無形の剣 作:--
一連の騒動は終息し、瀞霊廷はようやく平穏を取り戻そうとしている。朽木ルキアは処刑されずに済み、旅禍の少年たちは傷を癒して現世へと帰って行った。
首謀者の藍染は死亡、東仙要は自刃、市丸ギンは拘束され、一応の決着はついた。しかし、藍染たちが護廷十三隊に残した傷痕は深い。捕らえられた市丸はこれまでに働いた悪行の数々を白状した。
流魂街の住人たちを犠牲にして改造虚を作り出し、それを死神と戦わせて実験していた。他にも、仲間たちを虚化の実験台にしてその濡れ衣を浦原喜助に着せた件など、悪逆非道の限りを尽くしていた。
また、藍染は虚界にて大量の破面を作り出している。その勢力は軽視できず、現世に出現すれば甚大な被害をもたらす危険があった。一般の隊士では太刀打ちできない。すぐにでも現世の防衛体制を強化する必要があった。
しかし、護廷十三隊は三人の隊長を欠いたことにより機敏な対応ができずにいた。隊長とはそう簡単にすげ替えがきく役職ではない。現在、三番隊と九番隊は副隊長である吉良イズルと檜佐木修兵が業務を引き継いで回しているが、隊長は不在となっている。
その中で、かつて藍染がいた五番隊については新たな隊長を据える人事があった。
* * *
一般の隊士と隊長との区別において、最もわかりやすい特徴が『隊長羽織』だろう。これは死覇装と同様に着用が義務づけられた装備である。黒一色の死覇装とは対照的に白い羽織はよく目立つ。
支給されてから一月ほど経つが、訪重郎はいまだにその着心地に慣れなかった。背中に刻まれた数字は『五』。屈強な武人が着れば格好がつくのかもしれないが、上背も人並みでしかない訪重郎にとっては着ているというより着られているようなものだった。
道を歩くだけで、すれ違う死神たちが避けて通る。隊長とはそれだけ一目置かれる立場ではあるのだが、訪重郎の場合は色々と他意も含まれているようだった。通り過ぎた後の死神たちはこそこそと何やら内輪話をしている。良い噂ではないことは確かだ。
「ああ、訪重郎じゃないか。久しぶり」
「花太郎」
疲れた表情をして歩いていると、珍しく声をかけられた。四番隊の同僚だった花太郎である。以前と変わらない対応をしてくれるのは彼くらいのものだった。
人事の件で色々と忙しく、最近は会っていなかった。花太郎は箒を持って道を掃除しているようだった。いつもの雑用だろう。気分転換にと、訪重郎も一緒に掃除をすることにした。
「いや、君はもっと他にやることがあるだろ。隊長なんだから」
「五番隊の業務なら雛森殿が全部やってくれているよ。やってくれているというか、某はやらせてもらえないというか……」
色々と気苦労が絶えないことを察してか、花太郎は黙っておくことにした。雑用でもしていた方が気が休まるくらい追い詰められているようだ。
事件の後、訪重郎は本来ならば受けるはずだった厳しい処罰を免れた。地下特別檻理棟、別名“蛆虫の巣”に収監されてもおかしくなかったのだが、藍染惣右介を倒した功績はそれだけ大きかった。
そこまでは良かったのだが、まさか隊長をやらされるとは思ってもいなかった。最初は辞退していたが、頼まれると断れない性格があだとなって結局は引き受けることになる。
隊長の就任要件にはいくつかあるが、訪重郎は複数の隊長からの推薦を受ける様式で認められた。
・一番隊総隊長 山本元柳斎重國
破面の残党狩りに備え、三人もの隊長空席の穴埋めは急務であり、多少人格に問題があっても戦力の確保が優先されると判断。賛成する。
・二番隊長 砕蜂
反対。
・三番隊長 不在
・四番隊長 卯ノ花烈
推薦者代表。訪重郎の昇格を最初に提言した。
・五番隊長 不在
・六番隊長 朽木白哉
黒崎一護たちの証言をもとに評価。隊長として不適格な面はあるが、旅禍と共に藍染の策略を打ち破った功績を認める。
・七番隊長 狛村左陣
人格面の不備を懸念。最初は反対していたが、監視を要するとした上で山本に倣って賛成に回る。
・八番隊長 京楽春水
まあ、いいんじゃない?と、賛成。
・九番隊長 不在
・十番隊長 日番谷冬獅郎
藍染を倒した実力は認めるものの、それ以外の適性を慎重に審査すべきとして現時点では反対。特に五番隊への着任については明確に反対した。
・十一番隊長 更木剣八
強ければ全て良し。
・十二番隊長 涅マユリ
完現術の研究は技術的発展のために有用であり、被検体としてデータの収集に協力するのであればその見返りに賛成することもやぶさかではない。
・十三番隊長 浮竹十四郎
戦闘時の性格の変化に心配はあるが、四番隊在任中、上級救護班として多くの人命救助に携わってきた勤務実績を評価。賛成する。
以上の結果、賛成8、反対2の票を集めて就任が認められた。厳密に言えば色々と手続きの不足はある。現隊長六名以上の推薦が必要であったり、慣習として卍解の習得が条件であったり、審査の面で穴はあった。
しかし、隊長として最も重視される適性とは何かと言えば、それは戦闘能力だ。更木剣八は隊士二百名以上の立ち合いのもと前隊長を決闘により倒した結果、他のあらゆる条件を無視して昇格が認められた。それを考えれば訪重郎が藍染を倒した事実をもって隊長と認められることもおかしくはなかった。
「噂で聞いたんだけど、更木隊長から逃げ回ってるってほんと?」
「ああ、本当だ」
一目会うなり更木から闘いを申し込まれた訪重郎だったが、これを断っていた。強さにひたむきな更木の人柄を訪重郎は好ましく思っている。できれば一戦交えたいと思う気持ちはあったが、卯ノ花に止められていた。
なぜか理由は不明だが、更木剣八とは絶対に闘ってはならないと卯ノ花烈は訪重郎に念を押した。訪重郎はこれまで世話になってきた卯ノ花に頭が上がらない。会うたびに闘おうとする更木から逃げるしかなく、そのせいで『逃げ足』の汚名が再燃していた。
かつて俊足を誇った死神たちは『雷迅の天示郎』『瞬神・夜一』と讃えられたが、『逃げ足』などという不名誉な二つ名をつけられた隊長は訪重郎が初めてだろう。
あとは涅マユリからも一度実験に付き合った時に殺されかけたので逃げている。いくら訪重郎でも戦場以外で死にたくはない。
「隊長って大変なんだね」
「まだこのくらいなら大したことないさ」
本当に恐ろしいのは逃げられない苦痛だ。それは彼が着任した五番隊にあった。
前隊長である藍染はその正体をおくびにも出さず五番隊を長らくまとめ上げて来た。人心掌握の手練に長け、誠実で部下に優しい理想的な上司を演じ続けた。いまだに彼を信じ続ける者が五番隊には多くいる。
はっきり言って、新たな隊長を快く迎え入れてくれる者はいなかった。それどころか恨みさえ買っている。藍染が護廷十三隊を裏切った事実はなく、全ては十間坂訪重郎が隊長の地位を得んとするがために仕組んだ陰謀であると考える者までいた。
このさえない元四番隊士がどうやって指折りの実力者である藍染を倒すことができようか。実際に双極の丘で起きた戦闘を見た者でなければ信じられないだろう。
その最たる例が副隊長、雛森桃だ。彼女はおそらく五番隊の中で、最も藍染に忠義を尽くしていた。心の傷は誰よりも深く、体の傷が癒えてなお床に伏せっていた。
訪重郎が見舞と就任の挨拶に出向いた時など、半狂乱になった雛森に斬りかかられる騒ぎが起きたくらいだ。訪重郎はその剣を甘んじて受け入れた。
結局、雛森は思いとどまり隊の仕事に復帰するも、訪重郎とはろくに口もきかない関係が続いている。隊の仕事は全て雛森が執り仕切っており、隊士たちも彼女に従っている。訪重郎は蚊帳の外だった。
「それは、なんというか……つらいなぁ」
「まあ、仕方がない。雛森殿からすれば敬愛する隊長を殺した憎い仇だ」
こうなることはある程度予想できたはずだった。なぜよりにもよって五番隊に配属されたのか。それは警戒心の高い隊士たちの中で訪重郎を監視させるためだった。
「僕に何か手伝えることがあればいいんだけど」
「こうして話を聞いてくれるだけでも十分だ。ありがとう」
訪重郎は随分と気が楽になっていた。それと同時に罪悪感にも苛まれる。
市丸の言葉が思い出された。訪重郎は友人である花太郎を利用したのだと。隊の規範に背いてまでルキアを助けようとした花太郎を訪重郎は止めなかった。友人のために協力したいと思った。その気持ちは嘘だったのだろうか。
訪重郎はただ己の欲望のままに剣を振りたかっただけなのだろうか。彼自身にもわからなくなっていた。ぐちゃぐちゃに絡まった心はどこからどこまでが本心なのかわからない。剣で切り分けるようにはいかなかった。
「……そう言えば昔、兄さんに言われたことがあるんだ。『お前は目の前にあるものしか見えていないから駄目なんだ』ってさ」
花太郎が自分の兄の話をすることは珍しかった。彼が幼い頃、回道の練習に付き合ってくれたことがあったらしい。翼が傷ついた鳥を癒そうとしたがうまくいかない。傷だけを治そうとする花太郎を兄の清之介はたしなめた。
問題がある箇所だけを見て、場当たり的にその異常を取り除こうとしても効率が悪い。その箇所が他のどの器官と有機的に結びついているかを理解していなければ、いずれ別の問題が発生する。何度も失敗を繰り返すことになる。
「もしかしたら藍染隊長も同じだったんじゃないかなって思うんだ」
藍染は目的のために手段を選ばなかった。確かにそれは研究を発展させる上で、これ以上なく考え抜かれた計画だったのだろう。だが、彼は結果的に失敗した。自分の目的以外のことに目を向けなかったからだ。取るに足らないと切り捨てたものに足を掬われた。
多くの物事はそれぞれが独立して存在しているわけではない。黒か白か、はっきりと区別できるものの方が少ないだろう。簡単に切り分けることなどできない。
『無』とは何か、『死』とは何か。それだけを考えて答えが出せるのであれば苦労はないのだ。罪を犯した過去の自分と、今の自分を分けることなどできない。全てひっくるめて抱えていかなければならない。
「だからさ、訪重郎。まずは色んなことに目を向けて、精一杯生きてみなよ。辛い時はこうやって愚痴でも聞いてやるからさ」
己が生きてきた事柄から途切れた先に死があるというのであれば。生きることすらままならない者が、死んだところでそこに何を感じられるというのか。語ることすらおこがましい。
「それでも背負いきれないくらい辛くなった時は、僕に苦労を分けるといい。どんな時でも手を貸すよ。まあ、一護さんや岩鷲さんみたいに頼りにはならないだろうけど……」
こんな自分のためにどうしてそこまで言ってくれるのだろうかと訪重郎は思った。花太郎にとって大した得にもならないだろうと。
「なんでかって? “友達”だから!」
してやったりといった表情で花太郎は笑った。つられるように訪重郎も笑う。
嘆いてばかりいても始まらない。これからも生きて行かねばならないのだ。
訪重郎は自分が着ている羽織を改めて見る。これが似合わないと思うのであれば、似合うようになればいい。自分が変われば済む話だ。
羽織の裏地は各隊によって色が異なる。表の白色ばかりに目を取られ、毎日着ていながら気にもしていなかった。見方を変えればこのように、新しい発見はいくらでもある。
五番隊は『白緑』だ。淡く落ち着いた緑色。好きになれそうな色だと思った。
「さて、すっかり長居をしてしまった。某も仕事に戻ろう。これにて御免」
この続きを書きたい気持ちもありますが、エタりそうなので完結にしたいと思います。
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