緑青:放浪者の図書館に出入りしている青年。実は蛇の手のメンバーというわけではない。デイビッドと個人的な親交があって今回の件に首を突っ込んでいるが、親しいかと言われると微妙な関係。
アニーは『家』へ戻ったことにより、水面などの反射面を通して自由に狭間の虚空へ潜れるようになった。しかし、この異能は決して生まれつき持っていたわけではない。
どういうわけかアニーの母はSCP-9174の性質を知っており、これを利用してアニーに異能を植え付けた。財団がSCP-9237とナンバリングした『家』自体の特殊性もあるだろう。
「君のお母さんは蛇の手に入り、放浪者の図書館を出入りできるようになった際、たまたま君に関する本を見つけた」
「……? どういうこと? 母さんが蛇の手にいたのは、私を妊娠した頃だったの?」
「いいや、それよりずっと前だ。ただ……こればかりは口で説明しても信じてもらえなさそうだから、とりあえずこれを読んでみるといい」
緑青が差し出したのは、何の変哲もない革表紙の本だった。表紙には──
「待って、どうしてジョンの名前が……?」
「読んでみて」
緑青は頑なに多くを語ろうとはせず、アニーは仕方なくページを捲ってみるしかなかった。そして、そこに綴られていた文章はアニーに奇妙な悪寒を覚えさせるには十分な内容だった。
この本はジョンの人生だ。どこで生まれ、どういう理由で財団に入り、どんな作戦で友人を亡くしたのか。アニーが実際には聞いたことがない情報まで全てが記されている。何より、重傷を負いながらもアニーを見送ってくれた後──アニーはそれ以上先を読むことができず、音を立てるほど勢いよく本を閉じた。嫌な汗が背筋を伝い、心臓が本能的な嫌悪感で震えていた。
「放浪者の図書館はどこか特定の世界に帰属しているわけではなく、複数の世界に跨って存在している。どこの世界にもあるし、どこの世界にもない。数多の世界から物語を集める此処では、誰か見知った相手の物語を見つけることだってできる……その本のように」
「……そして、私の本を母さんが見つけた……?」
「そうだ。君のお母さんは自分がいつか産む娘について知り……その通りにしてしまった。自分のエゴで娘に異常性を与えたんだ」
「……待って。これは……何らかの預言書、みたいなものではないの? そうなることが決まっていたなら、母さんが悪いことをしたわけじゃ──」
「言っただろう? 放浪者の図書館には様々な世界から物語が流れ込む。つまり、未来について記された本は基本的に『別の世界ではそうなった』という可能性の話に過ぎないんだ。放っておけばそうならない出来事だって記されている」
放浪者の図書館は物語を収集するために存在する。物語とは起きた出来事の羅列なのだから、ここにある本はすべからく過去から現在までしか記されていない。もし未来のことが記されているように錯覚する本があるとすれば、それは自分が知る世界よりも先へと時間が進んだ並行世界での出来事だ。今自分がいる世界の未来というわけではない。
「別の世界にも君がいて、いろんな分岐がある……お母さんが出産時に無茶をせず、家族揃って幸せに暮らしていたかもしれない。あるいはお母さんが死ぬのは変えられずとも、それが自然な死であればお父さんは今も君の傍にいただろう。まあ、勿論今より良い未来ばかりとは限らない。君はSCP-354*1の収容違反で呆気なく死んでしまうかもしれないし、収容室から飛び出してきたSCP-R-1507に刺殺されていたかもしれない。あるいは……君が家族にそこまで執着していなければ、お友達と一緒に財団から逃げ出していたかもしれない」
アニーは急激なストレスで酷い頭痛を感じていた。確かに、これまで歩んできた人生は決して正解ばかりでなかったのは分かっていた。もっと良い生き方があったのではないかと、詮のない夢想したことはいくらでもあった。
それも全て人生にもしもなどないのだという、現実的な思考で無理やり納得してきたのだ。けど、実は『もしも』があったとしたら──
「アニー、落ち着いて。並行世界の話をしたのは、別に君のこれまでの人生を否定したかったからじゃない。そもそも人間の一生は無数の外的要因に晒されているから、君がどれだけ頑張ってもこの世界線では今以上の結果は望めなかった可能性だってある。もしくは、君の頑張りによって今は考え得る限り最善の結果だという可能性もある」
「……そうだといいけれど」
「話を戻そう。元々君は偶発的な要因で異常性を持つ可能性があったけど、この世界線では君のお母さんが意図的にその流れを辿ってしまった」
「それは……結果は同じように聞こえるけど、何か違うの?」
「少なくとも結果だけ見れば大した違いはない。ただ、蛇の手の暗黙の了解として……あまり良くないことではある」
「どうして?」
「蛇の手は確かに異常存在が自由に暮らせる世界を目指している。けど、それは別に世界中の人々も異常にしてやろうだとか、異常存在と普通の存在の比率を入れ替えてやろうなんて思っているわけじゃない。何より、蛇の手は一般社会で迫害を受けた異常存在の逃げ場でもあるから……人工的に異常存在を生み出すことは快く思われない。特に、生きている異常存在に関しては余計に」
思わず口を噤んだ。これまで自分のことで手一杯で目を向けていなかったが、フランク*2もSCP-R-1974も、複製されなければ閉じ込められているストレスに苦しむこともなかった。彼らがいてくれたお陰でアニーは今ここにいるが、この世に生まれたことが彼らにとって本当に幸せだったのかどうかは分からない。
「君が生まれてきたことを悪いと言いたいわけじゃない。ただ、新入りの前歴を気にするブライト家の派閥からすると……君の生い立ちはあまりにも複雑で憐れだ」
「……憐れんでほしいなんて思ってないわ」
「そうだろうね。けど、母親が描いた目論見通りに操られていると勘繰られた時、君は反論できない程度には裏側の世界について無知だ。そして、女王派閥以外のメンバーは……彼女があまり褒められない方法で、人を集めているのではないかと疑い始めている」
つまり、人工的に異常存在を増やすことで人員を調達しているのではないかという疑いだ。これに関しては様々な要因が関わっているのだが、アニーの母親も女王派閥だったことが余計に話をややこしくしていた。娘を人工的に異能者へ仕立てて上げること自体、他派閥だと事前にストップが掛かりそうな話だ。
「……蛇の手は意外と複雑な組織のようね」
「政治的で嫌になった? でも、これは黒の女王の素行の問題もあるんだよね……」
「素行?」
「蛇の手は元々GOCとは壊滅的に仲が悪いんだけど、財団との関係は組織内でも派閥ごとにスタンスがかなり違うんだ。ブライト派閥は財団が暴走さえしなければ適切な距離を保ちたいと考えているけど、黒の女王は率先して財団にちょっかいをかけるから……何だかんだ同じ組織の間柄だから険悪とまではいかないけど、目障りに思うこともある程度の仲なんだよ」
「……そもそも財団と仲良くすることなんてできるの? 彼らは異常存在を隔離し、酷い扱いをしているんでしょう?」
強烈なバイアスを感じたが、緑青は率直な感想を喉の奥へとしまい込んだ。生い立ち云々以前に、収容された経験があればそういった思想になるのも無理からぬことかもしれない。
「黒の女王は財団を侮り、何でもかんでも自分達の方が上手くやれると威張っているけど……果たして本当にそうかな? 例えば、この世の虚飾が取り払われ、全ての人類がアノマリーの実在を知る状態になったとしよう。最初は社会が混乱するだろうけど、人々は案外順応し、法律とかも変わっていくかもしれないね……その時、大多数の人々が『異常存在は即刻処分すべき』というデモを起こさないことを祈るばかりだけど」
「そんなことあるわけ──」
「本当にそう思う? 人間は意外と残酷だよ。自分達を脅かすものに対しては特にね。君の能力だって、普通の人よりずっと簡単に盗みや殺しができると言われたら反論できないだろう? 人々がそれを恐れ、財団やGOC以上に激しく異能者を嫌わないという保証はあるかな?」
「…………」
ふと、アニーは犯罪者になった当時のことを思い出した。父を失い、路頭に迷ったアニーに手を差し伸べてくれる人はいなかった──人間は意外と冷淡で残酷だ。一時は人を信じるのが馬鹿らしくなるほど身に染みて知っていたはずなのに、ジョンやレイと出会ってからすっかりそれを忘れていたらしい。
そして、アニーもまた人間だ。だからこそ残酷だ。自分に再び他者を信じることを教えてくれた友人を見捨ててしまったのだから。
「まあ、その辺は蛇の手の暗躍で何とかなると仮定しよう。人々はアノマリーを快く受け入れ、財団は規模を縮小しながらも、引き続き世界を滅ぼし得る危険なアノマリーを管理し続けることだろう。しかし、財団の規模が縮小する……あるいは今ほど自由に動けなくなれば、決して無視できないデメリットが生じる」
「無視できないデメリット?」
「人類の意志に関わらず、この世界には生贄を要求するアノマリーが存在するんだ。例えば、SCP-565-JPという戦隊モノの玩具は、一年に一度子供を差し出さないと人類にとって有益な知識を永久的に消し去る。この消される知識に製鉄のような、現代において必要不可欠なものが含まれていたらどうなると思う?」
「今の社会を維持できなくなる……」
「そうだ。そして、何が消されるか事前に知る方法がない以上ミスは許されない。あれに関して財団はこれまで上手くやっている……少なくとも、手法が確立されて以降はね。けど、もしその財団が一般社会から注目されるようになり、秘密裏に子供を調達できなくなったらどうなるだろう?」
「そ、れは……」
「他に、SCP-089という像も子供の生贄を求めるんだ。生贄を像の中で焼き殺せば、社会に深い混乱と犠牲を強いる事象を止められる……もしもこういったオブジェクトを財団が十分に管理できなくなったら、誰が社会の混乱を止めるのだろう? 黒の女王が言う通り、蛇の手がより上手くやってくれるのかい?」
アニーは何も言えなかった。どう足掻いても生贄が必要ならば、誰かが汚れ役にならなければならない。今はそれを財団がやってくれているだけだ。誰にだってできることかもしれないが、誰であってもやりたくないことだろう。
あるいは、そうしたオブジェクトを壊せば誰も犠牲にせず、尚且つ世界に混乱を与えることはなくなるのかもしれない。だが、異常存在を壊して解決するというのは、蛇の手が嫌っているGOCと同じ発想だ。
「勿論、何でもかんでも壊せばいいわけじゃないし、閉じ込めればいいわけじゃない。財団に閉じ込められて、余計にややこしくなった事例もある。けど、黒の女王が主張するように……蛇の手ならばあらゆることにおいて彼らより上手くやれるってわけでもない。この世界に完璧なヒーローも救世主もいやしないんだよ」
※補足
SCP-9237とSCP-9174はGo Home Annieのオリジナルオブジェクト。
SCP-9174はハンディカム。9174でトラウマになり得る出来事を撮影すると、その場にあるものを狭間の虚空に変位として刻むことができる。この狭間の虚空はゲーム内で明示されてはいないが、SCP-3001と同じ空間(ポケット非次元)であることが示唆されている。
SCP-9237は家。かつてアニーの家族が住んでいた家で、いずれかのタイミングで狭間の虚空と現実に跨って存在するようになった。但し、9174を使ってもアニー以外には現実側へ取り出せなかったことから、何かしら明示されていない性質が隠れている可能性がある。
タイトル: SCP-354 - レッド・プール
原語版タイトル: SCP-354 - The Red Pool
訳者: 訳者不明
原語版作者: Dave Rapp
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-354
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/scp-354
ライセンス: CC BY-SA 3.0
タイトル: SCP-1507 - ピンク・フラミンゴ
原語版タイトル: SCP-1507 - Pink Flamingos
訳者: C-Dives
原語版作者: Anonymous, Rex Atlas
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-1507
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/scp-1507
ライセンス: CC BY-SA 3.0
タイトル: SCP-6448 - 鹿に非ず
原語版タイトル: SCP-6448 - Not Deer
訳者: Tutu-sh
原語版作者: OzzyLizard
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-6448
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/scp-6448
ライセンス: CC BY-SA 3.0
タイトル: SCP-1974 - 議論する浴槽と共産主義水
原語版タイトル: SCP-1974 - Debating Tub and Communist Water
訳者: gnmaee
原語版作者: Devereaux
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-1974
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/scp-1974
ライセンス: CC BY-SA 3.0
タイトル: SCP-565-JP - 手のひらヒーローズ
作者: alohatengu
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-565-jp
ライセンス: CC BY-SA 3.0
タイトル: SCP-089 - トペテ
原語版タイトル: SCP-089 - Tophet
訳者: Kwana
原語版作者: spikebrennan
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-089
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/scp-089
ライセンス: CC BY-SA 4.0