キヴォトスに迷い込んだので、全力で楽しんでみる 作:おすとろもふ
四月一日。
この日は、世間一般で入学式などを行う日だ。
桜が舞い散る中で行われる式事は、改めて今日が特別な日だと認識させられる。
そして俺達も、例に漏れずアビドス入学式を行うことにした。
……俺達と言っても、たった4人の入学式だけど。
「ほら〜!ノノミちゃ〜ん!苦笑いになってるよぉ〜」
「そ、そう言われましてもー!」
目の前では、体育館のステージの下で花束を持って並ぶシロコとノノミ。
そして、二人の間には『祝入学式』と書いてある立て看板が立てられている。
「……ところでさ、ミツハくんはなんで入学しないのかなー?」
「ん!一人だけアビドスに入らないのはおかしい!」
俺は3人を眺めながら、時折り入ってくる桜の花弁に意識を向けていると、ホシノ先輩が非難するような視線と共に聞いてくる。
それに続いて、シロコも両手に持っている花束を振り回しながら言う。
今日のシロコは、いつもよりテンションが高い気がするな。
今日アビドス高校に入学するのは、シロコとノノミの二人だ。
……その中に俺は入っていない。
昨日3人に言ったが、納得のいっていない顔をされたので、理由までは言っていなかった。
俺は、ピコピコと動くシロコの耳を見ながら言う。
「……そういえば、理由は言ってなかったな」
「何か特別な理由があるんですかー?」
ノノミが、いつもよりも真剣な表情で聞いてくる。
……そうだな。
……なんやかんやで、俺がキヴォトスに来てから短くない時間が過ぎた。
アビドスで……いや、キヴォトスに来てから過ごした1ヶ月近くの時間で、すっかりこちらの生活に慣れ始めた。
お金を払うときはモモペイで払うし、モモトークで話す友達もできた。
……というか、日本にいる時よりも友達が増えた気がする。
時々物騒な事件は起きるし、毎日のように銃声や爆発音が鳴り響く。
たまに命の危険を感じることもある。
……そんな日々が今はすごく楽しい。
一緒に馬鹿騒ぎもできるし、先輩達は優しく温かい。
……しかし、不意に思い出してしまうのだ。
日本に置いてきた両親や友達。
みんなは急にいなくなった俺をどう思っているのだろうか?
もしかしたら、捜索願いなんかも出されているかもしれない。
こちらの世界に来た時には、既に両親や友達の連絡先は綺麗さっぱりに消えていた。
そして、本来行くはずだった高校のこともある。
……結局のところ、未だに前の世界に未練があるのだろう。
少し固い空気感を飛ばすために、俺は早口気味になる。
「……まだ、元の世界に戻れるかもだしさ。ほら、あっちの世界の高校に通うこともーー」
まだ、帰れるかもしれない。
そんな淡い希望と、少し複雑な想いが胸の中で渦巻く。
しかし、そんな俺の発言は途中でホシノ先輩に切られた。
「私は……そんなの嫌かな」
思わずホシノ先輩の方を向く。
「……だってさ、今のところ帰れるかすら分からないし。……それにさ、せっかく仲間になれたんだよ」
いつものゆったりとした顔を沈め、伏目がちに顔を俯かせるホシノ先輩。
「今さら、いなくなるなんて言われても、嫌だよ」
そんな、普段は見せない先輩の姿を見て、ふと思ってしまう。
このまま、みんなと離れて元いた世界に戻るのか。
……きっと、こんな考え方は良くないのかもしれない。
でも、それでも考えてしまった。
日本に戻ってこれ以上に楽しいと思えるのだろうか?
……多分、無理だ。
……俺だってみんなと楽しく賑やかで、どこか安心する日々を……。
みんなとバカ騒ぎして、柴関でラーメンを食べて、たまに他の自治区に遊びに行く。
そんな、何気ない毎日を……。
ここで、このキヴォトスで、そんな青春をしてみたいと……。
そう思ってしまったんだ。
「……俺だって。俺だって、みんなと一緒にいたい」
俺は静かに叫ぶ。
こんなに感情が揺れ動いたのは、いつぶりだろう。
俺は少しづつ自分の感情を曝け出していく。
「ここに来てから本当に楽しすぎて!みんなが優しすぎてッ!!」
段々と堰を切ったように感情が溢れ出していく。
……いつからか、周りと関わることも億劫になっていた。
人と表面じゃなく、本気で向き合うことの難しさに嫌気が差して……。
「初めて、こんなにも日常が楽しいと思えたんだ。でも、あっちに家族を待たせてる」
ユメ先輩、柴大将、シロコにノノミ、ホシノ先輩。
ネル先輩やナツ。
カスミやヒナ。
様々な人と関わって、世界がこんなに好きになるなんて思わなかった。
……考えたこともなかった。
……もう、何が正解かなんて分からない。
けれど、溢れ出した感情と思いは止まってはくれない。
「でも、俺も、みんなと一緒にいたい」
だから。
「少しだけ……時間が欲しいんだ」
少しだけ、決意を固める時間と調べる時間が欲しい。
そうして、やっとアビドスの一員になれる気がする。
俺が全てを吐き出し、ゆっくりと息を吸う。
こんなにも感情が揺れ動いたのに、どこか清々しかった。
そして、そんな俺の言葉を聞いたホシノ先輩がゆっくりと話し始める。
「……そっか。うん……そうだよね」
ホシノ先輩は、何かに納得して頷いたかと思うと、こちらを真っ直ぐ見て笑いながら言った。
「……でもさー!ミツハくんはもうアビドス生だよー?」
「……え?」
「ごめんね〜!本当は許可取った方がいいかなー?って思ってたんだけど、シロコちゃんとノノミちゃんが猛プッシュしてきたからさー」
「……!?ホシノ先輩!?さらっと私達に濡れ衣を着せないで下さい〜!」
「ん!事実と全然違う!ホシノ先輩が一番張り切ってた!」
俺が突然告げられた衝撃的すぎる事実に、唖然としていると、目の前の3人が騒ぎ始めた。
……特にシロコは、花束を振り回しながら抗議している。
あいつは花束を武器と勘違いしているのだろうか?
急に騒がしくなった体育館には、それに呼応するように春風が吹き、桜の花弁が入ってくる。
……今度から無事、俺もアビドス高校の一年生になるらしい。
「ははっ……。これだからキヴォトスは……」
思わず乾いた笑いが出てしまう。
もはや、怒りよりも先に呆れと安堵が押し寄せてくる。
キヴォトスに来てから、思い通りに行ったことなんてほとんどない。
今回だって、俺の意思とは関係なく周りに巻き込まれていく。
でも、そんな日常が。
……本当に、楽しいと心から思えるこの場所が……。
「……好きだな」
「……うへへ〜。ミツハくんのそんな顔初めて見たよ〜」
「んふー!これからミツハと一緒に学校通える!」
「ですねー!色々な所にみんなで行きましょー!」
みんなで笑いながら、ステージの下にある立て看板の前に集まる。
「よ〜し!準備おっけ〜!改めてみんなで撮ろー!」
どうやら、カメラを自動撮影に切り替えたらしいホシノ先輩が、俺達3人のところに飛び込んでくる。
しかし、シロコがホシノ先輩の肩を叩いて声を掛ける。
「……ん!ホシノ先輩も笑って!」
「う、うへ!?そんな急に言われても〜!」
ゆらゆら〜っとしていると、急にシロコに笑ってと言われ、焦り始めるホシノ先輩。
そんな二人を見ながら笑うノノミと俺。
その瞬間、シャッター音が鳴り響き、この一瞬の世界が切り取られた。
撮られた写真は、丁度春の日差しが俺達を照らしていて……まるで、新しい始まりを祝福しているかのような、そんな写真だった。
「……!!ぶふっ!ホシノ先輩の顔があたふたしてる」
「あはは!ほんとじゃん!」
シロコと俺は、写真に写る慌てふためいた様子のホシノ先輩を見て吹き出した。
「うふふ〜♤ホシノ先輩もこんな顔出来るようになったんですね〜!」
その流れに乗り、弄り始めるノノミ。
そんないつもの光景が、なんだか眩く見えると同時に、これから怒り始めるホシノ先輩が怖いなーっと考える。
そして、意を決してホシノ先輩の方を見ると、顔を赤くしてぷるぷると震えていた。
……え?どういう?
「……うぅ」
『!?!?』
ホシノ先輩は、何処からともなく取り出したクジラのぬいぐるみに顔を埋めると、その場に蹲った。
そんな反応を見て、驚愕する俺達。
「……こんな写真を残さないといけないなんて、最悪だよぉ〜」
「い、いやいや〜!いい写真だと思いますよー?」
すかさずフォローに入るノノミ。
しかし、ホシノ先輩は顔を上げないまま呻き声を上げている。
「……ん。ホシノ先輩、小動物みたい」
「……それお前が言うんだ」
ホシノ先輩とノノミのやり取りを遠目に見ながら、これから始まるであろう高校生活に想いを馳せる。
「……ん?それどういうこと?」
「ちびシロコちゃーん?さっきの聞こえてたよ〜?」
「……!?不味い!」
俺に聞き返してきたシロコの後ろから、オーラを立ち昇らせたホシノ先輩が肩をガシリと掴む。
……これから、本当に大丈夫か……?
まぁ……大丈夫か。
……キヴォトスだもんな。
誤字報告ありがとうございます!