転んだ先のつぎはぎロケット 作:ななななななな7
試験官が見回りのために歩く気配と他の受験者が問題用紙をめくる音だけが聞こえてくる。
試験場内は少し肌寒いがその冷たさが却って頭を冷やしてくれる。
この教科は知識を問われる。
どれだけしっかりと知識を蓄えて来たか、そしてその知識を本番でしっかりと引き出せるかが重要だ。
そして、数学などの応用問題がそこまで得意ではない俺はこういった所で地道に点数を稼ぐしかない。
今解いている問題だって学んだことのある問題だ。絶対に落とせない。
けれど、大丈夫。
もう二つまで選択肢を減らしている。
そして、答えはこっちだ。
俺は自分の知識を信じてマークシートを塗りつぶした。けれど、そこで不安に駆られた。
本当にこっちであっているのか?
そう疑念が湧いてしまった。
そして、消しゴムを使い、答えを変える。
そして、そして、そして、そして………。
ピピピ、ピピピ
耳の奥、いや耳を通り越して脳の奥まで響く嫌に甲高い音に俺は眉間に皺を寄せ、スマートフォンのアラーム機能を消す。
カーテンの隙間から山吹色の光が差し込み、顔に当たる。
普段なら気持ちよくカーテンを開ける所だが、今はその光が鬱陶しくて仕方がない。
このまま、布団に潜りもうひと眠りしたい。
そう思う気持ちが無いわけでは無いが…今日は高校からお世話になっていた先輩と遊びに行く日だった。
本当なら、仮病を使って休みたい。
けれど先輩は既に就職しており態々予定を開けてくれているのだ。流石に気持ちが落ち込んでいるからと断るのは忍びない。
俺は重い体を持ち上げ自分の部屋を出る。
階段を降り、扉を開けると母親と目が合う。
「えっと…ご飯できてるけど、食べる」
気を使ったように無理やり笑うその姿に居た堪れなくなり視線を逸らしてしまう。
「いや、この後先輩と会う約束してるから、今日はいいかな…」
「…そう、分かった」
俺はそれだけ伝えると逃げるように洗面台まで移動し、顔を洗い歯磨きをした。
そして、椅子に腰かけ、勉強机で突っ伏す。
もし、仮に、あの時にマークシートの答えを変えていなければギリギリ合格ラインに乗っていたのに…。
何故、変えてしまったのか…いや、それだけあやふやな知識だったのだから仕方ない。これも実力だ。
そう自分に言い聞かせてもどうしても、どうしても考えてしまう。
あの時にマークシートの答えを変えていなければ、と…。
親は「惜しかった」「もう一年留年したって」と言ってくれたが、実際に試験を受けたから分かる。
今回の試験は十分に上振れていたのだと、勉強した所が、自身の得意とする場所が多くピックアップされてそれでも尚受からなかった…。
来年やっても今年よりもいい結果が出せるとは思えない。むしろ…。
それに俺は今年で二十歳だ。
これ以上親に迷惑をかける訳にはいかない。
幸い滑り止めに受けた専門学校の入試に関しては受かっている。
この一年は無駄じゃなかった。そう思おうと、自分を納得させようとしているのに何故だか目頭が熱くなる。
無駄だと分かっている筈なのにあの日の試験のことを思い出してしまう。
コンコン
扉がノックされ、顔を上げる。
「どうしたの?」
「先輩と約束してるって言ってたけど、何時なの?ご飯をいらないって言ってたから、あまり時間が無いんじゃないかと思って…」
「え?」
俺は慌てて時間を確認する。
今の時刻は10時30分。
待ち合わせ場所は湖梟駅の西口前。
俺の家から湖梟までの駅は大体20分程度、更に電車が待ち時間なしで10分。そこから西口まで10分どう考えても間に合わない。
俺は急いで先輩にラインを送る。
『すいません。遅れます』
先輩は丁度スマートフォンを見ていたのか直ぐに返信が返ってくる。
『OK、何分くらい?』
『20分くらいですかね…』
『了解、西口近くのラックで待ってるわ』
『すいません。ありがとうございます。』
俺は急いで着替えて荷物を纏めると、リュックサックを背負い扉を開ける。
「ごめん母さんありがとう。」
「え、ええ」
あまりにも俺が急いでいるためか母さんは少し引き気味に返事をしていた。
☆☆☆
俺は顎を伝う汗を手の甲で拭いながら息を整えてラックへと入る。
中にはルーバーイッツの鞄を背負っている人から会社の休憩中なのかスーツを着た人などでごった返している。
彼等は一瞬こちらに視線を向ける。
その視線に一瞬だけ肩が跳ね、心臓がギュッと縮む。勿論、彼らと俺は赤の他人で直ぐに興味を無くしたように視線を逸らす。
息を切らした男という少しだけだが不審な人物が入って来たから、状況を確認するために、もっと言えば自身の身に危険が迫っていないか確認するために視線を向けただけだろう。
そうと分かっているのに…何故だか試験の日以降他人の視線に敏感に反応してしまう。
俺は心を落ち着けようと大きく息を吸い深呼吸をしようとして、何者かに肩を叩かれた。
息が詰まるという感覚をここまで顕著に、明確に感じたことはこれまで無かった。
本能のままに反転し、肩を叩いた主と距離を取る。
「おいおい、流石に大袈裟じゃね?」
そこには片手に持ったドリンクを吸いながら、こちらに手を振る先輩の姿があった。
大きく、大きく息を吐きだすと、力なくしゃがみ込む。
「びっくりさせないで下さいよ。先輩」
「悪い悪い、なんかいつもと様子が違ったからよ。肩の力でも抜いてやろうと思ったんだよ」
「逆にめっちゃ肩の力入ったんですけど…」
「ははは!」
先輩は俺の非難の籠った視線に狼狽えることも無く、マイペースにドリンクの容器を捨てている。
けれど、こちらを振り向くと何か思い出したように指を一本立てこちらへと向けてくる。
「そうだ。昼飯どうする?」
その言葉に時計を見る。
確かに時間的にはもう昼時だ。
…けれど正直これが食べたいというものはない。
何でも良いし、それこそ食べなくたっていい気分だ。
「先輩は何が食べたいですか?」
「ん?俺かぁ、ラーメンだな!」
「…じゃあ、ラーメンにしましょう」
「おう!」
そうして、俺達は暫く歩き、西口から少し離れた場所湖梟だけでなく様々な場所に支店を持つ家系ラーメン屋へと入店した。
「いらっしゃい!お客さん注文はお決まりですか?」
非常にマッシブでアルカイックスマイルの似合う店員さんがこちらに声をかけてくれる。
「俺は普通盛り家形ラーメン醤油の全部普通と白米お願いします!」
「…自分も普通盛り家系醬油ラーメン麵硬め後は普通でお願いします。後はラー油チャーシュー丼もお願いします」
「分かりました。家系醤油普通盛り、麺普通、スープ普通と白米と家系醤油普通盛り、麺硬め、スープ普通、ラー油チャーシュー丼ですね!」
店員さんはそれだけ言うと調理を始める。
俺と先輩の間に暫く沈黙が流れる。
そんな中、先輩がこちらに目を向け、口を開く。
「そう言えば、試験の方はどうだったんだ?」
「…自己採点したんですけど…無理そうですね。」
「…そうか、まぁ試験だから…いや、何でもねぇ」
途中まで何か言おうとして、けれど先輩は躊躇ったように口を閉ざした。
俺自身続きを聞く気にはなれ無かった。
浪人二年目。
努力をした分報われる…いや、した分の努力で結果が出るとは限らないことを知っていた。
それ以上の努力をしたから結果を出せるか…それも分からないことも知っていた。
ただ、結果が出せない中途半端な努力だと後に残るのはなんの役に立つかもよく分からないクソみたいな知識と拭い去れない劣等感だけだということも知っていた。
知っていたのに…。
「クソっ」
先輩の前だというのに自然とそんな汚い言葉が口をついていた。
その様子に先輩は何時ものように肩を叩く。
「ま、今日は試験のことは忘れて楽しもうぜ?」
「そう、ですね…」
「こちら、家系醤油普通盛り、麺普通、スープ普通と白米になります!」
マッシブな店員さんが先輩の分のラーメンを出す。
「はい家形醤油普通盛り、麺硬め、スープ普通とラー油チャーシュー丼になります。」
店内にいたもう一人の店員さんが俺の分のラーメンを出してくれる。
俺と先輩はそれぞれ近くにあった箸箱から箸を取り出すと、手を合わせる。
「「いただきます」」
そうして、ラーメンを口にして衝撃に目を見開く。
上手い。凄く上手い。
元々家系は太くて不揃いなすすりづらい麺が苦手で避けていた。
しかし、この日食べたラーメンは異様な程に旨く感じた。
チャーシュー丼も勿論旨かったが、それよりもやはり、ラーメンの方が印象に残った。
旨さのあまり完飲してしまったほどだ。
「ご馳走様でした。」
俺は両手を合わせ、目を瞑りラーメンと、それを作ってくれた店員さんに感謝する。
「じゃあ、そろそろ行こうぜ」
俺が目を開けると一足早く食べ終えていた先輩が席を立ち、レジの前に移動する。
すると、先程のマッシブな店員さんがこちらに歩み寄りレジの対応をしてくれた。
「お会計3800円になります。」
「分かりました。」
俺はそう返事をして財布を取りだそうとするもそれよりも早く先輩がスマートフォンを取り出す。
「プイプイでお願いします。」
「分かりました。」
そうして一括で払ってしまった。
「すいません先輩今一万円札しかなくて…後で自分の分のお金は返しますね」
俺がそう言うと、先輩はため息を吐きながら首を振る。
「今日くらいは俺に払わせろよ。試験頑張ったんだろ?」
「…いや、でも結果は…」
「望んだ結果が出ないことがあるなんてのは当たり前だ。努力した分だけ結果が返って来れば誰も努力を怖がったりしねぇよ。」
「けど…」
「いや、けど、でも、ばっか言うんじゃねぇ。今回は俺が払う。だから、俺が出世した時はお前が払え!良いな!」
「…はい、ありがとうございます」
「…出世した時はもっといい店連れてってもらうから礼なんて言うんじゃねぇよ」
先輩はそう言うと後頭部をガシガシと掻きながらずんずんと大股で先に行ってしまう。
けれど、3メートルくらい離れた所で足を止めて振り向く。
「それにな。プイプイって無限なんだぜ?」
「いえ、先輩それは違います。先輩の口座からガッツリ引かれてると思います。
その考えはクレジットとかで身を滅ぼす人間の考えなので今すぐ止めましょう!!」
「ははは!そうだな」
先輩はそう返し、上機嫌そうに先を歩いて行った。
☆☆☆
先輩とはその後カラオケで歌を歌い解散となった。
とは言っても、カラオケに6時間近く入り浸ったため、それ程早く別れた訳では無かった。それこそ歌だけでなく直近の出来事についても話しをした。なんなら昼に食べたラーメン屋についても話題に上がった程だ。
どうにも味は旨いが先輩にはしょっぱかったらしく薄味にすれば良かったと嘆いていた。
そんなどうでもいい他愛ない話しでお互い盛り上がった。
本当にどうでもいい話題しかなかった会話。けれど、それらの時間は家で只、後悔と悪夢に苛まれるよりは遥かに充実しており、いい気分転換になった。
気持ちも大分上向いた。
家に帰ってくるまでは、だが…。
「はぁ」
家に帰ると何故だか試験の時のことを思い出してしまう。
自室に戻ると全てがどうでも良くなって目を瞑っていたくなる。時刻は18時。この後に何か予定がある訳でもない。
そうだこのまま眠ってしまおう。
俺は布団に丸まり、目を瞑る。
けれど、俺が意識を手放すよりも前に小さな振動が俺の体と毛布を揺する。
そして、青白い光が毛布の中に溢れた。
スマートフォンの光だ。
俺はスマホを手に取り確認する。ラインが着ていた。相手は中学の頃の友人である雨海心太からだった。
『吉継に話したいことがあるんだ。今家の前にいるから!』
「…別に家の前にいるならラインする必要ないだろ…」
俺はぼそりとそう呟くと自室を出ると、それと大体同じくらいのタイミングでインターフォンが鳴る。
俺は階段を降りて、玄関の扉を開ける。
するとやはりと言うか、心太が手を挙げて挨拶してきた。
「よっ、元気か?因みに俺は元気だ。」
「…普通だよ。それで?」
「実はさ、俺同人サークルを立ち上げようと思うんだけど、お前も一緒にやらないか?」
「…誘ってくれたのは嬉しいけど、止めとくわ。」
「何でだよ?」
心底不思議そうに首を傾げる心太に対して、大きく大きく息を吐く。
そして、心太から視線を逸らしながらぶっきらぼうに事情を話す。
「俺、今年も受験落ちたから専門学校に行くことにした。だからもっと勉強しないと…。
それじゃ」
それだけ言って扉を閉めようとするも、心太は足を扉に挟み、閉めることが出来なくなる。
「お前、勉強して何がしたいんだ?」
「はぁ、何って勉強したらそこそこの会社に勤められるだろ?」
「勤めて、どうすんだ?」
「どうするって、そりゃ、そこそこの給料もらって、暮らすんだろ…」
「暮らして、どうすんだ?」
「いや、どうもこうも…」
「お前は金が欲しいのか?そこそこの会社で社員になりたいのか?」
「…何が言いたいんだよ。そうしないと飯も服も買えないだろ?ずっと親に面倒見て貰う訳にもいかないんだ。」
「そうだな。金があれば飯も服も家も買える。
けど、金があってもお前に必要なもんは買えねぇよ」
「はぁ?何だよ俺に必要な物って…」
その言葉を待っていたと言わんばかりに心太は小鼻を膨らませてニンマリと口角を引き上げ得意気に笑う。まるで、犯人を言い当てる名探偵のように、いや名探偵はあんな顔をしないだろうから、名探偵に憧れる小学生のように、といった所だろうか?
「お前に足りないものそれは自信だよ。
俺はサークルを作っていずれ起業する。
泥船どころか飛ぶかどうかも分からない、飛んだとしていつ墜落するか分からないつぎはぎロケットだが、お前も転んじまったなら、転んだ先のつぎはぎロケットに乗ってみるのも一興じゃないか?」
心太は少し気取ったように俺にそんな提案を持ちかけて来た。
本当は
「あのラーメン旨いけど、しょっぱくなかったか?」
「そう、ですかね?」
先輩はそう言うけれど、俺にはそうは感じられなかった。
と言う描写を入れたかったんですけど、入れる場所が見つからなかった…