キヴォトスに迷い込んだので、全力で楽しんでみる 作:おすとろもふ
最近は、キヴォトスの春でも比較的寒い日が続いているらしい。
しかし、一面に広がる空は快晴で、日差しが照らしてくれているので暖かい。
今は三月の後半に差し掛かっていることもあり、桜の花弁が空気に溶け込むように舞っている。
そんな清々しい季節で俺の前に立っているのは、禍々しいヘイローと銃を携えたゲヘナ風紀委員のヒナだ。
現在、俺とヒナは向かい合って銃を構えており、緊迫した空気を肌で感じる。
そんな空気感の中、一切表情を変えないヒナはいつもと変わらない声のトーンで言った。
「……まずはどれくらい戦えるか見るから、全力でかかってきて」
ヒナが俺に戦い方を教える前に、俺の実力を把握したいらしい。
……俺の情報は、ある程度知っていると思うが、戦闘に関しての情報はあまり入ってない……?
とりあえず、待たせるのも悪いので銃を構えた。
「そんじゃーまぁ……胸借りるわ」
俺は言葉を放つと同時に、足元に水を出す。
「……ッ!それが、例の……」
俺はヒナの驚いた表情を、一瞬見てニヤリと笑う。
……今の反応を見るに、情報はある程度入っているようだが、対応できる程度ではない。
相手にとって初見というのは、俺にとって最高のメリットだ。
「よっしゃ!ぶっ飛べーーッ!!」
俺は足元に出した水をサーフボードの形に変えて、そのままヒナの方へと真っ直ぐに全速前進する。
横の景色が凄まじい勢いで流れていくが、気にしたら負けだ。
というか、怖くて見れない!!
……そもそも、この技は前に実験した高速イルカ号の応用なのだ。
高速イルカ号では面積も大きく小回りも効かない。
そんなイルカ号のデメリットを消したのが、水のサーフボードというわけだ。
これにより、イルカ号の安定感は無くなったが、その代わり小回りと機動力を得た。
俺はヒナに向かって銃を撃ちながら、サーフボードの進行方向を上に変える。
そのまま、進行方向を上から上に直角90度に曲がる。
瞬間、俺の見える全ての景色が反転した。
空は地に、地は空に変わり、木が上から生える。空でサーフィンしてるような気分になってきた。
……でも、まじで酔いそう。
その行動を見たヒナが、表情を困惑一色に変えて急いで距離を取ろうとする。
「な、何をする気……?」
「はっはー!!距離を取るのが遅えぇぇッ!!」
後ろにバックステップをしようとしたヒナ目掛けて、視点が上下逆転したまま、サーフボードを加速させる。
これこそが俺の新技!コウモリフォォォムッ!!
ホシノ先輩から散々転がされ続け、視点が天地逆さになることに慣れた水の新しい可能性。
そして、サーフボードと足を水で固定したまま、逆さになったヒナに向かって突撃する。
必然的に片方の手でサーフボードを抑えながら、もう片方の手だけで銃を撃つことになる。
だからこそ、必要なのは弾を当てる技術ではない。適当に乱射をすることによる撹乱だ。
……さらに、俺はこの状態を10秒以上キープすることはできない。
何故なら酔うからだ!
「だからこそのッ!!超短期決戦か、相手に間合いを詰める時だけ使える限定技アァァァッ!!」
俺は、あまりの風圧で自分が後ろに吹き飛びそうになるが、姿勢を前傾姿勢にすることで維持。
「……なるほどね。でも、その状態で銃を撃たれたらどうするの?」
ヒナはバックステップで地面から足を離したまま、手に持ったマシンガンを手に構える。
やはり、ヒナは地面から足が離れていたとしても関係なく撃ってくるのだ。
……普通そんな姿勢では撃てないんだけどなぁ。
現在のヒナとの距離は、約5mあるかどうか。
このままあのマシンガンをデストロイされれば、間違いなく俺もデストロイする。
そもそも、高速で飛んでくる銃弾に加速して突っ込むなんて自殺行為にも程がある。
だがしかし、はなから遠距離や中距離でヒナに勝てるとは思っていない。
……というか、さっきの銃撃戦で不良達の弾幕が一切ダメージを与えていなかった。
だからこそ、狙うは超近距離のインファイト!
ヒナがマシンガンを発射しようとする直前、俺は乗っていたサーフボードだけをヒナに発射した。
当然、俺の身体は前方に吹っ飛んでいき、サーフボードも凄まじいスピードを出してヒナに突っ込んでいく。
「ッ!?何それっ……!!」
俺が最後に見えたヒナの表情は、驚き一色に染まっていた。
……なんでヒナの顔がもう見えないかって?
「アァァァァ゛ァ゛ア゛ッ!」
俺の身体はヒナを通過して、横方向に吹っ飛んでるからだよッ!!
視界がブレて何も分かんないけど、とりあえずこのまま着地するのはやばいことになりそうなので、万が一の安全策を召喚する。
「く、クラゲ君ッ!助けてぇぇえ!!ふげぇっ……」
俺はクラゲ君を落下地点に召喚し、その頭の傘部分に着地する。
「ふぅ……死ぬかと思った」
「……馬鹿?」
「……ちょッ!?」
俺がクラゲの頭に乗って安堵していると、さっきの地点から急接近してきたヒナがマシンガンを振り翳し追撃してくる。
俺は急いで右に転がるが、ヒナは振り下ろした勢いを横に流し、次はマシンガンを横にスイングする。
しかし、それを後ろに飛んで回避すると、俺は思わずヒナに叫ぶ。
「いやッ!?ヒナさーん!?容赦なくないッ!!」
「……1割なのだけど。ホシノに稽古をつけてもらってるなら、これくらい避けれると思う」
「それ机上の空論ですぅぅッ!!」
愛銃を握り直すと、改めてヒナに向かって照準を合わせる。
……撃ったところでそこまでダメージは入らないと思うが。
そして、トリガーに指をかけ力を入れると同時に、ヒナがこちらに向かって一直線に加速してくる。
「ッ!?ふざけッ!!」
「……ちょっと遅かったわね」
気が付いた時には、既にヒナさんの可愛い御尊顔が近くにあり、横から凄まじい衝撃が走る。
くっそ!この人、普通にマシンガン振り抜きやがった……!
強烈なマシンガンの一撃で俺は地面を転がる。
……幸い、加減が上手いのかそこまで痛みは無かったが、だいぶ飛ばされたようだ。
俺は地面に倒れたまま、一面の青空を見て叫んだ。
「……いやー、手も足も出なかったんだけど!」
奇を衒った作戦で、意表を突こうとしたが無惨に失敗。
……というか、サーフボードで突っ込んでインファイトに持ち込もうとした時点でアウトだったのかもしれない。
あのマシンガンを軽々と振り回すんだったら、近距離で勝てるわけがねえのよ……。
そのまま地面に倒れていると、ヒナが歩いてきた。
「とりあえず、あなたに必要なのは座学ね……。型破りな作戦をしようにも、型が分かってなかったら本末転倒」
「仰る通りです」
……ぐうの音も出ない!
実際、インファイトに持ち込むために吹っ飛んで行ったら、盛大な隙を晒した。
……あれが実戦だったら、クラゲに着地したところを滅多撃ちだったな。
俺の目の前まで来て、その場にしゃがみ込んだヒナは、指を2本立てて溜息混じりに話し出す。
「……はぁ。これからの訓練では、戦闘のリスクヘッジと観察の二つを優先すること」
「……?リスクヘッジと観察?」
「そう。リスクヘッジは簡単に言えば、常に被害を最小限にする作戦を立てるってこと」
……なるほど。
言ってしまえば、さっきのサーフボードでの突撃はただの特攻だったということか。
そして、一応の保険としてクラゲの頭に着地するという作戦を立てた。
……しかし、本当にそれが最善の策で、後のリスクを考えていたのかと言われると全くのNOだ。
俺は最初に作戦を組み立てた時点で、失敗していたということだ。
「次に観察。大前提、戦闘の基本は情報戦だと思ったほうがいい」
「……えーと、相手が何の武器を使ってるのか、なんのアイテムを持ってるのかみたいな?」
「ええ、そういうこと。相手の持ち物を観察すれば、どんな事態に気を付ければいいのか、どんな行動をしてくるのか……。ある程度は読めるようになるでしょ?」
「……たしかに。……ちなみに、相手がマシンガンを振り回してくるのも想定に入れるべき?」
「……そうね。警戒するべきね」
こんのキヴォトス人がッ!!
……今ヒナが言っていたことは、相手を観察してリスクの少ない作戦を立て、戦うってことか。
たしかに、今までの俺の戦い方はどれも行き当たりばったりの作戦だったな。
「……まぁ〜、そんな力任せの戦い方なんて、みんなしないけどね〜」
……!?
ヒナの言ったことを頭で整理していると、突然背後から聞き慣れたふにゃふにゃボイスが聞こえてきた。
「あら……戻ったのねホシノ」
「まあね〜。とりあえず、目立った行為をしてる子達をやっつけてきたよ〜」
「そう。ありがとう、ホシノ。給料は稽古が終わったら渡すわ」
「おっけ〜」
淡々と話すヒナに対して、ふにゃふにゃたるたるモードで話すホシノ先輩。
……実はこの二人って、かなり対極の存在な気がするんだよな〜。
「それじゃーおじさんは疲れたから、あっちの木陰でお昼寝してるね〜」
そう言ってホシノ先輩は、ゆるゆる〜と木陰に歩いていくと、木の幹に寄りかかりながらうたた寝を始めた。
「了解しやしたー。それじゃ、さっきの踏まえて作戦立てるから、もう一回お願い!」
「……元々そのつもり。時間はあるからどんどん掛かってきて」
俺は勢いよく飛び起きると、銃を手に取りヒナに構える。
それを見ながらヒナは好戦的な笑みを浮かべると、マシンガンを構えた。
・・・・・・꒰ ⸝⸝>ヮ<)꒱
ヒナとの稽古が終わった後、ホシノ先輩が駆け寄ってきて無理矢理引っ張られたまま、ゲヘナ駅へと向かった。
……どうやら一刻も早くアビドスに戻りたいらしい。
「ホシノ先輩。なんでそんな急いでるんすか?」
気になった俺は、ホシノ先輩に疑問をぶつける。
すると、困った表情をしながら顔を背けた。
「……なんでもないよ〜」
……なんかあるだろ。
俺は駅のホームでスマホを見ながら電車を待っていると、ふと気になるニュースを見つけた。
今日の昼のゲヘナニュースで、一面を飾っている話題が『ピンクの悪魔』だったのだ。
「ホシノ先輩、これ見てくださいよ。ゲヘナのピンクの悪魔」
「……ミツハくん。その名前は二度と口に出さないのがおすすめかも」
「……っスゥー」
これが地雷かよッ!!
今日の昼に、ゲヘナ地区の不良達を蹴散らして回ったのがピンクの悪魔らしい。
……これホシノ先輩なんだ。
「……まぁ似合ってるんじゃないすか?かっこいいとお、思いますよッ!」
まずい。これがホシノ先輩だと思うと、笑いが込み上げてくる。
「……ミツハくん?覚悟したほうがいいよ。明日の稽古はいつもの3倍厳しくするから」
「それ、俺死ぬんじゃないすか?」
「かもね〜」
いやに爽やかな春風が頬を撫でると同時に、無性に明日を迎えたくないと心が訴え掛けてきている。
……やはり、口は災いの元なのかもしれないな。