無垢の花、花陰の蛇   作:華歳ムツキ

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Footnotes
セス・ベン・アダム:蛇の手ハブに登録されている「再構築されし者」の脚注にて突然現れたアダム家の三男。FF外から失礼します、みたいなもので蛇の手の一員ではないかもしれないが……



理想、現実、主張

「お前達、いつまでそこでだらだらと喋っているんだ?」

 

 

ぼんやりと思考が固まっていたところへ、突然第三者の声が飛び込んできた。慌てて顔を上げれば、浅黒い肌をした長身の青年が立っている。緑青の知人だろうかと視線を走らせれば、彼の方も少し驚いた様子でその青年を見上げていた。

 

 

「セス、あなたが館内をうろついているのは珍しいですね」

「また胡散臭い神学史の本が入ったというから目を通しに来た」

「興味深い内容でしたか?」

「ふん……脚色が少ないだけ読むに耐えるという程度だね。それより、ここでお前と会えたのはちょうどよかった」

「あー……生憎と今はすでに他の人の手伝い中でして」

「新人研修だろう? それが終わってからでいいから、ルルワに荷物を届けてくれ」

「いつ終わるか分かりませんよ」

「急がないから頼んだぞ。いつも通り謝礼は弾む」

 

 

セスと呼ばれた青年はポケットから紙の小包を取り出すと、それを半ば強引に緑青の手の中に押し込んだ。小包には如何にもといった感じの文様が刻まれており、素人目にも何かしら魔術的な意味を秘めているのだろうと感じられる。

 

 

「それと、これは人生の先達として教えてやるが、その新人のような類は己の目で見て学ぶのが一番だ……あの女の娘だろう? 如何にも頑固で人の話に納得しないであろう面構えだ」

「えっ?」

 

 

口振りからして彼は母と面識があるのではないか。アニーが慌てて呼び止めようとした瞬間、青年は煙のように忽然と消えてしまった。極めて高速で動いたとかではなく、文字通り何の軌跡も残さずに消えてしまったのだ。

 

 

「ど、どこへいったの?」

「うーん……彼についてはあまり気にしないで」

「けどあの人、母さんについて……」

「知っているだろうね。セスは彼の兄ほどではないにせよ、とても記憶力が優れているから。けど、あまり人付き合いに熱心な人ではないから……訊いたところで素直にお喋りに興じてくれる可能性は低いよ」

「あなたとは親し気に見えたけれど……」

「それは僕が彼の頼みをこなす上で便利な立場にいるからだよ。自力で世界間を跳躍できて、尚且つ蛇の手の人間じゃないから」

「……待って? あなたは蛇の手の人間じゃないの?」

「あれ、まだ話してなかったかな……そういえば君に確認すべきことや、説明すべきことが立て込んでいて話しそびれていたかもね」

 

 

アニーの体が反射的に強張ったが、一拍置いて力を抜いた。蛇の手のメンバーでないことには驚いたが、どちらにせよジェフに紹介されてきたのならば関係者であることは間違いないはずだ。

 

 

「僕はエルマ外教の人間なんだよ」

「エルマ外教……?」

「ざっくりいうと、異世界へ渡ることを説く宗教組織だよ。宗教といっても、一般的に想像されるような教義でガチガチに縛ったようなものではないけどね」

「い、異世界……?」

「先程も少し触れたけど、この世界には無数の可能性があり、可能性の数だけ違う世界がある。分岐によって世界はどんな形にも変わっていくんだ。君がいた世界と大差ない並行世界もあれば、分岐が早くて全く違うファンタジーやSFのような世界観になった異世界もある」

「そう、なのね? その、ちょっと想像が追い付かないんだけど……そういった異世界に渡ってどうするの?」

「そこも個人差があるけど……その世界だと上手く生きられない人に対し、より暮らしやすい異世界を紹介することが多いかな? 現実改変者を、彼らが許容される世界へ連れていったりね」

「現実改変者?」

「その名の通り、現実を書き換えられる人々の総称だ。こうやって……無から有を生み出し、有を如何様にも変えられる」

 

 

緑青が卓上に差し出した掌の上に、突然真っ赤な林檎が現れた。その林檎は風船のようにふわりと浮き上がったかと思えば、腐り落ちて黒く変色し、次いで時が巻き戻るように瑞々しく移ろっていく。最終的に、アニーの手元へ転がされた林檎は柔らかな緑色になっていた。恐る恐る指先で触れてみても、感触は本物の林檎そのものだ。

 

 

「すごい……まるで魔法使いね」

「ああ、一般的に想像される魔法使いというのは現実改変者の方が近いかもしれないね。身一つで空だって飛べるし、指先を振って雨を降らせることだってできる……尤も、御伽噺の魔法使いのように華やかな扱いは受けないけれど」

「そういえば、さっき彼らが許容される世界に連れていくって……」

「そうさ。財団は収容主義者だけど、そんな彼らですら現実改変者だけは問答無用で殺そうとする。勿論、例外はあるけど……研究や兵力としての利用価値がなければ、即刻殺処分は免れないね。財団が研究をするわけでもない現実改変者を収容しているとすれば、それは単に彼らには殺せないというだけさ」

「そんな……どうして?」

「危険だからだよ。君も想像してみたらいい。僕はさっき掌に林檎を生み出したね? けど、別に掌以外の場所にだって突然物を生み出すことはできる……例えば、君の頭の中に銃弾を出現させるとか」

「……本気で言ってる?」

「本気だ。寧ろ物理的なことに留まればまだいい方で、僕らは洗脳でも瞬間移動でも何だってできる。君が決して言わないようなことを言わせるのも容易いし、君を一瞬で香港辺りに飛ばすことだってできる。あるいは透明になって君の懐から財布をくすねるのだって簡単だし、君の見た目を別人に作り変えてしまってもいい……どう? そんな人が普通にその辺を闊歩していたら恐ろしくないかい?」

 

 

恐ろしくないと言えば嘘になるだろう。アニーは奇妙な警官*1に追われた時のことを思い出していた。あの警官はアニーに思ってもいないことを無理矢理言わせ、そうして自殺に追い込めないとなったら今度は瞬間移動を繰り返しながら執拗に追いかけてきたのだ。あの時の恐ろしさは未だに忘れられない。あんなことが当たり前のようにできる人々がいるとすれば、それは確かに恐ろしいことに思えた。

 

 

「勿論、現実改変者といってもピンキリさ。精々物をちょっと動かせる程度の者もいれば、誰にも認識されない内に世界の常識や法則を変えてしまえる者もいる。それに、現実改変者は元々の性格が能力に反映されやすいから、強い力を持っているからといって必ずしも戦いに向いているわけでもない」

「だから……あなたは仲間を助けているのね?」

「そういうこと。自己満足だけどね」

「それなのに、あなたは蛇の手の人間じゃないの?」

「蛇の手は異能者や魔術師の集まりであって、現実改変者の集まりではないからね」

「……もしかして蛇の手は現実改変者を拒んでいるの?」

 

 

わざわざ区別して述べた緑青の物言いに、当然ながらその可能性が思い浮かんだ。しかし、それは蛇の手だった母が残したメッセージ──不当に抑圧されている者達を解放しなくてはならないという使命に反するものであり、アニーの価値観にさらなる揺らぎを与えるものだった。

 

 

「うーん……派閥によるね。黒の女王は然程気にしていないし、何なら君が最初に出会ったジェフも現実改変者だよ。ただ、ブライト家の派閥は現実改変者をあまり快くは思っていないかもね……彼らは現実改変者に酷い目に遭わされたことがあるから」

「酷い目?」

「玩具みたいに扱われたんだ。チェスの駒か、あるいはカードゲームの手札か……僕にとっては到底許容し難いことだけど、一部の現実改変者は気取って他人の人生を弄びたがる。僕は罪のない同胞を助けたいと願ってはいるけど、一方で我々が恨まれるのは当然だという道理も感じている……はあ、つまりは現実改変者も悪いことをすれば人と同じように裁かれるべきなんだ。そういった点においてはデイビッドと近しい価値観だからこそ、僕は一応のところ彼と取引ができる程度の距離感にいられる。お互い、そこまで親しいとは思わないけどね」

 

 

これまで比較的に詳しく物事を述べていた緑青が、不意に曖昧で鈍い口調に変わった。そのことからこの話題が彼にとって非常に踏み込まれたくない話題であり、知人の身に起きた事件を心底嫌悪していることが窺える。

 

 

「……元々あの派閥を率いていたクレアに比べると夢見がちなところはあるけれど、それでもデイビッドは若いながらにリーダーとして頑張っている。理想と現実が違うことを重々承知しているんだ。だから、時には現実改変者を頼った方が手っ取り早いこともあると知っている」

「それであなたとの関係を築くに至ったのね」

「少なくとも、骨にしてから利用するよりかは生きた現実改変者の方が手伝えることは多いしね」

「えっ?」

「財団のリーダーは13人いるんだけど、彼らはその座の証として現実改変者の骨で作られた品を持っているんだ。現実改変者の能力は死後も残ることが多くてね……そして、現実改変者は自分より強い現実を持つものには干渉できない。その骨より低い現実改変からは完全に身を守れるってわけだ」

「骨を……」

 

 

ぞっとする話だ。アニーも財団の施設にいた頃は我が身の人権の無さを嘆いたことがあったが、死して尚利用され続けるなどあまりにも惨い仕打ちである。

 

 

「少し話が逸れてしまったね……ともかく、蛇の手は現実改変者に対してそこまで寛容じゃないんだ。勿論、財団やGOCよりは優しいけどね」

「でも、黒の女王は現実改変者を嫌ってないのよね……?」

「まあね。ただ、彼らは異能者の保護を最優先にしているわけじゃないから……役に立たない現実改変者は招き入れない。能力を活かしてヒーローごっこしたいわけじゃなくて、ただ誰にも害されず普通に生きたいだけの現実改変者は蛇の手に居場所を見つけるのが難しいんだ。実際、君だって異能が覚醒してから迎えられただろう?」

 

 

これまで両親が残した痕跡を見る限り、アニーの異能は生まれた瞬間に備わったものだ。しかし、それが自力で能動的に使えるようになったのは『家』に帰ってから。

母が蛇の手の一員だったことを考えると、蛇の手はアニーの存在を知っていた可能性が高い。家で見つけたビデオメッセージを見る限り、母の見立てではアニーは異能者として生まれるはずだったのだから。けれど、父親が失踪した時も、アニーが生活に困窮して犯罪に手を染めた時も、母の仲間が現れることはなかった──ただの偶然か、あるいは蛇の手にも何らかの事情があったのかもしれないが。

 

 

「蛇の手は世界そのものを変えることを目指している。だから、人員は選別する必要がある……一方で、エルマ外教はどこかの世界を変えたいとは思っていない。その世界が合わなければ別の世界へ行けばいいだけだからね。だから、人を選ばず救いたい人を救うことができる」

「……目指しているものが違うのね」

「まあね……アニー、よければ気分転換に少し出かけてみるかい?」

「えっ?」

「僕は元々デイビッドに言われて、君が母親の……あー、盲目的な願いによって突き動かされているのかどうかを確かめに来た。そして、なるべく様々な視点から蛇の手を俯瞰できるように、大まかなことは話したつもりだ。けど、一度にたくさんのことを話したから呑み込むには少しかかるんじゃないかと思ってね。落ち着いて考えられる場所が欲しいならそこへ連れていくし、気晴らしがしたいならどこへでも行きたい場所を言ってくれたらいい」

 

 

アニーは少しばかり考え込んだ。母の言葉を聞いて以来、蛇の手という組織に過剰な期待があったのは認めざるを得ない。特にショックだったのは、蛇の手であっても救う相手を選り好みするという事実だった。

言われてみれば当然のことではある。蛇の手がどんな理念を持っていようと、結局はただの人の集まりなのだ。人間は時に道理よりも好悪に従うものだし、現実的に考えれば感情論だけでは立ち行かない場面もあるだろう。全てを救えるわけではないし、救う気になるとも限らない。当然のことなのだが──

 

 

「……少し一人になれる場所へ行きたい」

 

*1
SCP-974




タイトル: SCP-973 - ハイウェイパトロール
原語版タイトル: SCP-973 - Smokey
訳者: 訳者不明
原語版作者: Djoric
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-973
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/scp-973
ライセンス: CC BY-SA 3.0

タイトル: SCP-7673 - Luluwa
原語版著者: IvanNavi
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/scp-7673
ライセンス: CC BY-SA 3.0

タイトル: 再構成されし者
原語版タイトル: The Reassembled One
訳者: Kiryu
原語版作者: MrWrong
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/the-reassembled-one
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/the-reassembled-one
ライセンス: CC BY-SA 3.0
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