キヴォトスに迷い込んだので、全力で楽しんでみる 作:おすとろもふ
ゲヘナ地区は、キヴォトスの中でも有数の治安が悪い自治区らしい。
行ったことはないので想像はできないが、日常のようにテロ行為が行われ、毎日のように各地から銃撃戦の音が聞こえるらしい。
しかし、流石に大袈裟だと思っていた。
……目の前で電車のハイジャックさえ起きなければ。
「この電車はあちき達が乗っ取った!!乗客どもは大人しく武器を捨てろー!」
「はっはっはー!!こいつらビビってんぞ!……おいそこの水っぽいヘイロー持ってる男!こっちこいよ!」
……俺じゃないよな?
周囲を見ても、水っぽいヘイローとか俺くらいしかいない。
正直、本当に見間違い&呼び間違いであってほしい。関わり合いになりたくない……。
俺はスマホを見て、再び周囲を見渡した後
「……えっと、俺っすか?」
「お前だよ!お前しかいねえよ!」
「辞退しますね」
「なんでだよ!」
ハイジャック犯と思われる不良生徒は、俺の発言に大声で突っ込んでくる。
……もしやこの不良生徒はノリがいいのかもしれない。
「早くこいよ!こっちも暇じゃねえんだよ!」
「えー……」
俺は、渋々銃を座席に置いて不良生徒の元に近寄っていく。
「へぇ……素直だな」
「でしょ?よく言われんだよねー」
そう言いながら、ポケットに突っ込んだ両手に水を纏わせる。
誰が大人しく人質になるかっての……。
この前もテロリストに人質にされそうになったし、キヴォトスの犯罪では人質を取ることがマストになっているのかもしれない。
俺は前を見て相手との距離を目測で測る。
現在の不良生徒との距離は2メートルだ。
……1メートルになったら一気に決める。
そんなことを考えながら、窓の外の景色を見ながら近づいていく。
すると、急に乗客席から銀髪の女子生徒が立ち上がった。
「……はぁ。まさか、連邦生徒会での会議の後に巻き込まれるとはね……めんどくさい」
溜め息をつきながら女子生徒は、椅子に立て掛けられていた凄くイカついマシンガンを手に取った。
俺は成り行きを見ながら静観を選ぶ。
……てかやばくない?あのマシンガン禍々しいんですけど……!?
少女は俺の後ろまで来ると、声を掛けてくる。
「……あなた、こんなことに巻き込まれるなんて運がないわね。でも、そのヘイロー凄く目立つから、必然的に選ばれたのかも。……はぁ。でも、もう安心していいよ」
少女は、再度溜め息をつきながら言い放つ。
「私が片付けるから」
そして、片手に持っていたマシンガンを両手で構えた。
その一連の動作と発言を聞き、俺の目の前にいた不良生徒は狼狽し始めた。
まるで、先日のホシノ先輩からデコピンされる前のシロコとノノミのような……。
「……!!お、お前!!風紀委員の
「……さっきも言ったと思うけど?」
そう言いながら両手で持ったマシンガンを、フルスロットルでデストロイする。
瞬間、圧倒的な量の銃撃が不良生徒達を飲み込んだ。車内にけたたましい射撃音が鳴り響く。
その景色はまさに圧巻の一言で、周囲で成り行きを見守っていた他のハイジャック犯を巻き込み爆ぜた。
言葉通りの蹂躙である。
……えぇ。
俺は思わず、唖然としながら独り言を溢す。
「やっば……強すぎない?」
「……そうね」
感覚だが、目の前の銀髪少女からは強者の余裕みたいなものを感じる。
……まるで、ホシノ先輩やネル先輩からも感じるような圧だ。
やっぱりキヴォトスって怖い……。
俺は、早々にゲヘナに来たことを後悔し始めた。
・・・・・・
俺は電車から降りると、そのまま改札口を出る。
先程の銀髪少女には、あの後お礼を言った後に離れた。
……取り調べのために、ヴァルキューレという警察のような組織に捕まった銀髪少女を囮にしたわけでは断じてない。
「……ふぅ。事情聴取って長いらしいし、捕まったら今日一日のプランが丸潰れだからな……」
俺は、とりあえずの危機を回避したことでようやく一息つくと、目的地の温泉まで向かうルートを検索する。
そのついでに、隣にあった自販機でホットココアを買う。
最近は、春に近づいて来ていることもあり、段々と暖かくなってきている。
しかし、それでもまだ寒いので温かい飲み物は必須である。
ホットココアを飲みながら検索をしていると、いつの間にか隣に黒のスーツを着た男が立っていた。
「……クックック。見ていましたよ?災難でしたね」
……誰やねん。
俺は視線を上げてスーツの大人の顔を見ると、どこまでも深い黒に歪な亀裂が走り、発光していた。
「えーと、とりあえずチョウチンアンコウの友達みたいな……?」
「……違いますが。……そうですね。私のことは黒服と呼んでくだされば」
俺は訝しげな視線を黒服に向ける。
……明らかに怪しい。
「そっすか。とりあえず、黒服さんは何の用ですかね?」
「クックック……。あなたの神秘について知りたくはありませんか?」
そう言いながら黒服は、黒い手袋をはめた手を差し出してきた。
まるで、この手を取った瞬間に目の前の男から全てを掌握されるような寒気を感じる。
そして、その感覚を感じ取った瞬間に、俺は黒服から少し距離をとった。
「怪しげな宗教勧誘っすかね?とりあえず、神秘とか意味わからないこと言って騙そうとするのやめないすか?」
「……クク。確かにそうですね。……何の説明もなしに、分からない単語を羅列させ契約させるのは少々強引でしたね」
そう言いながら黒服は差し出した手を引っ込めた。
そのまま、スーツの胸ポケットに指を入れ名刺を取り出した。
「……きっとそう遠くない未来に、あなたは神秘を知らなければいけなくなる。そして、その時にまた交渉するとしましょう。……クックック」
そう言って俺に名刺を差し出してくる。
目の前に立つ黒服を見ていると、不安感を煽られる。
……でも、俺はまだキヴォトスのことを何も知らない。それこそ、常識や戦い方、目の前の男が言った"神秘"という存在。
多分、黒服は俺の使う水の正体が分かっているのだろう。
どこが情報源かは知らないけれど、まるで一人になったのを見計らうかのようなタイミング、そして会ってすぐに口にした"俺の神秘"という、あたかも俺のことを知っているような言葉。
……ただ、深入りしない方がいいのは明確だ。
「……一応、名刺は受け取りますよ。でも、俺が対等じゃない取引とか受ける気ないんで」
「クックック……そうですね。あくまで、"公平"に交渉をすると約束しましょう。では、私はこれで」
黒服は、そのまま駅のホームへと歩いて行った。
……黒服がどんな存在かは分からない。
しかし、キヴォトスのことをまだ何も知らない俺は、いつかあの怪しい大人を頼る時が来るのかもしれない。
それまでに強くならないと、確実に呑まれるような気がする……。
・・・・・・
俺は駅から出ると、片手にスマホを握りしめ地図アプリを見ながら目的地へと歩み始める。
ゲヘナ自治区は、思ったよりも落ち着いた雰囲気の建物が多く、調べた記事に書いてあるような騒がしさはあまりなかった。
ゲヘナの街並みを眺めながら歩いていると、目の前の飲食店の前で店員さんに文句を言っている、羽根の生えた銀髪生徒が目に入った。
……今日は、ゲヘナに入ってから羽根の生えた銀髪の人をよく見る気がする。
なんだか、嫌な予感がするので適当に見物する。
「あの料理は何ですの!?
「そ、そんなことを言われましても……。あのメニューが当店の売りでして」
「それに!店員のサービスも気に入りませんわ!料理を目の前に配膳する際に音が鳴っていました。このような料理店が存在するのを、
……おっと、風向きが変わったな?
お店の店員に対して、文句を垂れていた銀髪少女は急に懐から手榴弾を取り出した。
そのまま、お店の中に6個の手榴弾を投げ込んだ。
「……離れよ」
後ろを振り返り、早足で来た道を戻る。
その瞬間、後ろから轟音と共に爆風と思われる強い風が吹き、周囲からは歓声が上がった。
……来る場所を間違えたかもしれない。
しかし、時間を掛けてここまで来たので、今更何もせずに帰るというのは勿体無い。
今のところ、ゲヘナに来てしたことと言えば……
電車のハイジャックに巻き込まれる。
謎の銀髪少女が、電車を半壊させるのを近くで目撃。
謎の怪しい黒スーツのチョウチンアンコウから、怪しい交渉の提案をされる。
お嬢様のような羽根の生えた銀髪少女が、お店に文句をつけて手榴弾を投げ込み爆破。
これが、2時間もしないうちにゲヘナ自治区で起きたことである。
「……まじでなんで来ちゃったんだろ。普通にトリニティとか
片手に持ったスマホで地図を見ながら、項垂れる。
もはや、温泉に浸かったらすぐにゲヘナ自治区から退散したい。
『そこに源泉がある!ならば、ここを温泉にせねば何処を温泉にするのだ!?さぁ!!いざ、爆破ァァァ!!』
凄まじい音量の声が聞こえたので、ビクッとしながら顔を前に向けると、大量の戦車や重機に搭乗した女子生徒達が、一点に向かって集中爆撃をし始めた。
その瞬間、俺の身体を爆風が通り抜け、その衝撃と轟音で少しよろけた。
「…….よし!アビドスにかーえろっ♪」
俺が後ろを振り向くと、そこにはきっちりと制服を着こなし、頭に帽子を被った大量の生徒が迫って来ていた。
それも、大量の戦車やヘリと共に……。
それを見た瞬間に、こんな自治区に何故来てしまったのかという後悔と共に、とりあえずこの場から離れたいという気持ちが湧いた。
その気持ちに突き動かされるように、横にあった家と家の間にある路地裏に入る。
路地裏にはいい思い出がないので、あまり進んで入りたくはなかったが、そんなことも言っていられない状況なので仕方がない。
俺はこの戦いが終わるのを見届けた後に、すぐにこの場から退散してアビドスに帰ろうと決意し、成り行きを見届ける。
そして、どちらにかは分からないが、砲弾が打ち込まれ着弾したと共に銃撃戦が開幕した。
爆発音や銃を乱射する音、そして両陣から上がる悲鳴や笑い声がこの酷すぎる惨状を物語っている。
ちなみに、俺は少し前から戦場から目を逸らし、ゲヘナ自治区に来る前にアビドスのコンビニで買ったおにぎりとサンドイッチを食べながら、この戦いが終わるのを待っていた。
「……はぁ。温泉に入りに来ただけなのに、なんでこんなことに……」
思わずため息と共に、今日一日への愚痴が出てしまう。
『ふむ!それなら私が、最高におすすめな温泉を紹介しようじゃぁないか!』
突然、俺が現在座っているマンホールの下から声が聞こえた。
そしてそのまま、マンホールから強烈な衝撃を感じるとーーー
『いっだぁぁぁ!?なぜ開かないのだッ!?』
……え?まじでマンホールの下にいたの?
その後も、マンホールから幾度と衝撃を感じるが、退かずにサンドイッチを食べていると、ついにマンホールの下にいる人間から声が掛かった。
『……そろそろ退いてくれないか!?私が出られないのだが!!あと、退避の合図が出せないじゃないか!』
「え?いいよ」
俺は大人しくマンホールの上から離れる。
その瞬間マンホールを退かし、背の低い少女が現れた。
「ハァッ……ハァ……やっと出られた。……そういえば、君が温泉を目当てに来たという者か!」
この少女は意外と切り替えが早いらしい。
ぜぇぜぇと息を吐くと、俺に視線を向けてハリのある声で話しかけて来た。
「まぁ……そうだけど、正直もう帰りたい」
「!?……それは勿体無いぞ!?せっかくゲヘナに来たなら最高の温泉に浸かり、至福の時を過ごしてもらわなければ!!」
「いや、結構最悪な時間しか過ごしてないんだけど」
目の前の少女の押しに、冷静になりながら言葉を返していると、突然の轟音と共に各地から悲鳴が聞こえ始める。
「……え?なに?何が起きてんの!?」
戦場の各地から響く何かに怯えるような叫び声を聞き、俺は急に怖くなってくる。
そして、目の前の少女も例外ではなかったようで、顔を強張らせながらガタガタと震え始める。
流石に目に見えて怖がっているので、なんとかフォローの言葉を掛けようとするが、少女は怯えるように俺に言う。
「き、来たッ!ハァッ……ハァッ……!!不味い、ここに留まるのは危険だ。でないと、あいつがッ!化け物が来るッ!」
「へぇ……?誰が化け物なの?」
「そ、
「……そう」
俺は目の前で怯え続ける少女の後ろで、巨大なマシンガンを構える空崎ヒナを見る。
そして、未だに恐怖からかガタガタと震え、先程まで誰と話していたのかを全く理解していない少女。
「……あぁ。こいつ連れてっていっすよ」
「話が早くて助かる」
俺と空崎ヒナは結託した。