがないが」

 

「僕にも、わからなくて」

 

 花太郎にすら目の前の人物が本当に訪重郎であるのかどうか確信できずにいた。あの程度の鬼道で隊長を傷つけることができるはずがない。

 

 縛道の七『刃』。

 

 この術は敵の攻撃を防ぐための剣を霊圧で作り出す。縛道の八番に『斥』という術があり、こちらは同じ要領で盾を作り出せる。『刃』は持続力に優れ、『斥』は瞬間的な防御力に優れるという一応の性能差はあるものの、どちらも使い道はほぼ変わらない術である。

 

 だが、所詮は一桁代の縛道。はっきり言って、その程度の防御は斬魄刀を使えば当たり前にできることであり、わざわざ実戦で使う必要もない術である。

 

 そもそも攻撃に使える術ですらない。白哉と訪重郎の霊圧差を無視して一撃を通すことなど、天地がひっくり返ってもあり得ないのだ。

 

 ゆえに白哉はそれを「死神の力ではない」と評した。鬼道による攻撃ではなく、全く異なる別の道理によるものだと。

 

「ご明察です。某の力は“分かつ”こと。この剣に触れたものは一切が分かたれる」

 

 もっと言えば斬ってすらない。斬り分けることは彼に行使できる権能の一つでしかなく、それが力の本質であるわけではなかった。

 

 どれほど相手との実力がかけ離れていようと関係ない。剣を差し込めばそこが境となる。訪重郎にとっては羊羹を切り分けるのとさして違いはなかった。

 

 そして白哉の推測通り、この力は死神になって得たものではない。現世で人間として生きていた時分から習得していた力だった。

 

 これが何なのか、訪重郎自身も実はわかっていない。彼は生まれつき視力が極端に低かったが、それでも何となく周囲の物事を把握することができた。物の“存在”を強く感じる力を持っていた。

 

 とりわけ幼少の頃から触れる機会の多かった刀剣類や刃物に関しては特別な力を引き出すことができた。それに目を付けた父は、自らの剣と訪重郎の力を取り合わせることで新たな剣術の境地を編み出そうとした。

 

 敵を在るものとして斬るのではなく、無を斬ることで制する剣。ゆえに際限もない形無き剣を理念とする。その名を『無形流』。

 

 

「『緑刃無形』」

 

 

 宙へと飛び上がった訪重郎は、渾身の霊圧を剣に込めた。ただでさえ制御が覚束ない状態だった霊圧の剣が暴走する。まるで雷雲から放たれた稲妻のように、緑光を纏った剣撃が白哉へ向けて降り注いだ。橋の中ほどが真っ二つに切り裂かれ、瓦礫が階下へと崩れ落ちる。

 

(はしゃ)ぐな。そのようなことをせずとも貴様の相手をしてやろう」

 

 白哉は瞬歩にて攻撃を回避していた。橋の上ではなく、空中に立っている。大気中の霊子を足場にして闊歩することなど上級の死神とっては造作もない技である。

 

 訪重郎が大技を打ち込んだのは、近くにいる花太郎や岩鷲たちを巻き込まないように注意を引きつけようとしたためだった。白哉はそれを見抜いている。

 

 見た目こそ派手だが、白哉に傷を負わせた初撃に比べれば格段に威力は落ちている。訪重郎の能力は剣を媒介にしなければ発動できないという制約があり、得物の形が剣から離れるほど宿る能力も弱まるのだ。

 

 腹部を真横に斬られかけたというのに白哉は平然としていた。事実その傷は深く、並みの死神ならすぐに治療しなければ命の危険があるほどだ。白哉は体内の霊圧を操作し、簡易的に傷を塞いで止血していた。

 

 訪重郎は加減したわけではなかった。本気で斬りつけなければ隊長相手に通用しないということはわかっていた。不完全な武器を使っていたこともあるが、訪重郎の能力を拒むほどに強い白哉の肉体が技の威力を大きく減衰させたのだ。

 

「たかが一兵卒と侮った。この傷は浅慮の代償として受け入れよう。しかし、貴様の剣が再び私に届くことはない」

 

 訪重郎なる人物が何者であるかは今の時点で白哉にもわからない。だが、不測の事態が連続して発生している現状において決して軽視できる存在ではなかった。捕らえて情報を吐かせる必要があるだろう。処分する対象ではなく、明確な敵として認識する。

 

「『縛道の七――」

 

 訪重郎はすぐに新しい剣を作り出そうとした。その瞬間、背筋が凍るような悪寒に襲われる。

 

 訪重郎の背後に白哉が立っていた。目を離してはいなかった。影さえ負うこともできない速度で後ろに回り込まれたのだ。

 

 『閃花』と呼ばれる技だった。回転をかけた特殊な瞬歩で敵の意識の間隙を突き、背後を取る。そして放たれる刺突は寸分の狂いもなく訪重郎の急所を狙っていた。鎖結と魄睡だ。破壊されれば即座に戦闘不能に陥るだろう。

 

「言ったはずです。某の剣は触れたものを分かつと」

 

 白哉の刀が崩壊する。すなわち、頭、目貫、縁、鍔といった柄を構成する部品がことごとく分解され、衝撃に耐えられず弾け飛んだ。いつ攻撃を受けたのか。一合目に訪重郎の剣を千本桜の柄で受けた、あの時に仕込まれた細工だと思い至る。

 

 隙を晒した白哉に対し、今度は訪重郎が剣を振るった。白哉の体を二分する。だが、あまりに手ごたえがない。それもそのはず、訪重郎が斬ったものは白哉の残像だった。手が届くほどの間合いでありながら、訪重郎の剣速では白哉を捉えることができなかった。

 

「言ったはずだ。貴様の剣が私に届くことはない」

 

 想像を絶する瞬歩の速度である。肝が冷えた。あらかじめ対策を講じていなければ今の一撃で勝負はついていただろう。

 

「散れ『千本桜』」

 

 一手間違えば容易く負ける。訪重郎は集中した。刃の嵐が襲い掛かる。

 

 刀を破壊したが、それは白哉にとって何の痛痒にもならない。千本桜の正体は何百、何千と枝分かれし、宙を舞う刃の群れだ。無数の花が舞い散るように刃は光を受けてきらめく。その恐るべき速さは残光のみを敵の目に焼き付ける。

 

 いくら“分けた”ところで切りがない。訪重郎にとっては最悪の相性と言えた。千本桜を回避できる死神など護廷十三隊においても数えるほどしかいない。すぐにでも決着はつくかに思われた。

 

 訪重郎が空を駆ける。その瞬歩は千本桜を置き去りにしていた。

 

 秘密は足場にある。彼は物の存在を強く感じ取る能力を持っていた。その最たる力の発露が“分ける”ことだが、できることはそれだけではない。地面の存在を感じ取れば踏みしめた時に返ってくる反発を何倍にも増幅して引き出せる。それを推進力に換えることもできる。

 

 その移動術を瞬歩に組み込み、応用したのである。訪重郎がこれまで毎日欠かさず続けてきた瞬歩の修行は全てこの技術のためにあった。異なる二つの歩法を両立させることは困難だったが、長い歳月の果てに完成した。

 

 踏みしめた空気を跳び継ぐと、まるで水切りの石が残す波紋のように緑色の光が散った。千本桜を振り切り、剣を手にした訪重郎が白哉へと接近する。

 

「『破道の三十三 蒼火墜』」

 

 そのまま押し切れたならどれだけ楽か。なるほど確かに白哉も認めざるを得ないほど訪重郎の瞬歩は速い。だが、ただ速いだけでは不十分だ。

 

 白哉は鬼道を放った。三十番台の中級破道を詠唱破棄して発動させたとは思えない業火がほとばしる。隊長格の霊圧を宿した破道だ。訪重郎もこの術は霊術院で見たことがあるが、まるで別物と言える威力だった。

 

 前方から青い炎の壁が迫る。後方からは刃の群れが追いすがる。逃げ場はなかった。悩む暇もない。剣をもって炎を切り分けた。威力を分散させ、受け流す。

 

 なんとか凌ぎはしたが、足が一瞬止まった。千本桜の猛追を受ける。いくつか致命傷となり得る攻撃は弾いたが、その全てを受けきることは到底できなかった。

 

「さすがに強い……手も足も出ない……!」

 

 刃の雨を受けてなお、訪重郎は駆け出した。その様子を見て白哉は訝しむ。千本桜を通して確かに敵を切り裂いた手ごたえを感じていた。だが、檻のように展開された刃の結界から脱した訪重郎の体には傷一つついていない。

 

 治したのだ。いや、正確には“直した”と言うべきか。

 

 訪重郎の能力は分けること。分けるということは物の構造を理解することにも通じる。結合している部分がわかるからこそ分離することができる。人間だった頃の彼は壊すことしかできなかった。分けてしまえばそれまでだ。元に戻すことは叶わない。

 

 ゆえに死神となり、始めに興味を抱いたのが回道という技術だった。分かれたものを繋ぐ術。病気を治すようなことは不得意だが、傷ついた細胞を元に戻すことは物質の構造を感じ取る力を持つ訪重郎にとって難しくなかった。

 

 その力の行使は肉体のみに留まらない。彼にとっては治すも直すも同じことだ。千本桜によって切り裂かれた死覇装をも瞬時に修復していた。死神の正装であるこの着物は戦闘に耐え得る鎧でもある。直しておくに越したことはない。

 

 さらに言えば剣にも術を施している。回道を使って剣を修復しながら戦っていなければ疾うに壊れ果てているだろう。鬼道とはそのほとんどが一過性の術であって、本来このように長時間維持できるものではない。

 

「四番隊と言っていたな。回道か」

 

 予想はつけたが白哉にしても初めて見る異質な術だ。早めに仕留めた方が得策かと攻撃の手を強める。千本桜と破道や縛道を織り交ぜた鉄壁の布陣が訪重郎を苦しめた。

 

 彼が白哉に一撃入れるためには近づかなければ話にならない。どれだけ俊敏に動けたとしても最終的な狙いは明白。白哉はその場から一歩たりとも動く必要もなく迎撃していた。

 

 訪重郎は常人なら何度死んだかわからない攻撃をその身に受けた。そのたびに傷を直して復帰する。いかに適性があろうと治療は極度の集中を必要とする。同じ鬼道でも破道や縛道を使うのとは訳が違う。戦闘中に動き回りながら回道を使って自分を癒す戦い方など白哉にしてみれば正気とは思えなかった。

 

 傷を直せるといっても無限にできるわけではない。当然、霊力は消耗していく。訪重郎が放つ霊圧も徐々に弱まっていた。いずれば刃の海に溺れて死ぬのだ。怖かろう。苦しかろう。諦めれば楽になるものをなぜ足掻くのかと白哉は思った。

 

「は……ははは……」

 

 諦めるなどとんでもない。彼は笑っていた。襲い来る刃の光は陽だまりのように温かい。人間だった頃を思い出す。父の面影が脳裏をよぎる。まるであの頃に帰ってきたかのようだ。向けられる冷たい殺意に愛おしさすら感じる。

 

 その表情を見た白哉は理解した。戦いに狂った者の目だ。更木剣八と変わらない。何かのために剣を振るうのではなく、剣を振るうために己があるかのごとき愚か者だ。物の道理をわきまえた輩ではない。斬って捨てる以外に処置もなし。

 

 最初からそのつもりだったはずである。しかし、攻めあぐねていた。確実に敵は弱っている。にもかかわらず、その動きは次第に鋭さを増していく。

 

「速すぎて何がなんだかわからねぇが……もしかしてこれ訪重郎が押してんのか!?」

 

 遠目から戦いを眺めている岩鷲は辛うじて把握できた。訪重郎の姿は見えないが、彼の移動する軌跡を描くように緑色の線が光っている。少しずつ、白哉の包囲網を掻い潜って近づけるようになってきている。

 

「行け、やっちまえ、訪重郎……!」

 

 岩鷲は花太郎たちを連れてこの場から逃げるべきかとも考えたが、白哉から向けられる威圧に足がすくんで動けない。無数にある千本桜のうちの一本でも差し向けられればあっけなく斬り殺されてしまうだろう。誰も動くことは許さぬと殺気が語っている。訪重郎を信じるしかなかった。

 

 白哉は眉をしかめる。苦戦はしていない。なりふり構わず『卍解』を使えば今すぐにでも勝負を終わらせることはできる。しかし、それは躊躇われた。

 

(この私が斬魄刀も持たぬ下級死神風情に卍解を使うだと……?)

 

 冗談にもならない。白哉は掌をかざした。手掌をもって操られた千本桜はその速度をさらに増す。調子を崩された訪重郎は傷を負いながらもかわしていく。

 

 まだ速くなる。刃を捌く霊圧の剣は限界を迎えていた。修復が追い付かない。新しく作り直す余裕もない。原形が崩れていく。

 

 こんなものは剣ではない。

 

 そう思ってしまった。それはつまり、存在の否定だ。剣だったものから力が失われる。受け損なった千本桜が訪重郎の体を貫いた。

 

「がっ……!」

 

 血が噴き出す。まずいと思えども手元には何もない。藁にもすがる思いで宙をまさぐる。

 

 剣。剣。剣が欲しい。

 

 

 

「  在れ『松正(まつまさ)』  」

 

 

 

 その名を口走っていた。元からそこにあったかのように訪重郎の手には一振りの刀が握られている。

 

「……あった。あった。剣があった」

 

 ぬるま湯に浸るような安堵が押し寄せる。鯉口を切った。その刀は何の変哲もない。よく見る浅打と変わらなかった。

 

「ははは、はははははははは!!」

 

 だが、白哉は警戒する。解号を呼ばれ開放された斬魄刀である。どこからともなく現れたことも含めて得体が知れない。

 

「さあ、参りましょう、父上――」

 

 

 

 

 

 

 

「お前たち、そこで何をしている!?」

 

 突如として声がかかった。誰とも知れぬ声である。闘いに意識を割きすぎていた訪重郎は気づけなかった。回廊の入口に人影が立っている。

 

「双方、剣を収めろ! 懺罪宮での斬魄刀開放など一級禁止条項のはずだぞ!」

 

 その敵の霊圧は静かだが強大だった。何か叫んでいるようだが、訪重郎の耳には聞こえない。聞こえていても理解できない。ただ白哉と、新たに現れた敵をどう斬り捌こうかという算段だけが頭の中を渦巻いている。

 

「お前は……そこにいるのは訪重郎、か?」

 

 名前を呼ばれて初めて気づく。そこにいたのは浮竹十四郎、十三番隊隊長だった。

 

 訪重郎と彼は面識がある。重い持病を患っている浮竹はよく四番隊の綜合救護詰所に来ることがあった。貴族など要人の治療は真央施薬院と呼ばれる専門の病院で行われるため、浮竹ほどの人物がわざわざ足を運ぶような場所ではない。身分にこだわらない気さくな人柄だった。

 

 訪重郎は薬の調合を手伝ったことがある。浮竹は回道の造詣にも深く、術の手ほどきを受けたこともあった。

 

 そんな人物のことを忘れるほどに訪重郎の目は曇っていた。浮竹は信じられないものを見るような目を訪重郎に向けていた。普段を彼を知る者ならば誰でもそうするだろう。剣を抜き、朽木白哉と相対する彼の姿など誰が想像できようか。

 

「あ、あ、あ……」

 

 途端に、現実へと引き戻された気分だった。自分が犯した失態に気づく。また同じ過ちを繰り返そうとした自らを恥じた。

 

 こんなつもりではなかった。斬魄刀を使えば引き返せなくなる。だからこれだけは使うまいと心に決めていたはずだった。

 

 刀を持つ手に震えが戻る。足元から崩れ落ちるかのようだった。事実、そうなる。彼は空気と霊子を足場にして宙に立っていた。息をするかのごとく当然にできたその技が乱れる。

 

「訪重郎!」

 

 足を踏み外した彼は落ちた。眼下に広がる群塔の中へと吸い込まれ、意識を失った。

 

 

 * * *

 

 

 治療を受けた彼は独房で目を覚ました。様子を見に来た浮竹に顛末を説明される。

 

 花太郎と岩鷲は捕まったようだ。現在、取り調べを受けている。訪重郎は知らなかったが、昨晩から今朝の未明にかけて五番隊隊長藍染惣右介が殺される事件があった。旅禍の件も含めて聴取が行われている。

 

 ただ、黒崎一護については安否不明と伝えられる。更木剣八との戦闘が確認され、なんと一護に敗北したという。隊長格が打ち破られるとは前代未聞だ。しかし、その後の行方はわかっていない。朽木ルキアは投獄され、刑の準備は滞りなく進められている。

 

 土台、無理な話だったのだ。極囚を逃がすなどという企ては。訪重郎も容体が落ち着き次第、尋問を受けることになると告げられた。

 

「お前も心を落ち着ける時間が必要だろう。しばらく頭を冷やせ」

 

 仲間の無事については案ずるなと浮竹は言った。彼の尽力がなければ結果はもっと悲惨なことになっていただろう。卯ノ花隊長も口添えしてくれたという。

 

 本来であれば冷酷な処遇を受けてしかるべき罪を犯したのだ。花太郎も岩鷲も無事ではすまなかったかもしれない。

 

「誠に、申し訳ありません」

 

 訪重郎は膝をついて頭を下げた。浮竹はそれ以上何も言わなかった。訪重郎が白哉との戦闘で見せた力についても、何も問いただそうとはしなかった。

 

 窓もない暗い玄室のような牢に一人残される。周囲は殺気石の壁で囲われていた。霊力を封じる手枷もつけられている。ただ茫然と闇を見つめることしかできなかった。

 

 

 

 

 『無形流』

 

 それは無を斬るために作られた剣だ。訪重郎の父、松正は多くを語らなかった。今にして思えば、彼は『(ホロウ)』を斬ろうとしていたのだとわかる。訪重郎の母は悪霊から受けた傷により病を患い、長く苦しみ、そして死んだ。

 

 いかな達人であろうとも人間の剣では虚を斬れない。ただの空想で終わるはずだった。しかし、訪重郎が生まれたことで全てが狂い始める。

 

 ありもしないものをどうして切れるというのだろう。訪重郎は松正の教えを理解できない。だが、従うしかなかった。幼い子供にしてみれば、たった一人の親だけが自分を愛してくれる存在だった。恨んだことは一度もない。

 

 剣と剣との打ち合いだけが、親子の会話だったのだ。その果てに訪重郎は松正を殺した。その結末を、外ならぬ松正自身が望んでいた。

 

 死こそが無だ。彼の死によって無形流の剣理は完成する。その呪いを訪重郎は引き継いだ。

 

 

 

 

 冷たい石床を叩く音を聞き、彼の思考は現実に呼び戻された。誰かが牢に近づいてくる。尋問官かと思ったが、どうもそうとは思えない。三の文字が描かれた隊長羽織を纏っていた。

 

「おはようさん。元気そうで何よりや」

 

 三番隊隊長、市丸ギン。これまで雲の上の存在だった隊長たちとよくよく縁があるものだ。名前と顔だけは知っていたが、訪重郎がこうして話をするのは初めての相手だった。

 

 浮竹と会った後だからだろうか、市丸の霊圧はひどく冷たく感じた。

 

「いやぁ、一度会うてみたかったんよ。まさかあの朽木はんと斬り合いができる平隊士がおるとはなぁ思て」

 

「……隊長ともあろうお方が、いったい某に何用でございましょうか」

 

 まさか世間話でもしにきたわけではあるまい。言葉だけは訪重郎の体を気にかけるようなことを言っているが、その実まるで心配などしていないことは見え透いていた。

 

「そら気になるやろ? なんでキミ、その強さを隠して生きてきたんや?」

 

 尸魂界に来てから百年以上も経っている。最初は自分が力を持っているということも理解できていなかった。現世での記憶を失っていたからだ。何か恐ろしいものが自分の中にあるということだけはわかり、必死にそれを抑え込もうとしていた。

 

 やがて悪夢の中に見せられる形で記憶を少しずつ取り戻していくと、もっと自分を抑え込むようになった。戦闘を回避するための瞬歩をがむしゃらに鍛え、多くの人を癒すための回道を学んだ。罪の意識から逃れるように人のために役立ちたいと思うようになった。

 

「あかんなぁ。自分で言うてることが無理あるてわからんか?」

 

「何がでしょう」

 

「キミのこれまでは全部、嘘ってことや」

 

 瞬歩も回道も全ては戦いのための技。理由をこじつけて本当の目的から目をそらしているだけだと市丸は言う。

 

「四番隊として積み上げた実績も、仲間との友達“ごっこ”も全部嘘。キミはただ人を斬りたかっただけや。そのために全てを都合よく思い込んだ」

 

 朽木ルキアを脱獄させると決意した花太郎に手を貸した。ただ一人の友人のためなら戦うことになっても仕方ない。そう思い込み、剣を抜く言い訳を作った。友人を利用した。

 

 そんなはずはない。訪重郎はすぐにでも否定したかった。だが、声がでない。喉は乾き、唇は張り付き、言葉も満足に発することができずにいた。

 

「そない怖がらんでもええんやで。別に責めてるわけやない。他人を利用するなんて誰でも当たり前にやってることや。もう薄っぺらい嘘を吐き続ける必要もない。キミのやりたいことができる舞台をボクが用意したる。次からはボクのことを利用すればええんや。その方が気ぃも楽やろ?」

 

 最初は追及されるものだと思っていた。だが市丸は甘言を弄する。その言葉は訪重郎の心の隙間を埋めるように心地よく流れ込んでくる。それと同時に焦げ付くような毒の痺れも紛れ込んできた。なぜこんなことを言われているのか市丸の意図がわからない。

 

「ボクはな、キミみたいな紆余曲折ある奴を観察するのが趣味なんや。そういうんを唆して、持ち上げて、その気にさせて」

 

 最後に食らう。濁すことなく市丸はそう言った。

 

 訪重郎は聞いたことがある。市丸ギンという人物の評判はそれほどよくない。何を考えているかわからず気味が悪い。ある者は蛇ような死神だと言っていた。

 

 一方で、彼の配下である三番隊においては慕う者が多かった。その理由が少しだけわかった気がした。善人とはとても呼べないが、一種の人を惹きつける何かを持っている。

 

 市丸は訪重郎の力を知り、戦力にしようと考えているのかと思い至る。つまり、四番隊から三番隊への引き抜きだ。そう考えれば合点がいった。

 

「ああ、ちゃうで。ただキミがボクらについて来る気があるかどうか、ただそんだけの話や」

 

 煙に巻くようなことを言って、市丸は訪重郎に黒い布きれを差し出した。そして牢を出ていく。鍵も閉めず、開け放ったまま。

 

「ほな、行こか。今から何が起きるのか、その目で見てから決めたらええわ」

 

 牢から出られるのか。取り調べはどうなったのか。訪重郎は渡された衣服らしきものを確かめた。死覇装かと思ったが形が違う。なじみがないので詳しくはないが、現世で見かけるような服だ。フード付きの黒い外套だった。

 

 












やめて! 藍染惣右介の完全催眠にかけられたら、メンヘラ気質で自分の斬魄刀に父親の名前をつける変態死神の精神まで燃え尽きちゃう!

お願い、死なないで十間坂!

あんたが今ここで倒れたら、花太郎や岩鷲との約束はどうなっちゃうの?

霊圧はまだ残ってる。ここを耐えれば、藍染に勝てるんだから!


次回「藍染死す」オサレポイントバトルスタンバイ!
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