転んだ先のつぎはぎロケット   作:ななななななな7

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本心と友情

☆☆☆

 

「お前に足りない物それは自信だよ。

俺はサークルを作っていずれ起業する。

 

泥船どころか飛ぶかどうかも分からない、飛んだとしていつ墜落するか分からないつぎはぎロケットだが、お前も転んじまったなら、転んだ先のつぎはぎロケットに乗ってみるのも一興じゃないか?」

 

気取ったように壮大な夢を語る心太に俺は先程までの苛立ちも忘れ唖然としてしまう。

けれど、正気に戻ってしまえば湧き上がる呆れと共に苛立ちもまたぶり返す。

 

二十歳にもなって夢を追う。

まぁ、それは良い。

 

ただ、関係ない人間を巻き込まないでくれ。

そう理性で心太を否定し、本心では転んでしまい下を向いている俺とは対照的に上を向いて夢を語るその姿が憎たらしくて仕方が無かった。

「転んじまったなら」と言われた時、まるで死体蹴りされたような、倒れている所を足で踏みにじられたような屈辱的で到底許せるものではない怒りが全身を支配した。

 

俺はその事実を自身の内に隠しながら取ってつけたような、けれど、心の片隅では確かに思っていた事実を口にする。

 

「お前が夢を語るのはいい。

それを実現するために行動を起こすのだって別に止めたりはしない。

 

だけど、俺を巻き込まないでくれよ‼

お前と違って俺はもう間違えられないんだ!

足踏みできないんだ!

 

もう帰ってくれよ…」

 

全てを言い終えてから心太を無意識の内に押しのけていたことに気が付いた。

たたらを踏んでドアの前から一歩二歩と後ろに下がる心太。

俺はその姿を睨みつける。

そう、睨みつけていた。

拒絶するのであれば今すぐにドアを閉めてしまえばいいにも関わらず、何故かそうは出来なかった。

 

「…そうか、悪かった。」

 

先に折れたのは心太の方で、軽く頭を下げると背を向けて敷地の外へと歩き出す。

その姿を見届け、深い、深い息を吐きだすと俺は遂に玄関の扉を閉めたのだった。

 

☆☆☆

 

玄関の扉の鍵を閉めた後、そのまま扉へと背を預け、ズルズルと座り込む。

厄介者を追い払えた。

その筈なのに胸に去来するのは言い知れぬ喪失感と孤独感。

怒りと苛立ちが消えたのだから、俺の行いは決して間違っていなかったはずだ。

実際問題さっきも心太に述べたように俺に遊んでる余裕なんて無かった。

 

ああやって断るのが正解なんだ。

 

なのに一体何故こんな気持ちが湧いて来るのか…何にそんなに引っかかっているというのか…。

分からない。

 

いや、俺は間違えてなんていない。

そう自分に言い聞かせながら立ち上がろうとする。

そこで丁度母さんがリビングから出て来た。

 

母さんは玄関に座り込んでいた俺に目を丸くしながら心配そうに問いかける。

 

「さっき、誰かと言い争っているようだったけど…どうしたの?」

「別に大したことじゃないさ。昔の知り合いが来てて…サークルに誘われたんだけど断ったから」

「…そう、なの」

「ああ、だから問題ないよ」

 

俺はそう言うとそそくさと二階へと続く階段を駆け上がる。

下からは「ご飯食べないの⁉」という母さんの掛け声が聞こえて来たが、「今日はいい」とだけ告げて自身の私室へと逃げ込む。

もう寝よう。今度こそ寝よう。

 

今度はメッセージが届いても気が付かないようにスマホの電源を切る。

そして、頭から布団を被り瞼を閉じる。

 

嫌なことが頭を駆け巡る。

受験のこと、さっきの心太との会話、親の視線。

 

瞼を閉じても眠れない。

耳を塞いでも眠れない。

 

会話も視線も記憶の中の出来事だから当たり前だ。

無意識の内にスマホを手に取っていた。けれど、当然電源は落ちている。

起動させる勇気は俺には無かった。

起動と同時に心太や先輩からのメッセージが飛び込んでくるんじゃないかと怖くて仕方が無かった。

 

今は誰とも話したくなかった。

だから、体を丸めて、呼吸に集中して眠りに落ちるのを只管待った。

 

 

 

水面に浮かぶように、船の上で寝転がっているように平衡感覚があやふやになり、空に浮かぶような不確かな心地よさに身を委ねる。

太陽の光のように控えめな温もりに包まれる。

「…い、おい!」

「…ん、何だよ?って心太か…」

 

俺が重い瞼を開けるとそこには中学からの友人である心太が俺の顔を覗き込んでいた。

…なんで、こいつがここにいるのか…いや、そもそもここはどこだ?

俺は体を起こし、辺りを見渡す。

一面、それこそ見える範囲には草しか生えていないような見事な草原が広がっている。

 

「どうしたんだよ。青空だから散歩しようって言ったのはお前なのに急に昼寝始めやがって」

 

…そうか、散歩か。

 

「そうだよ。俺とお前で旅行に来てて、荷物を置いて散歩しようっていったんだろ」

 

そう言えば、そうだった。

確か…俺と心太でこの前飲みに行ったんだったか。

 

「ああ、ラインで連絡とったんだよ。お前の大学生活がどんな感じなのか気になってな」

 

そうだな。別々とはいえ、俺もお前も大学に通ってるんだよな。

 

「そうそう。そう言えばお前に提案したいことがあってさ」

 

何だよ。急に?

 

「俺と一緒に同人サークルやらないか?」

 

また、急だな…

 

「でも、俺とお前なら出来る気がするんだよ。いつかは起業してさ‼」

 

なんだよ、それ片月みたいだな。

 

「そう‼俺達が片月の再来になるんだよ!」

 

………俺とお前ならいけるかもな。

片月の竹の子さんも樹野外さんも中学時代からの友人だっていうし、俺達と一緒じゃん。

 

「だろ!」

 

まだ見ぬ未来を思い描き、ワクワクとした気持ちが心の底から湧き上がってくる。

そして、目の前に広がる雲一つない青空と爛々と輝く太陽がそれを祝福しているようにも感じた。

 

☆☆☆

 

いつの間にか瞳を開け、ぼうっと天井を眺めていた。

目の前には青い空はなく、爛々と輝く太陽どころか部屋の照明すら消えている。

薄暗い部屋。

俺は体を起こし、先程見た夢を思い返していた。

 

陰気な自室とは違い、風が体を撫で、太陽の温もりと草木の匂いのする草原。

俺は大学受験を成功させ、心太とも良好な関係を築き、そして、そして、夢の中の俺は心太の手を取っていた。

 

…大学受験に成功したからだ。

その考えが脳裏を過らなかったと言えば嘘になる。

大学受験に成功したから心穏やかに過ごせていたというのは事実だろう。

 

けれど、あの時、現実で手を払い除けていたのは俺の意思で…俺が、俺はあいつとは対等で居たかったという自身のエゴによってアイツの手を払い除けていたのだと、今になって分かった。

大学受験に失敗しただの、同人サークルが余興だのは、理由の内の一つなだけで理由の全てでは無かった。

俺は恥ずかしかったのだ、何も成せていない自分自身が。

妬ましかったのだ、何かを成せるそんなパワーを感じさせるアイツの姿が。

 

だから、見たくなかった。

目を瞑り、耳を閉ざしたかった。

口を開いて、アイツを否定して傷つけてでも止めたかった。

正論を振りかざし、アイツと壁を作りたかった。その思いが無かったなんて口が裂けても言えなかった。

 

「俺は…どうすれば…」

 

本当は分かっている。

何がしたいのか、何を言わなければいけないのか、誰に謝らなければいけないのか。

それでも、今は前に一歩進むのさえ怖いのだ。

その一歩が奈落に続いているのではないかという不安が拭えないのだ。

もう、失敗したくない。使命感も、気力も胸に空いた虚空の中へと消えていく。

 

 

「でも、このままでいいのか?」

 

俺を拾い上げてくれようとした友人の顔が浮かぶ。

「お前に必要なのは自信だよ」そう言った友人の言葉が耳に木霊する。

 

けれど、その道は堅実ではない。

冷静な自分がそれを諭す。

 

だから、謝るだけだ。

 

あの時、俺はアイツを傷つけるために言葉を発していた部分があった。

その部分は謝ろう。

夢を見て気づけた。俺は何もアイツと友達を辞めたい訳じゃない。

勿論、アイツの全てが好きな訳じゃない。

さっきだってアイツの無神経な発言に腹を立てた部分だってある。けれど、少なくともアイツは大学受験に失敗したと知っても変に気を使ったり、距離を置いたりせずに接してくれる奴だ。

 

だから、こんな風に縁が切れるのは嫌だった。

都合が良くて、自分勝手な理由だと分かってはいたけれど、それでも謝らないといけないと思ったのだ。

 

深呼吸をしてスマホに電源を入れる。

スマホは俺の意思を受け取ったように一度振動したのち淡い光を放ち起動画面に移行する。

 

スマホを起動させただけなのに、やけに心臓の鼓動が早い。

このまま一生起動画面のまま止まってくれと少し思ってしまう位には平静ではいられなかった。

とはいえ、スマホは俺の意思などお構いなしで、或いはさっさと要件を済ませろと背中を押してくれているかのように直ぐに待機画面へと変わる。

俺は暗証番号を入れてロックを解除するとラインを開いた。

 

先程心太が連絡を入れてきたことでトークの一番上に着ている心太のアイコンをタッチする。

 

そして、俺は考えるよりも先に『さっきは言い過ぎたゴメン』と打ち込んでいた。

もっと言うべきことがあったかもしれない。そう思い、考えを纏めようと頭を回す。

けれど、それよりも早く既読がついてしまった。

 

考えを巡らせるよりも先に送信を取り消しておくべきだったと思ったが、恐らくこの早さなら通知が来た際にスマホを操作していたのだろう。だから、送信を取り消しても意味が無かったと考え直した。

 

『俺もさっきは強引だった。今度もう一度しっかりと話がしたい』

 

そう自身のミスを心中でフォローしていると心太からそんなメッセージが返ってくる。向こうもそこまで怒っていないということが分かり再度胸を撫で下ろす。

ただ、もう一度話がしたいという内容に俺は渋い顔を作ってしまう。

この話とは流れ的にサークルに関することだろう。そうであるのなら例え頭が冷えようとその申し出を俺が受け入れることは無い。

けれど、それとは別に面と向かって謝るべきだとは思った。

 

 

その思いがあったからこそ、こちらも数拍した後申し出を受け入れたのだった。

 

☆☆☆

 

この前の心太とのやり取りから数日。俺は近所の喫茶店に足を運んでいた。

 

「いらっしゃいませ」

 

丁度入り口近くのテーブルを磨いていた店員が笑顔で応対をしてくれる。

 

「おひとり様ですか?」

「いえ、待ち合わせで…」

 

俺がそこまで言いかけると、先に待っていた心太がこちらに手を振りながら歩み寄る。

かなり酷い別れ方をしていたにも関わらずそれを微塵も感じさせない様子に器の違いを見せつけられたような気がして恥ずかしい気持ちになると同時にいつも通りであってくれたことへの安堵が込み上げてくる。

 

「待ち合わせですか、失礼しました。ごゆっくりどうぞ」

 

俺の言葉と雰囲気から事情を察してくれた店員が俺に一礼してキッチンへと戻っていく。

それを見届けた後、俺は心太の方を向く。

どうやら、心太はその前からじっとこちらを見ていたようで、心太に視線を向けた瞬間にアイツと目が合った。それと同時に俺の心臓が思い切り跳ね、心太の瞳から内に秘める真意を探ろうとする。

けれど、当たり前だが瞳を見た所で相手の真意など分かる筈も無い。

俺は心太が口を開くよりも早く頭を下げた。

 

この前のことを詫びたいという思いは勿論あったが、それよりもこの空気を変えたかった。

もっと言えば心無い言葉を浴びせられるのではないかと思い、先に謝ることで会話の主導権を握りたかったのだ。

 

俺は暫く目を瞑り、心太の言葉を待つ。

 

「…取り敢えず顔を上げてくれよ」

 

その言葉で俺は漸く顔を上げる。

 

「ラインでも言ったけど、俺も強引な所があった…すまん」

 

今度は心太の方が俺に頭を下げてくる。俺は慌てて彼の頭を上げさせると、俺を呼んだ件について尋ねる。

 

「単刀直入で悪いんだが話したいことってなんだ?」

「ああ、同人サークルの件なんだが、確かに夢物語ではあるんだが、実は世間で知られてるそれとはかなり内情も変わってるんだ。

そのことについて詳しく説明させて欲しくてな。取り敢えず席に座ろうか」

 

俺は心太に勧められるがまま席についたのだった。

 

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