東方視神禄   作:宇井須木ふぶ

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まだ義眼でないです


第一話

「――――あ、駄目だこりゃ。」

道路の真ん中で、八幡玲央(はちまん れお)はそう直感した。

アルコールでも入っているのか、あるいは徹夜続きで疲れているのか(まあそんなこともう僕には知ったこっちゃないが)、窓からチラリと見える運転手の姿はどう考えても意識が飛びそうな感じで、何度も頭をがくりがくりと揺らしている。

自分には避ける術も退く隙もない。痛い、とか怖い、とか、そういう単純な感覚すらすっ飛ばして、ただ「あ、終わったな」と妙に冷静に悟った。

 

その瞬間、妙にすうっと頭が冴えわたってくるのがわかった。人生の走馬灯、というよりは、まるでテレビ画面が色褪せるように現実感が薄れていく。

つい数日前までの生活、大学の講義や、深夜に見ていた配信サイトの動画、コンビニのバイト、全部どうでもよくなっていく感覚。

 

 

――次の瞬間、強烈な衝撃と、不思議なほどはっきりとした痛みを感じた。

すべてが闇に沈む。意識がプツリと途切れた。

 

 

***

 

 

「……え?」

 

僕はなぜか、見慣れない薄暗い和室の天井を見上げていた。

いや、そもそも和室なんて、ここ数年まともに入ったことがない。実家もマンションだし、大学近くで借りていた下宿には畳スペースなんてなかった。

 

「知らない天井だ」

なんて月並みな台詞を、令和の時代にまさか口にする日が来るとは思わなかった。冗談交じりにひと言漏らすが、頭のなかは混乱が止まらない。

一番に頭に浮かんだのは「病院」だった。けれど、天井の造りからして病院とは思えない。縁側らしき障子や障子戸が目に入るし、機械のモニター音などは一切聞こえない。

 

ともあれ、うずたかい疑問を抱えたまま何とか上体を起こそうとした、そのときだった。

 

「――あっ、目が覚めたんですね」

 

すぐ傍で声がした。振り返ると、十代半ばほどに見える少女が枕元に座っていた。そして彼女の姿に、おもわず気の抜けた声を上げてしまった。

 

「…ほぇ? 刀? なんで刀を差してるんだ?」

 

その少女は艶やかな銀髪と鋭い眼差し、そして腰には大小二振りの刀を帯びていた。しかもそれがコスプレの模造刀ではなく、重みのある金属感を備えた本物の雰囲気を放っている。

 

流石に混乱を隠せない。現代ではまずお目にかかれないであろう、刀を腰に差す少女――しかも美少女。

 

「落ち着いてください。まだ本調子じゃないでしょう。はい、お水をどうぞ」

 

少女は気遣わしげな目を向けると、枕元の盆に置いてあった湯呑を手に取り、玲央へ差し出してきた。湯呑には澄んだ水がたぷり注がれている。

素直に礼を言いつつ一息飲み込むと、口内と喉の渇きがすっと癒え、それだけで少し現実に引き戻された気分になった。

 

「ありがと。あーっと、うん……とりあえず。ここは病院とかじゃない、みたいだな?」

 

「ええ、そうですね。状況をわかってもらうためにも、まず自己紹介をしたほうが良さそうですね」

 

少女は背筋を伸ばし、手を静かに合わせるようにして名乗り始める。まるで古流の作法にも通じた仕草だ。

 

「私は魂魄妖夢といいます。ここは冥界の一角にある西行寺家の邸宅、白玉楼です」

 

冥界、という単語に玲央は目を丸くした。

普通なら「冥界? はぁ?」とツッコミを入れるだろう。だが、何故かいまの状況を考えると、それしかないのかとも思えてしまう。

 

「やっぱり死んだのか、僕は」

 

僕は暗い感情を拭えずに呟く。あーうん、まあ分かっていたけども。そりゃあ、あのぶっ飛んだスピードの車に真正面から突っ込まれたら助からないだろう。

だとしたら、ここが死後の世界?それにしては妙に庶民的というか。日本のあの世は和室という決まりでもあるのだろうか?

 

次から次へと生まれる疑問にぐるぐると頭を回す僕に対し、妖夢は微妙に言い淀んだ口調でこう言う。

 

「正確には『生霊』みたいですね。あなたの肉体はまだ生きているそうです。ただ、魂がひどい衝撃で『もう死んだ』と早とちりしてしまって、ふらっと冥界に来てしまったというか」

 

「……はぇ?」

 

妖夢、という少女の言うところによれば、本来死後に冥界へ行くはずの魂が、事故のショックで「自分は死んだ」と思い込んだ結果、なぜか肉体を置き去りにこちらに来てしまったらしい。

僕は呆れ顔になりながらも、しかし少しホッとする気持ちもあった。ということは、まだ現世で息があるということだ。彼が憎からず思う家族や友人は、ギリギリのところで死んだとは知らされずに済んでいるかもしれない。

ただ、勘違いであの世行きはダサすぎないか、僕。それに現世の体の状況も気になる…むむ。

 

「でも、そんな中途半端な状態で僕はこれからどうなるんだ? てか、元の身体に戻れたり……しないよなぁ」

 

なんとも言えない不安と気まずさがこみ上げてくる。自分で動かせない肉体が病院のベッドに横たわり、意識不明のまま生きながらえている。その一方で、魂だけがあの世を彷徨っている、肉体と魂が分離した状態だ。

 

妖夢は気まずそうに視線を落としつつ、少し申し訳なさげに言葉を継いだ。

 

「冥界にも色々と法則がありますし、私も当主である幽々子様に伺ってみないと詳しいことはわかりませんが……少なくとも今すぐ追い出すことはありません。ひとまずここで安静にしていてください。怪我はしないかもしれませんが、魂が疲弊するとよくないですから」

 

そう言うと、礼儀正しく一礼し、彼女のすぐ後ろでふわふわ漂う――人魂のように見える白い浮遊体を連れて部屋から出ていった。その振る舞いは一挙手一投足丁寧で、刀を持つ姿はまるで侍のようだ。さらに背後の謎の人魂。さすが「冥界」という表現も伊達ではないらしい。

 

「とりあえず寝てろってことか。わかったような、わからないような……」

 

僕は再び布団に身を沈め、現実とは思えないこの状況をどう受け止めるべきか考えた。

事故の記憶は生々しいのに、この部屋の中は静寂そのもの。かすかな冷たい空気とともに、地面を踏むような感覚がいまいち掴めない。

きっと通常の五感とはズレた感覚になっているのだろう。自分の呼吸さえも少し軽い気がする。

 

(生霊……か。これからどうしたもんか)

 

考えても答えは出ない。とにかく言われた通り、無理に動こうとしてトラブルを招くよりは大人しくした方がいいのだろう。僕は部屋の畳に敷かれた布団に体を再び預け、半分諦めつつ、これから会うという幽々子なる人物がどんな人なのかをぼんやり想像し始めた。

 

 

 

***

 

 

 

程なくして、僕は白玉楼の当主・西行寺幽々子に謁見する運びとなった。

 

布団から起き上がり、妖夢に促されるままに白玉楼の居間に通され、玲央はその広さにまず驚かされた。

古風な和室がいくつも連なっていて、廊下の先に見える庭は信じられないほど広大に広がっている。庭木や花が丁寧に手入れされ、どこからか静かに風鈴のような音がする。

 

「お待たせしました。こちらがお客様です、幽々子様」

 

先導してくれた妖夢が襖を開けると、その先には薄紫色のような、ピンクの淡い色合いを宿したショートヘアの女性が座していた。彼女こそが白玉楼の当主、西行寺幽々子だという。

 

「ふふ、いらっしゃい。私が西行寺幽々子。あなたが八幡玲央さんかしら? 妖夢から聞いてるわよ。大変だったみたいね」

 

聞こえてくる声は柔らかな響きをもつ。しかし、その微笑みの奥に妙に底知れない雰囲気を感じるのは気のせい…だと思いたい。

僕は内心戸惑いながらも一礼して、幽々子の前に座らせてもらう。

ちょうど座卓の上には湯呑と茶菓子が乗せられている。妖夢が用意したのだろうか。立場的にはメイドさんとか執事のようなものかな。

 

「はじめまして、八幡玲央です。あなたがこの……屋敷の主?」

 

「えぇそうよ。この白玉楼は冥界の中でも西行寺家の敷地。あまり硬くなっちゃいやよ。ほら、お茶とおまんじゅうでもどう?」

 

促されるままに、僕は湯呑を手に取る。傍らでは、妖夢がすでにもう一つの椀を用意しているようだった。

ほどよい湯気の立つお茶と、その香りにぴったり合うだろう小豆餡の饅頭。ひとくち含むと、和菓子特有の優しい甘さが口に広がった。

 

(う、うまい……。死後の世界だとかなんとか言ってるけど、食べ物飲み物はちゃんとおいしい。というか霊なのに食事…?)

 

少し拍子抜けするような和やかさ。だが、幽々子はすぐに話を本題に戻す。

 

「さて、妖夢からも説明を受けてると思うけれど、あなたはまだ肉体が死んだわけじゃない“生霊”のようなの。だから閻魔さまの審判も受けられないし、正式に此方に来た亡者でもない。つまり、宙ぶらりんな存在ってことね」

 

次は閻魔ときた。まあ冥界が存在するならいて当然なのだろうか。

玲央は湯呑を置き、恐る恐る尋ねる。

「じゃあ、僕はどうすれば? 帰れるわけでもないんですよね?」

 

「迷い人を無理に追い返すほど、白玉楼は狭くないわよ。しばらく滞在したらいいじゃない。妖夢にも案内させるから、冥界や幻想郷のことを学ぶといいわ」

 

ふむ…一先ず安心。追い出されたところでどこへ行けばいいのか見当もつかないし、現世に戻るといっても、自分の身体がどこにあるのかもわからない。いや、病院にあるだろうけど、それと魂の自分がどうやって再会できるものか――。

 

ありがとうございます幽々子さん、とぎこちなく頭を下げる僕に、幽々子でいいわよ、と穏やかに笑って返してくれる。その姿を横で見ていた妖夢もほっと安堵した様子だった。

自分の将来が多少は保証されてホッとしたからか、今口にしているお茶とお茶菓子の美味しさに改めて気づいた。

 

「それにしても美味しいお茶……。これは妖夢が?」

「あ、はい。半人前ながら家事担当も私の役目なので」

 

妖夢はほんの少しだけ誇らしそうに語る。この働きようで半人前だったら僕は何人前だ?

 

「そうそう、妖夢はよく動いてくれるのよ。庭の手入れも料理もお掃除も、ぜーんぶしてくれて助かるわ。おかげで私は悠々自適に暮らせるの」

 

幽々子の言葉に、妖夢は「またそんなことを……」と苦笑い。どうやらこの主従関係は、かなり独特のバランスで成り立っているらしい。

 

「ま、そういうわけだから、気にせずゆっくりしていってね。外の世界へ興味があるなら、妖夢に案内してもらえばいいわ。うちは冥界の奥まったところにあるけど、幻想郷まではさほど遠くないし」

 

「ぶっちゃけ幻想郷、というところからよくわからないんですが」

 

「ふふ、それも含めて妖夢が教えてくれるから大丈夫よ。ねえ、妖夢?」

 

「ええ、お任せください。……でも、あまり無茶はしないでくださいね。玲央さんはまだ“生霊”とはいえ本来の身体を持つ人間ですから、きっとこちらでの危険をすべて無視できるわけじゃありませんよ」

 

その言葉に少しだけ緊張が走る。やはりこれはただの“死後の世界見学”ではなく、冥界には冥界なりのルールや脅威があるらしい。

 

それでも、現実世界さながらにお茶と饅頭を楽しみながら会話できるというのは奇妙な安心感があった。幾分気が楽になった玲央は、何度目かの礼を言いつつ、大人しくここで世話になることを承諾した。

 

 

 

***

 

 

 

「玲央さん、おはようございます。」

 

「おはよ~」

 

 

 

白玉楼での暮らしは、とにかくのんびりとしていた。

 

日中、幽々子はあまり働く様子を見せず、屋敷の縁側でぼんやりと景色を眺めたり、お菓子を食べたりしていることが多い。主従というよりはまるで“お姫様”のようだ。

対照的に、妖夢は台所の管理から屋敷の掃除、庭の手入れ、さらには自分自身の修行に至るまで忙しそうに動き回っている。

 

 

「どう? 冥界らしい雰囲気を堪能してる?」

 

と、幽々子が朝のうちに行われる妖夢の庭の掃き掃除を眺めながら、暇そうに玲央へ声をかける。

 

「いや、冥界って聞くともっと薄暗くてどんよりしてるイメージだったけど、ここは割りと普通というか、なんならもう実家のような安心感というか」

 

ただ、居候として何も働かずに衣食住を提供シてもらっている現状には、少し居心地の悪さを感じている。

 

「……妖夢に何か手伝うって言っても、断られるしなぁ。俺が庭いじりしたら斬られそうだし」

 

幽々子はくすりと笑い、涼やかな声で続ける。

「ふふ、あの子にはあの子なりの責任感があるの。あなたは客分だから、あまり下手に手を出されると彼女の仕事を取られたって思っちゃうみたいよ。もっとも、本来はもっと余裕のある子ではあるのだけど」

 

確かに、夕食を作ろうとしても「私の仕事ですから!」と制止されるし、掃除でも「急に配置が変わったりすると困るので!」と遮られる。おせっかいは遠慮してほしいのかもしれない。

 

 

「そうそう、それで玲央。今度、妖夢と一緒に幻想郷へ出かけるのだけれど、あなたも行ってみる?」

 

「え、行っていいんですか? まだ“半分幽霊”みたいなものでしょ?」

 

「それは妖夢だって同じよ。それにあなたは生霊だから一応全身幽霊、ね」

 

えっ、初耳なんですが。妖夢って半分人間なの?

たとえ半分とはいえ冥界に人間がいていいのだろうか。

玲央が驚いた顔をしていると、幽々子は首を傾げた。

 

「あなたをずっとここに閉じ込めておく理由もないわよ。ねえ、妖夢?」

 

掃き掃除をしていた妖夢がこちらに向き答える。

「あ、はい。幽々子様がそう仰るなら。……ただ、幻想郷にはいろいろな妖怪や人間がいますので。玲央さんを安全に案内できるよう、私もできる限り気を配ります」

 

「そこまで気を遣わなくても…僕今のところただの居候だから」

 

さっきも言ったが、やはり逆に居心地が悪い部分もある。

 

「まあまあ、妖夢も一緒に暮らす人が増えて少し浮足立ってるのよ。今は好意に甘えてあげてちょうだい」

 

はあ、そういうものだろうか。「や、やめてください」と顔を赤らめて照れ?ている妖夢を横目に、僕は色んな意味で約得だなぁと感じた。

 

「それじゃあお言葉に甘えて…。正直今は暇を持て余してるし……一度、外の様子を見てみたい」

「はいっ、じゃあ決まりね」

 

こうして、玲央が冥界の外――「幻想郷」なる場所へ行く話があっさりと決まった。

 

 

 

***

 

 

 

幻想郷について、概要を少し妖夢から聞いた。

今僕が居候している白玉楼があるのは確かにあの世なのだが、なんやかんやであの世とこの世を分けていた結界が壊れてしまったそうなのだ。

それ以来、生者・死者に関わらずあの世この世を行き来する、というのが割りと当たり前のこととなっているそうだ。

 

これを聞いて、「じゃあ、僕の現世の体を見に行ってもいいか」と尋ねると、なんでもこの世界の「この世」が幻想郷という場所らしく……。

まぁ、良く分からないが(分からないことだらけである)、とにかく僕が元いた世界とは隔絶されたところらしい。

 

 

まあそんなこんなで幻想郷に赴くことになったわけだけど。

冥界と幻想郷を往来するにあたってネックとなったのが「飛ぶ」能力だった。

妖夢が言うには、「ここでは空を飛ぶのは結構当たり前なんですよ」とのこと。実際、彼女もひゅいっと浮かんで宙を移動できる。

それを目撃したとき、冥界に順応してきたと思っていた僕も流石に唖然としてしまった。

 

「飛ぶって……どうやって?」

 

幽々子も、「生霊なんだから、本来の身体の重力に縛られる必要なんてないはずよ」と言うが、具体的な方法を誰も教えてくれない。

あげく、妖夢のアドバイスは「ふわっとイメージして、意識を宙に向けるだけです」とかいう超アバウトなもの。ゲームじゃないんだからそんな簡単にいくか!と思いつつも試行錯誤してみる。

 

「おりゃっ……!」

ぴょん、と地面を蹴ってみるが、当然のように落ちる。二回、三回、何度繰り返しても同じだ。そんな僕をみて幽々子が小さく笑う。

 

「ふふ、無駄に力むといけないのよ。むしろ身体をやわらかーく、軽ーくなるようにイメージするの」

 

「言うだけなら簡単だけどな……」と、僕は汗だくになりながら答える。

そのときだった。ふいに視界の縁の空間がねじれたような違和感を感じ、視線を上げると、まるで裂け目のようなスキマが出現した。ひょいと出てきたのは、金髪を持つどこか妖艶な女性。

 

「まぁまぁ、冥界がちょっと騒がしいかと思えば、こんなところに人間が」

 

「あら、こんな昼間に珍しい」

 

どうやら幽々子さんの知り合いらしい。

妖美な声に振り向くと、妖夢が姿勢を正している。おそらくこの世界では位の高い人なのだろうか。風格からもそんな様子が伺える…気がする。

 

彼女は派手なレースやフリル付きの日傘を持ち、やわらかな微笑を浮かべており、どことなく“人ではない”気配を漂わせていた。

まあ、なにもない空間から突然登場したんだから、ただの人ではないわな。

 

「あなたが噂の生霊ね? うふふ、霊夢が『妙な男が冥界に入り込んだらしい』なんて話していたから、興味がわいていたのよ」

 

「……どうも。変な男で悪かったですね。一応玲央っていう名前があります。」

 

素直に挨拶を返す余裕もなく、僕は丸腰で立ちつくす。というのも、相手がただならぬ存在だと嫌でも感じ取れたからだ。

 

「ふふ、怯えなくても大丈夫よ。私は八雲紫。ちょっと手伝ってあげようかと思って」

 

「手伝う……? なにうぉ」

 

と僕が尋ね終わる前に、紫はにやりと笑って日傘をくるりと回す。すると足元の空間がスパッと裂けた。

 

「え、ちょっ――!?」

 

言う間もなく玲央の身体はその裂け目に落ち、次に気づいたときには青空の真っ只中、地上数十メートルどころか百メートル以上はあるかもしれない高さに放り出されていた。

 

「う、うわああああああああああああああああああああああああああああああ!?」

 

当然地面ははるか下だ。ここで足をじたばたさせても落ちるだけ――と絶叫したその瞬間、不思議な感覚が襲ってくる。身体がふわっと浮いて、まるで泳ぐように宙に浮かんだ。

 

「え、まさか本当に飛べてるのか……?」

 

最初は大混乱だったが、何度か胸のあたりに意識を集中すると、上下左右にゆったり移動できることに気づく。

 

「あなたは自身が飛べない、という常識に囚われていたのよ。ここ、幻想郷ではそういった固定観念は捨てることね。自身のためにも」

 

紫が下のほうで手を振っている。なぜか僕の横から声がするのでそちらに目をやると、そこには小さなスキマが佇んでいる。便利すぎないか?それ。

・・・ふむ。まあつまり、どうやら生霊である自分には“重力に囚われる必要がない”らしい。最初に幽々子が言っていた通りだ。

いやいやだとしても、

 

「もしそのまま落ちて死んでたらどうするんだ」

「幽霊が何言ってるんだか」

 

幽霊は幽霊でも生霊だわい!

ともかく、あのヒト(?)、ヤバイ。ということをこの数分で身を持って理解した。

安定して飛べることを確認した玲央は、下のほうで手を振る八雲紫を見下ろす。

 

八雲紫はその心中を見透かしたように扇子で口元を隠しながら、面白そうにくすくす笑っている。

 

「ほら、飛ぶって意外に簡単でしょう? 最初から"できる"のだから、あとは意識的な慣れね。さっそく幻想郷へ行くらしいし、良い機会だったじゃない」

 

「ありがとうといえばいいのか、何といえばいいのか……」

 

玲央は呆れながらも、もう一度ぐるりと宙を舞う。人生初の空中飛行は、震えるほどの恐怖と、それ以上の高揚感に包まれていた。

 

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