転んだ先のつぎはぎロケット 作:ななななななな7
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席に着くと同時見計らっていたかのように先ほど声をかけてくれた店員が水を置いてくれる。
「ご注文がありましたら、そちらのベルでお呼びください。」
微かに頬を緩め、愛想良く対応してくれたため、このまま下がらせるのも悪いと思いメニュー表から適当に目についた商品を注文する。
「カフェオレお願いします」
「はい、カフェオレ一品でよろしいでしょうか?」
心太にも視線を向ける店員につられて俺も心太の方を向く。その視線に気づいた心太は席についてから抱えていたバックから目を離し、店員の方を向き頷くことで追加の注文の意思がないことを示す。
それを受けた店員は会釈をするとそのまま厨房の方へと帰っていく。
心太はその様子を横目で見ながらもバックから無色透明なクリアファイルを取り出した。透明であるためその中に入っている書類についても薄っすらと透けて見える。
独立行政法人CMK管理機構
そう書かれた冊子を見てもそれが何なのか俺には見当もつかず首を傾げる。
そんな俺の様子を知ってか知らずか心太はクリアファイルから冊子を取り出すと俺の方へと差し出す。
俺は冊子を受け取ると中をパラパラと捲る。パワーポイントで自作したのか基本的には図形で作られている他、文字のフォントは大きく見やすいうえ難しい言い回しや言葉を極力使わないように配慮されているのが分かった。
そんな中俺はあるページで動きを止める。その一文から目が離せなかった。
今まではまるで授業で興味のない話題を聞き流すように或いは参考文献で興味の薄い部分を読み飛ばしているかのようにただページを捲っていただけだったのに対し今は必死に文字を追っていた。
「…この独立行政法人CMK管理機構ってコミックマーケット準備会の事だったのか?」
俺は自然と拳と声を震わせながら心太に真意を問い質すためにその瞳をジッと見つめていた。
いや、どちらかと言えば信じたくない否定して欲しいという懇願の方が強かったかもしれない。
俺自身はコミックマーケットという行事にそれ程の思い入れはない。けれど、それでも一オタクとしてはあらゆるオタク文化の表現の場であるコミックマーケットが国の管理、そうでなくても国家権力の下につくというのはあまり良い印象を受けなかった。
それで表現の自由を奪われてしまうサークルや個人がいるのならそれは悲しい事だと思った。
そんな俺の内心を知ってか知らずか心太は溜息を吐き俺が手に持っていた資料を取ると机の上に広げ説明を始める。
「さっきお前が言ったようにコミックマーケット準備会は現在独立行政法人になった。
これは近年になって日本国内だけでなく海外からコミケットというイベントが注目されるようになったことが原因だ。
そして、この原因には日本のアニメ人気と元同人サークルFW11111が関係している」
「FW11111?」
聞き馴染みのない言葉に俺は首を傾げてしまう。
「そう。元々恋愛シミュレーションゲームを製作していたサークルなんだが、この恋愛シミュレーションゲームが偶々ハリウッド監督の目に留まって映画化した。」
「映画化した!?」
あまりにもぶっ飛んだ内容に喫茶店の中だというのに思わず大きな声を出しながら立ち上がってしまう。
厨房の中にいた店員さんが「大丈夫ですか?」とこちらに声をかけてきてくれたのに対し、俺は「何でも無いです」と頭を下げる。また、他の客も一体何の騒ぎだとこちらへ視線を向けてくる。俺は彼等にも無言で頭を下げると席に座り場の空気を濁すように水を飲んだ。
心太はそんな俺に対し、半分にやけ顔をしながら脛を蹴ってくる。
「あんま大きい声出すなよ。迷惑だろ?」
「…分かってるよ」
「ほんとか?
ま、いいや、それで話を戻すがFW11111の作品はハリウッドで映画化し、大ヒットを納めた。名前は『虹色ステラ』」
「ああ!あの作品か!」
「お!お前も作品名は知ってたか。ま、それはともかくその『虹色ステラ』が大ヒットしたことでFW11111が主な活動場所としていたコミックマーケットが海外で大きな注目を浴びることになる。そしてもう一つ…この件で大きく注目を浴びることになった分野がある」
今までの話から、俺は自然とその可能性に気づいていた。それは俺のようなオタクからすれば歓迎するべきことで、それ故に俺は声は抑えつつも少し興奮気味に前のめりになる。
「も、もしかして恋愛シミュレーションゲーム?」
「そう!今ならシナリオの一部公開と立ち絵の公開をしたうえでクラウドファンディングで資金を募れば小規模サークルでも300万くらいは集まる。
特にCMKの作品評価制度を受けて3.5以上なら1000万を超えることだってザラだ!」
「1000万!?」
「そ、さっきも言ったろ今は海外で大きな注目をされてるって。これは何も俺達みたいな一般人だけじゃなく…いや、むしろ大企業の資産家たちこそ注目してるんだ」
元々断るつもりではいたが、思っていた数十倍スケールのデカい話をされて余計に及び腰になってしまう。俺みたいな一般人が…いや、大学受験に失敗したような奴に出来る訳ないだろという思いが込み上げてくる。
しかし、それをよそに心太はページを捲りながら尚も説明を続ける。
「そして、さっきの話で分かると思うが、今のコミケにおいて重要なのがCMK作品評価制度だ。」
「ああ、クラウドファンディングで1000万集まるっていう」
「そう。宣伝効果という点でも当然重要な役割を持つわけだが、このCMK作品評価制度にはもう一つ重要な役割がある。」
「もう一つ?もうお腹一杯なんだが?」
「おいおい、ここからが重要なんだ。
いいか、CMK作品評価制度で3.5以上の評価を受けたサークルと一部の企業参加者だけが東京ビックサイトの会場で出展できるんだ。
そして、この会場には国外、国内問わず資産家が集まる。」
心太はテーブルに体を預け、前のめりになると俺にだけ聞こえるように声量を落としながらそんな言葉を伝えて来た。
とはいえ、俺からすればどこから聞けばいいのか分からず口を噤んでしまう。
いや本当はセレブが来るようなイベントなんて怖くて参加したくないし、コミケがそんな俗世から離れ天上人のイベントになってしまったことに対しての悲しさが強かった。
「…そもそも、ビックサイト以外のどこでコミケをやるんだよ」
俺は口を尖らせながら、そんなどうでもいい所に突っかかってしまう。
それに対し、心太は俺の不機嫌そうな態度に気づきながらも何が原因で不機嫌なのか気づいていないように怪訝な顔をしながら首を傾げる、
「ん?それなら、東京国際フォーラム、東京ドーム、幕張メッセ、パシフィコ横浜だな。これらの会場だとコスプレイヤーとか趣味で参加してる人とかも多くて昔ながらのコミケの雰囲気を味わうことが出来る。」
「そうか、いや多いな」
コミケが持ついい文化が今も尚続いていることに対し、ホッとすると共に会場の多さに戦慄する。
それだけ、大きなイベントになったというのが嫌でも分かってしまう。それを言ったら、セレブが来ている時点で察せてしまうが、そもそも、セレブって…。
「セレブもあの行列に並ぶのか?」
「いんや、一般参加者は東京ビックサイトのイベントの一日目、ゴールドカタログっていうのを買わないと入場できないんだ。一つ100万くらいのウェブカタログ。」
「うぇぇ、たっか…。ただ、それなら確かに来る人間を絞れるだろうけど…」
「そうだな。そう言う面もあるだろうし、独立行政法人になった以上赤字続きって訳にもいかないんだろう。自己収入で賄えない部分は国の財源措置を受けられるらしいけど、コミケに国の金を充てるくらいならもっと金の使いどころがあるだろうって言う人間も当然いるだろうし、上からも結構圧掛けられてるって話だ。
実際、今じゃ、入場にカタログ必須だ。しかも、会場ごとにカタログは基本別。
一応事前にどの会場でどのジャンルの出店があるかとかは事前告知されるし、全てのカタログを別々に買うよりは安くて全部の会場の入場券として利用できるシルバーカタログとか中学生まではカタログの無料配布、高校生からは半額とかの親切設計にはなってるけどな。」
「へぇ、でもそうなるとカタログだけで凄い厚みにならないか?」
「だから今の主流はウェブカタログだ。
さっきも少し触れたが、100万でビックサイトで行う一日目のコミケに参加でき、且つ全ての会場に入れるゴールドカタログ、ビックサイト一日目以外の全ての会場に入れるシルバーカタログ、一つの会場を指定して購入するブロンズカタログ。アナログは買う人間もいないことはないが…まぁ少数だな。」
そこまで言い終えた所で丁度カフェの店員さんがカフェオレを持って来てくれる。
俺は受け取ると、一息つくためにそれに口をつけた。
しかし瞳は心太の用意したパワーポイントをジッと見ていた。
今までの話から察するに起業も不可能な話ではないというのは分かった。
どう受けるのかは分からないが、作品評価制度と言うのを受けて3.5以上の評価を貰えれば多くの注目を集められるし、営業上手ならセレブ…資産家とのコネを作れる可能性もある。
博打のように完全な運と言う訳ではなく、才能も関係してくるわけだ。
俺がそう情報を纏めていると、心太が何かを期待する眼差しを向けてくる。
「どうだ。考えは変わったか?」
その言葉に俺は先程口を付けたばかりだというのに、再度カフェオレを一口飲み、瞑目する。
確かに叶う筈がない夢だと思ったことは俺の無知による勘違いだった。この話を聞くまで無意識の内に頭ごなしに心太の夢を否定していたのだと気づけた。
心太は俺とは違い本気で夢を追いかけそのためにこれだけ多くの情報を集めていたというのに…。
「ごめん」
「え?……やっぱり、サークル活動は無理か?」
「それもあるけど、俺はお前の夢を頭ごなしに否定してた。それがどれだけ辛い事かは…浪人を経験してる俺が一番良く知ってる筈なのに…」
「いやいや!全然いいよ!俺自身かなりの博打だとは思ってるし……、それより…」
そこまで言いかけて心太は言葉を止める。
あまりのショックに思考を止めてしまったかのように、口を開けたまま言葉だけが喉元で止まっていた。
「今、それもあるけどって…お前」
「ああ…ごめん。確かにお前の言ってることが夢物語じゃないって言うのは分かった。だけど、俺は…俺自身がお前の役に立てるとは思えないんだ。」
「なんでだよ。お前中学の頃小説書いてただろ?俺あれが凄い面白いって、こんな面白い話作れる奴なんてそういないって思ったんだぜ?」
「…それは、その、ありがとう。けど、それ言ってくれるのだってお前くらいだったろ。」
心太が今でも俺が中学の頃に作った作品を評価してくれるのは嬉しい。
けど、結局あんなのは子供の頃のお遊びだ。実際、中学三年の頃と高校の頃にコツコツ作品を作り投稿したことはあったけど、一次選考すら受からなった。
中学の頃に心太に見せた小説だって調子に乗って他の奴にも見せたけど、結局評価してくれたのは心太だけだった。
本気で起業を目指すのなら、多分俺以外の奴が良いだろう。
「…でも、今はホントに狙い目なんだ。世界的に注目されてるけど、それを知ってるのなんて、元々サークル活動に力を入れてる奴らくらいでさ。3.5以上の評価なら確実に東京ビックサイトに場所を取れるんだ。
2年後3年後はそうはいかない。今お前の力が…「それなら、余計に俺じゃない方が良いだろ?」」
俺はそう言うと、カフェオレを飲み干し、金だけおいて席を立つ。
そして、店の扉を開けようとした所で、後ろから心太が声をかけてきた。
「お前は、お前は!片月の竹の子先生みたいになりたかったんじゃないのかよ!」
確かに中学の頃、今ではソーシャルゲームでも有名な片月作品destinyシリーズの一作『destiny/stay night』がテレビシリーズとして放映され、それに影響されて小説を書き始めた。
あの頃は本気で竹の子先生のような凄い作品を作ってみせるという壮大な夢を語っていたし、自分にはそれだけの才能があると本気で信じていた。
けれど、行動を起こせば起こすほどそれが思い違いだと気づかされた。
「…中学の頃の話だよ」
俺はそう言って今度こそドアノブを捻り、店を出たのだった。
そして、その日の夜スマホが心太からのメッセージを受け取り淡く光る。
『お前はもう小説を書かないのか?書くのだとしたら、それを発表しないのは勿体ないと思う』
そのメッセージを受け、俺はどうするべきか、何と答えるべきか、再度迷うことになった。