スタンピードは終息した。
町を丸ごと飲み込んでしまうのではないかと思ってしまうほどいた魔物は、
だが────
「はぁ……」
宿からぼんやりと外を見つめるコウは、どこか不満気な表情を浮かべながらため息をついていた。
「大ピンチを切り抜けて、全装備を一新できるくらい報酬をもらったってのに、なんでそんな不満そうなんだよ?」
そんな彼に、ロイは心底不思議そうに話しかける。
「……あの時、トロールがいたのは知ってるだろ?」
コウは向き直り、話を始めた。
「ああ。最初見えた時はさすがにやばいかと思ったが、結局のところあっさりお前が仕留めたんだろう?」
ロイは、ファイアキャノン一発で仕留めるだなんてなかなかやるじゃねぇか。と言葉を続ける。
「いや、あれをやったのは俺じゃない」
「は!?」
ロイの驚きに満ちた声が部屋に響く。
「あの場には確実にお前しかいなかったはずだ。俺以外にも何人かはトロールの存在に気づいていたが、誰も援護できる余裕はなかった」
ロイの言っていることは間違いなく、正しかった。
だがそれも、
「ま、俺の目で追えないほど速くて、魔法を一切使わないようなやつがいたなら話は別だが……そんなの居たとしても、幽霊くらいだろな!」
ロイは冗談めかして笑うが、コウは否定する様子を見せない。
『バカ言え。そんなことある訳ないだろう』と突っぱねられるのがオチだろうと考えていたのだが、それどころか本人の反応は────
「……居たんだよ。お前の言う通りの幽霊が」
「は!?!?」
またしても響くロイの声。近くに通りがかった通行人の多くが不審そうに宿の窓を見やった。
「おいおい待てよ……そいつはどんな見た目をしていた? 攻撃方法は? 俺たちの味方なのか!?」
「落ち着けバトルジャンキー」
途端に目を輝かせて詰め寄ってくるロイに、幽霊と聞いて恐れるどころか戦いを望んでいるのが分かったコウは、面倒くさそうに頭を抱えた。
「見た目は……分からん。目を瞑ってたからな。ただ、何となく長い黒髪をしていた気がするから、女かもしれない」
思い返すのはトロールの死体から踵を返して街に戻ろうとした時。黒く長いナニカ────恐らく髪が視界の端を通り過ぎて行ったことである。
「なんで敵前で目を瞑ってたんだか……まあいいや、攻撃方法は?」
「首が切り落とされていたから剣類だろう。魔法の痕跡は一切なかった。トロールが反応する間もなく攻撃を終えたであろうことから、恐らく一撃で切り落とした……つまり長剣の類だろうな」
トロールは図体こそデカイものの、動きが鈍い訳ではない。
奇襲ならば最初の一撃は通るだろうが、二撃目は反応してくるだろう。
「ふむ……だが待てよ。そいつは何の魔法も使わずに、一撃でトロールの首を切り落としたんだろう?」
「そう言ったな」
間違いなくついさっき言った言葉である。
コウは肯定しつつも、なぜそんなことを聞き返すのかと疑問に思いながら相槌を打つ。
「おかしいんだよ。トロール程の首を剣の一撃で落とすには、魔法で強化された剣を使うか、とんでもなく分厚くてデカイ剣を使うしかない」
当然、前者を使おうものなら魔力の痕跡をそこら中にばら撒くことになるし、後者を使っていようものならあまりにもシルエットが分かりやすすぎる。
使い手の姿は分からなくともその剣だけは視認できたことだろう。
「そりゃ……隠密系の魔法でも使ってたんじゃないか?」
自らの姿と装備を周囲から認識不可能にする魔法であり、発動時には魔力の痕跡を残さない。
だが────
「お前はヤツの髪が見えたと言っていたよな。普通、そういう魔法はつま先から頭のてっぺんまで認識出来なくするもんだ。だからいきなり髪だけ見えただなんて言われてもそれはありえない話────それに、発動時には魔力の痕跡を残さなくとも、解除したらその場に痕跡が残るからな」
「ふむ……確かにな」
ロイは自分より多く戦闘の場数を踏んでいる。そんな彼が言うのだから、この理論は正しいのだろう。
「それじゃあ、結局あの幽霊は何の武器で戦ってたと言うんだ?」
隠密を含めた一切の魔法を使わず、剣すらも使わない────それならば結局何だと言うのか。コウには分からなくなっていた。
「ああ。俺の考えはズバリ、短剣だ」
「短剣……? そんなはずないだろう。第一、やつは剣を使っていないと言ったばかりじゃないか」
コウは首を傾げ、眉を顰めた。
先程までの発言と矛盾していると感じたのだ。
「うーんと、そうだな。まずは前提を崩すことになるんだが……」
「前提?」
「ああ。トロールの首を一撃で落としたってところを考え直すんだ」
「……?」
さすがに無理がある。間違いなく自分が見た時は一撃で首が斬られていたのだ。もしも違うのなら、一回で斬ったように見せかけて、限りなく高速かつ精密な二撃を加えていたとしか────
「あっ」
「ようやく気づいたか。普段は頭が回るくせに、こっち方面になるといきなり鈍くなるよな」
俺が鈍いのではなく、お前が異常なだけ────という言葉をコウは発することなく胸にしまい込む。
「でも、そうだとしたらとんでもない技量の持ち主じゃないか? それにステータスもどうなっていることやら……」
「間違いなく、速度に極振りしたスピード狂みたいなやつだろうな。この世界で生き残れる極振りはほんのひと握り────その中にお前の見た幽霊が入っているだけのことだろうな」
「なんだそりゃ……」
にしてもスピードに極振りするやつがまともに生きてるだなんて、初めて聞いたな。とボヤくロイに、コウは心の底から漏れ出た言葉を吐く。
確証がある訳では無いが、かなり有り得る話である。
それでも自分の前に居たであろう人間が、そんな化け物だったとは予想もしなかっただけに困惑が止まらない。
「んで、そんなやべー奴が味方かどうかって話なんだが……」
直後、二人の滞在していた部屋の扉が大きな音を立てて開かれる。
そこには、太陽に当たって輝くような長い金髪に幼さの残る顔立ちをした少女が立っていた。
扉を破損させたかのように錯覚させる音と共に顔を覗かせた少女は、焦燥しきった様子で声を上げる。
「とっても速くて黒髪で短剣使いの女の子を見ませんでしたか!? 私の命の恩人なんです!」
この言葉を聞いたロイは、コウにニヤリと笑いかける。
「ああ。ちょうどそいつについて話してたんだよ」
「……その通り」
先程までの推理と、質問の答えが同時に返ってきた。加えて、あの幽霊の姿を追っているという少女まで現れた。
半ば何が何だか分からなくなっていたコウは、頭を抱えることしか出来なかった。
美少女は見ています。あなた方がこの世界に評価をされたこと、感想を書かれたこと、そしてニッカンランキングに載ったことを。
当然、美少女はゴジホウコクをなされていることも見ています。美少女は不変無欠の存在ですが、この世界は不完全ですからね。
深い感謝と愛を送っています。私も、美少女も。